【ちあふゆ】マイ・ディア・カーミラ(吸血鬼パロ)

※吸血鬼パロ

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「ご馳走様」
 “食事”を心いくまで堪能した冬沢は千秋の首筋から牙を抜くと、はあ……と熱い吐息をこぼしながら噛み跡をぺろりと舐めた。
 豪奢なベッドの上に横たわった千秋の上に乗りかかった状態のまま、長い牙が覗く口元を歪め妖艶に笑う。
「やはり貴史の血は美味しいね」
「……ハッ、オレの血しか飲まねえ、偏食のくせに、よく言うぜ……」
 ベッドに弛緩した体を投げ出す千秋の呼吸は荒く瞳は潤み目尻はうっすら赤く色付いていた。そして悪態をつくその口からは、冬沢の物とよく似た牙が覗いている。
「お前の血さえ飲んでいれば俺は生きられるんだ、別にいいだろう?」
「あーそーかよ……」
 冬沢が千秋の上から降りようと体を起こすと、緩やかに腰に両手を回された。力の入っていない手だが、冬沢は振り払う事もなく千秋の次のアクションを待つ。
 片方の手が腰からゆっくりと背中を辿り、首筋から頬へと辿り着いた。指の腹でそっと頬を撫でられると、その感触が心地好くて冬沢は目を細めた。
「……少し返せ、お前がオレから持って行った分」
「自分で外から取って来ればいいだろう」
「ノーセンス、毎回オレが動けなくなるまで吸って行くのはどこのどいつだ?」
「あの程度で動けなくなるだなんて、お前も随分惰弱になったものだね……ッん!……」
 頭を引き寄せられ、シャツの襟ぐりをずらされて首筋に牙を立てられる。
 一瞬、全身を痺れるような痛みが貫く。後を引く痺れがさざ波のように体を撫で上げるそれは快感にも似ていて、冬沢は無意識に目の前の男にしがみ付いた。
 吸血鬼の吸血行為には、3種類ある。
 1つは、完全な捕食の為の吸血。獲物から血を吸い付くし、己の糧とする。
 2つ目は、同族を増やすための吸血。血を吸いながら己の吸血鬼の血を獲物の体内に送り込むことで、吸血鬼とする。
 そしてもう1つが、2人の間で頻繁に行われる、比較的少量の血と共に相手の精気を吸い上げる事で足りない栄養を補う……「不殺の吸血」であった。獲物を殺すこと無く、少し体がだるい位の状態まで血と精気を吸ってその獲物が回復さえすれば、またその獲物を栄養源とする事が可能となる。無論程度を間違えればただの捕食と何ら変わりは無くなってしまうため、加減は必要だ。絶滅の危機に瀕した吸血鬼が生み出した、餌を殺すことなく食事をし続ける為の吸血方法であった。
 ……とは言え、彼らのように吸血鬼同士でその行為を行う者は当然のごとく少数派であった。
「……ん、ご馳走様。もう良いぜ」
「ッ……!はっ……」
 体から牙が抜ける。牙が肉を擦るその感覚でびりびりとした痺れがまた首筋から背筋に伝い、冬沢はびくりと体を震わせた。更に噛み跡に──自分が千秋にしたように──舌を這わされ、「んぅ」と声が漏れる。
 千秋はそんな冬沢を見て僅かに満足気な笑みを浮かべると、抱き締めながらごろりと横になる。冬沢の体もベッドに投げ出されかけるが千秋の腕の中に受け止められた。
 冬沢は快楽に酔った自分の顔を見られないように、千秋の胸板に顔を埋める。千秋は呆れたように笑いながら、冬沢の頭を撫でた。
「お前なあ、オレから吸い返されるの嫌なら馬鹿みたいに吸うのもうやめろよ」
 血と精気を吸われたとはいえ、冬沢の方に虚脱感のような物はほとんど無い。千秋が動けなくなるまで冬沢がたっぷりと吸い、千秋が少しだけ冬沢から吸い返して最低限の動く力を取り戻す。無駄に見えるその一連の流れが、彼らの日常であった。
「馬鹿みたいにとはなんだ、第一嫌だとは一度も言っていない」
「はいはい」
 立ち直りの早い腕の中の伴侶に苦笑しながらも、千秋は冬沢を抱き締めるのをやめないし、冬沢はその腕の中から逃げ出そうとしない。
 互いの酷く冷たい体温が触れ合うのが心地好くて、冬沢は目を閉じた。
 それからどれ程の時間抱き合っていたか。千秋が口を開いた。
「なあ亮、オレそろそろ外で栄養補給して来たいんだけど」
「……もう少しだけ」
「モタモタしてると夜が明けるだろ……」
 そう言いながらも千秋の声はどことなく嬉しそうで、冬沢が上目遣いで千秋の顔を伺うと穏やかな微笑みが降ってくる。
 分かりやすい奴。
 内心で独り言ちる。だがそんな分かりやすい奴がいなければ生きられないのはどこの誰だ。自分だ。冬沢は千秋の腕の中からするりと抜け出して体を起こした。
「もういいのか?」
「ああ」
 ベッドから下りて乱れたシャツを整えながら頷くと、千秋もベッドから出てきた。てきぱきと人間らしい服に着替えるのを、冬沢はどことなく面白くない気持ちで眺める。
 ……貴史は人間の粗野な服より吸血鬼の伝統に則った燕尾とマントの方が似合う。
 本人に向かって幾度と無くそう言っているが、外に出る時の千秋は服装に関しては取り付く島もなかった。
「すぐ帰ってくる」
 着替えを終えた千秋に肩を抱かれ、目尻に1つキスを落とされた。冬沢はそれを逃げることも押し退けることもなく甘受した。
「なるべく早く帰ってこい」 
「当たり前だろ。それじゃ、行ってくる」
 肩に感じていた手の重みは一瞬で消え去り、貴史のいた場所からは夥しい数の黒い蝙蝠が開け放たれた窓から満月の浮かぶ空へと飛び去って行った。
 冬沢は窓枠に膝をついて月を見上げた。月光に照らされた肌がまるで蝋人形のように白く光る。だがそのターコイズの瞳に月は映ること無く、ただ伴侶の帰りを待ち侘びる熱だけが点っていた。

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