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抱き枕(再録)(和愁)

 何かを抱き締めながら眠ると、ひどく安心する。
 オレも愁もそういうタイプだから抱き枕は欠かせなかったりするわけだが、一緒に暮らして一緒のベッドで寝るようになったら、そんな抱き枕に頼る必要なんてない……とか、余裕ぶっこいてたわけだけど。
 愁は力が強い。知ってた。
 体格もちょっとだけオレより良い。ほんとにちょっとだけどな。
 ただ、寝てる時すらこんなに強く抱き締めてくるなんて思ってもいなかった。
 
 率直に言おう。
 オレは今、爆睡中の恋人に抱き締め殺されかけている。
 
 ぎりぎりと万力のようにオレを締め付ける両腕はしっかりオレの体に巻き付いていて、脱出なんて到底不可能だ。オレの腰には愁の脚が絡まっていたりするから体を動かすこともほぼできない。肝心の愁は両目を閉じてすやすや寝息を立てている。そう、長い睫や形のいい唇が目の前にある。
 無駄に可愛い寝顔しやがって。オレは今おまえのせいで命の危機なんだけど。
 しかも一度眠りについたら愁はなかなか起きない。
 締め付けられている体が軽い痛みを訴え始めている。ヤバいんじゃねーかなこれ。
 恋人同士一つ屋根の下ってもうちょっと甘いものだと思ってた。まさか初日の夜に命の危機を感じることになるとは思ってなかった。
 ああ、早く朝になんねーかなあ……。
 ……まあでも、こんなに必死で愁がしがみついてくるのは悪くねえかもな。全身に愁の体温を感じて、いい気分になれるし。
「虎石……」
 名前を呼ばれて心臓が跳ねる。寝言だと分かっていてもドキドキするな、こういうの。愁の夢の中にもオレがいる。最高。
 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
 締め付ける力が一段と強くなって内臓が悲鳴を上げ始めた。
 
「待った! 待て愁! おい起きろ! このままだと死ぬ! オレが!」
 
 早く朝になんねえかなあ……。

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glossed charm(再録)(和愁)

 愁と喋ってると、あ、キスしてえな、と思うことがたまにある。こいつが子猫ちゃんだったら唇キレイだねってソッコー口説いちゃうんだけどな、って。
 そういう時はだいたい前触れもなく、急に愁の唇に目が引き寄せられるのがきっかけだったりする。
 実際愁の唇の形は綺麗で、悔しいけど愁の顔の作りが綺麗なのもあって余計にそう見える。その癖自分の顔には無頓着だから唇がよくガサガサになってる。ミュージカル俳優になるんだったら唇のケアくらいしとけよ、って言いながら、少し高めだけど薬局でも買えるようなリップクリームをプレゼント用の包装もせずそのままあげた。その日は愁の16の誕生日で、入学式前だからちょうど良かったし、愁の家にいつもみたいに押し掛けて渡した。そしたら、愁にしては珍しく、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
 そう言えば誕生日プレゼントなんてあげたこともないし貰ったこともない。男同士でそんなのむず痒いし。だから愁はこんなリアクションなんだろうな、と思うと同時に、一気に体中がむず痒くなった。
 別にそういう意味じゃねーからな?!って言いでもしたら余計に変な顔されそうだから、とりあえず、お前は自分の顔に無頓着すぎなんだよ、と言ってみた。そしたら愁は合点が言ったように頷くと、それもそうか、と呟いた。
 役者にとっては顔も商売道具だしな。
 そうだけどそうじゃねえ。
 なんでそうじゃねえと思ったのかは、自分にも分からない。ただ、オレがあげたリップクリームはオレも気に入って使ってるやつだったし、これを付けた愁を見たいと思ったことは否定できない。
 愁はリップクリームの箱を開けて、物珍しそうにリップクリームの筒を眺めていた。ふたを開けて、底を回すとリップクリームが出てくることを発見し、なるほど……と呟いてから、オレを見た。
 これを、塗るのか?そうだけど。……唇に、そのまま?もういいオレがやってやるから。分かんねえから頼む。
 ぐい、と押し付けられて、しょうがねえな……と思いながらリップクリームをちょうど良い分だけ出してから少し愁と距離を詰めた。
動くなよー、と言いながらリップクリームの先を愁の唇に当てた。
 ゆっくりと、上唇からクリームを塗っていく。上唇を塗ったところで何かに気付いたのか、愁が唇を少し突き出してきた。僅かに細められた目も併せたその表情に、急に心臓が跳ねる。それを押し隠しながら下唇も塗り終わると、愁は不思議そうに口をぱくぱく動かし、唇に触れた。
 なんか、全然ちげーな。
 言いたいことは分かる。すげえだろ?って言いながらリップクリームの蓋を閉めて愁に渡すと、愁はこくりと頷いた。
 これ、どこに売ってる?
 僅かに艶を帯びた唇が動いた。急に目が離せなくなって、頭の中でドクドク脈打つ音がする。
 薬局の、男用化粧品コーナー。平静を装ってそう答えると、男用化粧品コーナーなんてあんのか、と驚かれた。
 その言葉に少しだけ冷静さが戻った。
 肌のケアくらいはちゃんとしろよな、俳優になんだぞ。
 そう言って愁の頬に手を伸ばしてむにむに動かしてやると、それもそうだな、とされるがままなくせに納得して頷く愁。
 オレの手に愁の頬が引っ張られ、一緒に唇の形が歪む。その様にまた何故か心臓が跳ねたような心地になり、オレは慌てて手を離した。
 愁はそんなオレの様子に気付くこともなく、リップクリームのケースを眺めている。気付かれないで良かった、今日のオレは多分、少し情緒が安定してない。
 愁の唇を見て綺麗な唇してるなって思うのは初めてじゃない。キスしたいって思ってもそれはこいつが男じゃなかったらって話だ。そのハズだ。おかしいだろ、愁の綺麗な唇が歪むのを見て興奮しかけるなんて。
 そっと深呼吸して、どうにか呼吸を整える。
 そうだ、メシ行こうぜ。
 まだ心臓が鳴っている自分を誤魔化すように言うと、そうだな、と愁が僅かに唇を上げて笑った。
 その唇はまだ艶めいていて、それを見るとやっぱり、心臓は勝手にうるさくなってしまうのだった。

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幸せの唄(再録)(和愁)

和愁未来捏造。
一人でブロードウェーを目指し渡米した空閑を虎石が訪ねる話。

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 するり、と腕の中の温もりが動いたのを感じて、夢うつつの中を漂いながら思わずぎゅっと抱き締める。すると腕の中の虎石がもぞもぞと寝返りを打ってきた。うっすら目を開けると、日が登り始めているのか、部屋に差し込み始める光が目に沁みた。目が慣れるに連れ、にやにや笑いながら俺の顔を覗き込む虎石の顔が見えてきた。
「なーに愁ちゃん、おねむ? それとも甘えた期?」
 何か下らないことを言っているが、耳から脳へと響くその声が心地好くて、虎石を抱き寄せながら俺は目を閉じた。頭を撫でられる感触がふわふわした眠気を誘い、俺は躊躇わずにその眠気に身を任せることにした。だが虎石はお構いなしに話しかけてくる。
「なあ愁」
「……」
「愁、こっち来てからずっとここに一人で暮らしてるんだよな?」
「……」
「寂しくねえの?」
 答えるのも面倒なので、俺は返事の代わりに腕に力を込めた。すると虎石の心底嬉しそうな笑い声が、ぼんやりした意識の中でぱちぱちと弾ける。
「……そっか」
 ぎゅう、と強い力に抱き寄せられるので、俺はその温かさに黙って身を委ねることにした。どうせ俺しか住まないのだからと適当に買ったパイプのシングルベッドは二人で並んで寝るには狭くて、でも抱き合って眠るのにはちょうどいい広さということを、今日初めて知った。

 NY・ブルックリン、AM7:12。
 半年ぶりの恋人同士の夜に朝が訪れるまで、あと数分。

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something there(再録)(和愁)

中学時代の和愁。

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 左の二の腕がじりじりと焼け付くように痛む。頭の中はもやがかかったようで、座っている地面がゆっくり揺れているような気がする。
 小さな公園の木陰にもたれかかり、傷跡を右手で押さえながら空閑は長く息を吐き出した。
 陽は沈みかけで、頬を撫でる風は少し冷たい。
 事の始まりは、中学から家路についていたら不良に取り囲まれたこと。どうして絡まれたのかは知らない。5人程度の不良で、それくらいの人数、普段なら返り討ちにするのも容易い。しかしその内の1人が刃物を持っていたのがまずかった。返り討ちには出来たものの、左腕に当たった一閃がやや深く肉を切ってしまったようだ。
 家に帰って手当をすれば何とかなるだろうと思ったが、家に辿り着く前に立ちくらみに襲われた。そして公園で一休みしようと思ったら、立てなくなってしまったというわけだ。これはちょっとまずいんじゃないか、とぼんやり考える。ここでこうしていたらいずれパトロール中の警察官に見つかるかもしれないが、それだと今日は遅くまで仕事の母親に迷惑が掛かる。それは嫌だな、どうするか。血がそんなに出ているわけでもないのに、困った。
「愁!!」
 ぼんやりした意識を引き上げるような声に、はっと空閑は顔を上げた。
「何やってんだよこんなとこで!」
 怒ったような顔で見下ろしてくるのは、幼馴染の虎石和泉。
「……虎石」
「探したんだぞ、家行ってもいねえし……誰にやられたんだよ」
「やられてねえ。全員返り討ちにした」
「あーもう、いいから帰んぞ!」
「ん……」
 空閑の鞄を引っ掴んだ虎石が右の脇の下から支えるようにして空閑を立たせるので、空閑は虎石に体を預けながら立ち上がった。
 そのまま、半ば引きずるようにして家まで連れて帰られた。勝手知ったるもので、虎石は救急箱や清潔なタオルをてきぱきと用意してから空閑の学ランとワイシャツを脱がす。空閑はタンクトップ一枚で、虎石にさせるがまま手当てを受けた。
「制服、切れてんじゃねーか」
「……後で縫う」
 虎石はまず左腕の傷口を濡れタオルで拭い、消毒してオロナインを塗るとしっかりと包帯を巻いてくれた。
「こんくらいなら病院で縫わなくても大丈夫じゃね。血もそんなに出てないし……つか、なんでそんなふらふらなんだよお前」
 虎石の指が、俺の顔に伸びる。ぴり、とした痛みが走ったので、そこも傷が付いていたことに気付く。
「……誰にやられたんだよ」
「顔見てねえ」
「はあ?」
 虎石の顔がぐいと近付いてきた。ぬるりとなにか熱く柔らかいものが頬を這い、背筋が震える。傷口を舐められたと気付き、目を見開く。
「虎石っ……」
「何それ。お前の顔に傷付けた奴等の顔見てねえの?」
 べろり、ともう一舐めされ、息が詰まる。
「おい、」
 右手で体を支えているので左腕で押し退けようとするが、左腕に走る痛みで動きが止まってしまう。
「っつ……」
「なー愁」
 虎石の目が真っ直ぐに空閑を覗き込んだ。その目に宿る怒りと独占欲に貫かれて動けなくなる。とん、と右肩を軽く押されて床に押し倒された。
「おい虎石!」
 声を荒げる空閑に虎石は跨がり、右手首を床に押さえ付けた。
「……誰にやられたんだよ」
 その声はひどく平坦だ。これはいけないスイッチが入ったな、と思いながら、空閑はとにかく虎石を落ち着かせようとした。
「だから顔見てねえって……」
「……愁さ、無防備すぎ」
「は……?」
 思いがけない言葉に呆気に取られていると、ぎゅ、と右手首に強い力が掛かる。軋むような痛みに顔をしかめると、虎石の顔が近付いて来た。何か柔らかいものが唇に触れる。それが虎石の唇だと気付くのに、少し時間がかかった。驚きで何も出来ずに固まる空閑。その唇の感触を味わうように、虎石は触れるだけの啄むようなキスを何度もした。
 男友達からそんなことをされている、という事実はどこか現実離れしていて、まだ少しふわふわした意識の中で空閑は虎石の唇を受け止めていた。不思議と嫌悪感はなかった。ただ少しだけ、心臓の鼓動が早くなった。
 名残惜しそうに唇が離れ、虎石は空閑を至近距離から見つめながら呟く。
「……ほら、俺にこういうことされても、愁は抵抗しねえだろ」
「何言って……」
「愁さ、もっと自分のこと大事にしろよな」
 虎石は体を起こすと、空閑に跨がったまま頬の傷の手当てをした。傷口に消毒液が沁みるのでくぐもった声を漏らしながら身動ぎすると、虎石はそれをじっと見た。少し気まずくて目を反らすと、
「……悪い」
 そう呟いて、虎石は絆創膏を貼ると空閑の上からどいて立ち上がった。空閑はぼーっと床に横になったまま、救急セットを片付ける虎石を見ていた。
 今日の虎石はなんだかおかしい。けれど、それをただ受け止めているだけの自分もなんだかおかしいようだ。唇をなぞると、先の虎石にされたキスを思い出してまたどくりと鼓動が早まる。
 とにかく落ち着きたくて、大きく息を吸い、そして吐き出す。するとぐうと腹の虫が騒いだ。
 そこでようやく気付く。
「虎石、腹減った」
「は?」
「冷蔵庫に夕飯ある筈だから暖めてくれ。腹減って動けねえ」
「はあ?! あんだけ人を心配させといて腹減ったって……おっ、お前なあ」
 心配させやがって、と怒ったような声で言う虎石。照れ隠しだな、と思いながら、空閑は台所へ向かう虎石を見送った。
「一口くらい寄越せよ!」
「それくらいならやる」
 台所から筑前煮の食欲をそそる匂いがしてきたので、空閑は目を閉じてそのにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。

 これは、二人の間で何かが変わりつつあった、そんな初秋のとある夕方の話。

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死神の夢(再録)(和愁)(※パロ)

公式ツイッター2016年ハロウィン企画の空閑が命を刈り取りそうだったので書きました。

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 その時空から、不思議な光が降りてきたのです。

「……? なんだ……?」
 夜六時過ぎ。学園と寮の間の短い道を歩いている途中だった虎石は、思わず足を止めて空を見上げた。
 濃紺の空を白い何かが不自然に強い光を放ちながら、否、不自然に強く白い光が地面に向かってゆっくりと降りてきているように見えたのだ。しかもそれはなんだか、こちらに向かってきているようで。
 現実離れした現象が唐突に目の前で起こっていることに唖然とするしかない虎石。
 やがてその光は地面に降り立ち、パッと眩い光を四方八方に放った。
 光の中から現れたそれは、

「……俺だ」
「って愁かよっ?!」
 光の中から現れたのは、空閑だった。小中高と同じ学校に通い、腐れ縁でもある親友の顔を見て思わずほっとし、異常な登場であったことも忘れて虎石は空閑に近付く。
「びっくりさせんなよな~……ってか、なんだよその変なカッコ」
 空閑は、虎石には見覚えのない格好をしていた。やけに裾がボロボロな黒い着物を着て血のように赤い頭巾をかぶり、頭には髑髏のような仮面を着けていた。おまけにその手には、禍々しく光る刃も鋭い大きな鎌。そう、その姿はまるで……
「死神……のコスプレか?」
 漫画に出てくる死神を思い出しながらそう言うと、愁は「何言ってんだお前」と怪訝な顔をした。
「コスプレじゃねえ。俺は死神だろ」
「……は?」
「今更どうしたんだ、二年前からそうだっただろ」
「え、いや、はぁ? 何言ってんだよ愁?」
 空閑の突飛な発言に思わず聞き返すと、空閑は呆れたように溜め息を吐いた。
「二年前、俺は人間でありながら死神を始めた。親父が死神だったからな、その力を受け継いでだ……お前だけには話しただろ、忘れたのか」
「全っ然覚えがねえんだけど……」
 夢でも見てるのか、と虎石は思い始めた。どっきりにしては大掛かりすぎるし、目の前の空閑の顔は嘘を言っているようには見えない。
 夢なら夢で良いか、と開き直り、虎石は空閑の格好をまじまじと見た。
「えっなに愁、マジで死神なわけ?」
「そうだ。本当何も覚えてねえんだな……」
「死神って、何すんの?」
「死んだ人の魂を、安全に天に送り届けたり、たまに地獄に落としたりする。まあ、交通整理みたいなもんだな」
「へえ、じゃ、オレが死んだら愁が天国まで送ってくれるわけ?」
「……そう、なるな」
 急に歯切れが悪くなる愁に違和感を感じる。なあ愁、とその肩に手を伸ばした瞬間、目の前が真っ白になった。

「……し。おい、虎石」
「……ん?」
 目の前にあるのは、よく見慣れた空閑の顔。妙に背筋が痛いと思ったら、どうやら机に突っ伏して眠っていたらしい。がばりと体を起こすと、夕暮れのオレンジの光に染まった教室が目に飛び込んできた。
「……教科書返すから、っつってわざわざ教室まで呼び出しておいて居眠りか?」
 空閑が着ているのは、ブレザーにスラックスの綾薙学園の冬制服。胸ポケットにはスター枠のエンブレム。手にしているのは鎌などではなく、通学鞄。
 さっきまで見ていたのは夢だったらしい、と虎石が気付くのにそう時間はかからなかった。
「悪い……オレ寝てた?」
「ああ」
「えーっと教科書……だよな? あったあった、ほら」
 机の中に入れていた空閑の教科書を渡すと、「いい加減忘れ物癖治せよ」とちくり。
「なあ愁、オレ変な夢見たんだけどさ」
「ん?」
「愁が死神やってて、オレのところに来る夢」
「なんだそりゃ」
「変な夢だよなあ」
 でもなんか、愁ならいいかって。だって、オレが死んで天国に行く前に、最後に絶対愁に会えるんだろ。
 そう、喉まで出掛かった言葉は、そっと奥にしまう。こんなことを言われて喜ぶ空閑ではないことくらい、虎石には分かっていた。
「ま、夢のことなんかどうでもいいからさ。帰ろうぜ」
 立ち上がりながら言うと、空閑は悪い、と前置きした上で、
「俺はバイトだ」
 と素っ気ない一言。その素っ気なさが、どういうわけか胸に刺さる。
「なんだバイトかよ~、せっかく一緒に帰れるかと思ったのになぁ~」
 大袈裟に肩を落とすと、「また今度な」と空閑は呆れながらも言ってくれた。その優しさがなんだか痛くなる。
 せめて玄関口までは一緒に、と、虎石は通学鞄を掴むと空閑の肩にじゃれるようにして手を掛けた。
 空閑がその手を振り払わなかったことに僅かに安堵しながら、虎石は空閑と共に玄関口を目指したのだった。

 廊下の窓から橙から紺に変わりつつある空を見て、ふと虎石は考える。なんであんな夢見たんだろう、と。なんで愁が死神だったんだろう、と。

 虎石は預かり知らぬ事だが、実は別の世界にちゃんと、死神をやっている空閑が存在していたりするのだが。
 それはまた、別の話。

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小さな吸血鬼(再録)(和愁)(※パロ)

小学生和愁の吸血鬼パロです。

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 俺は吸血鬼なんだ。
 淡々とそう言われたのは、つるむようになってから一年くらい経った頃。愁の家で、一緒に宿題を終えた時だった。
 別に毎日人を襲って血を吸ってるわけじゃねえ。鉄分の多い食事を心がけて月一回輸血パック買って飲むくらいだな。あと日光とにんにくが苦手ってのは迷信だし、十字架が苦手ってのもキリスト教社会じゃない日本産の吸血鬼にとっちゃほぼ迷信だ。それから吸血鬼でもそこそこ年は取る。いつか成長は止まるらしいけどな。牙は出したりしまったりできる。だから俺が吸血鬼な理由は牙くらいしかお前に見せられねえ。でも俺は吸血鬼だ。
 そうマシンガンのような怒濤の勢いのカミングアウトをされ、オレはただ目を白黒させるしかなかった。
 他のダチなら冗談だろ、で笑って済ますところだが、愁の目は真剣そのもので、とても冗談を言っている風には見えなかった。
 牙、あるのか?なんて、聞いた気がする。見るか?と愁はオレの方に身を乗り出した。とっくに見慣れたはずのやたらと綺麗な顔が近付いてきて、何故だかどきりと心臓が高鳴った。愁がそっと開いた小さな口の中、犬歯にあたる部分には、普通の歯よりも長く、鋭い牙が確かに生えていた。
 なんで、オレに打ち明けたわけ。
 ふと、その牙がオレの首筋に噛み付き、体内の血を吸出す様を想像して背筋が震えた。でもそれは恐怖ではない別の何か。
 お前には、隠したくねえって思ったから。
 そう、長い睫毛を伏せて呟く愁に、どくどくと全身を血が巡るような心地がした。血は下半身に集まっていき、下半身がずんと重くなる。
 言ったぞ、俺は吸血鬼だって。嫌だって思ったら帰りたきゃ帰ればいいし、別に俺とつるむのやめたっていい。
 そう言いながら離れていく愁を、惜しいと感じてしまった。もっと近くで見ていたい、触りたい。そんな欲はぐるぐると体の中を巡る。
 オレ、愁になら血吸われてもいいぜ。
 そんな言葉が、突然に口をついて出た。愁はオレの言葉に目を見開き、すぐに呆れたように溜め息を吐いた。
 俺がお前の血を吸ったら、お前も吸血鬼になるぞ。吸血鬼の寿命は普通の人間よりずっとなげえし……。
 悪くねえかも。愁も一緒だし。
 ……ったく。絶対吸わねえからな。第一、最近の吸血鬼は人から直に血を吸ったりしねえし俺もやったことねえ。
 そう釘を刺すように言いながら、でも愁の瞳が揺れていたのを、オレは見逃さなかった。

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Always(再録)(和愁)

「愁~、バイク貸して」
 珍しくバイトが休みになった日曜の午後。
 語尾に音符だかハートマークだかが付きそうなくらいに甘ったるい声を出しながら、俺の幼馴染は今日も寮の部屋まで押しかけて甘えて来た。
「ったく……明日の朝には返せよ」
 そして俺は、いつものように形ばかりの呆れた声と共に、ポケットからバイクのキーを取り出して虎石に渡す。
「さんきゅっ」
何も考えてい無さそうで多分実際何も考えていない、いつものような笑顔を浮かべる虎石。
「刺されても助けてやんねーからな」
「怖いこと言うなよ~」
いつもと同じような他愛ないやり取り。
「じゃな、愁」
「ああ」
 これから女と遊びに行くのであろう虎石はひらりと手を振ると、いつものように俺の前からいなくなる。その背中を見送り、俺は一つ溜息を吐き出した。
 今、部屋に月皇はいない。俺は部屋のドアを閉めると自分のベッドで或る二段ベッドの下段に寝転がった。錘が積まれ押さえつけられているかのような胸苦しさに襲われ、どうにかそれを振り払おうと大きく深呼吸する。それでも胸が軽くなることは無かった。
 苦しい。どうしてこんなに苦しいのかなんて、考える必要もない。もう何度も何度も自問自答して、とっくに答えは出ている。だからその分苦しくて苦しくて、どうしようもない。

 俺は虎石和泉が好きだ。
 友人としてではなく、恋愛対象として。

 そのことに最初に気付いたその瞬間、この恋は決してかなわないんだろうと思った。あいつが好きなのは女で、俺は男だ。それはどうしたって、変わることのない事実。この思いを一生黙って抱えていくことしか、俺には選べない。
 あいつが俺の事を好きなのは、とっくに分かっている。ただそれは友人としてであり、俺の感情とは全く異なるそれだ。友情と恋情の間にある溝が、埋まるはずがない。相手が虎石ならば、尚の事。
 俺は掛け布団を頭からかぶるときつく目を閉じた。この胸の苦しさを全て忘れて眠ってしまいたかった。
 睡眠は好きだ。眠っていれば苦しいことを感じなくて済むし、夢を見ていれば束の間の幻に浸れる。甘い夢に騙されていれば、現実の胸の痛みを忘れられる。明日もまたお前といつものように話せる。女と遊びに行くお前を、いつものように見送ることが出来る。
 だから、なあ、虎石。せめて夢の中では、俺を抱き締めていてくれないか。

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雪の日(再録)(和愁)

和愁の小学生時代捏造。

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 その日は朝から雪が降っていた。
 正確には、愁が眠っていた深夜にもう降り始めていたらしい。目が覚めてカーテンを開けると窓から見える住宅街の景色は、雪化粧を施されていつもと全く違う顔を見せていた。向かいのアパートの屋根に積もる雪や白い道路を見て、子供心に雪だるま作れるかな、とか考えてしまい。
 ……しかし実際のところ、雪化粧、なんて言えるほど可愛いものではなかったようで。

「愁、今学校から連絡網が回って来たんだけど学校お休みだって」
「そっか……」
「ごめんね、お昼用意してる時間無いから、冷蔵庫にある昨日の残り物食べて」
「うん、分かった。大丈夫」
「外に出る時は転んだりしないよう気を付けて、鍵もちゃんとかけてね。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 いつもならば学校へ行く自分を見送ってくってから仕事に出る母親を、玄関で見送る。
 休校になって、同級生たちなら喜ぶのだろう。もしかしたら、雪遊びに外へ出る小学生が今頃近所の公園にでも走っているかもしれない。しかし愁は、家にいても母親は仕事でいないし、学校も無いなら外に出るのも億劫だし、ついでに寒いので、家にこもることを選択した。
 しかし宿題はとっくに全部終わっている。学校の図書館から借りて来た本も読み終って今日返そうと思っていたものばかりだ。ゲームの類など一人で遊ぶものも持っていない。
 そう、愁にはやることがなかった。しかしそれを自覚すると、急にふわふわとした眠気が込み上げて来て。
「……寝よう」
 愁はそう呟いて自分の部屋に引っ込み、目覚まし時計をきちんと12時にセットしてから、また自分の布団に潜り込んだのだった。
 暖かくて柔らかな布団に包まれると、あっと言う間に眠気は愁の全身を包み込み、愁は重くなる瞼に逆らわずに目を閉じた。

 誰かに名前を呼ばれた気がして、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。目覚まし時計を見ると、十一時四十五分を指している。
 ぴんぽーん、と、まだどこか浮遊ぎみの意識の中で玄関のチャイムが鳴る音がした。
 眠い目をごしごしこすりながら、布団から抜け出す。玄関へ向かい、ドアスコープから外を覗くと、黒髪に覆われた頭だけが見えた。しかしそれが誰なのかは、考えずとも分かった。
「……何の用だ、虎石」
「学校休みだから遊びに来た!」
 ドアを開ければ、そこに立っているのは愁と大して変わらない身長の小学生の男の子。愁の幼馴染で、同級生の虎石和泉だった。ダウンジャケットに毛糸のマフラーに帽子、手袋をして温かそうな格好をしている。しかしやはり寒かったのだろう、その顔は真っ赤だ。手には近所のスーパーマーケットのビニール袋を提げていた。
「お菓子あるし、スーパーでコロッケと唐揚げも買って来た!」
「うちで飯食う気満々じゃねーか」
「エビフライもある」
「全部揚げ物……とりあえず寒いからさっさと入れ」
「お邪魔しまーす!」
 ご飯とか二人分残ってるかな、と考えながらとりあえず和泉を家に上げる。残り物はあまり長く残していても仕方がない、自分と母親以外に食べる人がいてそれが尚の事幼馴染なら愁は別に構わなかった。
「う~、寒かった~」
 リビングのテーブルの上にビニール袋を置き、リュックを下ろして防寒具一式を脱いでリュックの上に置くと勝手知ったる様子でソファに座る和泉。空閑が冷蔵庫の中を確認すると、何人分かの冷やご飯と筑前煮があった。
「ご飯と煮物があるけど、もう飯食うのか?」
「愁の母ちゃんの煮物!食いたい!」
「食うなら手伝え」
「はーい」
 愁がご飯や筑前煮を温めている間に、ソファから立ち上がった和泉はてきぱきと食器を準備していく。ものの10分で、リビングの食卓には二人分の昼食が並んだ。大きな皿に唐揚げ・エビフライ・コロッケ、もう一枚の大きな皿に筑前煮を盛り付けて食卓の中心に置き、愁と和泉それぞれの前にはご飯が盛られた茶碗。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
 愁が食卓に着きながらテレビを付けると、丁度お昼のバラエティ番組が始まっているところだった。黒いサングラスにスーツの司会者から視線を逸らし、自分の向かいで美味しそうに筑前煮の筍を食べている和泉を見る。
「……で、お前何で来たんだ」
「なんでって、遊びにだけど」
「雪積もってるだろ」
「その程度でなんで外出るの諦めなくちゃいけねーんだよ。つーかお前、俺が来るまで寝てただろ、さっきすげえ眠そうだったし」
「……」
「せいかーい」
 図星を突かれ、ふいと視線を逸らす愁。和泉がにやにや笑っているのが見なくても分かる。
「だからさ、ご飯食べたら外で遊ぼうぜ!明日までは雪も溶けないって天気予報で言ってたし!」
「じゃあ明日でいいだろ……」
「明日学校あるからあんま遊べねーじゃん!なあお前どうせ暇だろー?」
「……」
 和泉に視線を戻せば、手を合わせ懇願するような目でこっちを見ていた。この目で見られて、お願い!と言われれば学校の女子ならすぐにお願いを聞いてしまいそうな、そんな目だ。しかし愁は和泉のお願いをあっさり聞いてやるほど和泉に甘くは無かった。
「寒いから嫌だ」
「遊べばあったかくなるって!」
「他の奴誘え」
「えーやだー、愁とが良い。愁と遊びてえんだよオレは」
 そう言ってむくれる和泉。そして愁は、
「っ……」
和泉の「愁が良い」という言葉には弱かった。
「……食べて、片付け終わったらな」
「やりぃ!」
 小さい頃から事あるごとに頼みごとをされ、一度は断っても結局は弱点を突かれて聞き入れる羽目になって。それを何度繰り返してきたことか。しかし、目の前の和泉の嬉しそうな顔を見るのは決して嫌ではなく、朝起きた時に感じた雪へのわくわくもぶり返してきて。
 嬉しそうに筑前煮の里芋を頬張る和泉。その笑顔を見ると無性に悔しくなって、愁は唐揚げを一つ頬張ったのだった。

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新年最初の(再録、タイトル変更)(和愁)

一期の円盤6巻ドラマCDネタ。
直帰の空閑と年末年始くらい直帰しろ虎石。

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 陽が沈んでから寮を出発したものの、どうにか雪が積もる前に実家に到着することが出来た。帰宅するなり湧いている風呂に入るように言われたから肩まで浸かって、母さんと一緒に年越しそばを食べて、大晦日の歌番組を少しだけ見て、歌番組が終わるとカウントダウンコンサートにチャンネルを合わせた。
 正直すでにかなり眠かったが、どうにかカウントダウンが始まるまで起きていることに成功した。年が変わると同時に母さんと「あけましておめでとう」を言い合って。で、いい加減眠気が限界だったので、母さんの「もう寝たら?」という言葉に甘えさせてもらい、さっさと寝ることにした。
 さて寝るか、と布団に潜り込もうとしたところで、机の上に置いたスマホが通話着信を示すアラーム音を鳴らした。誰だこんな時間に、と思ったが、こんな時間にわざわざ電話を掛けて来るような奴の心当たりは一人しかいない。
 電話を取る。
『よォ~~~~愁~~~~!あけおめ~~~~!』
 途端に耳に飛び込んできた、ひどく浮かれた声。後ろからは人のざわめき声となにやらしゃかしゃかと音楽のようなものが鳴っている。どこにいるんだこいつは、と思いながらも「ああ、あけましておめでとう」と返す。
 すると「えへへ~」と、締まらない笑顔が容易に想像できる笑い声の後、「な~愁~、初詣行かねえ~?」というこれまたひどく締まらない声でそう言って来た。
「それは寮で聞いた」
『そ~だっけ?』
「つか今どこにいるんだお前」
『オネエサンのお友達っつーか、女友達の家でパーリーしてんの』
 どこから突っ込めばいいのか分からないが、割といつものことだからまあいい。酒が入っている……というわけでもなさそうだ。こいつはたまに素面でこういう異常に締まらない声を出す。
「寝ようとした時に電話してくんな」
『えっマジ~?悪い悪い』
「あといい加減女遊びも大概にしろ」
『なんだよソレ~、新年早々説教かよ~。あ、明日昼過ぎにお前ん家に迎えに行くから。じゃな!』
 言うだけ言って、ブツリ、と電話が切れる。
 明日じゃなくて、もう今日だろ。
 そう思ったがすぐに抗えない眠気が体の奥底から襲って来る。布団を敷いておいてよかった。
 そういや、年が明けて最初に声を聴いたのが虎石ってことになるのか。
 何故だか、それを思って頬が緩んだ。

新・ポッ●ーの日(再録)(和愁)

 11月11日。虎石はオンナノコとのデート後に空閑のバイト帰りを偶然を装って待ち伏せ、珍しく二人連れ立って寮へ帰ることに成功していた。
 学園のすぐ近くのコンビニの前で、バイクを押していた空閑が急に足を止めた。
「そうだ虎石、朝からずっと気になってたことがある」
「何だよ急に」
 空閑は、コンビニの店内を見ているようだった。
 空閑の視線の先にあるのは、コンビニの店内、レジ前に高く積まれたポッキーやプリッツといったプレッツェル菓子の箱である。
 今日は11月11日。巷ではポッキーの日、などと言う。まさか今日がそうだと愁が知ってるわけ、いやでもそういえばこいつコンビニでバイトしてるし、てかポッキーって言ったらあれじゃね? ポッキーですることってそれくらいしかなくね? などと勝手にドキドキ鼓動がはやり始め、虎石は思わずコンビニの店内と愁の間を何度も視線を往復させた。
「ぽ、ポッキーがどうかしたのかよ、愁?」
 声が上擦る。
 空閑は虎石の様子がおかしいことなどお構いなしに、静かにこう言ったのだった。
「ポッキーって……三本くらい一気に食ったらどうなると思う?」
 どうもこうもねーよ!! 三本一気に食ってもポッキーはポッキーだっつの!!
 などと全力で突っ込みたい衝動をぐっと堪え。
「……そ~~~~いや、今日はポッキーの日だっけな~……」
「は? なんだそりゃ」
「なんだよ愁~ポッキーの日知らねえのか? じゃ、ポッキー食うか」
「?」
 虎石はその場に空閑を残すと、コンビニの中に入っていった。
 五分後、店内から出て来た虎石の手にはポッキーの箱があった。
「よし愁、帰りながらポッキー食おうぜ」
「飯の前だ」
「かてーコト言うなって、どうせ全部食うだろお前。ほら」
 箱と内の袋を開け、ぐいと空閑に差し出すと、空閑はキョトンとした後、すぐに頬を緩めた。
「ありがとな」
「べっつに。今日がたまたまポッキーの日だったから……」
「ああ、そうだな」
 鷹揚に頷きなから、空閑は器用に袋からポッキーを三本引き抜いた。
 ポッキーの日知らなかったくせに、この余裕ありげな笑顔がムカつく。
 俺の気も知らないで、と勝手に拗ねながら、虎石もポッキーを一本袋から引き抜いて食べ始めた。
 店の前に立ち止まったまま、二人向き合ってポッキーを食べる。
 ちらりと空閑を見ると、予想通り、三本一気にぼりぼりと食べていた。三本まとめて口に入れているからポッキーが太く見えて、もうポッキーじゃない別の菓子を食べているように見えてくる。
「……どーだ、愁」
 全てが空閑の口の中に消えていったのを見てから声を掛けてみると、空閑はなんだか満足そうに呟いた。
「……いつものポッキーより贅沢な感じがする」
「そうか~良かったなあ。よし帰ろう」
 また連れ立って、寮までの道を歩く。虎石が歩きながらポッキーを食べていると、空閑が両手でバイクを押しながらぼそりと、
「……虎石、ポッキーくれ」
「ん? バイク俺が押すか?」
「バカかお前。そんなことする必要ねえだろ」
「なんで今馬鹿にした?」
「お前が俺に直にポッキー食わせりゃいい話だろ」
「……はあ?!」
 またとんでもないことを言い出した、と思うと同時に、虎石は気付く。
 これはいわゆる「あーん」の催促なのでは?
 すると急にそわそわしてしまう虎石。
「えっ……あー、ポッキー? ポッキー俺がお前にあげればいいわけ?」
「なんでそわそわしてんだお前」
 お前のせいだけど?!
 と言うのも気恥ずかしく、虎石は若干震える手で袋からポッキーを一本引き抜いた。
「えっと……そんじゃ愁、気持ちこっち見て……前は見ろよ、……口開けて」
 口を開ける空閑。虎石はひどいこそばゆさを感じながら、目はなるべく前に向けつつポッキーの先を空閑の口元に近付けた。
「……ん」
 ぱくり、と空閑がポッキーの先に食い付いた。そのままむしゃむしゃと、歯と舌を駆使しながら器用に口だけで食べていく。ポッキーをゆっくり空閑の口の中に押し込んでいると、なんだか餌付けしているような気分になる虎石。
 全てのポッキーが空閑の口の中に収まった。こくりと喉を上下させて嚥下してから唇に僅かに付いたチョコを舌で舐め取る仕草がやけに色っぽく感じて、虎石は思わず遠くを見て咳払いをした。
「ありがとな。もう一本くれ」
「っ?! っっっっっ……お前なあ~~~~!」
「?」
 自覚が無いのが怖い。早く寮に着いてほしい。
 ポッキーをもう一本出しながら、そう強く念じずにはいられない和泉なのだった。

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こちらと違って2016年に書いたバージョンです。

Happy New Year!(再録)(和愁)

in虎石家など虎石家の情報が出る前に書いたものなので虎石パパのキャラが若干おかしいです注意。

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 愁が寝そうだ。
 実家のリビングのソファの上。すぐ隣に座っている幼馴染みの、今にも意識が飛びそうなぽやぽやした面を見て、俺は思わず今の時間を確認した。
 23:40。
「お~い愁、しっかりしろ~」
 手を伸ばして肩を掴んで軽く揺すると、愁は「ん……」と声を漏らし、目をごしごし擦った。
「愁君、もしかして相当疲れてる?」
 ローテーブル前に座ってアイドルのカウントダウンコンサートを見ていたお袋が俺達を見て言うと、「そうみたい」と愁のお袋さんが苦笑い。
「和泉くん、愁起こしてあげて。これで年越しの瞬間に起きてられなかったら、この子多分気にしちゃうから」
「了解っす」
 俺と愁の付き合いは長い。そして、俺のお袋と愁のお袋さんは仲が良い。だからこうやって季節のイベントを家族ぐるみで一緒に過ごすのは当たり前になっていた。
 年越しも、俺の家族と愁の家族の五人で過ごす。年越しそばを食べながら年末特番を見て、年が変わる瞬間に新年の挨拶をするのが昔からの定番だ。
「愁君、アルバイト大変なんだって?」
「そうなの、今日も朝バイトしてから帰って来たみたいで」
「うちのドラ息子とは大違いだなあ……」
 おううるせえぞ親父。
「愁~起きろ~」
 大人三人のお喋りを適当に聞き流しつつ、俺は愁の意識を繋ぎ止めるべくあの手この手で愁の気を引こうとしていた。軽く頬をつねってみたり、耳元で手を叩いてみたり。
 愁も頑張って起きていようとしているのだろう、目を何度もしばたかせたり擦ったりしている。
 だけど愁の眠気は相当強いみたいで、一度覚醒したと思ってもすぐ船を漕ぎ始める。
 ……俺なんかよりずっと苦労してるんだよな、こいつ。少し胸が苦しい。せめて正月休みくらいはゆっくり休んでほしいけど、新年を迎える瞬間までは頑張ろうな。あとちょっとだけだから。
 気が付けば新年を迎える5分前。
「おい愁! もうちょっとだから頑張れって!」
「ん~とらいし……」
「ど、どした?」
 むにゃむにゃという音が聞こえてきそうな愁の喋り方。気が抜けきっているのが一目瞭然だ。
 ごしごし目を擦る姿は、俺と同い年の高校生というよりは無理に夜更かししている子供みたいだ。
「……眠い」
「見れば分かる!」
「愁、頑張って~もうちょっとだから~」
 愁のお袋さんに応援され、愁はこくこく……というよりがくがく頷く。
 あと3分。
 ここまで来ると無理に起こす必要はない気がしてきた。でも毎年の恒例行事を逃したら多分こいつは少し凹む。それが分かっているので、俺は愁に話しかけ続ける。言ってる言葉の意味はこの際どうでもいい。
「愁~もうちょっとだなら頑張れよ~、今年も色々ありがとな~」
「……消しゴム返せ、あと現国のノート」
「お前実は起きてるだろ?!」
 愁の肩が揺れる。でもこれは眠いとかじゃない、笑ってるんだ。
 おもむろに、眠気で蕩けた愁の目が俺を見た。細められた菫の瞳が楽しそうに、幸せそうに揺れる。
「……俺こそ今年もありがとうな、和泉」
「は……」
 滅多に呼ばれない下の名前を呼ばれ。
 唖然としていると、テレビからカウントダウンの声が聞こえてきた。
『54、53、52……』
「あんた達、カウントダウン始まったよ」
 俺はお袋の声で我に返り、愁もまだ眠そうな目を擦りながら身を乗り出した。
「お、おう」
「ん……」
『40、39、38……』
 次第に場にいる全員で声を揃えてカウントダウンを始める。
 20、19、18、
 もうすぐ新たな年を迎える興奮で、胸が高鳴る。ちらりと隣の幼馴染みを見ると、(物凄く眠そうなのに変わりはないけど)いつもの大晦日より少し明るい顔でカウントダウンをしている。
 今年は別々にいる時間が長かったけど、お互いに今年も良い年だったよ。なっ、愁。
 10、9、8、
 すると愁も俺を見た。
 目が合う。どちらからともなく吹き出してしまい、俺達は笑い合いながらカウントダウンを続ける。
 5、4、3、2、1、
 テレビの中で「2016」の文字が踊る。
「あけましておめでとー!」
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
 俺達も口々に新年の挨拶を交わす。
「あけましておめでとっ」
 愁の肩目掛けて飛び付くと、愁はいつもと変わらない低い声で
「あけましておめでとう」
 と言い、俺に押し倒されてぼふっとソファに沈んだ。穏やかな笑みを湛えたその瞳が眼下でゆっくり閉じられ、僅かに開いた形の良い唇から呼気が漏れる。
「……すぅ……」
「えっ」
 俺は愁の目の前で手を振ってみるが、反応はない。愁の上からどいてみると、胸がゆっくり上下しているのが服の上からでも分かる。
「寝たの?!」
「あらあら、頑張ったわね愁」
「頑張ったねえ愁君」
 愁のお袋さんも俺の両親も流石に笑ってる。
「ごめんね、愁のこと朝まで泊めてもらってもいい? 朝ごはんの時間にはうちに帰しちゃっていいから」
「いいよー。和泉、部屋まで愁君運んでやんな」
「はいよ」
 とは言え俺とほぼ同じ体格の気持ち良さそうに寝ている男を、階段上ってリビングから部屋まで運ぶのは流石にきついので、俺はまた愁を起こす羽目になるのだった。
「愁ー! 起きろー! ベッドで寝んぞー!」

「待ってるから」(再録)(和愁)

はじめに(注意)
・二人が二十一になった頃を想定した上で未来を捏造して書いています。和愁の二人以外にも何人か他キャラの描写があります。

・病室で眠るり続け空閑君とそれを見守る虎石君の話です。死ネタではありません。

・以上の事項を踏まえた上でお読みください。

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chapter:1

 いつものように病院の玄関をくぐり、入院病棟に脚を運ぶ。
 病院にいる人は皆、自分や自分の家族のことで頭がいっぱいだから、サングラスをかけた俺に目を止める人はほとんどいない。時々すれ違う医者や看護師が俺の顔を見て何かに気付いたような顔になるけど、すぐに何事もなかったかのようにお互い通りすぎる。
 病棟のナースステーションで、すっかり顔馴染みになった看護師さんが「こんにちは、虎石さん」と挨拶してくる。俺は仕事用の笑顔を浮かべ、「こんにちは」と返す。
 面会受付を済ませ、いつもの病室へ向かう。
 何度も何度も、毎日のように通った廊下。病棟の奥の個室に、俺が目指す病室はある。

「よっ、愁!」

 サングラスを外して、いつものように挨拶をしてから、病室に入る。けれど、挨拶が返ってくることはない。いつものように。
 個室に置かれた白いベッドに横たわり、体を白い毛布に覆われ、目を閉じて眠っているのは、俺の幼馴染み、空閑愁。
 ベッド脇のサイドボードに置かれた文鎮で押さえられたメモには愁のお袋さんの筆跡で、今日看護師さんから聞いた愁の容態について書かれていた。数字の上だと愁の容態は昨日までと大して変わりはないようだ。
 肩からかけていたバッグを床に置いてベッドのすぐ近くに置かれている面会用の椅子に座り、愁の顔を覗き込む。
 長い睫毛に縁取られている固く閉じられた瞳、あまりに血の気の薄い眠っているような顔。布団をそっとめくって見れば呼吸していることが辛うじて分かる、わずかに上下する胸がパジャマに覆われている。
 病院が用意しているパジャマに通してある腕は、俺が知るあの男らしくて逞しい幼馴染みの腕よりも細く、弱々しい。
 愁がこうなったのは、半年前。バイク便のバイト中、バイクに乗っていたところを乗用車に追突されて、道路に投げ出されるという大事故だった。打撲以外に目立った外傷はなかった。奇跡的に内臓も無事だったらしい。でも頭を強く打ったせいで脳にダメージを受け、愁は昏睡状態に陥った。
 最初に目を覚ましたのは事故から二ヶ月後。でもまたすぐに深い眠りに落ちてしまった。それから時々、愁は目を覚ますようになった。週に二・三回、初めは五分起きているかいないかくらいだったけど、最近は十分くらい起きてることもある。でも起きているだけでしんどいようで、喋ることはまだ出来ない。
 俺はベッドで眠る愁の左手を取り、両手で握る。その冷たさに、ぎゅうと心臓が締め付けられた。でも俺は笑う。
「聞いてくれよ愁、今朝マネージャーに生活リズムが乱れてるって怒られてさあ」
 そうして話すのは、とりとめのない、日常の些事。俺にとっては当たり前の、でも愁は知ることの出来ない、そんなことを思い付くままに話す。
「昨日の夜、星谷と飲んだんだ。鳳先輩、来週にでも帰国するってさ」
「申渡、連ドラのレギュラーやるらしいぜ。でも消灯時間より後に始まるから愁は見れねえな」
「カレーがすっげえ上手に出来たんだ、愁にも食わせてやりてえ」
 話題は決して無限じゃない。それでも、愁に向けて話しかけ続ける。
 そもそも今の愁に、俺が話していることが聞こえているのかなんて分からない。体は植物状態だけど外の世界は認識できている、なんて話はテレビで聞いたことあるけど。
 だけどそうしないと、俺が折れてしまいそうだから。愁を繋ぎ止めようと何かしていないと、愁が一生俺の手の届かないところへ行ってしまいそうで、怖くて怖くて堪らない。
「……愁、髪伸びたなあ」
 顔にかかる前髪をそっと退けてやる。一ヶ月くらい切っていない愁の髪は、もうすっかり長い。
 ここにいる間の愁の髪は、愁のお袋さんや看護師さんに手伝ってもらいながら時々俺が切っている。
「愁、長い髪も似合うよな。でも俺は男の髪はもっと短い方が好き。今度髪切ろうな」
 髭は週に二回は剃ってやれるけど、髪はなかなかそうもいかないんだ、ごめんな、と愁の額、そして頭をなでる。
 指先と同様に、その体温は低い。
「……愁」
 名前を呼んでも、やはり応える声はない。
 一度愁から手を離し、俺は床に置いたバッグに手を突っ込んだ。藍色のベルベット張りの小箱を取り出し、そっと開いた。
 中に収められているのは、指輪。
 ダイヤが主張しすぎない程度にあしらわれた、メンズのシルバーリング。
 愁に似合いそうだと思って。なんて、それだけじゃない。
 また、愁の左手を取る。
「……役者じゃない時の愁を、俺にください」
 このリングを渡しながら言うつもりだった言葉を呟きながら、すっかり細くなってしまった愁の左手薬指に、それを嵌める。
「……その代わり、役者でもモデルでもない俺を全部、愁にあげるから」
 今の愁の指にはぶかぶかのリング。
 今年の愁の誕生日にと、一大決心をして、どうにかこうにかして愁の指輪のサイズを調べ、片っ端からメンズジュエリーの店やホームページを回って愁のために選んで注文したリングだった。
 でもリングがもうすぐ届くという時に、愁が事故に遭って。リングはまだ、俺の手元にある。
 聞こえているか分からない愛の言葉を囁きながら、こうやって眠っている愁の指にこっそりリングを嵌めるのは、これで何度目になるんだろう。
 愁を繋ぎ止めておきたくて、何度も何度も同じ言葉を囁いた。本当は毎日、ずっと愁の傍にいたい。でも俺も生活していかないといけない。本業の俳優だけじゃなくて合間のモデル業もこなしていかないと、きっと愁が元気になった時に怒られる。仕事しろ、って。
 この事故がなければ、愁は今頃朝の特撮ドラマ出演が決まって、主人公ヒーローのちょっぴりダークな仲間をやってる筈だった。舞台を中心に活動してた愁が初めて受かったテレビ番組のオーディション。オーディションの結果が届いたのは、愁が事故に遭った数時間後で。そろそろ俳優だけで食っていけるようになりたい、っていうあいつの希望がもうすぐ叶うはずだったのに。
 毎朝こいつのかっこいい姿を見て目を輝かせる子供達がいて、メディアへの露出も増えて、すれ違う子供からはヒーローの名前で呼ばれて。そんな愁が、いたかもしれないのに。
「……なんで、いつもお前なんだろうな」
 俺をミュージカルの世界と出会わせてくれたのは、愁なのに。愁がいなきゃ、俺は役者になんてなろうとすら思わなかったのに。どうして愁だけが、いつも苦しい思いをするんだ。
 ぶかぶかのリングがはまった左薬指。骨と血管が浮いている手の甲。骨と皮とわずかな肉だけの細い腕。そこに刺さる点滴の針。こんなの愁に似合わない。役者としてじゃない、ただの空閑愁はもっと逞しくて、かっこいい。代われるものなら俺が全部代わりたい。そんなこと言ったらきっと愁に怒られるけど。
 鼻の奥がつんとして、目尻が熱くなり始めた。俺はそっと愁の指からリングを外し、ケースに収めるとバッグにしまいこんだ。
 また、その寝顔を眺める。
 眠っているような、今にもぱちりと目を開けて、眠そうな声でおはようと言ってくれそうな寝顔。もう半年、この形のいい唇から溢れる低くて甘いその声を聞いていない。
「……聞きてえな、愁の声」
 指で愁の唇をそっとなぞると、少しかさついている。俺はサイドボードの引き出しから、ハンドクリームの缶とリップクリームを出して、まずリップの蓋を開ける。
 リップクリームもハンドクリームも、愁は俺と違って匂いがするものをあまり好まない。だからリップクリームは無香料の薬用、 ハンドクリームは僅かにハーブの香りがするだけのやつを愛用している。香水の匂いもあんまり好きじゃないらしいので、高校の時に俺が愁のバイクにオンナノコ乗せてたせいかもな、なんて今更に思う。
 上唇、そして下唇と、唇に薄くリップクリームを塗る。少しだけ愁の唇が潤いを取り戻したように見えた。
 それからハンドクリーム。缶の蓋を開けて白いクリームを指で掬い、少しずつ愁の手に塗り込んでいく。手の甲から指先へ、少しずつ、薄く延ばしていく。少し力を込めただけで折れそうなくらい細い指は特に細心の注意を払う。左手を塗り終わったら立ち上がってベッドの反対側に回り込み、今度は右手。
 愁は将来有望なミュージカル俳優だから、こういう時もケアを欠かしちゃいけない。
 髪は定期的に切る。髭は週に二回剃る。爪は切った後もきちんと磨く。顔の保湿だって俺や愁のお袋さんが毎日やってる。だからここに眠っている愁はすごく綺麗だ。
 でも愁が一番魅力的に輝ける場所はこんな病室の中なんかじゃない。スポットライトが当たるステージの上だ。それを思うと、こうやって愁を綺麗にしてる間も、どうしても胸が苦しくなる。