天竺行き途上にて(ダビデと書文先生)

天竺イベのダビデと書文先生。
ダビデの体質云々は捏造です。

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 偶然触れたその手は、氷にでも触れたかと思うほど冷たかった。反射的に引っ込めると、隣に座っていたその手の主が首を傾げる。
「書文くん、どうかしたかい?」
「ああ、すまんなダ八戒。……お主の手が、あまりに冷たいものでな」
「それはすまないことをした、でもこれは僕の体質みたいな物でね、仕方ないと思って諦めてくれ」
 そう言って何事もないように笑いながら、ダビデは手にした木の枝で焚き火の火をつつく。
 書文はその様子を観察しつつ、その様子におかしな点が無いかどうかを確認する。一見おかしな様子は見受けられないが、しかし枝を動かす腕の動きが固いのを目に留めた書文は僅かに目を細めた。
「アビシャグといったか、老齢の期にお主の体の冷えを温めるために仕えた少女は」
「そう。彼女はとても良くしてくれた」
「アビシャグを求めるのは、今も体の冷えが重いからだと?」
「本当に冷えが重くなるのは時々だけどね。それもあるけど……まあ今の僕らは修行中の身なのだから、この手の話はやめておこう。気遣いどうも、でもこの体質は治りようがないからさ、君が気にする必要はないよ」
「……そうか。だが旅に支障が出そうであれば儂にでもマスターにでも言うのだぞ」
 書文の言葉にダビデは僅かに目を見開き、次いで頬を綻ばせた。
「ありがとう、君は優しいね」
「共に旅をする仲間に何かあっては皆の負担が増えると言うもの、そうなる前に負担の軽減に務めるのが沙悟浄としての役割と見たまでよ」
「マネジメントが上手いねえ」
 ふと、衣擦れの音と共に、「ウサギさ~ん……まって~」と三蔵の寝言が二人の耳に届いた。
「お師匠ってば、また布団をけ飛ばしてるよ」
 ダビデは立ち上がると三蔵の寝床へ向かい、そっと布団を掛け直してやる。
 足の動き、日頃のダビデと比較してややぎこちない。毛布を掴むのに指先が上手く動かず二回ほど掴むのに失敗。
「……ところで。今日の不寝番はお主ではなく儂一人だったように思うのだが」
 ダビデが戻ってきたタイミングを見計らって言うと、ダビデは肩をすくめた。
「ばれてたか」
「今日は眠れぬ程に冷えが回っているということか?」
「カルデアなら湯たんぽとかあるからいいんだけどさ」
「肩から毛布でも被ると良い」
 使っていない毛布を手元に引き寄せて肩から掛けてやるとダビデは嬉々として毛布で全身をすっぽり包んだ。
「いやあ、この旅の中で書文君のイメージ変わったなあ。君いつもベオウルフ君と鍛錬してるだろ、その割に随分と面倒見いいじゃないか」
「子供達の遊び相手をせがまれることもあるからな」
「なるほど」
 他愛ない会話をしながら温かい茶を湧かす。いつもと違い湯呑みは二人分。
「時にダビデよ、お主は武者として非常に優れていると聞く」
「ええ~?僕に戦士としての能力を求めるのかい?」
「王として大軍を率い自らも剣を取り前線で戦い、武人になる以前にも熊や獅子の尾を掴んで叩き殺したという武勇はあまりに有名であろう」
「悪いけど僕は戦いは根本的に嫌いなんだ。それに僕の武勲全般は神の加護があったからだから、君達とは全く別物だよ」
「むう……それは残念だ。一度手合わせしたかったのだが」
「そういうのは呂布君の方が向いてると思うよ……」
 湧いた茶を湯呑みに注いで渡してやると、ダビデは湯呑みを両手で包み込むように持って目を細めた。
「久し振りだなあ、こういうの」
「久し振りとは?」
「羊飼いだった頃に寝ないで羊の番をしたり、先王に追われて夜の荒野に何泊もしたりしたことがあってさ。でもこの旅の中のこの夜は、そういうのとは違う。何というか……うん、浪漫がある」
「浪漫か」
「うん。経典を集めて、試練を乗り越えて、天竺へ向かう。その旅の途上で寝ずの番をする。生前では出来なかった事だ。こんな事言ったらカルデアで心配しているであろうマシュ嬢達には怒られるかもしれないけど……僕は楽しいし終わって欲しくないとすら思うよ、この旅」
 そう呟くダビデの目は、輝きの奥にどこか哀しみを湛えているように見えた。だが書文は「そうか」とだけ頷く。
「……ま、そんなの無理な話だけど。僕らは人理を修復するためにマスターに喚ばれたサーヴァントなんだから。この旅はきっといつか終わる。だったらせめて、最後まで楽しむさ」
 ダビデは茶を一口啜ると、ほうと息を吐き出した。
「お茶、ありがとう。少し楽になってきたよ」
「それはよかった。まだ眠れぬなら話し相手くらいにはなれるが?」
「じゃあお願いしていいかな。僕はこの辺りの世界や時代とは縁のない英霊だから、君に色々聞きたいよ。聖杯からの知識で補えない事って色々あるだろ?」
「とはいえ儂も近代の生まれなのだがな……」
 ぱちぱちと焚き火が弾け、夜の静寂に静かな話し声が吸い込まれていき。結局二人での不寝番は、呂布が一番に起き出してくるまで続いたのだった。

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