※シャリ受けワンドロワンライお題「壁ドン」
※キケロガvsギャン後妄想
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シャリア・ブルの搭乗したキケロガは、キシリア親衛隊のギャンを、その大多数の手足のみをビームで破壊するという超精密「砲」撃によって無力化した。
唯一まともにキケロガと渡り合った白い隊長機はキケロガを寸でのところまで追いつめたが、ハクジの無力化によりキケロガが辛勝、隊長機を鹵獲することに成功した。
しかしギャンを鹵獲したMS形態のキケロガの動きは、鹵獲というよりさながら抱擁のようであったのだが──キシリア・ザビによるクーデーターという前代未聞の混乱の最中で、それを気にする者はほとんどいなかった。
◆◆◆
「ヒゲマンさあ、アイツ壁ドンするつもりだったらやめた方がいいよ、勘違いされるから」
ソドンのモビルスーツ格納庫。
ジークアクスのコックピットから降りてきて同じくギャンと同じくソドンに連れて来られたギャンのコックピットを覗きに行こうとしたマチュのすれ違いの言葉に、シャリアは眉をひそめた。
「壁ドンとは?」
「えっ嘘無自覚でやってた? こわ~……」
本気で引いているマチュに、さっさとしなさいとコモリが声を掛ける。マチュはひらりと手を振り、無重力空間の中で身を翻した。
「それじゃ後でねー」
「ええ、後で……ああ、なるほど」
ジフレドの方へ向かうマチュの背中を見ながら、彼女の言う「壁ドン」が何を指すかようやく気付く。
相手を壁際に追いやり、逃げ道を防ぐようにして壁に手を突く、あの動作。あの時は焦りのあまり行儀の悪いことをしてしまったが。
なるほど、若者の言葉ではあれを壁ドンと言うのか……と、シャリアは一つ学習した。
ソドンはひとまず補給基地であり、ジオンにおける事実上の二つ目の首都・グラナダを目指している。
鹵獲されたのはジフレドとキシリア親衛隊隊長機であるギャン、そしてそのパイロット達。
いずれもあのクーデーターの中心にいたが、彼らがニュータイプとしてのキシリア・ザビに利用されていたことはシャリアの目には火を見るよりも明らかであった。自分が五年間で築き上げてきた権力や人脈を使えばどうとでも解放してやれる……シャリアはそう考えていた。
一つ、個人的な悩みがあるとしたら。
親衛隊隊長のエグザベ・オリベとシャリア・ブルは、恋仲であった。
◆◆◆
「気分はどうですか」
独房に足を踏み入れると、部屋の隅で壁にもたれて立っていたエグザベが顔を上げた。手錠こそ掛けられていないがパイロットスーツを着たまま、その顔には傷の最低限の手当てがしてある。
「ずっと放っておいて申し訳ない、この軽い尋問が終わったらシャワーを浴びられるよう取り計らいます」
シャリアはそう声を掛けながらエグザベに近付く。
「悪いようにはしません、尋問というより面談とかそういう性格の物なので」
「……」
ひどく気まずそうに、エグザベはシャリアから目を逸らした。
その仕草がシャリアの胸にチリリとささくれたような痛みを齎す。
先までのマチュとの会話を思い出し、シャリアはエグザベが壁際に立っているのをいいことにその顔の横の壁に両手をついた。
エグザベがハッとして顔を上げる。シャリアより背が低く体格も細いエグザベはシャリアの体の影にすっぽり収まる格好になる。
シャリアはエグザベに顔を近づけ、低い声で尋ねる。
「……後悔は、していませんか」
エグザベは陰の中で今なお光を失わない美しい目で睨むようにしてシャリアを見上げた。
「……ありません。僕は生き延びるために、僕の命を拾ってくださった方のために僕に出来る選択をしました」
「嘘ですね」
「……」
「親衛隊は君同様に身寄りのない難民や戦災孤児が中心。軍事法廷で君が彼らを庇えば確かに彼らの罪は軽くなるかもしれませんが、ここは法廷ではありません。所詮はいち軍艦の営倉であり、私は君の元上官として君から話を聞きたいのです」
「っ……分かっていた筈でしょう、僕はキシリア様からの間者としてソドンに来た。どうして僕に優しくしてくださるんですか。僕の懐を探るためですか」
「今更君の懐を探ったところでなにも出て来やしないでしょう」
親衛隊隊長という身分でありながらキシリアから何も知らされず大虐殺の片棒を担がされたこの青年をひどく哀れに思いながら、シャリアはエグザベを見下ろした。エグザベはなお睨むようにシャリアを見上げていたが、
(ああ、やっぱり綺麗な人だなあ)
うん?
エグザベから聞こえて来た心の声にシャリアは思わず眉を上げた。
(シャリア中佐、やっぱり綺麗な人だ。髪がまだ生乾きだ、きっとシャワーを浴びて髪を乾かす暇もなかったんだ、それなのにこうやって僕に会いに来てくれた。うん、これなら処刑される時も一番新しいこの人の思い出を抱えて死ねるのかな。それならきっと僕は幸せだ)
「待ちなさい、待ちなさい!」
思わず大声を上げたシャリアに、エグザベがびくりと肩を震わせた。シャリアはその両肩に手を置き、エグザベに視線を合わせる。
「君、この小一時間で死への覚悟まで終わらせたって言うんですか? 誰もそんなこと言っていないでしょう!?」
マチュやジフレドのパイロットの方にシャリアが付いていたために代わりにエグザベを営倉まで連行したのはコモリ少尉やコワル中尉だが、彼らは決してそのようなことを言う人間ではない。むしろ彼らはエグザベがキシリアに利用されていた可能性が高いとシャリアに聞かされて同情的になっていたほどだ。
シャリアが見たことも無いほどに焦るのを見て、エグザベは困惑したように首を傾げた。
「ええ、ですが……クーデターを決行した勢力は、その首謀諸に近い者は皆殺しがセオリーなのでは?」
「ッ……」
そのあまりにあっけからんとした言い様に、言葉を失う。
この青年の生死に対する認識が麻痺しているわけではない、と思う。
自分の命の勘定が恐ろしく軽いというのもまた違う。
ただ、「どんなに頑張っても人間死ぬときは死ぬ」という諦念があまりにも絶対的な原則として彼の芯を貫いているだけで。
シャリアは無我夢中でエグザベの体を抱き締めていた。彼がソドンを降りる前、最後に抱き締めた時よりほんの僅かに体格がよくなっている。
「……させませんよ、絶対に」
どういうわけか、シャリアの方が泣き出したい気分であった。己の人生に対する諦念があまりに強烈で、死への恐怖で泣くことも出来ないこの青年の代わりに泣くことが許されるならばどんなに良いか。恋人とは言えジオン軍人である自分にそんな権利があるわけがない。
エグザベは、おずおずとシャリアの背中に手を回した。
どうしてこの人がこんなに悲しんでいるのか分からない。でも、この人には悲しまないでいてほしい。
そんな温かで優しい思念が彼の手から伝わり、シャリアはエグザベを抱く腕に力を込めた。
エグザベはどこか困惑したまま、おずおずとシャリアに尋ねた。
「……中佐は、僕が死んだら毎年花を供えに来てくれますか」
「ッ……そんなことはあと四十年くらいしてから考えなさい」
「生きてていんですか、僕」
「当たり前じゃないですか。君は、生きていていい人間なんです。例え本国やグラナダが何を言おうと、君の味方が誰もいなくても、私が絶対に君を守ってみせますから」
「そっか、僕って生きてていいんだあ……」
エグザベはどこか他人事のように呟いてから、ぎゅうとシャリアを抱き締め返した。
(中佐の腕の力強くて苦しいな、でも嬉しい、この人はまだ僕を好きでいてくれているんだ)
そのどこかピントのずれた感想に苦笑しながら、シャリアは腕の力を緩めた。エグザベはするりとシャリアの腕の中から抜け出すと、床を蹴って無重力に浮遊しながらシャリアの目を見た。
「……シャリア・ブル中佐、僕はどうして貴方がそんなに悲しんでいるのか分かりません。ですが、貴方にはこれ以上僕のことで悲しんで欲しくない、だから理解できるよう努力します。もしかしたらそれが、貴方が望むニュータイプ同士の理解と共感かもしれないと思うので」
シャリアの背後に回ったエグザベは、体ごと振り向いたシャリアの体を壁際に追い詰めた。シャリアの肩を挟むようにしてエグザベの両手が壁に突かれる。
「こんな時にごめんなさい、やっぱり嬉しいので、キスさせてください」
本当にこんな時、だ。あまりに素直な青年にシャリアは苦笑した。
「録音していたらどうするつもりだったんですか」
「していませんよね?」
「まあ、していませんが」
エグザベの顔が近づく。シャリアは目を閉じて、そのキスを甘んじて受け入れた。数ヵ月ぶりのキスは苦かったが、それでも不思議なほどに甘かった。
◆◆◆
一方その頃、隣の独房と隣の隣の独房。
壁越しに伝わってくるそれこれにマチュとニャアンはうるさいと騒ぐことも出来ずひたすら唸っており。
廊下では、何か必死で頭痛を堪えるような顔をしたコモリが立っていたという。