近くて遠い、遠くて近い(再録)(和愁)

借りた物は返しましょう」の続きです。

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 幼馴染みの私物を大量に借りパクしていた件について、謝るついでに今度食べ放題の店で奢るということにしてから早一ヶ月。幼馴染みのバイトも自分のデートもない日曜日が運良く訪れた。
 そんなわけで虎石和泉はヘルメットを小脇に抱え、寮の前の駐輪スペースで幼馴染みを待っていた。
 とは言え待ち合わせの時間をもう十分ほど過ぎている。寮の建物の方をちらちら見ながらスマホをいじっていると、着信音と共に、幼馴染みから「わるいいまおきた」という言葉がメッセージアプリで送られてきた。
 マジかよ。今昼の11時だぞ。
 休日は女の子とデートするのが基本であるが故に自然と早起きの癖が付いている和泉、思わず唖然。
 すぐにいく、と簡潔な言葉がまた送られてくる。幼馴染みにしては珍しく、漢字の変換もされていない。
 あいつ昨日何時までバイトしてたんだ……?と、流石に心配になる。バイク移動はやめた方がいいんじゃ、とちらりと幼馴染みのバイクを見る。
 駐輪スペースには、寮生個人の自転車やバイクが置いてある他に、寮生共有の少し古い自転車なんかも置かれている。そんな中、他のバイクに比べると型が少し古いながらよく手入れされているのが幼馴染みのバイクだ。
 幼馴染みのバイクであると同時に、彼にとっては父親の遺品でもあるバイクだ。これに乗ってる時あいつに何かあったらたまったもんじゃない。
 和泉は幼馴染みにこう返信した。
 お前まだ眠いだろ?バイクやめて歩きで行こうぜ。
 少し時間を置いてから既読が付き。着信音の後。
 そうふる。
 やっぱ寝起きで頭回ってねーなあいつ。打ち間違いを見てそう確信する和泉。
 一度寮の自室へヘルメットを置きに行き、また待ち合わせ場所へ戻る。
 幼馴染みが待ち合わせ場所に現れたのはそれから更に十分後だった。
「悪い、寝坊した」
 和泉の幼馴染みである空閑愁は、外を歩ける格好とは言え寝起きで急いで支度をしたのがよく分かる程度には雑な格好をしてやって来た。髪には寝癖も少し残っている。
「おいおい寝癖ついてるぞ……役者の卵なんだからもうちょっと身嗜みには気を付けろよ?」
 そう言って愁の髪を手櫛で整えてやると、愁は少し肩をすくめた。
「柊先輩の受け売りか?」
「そんなんじゃねーよ、せめて外出るときは寝癖くらい直せよな」
「今度から気を付ける」
「つかお前、月皇に起こしてもらったりはしなかったわけ?」
 ついでに幼馴染みが着ているシャツやジャケットを整えてやる。愁はされるがままだ。
「あいつは朝早くから出掛けてる。メモが置いてあった」
「目覚ましのアラームは」
「……。いつの間にか止まってた」
「んなわけあるか、お前のことだからどうせ止めてまた二度寝したんだろ……よし、これでいいだろ」
 幼馴染みの格好を整え、少し後ろに下がって頭の先から爪先まで見渡して満足する和泉。
「そんじゃ行こうぜ」
「ん」
 目的地のレストランまでは、寮からバイクで行けば十分とかからない。しかし歩くとなると優に倍以上の時間がかかる。
 しかしそこは二人とも体力の有り余る男子高校生、食前の運動にちょうど良いくらいだった。
「てかお前朝飯食ってねーだろ?いきなり肉食べて大丈夫か?」
「大丈夫だろ」
 目的地は国道沿いのファミリーレストラン。ステーキやハンバーグに、サラダバーやパンにライス、デザートの食べ放題が付いてくる、少々値段は張るがお腹を空かせた男子高校生の味方である。
 レストランに着くと、既に店内は満席のようだった。案内待ちの客がメニューを見ながら待っている。ウェイティングリストを見ると、自分達の前には三組ほど待っていた。和泉はリストに自分の名字と二人という旨を記す。
「ほらメニュー」
 店の入り口側のソファでちゃっかり二人分のスペースを確保していた愁にメニューブックを一冊渡し、自分もその隣に腰掛ける。
「何食おっかな~♪」
「……」
 肩越しにメニューブックを覗き込みながら横目で幼馴染みを見ると、真剣な顔つきでメニューをめくっていた。
「値段とかあんま気にすんなよ、俺の奢りなんだし」
「分かってる。……これにする」
 そう言って愁が指したのは、ミックスグリルだった。プレートの上にハンバーグやソーセージ、唐揚げが乗っているやつ。
「小学生かよ」
「別にいいだろ」
「悪くはねーけどさ。んー、俺はステーキにしよっかな」
 愁からメニューを受け取って眺めていると、「二名でお待ちの虎石様ー」と店員から声がかかった。
「はーい。行こうぜ」
 二人は立ち上がり、店員に案内されてテーブル席へ。
 その店員はアルバイトと思われるボブカットの女の子だった。可愛いな、と思うが今は愁と一緒なので黙っておく。
「お客様ご注文はお決まりでしょうか?」
「決まってまーす」
「ミックスグリル一つ」
「俺はログステーキ。あとドリンクバー二つで」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」
「おっけーでーす」
「ご注文ありがとうございました」
 それから食べ放題やドリンクバーの説明をして、店員はテーブル前から去って行った。
「愁、お前先取りに行ってていいぜ」
「そうする」
 愁は立ち上がり、サラダバーの方へ向かった。
 愁には好き嫌いというものがない。それは嫌いな食べ物が無い一方で好きな食べ物も特に無いということだ。こういう時何を取ってくるのか、毎回興味が尽きなかったりする。
 少しわくわくしながら待っていると、サラダが盛られた皿とコーラの入ったグラスを持った愁がテーブルに帰って来た。しかしサラダの皿をよく見るとレタスの上に豆腐とひじきがどんと乗っている。
「すげー食い合わせだな……」
「食えりゃいいだろ」
「レストランでそういうこと言うなっての。俺も取ってくるわ」
 自分も席を立ってサラダを取り、ドリンクバーではアセロラジュースを入れる。
「愁、カレーもあるぞここ」
 サラダバーの横にカレーを発見したのでもう一度往復して持って行くと、「何でもあるな」と興味の薄そうな反応。
 しかしスプーンを二人分持って行ったお陰で愁もカレーをもぐもぐと口に運んでいる。
 専ら和泉がパンやスープを二人分テーブルに運んで二人で食べていると、二人が注文したミックスグリルとステーキが運ばれてきた。
 しばらく二人で無言での食事になった。
 自分もステーキをぱくつきながら幼馴染みの様子を伺うと、静かに、しかしぱくぱくとハンバーグやウィンナーをナイフで切っては口に運んでいた。
 食べ物の味には頓着しないくせに食べられる時には食べる。愁らしいな、と思う。
 一緒に食事をするのは久しぶりだが、そこは相変わらずのようだった。
「なんか久しぶりだよな、こうやって二人で飯食うの」
 デザートまで一通り食べ終え、コーヒーを飲んで一息つきながら言うと、「そうだな」と愁は頷いた。
「お前ちゃんと飯食ってるのか?昼飯は毎日カップ麺とかじゃないだろーな」
 前から少し心配に思っていたことを聞くと、「大丈夫だ」と返ってきた。
「飯はうちのチームの那雪が作ってくれてる」
「へ?」
「あいつ、俺たち全員分の弁当作ってくれてるから」
「それは……すげえな」
 和泉のチームにそこまでやるやつはいない、と言うよりそこまで出来るやつがいない。
 リーダーである辰己の料理センスは酷いらしいし、だいたいなんでもそつなくこなす申渡も朝早起きして五人分の弁当が作れるかと言ったら微妙だろうし、卯川や戌峰に料理が出来るとは思わないし、自分は食べる専門だ。
「あいつの作る飯、うまいぞ」
「そ、そっか」
 食べる物の味にあまり頓着しない愁のその言葉に、何故だか胸がざわめく。
「お前の方は最近どうなんだ」
 そう聞かれ、ばれないように小さく深呼吸する。
「別に普通。いつも通り、次のステージに向けてレベル上げてるってとこ」
「そうか。じゃあ俺達と一緒だな」
「……だな」
 新人お披露目公演を思い出す。チーム鳳の一員としてステージに立つ幼馴染みの姿は、とても生き生きとしていた。幼馴染みの自分が一度も見たことがないくらいに。
 同時に、やっぱりこいつすげえな、とも思ったのであって。
 少しだけ、愁と並んでステージに立てるチーム鳳のメンバーが羨ましくなった。
「まあでもうちのチーム、スター・オブ・スターなんて囃し立てられてるけど普段は結構うるさいしめんどくせーぞ?」
「でも真面目にやってるんだろ。見れば分かる」
「……そりゃ、な」
 チームが分かれたからと言って幼馴染みとの関係が変わることはないと思っていた。しかしチームが違うから、一緒にいる時間も格段に減った。
 チーム柊のメンバーといる時間は楽しいし、チーム柊で踏んだステージは最高だった。愁もきっとそうなんだろう、と思う。それにチーム鳳のメンバーになって以降の愁は、綾薙に入る前より少し明るくなった。ずっと傍にいた自分がそう思うのだから間違いない。
「お前も、チーム鳳で上手くやってるみたいじゃん」
「まあな」
 並んで歩いていたはずの幼馴染みとの関係はいつの間にか、見る側と見られる側になっていた。どちらも見る側であり、どちらも見られる側。でも同じ側に同時には立てない。その実感は日に日に大きくなり、自分を締め付けている気がした。
 本当は、同じ側にいたいのに。
「なあ愁、俺達……チーム柊もチーム鳳もミュージカル学科に受かったら、一緒の舞台に立てると思うか」
 口からは思ったより弱々しい声が漏れた。愁は怪訝そうな顔をしている。
「……どうかしたのか、虎石」
 周囲への関心が薄そうに見えて人の感情の機微に敏感な幼馴染みの目は、とても真っ直ぐだ。
「……別に。俺にもわかんねえ」
 その目に見据えられ、思わず目を反らす。
 分からない? そんなの嘘だ。本当はただ、愁と一緒にステージを踏めないことにまだ駄々を捏ねているだけだ。
「……俺は、いずれお前と同じステージに立ちたいと思ってるけどな」
「へ?」
 愁の言葉に、思わず間の抜けた声が出る。
 視線を戻すと、愁は歳の割に落ち着いた、けれど和泉にはよく見慣れた微笑みをたたえていた。
「俺達両方のチームが勝ち残れば、俺達はミュージカル学科に入れる。そうすれば一緒にステージを踏む機会は出来る。そうだろ」
 その言葉は、不思議な自信に満ちていた。まるで、それが出来ると確信しているかのような。
「……出来るのか?」
 思わず笑みがこぼれ、挑発するように聞いてみると、愁は不敵な笑みを浮かべた。
「やってやるさ。最後まであいつらと勝ち残ってやる」
 その言葉は、抱いていた全ての不安を吹き飛ばすほどに強力で。
「……はは」
 今自分がどんな顔をしているのかは分からない。でも多分、今目の前にいる幼馴染みの前でしかしない顔をしていると思う。
 ……やっぱ、こいつには敵わねえなあ。
「それもそうだな!」
 幼馴染みはどうやら、家族と自分の隣以外の居場所を見付けて少し大きくなったらしかった。
 それを悟り、少し寂しくなる。
 とは言え。
「そうだ愁、この後暇だよな? ちょっと足延ばしてあそこのショッピングモール行こうぜ」
「買う物がない」
「買う物なくても、ぶらぶらするだけで楽しいもんだぜ」
「……お前がそう言うなら付き合ってやる」
 席を立ち、和泉は伝票を掴んだ。
 自分でも、少し浮かれているのが分かる。多分愁にもそれは伝わっている。

 例えチームが別れて、今は同じステージに立てないとしても。
 今日くらいは幼馴染みを独り占めしたって、バチは当たらないはずだ。

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