タグ: 竜弦

■■■0.5mg錠 30日分(一心と竜弦)

「なあ、本当に薬効いてんのか?」
 ひと月に一度、誰にも知らせることなく通っているその町医者の言葉に、竜弦は眉をひそめた。
「ごちゃごちゃ言っている暇があるならさっさと処方箋を出せ」
「はー……」
 黒崎一心はこれ見よがしに深々とため息を吐きながら、慣れた手つきでカルテにペンを走らせる。
「一応心配してんだぞ。月イチでお前の様子見れるから診察してっけどよ」
「知ったことか。私は貴様に処方箋以外何も求めていない」
 一心のお節介も厚意も全てが鬱陶しかった。決してそれらを押し付けられている訳では無い、ただこちらの話を真面目に聞こうとしているその姿勢だけで竜弦にとっては余計なお世話であった。
 放っておいて欲しい……そう思いながらも毎月のようにこの男の病院に通って睡眠導入薬を処方されている。薬の作用で無理矢理意識を落とさなければ、眠ることすらままならない。
 本当に薬が効いているのか単なる思い込みなのか、もうそれすら分からない。
「まあ、今月も来たってことは先月と特に変わらずってことだろうから今月も出すけどよ……本当に、まだ今の薬は効いてるんだな?飲んでないと眠れないんだな?」
「……ああ」
「依存してないってはっきり言えるか?」
「そのような様になるくらいなら睡眠を捨てる」
「例の術は?無理矢理寝れるやつ」
「効果があれば貴様のところになど通わん」 
「おーそうですか……」
 強いってのは難儀だねえ、と呟きながら、一心はペンライトを手に取った。
「瞳孔一応見せろ、心音も」
「…………」
「んな顔するな!病院嫌いのガキか!」
 ここで変に抵抗しても意味がないので、言われるがまま瞳孔を見られ、聴診器を当てられる。
「雨竜君は元気か?一護と同い年ならもうすぐ四年生だろ」
「……ろくに会話していないが、霊圧を見る限り元気なのだろうな」
 眼鏡の位置を直してシャツのボタンを留めながら答えると、一心が渋い顔をしたのが視線を上げなくても分かった。
「ちゃんと話せよ、互いのためにも」
「貴様には関係ない」
「全く関係ないってこたぁねーだろ……一応お前は義理の従兄弟だしい?」
「反吐が出る」
 スーツを整えてそう言い捨てながら立ち上がり、診察室のドアに手を掛ける。
「おいこら!勝手に出てくな!」
 一心が何か言っているが、これ以上は時間の無駄と判断した竜弦は診察室を出た。そしてさっさと待合室の受付に向かい、財布から現金を出す。
 日頃受付を担当している事務はいない。この毎月の診察は休診日を利用しており、会計も全て一心手ずから行っている。
 要らぬ負担を掛けている、という自覚はある。休診日と言えど事務が出勤する可能性はある中でもこの日だけは竜弦が一心以外と顔を合わせないようにと一心が配慮している……それも無論、理解している。
 それらを何でもない顔でしてのけるこの男の決して押し付けがましくない善性は、竜弦の心をざわざわと刺激した。
 一秒でも長く同じ空間にいるだけで、己がとうに無くしたものをこの男が持っている事実を見せつけられて吐き気すら覚える。
 ドタドタと受付まで出てきた一心は慣れた手つきで会計を行っている。
「ほれ、次はいつ来る?」
「これまでと同様で」
「第三木曜日ってことは……20日な、ほれ」
 処方箋と同時に、『クロサキ医院』と書かれた診察券をカウンター越しに返された。
 自分はこの男の善意を利用しているのだ、と月に一度しかカードケースから取り出されない診察券を見て思う。
 本来であれば心療内科に通うべき所を、事情が事情なだけにそれも出来ぬからと半ば脅すような形で睡眠導入薬を処方させた。それから半年以上この「病院通い」は続いている。
 そうしなければ、自分は眠ることすらままならない。
「毎回言ってるが、薬の量減らせそうならいつでも言えよ」
 入口の扉に手をかけたところで、一心が竜弦の背中にそう声を掛けた。
 自分とは何もかもが違う男。その言動の全てが竜弦の心を逆撫で、同時に奥底に触れてくる。
 ──何故貴様ばかりがそうして余裕を持って笑っていられる。
 ──何故そんな男の言葉で、僕は弱くなってしまう。
「出来るものなら、そうしている」
 これ以上触れるな。
 言外にそう込めて一心を睨む。リアクションの確認もせず、竜弦はそのまま扉を押して外へと足を踏み出した。

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【一心と竜弦】カウントダウンのはじまり

「九年前」の竜弦の話。一心視点。ちょっと暗い。

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 一ヶ月ぶりに会ったその男は、黒崎一心の目には酷く憔悴しているように見えた。
「よう!」
 でかい声で呼び掛けながら近付くとじっとりした目で睨まれた。青白い顔、こけ気味の頬、目の下の隈、スーツの下からでも分かるやせ細った体躯、そして体の重心が安定していない。不健康の権化だなこりゃ、と内心溜め息をつきながら自販機で買った温かい緑茶のペットボトルを差し出す。
「元気そうには見えねーな」
「…………」
 渋々といった感じでペットボトルを受け取られる。
 学会の後の懇親会……という名のパーティでこの顔馴染みの姿が見えないので探しに来てみれば、会場の複合施設の中庭のベンチでぐったりと座っていた。
 人付き合いを面倒がる癖に上司に呼ばれればすぐ向かえるようにここにいるんだろう。こいつらしいな、と思いながらその隣に勝手に腰掛ける。
「講演お疲れさん、石田」
「……大したことではない」
「何言ってんだ、お前の歳で講演任されるなんて大したことだろ」
 それどころじゃなかっただろうにな、と心の内で付け加える。
 自分が百年以上生きている事を差し引いて人間の尺度で見ても、目の前で憔悴している石田竜弦という男はまだ若い。正式に医者になったのだってまだ三、四年前というところだ。
 そしてこの男はつい半年前に妻を亡くしている。一人息子のこともあるだろうし、他にも色々と背負い込む羽目になっている。自分も似たような状況ではあるが、この顔馴染みが会う度にやつれていくのは見逃せなかった。
「随分やつれたな。ちゃんと寝てるか?」
「毎日三時間は寝ている」
「それは寝てるとは言わねえ」
「時間が足りない。そうでもしなければ……」
「その前にお前が潰れるぞ。お前が潰れたら雨竜君はどうなる? うちの長男と同い年ならまだ小学三年生だろ」
「…………」
 痛いところを突かれたように竜弦は黙り込む。この男も頭では分かっているのだ。それでも焦りが彼を掻き立てている。
「体の不調があったりは?」
「生憎、体だけは昔から丈夫だ」
「そいつは良かった。だがもうそろそろ若さで無茶出来る歳じゃねえだろ」
「……それでも、私しかいない」
「……ああ、そうだな」
 自分を相手にしているというのに暴言も辛辣な言葉も飛んで来ない。こりゃ相当参ってるな、と一心は判断を下す。
 それでも死神の力を失っている自分に出来る事など、適度にガス抜きをさせてやることくらいなのだ。余計なお世話かもしれないが。
 竜弦が受け取ったまま手に持っているだけだったペットボトルのキャップを開けようとする。余程手に力が入らないのか、少し手間取った挙げ句になんとか開封して一口だけ喉に流し込んだ。
「……お前今日車か?」
「タクシーだ」
「うっわ、金ある……」
「車がどうかしたか」
「いや、それじゃハンドル握るのも怪しいだろ」
「今日は調子が悪いだけだ」
「どうだかなあ……調子悪けりゃいつでもうち来い、診てやるよ」
「……夕べ、夢を見た」
「は?」
 リアリストの極地にいるような眼の前の男が突然夢の話など始めるものだから、一心は目を丸くする。竜弦は地面のどこか一点を見つめながら独り言のような口振りで続けた。
「……雨竜を殺す夢だった」
 竜弦は、言葉を失った一心を見ない。
「目が覚めて、真っ先に雨竜の霊圧を確認した。雨竜は部屋で寝ていて、朝になるときちんと起きて学校に行った。……それでも、夢で私は一度息子を殺した。この手で……」
 竜弦な両手を組んで俯き、ペットボトルを強く握り込む。ペットボトルが僅かにへこむ音を立てた。絞り出すような震える声は懺悔のようだった。
「私はあいつが無事で安堵した筈だった、雨竜だけでも無事で良かったと、そう思ったはずだった。叶絵が倒れてからは毎朝雨竜に異常がないことを確認した、叶絵が死んだ後も雨竜が生きているならば叶絵の思いは無駄にならないと、何事にも関わりなく真っ当に生きて欲しいから霊力を奪おうとすら思った、それなのに……」
「なあ石田、夢の中のお前は、雨竜君を殺した後どうなった?」
 一心がなんとか尋ねると、静かに答えた。
「死んだ。……自分で自分の大動脈を切って、死んだ」
「……そうか。夢の中のお前は、自分を許せなかったんだな」
「…………」
 竜弦は黙りこくる。一心はひどく小さく見えるその背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「お前はちゃんと戦えてる」
「夢で息子を殺した男がか」
「夢は夢だ。その夢を見た自分をお前は許せない、今はそれでいい。後は自分でしっかり解決しろ」
「……宗弦が言っていた。雨竜はこのままだと、私に並ぶ滅却師になると。……突然変異的な天才だと」
「それが嫌なんだな、お前は」
「叶絵が倒れてから、何度も雨竜から霊力を奪おうとしたが、出来なかった。封印しようとしても効果はなかった。そうしている間にも雨竜は滅却師として確実に能力を身に付け始めている」
「……子供の成長ってのは、俺らが思ってるよりずっと早いもんだ。どう向き合うかきちんと考えた方がいい」
「……どう向き合うか、か」
 あらゆる能力はひどく優秀でありながらひどく不器用なこの男のあり方を、一心は嫌いになれない。きっと「九年後」に迫ったタイムリミットまで人知れず死に物狂いで戦うつもりなのだろう。誰にも頼らず、たった一人で。だからこそ放っておけないと思うし、既に潰れかけているのを何とか支えたいと思う。
 無論、死神の力を失っている自分に出来る事はひどく限られているが。
「ようし石田、パーティーフケてラーメンでも食って帰るか!」
 そう高らかに宣言してベンチから立ち上がると、竜弦は深々と溜め息を吐き出してから顔を上げて冷たい目で一心を見た。
「学生か貴様は。……生憎、私はお前と違って病院の経営者一族の人間としてある程度挨拶回りや情報交換の必要がある。帰るならお前一人でさっさと帰れ」
 調子が戻ってきたみてえだな、とニヤニヤ笑うと「気色が悪い」とばっさり斬られた。

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このおっさん二人の関係性が好きです。

【石田親子】三月某日(再録)

「……遅い」
「は?」
 むっとしながら玄関で家主を出迎えると、随分間の抜けた返答が返って来た。
「とりあえずお帰り。ご飯なら用意してある、お風呂も用意してあるけど今のあんたは入浴してそのまま寝て溺れそうだから駄目だ。まずはさっさと、ちゃんとご飯を食べろ」
「……分かった」
 何が起こっているのか分かっていなさそうな顔で頷かれる。仕事が余程忙しくて帰宅するなり頭の回転が鈍ったのか、それとも今日は僕がいるということを完全に忘れていたのか。後者だな、と一人で納得しながら竜弦から鞄と薄手のコートを受け取った。
 ダイニングで待っているよう言ってからそれらを竜弦の寝室まで運んでやる。
 広い家だ。僕が生まれる前までは使用人も何人かいたらしい。二年と少し前までは僕と竜弦の二人だけが住んでいて、最近は僕がたまに帰るようになった。つまりその間はあいつ一人だったわけだが。
 ──本当に、僕がいない間どうやって生きていたんだこの父親は。
 率直に言って、久し振りに足を踏み入れた時のこの家にはあまりにも生活感がなかった。僕が嫌々ながらまだこの家で生活していた中学時代までの方が僕が家事をしていた分まだまともだった。掃除も洗濯も何もかもが家事代行サービス任せで食事は基本外食だと言われた時は流石に頭が痛くなったし冷蔵庫にもなんとペットボトルの水と酒しか入っていなかったのだが、同時に竜弦が二年間どれだけ家に帰らなかったのかも感じて少しだけ罪悪感は湧いた。竜弦に、ではなくこの家に対して、だけど。
 竜弦は家事が出来ない。いや、正確には、出来ないことはないがやっても出来が酷い。母さんは体が弱かったから、たまに母さんが体調を崩した時に手伝おうとしていた記憶はあるにはあるのだが、竜弦が何かしようとすると母さんが起き出して来た。あれは多分不安で見ていられなかったんだと思う。
 母さんが死んですぐの頃は、定期的に竜弦の知り合いの人が家に作り置きのおかずなんかを持って来てくれていた。その間に僕も家事に色々慣れることが出来た。元より母さんから色々教わっていたのもある。……あの時の「知り合いの人」が黒崎のお父さんだったと知ったのは、ついこの前のことだ。
 一人で生きていけそうなこの父親が意外と色々な人に心配されて生きてきたことを、家に帰るようになってから実感した。
 鞄とコートを然るべき場所に置いてからそそくさとダイニングに戻る。
「そうか、今日はお前がいる日だったな」
 ようやく頭が動いてきたのか、ダイニングテーブルに着席していた竜弦は僕を見るなりそう言った。
「そうだ。最近随分物忘れが激しいんじゃないか」
 僕が帰ってくる日も忘れるなんて、気が抜けすぎだ。
 呆れてそう返してやりながらダイニング併設のキッチンで鍋の中のスープを温め始める。冷蔵庫から下拵えした魚と白ワインと適当に作ったおつまみを出して、ワインとおつまみは竜弦のところへ持って行く。
「……気が抜けている、か」
 僕がワインをグラスに注いでいるのを見ながら竜弦は呟いた。
「もう常時気を張る必要もないだろう」
「…………」
 それを言われてしまうと、何も言い返せなくなりそうになる。それでも言わないといけないことはあるのでしっかり言わせてもらうことにする。
「だとしても僕がいる日くらいは把握しておいてくれないか、僕がやりづらくなる。僕が食事を用意しているのに外で食べてきたとかやられても困るんだよ」
「善処する」
 これは反省していないな、と全く悪びれていない顔を見て判断する。
 そういう時のために、こういう日でも無いときは意識的に作り置き出来る物ばかり作っている。幸いにも今までは、その日の夕飯のために作ったものは全てその日のうちに完食されているが。
 僕はキッチンに引き返すとさっさと夕飯を仕上げた。
 魚はホイル焼きにして、付け合わせの野菜で彩りを添える。スープはコンソメとタマネギ。洋風のメニューに合わせて皿にご飯を盛る。量は控えめだがもう夜九時を回っているからこれくらいの方が良い。自分はともかく向こうはもう若くないと言われ始める年だ。……本当は七時に帰って来ると聞いていたのだが、それはともかく。
 二人分の皿をテーブルに並べていくと、竜弦が意外そうに僕を見た。
「お前もまだ食べていないのか」
「あんたが帰って来るのを待ってたんだから当たり前だろ」
「……そうか」
 何故だかその声はいつもより少しだけ柔らかく聞こえた。夜遅い帰りにしては珍しく機嫌がいいみたいだ。
「いただきます」
「……召し上がれ」
 竜弦が静かに食卓に手を合わせる。家に帰るようになって思い出したことなのだが、世の全てを嫌っていそうなこの男でも、食前には手を合わせる。
 二人きりの食卓に、会話はほとんどない。それでも、僕が中学生になってからは二人で食卓につくこと自体がほとんどなく、高校に上がると同時にそのまま家を出たことを考えると大した進歩だと思う。
 竜弦は黙々と食べている。普段竜弦から料理に対してまともな反応を貰えることなどない。ただ作ったものは毎回完食するし作り置き用にタッパーに詰めて残しておく物も必ず全てなくなるので、それが答えだと思っている。
 それでも今日のホイル焼きは思うところあって選んだ料理だったので、僕も食事を進めながらそっとその様子を伺った。
「……雨竜」
「な、何」
 唐突に竜弦が声を出したので思わず声がつかえる。竜弦は口元に手を当て、真剣な目でホイル焼きが乗った皿を見ていた。
 しばしの沈黙の後、竜弦はまたナイフとフォークを手に取った。
「……いや、なんでもない」
「そう、か」
「……うまいな」
「えっ」
 ぽつりと、こぼれるような言葉だった。それでも初めて聞く言葉に思わず心臓が跳ねる。
 竜弦は一口、また魚を切って口に運ぶ。咀嚼して、喉を上下させ、
「うまい」
 噛み締めるように竜弦はもう一度呟いて、微かに口元を緩めた。
 それはもう何年も見ていない、いや、ほとんど生まれて初めて見る竜弦の笑顔で。
 頭が真っ白になった僕は、床から響いた金属音でフォークを手から滑り落としたことに気が付いた。

【石田家】November 6th, PM11:06

「はい、今日の夜ご飯はオムライスとポテトサラダ、それから雨竜と一緒に作った雨竜の誕生日ケーキです」
「ありがとう、いただきます……今年も間に合わなかったな」
「雨竜、頑張ってたのよ。お父さんが帰ってくるまで起きてるんだって。結局、寝ちゃったけど」
「……息子の誕生日会にもろくに立ち会えない父親か。雨竜にはいつか怨まれるな」
「雨竜はちゃんと分かってるわよ、医者が忙しい仕事だってことくらい。それにプレゼントだってすごく喜んで……」
「それでもだ。父である私より祖父の方に懐いても仕方がない」
「竜弦さん……」
「もう少し、病院内での地位が上がれば休みも取りやすくなるんだろうがな」
「お願いだから、無理はしないでください。私も旦那様もいるとは言え……その、旦那様はお年を召していらっしゃるし……」
「ああ、分かっている。……叶絵、お前もしばらく体調はどうなんだ。寒暖の差が激しくなってきたが」
「私は最近は調子が良くて……きっと、晴れた日が続いているからね」
「そうか、それは良かった。……ところで、このポテトサラダ……」
「なに?」
「人参が随分と可愛らしい形をしているな。これは、星か?」
「雨竜の誕生日だもの、少しくらい特別にしてみるのもいいかしらって思って。型抜きも雨竜と一緒にやったのよ」
「そうか」
「雨竜は、私が縫い物をしている時ずっと傍で見てるから、きっとこういう細かい事とか、何かを作るのが好きなのね。幼稚園でも、工作は人一倍頑張ってやっているみたいだし」
「職人やデザイナーが向いているのかもしれないな」
「でもこの間、将来の夢はお医者さんだって絵に描いてたじゃない」
「……そうだったな」
「……ねえ、あなた……、!」
「! ……起こしてしまったか」
「雨竜の部屋まで聞こえるわけはないんだけど……」
「……んんー……おとうさん……?」
「雨竜、どうしたの? もう十一時よ」
「おとうさん、かえってきた……?」
「ああ、さっきな。ただいま」
「えへへ、おかえりなさい」
「……雨竜、お父さんが帰ってきたって、どうして分かったの?」
「……? わかったから……」
「……そうか。誕生日おめでとう、雨竜」
「おとうさん、プレゼントありがとう……」
「もう遅いから寝なさい」
「んー……」
「ほら、しっかり掴まって」
「うん……」
「寝かせてくるよ」
「ええ……」

「ほら、お休み雨竜」
「ねえおとうさん……」
「なんだ?」
「おかあさんとつくったサラダとケーキ、おいしかった?」
「もちろん、とてもおいしかったよ。さあ、明日も幼稚園だろう、もう寝なさい。ちゃんと布団を被って、目を閉じて」
「おやすみなさい……」
「ああ、おやすみ」
「ん…………。……」
「……眠ったか」

「お帰りなさい。……ねえ、さっきの雨竜……」
「分かっている。……霊圧感知能力の成長が、思っていたよりも早いな」
「私、ちゃんと確認したのよ。九時にはもうちゃんと……」
「眠っている間でも感覚として捉えてしまうんだろう。……雨竜が眠っている間は、もう少し霊圧を抑えた方が良さそうだな。それから、霊気避けの結界も用意しよう。私が帰ってくる度に起きるのでは、雨竜の体に良くないだろう」
「……早すぎる、と思うのは気にしすぎかしら? だって雨竜は純血じゃないのよ、なのにこんなに……」
「それでも滅却師としての能力は十分すぎると言うことだ……出来ることなら、滅却師としては育てたくないのだが」
「でもそれは、」
「分かっている。……分かっている、この町で生活する限り整も虚もついて回る、何も教えないのは酷だ」
「……それでも、あの子には滅却師になってほしくない。そうでしょう?」
「……」
「ごめんなさい、ご飯食べてる時にこんな話……」
「いいんだ、いつかはしなければならない話だ。……いつか雨竜自身が選択できるようになれば、それに越したことはないんだが」
「……そうね」
「……しかしこのケーキ、随分と甘いな」
「雨竜に合わせてるから……それにあの子、張り切ってクリームを厚く塗りすぎちゃったみたいで」
「だが随分丁寧に塗られているな……そうだ、雨竜になにか手芸でも教えてみたらどうだ。針を使わないことから何か……」
「それはいいかもしれないわね、もうすぐ寒くなるし、一緒に手編みのマフラーでも作ってみようかしら。あの子物覚えがいいから、きっとすぐ上手くなるわよ」
「それは楽しみだな。……ごちそうさま。うまかったよ」
「お粗末様でした、食器は私が片付けるからそのままにしておいて。お風呂湧いてますよ」
「ありがとう。お前もあまり遅くまで起きていると体に障る、片付けたら私のことは気にしないで早く寝た方がいい。……いつも言っているだろう、私の帰りは待たなくて良いと」
「ええ。でも今日くらいは、ね?」
「……まあ、そうだな」
「ふふ。明日は夜勤だったかしら?」
「そうだ。午前の間は家にいる」
「なら、今からゆっくり体を休めて」
「ああ、ありがとう……お休み、叶絵」
「……お休みなさい、竜弦さん」

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2016年の石田誕に間に合わせるために最終巻発売日から2日で特急で書きました。
真面目に計算していたら気付いたのですが雨竜が幼稚園児の時の竜弦って下手したらまだ研修医とかでは……?