ラジオFM◯◯ 「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」 古論クリス出演パート・怪談文字起こし

ラジオFM◯◯
「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」
古論クリス出演パート・怪談文字起こし

古論「では早速ですが、お話しさせていただきます。これは、私がオフを使って沖縄の海へダイビングに行った時の出来事です。その時は確か一月でしたが、ダイビングには申し分ない海水温でした。私は地元の顔馴染みの漁師さんのボートに乗せてもらってダイビングスポットへ向かい、海に潜って、澄んだ海の中を泳ぐ魚達と共に遊泳を楽しみました。ですが、ふと気付いたのです。今日の海は何か様子がおかしい。海が賑やかすぎるのです」
た「賑やかすぎる、というのは」
古「その日は風もなく、また大きな流れのあるエリアを泳いでいたわけでもないので、海は静かなものであろうと私は予測していました。しかし、その日の海はなんだか様子が違いました。海面を通して差し込んでくる太陽光がやけに揺らいでいる上に、魚達の動きもひどく活発であるような気がしたのです。おまけに夜行性の魚までもが姿を見せて泳いでいる。まだ太陽が高く上がっている時間にですよ。私はそれ以前にも何度か冬の沖縄の海で泳いでいるのですが、これは珍しい、いや、少しおかしいのでは? と思いまして」
た「海の様子が違ったんですね、古論さんの知っている海と」
古「はい。海は季節や時間によって様々な表情を見せてくれますが、夜行性の魚が真っ昼間に泳いでいるとなると、何らかの異変を感じずにはいられません。これは私も海から上がって早々に陸に引き返した方が良いのでは、と海面に向かった時です。声が、聞こえたのです」
た「声。海の中で声、ですか」
古「はい。聞こえるはずのない声です。こう言っていました、『うたえ、うたえ』と」
た「どんな声だったのか、とかは覚えてらっしゃいます?」
古「幼い子供の声だったのですが……歳を重ねた方にしか出せない威厳、のようなものもあって。私は思わず振り返りました。すると、十メートルほど下方にある海底に……人が、いたのです」
た「人……ですか。その時ダイビングしていたのは、古論さんの他にはいらっしゃらなかったのですか?」
古「その時そのエリアで潜っていたのは、私だけです。私を運んでくれていた漁師さんもボートに乗っていましたし、潜水する前周りに他のボートは見当たりませんでした。何より異様だったのは、その外見です。十歳前後の男の子が大きな二枚貝の中に腰掛けて、私を見上げているように見えたのです。ダイビングの装備など何一つ着けずに、豪奢な服を身に纏っているように見えましたが……あいにく距離がありましたし水中なので、あまり詳しく見ることは出来ませんでした。しかし沖縄といえど冬の海、海底十メートルです。子供が装備も無しに一人でいていい場所ではありません。どうしたものかと思っていると、その子供が私を見上げました。そしてはっきりと、また聞こえました。『うたえ、うたえ』と。子供が口を動かしているのは分かりましたが、耳から入って来るというより……頭に直接響くような感覚がありました」
た「それで古論さんは、どうしたんです?」
古「海中だと歌えないので、水面に上がることにしました」
た「ほう」
古「そしてボートに上り、漁師さんの演奏する三線と一緒に私の持ち歌を歌わせていただきました」
た「そう来ましたか」
古「はい! あの方は『歌え』、と言っていました。ですからリクエストには答えて然るべきと。私はアイドルなので!」
た「その子供の正体も分からないのに素晴らしいプロ意識ですね」
古「三曲ほど歌った後、どこか楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきました。それから海風で少しボートが揺れて、それきり笑い声は聞こえなくなりました。私の歌があの方に届いたのでしょうか、そうであれば嬉しいのですが」
た「しかし、不思議な体験ですね」
古「ええ。ですが、時に海は人智を越えた顔を見せます。もしかしたら私が出会った方も、そうした不可思議な顔の一つだったのかもしれません」
た「沖縄と言えば人魚伝説が各地に残されていますよね」
古「人魚……そうですね。もしかしたら、彼は人魚だったのかもしれません。漁師さんも言っていました、この辺りの海では時々人魚を見る人がいると。しかし人魚であれそれ以外のなにかであれ、私は海で初めて出会った誰かに私の歌を届けられた、それで充分なのです」
た「なるほど、ありがとうございました。いやあ思いがけずほっこりするお話を聞かせていただきました」
古「いえ、私こそ番組の趣旨に沿っているのか不安でしたが、楽しんでいただけたなら何よりです」
た「古論さん海関係の不思議な話だとかを以前別の場所でもされてらっしゃいましたが、海のそういったものに好かれやすいんですかね」
古「さて、どうでしょう。私が海に好かれているのだとしたら、それはとても嬉しいことです」
た「あはは、本当に古論さんらしいですね」

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