空閑の誕生日ネタ。
空閑父の多大な捏造をしています。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
April 2 -16 years ago-
僕は手元のビデオカメラ越しに花瓶を映しながら、ピントを調節する。
「うーん……これで大丈夫かな」
綺麗な紫をしたガラスの花瓶と、そこに生けられた白いアネモネが、画面にくっきりと映る。
正直まだ扱い慣れていないけど、今日のために買った最新式のデジタルビデオカメラだ。
「……よし」
少し緊張しているのか、出した声はちょっとだけ震えている。録画開始、赤い丸が描かれたボタンを押す。
「……2000年、4月2日、日曜日。午後9時25分」
カメラを持ち替えて、レンズをアネモネから僕の顔に向ける。
「こんばんは! いや、こんにちは、かな? おはよう、かも。まあいいや。僕の名前は……」
名前を名乗って、簡単な自己紹介をする。ちゃんと映っているのか心配だけど、僕はにっこり笑いながら、16年後にこのビデオを見ることになる男の子に向かって、喋り続ける。
「驚いた? 今日は、今の僕の家族を君に紹介したくて、このビデオを撮影しています。これを見ている君の知ってる家族と、少し違うかな。今の僕はまだまだ平社員だし、僕の奥さん……君のお母さんは君の面倒を見るので精一杯だしね。それじゃ早速だけど、僕の家族がいる部屋に行きまーす」
ビデオカメラを元の持ち方に戻して、僕は奥さんと、僕達の宝物がいるであろう部屋に向かった。
こんこん、とドアをノックすると、そっとドアが開いて僕の奥さんが顔を覗かせた。
「寝てる?」
「もう寝てる」
奥さんは僕のビデオカメラを見てふふ、と楽しそうに笑った。
「これ、この前言ってたやつ?」
「もうカメラ回ってるよ」
「やだ、お化粧しておけばよかった」
「入るよ」
「寝てるから静かにね」
足音を立てないよう静かに部屋に入る。小さな明かりだけが灯った小さな部屋には、僕と奥さんが寝るそれぞれの布団が敷かれ、その横には小さなベビーベッドが置かれている。
僕はベビーベッドまで歩いていき、その中をカメラで映す。
「はーいこちら、今日1歳になった愁君でーす」
ベッドの中で小さな手足を丸めてすやすや眠っている男の子が、そこにいる。
「起こさないでね、さっきようやく寝てくれたんだから」
「分かってる」
ベッドで眠っている愁に掛けられているのは、飛行機や車がいっぱいにちりばめられたタオルケット。枕元には、僕がオーストラリアからの出張でお土産に買ってきた大きいワニのぬいぐるみ。顔が怖いと奥さんには不評だったけど、愁はとても気に入ったらしくていつも一緒に寝ている。
その横には、今日誕生日を迎えた愁へのプレゼントの、熊のぬいぐるみが置いてある。
「最近の愁は、掴まり立ちが出来るようになって、言葉もちょっとずつ喋るようになりました」
「ご飯の好き嫌いもないの、偉いでしょ」
僕と奥さんで二人並んで、ベビーベッドの柵にそっともたれながら16年後の愁に向けて、今の愁のことを話す。
「愁が初めて話した言葉は『パパ』で、」
「何言ってるの、『ママ』でしょ」
16年の僕達は、どんな家庭を築いているんだろう。そこに、今の3人家族は揃っているのだろうか。もしかしたら、増えているのかもしれない。減っている……なんてことは考えたくないけど、もしかしたら、なんてこともある。僕みたいに海外を飛び回る仕事だと、特に。
「……な、愁」
そっと手を伸ばして、愁の頬に触れる。
「大きくなったなあ……」
持ってようか? と聞かれたので、僕は奥さんにビデオカメラを渡す。そして、ベッドからそっと愁を抱き上げる。
出張で家にいないことが多くて、出張してない時も帰りが遅くなりがちな僕が自然と身に付けてしまった、寝ている愁を起こさない抱っこ。
「……もっと君達の傍にいてあげたいんだけど、ごめんね。でもお父さんは、その……」
ビデオカメラを持った奥さんがにこにこ笑いながら僕と愁を撮っている。ああ、流石にちょっと恥ずかしい。恥ずかしいけど、きっとこれを見る16年後の愁はもっと恥ずかしい。きっと16年後の僕も、めちゃめちゃ恥ずかしくなる。だったらどうせなら、思い切り恥ずかしいことを言ってやろう。
恥ずかしいけど、今の僕にしか言えない言葉を。
「愁、君が生まれて、今日で一年が経ちました。僕もお母さんも初めての子育てで、大変です。僕は休みの日しか子育て出来なくて、お母さんにはとっても大変な思いをさせてしまっています。お仕事も大変だし、明後日からまたアメリカに出張です。また一週間、君達に会えなくなります。寂しいけど、君達の為だと思えばいくらでも元気が湧いてきます」
ゆっくりと、ゆりかごのように体を揺らす。愁はすやすやと、気持ち良さそうに眠っている。
「……僕は、君と、君のお母さんに出会うために生まれてきたのかもしれないって、最近本気で思います。一年前に君が生まれた日、君はとっても小さかった。今よりずっと軽かった。それでもしっかりした重さがあって、僕はこの命の為に生まれてきたんだって……思った」
胸の奥から愛おしさがいっぱいに溢れ出してくる。
愁にそっと頬を寄せると、その温もりを頬で感じる。
「な……愁、君は、僕達の宝物だよ……」
今の君に。そして、まだ見ぬ17の君に。
「……生まれてきてくれて、ありがとう……」