雪の日(再録)(和愁)

和愁の小学生時代捏造。

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 その日は朝から雪が降っていた。
 正確には、愁が眠っていた深夜にもう降り始めていたらしい。目が覚めてカーテンを開けると窓から見える住宅街の景色は、雪化粧を施されていつもと全く違う顔を見せていた。向かいのアパートの屋根に積もる雪や白い道路を見て、子供心に雪だるま作れるかな、とか考えてしまい。
 ……しかし実際のところ、雪化粧、なんて言えるほど可愛いものではなかったようで。

「愁、今学校から連絡網が回って来たんだけど学校お休みだって」
「そっか……」
「ごめんね、お昼用意してる時間無いから、冷蔵庫にある昨日の残り物食べて」
「うん、分かった。大丈夫」
「外に出る時は転んだりしないよう気を付けて、鍵もちゃんとかけてね。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 いつもならば学校へ行く自分を見送ってくってから仕事に出る母親を、玄関で見送る。
 休校になって、同級生たちなら喜ぶのだろう。もしかしたら、雪遊びに外へ出る小学生が今頃近所の公園にでも走っているかもしれない。しかし愁は、家にいても母親は仕事でいないし、学校も無いなら外に出るのも億劫だし、ついでに寒いので、家にこもることを選択した。
 しかし宿題はとっくに全部終わっている。学校の図書館から借りて来た本も読み終って今日返そうと思っていたものばかりだ。ゲームの類など一人で遊ぶものも持っていない。
 そう、愁にはやることがなかった。しかしそれを自覚すると、急にふわふわとした眠気が込み上げて来て。
「……寝よう」
 愁はそう呟いて自分の部屋に引っ込み、目覚まし時計をきちんと12時にセットしてから、また自分の布団に潜り込んだのだった。
 暖かくて柔らかな布団に包まれると、あっと言う間に眠気は愁の全身を包み込み、愁は重くなる瞼に逆らわずに目を閉じた。

 誰かに名前を呼ばれた気がして、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。目覚まし時計を見ると、十一時四十五分を指している。
 ぴんぽーん、と、まだどこか浮遊ぎみの意識の中で玄関のチャイムが鳴る音がした。
 眠い目をごしごしこすりながら、布団から抜け出す。玄関へ向かい、ドアスコープから外を覗くと、黒髪に覆われた頭だけが見えた。しかしそれが誰なのかは、考えずとも分かった。
「……何の用だ、虎石」
「学校休みだから遊びに来た!」
 ドアを開ければ、そこに立っているのは愁と大して変わらない身長の小学生の男の子。愁の幼馴染で、同級生の虎石和泉だった。ダウンジャケットに毛糸のマフラーに帽子、手袋をして温かそうな格好をしている。しかしやはり寒かったのだろう、その顔は真っ赤だ。手には近所のスーパーマーケットのビニール袋を提げていた。
「お菓子あるし、スーパーでコロッケと唐揚げも買って来た!」
「うちで飯食う気満々じゃねーか」
「エビフライもある」
「全部揚げ物……とりあえず寒いからさっさと入れ」
「お邪魔しまーす!」
 ご飯とか二人分残ってるかな、と考えながらとりあえず和泉を家に上げる。残り物はあまり長く残していても仕方がない、自分と母親以外に食べる人がいてそれが尚の事幼馴染なら愁は別に構わなかった。
「う~、寒かった~」
 リビングのテーブルの上にビニール袋を置き、リュックを下ろして防寒具一式を脱いでリュックの上に置くと勝手知ったる様子でソファに座る和泉。空閑が冷蔵庫の中を確認すると、何人分かの冷やご飯と筑前煮があった。
「ご飯と煮物があるけど、もう飯食うのか?」
「愁の母ちゃんの煮物!食いたい!」
「食うなら手伝え」
「はーい」
 愁がご飯や筑前煮を温めている間に、ソファから立ち上がった和泉はてきぱきと食器を準備していく。ものの10分で、リビングの食卓には二人分の昼食が並んだ。大きな皿に唐揚げ・エビフライ・コロッケ、もう一枚の大きな皿に筑前煮を盛り付けて食卓の中心に置き、愁と和泉それぞれの前にはご飯が盛られた茶碗。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
 愁が食卓に着きながらテレビを付けると、丁度お昼のバラエティ番組が始まっているところだった。黒いサングラスにスーツの司会者から視線を逸らし、自分の向かいで美味しそうに筑前煮の筍を食べている和泉を見る。
「……で、お前何で来たんだ」
「なんでって、遊びにだけど」
「雪積もってるだろ」
「その程度でなんで外出るの諦めなくちゃいけねーんだよ。つーかお前、俺が来るまで寝てただろ、さっきすげえ眠そうだったし」
「……」
「せいかーい」
 図星を突かれ、ふいと視線を逸らす愁。和泉がにやにや笑っているのが見なくても分かる。
「だからさ、ご飯食べたら外で遊ぼうぜ!明日までは雪も溶けないって天気予報で言ってたし!」
「じゃあ明日でいいだろ……」
「明日学校あるからあんま遊べねーじゃん!なあお前どうせ暇だろー?」
「……」
 和泉に視線を戻せば、手を合わせ懇願するような目でこっちを見ていた。この目で見られて、お願い!と言われれば学校の女子ならすぐにお願いを聞いてしまいそうな、そんな目だ。しかし愁は和泉のお願いをあっさり聞いてやるほど和泉に甘くは無かった。
「寒いから嫌だ」
「遊べばあったかくなるって!」
「他の奴誘え」
「えーやだー、愁とが良い。愁と遊びてえんだよオレは」
 そう言ってむくれる和泉。そして愁は、
「っ……」
和泉の「愁が良い」という言葉には弱かった。
「……食べて、片付け終わったらな」
「やりぃ!」
 小さい頃から事あるごとに頼みごとをされ、一度は断っても結局は弱点を突かれて聞き入れる羽目になって。それを何度繰り返してきたことか。しかし、目の前の和泉の嬉しそうな顔を見るのは決して嫌ではなく、朝起きた時に感じた雪へのわくわくもぶり返してきて。
 嬉しそうに筑前煮の里芋を頬張る和泉。その笑顔を見ると無性に悔しくなって、愁は唐揚げを一つ頬張ったのだった。

[戻る]