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あまえたい(再録)(ソーヒカ)

 半年振りに再会したパートナーに、強く抱きしめられた。
「……え」
 自分を包み込む、大きくて屈強な体。相手は鎧を身に纏っているのに、その体温が自分に伝わるような気がする。
「会いたかった、ヒカル」
 耳元で囁かれる、その低くて頼り甲斐のある、それでいて優しい声。どきりと、心臓が高鳴った。
「あ……えっと、」
 ヒカルはひどく混乱していた。何を言えばいいのか分からない。何故だろう、顔がとても熱い。
「大丈夫か、ヒカル?」
 ヒカルの様子がおかしいことに気付いたのか、抱擁が解かれ、顔を覗き込まれる。頑健ながらも綺麗に整った顔立ち、兜から覗くブロンドの髪に青い瞳、それが間近に迫り、ヒカルの頬は更に熱くなった。
「……う、うん……大丈夫」
 なんとか呼吸を整えて笑って見せると、「そうか」とソーは安堵の表情を見せた。
「驚かせてしまったようだな、すまない」
「ううん、そんなこと……久し振り、ソー」
「会えて嬉しいぞ……ヒカル」
 ソーに右手を差し出され、ヒカルは自身の右手を伸ばすことで応えた。しっかりと交わされる握手。それはまるで、初めてパートナーになった時をまた繰り返しているかのようで。自然と、またヒカルの頬が熱くなった。

 事の始まりは、ヒカルが通う大学の研究施設で未知の物質が発見されたことだった。
 ヒカルはその物質について詳しくは知らない。ヒカルの専攻とは関係のない研究室の発見であり、その未知の物質についても科学雑誌で読んで初めて詳しいことを知ったくらいだ。
 しかしその物質はどうやら、ヴィランがその物質を求めて大学を襲撃しに来るくらいの凄い可能性を秘めていたらしい。
 ヴィランが大学の研究棟を襲撃し、それがS.H.I.E.L.D.に伝わり、アベンジャーズに伝わり、ソーに伝わり、ヒカルの大学の危機にいてもたってもいられずにソーが飛んできたというわけだ。
 ヴィランの襲撃時、その日は日曜日だったのだが、ヒカルはレポートを書くために大学の図書館にいた。研究棟と図書館の距離はやや離れているためにヒカルの身に直接の危険が及ぶことは無かった。それにソーが到着した時には既に、「たまたま」大学の近くにいたヒーローのノバと、現場に急行したS.H.I.E.L.D.の精鋭チームによってヴィランは追い詰められていた。
 とは言え、ソーが事件現場を取り囲む群衆の中にヒカルの姿を認めるなり抱き締めに行ったこともあって、ヒカルはS.H.I.E.L.D.のエージェントから事情聴取を受ける羽目になっていた。
「アカツキ・ヒカル君。あなたのことは知ってる。半年前のディスク事件でエナジー属性のバイオコードを偶然入手してソーのパートナーになった……」
「はい」
 大学周辺に何台か止まっているS.H.I.E.L.D.の特殊車輌の中には、小型トレーラーの荷台部分が小さな部屋になっているものもあった。ヒカルはそこで、S.H.I.E.L.D.の女性エージェントと向かい合っていた。
「で、セカンドヒーローはノバ。ここまで間違いは?」
「はい、間違いありません」
「……うーん、うちのボスは一応事情聴取をって言ってきたけど、あなたたまたま近くに居合わせただけでしょ?」
「……そう、ですね」
 いきなり砕けた口調になり始めたエージェント。ヒカルは緊張の面持ちで頷くしかない。
「どっちかと言うと、あなたのパートナー達がボスに拘束されてる間に話し相手になってろって感じなの。拘束って言っても悪い意味じゃないよ、ノバについてはS.H.I.E.L.D.も知らないことが多いし、ソーはアベンジャーズの仲間も連れずにいきなりこっち来ちゃったしで。かと言ってあなたに現場をうろうろされるのも困るし、だからとりあえずここにいてってこと」
「そうなんですか……」
「気にしないで、多分すぐに解放していいって言われるし、二人にも会えるはずだから。あなたに会えた時のソー、すごく嬉しそうだったし。まるで恋人に再会した時みたい」
 冗談めかした口調ではあったがそう言われ、ヒカルは思わず先のソーの抱擁を思い出した。また顔が熱くなる。
 恋人に再会した時みたい。それはつまり、自分達が第三者の目には恋人同士のように見えたということではないのか?
 そんな思いを頭から振り払い、ヒカルは顔が熱いのを誤魔化すように尋ねた。
「あの、ソーとノバは今……」
「ボスと一緒。あなたよりきっちり事情聴取されてると思う」
 この人が言うボスとは、さっき現場を指揮していた一見人当たりの良さそうなエージェントの男性のことなのだろうか、とヒカルは察しを付ける。ノバとは初対面だったようだが、ソーは旧知の仲といった感じだった。
「……あ、ちょっと待って」
 エージェントが右耳に手を当てた。右耳の通信機か何かで通信を受けているのだろう。
「……うん、分かった、はい、了解。……もう大丈夫って。ここから出られるよ」
「ありがとうございます」
 立ち上がってトレーラーから出ると、見慣れた大学の景色。そこに混じる、あまり見慣れないS.H.I.E.L.D.の車輌達。そして、
「ヒカル」
 こちらにゆっくり歩いてくるソーの姿。
「ソー!あれ、ノバは?」
「ノバはまだコールの息子と共にいる」
「コールの息子……コールさんの息子さん?」
「うちのチームのボス、コールソンのこと」
 ヒカルに続いてトレーラーから出てきたエージェントに言われ、成る程とヒカルは納得する。
「それじゃあ、二人はもう帰って大丈夫。ノバはもうちょっとかかりそう」
「……えっと」
 ノバを待つべきかどうか迷うヒカルに、ソーが一枚の紙を差し出した。
「ノバから預かってきた」
「ノバから?」
 ソーが差し出したのは、S.H.I.E.L.D.の紋章が薄く印刷されている小さな正方形のメモ用紙だった。そこにはボールペンでこう書かれていた。
『俺のことは気にすんな!それより久々に先パイと会えたんだし、二人でゆっくりしてろよ!』
「えっと……」
 思いがけない親友の気遣いに胸を打たれる一方、心臓の鼓動が早くなる。どうにか平静を保つ。
「それじゃ、僕達はここから出て行った方がいいですか?」
 そう聞いてから、少し早口すぎただろうか、と思う。しかしエージェントもソーも気にした風はない。
「そうしてくれると助かるかな。ソーがいると目立つし……うちのボス、ヒーローには優しいから大丈夫」
「……それじゃあ、ノバのこと、よろしくお願いします」
 ヒカルはエージェントにぺこりと一礼し、改めてソーに向き直った。緊張で、少しだけ体が震える。
「えっと……それじゃ、どこに行こうか?」
「良い場所がある」
「それじゃあ、そこで」
 ヒカルはごく自然な動作でソーに抱き寄せられ、小脇に抱えられた。半年前までなら当たり前のように行っていたその動作で、また顔が熱くなる。
「では、コールの息子によろしく頼む」
「了解、オーディンの息子さん」
 ソーがムジョルニアを振り回し、一気に空へと飛び立った。見送るエージェントが、大学が、町並みが、あっという間に視界の遥か下方へ。久し振りに感じる浮遊感と身体中に当たる風に、ヒカルは懐かしさを覚えて思わず笑い声を上げた。
「どうした、ヒカル」
「ううん、なんだか……これも、久し振りだなって」
「どうだ、久し振りに飛んで」
 ソーの声はなんだか楽しそうだ。ヒカルは釣られて笑みを深める。
「……とってもいい気分、かな」
「そうか」
 フライトはあっという間に終了し、ソーが着地したのは半年前までヒカル達が生活していたトニー・スタークの別荘だった。
「わあ……懐かしい」
 ソーに優しく地面に下ろされたヒカルは思わずそう呟く。
「ここは現在アベンジャーズの基地としても機能している。アベンジャーズのメンバーなら自由に使える」
 ソーはそう言いながら、正面玄関のカードリーダーに懐から取り出したカードを読み込ませた。すると電子音と共に玄関の鍵が開く。
 二人はトニーの別荘へと足を踏み入れた。
 勝手知ってる別荘の中、電気を付けたり設備の確認をしている最中にヒカルは、腕時計の時刻が正午を回っていることに気付いた。
「ソー、お腹空いてない?そろそろご飯の時間だし、何か食べようかと思うんだけど」
「いや、私は空腹ではないがヒカルが空腹なら付き合うぞ」
「あ、そっか……ついさっきアメリカから来たんだもんね。じゃあ、どこか手近な場所にご飯食べに行きたいんだけど……作ろうにも、食材が非常食以外になくて」
「付き合おう」
 という訳で、一度足を踏み入れたトニーの別荘からまた二人は出てきた。ただし徒歩で。ソーはいつの間にやら鎧を脱いで、Tシャツにジーンズ、ジャケットという服装に着替えている。
 いくら鎧を着てないからってすぐにソーだとばれるんじゃ、と思いながら手近なファミリーレストランに入るが、この辺りは外国人が多く住んでいる地域なこともあってソーはあまり注目されない。ヒカルはほっと安堵した。日曜のお昼時ということもあって十五分ほど待った後にテーブルへ。
 ヒカルがドリアとサラダにドリンクが付いてくるランチセットを注文すると、ソーもちゃっかりステーキセットを注文した。
「……お腹すいてないってさっき言ってなかったっけ」
「どうせならばヒカルと一緒に食事をしたい」
「そ、そっか」
「安心しろ、アイアンマンに貰ったこのカードがあればヒカルは金の心配をせずとも良い」
 そう言いながらソーがジャケットの懐から取り出したカードには、アベンジャーズのマークが印刷されている。先ほどソーがトニーの別荘の鍵を開けるのに使ったカードだが、見たところクレジットカードの一種でもあるようだ。
「それ、結局スタークさんが払うってことじゃ……」
 ここにはいないトニーに申し訳なさを感じるヒカルだが、ソーは意に介さずといった様子だ。どうやらアベンジャーズではよくあることらしい。
 程なくして頼んだ料理が出てきたので、二人は食事を始める。
 ヒカルがオムライスを少しずつ口に運びながらソーを見ると、最大サイズのステーキが大きく切られ次から次へとソーの口の中へ消えていく。その豪快な食べっぷりに、ヒカルはつい見惚れてしまった。
「……?どうした、ヒカル」
「いや、美味しそうに食べるなって」
「悪くはないな。そう言えばヒカルは料理をするのだったな」
「う、うん。ご飯はよく作るよ」
「こうしてヒカルと向かい合って共に食事をするのも良いが、私はヒカルの作る料理が食べたい」
 間髪入れずにそう言われ。
「……そ、そっか」
 また勝手に顔が熱くなり、ヒカルは思わず俯いてグラスの水を一口含んだ。冷たい水は熱い頬に心地よかったが、熱はなかなか引きそうになかった。
 食事を終えてレストランを出た後、ヒカルはソーを自宅に招くことにした。あまり長いことトニーの別荘を借りているのも悪気がしたのだ。ソーが快く応じたので、ヒカルはソーを連れて電車で自宅まで移動する。この辺りから自宅までは三十分程度だ。
 ソーと並んで吊革に掴まるのは、なんだか不思議な感覚がした。いつもは鎧とマントを着ている異世界の王子が、今は洋服を着て自分と並んで電車に乗っている。半年前までなら、ヒカルが電車に乗る時はソーはディスクの中だった。それが、こうして並んで町中を歩き、乗り物に乗っている。
「……ソー」
「どうした、ヒカル」
「……なんだか、不思議な気分だなって。さっきからこうやってソーと並んで歩いてるのが。半年前までずっと一緒にいた筈なのにね」
「そうだな。時間制限もなく、常にお前と同じ目線に立っていらる」
「それが、すごく不思議でさ……ごめん、変なこと言って」
「気にするな」
 ソーの大きな手がヒカルの肩を優しく叩いた。
「私はむしろ嬉しいぞ、こうしていつでもお前に触れることが出来る」
「…………」
 その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。そして理解した時、またぼっ、と。顔から火が出たかのように感じた。
「あ……そ、そういうことは……!こういうところで言わないで……!」
「?」
 ヒカルが声を絞り出すので精一杯な一方でソーは涼しげな顔だ。運良く乗り換え駅に着いたので、ヒカルはソーを引きずるようにして電車から降りた。

 地元の駅に着いてもなお、ヒカルの顔は熱いままだった。心臓もばくばく鳴っている。
 自然、ソーを自宅に案内する足が少しだけ早足になる。しかしヒカルにとっての早足はソーにとって早足でもなんでもないようで、ソーは悠々と付いてくる。
 入居しているマンションに到着すると、マンションの玄関前でヒカルはどうにか落ち着こうと一度大きく深呼吸した。
「どうした、ヒカル」
「……ソーのせいだ……」
「?」
 心配そうな顔のソーが少し恨めしい。とは言え深呼吸したことでだいぶ落ち着くことができた。
 マンションに足を踏み入れ、自宅へ。玄関のドアを開けてみると、アキラはいないようだった。
「遊びに出掛けちゃったのかな」
 スマホを確認してみると、友達と遊びに出掛けてくるというメールがアキラから届いていた。帰りは夕飯前になるようだ。
「アキラはしばらく帰って来ないみたい」
「そうか。相変わらず元気なようだな」
「うん。将来スタークさんと一緒に働くんだって勉強も頑張ってる。あ、ソーはそこのソファに座ってて。今お茶を淹れるから」
「いただこう」
 電気ポットで急いで湯を沸かし、二人分の紅茶を淹れる。お茶うけのクッキーも用意してソファ前のローテーブルに並べると、ソーが感心したように呟いた。
「改めて目の当たりにして驚いた。ヒカルは本当に多くのことが出来るな」
「そ、そんなことないよ……」
 面と向かって褒められると照れ臭いが、満更でもない。
「ミッドガルドに来るのも久しぶりだが、ヒカルが元気にやっているようで安心した」
「僕も、久しぶりにソーに会えて良かったよ」
 床に座ろうとすると、ソーが不服そうな顔でぽんぽんと自分の隣のソファの空いたスペースを叩いている。
 まるで大きな子供みたい。くすりと笑いながらも、ヒカルはソーの隣に座る。
「……ヒカル」
「なに?」
「触っても?」
「…………へ?!」
 ソーの突然の申し出に、声が引っくり返る。
「すまない、急に触れると驚くようなのでな」
「それは驚くよ……触るって、その、どこに……」
 そう聞きながらも、先の心臓の高鳴りがまた蘇る。頬も熱くなる。
「そうだな……髪は大丈夫か」
「う、うん」
 すると、ソーの大きな手がヒカルの顔に向かって伸びてきた。その指先が、優しくヒカルの髪に触れる。そしてヒカルの髪を優しく、慈しむように何度か梳く。
 その感触がなんだか心地好くて、ヒカルは目を細めた。
 しかしソーが手を離したので、ヒカルは思わずソーの手を掴んだ。
「待って……その、」
「どうした、ヒカル」
 ソーの声は優しく、不思議と甘やかだ。その声にくらりと酔ったかのように、熱に浮かされたようになる。
「ソーが良ければ……もっと、触っていいよ。ソーの手、すごく安心する……」
「……ヒカル」
 ヒカルが身を委ねるようにソーにもたれかかると、ソーは微笑みながら両腕でヒカルを包み込んだ。ソーの肩に頭をうずめると、ソーは笑いながらヒカルの頭を撫でた。。
「どうした、随分と甘えてくるな」
「甘えてる、のかな……そうかも」
「好きなだけ甘えて来い」
「ありがとう……そうさせて」
 ソーはヒカルを抱きしめながら、頭や背を優しく撫でた。
 こうして誰かに優しく抱かれることは久しくなかったせいか、ソーの抱擁は不思議と懐かしさと安心感を呼び起こす。
 母親が死んで少しした頃のことをふと思い出した。夜遅くに酔っぱらって帰って来た父親に抱き付かれたことがあった。父さんが母さんを抱き締める時はいつもこうしていたんだろう、と思わせるような、甘えるような抱き方だったのを今でも思い出す。母の形見のエプロンを着ていた息子を亡き妻と錯覚したのだろう、とヒカルの冷静な部分は言う。だがそれ以来、ずっとこうも思っていた。
 僕も誰かに寄り掛かることが出来たら、と。
 ずっと封じ込めてきたその願望を、ソーはいとも容易く叶えてしまった。
「ねえ、ソー」
「どうした、ヒカル」
「……ありがとう、僕のパートナーになってくれて」
 ぽろりと出たその言葉。ソーは「そうか」と嬉しそうに笑う。
「ならば、スパイダーマンに礼を言わなければならないな。スパイダーマンのおかげで私達はこうしてパートナーになったのだろう」
「ふふ、そうだね」
 優しく抱かれながら交わす言葉は、温かいスープが冷えた体の芯に沁み込むように心地よい。
 どうして彼の抱擁はこんなにも心が安らぐのだろう。さっきまで彼の言葉や行動にあんなにも動揺していたのが嘘みたいだ。
 そんなことを思うヒカルはいつしか、うつらうつらと眠気に覆われ始めていた。
「どうしたヒカル、眠いのか」
「ん……ごめん、そうみたい」
「私のことは気にせずに眠るといい」
「ありがと……」
 その言葉を最後に、ヒカルは意識を手放した。

 ヒカルが眠ったのを確認し、ソーは一つ、息を吐き出した。
 腕の中で眠るヒカルは、アスガルド人のソーが少しでも力を込めて強く抱きしめれば容易く折れてしまうのではないかと思ってしまうほどに華奢に見える。
 ヒカルに触れたいと思っているのは私の方なのに、どうしてこの少年はこうも容易く私に身を任せてしまえるのだろう。少し心配になるが、それはきっとヒカルからの信頼の証しなのだろう。そして、もしかしたらそれ以上の――
(だが、私たちにそれは許されるのだろうか)
 気が付けば、この少年は自分の心を大きく占める存在になっていた。会いたいと、半年間ずっと思い続けて来た。この少年に対する思いが恋慕だと気付いたのは、その時だった。
 生きる世界が違う。寿命が違う。何もかもが違う。
 それでもずっと対等な「パートナー」であり続ける筈だ。だがもし、その先に進んだら?
 分からない。どうなるというのだ?
 初めて感じる類の恐怖を胸に秘めながら、ソーは少しだけ、ヒカルを強く抱き締めた。

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これも書いているときに見ていた映画ドラマの影響が露骨に出ているシリーズです。コールソン映画復帰おめでとう……
兄さんの生活圏で何かあったら日本にすっ飛んでくるソーとそのおかげで結構な頻度で再会してる兄さんのソーヒカが好きです。

闇への誘い(再録、タイトル変更)(ソーヒカ)

32話放送前にどうにか消化したくて書いたものです。

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「ソー」
 耳慣れている筈の優しい声で、目の前の少年――ヒカルは己の名を呼ぶ。
 いつの間にか目の前に踏み込まれ、ソーは背中に冷や汗が伝うのを感じた。ムジョルニアを握る手が震える。
 ヒカルは、いつものように穏やかで優しい笑みをたたえてソーを見上げている。平時であれば、彼より遥かに長い時を生きているソーですら、故郷の母を思い出すような慈愛に溢れた笑顔だ。しかし今のヒカルの笑顔は、ソーの目にはとても恐ろしいものに見えた。
 慈愛の中にどこまでも広がる仄暗い深淵を抱いているかのような。温かさの中に全てを凍り付かせる冷気が潜んでいるかのような。あまりにもアンバランスなその表情は、得体の知れない恐怖となってソーをじわじわと蝕む。
「ソー、どうしたの?僕を見て?」
「っ……」
 ヒカルが右手を伸ばしてソーの頬にそっと触れる。ソーはそのあまりに冷たい指先に眩暈を感じた。だが、動けない。ヒカルの指はまるで体の自由を奪う魔法のようだった。
「……本当に、お前はヒカルなのか」
 どうにか声を絞り出すが、その声はあまりにも震えていた。手にしたムジョルニアが重く感じる。
「何言ってるの?僕は僕だよ」
 左手もソーの頬に触れたかと思うと、ヒカルはくすりと笑う。
「ふふ……僕は何も変わってないよ」
 ヒカルは爪先を上げると、自身の顔をソーに近付ける。その優しいけれど暗い表情は、蠱惑的にすら映る。
「ねえ、」
 深淵に引き込まれるかのように、その瞳に吸い寄せられる。
 何故だかは分からないが、ソーはその瞳に、共に育った弟の姿が重なるのを感じた。
(ああ……同じだ、あの時と)
「ねえ……僕を見て」
(違う、ヒカルはロキとは違う筈だ)
「この力があれば、何だって出来るんだ……アキラを守ることも、ロキを救うことも」
 ヒカルは手を滑らせて、両腕をソーの首に回した。自然、ソーはヒカルに抱き締められる形になる。ソーは、動けない。ただヒカルのなすがままにされるだけだ。
 眩暈が一層強くなる中で、ソーはヒカルの甘い蜜のような声をただ聞いていることしか出来ない。
 ソーの髪を撫でる手は、幼い頃故郷にいた時の母を思い出させた。温かい雲に包まれているかのように夢見心地になる。
「僕と一緒に強くなろう?ソー」
 耳元で囁かれ。
 ソーの手の中からムジョルニアが滑り落ちた。
 ムジョルニアが地面にめり込む轟音と共に、ソーは、自身の中で何かが崩れるのを感じていた。

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男のヒロイン闇落ちはロマン。

ハロウィン前夜(再録)(ソーヒカ)

「……これでよし」
 トニー・スタークの日本別邸のキッチン。クッキーのアイシングを終えたヒカルは満足そうに頷いた。
 ジャック・オ・ランタンやおばけ、コウモリといった形にくり抜かれたクッキーに、色とりどりのアイシングで可愛らしい飾りつけが施されたクッキーがキッチンペーパーの上にずらりと、そしてぎっしり並んでいる。
 ソー(のホログラム)は、そのすぐ傍に立って大量のクッキーをまじまじと眺めている。
「後は乾くのを待つだけだよ」
「ヒカルの料理の腕は素晴らしいな、我がアスガルドのどの料理人にも劣らぬ」
「ありがと、ソー」
 ヒカルは嬉しそうに笑ってソーを見る。
「このハロウィンという行事の度に、ヒカルはこのように菓子を作っているのか?」
「まあ、毎年アキラにねだられるしね。ついでだし皆の分も作ろうと思って」
「ふむ……出来る事なら私も食べてみたいのだが、この体では難しいな」
「こんなのいつでも作れるよ。ソーはご飯とか食べるの好き?」
「うむ。食は全ての基本だ。腹が減っては戦は出来ぬし、仲間と共に美味い酒と美味い食事を楽しむひと時は格別なものだ」
「そうか。じゃあ今、ディスクの中だからご飯が食べられないのは辛いんじゃない?」
「辛い」
「あはは……それじゃあさ」
 ヒカルはアイシングの道具を片付けようと、一旦止めていた手を動かし始めた。そして何気なく、思い付いたことを言う。
「ソーがディスクから解放されたら、いくらでも作ってあげるよ。ソーは何の料理が好き?」
 その言葉に、ソーはしばし沈黙した。不意を突かれたように目を見開いてヒカルを見、しかしすぐに表情を緩める。
「そうだな……地球の料理にはまだ明るくないのだが、酒に合う美味い肉料理を食べたい」
「分かった。ちょっと味を濃くすればいいかな……?」
 シンクに道具を移し、水道の蛇口を捻るヒカル。
「僕まだお酒飲めないから良く分からないけど、頑張ってみる」
「それから、ヒカルが今作ったその菓子、それとどうせならヒカルがいつも作って食べている物を食べたい」
「ふふ、分かった。でもこれはハロウィンの時専用のお菓子だから、また来年のこの季節になったらね」
「男の約束は絶対だぞ、ヒカル」
「分かってる」
 まるで子供のようにねだって来るソーにくすくすと笑いながら、ヒカルはスポンジに洗剤を少しだけ出してスポンジを泡立てた。
「実は我が故郷にヒカルを招待したいとも思っている」
「え、本当に?」
「ああ。地球からアスガルドへ行くために虹の橋を渡るのだ。美しい眺めだ、ヒカルに見せたい。それに私と肩を並べて戦う戦士であるお前を我が故郷に招かぬ理由などない」
「そ、そっか……ありがと、ソー」
 照れくさそうに笑うヒカルに、ソーは満足げに笑って頷いた。

 そして、

「中に入って行きにくい……」
「何故だ、クリス?」
「うるせえ……」
 かぼちゃプリンの材料が入ったビニール袋を両手に提げ、ヒカルとソーの会話をずっと聞いていたクリスは、キッチンの入り口前で天井を仰ぐのだった。

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クリス君には本当に申し訳ないことをした

スノードーム(再録)(ソーヒカ)

未来捏造とかディスウォ時空F4捏造(言及だけ)とか割と好き勝手やってます

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 一緒に暮らし始めてすぐに分かったことだが、ソーは機械音痴だ。機械の調子が悪くなったらすぐに叩くし、あるボタンはとりあえず全部押す。操作は全てフィーリング。
 調子が悪かったらとりあえず叩くって、ブラウン管テレビじゃあるまいし。そもそもブラウン管テレビだってソーの怪力に耐えられる性能のものは存在しなかっただろう。
「だからソーは、機械になるべく触らないでこの箒と塵取りを使って玄関を掃いてきて」
「……分かった」
 箒と塵取りを受け取った時のソーの不服そうな表情に、思わず笑いが込み上げる。
「大きなゴミを掃いてくれればそれでいいから。後は僕が掃除機で仕上げて終わり。ね?」
 今日は12月20日。
 ヒカルとソーは、ヒカルがニューヨークから日本に帰省する前に共に生活しているアパートの大掃除をしていた。だいたいのゴミはもうまとめて玄関前に置いてあるので、換気をしながら埃を取るだけ。
換気のために開け放した窓から吹き込む冷たい風に、ヒカルは肩を震わせた。
「少し寒くなって来たね、早く終わらせよう」
「そうだな」
 ヒカルが掃除機のスイッチを入れると、ソーは箒と塵取りを持って玄関へと向かった。

「お疲れ様、ソー。はい、ココア」
「うむ、ありがとう」
 ソーとソファに並んで座ってマグカップに入れたココアを両手で包み込むと、温かさがじんわりと冷えた指先にしみる。一口すすれば、喉を伝って胸まで甘く温かいものが広がった。
 ソーがしみじみとこう言う。
「地球の季節の移り変わりは、慌ただしいな。アスガルドの時は、もっとゆっくりと流れる」
「そうなんだ」
「ああ。だが、慌ただしい分愛おしくも感じる」
「……そっか。僕達人間にとっても、1年はあっと言う間だよ」
「だが、地球は季節ごとに様々な祭りをするのが楽しいな」
「お祭り?」
「そうだ。地球の中でも、地域によって全く違う祭りで季節を祝っているのが面白い」
 ソーの目は自分を見ていなかった。ヒカルがソーの目線を追うと、ソーは、ソファの前にテーブルに置いてあるスノードームを見ていた。ベルのように裾が広がった鈍い金色の台座の上に透明のボールが乗ったスノードーム。その中では、綺麗に包装されたプレゼントに囲まれたずんぐり太った熊が、サンタの帽子をかぶって座っている。その周りには白い雪が積もっていた。
「地球に来るようになってそれなりになる。クリスマスも何度か経験したが、あの置物は初めて見た。あれは何だ?」
「スノードームだよ。リチャーズさん……最近、研究を見てもらってる先生の奥さんに貰ったんだ。クリスマスプレゼントにって」
「スノードーム……面白いものを考えるな、人間は」
 ソーがスノードームを手に取ると、中で白い雪がふわりと舞って熊にふりかかる。
「おお!」
 ソーの顔が無邪気な子供のように輝くので、ヒカルはくすりと笑った。
「スノードームなら、こっちにたくさん売ってるよ」
「うむ、アスガルドの友にも是非見せたいものだな」
 ソーがスノードームをテーブルの上に戻すと、雪がふわふわとスノードームの底に積もっていく。ソーはまだスノードームから目を離せないようだ。
本物の雪でない事は見れば分かる。しかし、その白い物は水で満たされたガラスのドームの中で不思議な白い世界を作り上げているのだ。ソーはどうやらその白い世界に魅せられてしまったらしい。
 ヒカル自身も、スノードームは嫌いではない。だが、ソーがスノードームにすっかり心奪われているのを見ると、スノードームが一層特別なものに見えて来た。
「何なら、お店回ってみる?冷蔵庫の中身も空にしちゃったし、今日の晩御飯は外で食べようと思うんだけど」
「それはいい提案だな。そうしよう。それに最近、町中がとても光り輝いているのが見える。あれを近くで見てみたいのだが」
 冷静を保ちつつも、ソーの声はそわそわと落ち着きが無い。
 北欧神話の神様なのにすっかりクリスマスに中てられてる、そう思うとなんだかおかしくて、自然と笑いが込み上げて来た。