この話の完成版です。
元の話は2020年にpixivに掲載したものです。
未完成版の文章に若干の修正は加えてあります。
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気まぐれで乗った時空流の先に繋がっていた宇宙で、トレギアは幼い子供を見付けた。
小さな星の片隅で空を見上げていをたその子供の体は刺々しく、黒い鎧に似ていた。声を掛けてみても赤い十字の両目で静かにこちらを見るだけのその子供の胸には、ウルトラマンのカラータイマーによく似た赤い光が宿っている。
その身に宿した邪神の力で、子供の持つ因果の糸を手繰り寄せて覗いてみる。見えたのは、光る槍を掲げた巨人。そしてその巨人が二つに分かたれ、片割れからこの子供が生まれる、奇妙なイメージであった。
トレギアはその子供に興味を抱いた。もしあの光の巨人がウルトラマンなのだとしたら──少なくともトレギアは初めて見る存在であった──、この子供は一体何者なのだ? ウルトラマンから生まれたにしては、あまりに禍々しい赤い光をその身に宿しているではないか。
「君は何者だい?」
尋ねると、子供は首を傾げた。まるで、何者、という言葉の意味を考えるかのように。いや、それは子供の仕草からそのような印象を受けるというだけの話なのかもしれなかった。
兎も角トレギアは、子供の反応を待ってみた。やがて子供は静かに答えた。
「……我が名は、ダークルギエル」
◆◆◆
きっかけは、その程度のものだった。
偶然出会った一人ぼっちの子供を拾って、なんとなく自分の旅に連れて行ってはどうかと考えた。トレギアがルギエルを誘うと、ルギエルは静かに頷いた。こうして、一人旅は二人旅になった。旅と言っても大したことをするわけじゃない、ただあちこちの宇宙でちょっとした運命への悪戯をするだけだ。
その先で何が起きようとトレギアは知ったことではない。そしてそれを、ルギエルはただ見ていた。
ルギエルはトレギアに干渉せず、トレギアもまたルギエルに干渉しなかった。
それでもその旅は常に順風満帆というわけでもないから、旅の中でトレギアがルギエルの持つ力を知るのに、そう時間は掛からなかった。
ルギエルは、生命体の時を止めて人形にするという力を持っていた。初めのうちは一つの対象を一時的に人形に変えるに留まっていたが、次第に一度に人形化させる事が出来る対象数も、時間も、増加していった。
成長したルギエルであればこの力で宇宙警備隊ですら一蹴出来るであろうことは想像に難くなかった。
ルギエルは基本的に何も言わない子供であった。それでもトレギアは、ルギエルと旅を共にするにつれて、彼が存外強情な意思の持ち主であることに気付いていたから、ルギエルが付いて来るということはあちらにも何か思惑があるのだろうと考えていた。
しかしそれを探るのは困難であった。ルギエル自身が喋らない上に、相当に複雑に絡まった因果の持ち主であった為である。
いつどこで生まれたのか、どこから来たのか、何者なのか、それを追おうと幾度か試みたが、必ずどこかでそれらの糸はトレギアに知覚できる領域から溢れ出し、追跡を不可能とする。
結局、「ウルトラマンから生まれた者なのではないか」、そんな曖昧な直感だけがトレギアがルギエルの正体について知り得たほとんど全てであった。
そうしてどれほどの期間を共に旅していたのかは忘れたが、いつの間にかルギエルはいなくなっていた。
私と共に旅をする理由はなくなったのだろう、とトレギアは思い、ルギエルを探すこともせず放っておくことにした。
二人旅と言えたものなのか怪しい二人旅はまた一人旅になり、トレギアは何に構うこともなくあちこちでちょっとした運命の悪戯を続けた。
ある時、トレギアはとある惑星に降り立った。小さな惑星であったが繁栄しているようで、大きな街があった。背の高い建造物が整然と立ち並び、市場には多くの店が軒を連ねていた。
だが、トレギアがその惑星の住民とすれ違うことはなかった。理由は簡単であった。その惑星の住民は皆小さな人形と成り果て、路地や建物の床、土の上に無造作に転がっていたのだ。その惑星に最早動く生命の気配はなく、トレギアはつま先で人形を蹴りながら呟いた。
つまらない星だ、と。
そんなこともありながら、トレギアはまたそれまでと変わらずに旅を続けた。
そしてある時、面白い噂を耳にした。
『ウルトラマンに似た漆黒の巨人が星を滅ぼして回っている』『滅んだ星の生命は全て人形に成り果てる』──なるほど、あいつはいつの間にやらそんな存在になったか。
やっている事自体はさして面白みもないが、何故そう成ったのかは興味がある。トレギアは宇宙を旅するがてら、その漆黒の巨人を探してみることにした。
そして、長年の探索の結果……ということもなく。
退廃に満ちていると噂に聞いたとある惑星で、その再会は偶然訪れた。
当然と言うべきか、その惑星の住民達は皆物言わぬ人形となって地面に転がっている。
たった一つの命の気配を追って、やがてトレギアはその実行犯の下へ辿り着いた。
「全く、つまらないことをしてくれたものだ」
風の音だけが鳴る湖のほとりに佇んでいたその漆黒の巨人に、声を掛ける。
「久しぶりだねダークルギエル。ざっくり数えて500年か1000年か……それとも3000年だったかな?」
トレギアの言葉を聞いた漆黒の巨人はゆっくり振り返る。
「……来たか、ウルトラマントレギア」
その反応は、まるでトレギアの来訪をそこで待っていたかのようだった。
漆黒の巨人──ダークルギエルの手には、黒い短刀のような武器が握られている。それに込められた暗黒の力を感じ、トレギアはくすくすと笑った。
「その面白い力で、ずいぶんつまらないことをして回っているようだね」
「……限りある命に、永遠の楽園を与えているだけのこと」
「へえ、随分お喋りになったものじゃないか」
結果はつまらないが、発想は面白い。大方、命を人形として標本化することでその命を永遠のものとしているとでも言いたいのだろう。
何故そのような発想になったのかと、更なる興味が湧いてくる。
「君は救世主にでもなりたいのかい?」
「我は、遍く全ての生命を救うのみ」
その言葉にトレギアは「へえ」と笑みを深めた。
やっていることはともかく、言っていることはあの光の国の連中と同じと来た!
愉快でたまらない。
光の国の連中からは悪と断じられるであろうその行動が、光の国の連中と同じような「正義」から生じているのだから。
「それでは君は、私も人形にするつもりなのかい?」
「それも一つの選択肢であろうが……」
ルギエルの持つ武器から、黒い光が伸びる。短剣から長い柄が伸びたそれは、さながら槍のようである。
おやおや、とトレギアも掌の内にエネルギーを込める。
「我は思い出したのだ、トレギア。貴様は、我がかつて抱いたいっそう激しい怒りの源泉」
その言葉に込められた激しい憎悪。
何かと恨みを買うような事はしているものの、それでもルギエルから向けられるそれに覚えはない。
だが、その激しい感情を受けた瞬間だけ、身に宿した混沌を通して流れ込んでくるイメージがあった。
その体の随所を漆黒に侵されながらもがく光の巨人。漆黒をどうにか自らより切り離した光の巨人は光の槍を振りかぶり、漆黒を完全に消滅させようと試みる。だが漆黒は辛うじてその槍の穂先を逃れ、時空流に乗り……
「……は、はは」
そしてまず唇から漏れたのは、哄笑であった。やがて腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「っはははははは‼ ああそうか、ようやく見えたぞ、ダークルギエル。お前はかつてウルトラマンだった者! ウルトラマン自身が光を否定したが故に生まれ、ウルトラマンによって切り捨てられた闇の半身! そしてその感情は、ウルトラマンだった頃のもの!」
愉快で愉快で堪らない。
切り捨てねば存在を保てないほどの漆黒をその身に抱えたウルトラマンがいたことも、切り捨てられた漆黒が自我を持ちこうして手の付けられない程の強い力を手にしていることも。そして漆黒そのものである筈のルギエルが、かつてそのウルトラマンが抱いた感情に任せて自分を憎悪していることも!
「ああ、君は間違いなく面白い!」
「……貴様は、必ず我が手で殺す」
トレギアの言葉を、ルギエルは否定も肯定もしなかった。
ただ膨大な殺意と共に槍を振りかざしてきたので、トレギアはそれをひらりと躱した。
なかなか本気のようで、あちらに人形化の術がある以上本気で応戦するのはあまり得策ではないだろう。ここで殺されてはたまったものではない。
トレギアは足元に転移の魔法陣を呼び出した。ついでに大量の怪獣も召喚して、ルギエルの方に向けてばら撒いておく。
「またどこかで会おうじゃないか。ばいばい、ルギエル」
ひらりと手を降って、魔法陣の中に落ちる。ワームホールに似せたその空間の奥から、元いた場所でルギエルの槍がトレギアのいた空間をひと薙ぎしたのが見えた。
それから少しばかり空間を跳躍して、何億光年か離れた場所に出る。
偶然とは言えなかなかの収穫であった、今後どんなアプローチを仕掛けてやるのが良いか……と珍しく浮かれた心地を覚えながら考え始めたその時、背後から高速で何かが近付いてくる気配を感じた。
振り向こうとしたその瞬間、ドス、と。
腹に強烈な衝撃が加わった。
強い衝撃で吹き飛ぶはずの体はしかし、空中に固定されている。
見下ろすと、腹から何かが突き抜けていた。トレギアにはそれは、ダークルギエルが持っていた三叉の槍の穂先とよく似ているように見えた。
油断していたか、それとも襲撃者が速すぎたのか。この際どちらでも構わない。腹を貫かれたまま、ゆっくりと振り返る。
その槍の持ち主は、『ウルトラマンらしい』赤と銀の体をしていた。胸の中心には光るカラータイマー。その額と胸には、青いクリスタルが光り輝いていた。トレギアは「なるほど」と思わず唇を歪めた。
「君が、ダークルギエルの半身か」
「その力でそこまで見えたか」
無造作に槍が引き抜かれ、その痛みに思わず呻く。そのウルトラマンはよろけたトレギアを容赦なく蹴り倒した。仰向けに倒れたところで肩を足で押さえつけられ、身動きが取れなくなる。
「随分粗暴だね……ウルトラマンらしくないと言われたことは?」
「さて、お前にはこれで十分だろう」
そのウルトラマンはトレギアを見下ろしたまま淡々と語る。その声も、表情も、ダークルギエルのそれによく似ていた。
「私とてお前は殺しても構わないと思っているが、今は殺さずにいよう。今のお前をここで殺せば、私達の辿る道程に大きなずれが生じる」
私『達』?
このウルトラマン自身と他の誰のことを指しているのか。気になるが、恐らくそれはルギエルの事ではないであろう。トレギアはそう予感した。
「その代わり、記憶は消させてもらう。これ以上お前があれに干渉すると厄介なことになる」
「……ほう、私から記憶を奪えると?」
邪神をその身に宿した者の記憶と精神に干渉するほどの力がこのウルトラマンにあるのか、興味が湧いた。だがそのウルトラマンは、表情一つ変えずに石突でトレギアの額をコツンとつついた。
「たかだか混沌をその身に宿した程度で思い上がらないことだ」
やはり、とトレギアは次第に霞みがかり始めた意識の隅で思う。
このウルトラマンは間違いなく強い。異常なほどに。ルギエルの半身、いや、原型なだけの事はあると言うべきか。
そしてこの恐るべき力を持ったウルトラマンが光を否定した事で、ルギエルは生まれたのだ。
「……お前は、何者だ?」
「お前が知る必要はない。それと、最後に一つ。あれはお前を、私が抱いた怒りの元凶の一つと看做したようだが。それは間違いだ。あの怒りは、私のものでは無い」
「……大方、君と一つになった人間の物とでも言いたいのだろう?」
カマをかけてみると、意外にもそのウルトラマンは反応した。
「鋭いな」
「へえ、図星だったか。なに、よくある話じゃないか。ルギエルは、君と、君と一つになった人間の区別が付いていない……同一視している、と言った方が正しいのかな?」
「嘆かわしい」
そう言いながらも、そのウルトラマンは表情一つ変えない。そしてゆっくりと、光の槍を振りかぶる。
「私の光と、彼の光の区別が付かないなどと。今回のあれは、随分と不出来なようだ」
「今回の」? その言葉に引っ掛かりを覚えたトレギアが何かを言う前に、その胸を光の槍が真っ直ぐに貫いた。
◆◆◆
トレギアは、小さな星の片隅で目を覚ました。
命が根付かないような荒れ果てた惑星で、何故こんな場所に自分がいるのかと考えた。
だが考えても答えは出なかったので、考えることをやめてまた当て所無く宇宙を旅することにした。
ただ、遠い昔の子供の頃、お気に入りのおもちゃをなくした時に覚えた寂寥感に似たものだけが、小さく胸の奥に残り続けた。
次ページに補足(妄想)がある。
トレギアがルギエルの成り立ち知らんのマジで勿体ねえ……と思い続けているので、じゃあ、たまたまでいいので知ってもらうにはどうする?知ったら知ったでどうなる?というのを考えて、文字に起こした。