ピエールとのぞみと一希編
「大丈夫だよ」
のぞみはそう言うと、さっきまで泣きだしそうだった筈の顔に笑顔を咲かせてみせた。
「ボクは知ってるよ。ピエールくんは、今まで沢山頑張ってきたもん。だから、ボクは信じてる。ピエールくんなら、きっとアスランにだって勝てる」
「でも、ケイが……」
ピエールは、ひび割れたステッキを握り締めた。
ピエールの使い魔ケイは先のアスランとその手下アメヒコとの戦闘で酷く傷付いて実体を失っており、ピエールのステッキもひび割れている。
そして、ピエールより魔法使いの経験も深い筈ののぞみですら既に満身創痍であった。いや、のぞみは自分を庇ってボロボロになったのだとピエールには分かっていた。
ピエールの両の瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
「なんで……なんでのぞみくんはボクを信じてくれるの……?」
ボクなんか足手まといだ。いてものぞみくんの邪魔になるだけだ。その思いがピエールの心を少しずつ蝕む。
だがのぞみは、屈託なく笑う。
「信じる心はね、何よりも強い魔法になるんだよ。ボクの友達や、ラビンが教えてくれたの。誰かを信じる心、自分を信じる心は何よりステキな魔法になるんだよ。……だから僕は、ピエールくんを信じるよ。ピエールくんはきっと凄い魔法使いになって、闇の魔法使い達だって倒せるんだって」
「信じる、心……?」
その笑顔はまるで宝石のようで、今の自分から遥か遠い物に思えた。
けれど同時に。
──ボクも、なりたい。
──のぞみくんみたいに、どんなピンチでもキラキラ笑えるように、なりたい……!
いつしかピエールは、胸の前強くステッキを握っていた。
「む、話は終わったか?」
ぽん、と破裂音が辺りに響いた。「うわっ?!」とピエールが腰を抜かしそうになる中、中空から大きなマントを身に纏った美しい青年が現れた。
青年が抱えている大きなトランクにはこう書かれている──『ツクモ屋』。のぞみは青年の姿を認めるとぶんぶん手を振った。
「あ、カズキくん〜!よかった、ラビンが間に合ったんだ!」
「あんなボロボロの状態で何がなんでも届けに行かないとびた一文も支払わない、まで言われてはな……全く、アスランの息がかかってる土地なんだぞ、ここは……」
ブツブツ呟きながら、ツクモ屋は宙に浮いたままトランクを開けた。
「注文の品、『ステッキ瞬間ナオール』一つ、『使い魔用ライフゼリー』二つ……確かに納品したぞ」
「うん、ありがと〜♪お代はボクがこの前倒したメッチャークのボーナスから引いていいからね♪」
「了解した。それじゃあ……」
ツクモ屋は去り際にピエールをちらりと一瞥して、「なるほど……」と呟いてまた破裂音と共に姿を消した。
「……のぞみ、もしかしてラビンを一度も呼ばなかったのは……」
「うん、ラビンにカズキ君を呼びに行って貰ってたの。……のぞみとラビンならアメヒコは倒せると思う。でもアスランを倒せるのは、きっとピエールくんだから……はい。これ使って。ちょっと高いけど、その分こうかはばつぐん、だよ」
のぞみから『ステッキ瞬間ナオール』と書かれたチューブ、そして『使い魔用ライフゼリー』と書かれたチューブパックを差し出され、ピエールは恐る恐る片手を出す。するとのぞみは、力強く笑いながらぎゅっとピエールの手を握った。
「ピエールくんもケイくんも、ボクもラビンも……みんな元気になったら、行こう。みんながハッピースマイルになれる世界を、取り戻しに!」
「ハッピースマイル……」
そうだ、自分は何故旅に出たのか。
ピエールの脳裏を、悪の軍団に支配されて怯える故郷の人達の顔が過ぎった。
魔法の力で、皆が笑顔になれる世界を取り戻したかったのではないか。気弱で臆病な自分が、皆が笑っている世界を取り戻すために旅に出たのだ。
だから、自分と同じように世界を取り戻すために戦いながら笑顔を絶やさないのぞみの姿がとても眩しくて、こうありたいと、思い続けた。
けれど今は、のぞみにも負けないくらいキラキラ笑えるようになりたいと。どんな時でも笑って、自分を信じられるようになりたいと。
そうなれればきっと、今よりずっと凄い魔法使いになれる気すらした。
「……うん」
ピエールは、頷く。
「うん……!」
ピエールの手の内にあるひび割れたステッキが、少しずつ輝きを取り戻し始めていた。