「普通の人」(ヒカルさんとカツ兄)

※タイガ本編~劇場版タイガの間、一部は当時のTwitter掲載のE.G.I.S業務報告書のネタを拾っています。

 ウルトラマンと言えど、変身していない時は基本的にただのヒトだ。
 まあ地底人とか宇宙人とか俺達の中にはいるけど、それでも変身してなければ俺達は人間の姿形をして人間のサイズで町を歩く。
 多分七人の中で一番「普通の人」なのが俺だ。地球を守る防衛隊、なんて概念、俺はヒカルさん達に出会って初めて知ったし、運動神経には自信あるけど宇宙人と戦うことに関しては多分ヒカルさんほどじゃないし、大地さんやイサミみたいに頭が良くて特別メカに強いなんて事もない。
 タイガに変身するっていう工藤ヒロユキ君はどうなんだろう。民間の警備会社で働いている、くらいの事しかまだ知らない。
 ウルトラマンじゃない俺、湊カツミにある特別な技能と言ったら多分デザイナーの卵としてのデザイン知識全般。あとちょっと数字に強い。日常会話レベルのイタリア語。それくらいだ。
 ヒカルさんから聞いた話だと、ウルトラマンに変身する人の多くが地球を守る防衛隊に所属していたとかなんとか。じゃあ俺達って珍しい方なんですか?と聞いてみたら、「多分」と頷き返された。
 そうか、ウルトラマンになる「普通の人」も、ウルトラマンになってからも「普通の人」でいる人も、珍しいのか。それは俺やイサミからしたら目から鱗の話だった。
 で、なんで急に自分が普通の人だって事に思いを馳せ始めたかっていうとだ。
「そっかあ、この地球は防衛隊がないから怪獣が出たらいきなりタイガ達が出て来るのか」
「あの、ヒカルさん」
「なに?」
「ここにいるのはまずいですって、逃げましょう」
「ゴメスならこれくらい距離取ってれば大丈夫。あの三人が長時間手こずるような怪獣でもないし」
「ヒカルさんがそう言うならそうなのかもしれませんけど!」
 昼下がりの、とある雑居ビルの屋上。
 その柵に凭れる背の高い人影が一つ。視線の先には、ビル群の合間で怪獣……ゴメスが、この地球を守るウルトラマンの一人・タイガと取っ組み合っていた。
「お、今のパンチはなかなか良かった。やるじゃんタイガ」
 タイガの戦いを見守るヒカルさんは随分楽しそうに見える。これは梃子でも動かないだろうな……。
 俺の心配をよそに、タイガとゴメスの戦いの決着はあっという間に付いた。タイガがストリウムブラスターを撃って、ゴメスは爆散して。そういう「ウルトラマンらしい」決着。そこまでをしっかり見届けたヒカルさんは、笑顔で振り向いた。
「よっし! 帰ろうぜ!」
 ヒカルさんの言った通り、タイガとゴメスの戦いの余波は、俺達のいるビルまで届くことはなかった。
 戦いを見届けたヒカルさんはすたすたと下の階へ降りて行ってしまう。俺は慌てて後を追った。ビル五階分を建物の外にある非常階段を下りて地上へ向かう。
 俺達がいた雑居ビルは、近くでタイガとゴメスの戦闘が始まったのを見たヒカルさんがそこにちょうどビルがあるからと駆け上がった場所だ。出掛けた先から帰って来る途中だったわけだから、ここは目的地でもなんでもない。
 ヒカルさんはギンガとしての大人びた頼り甲斐のあるイメージがどうしてもあったけど、素のヒカルさんはよく笑うし結構フィーリングで動く人なんだということがここ数日で分かった。それでもそのフィーリングと行動はヒカルさんの経験と知識に裏打ちされたものだから、悪いことにはならないのだ。
 ヒカルさんってカツ兄と歳そんなに変わらないのにカツ兄よりずっと貫禄あるよね、とはイサミの言。やかましいわ。
「……なんていうかヒカルさん、肝が据わってますよね」
「そうか?」
「今の俺達には変身能力が無いんですよ、普通もうちょっと遠くまで逃げますよ」
「大丈夫だって、俺はタイガを信じてる。カツミだってそうだろ」
 いや、それもそうだけど。俺が言いたいのは危機管理能力的な話で。それともやっぱり、ヒカルさんと比べれば俺の感覚はどこまでも一般人寄りということなんだろうか。
「……ヒカルさん、タイガが戦ってる時は絶対見に行きますよね」
「ん、まあな。だって弟弟子の活躍は見たいだろ?」
「弟弟子、ですか」
「まあタイガの方が俺よりずっと年上だけどさ、タイガは俺のこと先輩だって思ってるからそういうことにしてるし、やっぱ弟って感じがするんだよなータイガは」
 緩いなあ。でもそうか、ヒカルさんはタロウの弟子でタイガはヒカルさんを先輩と呼んでるから、タイガは弟弟子になるのか。年上の弟弟子。それって不思議な感覚なんじゃないだろうか。
「……俺まだピンと来てないんですけど、ウルトラマンって何千歳生きるのが基本なんですか」
「まあ……だいたいそうなんじゃないか? ガイだってあれで千歳はとうに越えてるみたいだし、タロウも一万年以上は生きてる筈だし……俺達地球人よりはずっとずっと長生きだぜ」
 そう言った時のヒカルさんの横顔は少しだけ寂しげに見えた。だけどそれは一瞬のことで、すぐにいつものような人を安心させる笑顔を浮かべた。
「ウルトラマンである以上、年齢ってそんなに関係ないけどな。宇宙によって時間の流れも全く違うし。弟だと思えば弟だし、兄だと思えば兄。タロウだってウルトラ兄弟の六男だけど、十一男のウルトラマンヒカリの方がタロウよりずっと年上らしいぜ。あっいや、ウルトラ兄弟は本当の兄弟ってよりは称号みたいなもんだけどさ」
「へえ……」
 ウルトラ兄弟って十一人もいたのか……。
「あーなんか腹減ったなー。やっぱ苦手な事すると疲れるぜ」
 ウルトラ兄弟の人数に驚く俺をよそに、ヒカルさんはうんと伸びをした。本当に疲れているような顔をしていたから、俺は驚いてしまう。
「え、凄く上手く交渉してるように見えましたけど」
「苦手だよ、俺はこういう事は仕事でもそんなにやんないし俺より得意な人がいるし……見よう見まね」
「へえー……だとしたら今日は本当にありがとうございました、ヒカルさん」 
「いいって。こういう時は助け合いだろ」
 そもそも今日の目的は、この辺りを仕切る宇宙人に会って、露店を経営する場所を決めること。なんでもヒカルさん、ここに来たばかりの頃にショウさんと一緒に賽銭泥棒の宇宙人をとっ捕まえたり、他にもちょっとした悪事を働いた宇宙人を捕まえて警察に突き出したりしていたら、宇宙人相手に随分顔が効くようなってしまったらしい。
 使えるものは使っとけ、とヒカルさんがそれを活かして、俺達はそれぞれが住む場所に加えてお金を稼ぐ為の場所も手に入れてしまった。
 ヴィラン・ギルドが何か目立つ悪事を働いても俺達なら対処出来る、俺達はウルトラマンだから……それが、ヒカルさんのほとんど唯一の、でも効果抜群の手札だった。そこに俺やイサミは含まれているのだろうか。含まれているんだろうな、ウルトラマンだし。 
「ヒカルさん、初めて変身した時って高校生なんですよね」
「そうだよ。て言ってもあの時は休学して日本来てた状態だったしな……。その時に俺はギンガとタロウに出会った」
「……その、ウルトラマンにならなかったら、とか、防衛隊に入らなかったら、とか。考えたことありますか?」
「うーん……無くはない、けど。ギンガとタロウに会わなかったら、多分全然違う俺になってたと思うし、考えても仕方ないから考えてない」
「……じゃあ、その。変身出来ないウルトラマンって、なんだと思います?」
「ん……?」
 ヒカルさんは空を見上げながら首を傾げた。
「なんでそんな事が気になるわけ?」
「なんか……俺って普通だなあって……ヒカルさん達見てたら思いました」
「……普通、か」
 ヒカルさんはからりとした笑顔を浮かべた。
「普通でも、別にいいと思うけどな。カツミの気にしてる事がなんなのか、俺には分かんないけど。例え普通でもカツミはウルトラマンで、一緒に戦う仲間だろ? 俺達にはそれだけでいいんだよ」
 気にしてるのかなあ、俺。それすらもよく分からないけど、かつてトレギアに言われたことが俺の中にまだ残っているのかもしれない。
 ウルトラマンは、全宇宙の秩序と生命を守る存在。それがどういうことなのか、俺はウルトラダークキラーとの戦いや、ヒカルさん達を通してようやく理解し始めているのかもしれなかった。
 ヒカルさんは変身していない時でも真っ直ぐ立って前を見ていて、まるでヒーローみたいだと思う。いや、本物のヒーローなんだと思う。変身してからヒーローになるんじゃない、変身する前からヒーローなんだ。ウルトラマンに求められる物を持っているんじゃないかって、なんとなく思える人。まあ、ニュージェネレーションの皆と会うまで俺達兄妹はジード以外のウルトラマンに会ったこと無かったけど。あれ、そういやオーブダークってウルトラマンか? まあいっか。
「んー……まあでも、お前たち兄弟みたいなやつが一人や二人いてもいいんじゃないか? この先いるかもしれないぜ、いきなりウルトラマンになっちゃった普通の、一般人が。まあ俺も最初の戦いの時はそうだったけどさ。そういうウルトラマンが出てきた時に助けてあげられるのはお前達だけかも。だってウルトラマンの使命って、重たいと思って当たり前なくらいには重いじゃん? 基本、負けちゃいけないんだから。そういうのは、戦いと無縁で生きてる人が背負うには重すぎる」
「……それは、そうですね」
 負けることが許されない。ウルトラマンになりたての頃の俺が一番気にしていたことだ。俺は隣にイサミがいたから乗り越えられたと言ってもいい。でも、
「俺はそれを乗り越えましたけど……ヒカルさんはどうやって乗り越えたんですか?」
 今は地球を守る防衛隊として、そしてウルトラマンとして、ニュージェネレーションのリーダーとして俺達を引っ張るヒカルさんが「一般人だった頃」はどうだったのか、少し気になった。
「乗り越えたっていうか……うーん、大切な人達を守ろうとして必死だったからそんなに重さを感じたこともないっていたっていうか……むしろわくわくしてたっていうか……がむしゃらに走ってたらいつの間にか世界を救ってた、みたいな……」
「やっぱり大物ですね、ヒカルさん……」
 この人、実は割とイサミに似てるんじゃないのか。
「まあ、とにかくさ。カツミはちゃんとウルトラマンやってる。自分の持つ力から逃げてないし、自分の力の大きさへの自覚だってある。それは立派な事だと思うぜ。だから胸張っとけよ」
「……ありがとうございます」
 ヒカルさんにそう言われると、心の底から真っ直ぐに背筋を伸ばせるような気がするんだから、本当に不思議な人だ。自分も元々は普通の一般人だった、なんて言ってるけど、それでもウルトラマンから選ばれるだけの生まれ持った才能とかそういう物がある人なんだと思う。
 かっこいいよなあ、なんて思ってしまう。
「……なんかヒカルさんにそう言ってもらえると、勇気もらえます。水のルーブクリスタルにギンガの絵が描かれてるから、勝手にお守りみたいな存在だと思ってて。こうやって会って普通に話が出来る日が来るとは思ってもいなくて」
「そ、そっか……そう言われると照れるな……」
 ヒカルさんはむず痒そうな笑みを浮かべた。
「ま、まあ、俺もびっくりしたけどな! お前たち兄弟が俺とタロウの力を借りて変身するって聞いた時は。俺とタロウなんだ……って」
「俺達は納得しましたけどね、タロウとギンガが師弟って聞いて。そういうコンビなんだーって」
「コンビ……そっか、コンビか……コンビかなあー? あはは」
 ヒカルさんの声がどんどん明るくなる。なんていうか、浮かれているような。
「……ヒカルさん、タロウのこと相当大好きですよね」
「ん゛っ……」
 何気なく聞いてみると、ヒカルさんは呻きながら空を扇いだ。
「ごめん、それ言われるとめっちゃ恥ずかしい……」
「えっすいません……でもヒカルさんがタロウ大好きなのはだいぶ漏れてますし……」
「漏れてる!?」
 ぎょっとしたのか、ヒカルさんが目を見開いて俺を見た。
「そんなに!?」
 これは、もしかして。面と向かって指摘されたら物凄く恥ずかしくなるレベルのことを隠せていると思っていた、ということか。
 タロウの話をする時のヒカルさんはいつも楽しそうで、ダークキラー事件の時だって当時ギンガともタロウとも初対面の俺でも分かるくらい心の底から嬉しそうだったのに。
「はい。割と、バレバレです」
「言うなよ!? それタロウには絶対言うなよ!?」
 ぐい、と詰め寄られた。ヒカルさんは俺より背が高いので見下ろされる形になる。迫力が凄い。
「い、言いません。はい、絶対に言いません!」
「絶対だからな!」
 念を押されてしまった。
 なんだかこういう時のヒカルさんは、案外俺と変わらないのかも、なんて思う。別に隠す必要なんて多分何もないのに、照れくさいからって隠している(隠せているわけではない)。そういうところは、なんていうか凄く、俺と同じくらいと言われて納得してしまう。意外と子供っぽいというか。
 俺達以外のウルトラマンだって、ヒーローとして戦っていない時は、意外と俺達とそう変わらない。ヒカルさんを見てたら、そう思えるようになってきた。
 ウルトラマンだからどうとか関係なく、得意不得意があって、人間らしく悩んだり隠し事もしてて。
 今は俺も俺なりに、俺に出来ることを頑張るしかない。いつだってそうしてきたんだから。
「……ヒカルさん、今度俺達のお店来てくださいよ。あやか星饅頭、ご馳走します」
「おっ、いいの? 俺和菓子にはちょっとうるさいけど」
「どうぞどうぞ。俺達の地元の味を教えてあげますよ」
 その時はヒカルさんだけじゃなくて、ショウさんも大地さんもガイさんも呼ぼう。皆からそれぞれの話を聞いてみたいし、色んなことを知ってみたい。
 ウルトラマンにならないと出会えなかった人達と一緒に大好きなお饅頭を囲んで食べるのは、きっと楽しいだろうな。
 そう考えると、俺みたいな普通の人がこうやって他所の宇宙の地球までやってきて、他所の宇宙のウルトラマン達と一緒にいるっていうのは普通じゃなくて、でもその中で俺はどこまでも普通の人で……それはそれで、凄く俺らしいんだろうな、なんてことを思ってしまうのだった。

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特に自覚無く双方のツボを押さえているヒカルさんとカツ兄みたいなやつです。
西暦の生年設定を基準にするとカツ兄の方がヒカルさんより年上だったりするんですが、カツ兄は年齢関係なく先輩扱いしてると思います。

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