星の光が届くまで(ヒカル中心)

ギャラファイ1直前くらいのヒカルさん視点のギンガS世界の話。
捏造と妄想が多い。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 「丹葉」と表札のかかったアパートの扉を開ける。
 視界に飛び込んできたのは、眩しい程の橙の夕日に染められた雑然とした四畳半。壁を埋め尽くすようにして貼られた大判のポスター。その中では幼馴染みが満面の笑顔を見せていた。
 そんな空間の真ん中に置かれたちゃぶ台の前にあぐらをかいたメトロン星人がひょいと手を上げた。
「やあ、よく来たねヒカル隊員。私は君が来るのを待っていたのだ」
「……あのさ」
「なんならアリサ隊員も呼んだらどうだい」
「このやり取り何回目?」
「正味七回目かな」
「よく飽きないよな」
「メトロン星人と言えばこれ、みたいなところあるからね。ほら座りなさいよ。あ、お土産もそこに置いちゃっていいからね。今日は何かな?」
「ゴマまんじゅう。試作品だってさ」
「お!いいね、ゴマ」
 かさ、と小さな音を立ててちゃぶ台の上に持ってきた袋を置いて、その中からまんじゅうの箱を出して開けると袋の上に置く。
 するとジェイスがどこからともなく取り出したアルミ缶をちゃぶ台の上に置いた。
「はい、眼兎龍茶」
「ロゴの色が前のと違うな」
「新作なんだよ。黒豆茶」
「この前は柚子茶じゃなかったか?その前は梅昆布茶」
「ほら、定番商品の他にも色々作らないとだからね、お茶にも流行り廃りはあるし」
「ほんとかよ……」
「君ほんと流行には興味薄いんだねえ、若いのに」
「関係ないだろ」
「あるよ~だって私がこの地球でビジネスをするにあたって頼れる数少ない地球人の友人?みたいな?人間だしね」
「地球で友達いっぱい出来たんだろ」
「仕事と趣味は別なの!君あれでしょ、SNS本名でやる系でしょ。やめときなよ~危険だよ~」
「こっちが何の仕事してると思ってんだ、ネットで本名は出してねえよ」
「そうかそうか、それを聞いて安心したよ。あっこれ美味しいね」
「直接買いに行った時に言ってやれよ」
 俺はどうしてこんなところでこいつに説教されてるんだ。そう思うのも最早何度目になるか。七回目だ、さっきこいつが言ってた。痛む頭を押さえながら、ヒカルは「それで?」と話を促す。
「今日は何の用だ?」
「いやあそれなんだけど」
 ジェイスは立ち上がると、部屋の隅に置いてある冷蔵庫を開ける。そして紙で出来た箱をちゃぶ台の上に置いた。
「これね、次の季節限定商品なんだけど。味の感想教えて?」
 メトロン星人ジェイスとUPG隊員であるヒカルが知り合ったのは、およそ四年前の事である。
 ジェイスはアイドル──久野千草のファンをやっていた。
 その頃のジェイスは地球侵略の為のエージェントという使命を完全放棄している状態だったのだが、その辺りの細かいあらましは割愛するとして、ジェイスを巡る騒動に雫ヶ丘をライブのため訪れていた千草が巻き込まれた。その時ヒカルとジェイスは知り合った。知り合っただけ、の筈だった。
 次にヒカルとジェイスが会ったのは、その二年後。千草がとある有名なライブハウスでライブをする事になり、友人として招待されたヒカルは当然のように現場にいたジェイスとたまたま顔を合わせた。
 そして何気なくジェイスに声を掛け、何故ここに、いや俺実は千草とは友達で、なんて話をした所、こう言われたのだった。
 ──君、ちょっとだけ私の仕事手伝う気ない?
 ジェイスの仕事とは、スイーツスタンドの経営であった。なんでも同じように地球に住む宇宙人と共に季節のスイーツとタピオカドリンクを売っているのだという。
 ほら、スイーツスタンドね。特にタピオカは元手少なく土地がほとんどなくても始められて、我々のような宇宙人でも手軽に始められてビジネスを拡大させやすいのさ。タピオカだけじゃ飽きられるからスイーツなんかも提供してね。
 それ多分、反社会的勢力もフロント企業とか経営する時に同じこと言う。
 防衛隊の一角に名を連ねる人間としてそう突っ込むべきかヒカルは迷った。入隊したての頃の自分ならまず思い浮かばなかったであろう言葉である。
 とは言え今のジェイスは悪人ではない。過去には地球侵略のエージェントをしていたようだが、千草がアイドルとして活動し続ける限り今現在の彼が悪事を行う事は決して無い。千草を守るために巨大化し、夕陽の中でペンライトを振り決死でゾアムルチを誘き寄せた姿はヒカルにもそう忘れられるものではない。
 今現在の宇宙人達が地球でどのようなネットワークを築いているのかは知る必要があるような気がしたし、それは彼らを守る事にも繋がるだろう。そう判断し、怪しい事じゃなくて俺が休みの日に出来ることなら、とヒカルは承諾することにした。
 そうしてジェイスは今日と同じように、ちゃぶ台で向き合ったヒカルに紙の箱を差し出して来たのだった。新作スイーツの試食をして、普通の地球人の若者視点での忌憚なき感想を聞かせて欲しいのだという。
 まあそれくらいなら、と試食をし、感想を伝えた。美味しいけどちょっと甘すぎる気がする、こっちはあまりフルーツっぽさがない、等々。
 そうして軽い気持ちでアドバイスをした結果生まれたスティックケーキは、飛ぶように売れてしまった。
 そして当然のように、ジェイスは次も次もとヒカルに新作スイーツの試食を頼むようになってきた。始めこそは断る理由も無いしジェイスからそれなりに有益な話も引き出せるしと、他に用事が無い限りは引き受けていたのだった。
 箱の中から差し出されたのは、二種類のスティックケーキだけであった。
「そっちはラムレーズン。これは和栗ね」
「あ、和栗美味い」
「そうそう。君和菓子系の味好きだよね〜」
「『系』っていうか和菓子が好き」
「なるほどね。あ、そうそう。この前聞かれた某組とメフィラス星人ギルドの繋がりね、直接聞けたよ。ほら」
 卓上に無造作に投げ出された太いボールペンを手に取る。新聞の通販ページにも載っているような、よくあるペン型ボイスレコーダーだ。スイッチを押して音声を流すと、低い男の声と目の前にいるメトロン星人の声が流れてきた。
「……ありがとう」
「いつもの事だ、気にするな」
 ヒカルがジェイスの試作品モニターをやる代わりに、ジェイスは度々侵略宇宙人の情報をヒカルに寄越してくるようになった。私が持っててもしょうがない物だからね、君の方が余程有益に使えるだろう、と。
 やれやれ、とジェイスは人間の姿になって胡麻まんじゅうを食べながら嘆息する。
「こっちは千草ちゃんを推しながら平和に暮らしたいだけなのにねえ、あっちは私がメトロン星人ってだけで声を掛けてくる」
「有名だからだろ、メトロン星人とウルトラセブンの対決は」
「だからって私も同じと思われちゃ困る。うちの社員のエンペラー星人も何かと迷惑してるんだよ。地球侵略を企んでるテンペラー星人に追い回されるって」
「大変なんだな……」
 個人的にその組み合わせに思うところないわけではないが、ジェイスの手前言葉を濁す。
「私だって全部を知ってるわけじゃないけどね、この宇宙の地球は人気物件。変だよねえ、ウルトラマンが二人常駐してるのにだよ?一人常駐してるってだけで侵略リスクが跳ね上がるのに」
「侵略リスク、ね」
 その概念は度々ジェイスの口から出てくる。
 曰く、侵略目的で活動をしたとしても失敗するリスク。その土地の原住民が所持する防衛力、土地そのものの危険性、そしてウルトラマン滞在歴の有無。それらで以て判断されているという。
「……他と比べてそんなに魅力的なのか、この地球」
「うん?」
「七年前までは、この地球は……少なくとも地上に住む人間たちは、宇宙人も怪獣も誰も知らなかった。国際防衛機構も、元々は国際テロ組織に対抗する為に設立された組織で、その頃は宇宙人の存在なんて考えてもいなかった。そんな長いこと侵略されてなかった星が、なんで今更狙われてるんだ?」
「そりゃね、ここを狙う理由はまあ色々あるだろうけど、この地球の存在を皆が知るようになった理由なんて簡単だよ。『気付かれた』からさ」
「……気付かれた?」
「UPG隊員なら知ってるよね。七年前、降星町でウルトラマンと闇の支配者が対決したこと」
「……それは、まあ。俺の地元だし」
「うんうん、千草ちゃんの地元だしね。そもそもあの時ウルトラマンが現れなければあの神曲は生まれなかった訳だが」
 話が長くなりそうなので遮る。
「それで?」
「まあそれが原因さ。あの時多くの怪獣や宇宙人がこの星で目覚めた。目覚め、この星の外にいる仲間達にコンタクトを取った。やがてこの星は非常に豊富なエネルギー資源を有している事が明らかになった。この星の価値を皆が知った」
「……それが、『気付かれた』って事か」
 当たり前で、とっくに分かりきっていた筈の事を改めて噛み締める。
 それはUPGのみならず地球防衛機構内でも一つの定説であった。侵略者が地球を狙うようになったのは、ウルトラマンと闇の巨人の出現がきっかけであると。
「全ての宇宙人が侵略目的でこの星にいる訳じゃない。私みたいにこの星をそれなりに気に入った者もいる。そういった者達の居場所、そして何より千草ちゃんの生きるこの星とステージを守る為ならば、私は私を同胞と呼ぶ者達を売ってでも君達に協力するとも」
「……なんか、悪いな」
「はは、気にするな。それくらいドライじゃないと侵略宇宙人の相手なんて出来ないさ。君と僕は友人だけど、あくまで利用し合う関係で行こうじゃないか。そもそも僕の所に回って来る情報を君に提供しようと思ったのも、君の人柄は信用出来ると思ったからさ」
 赤い貝のような姿に戻り、カラカラとジェイスは笑った。
「この星の文明は、宇宙から来たもの達に対応するノウハウを学び始めたばかりだ。宇宙開発も途上。何もかもが過渡期にある。少しのバランスが崩れればあっという間に悪い方に転びかねない。私は異邦人としてこの星の文明を、そして千草ちゃんのステージを陰ながら支えたいのさ」

◆◆◆

「くっ、どうしてここがあっ……!」
 この仕事をしているとよく聞く捨て台詞と共に、前線部隊に引っ張られてメフィラス星人が収容車両に入っていく。
 ジェイスからの情報提供を元にしつつ捜査を行った結果、メフィラス星人のグループが地球人の犯罪グループと繋がりを持っている事が判明した。警察と共同で更に操作を進め、やがて兵器取引の現場を押さえる事に成功。現行犯逮捕と相成ったのだった。
「捜査協力、誠に感謝致します」
 メフィラスギルドと犯罪グループのメンバー達を一通り輸送車に押し込み、走り去って行くのを見送った後、警察官が敬礼をしてきた。ヒカルも背筋を伸ばして敬礼を返す。
「こちらこそ、協力感謝します。私は暫くこちらに残り鑑識に協力します。署にはうちの隊員を向かわせておりますが、私どもも後ほど合流致します」
「了解しました。では後ほど、署にてお会いしましょう」
 パトカーに乗って去って行く警察官を見送る。仕事で警察官なんかを相手に「私」という一人称を使うようになったのはいつからだったか。UPGが警察と協力する事が当たり前になってから先輩に言われてそうしたのがきっかけだった気がする。これが大人になるという事かもしれない。
 そんな事をふと考えつつヒカルは踵を返すと、犯行現場となっていた地下のバーに戻って行く。バーの扉を開けると、数人の鑑識員が部屋の全体を探査機でスキャンしていたサクヤが振り向いた。
「あ、ヒカルさん。連行終わりました?」
「終わったよ。署ではゴウキさんに待ってて貰ってる。こっちも早く片付けて合流しよう」
「ですね!」
 降星町でのダークルギエルとの決戦から六年。
 雫ヶ丘でのビクトルギエルとの決戦から四年。
 時空城でのエタルガーとの決戦から三年。
 礼堂ヒカルは変わらずにUPGの隊員として職務に励む日々を送っていた。
「あ、ヒカルさん。そこのカウンターの下見てもらっていいですか?地球外金属の反応アリです」
「えーと……この辺?」
「もうちょっと右の方ですね」
「あった、これだな」
 宇宙人犯罪の現場から地球外物質で出来たオブジェクトを押収し、分析する。それもまたUPGの重要な仕事であった。
 バーカウンターの下から出てきたのは、金色のハンドガンであった。無骨な外見ながらやけに軽い。
「これ……なんか見た事あるな」
「ペダン星の銃ですね。去年ババルウ星人の麻薬カルテルを摘発した時押収した覚えがあります」
「ああーショウ相手に為す術なく壊滅させられたっていうあの……」
 他愛ない会話をしながらも集中力は切らさずに、銃を回収用のボックスにそっと収めて立ち上がる。
「後は?」
「クリアでーす」
「それじゃ、これは基地に送って貰って俺達は滝鳴署に行こうぜ」
「ヒカルさん、もう基地か寮に戻った方がいいんじゃないですか?署には私が行きますよ」
「なんで?」
「なんでって……最近あんまり寝てないんじゃないかって噂ですよ、ヒカルさん。ショウも友也さんもそう言ってるんだから間違いないです」
「まじか」
 やっぱあの二人には見抜かれてるなあ……とむず痒くなるが、指摘されると途端に先まで自覚のなかった筈の眠気が忍び寄ってくる。
「それじゃ俺輸送班の車両に乗せてもらう事にするわ、ちょっと眠くなってきた……」
「ガレット!あ、それじゃボックスは私にください。私が輸送班に渡しておきます」
「おう、よろしく」
 サクヤが手を差し出して来たので、回収用ボックスを手渡す。サクヤが鑑識員達と事務的なやり取りをしているのを背に聞きながら先に地上に戻ると、道路に停めていた輸送用車両の人間用スペースに倒れ込むようにして乗り込んだ。
 基地への到着は一瞬だった。道中完全に眠っていたのだから当然である。
「全く、何やってるんですか……」
 出迎えてくれたのは、心底呆れ果てた顔の友也だった。

◆◆◆

 ほとんど眠れなかった。
 寮のベッドで体を起こし、靄のかかった意識のまま窓からぼんやりと朝の空を見る。
 夢を伴う浅い眠りと覚醒の繰り返し。夢の内容はほとんど覚えていない。
 この所ずっとこれの繰り返しだ。
 夜眠ろうとしても眠れない。疲労からくる眠気が限界に達してようやくぐっすり眠る事が出来る。つまり今回の分の睡眠は現場から戻ってくる途中の輸送車の中で使い果たしてしまったという事だ。
「意地でも起きてりゃ良かったな……」
 そろそろベッドの上で気持ちよく眠りたい。ぼんやりとした頭を押さえてサイドボードの上に置いてあるペットボトルから水を飲む。
 始まりは、ジェイスの家に行った七回目の日の夜だった。
 ──この星が狙われるようになったきっかけは、ウルトラマンが現れた事で『気付かれた』から。
 何気ない問答の中で改めて突き付けられたその一つの事実は、帰る間も帰って来てからもずっとヒカルの頭の中を巡り続けた。
(だって、間違っちゃいないんだから)
 分かっていた筈の事だ。
 降星山に……この地球にスパークドールズが降り注いだ事は、半ば不可抗力。ダークルギエルが目を覚まし、ギンガもまた目覚めた。そして目覚めたギンガがヒカルを呼んで、ヒカルはその声に応えた。ヒカルとギンガが戦わなければ誰もルギエルを止められなかった。だから、ヒカルはギンガと共に戦った。友達を、生まれた町を、守るために。
 そしてその戦いの結果、宇宙人達はこの星に気付いた。侵略を望む者も、平和裏な移住を望む者も現れた。
 分かっているからこそ、ギンガと共に戦う事を選び続けている。その筈だ。
 だが、そんな自覚済みの事がどういう訳か心の重石になっていた。
 いつの間にか二十代も半ば。怪獣の出現はかつてほど多くはないが、その代わりUPGの隊員として出動する事は増えた。怪獣災害や宇宙人犯罪の現実が、見えていなかった物が見えるようになった。
 その始まりの地点に自分がいる事が、ふと空恐ろしくなる。自分が進めば進むほど、自分の大切な人がいつか傷付く事になるのではないかと、がむしゃらに突き進んでいた頃は思いもしなかった事を考え始める。
「……なあギンガ。本当にこのままでいいのかな、俺」
 眠る時も肌身離さず携帯しているギンガスパークを窓から射す光に翳して語りかける。だがギンガはいつもの様に、何も言わない。
 この状態のギンガは、喋る事も意思表示も出来ない。それはいつでも変わらない。それでも確かに自分の声を聞いて、見守ってくれている。心の底からそう信じられるだけの時間を、ギンガと一緒に歩いてきた。
 ギンガがいてくれるなら、俺は大丈夫。
「……分かんないけど。分かんないなら、今は進んでみるしかないよな」
 自分に言い聞かせるようにして呟き、ヒカルは立ち上がった。
 そして隊員服に袖を通し、寮の食堂で朝食を食べ、寮から基地へ移動。そして職場であるUPG司令室に足を踏み入れたのだった。
「おはようございまーす」
「おはよ……えっちょっと、ヒカルっ……あなた顔色最悪よ?!どうしたの?!」
「へ?」
 司令室に入るなり、先に来ていたアリサがヒカルの顔を見てぎょっとして声を上げた。そして手に持っていた分厚いファイルをデスクに放り出したかと思うと、ヒカルを無理矢理司令室から押し出そうとしてきた。
「医務室行きなさい医務室!」
「えっちょっと俺まだ来たばっか」
「あんたみたいな体力馬鹿が風邪ひいて悪化でもさせたら全体の士気に関わるの士気に!ほらさっさと医務室行く!それで今日は休む!隊長には私から行っとくから!」
「だから俺何ともないですってば!」
「何ともないわけ無いでしょっ……!」
「おいおい、朝から何騒いでるんだー?」
 タイミング良く、いや悪く。ゴウキが入室して来た。そしてヒカルの顔を見るなり、
「医務室だ医務室!」
「ほらゴウキちょっとこいつ連れてってよ!」
「ゴウキさんまで?!うわちょっと離してくださいよ!」
 そうしてヒカルは、進んでみるしかないと決意を固た矢先、勤務を開始する前に先輩二名によって医務室に連行され検査を受け、隊長命令で一日休みを取る運びとなった。
『で、検査の結果はどうだったんだ』
 寮に戻って来ると、真っ先にショウから通話が掛かってきた。今日は遅番でヒカルより二時間ほど出勤が遅かったため、ついさっき友也から事情を聞いたらしい。
 とりあえず隊服から部屋着に着替え、ベッドの上に座りながら意外と心配性な相棒の声を聞く事にする。
「睡眠不足と慢性的な疲労だってさ。特に異常は無いけど大事を取って今日は休めって」
『……そうか。ゆっくり休めよ』
「うん、そうする。……なあ、ショウ」
『なんだ?』
「もし俺がウルトラマンになってなかったとしても、いつかこの地球は狙われていたと思うか?」
『どうした、急に?』
「……ちょっと、気になっただけ」
 ショウに聞いてどうするんだ、と一抹の自己嫌悪を覚えながら窓の外を見る。初めて見る正午前の中庭は、鮮やかな光に溢れていた。
「ウルトラマンが現れたから宇宙人がこの地球を狙うようになった、って説があるだろ。じゃあ今起きてる宇宙人犯罪は俺とギンガが出会って、ルギエルが目覚めて……それがなければ防げたんじゃないかって」
『……何があったのかは今度聞いてやるが、先にお前の質問に答える。お前はあくまで守ろうとした物を守っただけ、それが結果的にスタート地点になっただけだと俺は思う』
 俺はその場にはいなかったがな、と置きつつ。そうだな、とショウは言葉を続けた。
『遅かれ早かれ、ギンガとルギエルが落ちて来ようと来まいとこの地球はいずれ狙われていただろうな。ビクトリウム・コアがある限り。それに宇宙はとんでもなく広い、何をやらかすか分からん連中はいくらでもいる』
「……まあ、そうだな」
『少なくとも、お前とギンガの存在はこの地球に必要だ。この宇宙にも。……仮にギンガとルギエルの因縁がきっかけでこの地球が狙われるようになったとしても、ギンガがこの宇宙に与えたのは厄災ではない、希望の光だ。お前がそれを信じないでどうする』
「……希望の光、か」
 胸につかえていた重石が、その言葉で少し軽くなったような心地がした。
「俺はちゃんと皆の希望の光になれてる、よな」
『今更何を言ってるんだ……まあ、俺の言葉だけじゃ足りないならいっそ光の国に行ってタロウに鍛え直してもらった方がいいんじゃないか?』
 タロウ。その名前に、胸が小さく締め付けられるような感慨を覚える。名前を聞くだけで、懐かしさに胸がいっぱいになる。
「……それもいいかもな」
『なんだ、足りなかったか?』
「そうじゃない。ただ、俺にウルトラマンとしてのあり方を教えてくれたのはタロウで……導いてくれたのはタロウだから、久々に会いたくなった。それだけ」
 ビクトルギエルとの決戦後にタロウはヒカルから分離した。それからは一度も会っていない。元気にしているとはゼロから聞いたが、今頃何をしているのだろう。
 訳もなく無性に会いたくなる事が未だにある程度には、ヒカルにとってタロウの存在は大きい。
『……そうだな。お前を導けるのはいつだってタロウだ』
「呆れられるかもしれないけどな、今の俺見たら」
 むしろ目の前で呆れてくれた方がもっと早く楽になれたのだろう。
 だがそんな訳にもいかない。だから今は自分で歩くしかない。時々周りの手も借りつつ、だが。今のように。
『お前が成長して視野が広くなったからこその悩みだ、タロウならむしろ喜ぶんじゃないか』
「喜ぶかあ……?もう少しカッコいいとこ見せて喜ばれたいんだけど」
『じゃあ今はしっかり休んで早く元気になることだな』
「分かってるよ」
 それは全くショウの言う通り。
『そろそろパトロールに行く、切るぞ』
「おう。行ってらっしゃい」
 通話が切れる。端末をサイドボードに置いて、それから窓を開ける。部屋に吹き込んできた初夏の空気で肺を満たし、深く深く呼吸する。
 少し楽になったような気がして、心地よい風を感じながらベッドに横になる。そのまま目を閉じれば心地よい微睡みが訪れ、あっという間に眠りの中に引き込まれて行った。
 
◆◆◆

「ヒカル。君が真に気に病んでいたのは、私と奴がかつて一つの存在であったからだろう」
「……ああ。もしかしたら、俺とギンガが出会わなければルギエルは生まれないんじゃないか、そうしたらこの地球はもっと平和だったんじゃないかとか、そんなこと考えるようになってた。ごめん……でもショウに言われて思い出した。やっぱり俺は、ウルトラマンという希望の光なんだって、そうでありたいって」
「私の影から奴が生まれるのは、変えようのない私の宿命だ。……そして、君が私の声を聞くのもまた、変えようがない君の宿命だ」
「分かってる。でもやっぱり、何度ギンガの声を聞いても、俺はギンガの声に応えると思う。ギンガが何回未来と過去からやって来ても。どんなに辛くてどんなに苦しくても、俺は俺の守りたいものの為に、光を求めて戦う方を選ぶと思う。もし俺とギンガが出会った事で、この地球が狙われるようになったんだとしても」
「それでは、君自身が磨り減ってしまうばかりだ」
「平気だよ。俺は、俺達は、一人きりじゃない。そうだろ?」
「……君は、強いな」
「ギンガがいたから俺は強くなれた、沢山の大切な人達に出会えたんだ」
「……やはり私ではない。君のその有り様こそが光なのだ。この地球にとっても、私にとっても」
「……?」
「今の君になら、私から告げるべきだろう。……奴が、目覚めた」
「えっ……?!」
「遠き宇宙で、何者かが奴を復活させた。気を付けろ」
「早く何とかしないと!」
「だが今の君には、君も未だ知らぬ仲間達がいる。君が負ける事は決して無い」
「未だ知らぬ仲間達……?」
「導きを待て、ヒカル。君を導くのは、今回は私の役目ではない」
「え、それって……おい、ギンガ!待てって!」

◆◆◆

 どんな夢を見たのかはよく覚えていない。
 ただ、昨日と違って今日は随分寝覚めが良かったし、体も軽い。何となく、今日は昨日までより楽になれそうな気がする。そんな予感と共に司令室に足を踏み入れた瞬間。
 勢いよく襟首を捕まれた。
「そこに止まれ」
「へ?!」
 止まれ、と言われてもこのまま歩いていては首が絞まるだけなので足を止める。
 小さなモーターの駆動音が三秒ほど響いた後、襟首を掴んでいた手がパッと離れた。
「ヒカル隊員のバイタルをスキャン。隊長、マスター。ヒカル隊員の健康状態に問題はありません」
「ありがとうございます、マナさん」
 友也が苦笑しながら奥から歩いてきた。マナはヒカルの背後からするりと抜け出ると友也の隣に立った。
「おはよう、ヒカル隊員」
「お、おう……おはよう」
「おはようございます。調子はどうですか、礼堂君」
「おう、もうばっちり!」
 親指を立てて見せると、友也は「大丈夫そうでふね」と笑う。そしてデスクの前に立っていた陣野隊長がハーブティーのカップを掲げながら温厚な笑みを浮かべた。
「君が体調不良と聞いたときは雪でも降るのかと思ったけどね、元気なようで安心したよ」
「ご心配お掛けしました、隊長」
「だが今後もくれぐれも無理はしないように」
「はい!」
「おうヒカル!今日は元気そうだな!」
「もう、あんまり先輩に心配掛けるんじゃないわよ」
「あっヒカルさん!すっかり元気そうで安心しましたー!」
 少しずつ司令室が賑やかになっていく。いつもの光景、大事な光景。そして残る最後の一人が、司令室に入ってきた。
 ヒカルの顔を見ると、いつもの仏頂面が少し和らいだ。
「今日は随分顔色がいいな。よく眠れたか?」
「うん。久々にな」
「そいつは良かった」
 もう一つ、新しい予感がした。
 何か新しい事が始まりそうな、そんな微かで不確かな、だがわくわくする予感が。

◆◆◆

PM 00:01
昨日お仕事休んだって友也君から聞いたよ。体調は大丈夫?

PM 00:03
もうすっかり大丈夫

PM 00:06
良かった!
今度またどこか遊びに行こうね。健太達も誘って

PM 00:08
おう!

◆◆◆

「……随分締まらない顔だな」
 夜の七時を過ぎた頃。
 司令室で昼に美鈴と交わしたショートメールを読み返していると、背後から声が掛かった。
 首だけを声のした方へ向けると、ショウが呆れた顔で立っていた。
「そんな顔してた?」
「してた。大方幼馴染と連絡でもしてたんだろ」
「げ、なんで分かるの」
「顔を見れば分かる。今日はもう何も無いだろ、お前はそろそろ帰ってろ」
「んー……そうするか」
 大きく伸びをしながら立ち上がったその時。
 夜空で一等星がひときわ強く閃くような光が、ヒカルの意識を貫いた。

 呼ばれてる。

 第六感を強烈に刺激するそれに、弾かれるように司令室を飛び出す。ショウの制止の声も聞かず、一心不乱に走る。空が見える所まで。エレベーターを待つ時間すら惜しく、階段を駆け上がる。
 屋上に続く扉を開けて、空を見る。
 夜空一面に光り輝く、限られた者にしか見えないそれは、ウルトラサイン。宇宙の彼方、遠き星から届いた、新しい冒険への誘い。
 応えるように、こちらを招く手を取るように手を伸ばす。
 自然、その名前が口をついた。

「……タロウ……!」

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次ページにこの話を書くに至った言い訳とギンガ周りの私の思想の話があります。
別に読まなくてもいいです。