ポッ●ーの日(再録)(和愁)

西陽差し込む教室にて

 11月11日。火曜日。スクールのレッスンが入っていない、いつもと少し違う平日。
 窓際の席に座っていると、窓から差し込む日差しが暖かくて気持ち良くて。いつの間にか机に突っ伏して眠っていたら、とっくに六時間目も終わって放課後になっていた。窓からはオレンジがかった西陽が差し込んでいる。
 愁は身体を起こし、凝り固まった上半身をストレッチで解す。
 暖房の入っていない教室は少し肌寒くて、元から体温の低い指先が一層冷たくなっていた。手を結んで開いてを繰り返していると、ガラリと教室のドアが開いた。
「おっ愁!起きたか?」
 その声にドアの方を見ると、スクールバッグを肩から提げた幼馴染みの和泉が教室に入って自分の方へ駆け寄ってきた。
「わりぃ、お前起こしても全然起きないからさ。俺野球部の助っ人に呼ばれたからそっち行ってて」
「……」
 教室にかかっている時計を見ると、時計の針は5時過ぎを指していた。
 帰ろうと思って机にかけてあったスクールバッグを手にして立ち上がろうとすると、「そうだ愁!」と幼馴染みがスクールバッグから銀色の細長い袋を取り出した。
「助っ人したお礼にマネージャーの子に貰ったんだけど、一緒に食おうぜ!」
 袋に書かれたロゴは、日本人なら食べたことはなくても一度は見たことがあるであろうプレッツェル状のチョコ菓子。ストロベリーと書いてあるのでイチゴ味なのだろうか。
「……ここ学校だろ」
「かてーこと言うなよ、今食べないとチョコ溶けるかも」
「もう立冬は過ぎてる」
「ほら」
 和泉は愁の言葉も意に介さず、床にスクールバッグを投げ出して愁の前の席に腰掛け、体だけ愁に向き合って袋を開けると愁の前に突き出した。安っぽいが甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。まあ食べてもいいか、という気分になったので、ピンク色のチョコレートに包まれたプレッツェルを1本袋から引き抜く。
 一口齧ると、甘酸っぱいイチゴ味のチョコレートに包まれたプレッツェルの香ばしい食感がなかなか美味い。幼馴染みと向き合って黙々と菓子を食べること数分。いつの間にか袋の中には1本しか残っていなかった。
「食べていいぞ」
「んー……そうだ愁」
「?」
「ポッキーゲームしようぜ」
「…………」
 またろくでもないことを言い出した。
 そう思って和泉を呆れながら見ると、「なんだよノリわりーな」と口を尖らせた。
「今日11月11日だぜ?」
「だから何だ」
「……記念?」
「記念って何の」
「……何だろうな」
「分からないなら言うな」
「でも2人で食べるにはちょうどいい方法だと思うんだよな、ポッキーゲーム」
「結局やりたいだけだろ」
「やりたいっていうか、思い付き?」
「……」
 仕方ないな、と思いつつ、愁は袋に残った最後の1本を摘まんだ。
「帰り、タイムセール付き合え。卵と魚」
「え、乗ってくるとは思わなかった」
「……俺が全部食うぞ」
「よし、じゃあやるか!折った方はスーパーまで荷物持ちな」
 ピンクのチョコレートが付いた方をくわえて少し上向かせると、和泉がもう片方をくわえた。この時点で結構顔が近い。
 しかし相手は長い付き合いの幼馴染みなわけで、今更特に照れもない。
 互いに少しずつ前歯でプレッツェルを砕きながら食べ進めていく。
 これ最終的には顔ぶつかるよな、と頭の片隅で考える。
 まあいいか、と思った時にはもう虎石の顔は目の前で。その瞳の中には自分の顔が見えた。あまりに近すぎて虎石がどんな表情をしているのかは分からないけれど。あと一口、と食べ進めようとしたところで、
「……っ!!」
 ぽきり、と音を立ててプレッツェルが折れた。いや、和泉が折った。和泉の顔も離れていく。和泉は何故かそのまま机に突っ伏してしまう。
「俺の勝ちだな」
 口の中に残ったプレッツェルを咀嚼し切ってから言うと、机に突っ伏していた和泉が恨めしげに見上げてきた。
「お前……お前さあ~……」
「お前が仕掛けてきたゲームだろうが」
「そうだけどよ……」
 気のせいだろうか、和泉の顔が赤い。茜色の夕陽のせいでそう見えているだけかもしれない。
 愁がもう一度時計を見ると、時計は5時半を過ぎていた。
 タイムセールは確か6時から。スーパーまでは歩いて15分程度だ。
「もうすぐタイムセールが始まる、帰ろう。ほら俺の鞄」
 立ち上がりながらスクールバッグを和泉に差し出すと、和泉はふらふらと立ち上がり手の内で空の袋を握りしめながらこう呟いた。
「俺たまにお前がわかんねーよ……こえーよ……」
「どうしたんださっきから……」
「……なんでもねー」
 2人分のスクールバッグを肩から提げた和泉と手ぶらの愁は連れ立って教室から出ていく。
 夕陽が差し込む廊下を歩いていると、廊下の掲示板に貼り出されている高校受験関係の掲示物が嫌でも目に飛び込んでくる。
 ああそうか、と愁は気が付いた。
 地元で過ごす11月11日はしばらくこれが最後になるかもしれないのか。
 でも不思議と、来年もそのまた次の年も、こいつが隣にいるんだろうな、という気がした。

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最初にCPとして書いた和愁が多分この二本。
中学生っていいな