「ごめんね直央、お母さん今日お迎え遅くなりそうで、そっちに着くの九時過ぎになりそうなの。事務所で待てる?」
電話の向こうの母親は、心の底から申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だよ、お母さん。心配しないで」
直央がそう返すと、母親は何度も謝り、プロデューサーさんや大人の人たちと一緒にいてね、と言い残して電話を切った。
きっと仕事が忙しいのだろう、と直央は納得する。母親は看護師という多忙な職に就いている、こういったことは初めてではない。
スマートフォンの時計を見ると、夜の六時。母親は七時に迎えに来る予定だった。
事務所のフリースペースに広げている学校の宿題を眺める。母親を待ちながらやるのが習慣になっている宿題はあと三十分もすれば終わる。今日はプロデューサーや事務員の賢が事務所にいない。突然生まれた二時間をどうしようか、それに夜ご飯は……そう考え始めた時、頭上から声が降り注いだ。
「どうした、岡村」
「あ……鋭心くん。お疲れ様です」
顔を上げると、鋭心がコートにマフラーの出で立ちで直央が座っていたソファの横に立っていた。
「どうした、一人で。帰らないのか」
「お母さんが迎えに来るのを待っているんです。志狼くんとかのんくんは、もう帰りました」
「そうか……」
「あれ、直央じゃん。お疲れ」
「岡村くん、お疲れ様」
鋭心の後ろから、すっかり帰り支度を整えた秀と百々人が顔を出す。
「秀くんも百々人くんも、お疲れ様です」
直央が会釈すると、鋭心は少しだけ考えてからこう言った。
「秀、百々人。岡村はしばらく事務所で母親の迎えを待つらしい。時間的に夕飯もまだだろうし、この後の食事に岡村も誘って構わないか」
「え、そうなの? いいですよ」
「うん、僕も賛成」
「え……ええっ!」
突然の夕飯への誘いに慌てる直央だったが、鋭心は「どうした」と首を傾げる。
「嫌か、それとももう食べたか」
「いえ、まだです……けど。いいんですか? C.FIRSTの皆さんの中にお邪魔しちゃって……」
「全然、いいに決まってるじゃん」
「一緒に食べよう」
にこにこと頷く秀と百々人、そして「決まりだな」と頷く鋭心。
直央は恐縮で小さくなりながらも、恐る恐る自分の宿題を指差した。
「じゃあ、その……こ、この宿題が終わったら、よろしくお願いします……」
22 2023.4