この地域の民間伝承を研究しているというその男は、石堀と名乗った。
「少し前の話になりますけどね。この町にあった古い神社の辺りで、子供が行方不明になる
事件が起きたんですよ」
個室居酒屋の広いテーブル上に広げた地図のある地点をとんとんと叩きながら、石堀はそう語り出す。
「と言っても、もう十八年経ってます。当時九歳の男の子がその神社の近くの森で友達と遊んでて、突然姿を消したんですよ」
石堀は今度はテーブルに、やや年季の入った地図を広げる。
「これは、十五年前の地図です。ほらここ、あるでしょう。鳥居のマーク」
二つの地図の同じ地点を石堀は指差す。なるほど、最新の地図には描かれていない鳥居のマークが、十五年前の地図には描かれていた。
「その男の子は、神社の神主のお孫さんだった。かくれんぼか何かしてたのかな、いくら探してもその子が出て来ないから一緒に遊んでた友達が神主にそれを言って、そこから警察の出動ですよ。警察犬も何頭か出動して、山を大捜索。それでもその子は見付からなかった。場所が場所なもんだから、神隠しにあったんじゃないかって噂が経ちました」
「まさか、その子は今も?」
「それがね、二、三日経った頃に戻って来たんですよ。自分の足で歩いて山を降りてきた。怪我もなく、服なんかも、いなくなった時そのままでね。ただ何があったのかは何も覚えてなかったらしくて。結局戻ってきたから良しってことなのか捜査も終わり、何で行方不明になってたのかは迷宮入り」
石堀は机の上に置いていたファイルから、当時の新聞記事のスクラップを引っ張り出して見せてくれた。『行方不明男児発見』、との見出しが全国紙の紙面に踊っている。
「マスコミも一時騒ぎ立てたようですが、ご両親の仕事だかでその男の子は両親と共に海外に移住して、神社側も家族のことだからと取材を受け付けなかった。それからすぐに別の大きな事件が起きて、時の流れと共に事件のことはほとんど忘れられました。一部の事件マニアやオカルトマニアが覚えていたくらいでね」
「それで、その神社が廃社になったのはその失踪事件が関連していると……?」
「いいや、それは直接は関係ない。また別の事件が起きたんですよ」
「別の事件……?」
「事件というか、事故かもしれないけど……十年前、隕石が落ちた。神社の真上にね」
「……え、隕石?」
あまりに突飛な話に、思わず聞き返す。
「はい、隕石です」
石堀は大真面目に頷きながら、またファイルから別のスクラップを出す。今度は十年前の地方紙が出て来た。
「神社の本殿は火事で全焼しましたが、神主と御神体は運良く無事だったそうです。その後は神社を廃校となった小学校の校舎に移転しました」
「廃校となった小学校……」
石堀は十五年前の地図でその小学校の場所を指し示してくれた。神社からは少し距離があるものの、廃校予定の小学校校舎の間借りはこの小さな町ではそう難しくなかったのだろうと推測する。
そこで私は、小学校の名前を見て声を上げた。
「なるほど、ここが降星小学校……」
「そうです。やはり、この地域に着目したオカルトライターさんならご存知ですか」
「ええ、『闇の支配者』が初めてこの地球上に姿を表したのは確か、降星小学校校舎跡だと……」
「正確には、闇の支配者が降星小学校の校舎を破壊しました。その後ウルトラマンが現れ支配者を退けた……それからは、あなたもご存知でしょう?この地球の各所に怪獣や宇宙人が現出するようになった」
やれやれ、と言わんばかりに石堀は肩を竦めてから話を続けた。
「降星小学校が破壊された後しばくしてから、神社は正式に廃社となりました。神主がご高齢という事情もあったようですが……神様には天にお帰りいただいた、ということになっているようです」
「つまり、廃社の直接のきっかけは闇の支配者の降臨かもしれない、と?」
「ああ、そう捉えましたか。まあいいでしょう。実はこの降星小学校、失踪した男の子が通っていた小学校でもあるんですよ。私立の小学校ではありましたがとても評判が良く、この地域の小学生の多くがここに通学することを選択していたと」
「へえ、私立なのにそれは珍しい……となると、失踪事件と隕石落下、そして闇の支配者降臨という二つの事件と一つの事故、あるいは三つの事件を繋ぐのが降星小学校ということになるのでしょうか」
「……ここからは、私の勝手な推測なんですが」
石堀は、失踪事件のスクラップをとんとんと指先で叩いた。
「本当に鍵になるのは、失踪していた男の子かもしれません」
「え……?」
石堀の言葉に私は思わず眉をひそめた。
「その子、海外に移住したんですよね?もう降星小学校にも関係無いはずでは?」
「いやあ、海外移住したからと言って降星町と関係が途切れたなんてことはないでしょう。数年に一度は帰ってきていてもおかしくはない。ご実家自体は神社として存在していたわけですから」
「それは、そうかもしれませんが……」
「もしかしたらその子はその神社に祀られていた神に愛されていて、神はその子と一緒にいるから一つの場所で祀る必要もなくなったのかもしれない、だから神社は廃社となった、なんて想像も出来てしまうでしょう?」
「ははは、流石に飛躍し過ぎでは……」
石堀の語る想像は読者が喜びそうなネタではあるし、実際モキュメンタリーのオチにするならウケが良いだろう。だが流石に、今現在も存命であろう人の話をそうやって書き立てるわけにもいかない。
しかしその神は十分ネタになりそうだ。石堀なら詳しく知っているだろうと私は前のめりになる。
「ですが、その神については気になりますね。詳しく聞かせていただけますか」
「何、この地域の土着神ですよ。神社の名前にも冠されていた」
そこで私はもう一度、十五年前の地図、そして十年前の地方紙の記事を見る。
「『銀河神社』……」
神社の名前を口に出した時、ハッとして私は顔を上げた。私の顔を見た石堀は、ニヤリと笑う。
「ね、闇の支配者と戦ったウルトラマンと同じ名前でしょう」
そう語る石堀は、店の照明のせいなのか、赤い光を宿した昏い目をしていた。
「怪しい事件が複数起きた神社に祀られていた神と、この地球を守るウルトラマンが同じ名前……とてもとても、不思議な『偶然』だと思いませんか?」