hand to hand(廉聖)

2期と3期の間、夏休み期間のお話です。

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中等部にいた時、学校で熱を出した事がある。
 その日両親は2人してすぐには迎えに来られない状況で、最終下校時刻の夕方6時過ぎまで俺は保健室のベッドに寝かされていた。熱を出したのが午後の授業が1つ終わった後の2時頃だったから、だいたい4時間くらい。
 親が迎えに来るまでずっと寝てたから正直その時の事なんてほとんど覚えてないけど。熱出した時特有の変な心細さは不思議と感じなかったのは覚えている。
 普段は思い出す事も意識する事もないけど、ふとしたきっかけで思い出す事がある。思い出さない事もある。その程度の話。
 で、なんで今日そんな事を思い出したかっていうと、思い当たる理由は目の前にいる。
「はあーっ……風邪ねえ。この酷暑の盛りの真夏に風邪ねえ。夕べ仕事から戻ってきたら急にゲリラ豪雨が来たけど傘忘れたからって駅から寮までダッシュして、風邪ねえ」
「うるせえっ……ゲホッゴホッガッ」
「それで寮に着いて10分後には雨がやんだってのもなんて言うかお前らしいよね……ほら病人は大人しくしてな」
 体を起こした廉の額に氷嚢を押し当てると、廉は「うおっ」と声を上げて勢いよくベッドに倒れ込んだ。
 二段ベッドの梯子に足を掛けて二段ベッドの上段を覗き込みながら、「ちゃんと布団被りなー」と掛け布団を軽く掛け直してやる。
「朝自分で測った時は38℃だったって?じゃあ昼過ぎたらまた測れよ」
「……つーか、なんでお前ここにいるんだ?まだミーティングの時間じゃねえだろ」
「いやー、暇だしお前の顔でも見に行こうかと思ってたら玄関で那雪と出くわしちゃって。あんな血相変えてここまで引っぱって来られたら看病しない訳にはいかないでしょ。バカは風邪引かないってやっぱり嘘なんだねえ、あっははは」
「なんでそこで笑ってんだ、ユーザ……ゲホッ」
「ほら、もう大人しくしてな。暇なら話し相手くらいはしてやるから」
 それにしても、こいつが風邪を引いた経緯を思うと。梯子から降りながら、思わず笑ってしまう。
「虎石が昨夜から実家に帰ってるせいでお前が風邪ひいたのにも気付けないなんて、お前も災難だったねえ。その上お前も月皇に言われて熱測るまで風邪の自覚が無かったとか」
「その1ミリも災難と思ってなさそうな言い方、面白がってんだろ。有罪だ」
「風邪引いて弱ってるお前なんて100年に1回見れるか見れないかだしねー。俺的にはそっちの方が面白いっていうか」
 廉をおちょくりながら、スマホを取り出す。ブラウザを立ち上げ、検索ボックスに打ち込む。「熱 咳 症状」。
 うーん、一応調べてはみたけどやっぱ大した情報があるわけもなく。
「……ま、大した事は無いと思うけど。今日様子見て、夜にまた熱上がったり明日まで熱下がんなかったりしたら病院行きな。関節痛とかがないならインフルの線は薄いかもだけど」
「あー……そうだな。熱と咳だけだ、寝てりゃ治るだろ」
「大した自信で何より。電気消すよ」
「……おう」
 部屋の明かりを落としてカーテンを閉めれば、夏の盛りの朝の10時頃と言えどそれなりの暗さにはなる。
 さてどうやって時間潰そうかな、とスマホを弄りつつ考えながらも、中学時代に校内で熱を出して保健室で寝ていた日のことを思い出しながら静かに溜息を1つ吐き出した。
 なんでこんな事を思い出すのやら。もう昔の、どうでもいい事の筈なのに。
 ベッドの上段からはいつの間にか寝息が聞こえてきていた。寝付き早いなあ、と思わず苦笑がこぼれる。
 廉の丈夫さは折り紙付きなので、実際寝てさえいればすぐ治るのだろう。素人目線とは言え不審な症状も特にない。
 そう言えば以前月皇から聞いた事がある、1年の時、虎石が風邪を引いた時に空閑が北原と部屋を替わって欲しいと頼み込んだ物だから北原を一晩部屋に泊める羽目になった、と。まあよくそこまでやるもんだと呆れはしたけど今の俺も大概似たような事をしている。これで俺がここに泊まる事になりでもしたら虎石はどうしような、まあ月皇と空閑の部屋にでも押し付ければいいでしょ。それくらいはきっと許される。でも空閑は夏休み中は基本的に実家なんだっけ?どっちでもいいけど。
 俺の時はどうだったんだっけ。
 薄暗い部屋で膝を抱えてスマホの画面ばかり眺めているものだから、普段なら有り得ない方にばかり思考が向く。それでも思い出すのをやめられない。
 そもそもなんであの時熱出したんだっけ、と思考を過去へと遡らせる。ただの風邪、だった気がする。体の怠さは朝から何となくあって、午後の授業1つ終わって、その後の休み時間であーなんか熱っぽいなーと思って保健室に行ったら38℃の熱を出していた。そのまま保健医には氷枕を渡されてベッドで寝るよう指示されて、担任の先生も来て……気付いたら寝てた。
 ああ、そうだった。それで起きたら放課後になってて、あの人達が来てたんだ。
 冬沢さんと千秋さん。
 俺としては生徒会の仕事上だけのビジネスライクな付き合いでいたつもりだし、あちらも……特に冬沢さんの方もそのつもりな筈なのに、事ある毎に高等部への進学を勧められ、千秋さんは家で作ったお菓子が余ったからと生徒会活動中に目の前に手作りクッキーの詰まったタッパーを置かれ(困った事に美味しい)、2人揃ってやたらと俺に向かって可愛いだの才能があるから芸能方面に進んだ方がいいだの言われ、その余りのマイペースぶりにちょっとこの人達俺の手に負えないかもなーと珍しく思ってしまった生徒会の先輩2人組。
 マイペース……って言っていいんだよねあれ。ちょっとしつこいくらいだったし、そうそう自分のペースを崩さない人達なのは間違いないけど。そのくせあの人達同士になるとすぐに口喧嘩が始まってグズグズにペースを崩し合ってるものだから、本当におかしな人達だった。
 でもまあ、あの代の生徒会の中でいちばん俺の事を気にしていたのは──その気に掛け方はだいぶ違ったし変わってたけど──間違いなくあの人達だったと思う。俺がいくらしつこい面倒くさいと思っていても。
 だから、という訳では無いかもしれないけど。別にあの人達である必要はなかったのかもしれないけど。1回目が覚めたらあの人達がベッドの傍に座ってて、俺の親が迎えに来るまで何も言わずそこにいたからちょっと落ち着けた。2人ともずっとマスクしてたけどそれはまあ当たり前。
 とは言え、副会長が熱出したから書類仕事は全部保健室に持ち込んで副会長の様子を見ながらやろうという発想にどうしてなったのかは未だにさっぱり分からない。なんでそんな事したのかも聞いてないし。聞いたところでのらりくらりとかわされるだけだ。
 ……ま、廉が風邪引いて寝入った後も廉の部屋でスマホの画面眺めてる俺も大概あの人達のこと笑えないけど。変な事思い出したせいで今見てる通販サイトの中身なんてちっとも頭に入って来やしない。
 廉が咳き込むのが聞こえて、立ち上がる。梯子に足をかけて覗き込むと、眠りながら背中を丸めて咳き込んでいた。
 気休めにもならないだろうけど、背中をさすってやる。少し汗ばんでいるので、タオルを取って首周りを拭う。乱れた布団は掛け直してやる。ずり落ちた氷嚢はまた額の上に。
 それから俺はまた元の位置に戻って、スマホの画面をじっと眺める。この体勢でずっとスマホ見てたら視力がどんどん落ちそうだ。本の方がよかったかな。似たようなものか。廉はiPhoneだから廉の充電器で俺のは充電出来ないや、後で1回寮に戻って充電器取ってこよ。
 氷嚢溶けたりしてないかな。流石にまだ大丈夫か。でも後で新しいのは作っとこう。起きた時お腹空いたりしないかな。うちのチームの誰かにでもレトルトのお粥買ってきて貰えばいいか。こいつの事だからこんなナヨナヨした飯より肉が食いたいとか言い出しそうだ。絶対言う。そうそう、随分汗かいてるからご飯食べさせたら体拭いてやって着替えさせないとかな。
 うーん、俺らしからぬ甲斐甲斐しさ。これがうっかりこの脳筋に惚れてしまった弱みというやつかもしれない、なんて。何考えてんだか。
 だけどそう思ってしまうと、またどうしても廉の顔が見たくなったものだから。俺はまた梯子を上る。天井に頭をぶつけないくらいの高さまで足を掛けると、すぐ目の前に廉の顔がある。
 顔を赤くして、口を僅かに開いての呼吸はどこか苦しそう。額には汗が浮かんでいる。
 ……本当に、こんなに弱ったお前なんて100年に1回どころか1000年に1回見れるか見れないかじゃない?
 そろそろと手を伸ばし、布団からはみ出ている廉の手に俺の手を重ねてみる。熱い。当たり前か。俺のより固いがすべすべした手の甲を親指で撫でてみる。本業モデルだもんなあ、ガサツなくせに手の手入れは欠かしてない。
 緩く、ゆっくりとその手を握り込む。俺は平熱高い方じゃないから、廉の体の熱がじわじわと指先から伝わってくる。少しくらい、廉の方に俺の手の冷たさが伝わったりしないかな。人の手の冷たさなんてたかが知れてるし、寝てるから気付かないか。
 熱を出していても、自分以外の人間の手の温度を感じると安心しちゃうんだってさ。だからちょっとだけ手を握っててあげる。どこの誰から聞いたのかもどこで知ったのかもまるで分からないけど、なんとなく実感として、きっとその通りなんだろうと思う。
 もしかしてあの時あの人達が寝てる間の俺の手を握ってたからだったりして。ははは、まさか。ないない。
 第一俺が廉の傍にいるのは廉に惚れてるからで、あの時みたいな上下関係とかそういうのとはまるで違う。やだなあ考えてたら恥ずかしくなってきた。ほんとに廉にはペースを乱されっぱなしだ。
「……ま、鈍いお前は気付かないんだろうけど」
 自然と、口から言葉が漏れ出す。
 気付いてくれればいいのに、なんて、多分叶わない淡い夢くらいなら見させてくれよ、眠り王子。
 そんな俺らしくもない少女趣味な思いが浮かんでは消えてくれない事に苦笑いしながら、唇だけを動かす。
 ……なーんて、ね。
 
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推しカプのどちらかに風邪をひかせろという家訓があるので廉に風邪をひかせました。
それはそれとして公式の亮ちんは何故廉と聖のいちゃいちゃに巻き込まれがちなのか(哲学)