Always(再録)(和愁)

「愁~、バイク貸して」
 珍しくバイトが休みになった日曜の午後。
 語尾に音符だかハートマークだかが付きそうなくらいに甘ったるい声を出しながら、俺の幼馴染は今日も寮の部屋まで押しかけて甘えて来た。
「ったく……明日の朝には返せよ」
 そして俺は、いつものように形ばかりの呆れた声と共に、ポケットからバイクのキーを取り出して虎石に渡す。
「さんきゅっ」
何も考えてい無さそうで多分実際何も考えていない、いつものような笑顔を浮かべる虎石。
「刺されても助けてやんねーからな」
「怖いこと言うなよ~」
いつもと同じような他愛ないやり取り。
「じゃな、愁」
「ああ」
 これから女と遊びに行くのであろう虎石はひらりと手を振ると、いつものように俺の前からいなくなる。その背中を見送り、俺は一つ溜息を吐き出した。
 今、部屋に月皇はいない。俺は部屋のドアを閉めると自分のベッドで或る二段ベッドの下段に寝転がった。錘が積まれ押さえつけられているかのような胸苦しさに襲われ、どうにかそれを振り払おうと大きく深呼吸する。それでも胸が軽くなることは無かった。
 苦しい。どうしてこんなに苦しいのかなんて、考える必要もない。もう何度も何度も自問自答して、とっくに答えは出ている。だからその分苦しくて苦しくて、どうしようもない。

 俺は虎石和泉が好きだ。
 友人としてではなく、恋愛対象として。

 そのことに最初に気付いたその瞬間、この恋は決してかなわないんだろうと思った。あいつが好きなのは女で、俺は男だ。それはどうしたって、変わることのない事実。この思いを一生黙って抱えていくことしか、俺には選べない。
 あいつが俺の事を好きなのは、とっくに分かっている。ただそれは友人としてであり、俺の感情とは全く異なるそれだ。友情と恋情の間にある溝が、埋まるはずがない。相手が虎石ならば、尚の事。
 俺は掛け布団を頭からかぶるときつく目を閉じた。この胸の苦しさを全て忘れて眠ってしまいたかった。
 睡眠は好きだ。眠っていれば苦しいことを感じなくて済むし、夢を見ていれば束の間の幻に浸れる。甘い夢に騙されていれば、現実の胸の痛みを忘れられる。明日もまたお前といつものように話せる。女と遊びに行くお前を、いつものように見送ることが出来る。
 だから、なあ、虎石。せめて夢の中では、俺を抱き締めていてくれないか。

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