カテゴリー: えむます

雪之助が畑やる話(+海月)

天地四心伝丹碧の乱の後日の話。

◆◆◆

「昨日、雪之助が君の教育係を辞したよ」

 先の戦いで重傷を負った教育係・雪之助が数ヵ月の療養を経て今日から復帰すると知らされていつもの稽古場で待ち侘びていた海月の前に現れたのは、養父・蒼生の右腕である沖之丞であった。
 雪之助の療養中に雪之助に代わり剣の稽古を受け持っていた沖之丞は、動揺する海月に向けて淡々と告げる。
「彼は昨日の夜に蒼生と僕のところに来てね。今の自分には教育係として海月と顔を合わせる資格はないから、と」
「そんな……」
 海月は言葉を失う。
 ほんの数日前に会った時の雪之助は顔色も良く、既に怪我は完治しているように見えた。
 久しぶりに雪之助と手合わせが出来ると、沖之丞に鍛えられ少しは強くなった自分を見てもらえると楽しみにしていたというのに、雪之助が自ら姿を消してしまうなど。
 だがすぐに海月は思い至る。先の戦いの中で発覚した義理の叔父・白波の人間族に対する背信行為。そしてその中で、実は雪之助の父と師匠の死に白波が関わっていたのだと。
 それを知ってからも雪之助は変わることなく海月に接していた。だが胸中決して穏やかではなかった筈だ。もし何か思い詰めているのだとしたら……
「っ……俺、雪之助を探して来る!」
 取るものもとりあえず、海月は駆け出した。沖之丞は稽古場を飛び出していく海月を止めることなく、その背を見送った。
 海月はと言うと、稽古場を飛び出してみたはいいものの、雪之助の行く先の心当たりなどなかった。
 とりあえずは、ここで何か手掛かりを得ることが出来ればと雪之助の実家に足を向ける。見舞いのために何度も──それこそ二日に一回という頻度で訪れていた家だ。城からの行き方など勝手知ったるものである。
 雪之助の家は古い屋敷である。そこに数日に一度通って来る小間使いを雇って掃除や雪之助一人では手の回らない部分の維持を任せているのだという。
 正門から屋敷の中に足を踏み入れ、裏手の庭の方へと足を向けてみる。
 すると目に飛び込んできたのは、掘り起こされて土の黒が露出した庭、その端で鍬を持ってせっせと土を掘り起こしている……雪之助の姿だった。
「……何やってるんだよ?!」
 思わず声を上げると、雪之助が顔を上げた。農作業用であろう着物は泥だらけで、顔にも少しばかり土汚れが付いている。
 雪之助は海月の姿を認めると「うわ」と顔を歪めた。
「何しに来たんだよ」
「何って……」
 探しに来た自分がおかしいとでも言わんばかりの雪之助の顔を見て、思わず頭に血が上る。
「急にいなくなるから探しに来たんだろ!」
「いなくなるって……」
 雪之助は眉をひそめてから、はあ、と大きなため息を一つ吐き出した。何か呟いたようだが、海月には聞こえなかった。
「何か言った?」
 掘り起こされた土は踏まないようにしながら雪之助に詰め寄ると、雪之助は首を横に振った。
「別に何でもないよ……ったく。お前暇なの?俺がいなくても学ぶべきことは沢山ある筈だし、剣術の稽古なら沖之丞さんに付けて貰ってるだろ」
「それは雪之助が復帰するまでの期間限定!俺はまだ雪之助から一本も取ったこと無いし、第一沖之丞さん強いけど教えるのは下手だし自分でも言ってたし……とにかく、なんで急に辞めるなんて言い出したんだよ。俺と顔を合わせる資格がないって、どういうことだよ」
「そのままの意味だよ」
 雪之助はまた鍬を動かし始めた。
「俺は当分真っ当に生きるのは無理だなと自分で思ったから、お暇をいただくことにした。一人で考える時間が欲しかったんだ」
 真っ当に生きるのは無理。そんな重い言葉がさらりと雪之助の口から出たことに、海月は心の臓を鷲掴まれたような心地がした。
「……一人で考えて、雪之助はそれでいいの」
「……それでいいからそうしてるんだけど。何が言いたいわけ」
 雪之助の声の温度が下がる。ここで言葉を間違えればきっと俺はこの家から放り出されるし口も聞いてもらえなくなる……そう予感しながらも、海月は雪之助をまっすぐ見て言った。
「俺は、雪之助を一人にしたくないよ。雪之助がその資格はないって思ってたとしても、俺の教育係は雪之助だけだ」
 一瞬、雪之助の鍬を動かす手が止まった。
「……好きにしなよ」
 横顔は髪に隠れて見えなかったが、土を耕しながら投げられたその言葉に海月を拒絶する色はなかった。
「ただしうちに来るつもりなら、少しは手伝ってもらうからな」
「勿論!」
 海月は安堵していた。雪之助は姿を消すつもりがないこと、そして何より雪之助から拒絶されなかったこと。
「じゃあ何から手伝えば良い?」
 身を乗り出して尋ねると、雪之助は顔を上げた。そして呆れ顔で睨まれる。
「……一旦帰って沖之丞さんに謝って来い。今は剣術稽古の時間だろ」

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こんな感じの導入の雪之助と海月の小説本を9月のミラフェスで出したいと思ってます。
今の予定だとブロマンス止まりだと思う多分(自信がない)

【姫野父子】とある父親の回想

「私、こういう者です」
 差し出された名刺にはこのような肩書が記されていた。
『315プロダクション プロデューサー』……聞いたことがない事務所だ。だがすぐ、名刺の左下に事務所の住所と代表取締役の名前が書かれていることに気付く。
『代表取締役 齋藤孝司』の名に目が留まる。この名前は知っていた。
「齋藤さん、独立なさるんですか」
「はい。齋藤を社長とした新たな芸能プロダクションを立ち上げるにあたり、弊社にアイドルとして所属していただける方を現在募集しているところです」
「なるほど……」
 であれば話を聞いてみる価値はあるかもしれない。
 名刺から、その名刺を差し出した者へと視線を移す。
「それで、その新しい芸能プロダクションのプロデューサーさんがなんのご用です?」
「はい、実は私、姫野かのん君をアイドルとしてスカウトしたいと考えております!」
「……うちのかのんを、ですか」
 突然の申し出に、驚きがない訳では無い。
 ただ、こういったことは初めてではなく、それ故に、父親としての僅かな警戒心が先立った。
「何か、そう思ったきっかけでも?」
「以前からモデルとしての活動は拝見しておりましたが、先ほどの特番収録現場を見て確信しました。かのん君には間違いなく、アイドルの才能があります!」
 ここまでは、よく聞く文句。言葉だけなら他のスカウトと同じことを言っているなあ、と思うだけで済むのだが……
「自らのカメラ写りや周りの子も意識した立ち居振る舞い、何より素敵な笑顔……とても、アイドルに向いています。是非! 一度お話を!」
 畳み掛けてくるような言葉の勢い。加えてそのプロデューサーの目は、見たことがないほどに輝いていた。
 芸能関係者でここまで目が綺麗な人を初めて見たかもしれない……そう思ってしまうほどに。
 ともすればその目に惹きつけられて首を縦に振ってしまいそうになったが、慌てて思い留まる。
「すみません。回答は、かのんと話してからにさせてください」
 プロデューサーは、「構いませんよ」と頷いた。
「大切なことですから、ゆっくりと話し合ってください」
 ちょうど会話が終わったタイミングで、背中から僕を呼ぶ声がした。
「パパ〜!」
 かのんの声だ。着替えが終わって帰る支度が出来たのだろう。
 それでは私はこれで、とプロデューサーは一礼して立ち去った。
 貰った名刺をしまいながら、かのんがこちらに来るのを待つ。かのんはすぐに僕の元へ走って来た。
「お着替えおわったよ、かえろ♪」
「ああ、帰ろうか。忘れ物はない?」
「うん、ちゃんとかくにんしたもん!」
「よしよし、偉いぞ」
 かのんと手を繋いで、スタジオを後にする。
 さて、先のスカウトの話をいつするべきか……そんなことを、二人でエレベーターに乗りながら考える。
「なあかのん、モデルやテレビのお仕事は楽しい?」
 そう尋ねると、かのんは「うん!」と満面の笑顔を向けてきた。
「とってもたのしいよ♪ パパのかわいいお洋服を着られるし、みんなにパパのお洋服をしょうかいできるし、ときどきこうやってテレビのおしごとするのも、とってもたのしい!」
「そっか、それは良かった」
 かのんの見せる心の底からの笑顔に安堵すると同時に、僅かな靄が心の内に広がる。そしてその靄はすぐに、このままでいいのだろうか、という不安に変わる。
 その不安は、仕事終わりのかのんの笑顔を見ると時折顔を覗かせる。
 かのんには、物心つく前から僕のブランドのモデルをして貰っている。それこそ僕のブランドの立ち上げ初期からだ。僕の作った可愛らしい服を着て、可愛い可愛いと大人達だけでなくブランドのターゲットである子供達からも褒められあるいは憧れの目を向けられ、年齢とほぼ同等の芸歴ゆえの経験値は高いプロ意識へと転化している。
 かのんは僕の作る服を大好きだと笑ってくれる。ずっと着ていたいと、いつまでもそうであると信じて疑わない無邪気な笑顔で。
 だが少なくとも、僕のブランドの服を着ていられる期間は残り少ない。かのんが子供でいられる期間はまだ長いとしても、「子供服」というカテゴリの衣服が人間の人生において必要とされる期間は恐ろしく短いのだ。
 僕がかのんのためだけの服を作り続けることも出来なくはないだろうが、それでもモデルをお願いすることは難しくなる。僕のブランドのモデルというあり方がアイデンティティにまでなっているかのんにそれは酷ではないだろうか。
「パパ、どうかしたの? どこかいたい?」
 不安が顔に出てしまっていたらしく、慌ててかのんに笑顔を向けてその小さな頭を撫でる。
「いいや、なんでもないよ」
 駐車場のある地下階にエレベーターが到着した。
「帰りにケーキでも買って帰ろうか。今日のお仕事を頑張ったご褒美だ」
「ほんと⁉ やったあ!」
 かのんと手を繋いで、駐車位置まで向かう。
 こうして一緒に帰れるのは残り何回なのだろうと、思わずにはいられなかった。

◆◆◆

 大人になんて、なりたくない。
 そう思うことは、子供であれば極めて自然なことと言えよう。
 僕もまた、幼い頃にその思いを経験してから大人になった者の一人であった。
『何言ってるの、この服はもうサイズが合わないでしょ』
 彼のお気に入りだったピンクのパーカーも、大判プリントがお洒落なカットソーも、母親のそんな言葉と共に学校のバザーに出品された。
 嫌でも身体は成長し、子供向けの可愛い服は着れなくなっていく。僕は身体の成長が早く、小学校高学年に上がる頃にはもうほとんどの子供服が着られなくなっていた。それ故にティーン向けの可愛い服を選んでみるが、どうしても「何かが違う」と感じてしまう。
 小学校高学年の家庭科の授業で再訪を習った彼は、次第に買った服に自分で手を加えるようになっていった。独学で被服デザインを学び、既製品を自分の思う「可愛い」形へと改造していった。自分の好きな服を着るために。
 それでも。鏡に映る自分は、もう決して体の小さな子供ではない。子供向けの、小さな子供のために最適化されたデザインの服が似合わなくなっていることを僕は嫌でも痛感した。
 次第に、こう思うようになっていった。

 ──こんなことなら体が小さいうちにもっともっと沢山「可愛い」服を着ておくんだった、と。

 子供服売り場の鮮やかな色彩と「小さくて可愛い」服の数々は、中学に上がる頃になってもなお、僕の心を捉えて離さなかった。
 そんな僕が子供服のデザイナーを目指すのは、ごく自然な流れであった。
 中学に上がった頃から、ネット上で自作の子供服を発表するようになった。初めはブログへ、次第にSNSへと。
 僕のデザインする、僕の思う「可愛い」を詰め込んだ服の数々は次第に話題となり、やがてある人の目に止まった。子供服専門衣料品店の経営者であるその人は、たちまち僕のデザインに惚れ込んだ。子供のために最適化された可愛らしいデザイン、着用する子供達のことを第一に考えた機能性・実用性。君がネットで公開している作品にはそれらが全て詰まっている──SNSを通して僕に直接コンタクトしてきたその人はそう語り、こう持ち掛けて来たのだった。
 我が社の傘下でブランドを立ち上げてみないか、と。
 そのメッセージを受け取ったのは、僕がデザイン系の高校に進学した直後のことであった。
 そう、子供服の可愛らしさに心を囚われ続けた僕が選んだ道は、「子供服を作り続けること」だ。
 可愛いものを愛する子供たちが、子供というごく短い期間のうちに、思う存分に可愛い服を着られるよう──そう考え続けていた。
 だがそれは、僕が成長したからそんな思考が出来ているだけのこと。
 かのんのように現在進行形で「可愛い服」に心を囚われている子供に、「すぐに着られなくなるから今のうちに沢山着ておきなさい」などと言えるはずもない。
 かのんが僕のブランドのモデルを出来る期間は、長く見積もってもあと二年。僕の成長期が早く訪れたことを考えるともっと短いかもしれない。
 かのんが僕のブランドのモデルを出来なくなった後のことを、考えなければならない。
 物心つく前の幼い息子に己のブランドのモデルをして貰っていた父親として、それくらいの責任は負うべきだろう……子供達も妻も寝静まった深夜に、仕事机に向かい合いながらそんなことを考え始めたら、引きずられるように昔のことを思い出す。
 僕が子供の頃と比べても、ファッションの選択肢は広がったと思う。
 それでも大人になってもずっと「可愛い」服を着続けることが出来るかというと、それは仕事によってはまだまだ。
 果たしてかのんは、大人になりたいと望むだろうか……そう考えると、どうしても昔の自分を思い出してしまうのだ。
 ふと、テレビ局で貰ったあの名刺の存在を思い出してデスクの上に置いてみる。
 アイドル、とあのプロデューサーは言っていた。
 アイドルという職種には、仕事上での関わりが大きいわけではないが、テレビ局に出入りすることもあるために少しは馴染みがある。今日かのんが出演した特番のMCも、子供達に人気の女性アイドルだった。
 タブレットのブラウザを立ち上げ、その女性アイドルの名前で検索してみる。
 一番上に出て来た事務所のプロフィールページに飛び、どんな仕事をしているのかと見てみると、本業であろうCDリリースやライブに留まらず、TVバラエティ、ドラマや舞台、モデルと幅広く活動しているようだった。
 男性アイドルはどうなのだろうと、とりあえず知っているベテラン男性アイドルの名前で検索してまた事務所のプロフィールページを眺める。こちらはアイドルとして歌や演技の仕事をしつつ作家もやっているようだった。
 他にも何人か、知っているアイドルや知らないアイドルのプロフィールや時折貼られているMVやライブ映像を眺めながら、アイドルというものについて考える。
 様々なアイドルがいた。
 農業をやっているアイドル、DJをやっているアイドル、セルフプロデュースによる独特の世界観を売りにしたアイドル、お笑い芸人としての顔も持つアイドル、演技力で高い評価を得ているアイドル、高い歌唱力を売りにしたアイドル、ガラの悪さをあえて押し出しているアイドル。ここまで千差万別だとアイドルという言葉で一括りにしてしまっていいのだろうか、これは。
 メンズライクのゴシックファッションを身に纏った女性アイドルが歌うMVがあれば、ゆめかわな世界観のセットで可愛らしく歌う男性アイドルのMVもある。後者はかのんが好きそうなので今度見せてみようと思う。
 ──かのん君には間違いなく、アイドルの才能があります!
 あのプロデューサーの言葉を反芻し、ブラウザの大量に開かれたタブに並んだアイドルの名前を眺める。この中にかのんが並ぶ可能性を考えると、あまり違和感はなく。
 アイドルになることが、かのんがかのんらしくい続けるための最善の選択なのかは分からない。そもそもスカウトを受けていることを知ったかのんが、アイドルになりたいと望むのかどうかも分からない。
 それでもこの名刺が、いつかかのんに必要になるのかもしれない……かのんの数ある未来の選択肢の一つとして、そんな可能性を思うのだった。

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【直央+クラファ】PM6:00

「ごめんね直央、お母さん今日お迎え遅くなりそうで、そっちに着くの九時過ぎになりそうなの。事務所で待てる?」
 電話の向こうの母親は、心の底から申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だよ、お母さん。心配しないで」
 直央がそう返すと、母親は何度も謝り、プロデューサーさんや大人の人たちと一緒にいてね、と言い残して電話を切った。
 きっと仕事が忙しいのだろう、と直央は納得する。母親は看護師という多忙な職に就いている、こういったことは初めてではない。
 スマートフォンの時計を見ると、夜の六時。母親は七時に迎えに来る予定だった。
 事務所のフリースペースに広げている学校の宿題を眺める。母親を待ちながらやるのが習慣になっている宿題はあと三十分もすれば終わる。今日はプロデューサーや事務員の賢が事務所にいない。突然生まれた二時間をどうしようか、それに夜ご飯は……そう考え始めた時、頭上から声が降り注いだ。
「どうした、岡村」
「あ……鋭心くん。お疲れ様です」
 顔を上げると、鋭心がコートにマフラーの出で立ちで直央が座っていたソファの横に立っていた。
「どうした、一人で。帰らないのか」
「お母さんが迎えに来るのを待っているんです。志狼くんとかのんくんは、もう帰りました」
「そうか……」
「あれ、直央じゃん。お疲れ」
「岡村くん、お疲れ様」
 鋭心の後ろから、すっかり帰り支度を整えた秀と百々人が顔を出す。
「秀くんも百々人くんも、お疲れ様です」
 直央が会釈すると、鋭心は少しだけ考えてからこう言った。
「秀、百々人。岡村はしばらく事務所で母親の迎えを待つらしい。時間的に夕飯もまだだろうし、この後の食事に岡村も誘って構わないか」
「え、そうなの? いいですよ」
「うん、僕も賛成」
「え……ええっ!」
 突然の夕飯への誘いに慌てる直央だったが、鋭心は「どうした」と首を傾げる。
「嫌か、それとももう食べたか」
「いえ、まだです……けど。いいんですか? C.FIRSTの皆さんの中にお邪魔しちゃって……」
「全然、いいに決まってるじゃん」
「一緒に食べよう」
 にこにこと頷く秀と百々人、そして「決まりだな」と頷く鋭心。
 直央は恐縮で小さくなりながらも、恐る恐る自分の宿題を指差した。
「じゃあ、その……こ、この宿題が終わったら、よろしくお願いします……」

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明らかに何かに憑かれているが全く気付かない眉見鋭心

「そういえばここのスタジオ、出るらしいですよ」
 スタイリストのその何気ない言葉に、眉見鋭心は首を傾げ……ようとしたが、今はヘアセット中であることを思い出して一つ瞬きをする。
「出る、とは?」
「幽霊ですよ。ここのスタジオ、廃病院を改装して作ったスタジオなんですけどね。その頃から出るって噂があるんだそうですよぉ」
 廃病院を改装したスタジオ、という点はどうも確証があるようだが、出るのか出ないのかいつからなのかという部分は伝聞らしい。
 鋭心は「なるほど」と首は動かさずに相槌を打つ。
「ここは元々本物の病院だったんですね。道理で建物の外観が病院のようだなと」
「そう思いました? まあリアルな病院っぽい施設で撮影出来るのがここのウリですからね」
 スタイリストは世間話をしながらもセットの手を止めない。
「と言っても今日は病院セットでの撮影じゃないですけどね……それでもやっぱり元の建物全体が病院だからどこの部屋にも出るときは出るとかなんとか……はい、出来ましたよ」
 メイクとヘアセットを終えた鋭心は椅子から立ち上がる。首筋にふわりと風が触れたような感触を覚えたが、気にも留めなかった。

1_マカロンの話

「オーナー、本日のおやつでございマス」
 お手伝いロボットが色とりどりのマカロンがたっぷり盛られた白い陶磁の皿とティーポットとカップの乗ったトレーを持って部屋に入る。ソファに深く腰掛けてどこか退屈そうに本を読んでいたオーナーは顔を上げると、まずロボットの持つ皿を、マカロンを見る。そして首を傾げた。
「どこの?」
「パリから取り寄せたものになりマス」
「へえ」
 ロボットがテーブルにマカロンの皿を置くと、オーナーは本を脇に置いてマカロンに手を伸ばした。白い指でパステルピンク色のマカロンに手を伸ばし、一口に頬張る。もぐもぐと咀嚼して喉を上下させると、その目尻は蕩けて頬が一気に緩んだ。頬に手を当てながら幸せいっぱいに呟く。
「んん〜♪ おいしい♪」
 ティーセットの用意をするロボットは、オーナーの笑顔を見て僅かに頬を綻ばせた。
「紅茶はインドの物を用意しマシタ」
「ふふ、いい香りだ。やっぱりマカロンには可愛いカップに入れた紅茶でなくてはね」
 アンティークのカップに紅茶が注がれるのを見て、オーナーは肩を揺らして笑った。それからまた新しいマカロンに手を伸ばす。そのマゼンタのマカロンをしばらく眺めた後、それをロボットに翳しながら呟いた。
「お前も食べられたらいいのにね」
「いいえ、私はオーナーの幸せな顔を見るだけで幸せデス」
「そうか、なら私がお前の分も沢山食べないとね?」
 オーナーは首を傾げながら微笑むと、ロボットと同じ瞳の色をしたマカロンを頬張った。

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315プロアイドルに召喚してほしいサーヴァント・言い訳編

2019年の7月くらいにTwitterで呟いたらバズったメモをまた引っ張り出してパバステ2に合わせて言い訳付きで再掲します。言い訳自体は当時ちょっと書いていた物も含みます。
これ↓
https://twitter.com/k_iruka417/status/1151103346410807296?s=19
基本的に2019年7月までにFGOに実装された・またはFateシリーズに登場した鯖しかいません。なおTwitter掲載時はFGOに鬼女紅葉未実装だったし獅子心王に関しては2021年2月現在実装されてません。

天ヶ瀬冬馬∕織田信長
主人公力。後述の恭二とはまた違う、信長と組ませて映える覇者としての主人公の素質を冬馬は持っている。吉法師くんでもいいかもしれない。

御手洗翔太∕ビリー・ザ・キッド
マイペースな翔太とマイペースながら切れ者なビリーくんのコンビ、良いと思います。

伊集院北斗∕鬼女紅葉
見た目は恐ろしい恐竜だしマスター以外の者との意思疎通も困難だが心優しい女性の鬼女紅葉と契約する北斗見たくないですか?私は見たい。

天道輝∕アストライア
最初は「通常の聖杯戦争では召喚されない鯖は選ばないようにしよう」と思っていたはずなのにその2秒後に「じゃあ輝はアストライアね」となっていた。

桜庭薫∕アスクレピオス
即決。説明不要。
(このネタ書いた時にはCV内田姉弟の鯖が実装されるとは思ってもいませんでした)

柏木翼∕長尾景虎
本当はイカロスにしたかったんですが、それっぽい人Fakeに出てるとはいえ真名明らかになってないしそもそもサーヴァントとしてイカロス出て来てないしな……と断念。
でも景虎さんと翼は相性いいのではと推測。景虎さんの人外ムーブも翼は気にせず受け止めそう。あと出身地同じですしね。酒と米が美味い。

神楽麗∕ファントム・オブ・ジ・オペラ
バッドエンドになる未来が見えるけど正直見たい。

都築圭∕ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
聖杯戦争そっちのけで作曲の会が始まりかねないような気がする。

鷹城恭二∕アルトリア・ペンドラゴン(剣)
恭二の持つ主人公力……主人公のサーヴァント……といったらやっぱりセイバーでは?!

ピエール∕ギャラハッド
ギャラハッドくん、ギャラハッドくんよりギャラハッドオルタくんの方が情報量が多いけどオルタくんを反転させればギャラハッドになるという解釈が正しければきっとピエールくんとギャラハッドくんの相性はいい。あと声。

渡辺みのり∕マーリン
フローラルウィザード。

蒼井悠介∕カルナ
蒼井享介∕アルジュナ
フォロワーPに「なんでそんなことするんですか?」と言われた組み合わせ。
私もそう思う。でも正直見たい。見たくない?

握野英雄∕ニトクリス
苦労症気味のニトちゃんを精神面でフォローしながら聖杯戦争を駆け回る握野さんが見たいんじゃ。

木村龍∕ラクシュミー・バーイー
FGO2部4章のラクシュミーを見ればわかる。

信玄誠司∕ワルキューレ
モバのワルキューレイベが未だに刺さって抜けないので……。

猫柳キリオ∕シェヘラザード
語り部という属性。

清澄九郎∕柳生但馬守宗矩
もの静かに見えて実は闘志に溢れている点が近いかなと。

華村翔真∕クレオパトラ
美を追い求める姿勢。

秋山隼人∕スカサハ
私はね、クールな年上お姉さんに振り回されながらバディとして信頼関係を築いていくハヤトっちが見たいんだ。

冬美旬∕ナポレオン
この2人に関しては何故この組み合わせにしたのか覚えていない……申し訳ない……でも相性が良さそうなのは分かるんですよね、夏来とは違うベクトルにはなるのですが旬も引っ張ってくれる系サーヴァントが必要だと思います。

榊夏来∕『獅子心王』リチャード1世
夏来に必要なサーヴァントは親しみやすく且つぐいぐい引っ張ってくれる人、と思ってリチャード。音楽の話で意気投合して欲しい。

若里春名∕キルケー
キルケーだけど多分甘い事にはならない。聖杯戦争しながらドーナツvsキュケオーンの仁義なき戦いが始まる。

伊瀬谷四季∕アキレウス
二人揃って声がでかそう。アキレウスの戦車に乗せられただけでへろへろになる四季わんが見たいですね。

紅井朱雀∕ケツァルコアトル
FGO始めたての時期にケツ姐(騎)の宝具を見て「朱雀君がサーヴァントとして召喚するなら絶対ケツ姐だな……」と漠然と思ったのが理由です。

黒野玄武∕坂本龍馬
この組み合わせも選んだ理由をよく覚えていない……ただ当時の私に対して「ちょっと分かる」になるので何か選んだ理由はちゃんとあったんだと思います。めちゃめちゃ頭の良い戦い方しそう。

神谷幸広∕エミヤ
何も言うまい。

東雲荘一郎∕武蔵坊弁慶
東雲さんは弁慶が弁慶(海尊)である事を知っても「それがあなたの選んだ道なのでしょう」と受け入れてくれる気がする。また弁慶はどら焼きの考案者という逸話があるので餡子が駄目な東雲さんとそこで1イベント起きる。弁慶はマスターを気絶させてしまったことを後悔するが東雲さんは弁慶の作ってくれたどら焼きが善意と優しさによるものだと理解しているから怒らないし二人でカスタードどら焼きを作ってHAPPY END。聖杯戦争は?

アスラン=BBⅡ世∕メフィストフェレス
マスターとサーヴァントとして並んだ時確実に絵になる。アスランがメッフィーを上手く扱えるかは五分五分な気がしているのですが、上手くハマれば聖杯戦争を見事に引っ掻き回してくれそう。
アスランの主人公性を考えるとジークフリートさんな気もしている。

卯月巻緒∕茶々
フォロワーのカフェPに「その組み合わせはしんどい」と言われました。私もそう思います。
2人で幸せにケーキ食べて。

水嶋咲∕シュヴァリエ・デオン
このマスターとサーヴァントの組み合わせは絶対健康に良いです。

岡村直央∕ダビデ
当方ダビデに聖杯捧げてレベル100絆10にしたマスターなのですが、勝利を二の次にしてでも直央の生還を第一にしてくれそうだから直央を任せられるという安心感。あと羊。
もふに関しては「子供を任せられるサーヴァント三銃士を連れてきたよ」みたいなメンツです。当方もふもふえんPなのでそこは譲れない。

橘志狼∕アタランテ
アタランテだったら何が起きても絶対大丈夫でしょう。

姫野かのん∕アストルフォ
絶対かわいい(確信)。うさぎさんコンビでもある。

硲道夫∕ケイローン
即決でした。教師として忌憚なく語り合って欲しい

山下次郎∕シバの女王
次郎ちゃんが宝くじで当てた1万円を投資に使う使わないの内輪揉めで1話使いそう(好き)

舞田類∕ネロ・クラウディウス
可愛いな……きっと可愛い。可愛いと可愛いを合わせると最強。

大河タケル∕ブラダマンテ
「離れ離れになってしまった大事な人を探し求めるもの」という属性が近いと感じたので。

円城寺道流∕アナスタシア
それぞれが持つお茶目さと裏腹の意志の強さがきっと好相性。
あとラーメン。

牙崎漣∕李書文(殺)
漣の性質的に李書文はすぐ決まったのですが、(槍)の方だとマスターとサーヴァントで本気の勝負になりかねないところがなくはないのでバランス取って落ち着いている(殺)にしました。

秋月涼∕沖田総司
ああ〜〜〜〜〜これはね絶対可愛くてかっこいいやつですよ。意志の強さに近いものを感じるというのもありますがたぶん当時の私は「並べた時めちゃめちゃ映える」と思って選んでます。

兜大吾∕ベオウルフ
二人の気前の良さ・気持ちの良さに近い物を感じたからだと思います。

九十九一希∕シェイクスピア
作家という属性が共通しているからですが、上手くやっていけるかどうかは未知数。

葛之葉雨彦∕刑部姫
地元などに共通点はないですが、狐&折り紙!と思って選んだはず。玉藻の前と最後まで悩みましたが、玉藻がいかにも晴明に縁のありそうなマスターに召喚されるのだろうか……と思ったのもあり最終的におっきーとなりました。
考えたのが今だったら鬼一法眼になった気もする。道満にはならないです。

北村想楽∕紫式部
川柳と和歌という違いはあれど、言の葉を紡ぐ人たち。

古論クリス∕フィン・マックール
クリスさんがたまたま持ち歩いていた鮭を触媒に召喚されるフィン・マックールのことしか考えられなくなっていた当時。
考えたのが今だったらボイジャーにしているかもしれないです。レジライにはならないです。

おまけ
社長∕アシュヴァッターマン
社長が怒る時は正しい怒りを抱いている時だと思っているのですが、そもそも社長が怒るタイミングがそんなにないので、アシュヴァッターマンは若干(まじかこいつ……)って思ってると思います。二人で喋ってる時の声のボリュームが凄そう。

賢∕タマモキャット
賢と相性の良さそうなサーヴァントを考えた時、縁側でお茶を飲む賢と丸まって寝てるタマキャのイメージがなぜか頭から離れなかったので……。

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プロデューサーとモルカーと

※モルカーがいる世界線にある315プロの話です。
※もふもふえん担当創作Pが出てきます
※「モモ」という名前のオリジナルモルカーが出てきます

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 そのモルカーは、とある芸能プロダクションのいち社員に飼われていた。

 ぷい、ぷい。もすもす。
 そこはとある雑居ビルの裏口側、道路を挟んだ向かい側にある契約駐車場。
「あっ! モモちゃんだー!」
 おやつのレタスをもすもすと食べているピンク色のモルカーを見て、雑居ビルの裏口から出てきた幼い少年が歓声を上げた。駆け出そうとする少年を、隣に立っている黒いスーツの男がやんわりと肩を叩いて制止する。
「急に走ったら危ないですよ」
「あっ……ごめんなさい、プロデューサーさん」
 少年ははっとして立ち止まり、そして肩を落とした。プロデューサーと呼ばれた男は柔らかく微笑むと少年の肩から手を離す。
「道路は危ないですからね。怪我をしないためにも、そして道路を走るモルカーちゃん達をびっくりさせないためにも、気を付けましょう」
「はーい!」
 少年は元気よく手を上げて、しっかり左右を確認してから道路を渡る。プロデューサーはその隣について歩く。
「えへへ、こんにちは、モモちゃん!」
 そして道路を渡り切った少年はピンク色のモルカーのもとへ一直線で向かうと、その頭をそっと撫でた。
 モモと呼ばれたモルカーはレタスを全て咀嚼し終えてから少年をちらりと見る。そして元気に体を揺らした。ぷいぷい、と鳴くモモに、少年は花の咲くような笑顔を見せる。
「えへへ、モモちゃんふわふわだね〜」
「昨日お風呂に入りましたからね。さあ行きましょう、姫野さん」
「はーい! 今日はよろしくね、モモちゃん!」
 姫野さん、と呼ばれた少年はモモの後部座席に乗り込む。そしてプロデューサーは運転席へ。
「さあ、行きますよ姫野さん」
「はーい! 今日もお仕事、頑張りまーす!」
 元気に返事をするその少年の名は、姫野かのん。職業は、アイドルであった。

 その男は、とある芸能事務所「315プロダクション」の社員であった。アイドルのプロデューサーをして生計を立てている。現在担当しているのは、小学生アイドルユニット「もふもふえん」。岡村直央・橘志狼・姫野かのんという小学生ながら長い芸歴と高い実力を持つ3人で構成され、ファミリー層を中心に高い人気を誇るユニットである。
 プロデューサーにとってのプロデュース業の相棒が、このモルカーの「モモ」である。モモはその名の通り、淡い桃色の毛並みのモルカーだ。プロデューサーが思うに、モモは音楽が好きなモルカーだ。町の通りで流れるアイドルの曲を聞くと楽しそうに体を揺らしてぷいぷいと鳴く。移動中に曲を掛ければ、もふもふえんの3人と一緒にぷいぷいと歌う。そんなわけだからオーナーであるプロデューサーは言うまでもなく、もふもふえんの3人にもとても可愛がられていた。
「今日はお疲れ様、モモ」
 一日の業務を終え、自宅のガレージでモモにご飯を与える。
「なあモモ、仕事楽しいか? 俺は楽しいよ」
 プロデューサーはモモに語りかけるが、モモは聞いているのかいないのか、ただむしゃむしゃと人参を食べている。
「でも、まだまだ未熟な俺に比べたら、やっぱりもふもふえんの3人は凄いんだ。入社3年目の俺より業界に詳しくて、プロ意識も高くて……あの人達に相応しいプロデューサーにならないとなあ」
 仕事は楽しい。だが時に辛く、苦しいこともある。分からないこともある。自分よりよほど長い期間芸能界に関わっている3人に自分は本当に相応しいのかと迷うこともある。プロデューサーとしてアイドル達を支えねばならないと思っているのに、実際は支えられてばかりだと毎日のように痛感する。
 現場で輝くアイドル達の姿を見ればそうした苦労も一気に吹き飛ぶが、それでも日々の疲れは蓄積される。だからプロデューサーは、こうしてその日の事をモモに話しながらガレージでモモと一緒に夕飯(休みの日以外は専らコンビニ弁当である)を食べるのだった。
「なあモモ、今度のライブ、珍しく屋外でやるんだ。モルカー同伴グループ用のエリアも確保出来ることになったから、モモもライブ見れるぞ、まだ生で見たことないもんな。すごいぞ、もふもふえんのライブは。春だし温かいからな、楽しみにしてろよ」
 ぷいぷい、もしゃもしゃ。モモはプロデューサーの話など意に介せずにレタスを食べている。
 聞いてるのかなあ、というか伝わってるのかなあ。まあいいか。
「明日も、一緒に頑張ろうなあ」
 モモにそう言いながらも、自分に言い聞かせるように。プロデューサーはのり弁に乗っていたちくわ天を頬張った。

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3_うっすらと怖い話スレ 315

うっすらと怖い話スレ 315
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46:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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もう50年近く前の話になるんだけど、どうしても忘れられない出来事があるのでここに書き込むことにした。
私はアメリカの東の方の生まれなんだが、親の仕事の都合で12を過ぎた頃に日本に引っ越して来た。今は日本人の女性と結婚して、日本人として生活している。
つまり小学生まではアメリカで過ごしていたんだけど、2年生だか3年生だったかの頃の同級生に奇妙な失踪をした子がいてね。
クラスメイトの男の子(ここでは仮にA君とする)だったんだが、子役としてドラマに出たり広告のモデルなんかをやっていてね。プラチナブロンドの髪に綺麗な青い目をしていて、それはとても目立つ子だった。私はA君と特別仲が良い訳ではなかったんだけれど、A君はクラスの誰にでも分け隔てなく接するような子だったし性格も良かったから、学校に来るのは週に2、3回程度だったにも関わらず誰からも人気があった。私も含めて、クラスに彼を嫌いな生徒はいなかったと思うよ。
A君の父親は大手の証券会社に勤めていて、母親は人気の舞台女優だった。ここまで書けば何となく察するかと思うけど、A君の家は所謂お金持ちだった。私は遊びに行ったことはないんだけど大きなお屋敷に住んでいて、学校に来る時は自家用車でお抱え運転手が送り迎えするような、そういう家だった。

47:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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ある時、A君一家が引っ越す事になった。学区は変わらないから転校を伴う訳ではなくて、でも住所が変わるので当然私達クラスメイトは引っ越しの事実を知ることになる。当時はアメリカでも今ほど個人情報保護がしっかりしていたわけではないから、A君の新しい家の住所は普通に紙に印刷されてクラス全員に配布された。私は住所を見ただけではそれが具体的にどんな場所なのかなんて分からなかったけどね。
でも私の父がA君一家の引越し先の住所を見た時、少し表情が険しくなったのを覚えている。
「有名人の一家があんな場所に引っ越すなんて……」
父はそう言っていた。
当時の父は出版社で雑誌の編集者をやっていたんだが、どうもA君一家の引越し先の住所が取材で行ったことのある場所だったらしい。あんな場所、という言葉の意味が気になったので父に尋ねると、父は少し迷ってから教えてくれた。誰にも言うんじゃないぞ、という念押し付きで。もう時効だからここに書くけど。
どうやらA君一家の引越し先は、都会のど真ん中にも関わらずどこか薄暗くて気味の悪い建物が立ち並んでいるエリアらしい。父はホラーとか怪奇現象を扱った雑誌の担当をやっていて、記者の取材に同行する事も度々あったから幸か不幸か「そういう場所」は何となく分かるようになってしまったらしい。
A君一家の引越し先に当たるその地域は父の勤め先からもそう遠くない……というか徒歩20分とかで行ける近さなせいで、やたらはっきり覚えていたんだそうだ。
その地域では昔一家惨殺事件が起きて霊が出るマンションがあるだとか、夜な夜なポルターガイスト現象が起きるだとか、深夜墓地をうろつく霊がいるだとか、とにかくそういう心霊現象の噂に事欠かないらしい。学区内にそんな場所があるなんて私も初耳だったけど。
何事もないといいんだがな、と父は心配していたし、私もA君一家の事が心配になった。

48:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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引っ越しから数日、A君は学校に来なかった。
元から学校に来る日の方が少ないくらいの子だったから、そのことを気にしている生徒は特にいないように見えたし、心配していたのは私くらいだっただろう。私がそれを表に出せることはなかったけど。理由を他の子には言えないわけだしね。引っ越しの前後は忙しくなるものだってことくらい、皆も分かっているし。
A君が引っ越してから最初に学校に来たのは、昼休みが明けた後の授業中だった。A君はいつもと変わらない笑顔で皆に挨拶していたのだが、どこか顔色が悪いように見えた。
翌日、A君は学校に来なかった。
そのまた翌日、A君は朝から学校に来た。今度は目に見えて顔色が悪かった。珍しく体育も見学したので、クラスメイト達が一様に心配していた。だがA君は「なんでもないよ」と言うだけだった。

49:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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ここで少しだけ話が逸れるんだけど、A君にはB君という親友がいた。
A君は誰にでも優しかったが、B君は小学校に上がる前からの友達で、一際仲が良かった。
A君の調子が悪いのはB君も気付いていたようだ。
A君が引っ越してから最初に登校して4日目、つまりA君が体育を見学した次の日、A君は仕事か何かで学校には来なかったのだが、B君はそれも少し疑っているようだった。
「Aは明らかに具合が悪そうだった。引越先で何かあったのではないか」
そんな旨のことを、その日のB君は言っていた。この時僕は、B君にA君の引越し先のことを話すべきか迷ったけど、結局直接は言えなかった。
何故ならB君は僕が彼に何か言う前にその日の放課後、直接A君の新しい家を訪ねに行ったからだ。

50:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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あんま関係ないこと聞いてすまん

49 はBと仲良かったの?

51:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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50
 理科の授業で実験の班が一緒だったから、時々話してたくらいかな。仲が悪いわけではないけど特別仲良しでもない、普通のクラスメイトだったよ。B君の話を聞いたのも実験の授業の時だったかな。

話を戻そう。
その翌日、つまり5日目。
A君は学校を休んで、B君は登校した。
そこでB君から聞いたんだが、B君は母親の運転する車でA君の家の住所を訪ねたそうだ。
だけどおかしなことに、「近くまで行く」ことは間違いなく出来ているのに、地図と住所を見ながら何度近くを車で走っても、家屋なんてどこにもなかったんだそうだ。
B君は車から降りて直接確かめたかったらしいのだが、B君母がそれを許してくれなかったらしい。私の父が言っていたその地域の雰囲気の悪さが関係しているのかもしれない。
結局B君はA君やその家族に会うことも出来ずに家に帰ったそうだ。

そして6日目。
A君が登校して来た。
だがその雰囲気は明らかに異様だった。
不健康そうな顔色にぎょろりとした目、何かに怯えるように忙しなくきょろきょろと視線を動かす仕草。
そして最も異様なのは、その服だった。
ショッキングピンクの柄物の大判のシャツに赤いベスト、真っ青なジーンズ……当時はそんな言葉も概念もなかったと思うけど、今なら分かるよ。典型的なヒッピーの服だったんだ。
確かに当時からサイケデリックファッションは流行っていたけど、小学生の内からそんな服を着ているような子は私の記憶の限りではいなかった、少なくとも私の通っていた学校では。
ましてはA君はいつも高そうな服を行儀よく着こなしているような子だったから、クラスは勿論騒然となった。
結局A君は授業が始まる前に、気持ち悪いと言って保健室に行ってしまった。
休み時間はB君が様子を見に行っていたらしいが、昼休みになる前にはA君は早退してしまった。
そして次の日から、A君が学校に来ることはなかった。
A君の両親共々A君が失踪したと先生から聞かされたのは、それから3日後のことだった。

55:本当にあった怖い名無し:2009/2/7(土)
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A君母は有名人だったし、当時は新聞記事にもなって大きな騒ぎになった。
でもいくら警察が探しても手がかりは見付からない。
一家揃って、忽然と姿を消してしまったんだ。
勿論警察はA君一家の住所も探したらしい、だけどその住所には空き地があるだけだって新聞記事に載っていた。
A君が失踪してから半年近く、私のクラスはひどく暗い空気になったことをよく覚えている。
だけど一番よく覚えているのは、A君が失踪したことを聞かされてから少しした頃にB君から聞いた、保健室のベッドで寝ている時にA君がうなされるように言っていたという言葉だ。

「あのマンションには悪魔が住んでいる」。

私はB君ほどA君と仲が良かったわけではないし、B君とも私が日本に渡ってから一度も連絡を取ったことはない。だから以上が私の知っている全てになる。
ただ、心霊現象の噂が絶えない地域に引っ越したクラスの人気者が異様な雰囲気を纏うようになってから一家揃って失踪したっていうのは、やっぱり子供心にトラウマに近い形で記憶に残っている。
だから今でもああいうサイケデリックファッションは苦手だ。

で、なんで急にこんな話を書き込むことにしたかって言うと、最近やけに派手な色の服装をした人を見かけるようになったからだ。
おまけに、やけに古めかしいというか最近日本ではなかなか見ないような……洋風趣味と言っていいのかな、奇妙な外観のマンションが私の家からそう遠くない場所にいつの間にか建っていてね。
それで、ふとA君のことを思い出したというわけだ。
しかしあのマンションは何なんだろう、工事なんてしていた気配なかったんだけどなあ。

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ラジオFM◯◯ 「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」 古論クリス出演パート・怪談文字起こし

ラジオFM◯◯
「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」
古論クリス出演パート・怪談文字起こし

古論「では早速ですが、お話しさせていただきます。これは、私がオフを使って沖縄の海へダイビングに行った時の出来事です。その時は確か一月でしたが、ダイビングには申し分ない海水温でした。私は地元の顔馴染みの漁師さんのボートに乗せてもらってダイビングスポットへ向かい、海に潜って、澄んだ海の中を泳ぐ魚達と共に遊泳を楽しみました。ですが、ふと気付いたのです。今日の海は何か様子がおかしい。海が賑やかすぎるのです」
た「賑やかすぎる、というのは」
古「その日は風もなく、また大きな流れのあるエリアを泳いでいたわけでもないので、海は静かなものであろうと私は予測していました。しかし、その日の海はなんだか様子が違いました。海面を通して差し込んでくる太陽光がやけに揺らいでいる上に、魚達の動きもひどく活発であるような気がしたのです。おまけに夜行性の魚までもが姿を見せて泳いでいる。まだ太陽が高く上がっている時間にですよ。私はそれ以前にも何度か冬の沖縄の海で泳いでいるのですが、これは珍しい、いや、少しおかしいのでは? と思いまして」
た「海の様子が違ったんですね、古論さんの知っている海と」
古「はい。海は季節や時間によって様々な表情を見せてくれますが、夜行性の魚が真っ昼間に泳いでいるとなると、何らかの異変を感じずにはいられません。これは私も海から上がって早々に陸に引き返した方が良いのでは、と海面に向かった時です。声が、聞こえたのです」
た「声。海の中で声、ですか」
古「はい。聞こえるはずのない声です。こう言っていました、『うたえ、うたえ』と」
た「どんな声だったのか、とかは覚えてらっしゃいます?」
古「幼い子供の声だったのですが……歳を重ねた方にしか出せない威厳、のようなものもあって。私は思わず振り返りました。すると、十メートルほど下方にある海底に……人が、いたのです」
た「人……ですか。その時ダイビングしていたのは、古論さんの他にはいらっしゃらなかったのですか?」
古「その時そのエリアで潜っていたのは、私だけです。私を運んでくれていた漁師さんもボートに乗っていましたし、潜水する前周りに他のボートは見当たりませんでした。何より異様だったのは、その外見です。十歳前後の男の子が大きな二枚貝の中に腰掛けて、私を見上げているように見えたのです。ダイビングの装備など何一つ着けずに、豪奢な服を身に纏っているように見えましたが……あいにく距離がありましたし水中なので、あまり詳しく見ることは出来ませんでした。しかし沖縄といえど冬の海、海底十メートルです。子供が装備も無しに一人でいていい場所ではありません。どうしたものかと思っていると、その子供が私を見上げました。そしてはっきりと、また聞こえました。『うたえ、うたえ』と。子供が口を動かしているのは分かりましたが、耳から入って来るというより……頭に直接響くような感覚がありました」
た「それで古論さんは、どうしたんです?」
古「海中だと歌えないので、水面に上がることにしました」
た「ほう」
古「そしてボートに上り、漁師さんの演奏する三線と一緒に私の持ち歌を歌わせていただきました」
た「そう来ましたか」
古「はい! あの方は『歌え』、と言っていました。ですからリクエストには答えて然るべきと。私はアイドルなので!」
た「その子供の正体も分からないのに素晴らしいプロ意識ですね」
古「三曲ほど歌った後、どこか楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきました。それから海風で少しボートが揺れて、それきり笑い声は聞こえなくなりました。私の歌があの方に届いたのでしょうか、そうであれば嬉しいのですが」
た「しかし、不思議な体験ですね」
古「ええ。ですが、時に海は人智を越えた顔を見せます。もしかしたら私が出会った方も、そうした不可思議な顔の一つだったのかもしれません」
た「沖縄と言えば人魚伝説が各地に残されていますよね」
古「人魚……そうですね。もしかしたら、彼は人魚だったのかもしれません。漁師さんも言っていました、この辺りの海では時々人魚を見る人がいると。しかし人魚であれそれ以外のなにかであれ、私は海で初めて出会った誰かに私の歌を届けられた、それで充分なのです」
た「なるほど、ありがとうございました。いやあ思いがけずほっこりするお話を聞かせていただきました」
古「いえ、私こそ番組の趣旨に沿っているのか不安でしたが、楽しんでいただけたなら何よりです」
た「古論さん海関係の不思議な話だとかを以前別の場所でもされてらっしゃいましたが、海のそういったものに好かれやすいんですかね」
古「さて、どうでしょう。私が海に好かれているのだとしたら、それはとても嬉しいことです」
た「あはは、本当に古論さんらしいですね」

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2_コレクションの話

 長年を掛けて集めたコレクションの多くは、あのちょっぴり忌々しい兄弟の起こした事件によって朽ちてしまった。私の元には一番の宝物が残されていると言えど、私の所持していた品々は最早手元には残っていない。
 では、ふむ。私の美術品蒐集家という肩書きは、名乗るにあたって相応しい物なのだろうか? なんとなくその疑問を私の宝物に投げ掛けてみたところ、こう返ってきた。

 ──オーナー自身がそう有りたいと望むのであれバ。
 ──例えコレクションがそこに無くとも、オーナーは美術品蒐集家なのでショウ。

 私がそう望めば、ね。まあ、そういうことにしておこう。
 それじゃあ私が美術品蒐集家と名乗るのを続けたとして、そう名乗る意味は、どこにあるのだろう。そんなことを思った時に見るのは、私の部屋にいつも飾っているあの絵だ。
 私とお手伝いロボットが描かれた肖像画。写真に写ることが出来ない私にとって、私の姿を映す唯一の物。あの事件の後で私の手元に加わった、僅かなコレクションの一つ。この絵を置いて、あの画家はどこかへ消えてしまった。あいつもまた私の手元から消えたコレクションの一つなわけだけれど、消える置土産に新しいコレクションを残していったのだから、律儀と言うか何と言うか。
 お前は私を憎んでいたようだったけど、そのお前が描いた絵が私の新しいコレクションの最初の一点になるというんだから、皮肉な話じゃないか。
 思わず溜息をつくと、喉の奥から勝手に言葉が溢れた。

「お前も、消えなければ良かったのにね」

 ……なんて、ね。

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DRAGON LEAPER – OP

 多分、これは俺が頑張ってもどうしようもなかった事なんだ。
 手の内でキューブ状プラスチックの小さなおもちゃを撫でながら、龍は自分にそう言い聞かせた。
 子供っぽい、無邪気、可愛い、などと形容されることは数あれど、木村龍とて二十歳を迎えている。自分に何が出来て何が出来ないのかの分別くらいは付く。
 けれど、分別が付くからこそ、自分ではどうしようもない事態に大して彼は人一倍の悔しさと遣る瀬無さを覚えてしまうのが木村龍という人間であった。
 そう、例えば今日のような。
 二〇一七年六月二五日。
 龍が一年半ほどイメージキャラクターを務めたバトルホビー「ドラゴンキューブ」の売上不振に伴う展開終了による、事実上最後となる公式イベントの最後の登壇を控えた楽屋で、龍は衣装と小道具の最終チェックを行っていた。
 ドラゴンキューブ、通称「ドラQ」は小さなルービックキューブにも似たプラスチックの立方体を転がすとドラゴンに変形する、というコンセプトで二〇一五年十二月から日本で売り出されているバトルホビーである。カードバトルと組み合わせた戦略バトルホビーとして売り出され、二〇一六年四月からは一年間、テレビアニメも放送される。
 そして龍は、「熱血ドラQファイター・リュウ」として、ドラQのイメージキャラクターを務めていた。
「木村さん、まだ時間はあるけど次が最後の出番です、大丈夫ですか?」
「プロデューサーさん」
 挨拶回りと会場視察に出ていたプロデューサーが戻って来たので顔を上げる。
「いつ来ても凄い人ですね、新世代ユニバースホビーフェアは……」
「昨日のもふもふえんスーパーステージも凄い人だったって橘から聞いたよ、俺も見たかったなー」
「あはは。木村さんにも見て欲しかったです、ビークロドラマの発表もあったし……でも、龍は今の仕事をちゃんとやり切らないとですからね」
 龍は「リュウ」として、二日間で合計六回ステージに登壇する事になっていた。「新世代ユニバースホビーフェア」のドラQブースに設置された特設ステージで最後の大会MCや子供達との対戦を行い、ほぼ丸一日動き通しである。自身が関わる事になるコンテンツであっても他のブースやステージを見る余裕など到底無い。それでもドラQに本気で向き合う子供達の姿を見ていると胸が熱くなるし、これまでのステージで沢山のパワーを貰ったと龍は感じていた。
 それでも、今日がリュウとしての最後の仕事なのだった。
「……なあプロデューサー」
「うん?」
「俺、ドラQの仕事出来て良かった。リュウとしては今日この後のステージが最後になるけど……沢山のパワーを貰えたし、ずっと楽しかった!」
「……そうですね」
「俺がもっと頑張ってれば、って思った事もあるけどさ……でも、俺がドラQの仕事を通して皆にパワーをあげて、俺も貰って……たぶん、俺に出来る事はそれで充分なんだ」
 ドラQは、ドラQを作り出した北米の玩具企業と日本の玩具企業がライセンス契約を結ぶ事で日本で商品展開されてきた。だが強力な競合コンテンツ達やアニメ放送とホビー実機販売の足並みが揃わなかった事などの様々な要因が重なり、売上は低迷。北米企業はドラQの日本撤退を決定した。
 そこに、龍の頑張りでどうにかなるような余地は見えない。
 龍はそれを理解していたし、プロデューサーもまた、龍の聡さを少し切なく思いながらもこの仕事に全力で取り組む彼をサポートし続けた。
「今日も最後まで、いつも通り全力で頑張るからさ!見ててくれよ、プロデューサー!」
「勿論です!」
 あと一回のステージも頑張るぞ、と意気込む龍を見て、プロデューサーは密かに胸を撫で下ろす。少し落ち込んではいるかもしれないが、それでも子供達の笑顔の為に前を見ている。それでこそアイドル木村龍だ、と。
 その時、コンコンと。小さな楽屋にノックの音が響いた。
「こんにちは、準備中の所申し訳ありません、ジョイファクトリー・ドラQ担当営業の但馬です」
 ドア越しの声に、プロデューサーは「今開けます!」と声を上げ、すぐに楽屋のドアを開けた。
 立っていたのは、細身のグレーのスーツをかっちりと着こなした三十半ばに見える男。どこか気の弱そうな表情をしているが、関係各所を説き伏せて龍をドラQのイメージキャラクターに抜擢した張本人。
 大手おもちゃ会社・ジョイファクトリーでドラQの営業を担当している但馬である。
「こんにちは但馬さん。本日もお疲れ様です」
「お疲れ様です!」
 龍も立ち上がり挨拶すると、但馬は「お疲れ様です」と頭を下げた。
「ああ、どうぞお座りになってください。お疲れでしょう」
「いいえ!まだまだ行けますよ!」
 胸を張ってみせると、但馬は嬉しそうに微笑んだ。
「さすが木村さんです。やはりあの時木村さんの起用を決めて良かったですよ。この手の仕事は本当に体力勝負なので」
「ありがとうございます、体力には自信ありますから!」
「ええ、本当に……このプロジェクトは、木村さんに支えていただいた所も大きいので。」
 しみじみと呟いてから、但馬ははっと顔を上げた。
「すみません、まだしんみりするのは良くないですね。次は大会の決勝です。決勝に進んだ2人とも、初期から大会に参加してくれた猛者ですから、是非木村さんの熱いMCで盛り上げていただければ」
「勿論です!任せてください!」
「ありがとうございます。……それでは、私はこれで。また大会の後にお会いしましょう」
「はい!」
 但馬は一礼すると部屋を出て行った。
 その背中にはどこか、疲れと哀愁に似たものが漂っている。
「……但馬さん、いつもより元気なかったなあ」
「そうですね……」
 やはり次で最後の大会という点が堪えているのかもしれない、とプロデューサーは思う。
 プロデューサーの目から見て、但馬はよく頑張っていた。それでも但馬の力ではどうにもならない事がドラQプロジェクトに多く降り掛かったのは事実である。それは但馬の実力不足やミスもあるし、但馬以外の関係者が原因でもあるし、外的要因もある。順風満帆に進むプロジェクトなど夢物語に等しいとは言え、ほとんど部外者であるプロデューサーが見てもドラQプロジェクトはあまりに多くの問題を抱えていた。それでも但馬はプロジェクトの責任者の一人として舵取りに奔走していた。ドラQを多くの子供達に届けようと、その熱意──事務所の社長であれば「パッション」と呼ぶであろうそれは十分に本物だったのだ。
 それだけに今のこの時間は辛いのかもしれない……プロデューサーがそう考える一方で、龍はぐっと拳を握った。
「よーし、次の決勝、絶対盛り上げて、皆を笑顔にしてみせるぞ……!来てくれる皆も、但馬さんも、ドラQに出会えて良かったって、思ってくれるように!」
「……ええ、頑張りましょう!私も応援してます!」
 自分が感傷に浸っている場合ではないのだ、とプロデューサーは気を引き締めた。
 きっとこの龍なら、そんな感傷も吹き飛ばすくらい皆を笑顔にしてくれる。
「では、私はまだご挨拶に伺う所があるので。ステージ直前には戻って来ます」
「ええっ、ステージまであと1時間もないよ?」
「先方もお忙しい方で、この時間でしかお会い出来ないんですよね……大丈夫です、楽屋エリア内でお会いする予定なので。木村さんは、英気を養っていてください」
「分かった!プロデューサーもお仕事頑張って!」
 プロデューサーが楽屋から去った後には、また龍が一人残された。
「……お前も今までありがとな。多分、皆の前でお前と遊ぶのはもう次が最後だな」
 龍は、ずっと手の内にいた己の愛機に声を掛けた。
 バーニング・ドラギオン[リュウカスタム]。「リュウ」の相棒である。ドラQプロジェクトの看板キャラでもある「バーニング・ドラギオン」の赤いボディを、リュウ仕様のオレンジに塗装した機体だ。
 ころん、とサイコロのように転がすと、キューブはカチャリと音を立てて翼を広げたドラゴンに変形した。
「やっぱりドラギオンはかっこいいな!」
 満面の笑顔を浮かべながら呟くと、ふと、肩が一気に軽くなったような感覚がした。
「……あれ?」
 それはまるで、アンコールが聞こえる中急いで衣装を脱いでライブTシャツを着た時に似た体の軽さで。
 思わず立ち上がる。テーブルの上から、ドラギオンの姿は消えていた。自分の腕を見る。リュウ衣装のリストバンドではなく、信玄がくれた防水で衝撃にも強い腕時計が巻かれていた。
「……なんで?!」
 自分がいる楽屋に変化はない。
 はっとして、大きな鏡を見る。鏡に映っていたのは、もうすぐ子供達の前に出る「リュウ」ではなく。Tシャツにジーンズの、私服姿の自分だった。
 テーブルの上にいつの間にか置いてあった250mlペットボトルの緑茶を手に取る。ペットボトルは開封済み。賞味期限を見ると、『2016.7.1』と書かれている。
「過去の日付……?!」
 楽屋に賞味期限切れペットボトルが置いてあるなど普通は有り得ない。そもそも自分が今日このブランドのペットボトル緑茶を飲んだ覚えすらない。
「今日飲んだのはスポドリと水……お弁当に付いてきたお茶は飲んだけどパックだったし……」
 ガチャ、と楽屋のドアが開くのが鏡越しに見えた。振り返るとプロデューサーが入って来た。
「お待たせしました、木村さん。今回のプロジェクトの担当営業の方がもうすぐ来ますのでしばらくお待ちを……」
「プロデューサーさん!」
「は、はい?」
 食いつく様に呼ばれて思わず肩を震わせるプロデューサー。
「ごっごめん、驚かせて……ねえ、今日って何月何日の何曜日?!」
「は、はい?ええと……二〇一五年の、六月二十八日、日曜日ですが」
「……にせん、じゅうごねん。本当に?」
「ええ……本当ですよ、どうかしましたか?」
 首を傾げるプロデューサー。とてもでは無いが嘘や冗談を言っている様には見えない。龍は首を横に振った。
「ううん、なんでもない。ごめん……」
「はあ……具合が悪いとかでしたら、すぐ言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
 この時、龍の頭を一つの可能性が過ぎっていた。
 映画や漫画で見た事がある。もしかしたら自分は、タイムリープだとかタイムスリップだとか、とにかくそんな目に遭っているのではないか。
(でも不幸で時間を遡るとか、そんなことある……?!)
「木村さん、本当に大丈夫ですか?顔色が良くないようですが……」
「だっ大丈夫です!朝メシ食いすぎちゃって!」
「食べすぎは駄目ですよ、体調管理もアイドルの仕事のうちですから」
「気を付けますっ!」
 プロデューサーの言葉によれば、今は二〇一五年の初夏だという。龍はその頃の自分の仕事を思い出すうちに、ふと気が付いた。
(あれ?俺がドラQの仕事受けるのが決まったの、その頃じゃなかったっけ?)
 その頃はドラQは世間に発表すらされていなかった。龍とプロデューサーは「熱血ドラQファイター・リュウ」のキャラクター造形やデザインにも深く関わっていたのだが、この時期は確かドラQの仕事を受ける事を決めているか決めていないかの時期だ。
 そして、龍は今でもはっきり思い出せる。自分がドラQの仕事を受けようと思ったきっかけの出来事。それは……
「失礼します。木村龍さんとプロデューサーさんはいらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちください」
 プロデューサーが楽屋のドアを開ける。
 入って来たのは、スーツをかっちり着こなした三十歳程のビジネスマン。気弱そうな表情をしているが、ついさっき見た但馬と比べるとどことなく生気のある顔付きをしていた。
「木村さん、初めまして。私、現在計画進行中のホビープロジェクト『ドラゴンキューブ』の担当営業をしている、ジョイファクトリーの但馬と申します」
 名刺を受け取る。そこに記載されているのは間違いなく但馬本人の名前だ。
「木村龍、です!よろしくお願いします!」
 一礼すると、「勿論、存じ上げています」と嬉しそうな声。
「では早速ですが、本日の用件……の前に、新世代ユニバースホビーフェアの会場を一緒に見て回って頂きたいのです。恐らく、そうした方が簡単にお話が出来ると思いますので」
「は、はい!」
 但馬に先導され、楽屋エリアを抜け『新世代ユニバースホビーフェアの』本会場へ向かう。
(そうだ。俺がドラQの仕事を受けようと思ったきっかけは……)
 会場に近付くに連れ、ざわめきや音楽が壁越しに響き始める。そして但馬が本会場直結のスタッフ専用エリアへ続くドアを開けた瞬間、わっと音の洪水と子供達の歓声が耳に飛び込んできた。
 スタッフ専用エリアを抜けると、最初に飛び込んできたのは、展示場の高い天井まで上がったもふもふきんぐだむの人気キャラクター「アイツ」の巨大バルーン。
 広い会場内には色とりどりのいくつものブースが見える。玩具メーカーやゲーム企業の大きなロゴがブース壁面に掲示され、ブースにはたくさんの子供達とその親と思われる大人達。子供達の親ではなさそうな大人の姿もちらほらと見える。
「ようこそ、新世代ユニバースホビーフェアへ。こちらは、木村さんがオファーを受けていただいた場合、必ず登壇していただくことになるイベントです」
 その言葉に、龍は立ち尽くした。
 全く同じ言葉を、彼は体感時間で二年前に確かに聞いたのだ。
 そして、自分をドラQの仕事に誘ったのは、この後見る事になる、各ブースに集まる子供達の笑顔で。

(……俺、本当にタイムリープしたんだ……?)

 その瞬間から、木村龍の長い長い旅が始まった。

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≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

続く予定です。