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【廉聖】とある10月31日

「廉〜♪トリックオアトリート」
「あ?あー……ほらよ」
「……のど飴かあ」
「菓子が欲しいんだろ、文句あるなら有罪だぜ」
「いやあ、むしろよくこのタイミングで持ってたねえ」
「この前現場で余ったもん貰ってきてたの忘れてた」
「えーっ。いつのなの、これ」
「せいぜい2週間とかだ、文句言うな」
「はあー……ま、勘弁してやりますか」
「どーせてめーの事だからハロウィンにかこつけてオレにイタズラしてやろうって腹だろ。てめーみたいな有罪ヤローの考える事なんざお見通しだ」
「はいはい、カンの鋭いことで。ちなみに俺的にはそれ、仮にも恋人に向かって言うセリフじゃないって思うよ」
「てめーの日頃の行いってやつだな。ああそうだ、じゃあオレからも言ってやるよ、トリックオア……むぐ」
「はいはい。お前の言いそうな事なんて俺もお見通しだって事、忘れないでよね」
「ぐ……んむ……ごく……いきなり口に突っ込むんじゃねえ!うめえなこのチョコ」
「ふふ、かーわいい。それ結構いいとこのチョコだからさ」
「……いいとこのチョコ……」
「高いよ?お前がくれたこの薬局で見た事あるのど飴よりはずっとね」
「…………」
「ま、別にハロウィンにお菓子の値段なんてどうでもいいしお前がくれた物だし……え、ちょっと何急に。肩なんか掴んじゃって……」
「聖、てめーさてはオレが大した菓子用意しないの想定してやがったな……?!」
「え……全く考えてなかったけど……チョコも実家から貰い物を押し付けられただけで……」
「上等じゃねぇか……だったらオレからその差額分甘いもん上乗せしてやるよ……」
「人の話聞きな?なんでそういう時だけ頭回ってそういう発想になるわけ?お前ほんと頭の回転早いバカだよね、えええなんでもう完全にその気の目してるの……」
「ごちゃごちゃうるせー」
「廉が人の話聞かないから……はあ……」

(ま、それで廉に好きにさせちゃう俺も大概バカなんだろうけどね……)

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結局廉聖は公式のハロウィンが1番えちえちなんだよなあと書きながら思いました(作文)

hand to hand(廉聖)

2期と3期の間、夏休み期間のお話です。

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中等部にいた時、学校で熱を出した事がある。
 その日両親は2人してすぐには迎えに来られない状況で、最終下校時刻の夕方6時過ぎまで俺は保健室のベッドに寝かされていた。熱を出したのが午後の授業が1つ終わった後の2時頃だったから、だいたい4時間くらい。
 親が迎えに来るまでずっと寝てたから正直その時の事なんてほとんど覚えてないけど。熱出した時特有の変な心細さは不思議と感じなかったのは覚えている。
 普段は思い出す事も意識する事もないけど、ふとしたきっかけで思い出す事がある。思い出さない事もある。その程度の話。
 で、なんで今日そんな事を思い出したかっていうと、思い当たる理由は目の前にいる。
「はあーっ……風邪ねえ。この酷暑の盛りの真夏に風邪ねえ。夕べ仕事から戻ってきたら急にゲリラ豪雨が来たけど傘忘れたからって駅から寮までダッシュして、風邪ねえ」
「うるせえっ……ゲホッゴホッガッ」
「それで寮に着いて10分後には雨がやんだってのもなんて言うかお前らしいよね……ほら病人は大人しくしてな」
 体を起こした廉の額に氷嚢を押し当てると、廉は「うおっ」と声を上げて勢いよくベッドに倒れ込んだ。
 二段ベッドの梯子に足を掛けて二段ベッドの上段を覗き込みながら、「ちゃんと布団被りなー」と掛け布団を軽く掛け直してやる。
「朝自分で測った時は38℃だったって?じゃあ昼過ぎたらまた測れよ」
「……つーか、なんでお前ここにいるんだ?まだミーティングの時間じゃねえだろ」
「いやー、暇だしお前の顔でも見に行こうかと思ってたら玄関で那雪と出くわしちゃって。あんな血相変えてここまで引っぱって来られたら看病しない訳にはいかないでしょ。バカは風邪引かないってやっぱり嘘なんだねえ、あっははは」
「なんでそこで笑ってんだ、ユーザ……ゲホッ」
「ほら、もう大人しくしてな。暇なら話し相手くらいはしてやるから」
 それにしても、こいつが風邪を引いた経緯を思うと。梯子から降りながら、思わず笑ってしまう。
「虎石が昨夜から実家に帰ってるせいでお前が風邪ひいたのにも気付けないなんて、お前も災難だったねえ。その上お前も月皇に言われて熱測るまで風邪の自覚が無かったとか」
「その1ミリも災難と思ってなさそうな言い方、面白がってんだろ。有罪だ」
「風邪引いて弱ってるお前なんて100年に1回見れるか見れないかだしねー。俺的にはそっちの方が面白いっていうか」
 廉をおちょくりながら、スマホを取り出す。ブラウザを立ち上げ、検索ボックスに打ち込む。「熱 咳 症状」。
 うーん、一応調べてはみたけどやっぱ大した情報があるわけもなく。
「……ま、大した事は無いと思うけど。今日様子見て、夜にまた熱上がったり明日まで熱下がんなかったりしたら病院行きな。関節痛とかがないならインフルの線は薄いかもだけど」
「あー……そうだな。熱と咳だけだ、寝てりゃ治るだろ」
「大した自信で何より。電気消すよ」
「……おう」
 部屋の明かりを落としてカーテンを閉めれば、夏の盛りの朝の10時頃と言えどそれなりの暗さにはなる。
 さてどうやって時間潰そうかな、とスマホを弄りつつ考えながらも、中学時代に校内で熱を出して保健室で寝ていた日のことを思い出しながら静かに溜息を1つ吐き出した。
 なんでこんな事を思い出すのやら。もう昔の、どうでもいい事の筈なのに。
 ベッドの上段からはいつの間にか寝息が聞こえてきていた。寝付き早いなあ、と思わず苦笑がこぼれる。
 廉の丈夫さは折り紙付きなので、実際寝てさえいればすぐ治るのだろう。素人目線とは言え不審な症状も特にない。
 そう言えば以前月皇から聞いた事がある、1年の時、虎石が風邪を引いた時に空閑が北原と部屋を替わって欲しいと頼み込んだ物だから北原を一晩部屋に泊める羽目になった、と。まあよくそこまでやるもんだと呆れはしたけど今の俺も大概似たような事をしている。これで俺がここに泊まる事になりでもしたら虎石はどうしような、まあ月皇と空閑の部屋にでも押し付ければいいでしょ。それくらいはきっと許される。でも空閑は夏休み中は基本的に実家なんだっけ?どっちでもいいけど。
 俺の時はどうだったんだっけ。
 薄暗い部屋で膝を抱えてスマホの画面ばかり眺めているものだから、普段なら有り得ない方にばかり思考が向く。それでも思い出すのをやめられない。
 そもそもなんであの時熱出したんだっけ、と思考を過去へと遡らせる。ただの風邪、だった気がする。体の怠さは朝から何となくあって、午後の授業1つ終わって、その後の休み時間であーなんか熱っぽいなーと思って保健室に行ったら38℃の熱を出していた。そのまま保健医には氷枕を渡されてベッドで寝るよう指示されて、担任の先生も来て……気付いたら寝てた。
 ああ、そうだった。それで起きたら放課後になってて、あの人達が来てたんだ。
 冬沢さんと千秋さん。
 俺としては生徒会の仕事上だけのビジネスライクな付き合いでいたつもりだし、あちらも……特に冬沢さんの方もそのつもりな筈なのに、事ある毎に高等部への進学を勧められ、千秋さんは家で作ったお菓子が余ったからと生徒会活動中に目の前に手作りクッキーの詰まったタッパーを置かれ(困った事に美味しい)、2人揃ってやたらと俺に向かって可愛いだの才能があるから芸能方面に進んだ方がいいだの言われ、その余りのマイペースぶりにちょっとこの人達俺の手に負えないかもなーと珍しく思ってしまった生徒会の先輩2人組。
 マイペース……って言っていいんだよねあれ。ちょっとしつこいくらいだったし、そうそう自分のペースを崩さない人達なのは間違いないけど。そのくせあの人達同士になるとすぐに口喧嘩が始まってグズグズにペースを崩し合ってるものだから、本当におかしな人達だった。
 でもまあ、あの代の生徒会の中でいちばん俺の事を気にしていたのは──その気に掛け方はだいぶ違ったし変わってたけど──間違いなくあの人達だったと思う。俺がいくらしつこい面倒くさいと思っていても。
 だから、という訳では無いかもしれないけど。別にあの人達である必要はなかったのかもしれないけど。1回目が覚めたらあの人達がベッドの傍に座ってて、俺の親が迎えに来るまで何も言わずそこにいたからちょっと落ち着けた。2人ともずっとマスクしてたけどそれはまあ当たり前。
 とは言え、副会長が熱出したから書類仕事は全部保健室に持ち込んで副会長の様子を見ながらやろうという発想にどうしてなったのかは未だにさっぱり分からない。なんでそんな事したのかも聞いてないし。聞いたところでのらりくらりとかわされるだけだ。
 ……ま、廉が風邪引いて寝入った後も廉の部屋でスマホの画面眺めてる俺も大概あの人達のこと笑えないけど。変な事思い出したせいで今見てる通販サイトの中身なんてちっとも頭に入って来やしない。
 廉が咳き込むのが聞こえて、立ち上がる。梯子に足をかけて覗き込むと、眠りながら背中を丸めて咳き込んでいた。
 気休めにもならないだろうけど、背中をさすってやる。少し汗ばんでいるので、タオルを取って首周りを拭う。乱れた布団は掛け直してやる。ずり落ちた氷嚢はまた額の上に。
 それから俺はまた元の位置に戻って、スマホの画面をじっと眺める。この体勢でずっとスマホ見てたら視力がどんどん落ちそうだ。本の方がよかったかな。似たようなものか。廉はiPhoneだから廉の充電器で俺のは充電出来ないや、後で1回寮に戻って充電器取ってこよ。
 氷嚢溶けたりしてないかな。流石にまだ大丈夫か。でも後で新しいのは作っとこう。起きた時お腹空いたりしないかな。うちのチームの誰かにでもレトルトのお粥買ってきて貰えばいいか。こいつの事だからこんなナヨナヨした飯より肉が食いたいとか言い出しそうだ。絶対言う。そうそう、随分汗かいてるからご飯食べさせたら体拭いてやって着替えさせないとかな。
 うーん、俺らしからぬ甲斐甲斐しさ。これがうっかりこの脳筋に惚れてしまった弱みというやつかもしれない、なんて。何考えてんだか。
 だけどそう思ってしまうと、またどうしても廉の顔が見たくなったものだから。俺はまた梯子を上る。天井に頭をぶつけないくらいの高さまで足を掛けると、すぐ目の前に廉の顔がある。
 顔を赤くして、口を僅かに開いての呼吸はどこか苦しそう。額には汗が浮かんでいる。
 ……本当に、こんなに弱ったお前なんて100年に1回どころか1000年に1回見れるか見れないかじゃない?
 そろそろと手を伸ばし、布団からはみ出ている廉の手に俺の手を重ねてみる。熱い。当たり前か。俺のより固いがすべすべした手の甲を親指で撫でてみる。本業モデルだもんなあ、ガサツなくせに手の手入れは欠かしてない。
 緩く、ゆっくりとその手を握り込む。俺は平熱高い方じゃないから、廉の体の熱がじわじわと指先から伝わってくる。少しくらい、廉の方に俺の手の冷たさが伝わったりしないかな。人の手の冷たさなんてたかが知れてるし、寝てるから気付かないか。
 熱を出していても、自分以外の人間の手の温度を感じると安心しちゃうんだってさ。だからちょっとだけ手を握っててあげる。どこの誰から聞いたのかもどこで知ったのかもまるで分からないけど、なんとなく実感として、きっとその通りなんだろうと思う。
 もしかしてあの時あの人達が寝てる間の俺の手を握ってたからだったりして。ははは、まさか。ないない。
 第一俺が廉の傍にいるのは廉に惚れてるからで、あの時みたいな上下関係とかそういうのとはまるで違う。やだなあ考えてたら恥ずかしくなってきた。ほんとに廉にはペースを乱されっぱなしだ。
「……ま、鈍いお前は気付かないんだろうけど」
 自然と、口から言葉が漏れ出す。
 気付いてくれればいいのに、なんて、多分叶わない淡い夢くらいなら見させてくれよ、眠り王子。
 そんな俺らしくもない少女趣味な思いが浮かんでは消えてくれない事に苦笑いしながら、唇だけを動かす。
 ……なーんて、ね。
 
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推しカプのどちらかに風邪をひかせろという家訓があるので廉に風邪をひかせました。
それはそれとして公式の亮ちんは何故廉と聖のいちゃいちゃに巻き込まれがちなのか(哲学)

シーソーゲーム(廉聖)

 二人で体育倉庫の掃除をしていたら、廉が転んだ。そして、ぶつかって押し倒された。
 不可抗力というやつなので、廉に非は無い。そしてぶつかってきた廉を避けきれなかった自分にも非はない。非があるとすれば床に転がっていたバスケットボールを放置した生徒であって、とは言えその生徒の特定が不可能に近い以上誰に非があるのかを考えても仕方がない。
 そんなことを考えながら聖は自分の胸に顔を埋めている廉の頭を見る。あ、つむじ。可愛いなあ。なんて事を考えていると、のそりと頭が動いた。目が合う。
「いってぇ……大丈夫か?」
「勢いよくぶつかってこられた割にはねー」
「ったく、避けろよ」
「転んで避ける間もなく突っ込んできたのはそっちでしょ」
「ぐっ……。そうだな、お前は無罪だ」
 雑に言いくるめてやるだけでこの素直に悔しそうな反応。やっぱり可愛い。
「ていうか……」
 重いしさっさとどいてくれない?そう言いかけた筈が、言葉は途中で喉の奥に消えた。
 廉がじっと自分を見詰めていた。
 その顔がひどく真剣に見えて、思わず黙り込む。廉は何も言わない。吐息がかかりそうな程すぐ近くに廉の顔があり、制服越しの体温で体が密着している現状をふと意識してしまう。
 ええ、何この空気。
 胸の底から熱くなりそうなそれを、自分の中ではぐらかす事で誤魔化す。それでも鼓動は少し早くなってしまうのだからどうしようもない。
 この鼓動はなに。緊張、焦燥……それとも、期待か。
 ……期待って、何をさ。
 そうは思いながらも、とりあえず廉の反応を見守る事にする。さてどう来るのか。あ、ちょっと楽しみになってきたかも。二人きりとはいえここ体育館倉庫なんですけど。それにしても可愛い顔してるよなあこいつ。
 ふっと、廉が唇を動かした。
「……悪い、どくわ」
 自分ではない体温が離れていく。聖は思わず全身の力を抜いて大の字になる。
「ええー」
「何ッでそこでブーイングが出んだ?!」
「手くらい出して来ればよかったのに」
 体を起こして床に座り込んだままそう言ってやれば、廉は顔をカッと赤くした。
「ここ何処だと思ってんだ、その発想が有罪だろうが!」
「そりゃそうだけどさあ……廉って変なとこでヘタレじゃない?」
「はァ?事故で押し倒した相手に手出すなんざ有罪だ」
「うーん、廉のそういうところほんと好き」
 ほら立て、と差し出された手を聖は見つめる。
 粗暴な脳筋のくせに紳士なんだか初心なんだか。
 大切にされているのは分かるので悪い気はしない。聖は廉の差し出した手を掴んだ。
「……じゃあさ」
 そしてぐい、と廉の手を引く。廉はぎょっとして膝を突いた。再度視線が間近で交錯する。
「俺がわざとお前に俺を押し倒させたら、廉はどーする?」
 北原が目を見開く。やだなあ、と聖は内心で苦笑する。倉庫掃除中だっていうのに、事故で押し倒されたくらいでちょっとテンション上がってきちゃったみたいだ。
 廉は聖の手を取ったまま、固まっている。多分あと数秒もすれば何か言い出すのだろうけど。
 聖は廉の顔を見ながら、内心でニヤニヤと笑う。
 さて、俺から誘った時に廉はどう来るのかな?

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3期5幕が良すぎてどうにかなりそうです。どうにかなりました。

彦星についてのエトセトラ(廉聖)

「彦星の野郎牛車持ってんなら七夕にかこつけず自力で天の川渡ってみやがれってんだ、お前もそう思うだろ聖」
「は?」
 土曜日だからと北原の期末テストの勉強の面倒を見てやっていたら急に意味不明な事を言い出した。
 正直北原が何を言いたいのか特に理解する気もない南條は、適当に首肯する。
「うん、まあ、廉がそう思うならそれでもいいんじゃない?」
「なんだその適当な返事は、有罪だ」
「廉が勉強途中で急に意味不明な事言い出すのが悪いんですけど?」
「今日は七夕だからな、昔から思ってた事を言っただけだ」
 わし座のアルタイル。彦星──牽牛星。牛車の図案で表されるそれを見てそう思ったのだろうか、と南條は何となく当たりを付ける。しかし牛車があるなら川を自力で渡れ、というのはどんないちゃもんの付け方だろう。そもそも牛車で渡れる程度の川なら大した恋の障害にはならないのでは、とも思う。
「……ま、昔から想像力豊かなのはよろしいし、牛車なんて廉が知ってたのも驚きだけど。今は勉強しようか?廉、今度のテストの範囲やばいって言ってたよね?」
「いちいち一言多いぞ聖」
 北原は不服そうな顔をして、シャーペンを手の上でくるくると回す。そしてすぐにニヤリと笑った。
「まあ安心しろ、オレが彦星だったら天の川くらい泳いで渡ってやる。出不精なお前の分まで頑張ってお前に会いに行ってやるよ」
「……なんでこの流れで俺のこと口説こうとしてるわけ?」
「は?今のどこが口説きだ」
「うっわ……」
 無自覚とか、よっぽど有罪だと思うんですけど。
 南條は勝手に熱くなってきた顔を天井に向けた。

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北原が雑にイメージしているのは沖縄の離島などで観光資源として行われている水牛の牛車のやつです。

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本日限定(廉聖)

「ああ廉、おはよう。分かってると思うけど、バレンタインのチョコなんてそんな殊勝なこと俺はしないからね」
 やたら人気の少ない……というか人陰が一人分しかない第三寮の食堂に足を踏み入れると、ソファに座って新聞を読んでいた聖が顔を上げて急にそんなことを言ってきた。
「…………は?」
 いや聞いてねえし。
 そもそもお前から貰えるとは最初から思ってねえし。
 唖然とする俺をよそに聖は読んでいた新聞に視線を落とした。
 ちょっと顔出してに来てみたらなんで出会い頭にこんなこと言われるんだ俺は。
 そう、今日はバレンタインだ。いや、だからと言ってなんなんだこいつ。
「おい聖」
「んー?」
「なんで急にそんな意味分かんねえこと言うんだ、有罪」
「……ええー、意味分かんないとか言う?」
 聖は呆れたような溜め息をつきながら、新聞を畳んで脇に置いて脚を組む。
「なんだ、てっきり廉は期待してたのかと思った」
「ハッ、バレンタインで浮かれるほどオレはガキじゃねえしそもそもてめーはバレンタインチョコなんざくれるタマじゃねえだろうが」
「それもそうだねえ。……とか言いつつ、本当は用意してた、とか言ったら驚く?」
「は?」
 聖が座ったまま上目遣いでオレを見る。その唇は薄い笑みを浮かべていて、微かに濡れているように見えた。
 思わずごくりと生唾を呑み込むと、聖はにたりとその笑みを深めた。
「まあ本当に何も用意してないんだけどね」
「紛らわしい!」
「え~、まさか期待してた~? 廉ってほんとガキだねえ」
 けらけら笑いながら聖はまた新聞を広げた。
「ま、そんなところも可愛いよ」
「おい聖」
「んー?」
 一息に聖が座るソファに近付くと聖に顔を近付ける。聖が目を丸くしているのは気にせず、手の内に隠し持っていた小さな包みをぐいとその胸に押し付けた。
「ほらよ」
「……は?」
「今日が何の日か、忘れたとは言わせねえぞ」
「……」
 聖はきょとんとしてから、新聞を置くとオレの手からその包みを受け取る。手触りで半透明のビニールの包みの中にある物を何となく察したのか、聖は深々と溜め息をついた。
「……うーん……廉ってほんとさあ……」
 小さく唸る聖の耳が僅かに赤くなった。
「バレンタインで浮かれるほどガキじゃないってさっき言ってなかった?」
「浮かれてはいねえからな」
「うっわあ……」
「おい、なんでそこでちょっと引きやがる」
「よく恥ずかしげも無くそんなこと言えるよねえ……」
 聖の長い指が包みを剥がす。中から出て来たのは、手の内に収まる程の小箱。聖は躊躇い無くその箱も開ける。
「……惑星型のチョコ、ねえ」
 中に一つ収まっているのは、聖の目の色によく似た色をした大粒のツヤツヤしたチョコレート。オレは店員に聞くまで分からなかったのだが、聖は一目見ただけでそのチョコレートのモチーフに気付いたようだった。
「また廉らしいベッタベタなセレクトで。大方、綺麗だからこれにしたんだろ?」
「うっせえ」
 悔しいが正解だった。
 聖はチョコをつまむとひょいと口に入れる。
 味見はしてないが味にもこだわりがあるメーカーらしいし多分こいつの口にも合うだろう、などと考えていると急に聖が顔を寄せてきた。
「は、」
 バサリ、と乾いた紙の音と共に視界が影に覆われたかと思うとするりと腰に手が回され、口いっぱいに甘酸っぱい味が広がった。
 引き倒された体の下に聖の体温を感じてようやく何をされているのか理解する。キスをしたまま聖の目を見ると、とろけ始めた目が細められてくつくつと喉の奥で笑い出した。
 
 ──バレンタインのチョコなんて殊勝なことしない、ってお前さっき言っただろうが。

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