トツ、トツ、トツ、トトト……サー――――――――…………
生命の気配が絶えたかのように見える森にも、恵みの雨は降り注ぐ。
雨が降る中、シュンは外套を頭から被って森の中を疾走していた。一歩を前に出すたびに足元の土が跳ねてズボンが汚れるが、気にも留めない。
やがて、一本の木の根元に直径2mほどの大きなうろが開いているのを見つけ、シュンは迷わずそこに駆け込んだ。
うろの中はじっとりと湿っており、纏わり付くような湿気が不快だが、雨に濡れない分まだいい。
「イングラム、もういいぞ」
若干乱れた呼吸を整えてから、シュンは外套の前を開けてパートナーの名前を呼ぶ。すると、碧色の爆丸がひょいと出てきた。
「突然の雨とは……災難でござったな」
イングラムがシュンを労わるように言うと、シュンは首を横に振る。
「仕方がないさ……雨がやむのを待とう」
そして地面に腰掛け、雑嚢から水筒を取り出した。中の水を一口飲んでから、呟く。
「それに、少し疲れた……」
「無理をしすぎでござる。いくらヴェスターの様子を探るとは言え、」
イングラムが呆れたように言う。
「このところ殆ど寝ておらぬし……それだと、仲間と合流する前に身体を壊すでござるよ」
「……すまない」
シュンはうろの奥にもたれ掛かり、足を地面に投げ出していた。ここ数日の動き通しに加え、突然の雨。外套を頭から被っていたとは言え、疲労がかなり色濃く滲んでいる。
「少し、眠ったらどうでござるか」
「そうしたいのは山々だが、」
シュンは雨で額に張り付いた前髪を払いながら、首を横に振った。
「ダン達がこちらに来ている。俺もぐずぐずしてはいられないだろう」
「ならせめて雨がやむまで……」
「やんだらすぐに出発する」
強情なシュンに、イングラムはムッとして言い募る。
「身体を壊したら元も子もないでござる」
「分かっている。……分かっている、それくらい」
イングラムは、自分の胸が少し痛くなるのを感じた。
(頑なに仲間を思うことは、悪いことではないのでござるが……)
このままでは、仲間のために自分の身を犠牲にしかねない。そんな危うさが、今のシュンにはあった。
「シュン、拙者は……」
「?」
「初めてのパートナーに、倒れてまで頑張ってほしくないでござる」
イングラムの突然の言葉に、シュンは驚いたような顔をしてから、
「……どういう意味だ?」
と、聞き返す。
「少しばかり、拙者の身の上話のようなものを聞いて欲しいでござる」
「ああ……」
イングラムは、静かに話し始めた。
「拙者は、かつて次元の境界が割れた折に地球に来た爆丸の一体にござる。尤も、誰かの爆丸となることはなく、誰も知らぬ場所で……人間達が暮らす空間の狭間で、ずっと誰かに出会うのを待っていた。狭いカードの中で、ずっと」
「……そうだったのか」
「ここに帰って来てからも、拙者はずっと憧れていたでござるよ……人の手の温かさ、というものに」
だから、とイングラムは話し続ける。
「シュンに出会えたとき、パートナーになることが出来たとき、嬉しかったでござる。そして、助けて貰った恩義もある。力及ばぬところ多々あるだろうが、拙者なりにシュンを守ろうと誓ったのでござるよ」
そこまで言ってから、イングラムは照れくさそうに身体を揺らした。
「……まあ、そういうことにござる」
「……そうか」
シュンは、息をついて、小さく微笑んだ。
「お前がそこまで言うなら、少し眠るとしよう」
「む、それで良いでござる」
イングラムが満足そうに頷くと、シュンはうろの壁にもたれ掛かったまま目を閉じ、身体の力を抜いた。そして、そのまま呟くようにこう言う。
「……ああそうだ、お前も寝ろイングラム」
「ぬ?」
「お前もほとんど寝ていないだろう……俺が一切寝ていないのに眠れるような性格ではあるまい」
イングラムは「図星でござる……」と驚いたように言って、
「やはり、シュンには敵わぬでござるな……」
と苦笑した。シュンは目を開けると、イングラムに手を差し出した。イングラムは大人しく、その上に飛び乗った。シュンは手を足の上に降ろし、今度こそ目を閉じた。数秒後には、俯いて肩を浅く上下させるのがイングラムには見えた。どうやら、完全に眠ったようだ。
(よほど疲れていたのでござるな……)
(今度からは、なるべく適度に休憩をとらせねば)
そう心中で呟き、イングラムはかしゃりと自分の身を閉じた。シュンの手のひらは温かい。イングラムには、本人の人となりが体温に現れているように感じた。
その温もりの中、イングラムもまた、深い眠りに落ちていった。
二人は、木のうろに差し込む日の光で目を覚ました。
眩しいので、シュンは手を目の上に翳しながら外の様子を伺う。
木々の間から覗く空は、雲一つなく青い。しばらく雨が降ることもなさそうだ。
「……よし、行くぞイングラム!」
「御意!」
二人で一人分の影が、あっという間に森の奥へ消えていく。
一瞬の疾風が、地面に落ちた葉を巻き上げた。
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リクエストをいただいて書いたもの。
この二人そういうとこあるよな、と再録用に読み返していて思いました。