Happy New Year!(再録)(和愁)

 せめて俺の部屋に運び込むまで愁にまた起きてもらおうと思って色々やってみたが、愁は起きなかった。
 眠りこけている愁を担いでどうやって階段を上るか、俺はソファに座ったまま諦め半分で考えながらテレビの中のアイドルのコンサートをぼんやり眺めていた。
 アイドル達のステージ上のパフォーマンスは参考になるところが多い。綾薙祭で俺がteam柊として公演した綾薙歌劇場よりずっと大きいキャパの会場で堂々と歌い踊る姿は、俺や愁が目指すところとジャンルは違ってもいつかこうなりたい、なってみせる、という思いを起こさせる。
 俺がプロとして多くの人の目に触れるようになれば、今よりもっとずっとたくさんの子猫ちゃんに笑顔になってもらえる。それってきっと最高じゃん? スターってそういうもんだ。
「お、懐かしいな」
 流れ始めたイントロに、親父が声を上げる。
 スペインや南米を思い起こさせる音のイントロに、俺も思わず「あっ」と声を上げる。二人組のアイドルが、俺や愁が小学生にもなっていない頃にやっていたドラマの主題歌を歌っていた。
「うわ懐かしい!」
 思わず身を乗り出すと、ソファが揺れて愁が小さく呻いた。
「あんた好きだったよねえこの歌」
 お袋が言うと、愁のお袋さんが「愁も好きだったわー」とおっとり笑う。
 十年前……いや、十一年前の歌だ。息の合ったパフォーマンスを見せる二人のアイドルが歌うのは、夢を信じて共に地元から旅立った二人の悪友の歌だ。
 パフォーマンスが終わってCMに入った時、愁のお袋さんが呟いた。
「この歌、愁と和泉くんみたいよねえ」
「え?」
 俺のお袋とは正反対な、穏やかな笑顔で愁のお袋さんが俺を見た。
「いつでも二人で一つ……って」
「そ、そうかな」
「そうよ。私は愁の傍にいられる時間少ないし、その分和泉くんが愁と一緒にいてくれて良かったって思ってるのよ」
「は、はあ……」
 流石は愁のお袋さんなだけはある、いつも結構ストレートにこっちが照れ臭くなるようなことを言ってくる。
 その上美人だ。にっこり微笑まれると、思わず背筋が伸びる。
「愁のこと、これからもよろしくね」
「も、もちろんです」
「でも喧嘩はダメよ? もう高校生なんだし、喧嘩なんかしてないわよね?」
「し、してないです、やだなあいい歳なんだから喧嘩なんてするわけないじゃないすか」
 ははは、と笑う。
 本当はしたけど喧嘩。しかも愁も含めて複数人で、結構派手なやつ。親にまで連絡行かないようにしてくれた柊先輩本当にありがとうございます。
 もぞり、と愁が動いた。愁を見下ろすと、少しだけ開いたばつの悪そうな目と目が合った。
「愁ね、高校に上がってから新しいお友達も出来て、時々電話してくる時の声が凄く嬉しそうなの。もちろん和泉くんのお話してる時もよ」
「えっこいつ俺の話してんの?!」
「してるわよ~」
 俺が愁の話をしても愁は俺の話をほとんどしないやつだと思ってた。
 照れて頬を掻いていると、愁のお袋さんはにこにことこう続けた。
「この子口下手だから和泉くんには言ってないと思うけどね、高校も和泉くんと一緒になれてすごく喜んでるわよ」
「あ、それは愁から言われなくても分かります」
「やっぱり分かる? 流石だわ~」
 愁が俺の足を軽く蹴ってきた。照れてる照れてる。
「……今年、違うか、去年は俺と愁は一緒にいれる時間少なかったんだけどさ。でも愁がそう思っててくれるなら嬉しいかな」
 照れ臭いけど、これは本心だ。綾薙に入ってから、一緒に過ごす時間は多分、中学までの半分以下になった。でも愁と、いつもと同じ新年を迎えることが出来た。
 今は、それでいい。
「さ、そろそろ寝ようぜ愁」
 愁の手を引っ張って起こすと、その頬は照れで少し赤くなっていた。それを見てにやりと笑ってやると、愁は俺から視線を反らした。
「じゃ、もう寝るから俺達。おやすみー」
「……おやすみ」
「はいおやすみ。起きたら帰ってきてね愁、朝ごはんはうちで食べるわよ」
「分かった」
「おやすみー」
「おやすみ」
 大人三人に送られ、俺は目を擦っている愁を引っ張って自分の部屋へ向かった。
「着替えいる?」
 部屋に到着してタンスから適当にパジャマ用のTシャツとショートパンツを引っ張り出して愁に放り投げると、愁は躊躇いなく受け取って着替えた。
 俺もパジャマーーつっても愁のとほとんど同じTシャツと短パンだけどーーに着替える。
 愁が先にベッドに潜り込んだので、俺も潜り込んでついでに愁を背中から抱き締める。
 腕いっぱいに懐かしい暖かさが広がり、その肩に顔をうずめると小さい頃から慣れ親しんだ愁のにおいを胸に吸い込む。
「暑苦しい」
「寒いからいーじゃん」
「寝る時抱きついてくんのいい加減やめろ……」
 言葉の割に、愁は抵抗してこない。
「だって愁と寝てる時が一番安心すんだもん」
「……ったく、どういう理屈だ」
 呆れてはいるけど、その声は優しい。
「今年もよろしくな、愁。おやすみ」
「……ああ、よろしくな。おやすみ、虎石」
 あっという間に、すうすうと寝息が聞こえてくる。今回はいつもと同じ名字呼び。年越し前に名前を呼んでくれたのは気のせいだったのか、なんて思ってしまう。
 でも、いつもと変わらぬ新年。去年も今年も愁が隣にいて、きっと来年も愁が隣にいる。それでいい。
 俺の隣にいてくれて、ありがとう。
 照れ臭くて絶対に言えない言葉を胸の内で囁き、俺は目を閉じた。

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