カテゴリー: ジークアクス

枕元に幽霊ふたり

※ミゲルが幽霊になってザベに憑いている話。ミゲル→ザベはあくまで友人。

 ◆◆◆

 シャリア・ブルには幽霊が見えている。
 
 これはシャリア・ブルという男に霊感があるだとかそういう話ではない。
 単なる事実として、幽霊としか言いようのない存在が、数日前からシャリアには見えていた。
『だからさあ、俺はずっと意味が分からないんだよ。なんでお前の乗機がサイコミュ未搭載のギャンなんだよ』
 ソドンの格納庫で自分専用のギャンの装甲を長柄モップで楽しそうに拭いているエグザベ。その肩越しにギャンを見上げながら不平を言う尉官服の男の足が地に付いていない……のは、無重力空間なので特に不思議なことではない。しかしその体は僅かに透けていて、予備機として艦載されているゲルググがその向こうに透けていた。
 格納庫に顔を出した際にその姿を認め、シャリアは頭痛を堪えるように眉を顰めた。
『そりゃお前の操縦テクがイカれてるのは認めるけど。だからってサイコミュ未搭載ってのは宝の持ち腐れだろ。操縦系にくらい積んどけよ』
 ぶつくさ言うその男の声は、エグザベには届いていない。エグザベはその男がそこにいることを認識していないし、他者から指摘されたこともない。
 そもそもこの男の存在を認識しているのはシャリアただ一人で、そして読心を大の苦手とするエグザベ相手にシャリアがこの男の存在を秘匿するのはそう難しいことではない。
「ミゲル・セルベート」。それがこの男の名前である。エグザベのフラナガン・スクール時代の同期生で、階級は少尉。イオマグヌッソでの「事故」の少し前に死亡している。その頃のキシリア派閥内で相次いだ行方不明者の一覧の中にその名があった。
「なんで俺がエグザベに憑いてるかって……気が付いたらここにいたんですよ」
 シャリアがミゲルと会話するのは専らエグザベが眠っている間である。
 シャリアと同じベッドですやすやと気持ちよさそうに眠るエグザベの寝顔を、ミゲルはどこか寂しそうに見ていた。
「未練があって成仏出来てない、ってやつなんですかね。そういう話を聞いたことがあります。俺は無宗教ですけど」
「……私としては、死者は早々に生者の世界から引き払うことをお勧めしたいのですが」
「冷たいですね」
 ミゲルはシャリアをジロリと睨んだが、すぐに肩を落とした。
「でもあなたの言わんとすることは分かるんですよ。死者にいちいち立ち止まってたら生きてる人間はどこにも行けなくなっちまうから死者はさっさと退場するべきだ。それなのに……」
 ぐい、とミゲルの透けた手が強く握り込まれる。そしてエグザベを指しながら前のめりに叫んだ。
「こいつ!! 友達の死を引きずらなさすぎじゃないですか!? 他の友達二人殺した奴をですよ!? 流石に堪えるんですが!?」
「……そう言われると、そうですねとしか言えませんねえ……」
「分かってますよ忘れられてるわけじゃないってことくらい! でもなんか……もうちょっとこう……さぁ! 年単位で引きずるくらいは!」
 ミゲルの言い分がよく分かってしまい、シャリアは頭を抱えそうになった。代わりに一つ溜息。
 エグザベは全てにおいて心の切り替えが早い。一つの物事に拘泥せず常に前を向いている、それは彼の長所でもあるのだが、一方であらゆる物事への拘りが薄いという短所とも裏表であった。
 それは例えばここ一年以内で発生した筈の友人達の死、部下達の死、仕えた主の死。全て彼の中ではもう「過ぎたこと」として処理されてしまっている。
 決してそれらの出来事を忘れているわけではない、きっと折を見ては花を手向けに行くのだろうとシャリアは思う。ただエグザベが日頃からそれに拘泥していないというだけのこと──少なくとも、人前では。
「引きずってないとは言いますが、エグザベ君のたまの不眠はあなたのような諸々の積み重ねですよね」
「うぐ……そういう健康に直接の悪影響が出るやつは、求めてない……!」
 君も大概お人好しだ、とシャリアは頭を抱えたミゲルを見る。
 月に一度か二度、エグザベは不眠で眠れていない時がある。薬を飲ませて効果が出るまでの間、シャリアは黙ってエグザベに寄り添うことにしていた。エグザベは何も言わないが、彼のこれまでの人生で積もり積もった澱のようなものが本人すら自覚しない内に心の大きな負担になっているのだろうとシャリアは見ている。
 眠れない夜、エグザベの心はそうした物たちに相対しながら「空虚であれ」と自身に命じるかのように動き続けている。空虚であれ、全てを受け流せ、そんなことより生きることを考えろ、と。
 それはきっとエグザベ自身も自覚していない防衛機制の暴走であり、同時に正気のまま生き残る為に身に付けた術だ。彼にそんな負担を強いたのはこの世界で、社会である。
 交際を続けるうちにそれに気付いたシャリアは自身が通い始めたクリニックにエグザベを引きずって行き、エグザベはそのまま月に一度クリニックとカウンセリングに通っているのだった。
 忘れないで欲しいがそれで病院通いまでして欲しいわけではない、というミゲルの言い分は分からないでもない。とは言えこっちはとっくに病院通いの身だから気にするなと当のエグザベ本人が言いそうなのがまた頭の痛いところである。
「では言い方を変えましょう。エグザベ君が今そういう状態なのは100%君のせいというわけではありません。元を正せば社会構造と戦争のせいですし、君だってその被害者です。君ばかりが思い悩む必要もありません。私だって彼がこうなる一因を担っている加害者です」
「……あんたの認識がそうだとしても、幾億と存在する加害者の中の一人であるあんたをいつまでも加害者として責めるほどこいつは馬鹿じゃありませんよ。誰を憎めばいいか分からないから誰も憎まない。誰かを憎むエネルギーがあるなら生きるために費やす。こいつはそういう奴です」
「君は彼に責められたいのですか」
「……そうですよ。でも誰も憎まないことを選んでる奴に向かってそんな事言える立場にないでしょう」
 それからミゲルは口をつぐみ、しばしエグザベの寝顔を眺めた。
 加害者として責め苛んでくれれば、などと望むのは所詮加害者側の自己憐憫。責められれば許されたような気になれるから。彼はそれくらい分かっているのかもしれないとシャリアは思った。彼も元を正せば友達思いの普通の青年だったのだろう。
 ミゲル・セルベート。自分が掬い上げることの出来なかった若きニュータイプ。もし今が彼の心を救済するチャンスなのだとしたら。
「……分かりました。気が済むまでいてくれて構いません」
 シャリアが溜息とともに吐き出したその言葉に、ミゲルは「言われなくてもそのつもりですよ」と肩をすくめてみせた。

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【ドルPパロ】アイドル

※アイドル×プロデューサーパロ
※ちょっとだけモブ(ファン)がいる

 ◆◆◆

 その白い光を、覚えている。
 真昼間のアーケード街で、何よりも鮮烈に、善を為そうと駆けて行ったその目映い姿がいつまでも、強烈に瞼の裏に焼き付いて離れない。
 気が付けば、ひったくり犯を駆け付けた警察官に引き渡して鞄を奪われたのであろう女性に鞄を渡してその場を立ち去ろうとしていた彼の背中に声を掛けていた。
 そうして私は、エグザベ君という光と出会った。

 ◆◆◆

 ステージの上には、アイドルが一人。
 白地に金糸が煌めくアイドル衣装を身に纏った青年が、スポットライトを一身に浴びて伸びやかに歌い踊っている。
 私ははそれを、ロープで囲われた客席エリアに立って見つめていた。
 ステージの上に立つエグザベ君は、私がプロデュースしている新人アイドルだ。今時珍しくグループに属さず、ソロアイドルとしてついひと月前にデビューした。配信番組と楽曲配信でファンを獲得し、今日はとある巨大ショッピングモールの通称「噴水広場」でのデビューイベント開催となる。
 エグザベ君がぴたりとキメのポーズを決め、曲が終わる。ぱらぱらと周辺から拍手が聞こえた。ちらりと客席エリアの外を見ると、ロープのすぐ際に何人かの女性が立っている。男性アイドルのファン層に多い傾向の彼女らの服装や持っている団扇を見るに、既にエグザベ君に付いているファンと見て良さそうだ。
 またステージ上に視線を戻すと、エグザベ君は肩を上下させながらも「ありがとうございました!」と一礼した。
「……うん。いいですね」
 リハーサルの手応えも上々。緊張しているようでまだ少し動きが硬かったが、それでもこのステージを楽しんでいるのが伝わって来た。
 私は音響・ライト共に問題ないことを横に立つスタッフに伝えてからステージの前に進み、スタッフ用マイクを受け取ってステージに上がった。
 この噴水広場は三百六十度上から見下ろされる形となり、音響設備も用意されていることから多くのアイドルやアーティストがイベントに利用する。私もかつてのデビュー直後にこの景色を見た。
 ちらりとエグザベ君に目線を送り、頷いて見せる。君のステージは素晴らしかった、と。エグザベの表情が明るくなったので、私はステージの外に視線を向けた。
「リハーサルは以上です。ご希望の方にはあちらで入場整理券をお渡ししていますので、この後の17時から始まるデビューイベントにもお越しいただければ幸いです」
 私のアナウンスにまた拍手が上がる。元アイドルとして、こうした時に顔出しするプロデューサーの立場を取ったのは正解だったなと思いながら隣のエグザベ君に挨拶を促す。
「皆さんリハーサルからありがとうございました! この後のイベントも絶対……いや、無理なく! 来てくださいね!」
 絶対じゃないのか、と彼の素朴さを微笑まえしく思っていると「行くよー!」とファンから黄色い声が上がる。そのレスにエグザベ君はパッと顔を輝かせた。
「あ、わあ! ありがとうございます!」
「エグザベ君、そろそろ」
 マイクを通さず耳打ちすると、エグザベ君は「それではまた後で!」と深々一礼してステージから捌けていく。私も一礼してから、彼と同じルートでステージから降りる。
 ステージのすぐ脇にあるドアから関係者専用通路を通って控室に入ると、エグザベ君の肩から力がどっと抜けた。
「き、緊張しました……」
 パイプ椅子の上に崩れ落ちるように座る彼からジャケットを脱がしてハンガーに掛けてやってから、キャップを開けた水のボトルを差し出す。
「お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございます……」
 エグザベ君は受け取ったボトルから水をひと息に半分ほど飲んでから、不安げに私を見上げた。
「あの、本当に大丈夫でしたか?」
「ええ、素晴らしいパフォーマンスでした。初ステージにしては上出来でしたよ、この調子なら本番も大丈夫」
 するとエグザベ君の目が潤み、頬も緩んでどこか締まらない笑みとなる。
「シャリアさんにそう言っていただけると安心します……」
 ああ、その凛々しい顔立ちから繰り出される小犬のような表情が私はじめ数多の人間をこれから虜にしてしまうのだろう。
 そのギャップにくらくらしながらも、私は頼れる敏腕プロデューサーとしての笑みを浮かべてみせるのだった。

 ◆◆◆
 
 一方その頃、噴水広場近くのコーヒーショップの一角。エグザベとシャリアは聞き得ない、二人の女性による会話。
「は~やば……生ザベ君ガチでビジュ良すぎ」
「ね、シャリア・ブル目当てで見始めたけど全然ザベ君も推せる」
「てかさ」
「うん」
「……あの二人、さあ」『(スマホ画面に入力)付き合ってて欲しすぎる』
「……ッ! ッッッッッ!!」(「わかる」のスタンプ連打)

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絵画における補色の効果について

 シャリア・ブルは芸術をとんと解さぬ男である。
 物体の美醜を自意識でもって漠然と判断する事は出来る。資産家の間で絵画や彫刻が資産あるいは一種の投機商品として扱われていることも知っている。
 しかしそれらの実際の価値だとか歴史だとかそういったところは門外漢であり、きっとデザインさえ似たようなものであれば北宋の壺もディスカウントショップの棚に並ぶ花瓶も同じように見える。自分はそういう男である、と。それがシャリア・ブルの自認であった。
 だがそんな男にも響く芸術は存在するのだという意見には賛同しても良いかもしれない、と、シャリアは一枚の絵を見ながら考えるのだった。
「『夕暮れ時の刈り込まれた柳』フィンセント・ファン・ゴッホ……旧19世紀の作品とは、マ・クベ中将のコレクションの中でも比較的新しい方ですね」
 隣に立ったエグザベが、額縁の側に添えてあるキャプションを読み上げる。シャリアは「そうですね」と頷いた。
「中将がこうした絵も好むとは、少し驚きました」
 マ・クベのコレクションだというそのゴッホの絵には、夕日の強い光を浴びる柳の木々が描かれていた。背の高い草に囲まれた柳はいずれも葉が刈り取られていて、何処か物悲しく見える。後景の水面と柳の木の青が、夕日と草原の黄色の中でいっそう際立って見え……逆もまた然り。その強い夕日が画面のすべてを色鮮やかな風景に見せていた。
 シャリアとエグザベ、そして別室に控えているコモリは、グラナダに新たに開かれる美術館のプレオープンに招待されていた。
 この美術館は現ジオン公国中将マ・クベのコレクションを公開展示し、グラナダ市民が気軽に芸術に触れられるようにと建設された。
 建設計画自体は現政権となる以前よりキシリア・ザビの認可を受ける形で進んでいたらしい。「イオマグヌッソ暴走事故」に端を発する政変によりしばらく計画は凍結されていたが、実現すれば観光資源として大いに有用であると目を付けたアルテイシア現公王の計らいによって計画が再開され、こうして無事開館と相成ったのだ。その成立には旧・現両体制の思惑が大いに絡んでいるものの、あくまでマ・クベ個人のコレクションを展示する私設の美術館という建付けとなっている。
 そうした経緯ゆえに厳密にはマ・クベ個人から招待されたのはエグザベ一人で、シャリアとコモリは任務として潜り込むために「招待状を発行してもらった」形になる。
 その任務とは、このプレオープンと翌日の開館式典に集う要人警護の裏からの支援。
 その要人とは、地球連邦を含めたジオン国内外の政財界の大物。その中でも特に要警護と目されている者が二人。
 まず当然ながら、この美術館の創設者であり旧体制時はキシリア・ザビの忠臣としてその名を知られたマ・クベ中将。
 そして開館式典に合わせてのグラナダ入りを予定している、ギレン・キシリア両名の国葬以来およそ二年ぶりに公の場に姿を見せる、ガルマ・ザビである。
「マ・クベ中将個人がお好きなのは陶芸や彫刻ですが、地球に赴任していた頃は散逸・消失の危機状態にある芸術品を可能な限り保護していた方です。それを金持ちの道楽と嘲られたこともあると仰っていましたが、芸術こそ世に必要であると信じていると……だからこの美術館にも、その中から幅広い年代の作品が集められている」
 エグザベは、ジオンに拾われてから少しの間マ・クベに衣食住を世話になっていたのだという。キシリア亡き現在でもマ・クベはエグザベを多少なりとも気にかけている。
 マ・クベはキシリアがギレンに対するクーデターを謀っていたことは承知の上であったが、イオマグヌッソを用いて地球人類抹殺を目論んでいたことは全く知らされていなかった。それが幸か不幸なのかは、シャリアにもエグザベにも分からない。とにかくそうしてマ・クベは現在でも中将の座に就いていた。
 キシリアの死とイオマグヌッソの真相を知り、その諸々の衝撃から辞任して地球の別宅に引き篭もろうとしていたところをランバ・ラル将軍が必死で引き止め説き伏せた、とシャリアは聞いている。
「地球に置いていてはむしろ危険だと、マ・クベ中将個人を信頼して所有者から預けられた個人蔵作品も含まれていると伺いました」
 エグザベはそう言いつつ、手元の収蔵品リストに目を落とす振りをしながら周囲に目を配った。
 今のところ怪しい気配は無し──エグザベがそう口にする前にシャリアは「なるほど」と頷いた。
 ──我々が泳げば何か釣れるかとも思いましたが。
「少尉はどう思いますか、この絵」
 ──もう少しだけ泳いでみましょう。
「え、僕ですか」
 ──もう少しって……。
 言外に呆れているエグザベに、シャリアは仮面越しに目配せした。
 ──私の勘です。
「そうだな……この盛り上がってるの、絵の具ですよね。筆致に、この絵を描いた時の手遣いが感じられるような気がしました」
「なるほど、筆致ですか」
 面白いところに目を付ける、と改めてゴッホの絵を注視すれば成程。一色に見えた部分は絵の具で引かれた線の積み重ねだ。
「少尉は絵を見る心得が?」
「いえ、全く。中将にお世話になっていた頃にいくつか見せていただいた程度です。高貴な方にお仕えするのだから本物を見て見る目を養えとのことでしたが、正直あまり」
「ふふ、あの方らしい」
 こうしたところがマ・クベは能力が高いが根本的に軍人向きではない、とランバ・ラル辺りから評されている理由なのだろうとシャリアは思うが話が反れるので黙っておく。それ故に共和制への移行を前提としている現政権でも優秀な政府の歯車として重用されているのだが、そんな彼に擦り寄ろうとするザビ派残党のなんと多いことか。キシリア亡き今、マ・クベはそうしたザビ派残党に一切の興味を失っているというのに……とシャリアが密かにマ・クベに思いを馳せていると、耳に仕込んだ通信機から微少な着信音が聞こえた。別室でシステムやカメラを監視しているコモリからの定時通信だ。
 シャリアとエグザベにしか聞こえない、無線に乗ったコモリの声が二人に状況を伝える。
『こちらコモリ。今のところ館内外に大きな異常は見えません。ガルマ様の到着が予定より早まるとウラガン少佐より連絡がありましたのでそろそろご準備を』
 エグザベがシャリアを横目で見る。シャリアは注視しなければ分からないほどに小さく頷いた。
 二人はゴッホの絵に背を向け、周りの客に悟られぬよう展示室を後にした。あくまで招待客として、ゆったりとした足取りで。数メートル後方にぴったり付いて来る気配には気付いていないふりをしながら。
「そう言えば中佐は、どうしてあのゴッホの絵が気になったんですか?」
 世間話のようにエグザベに尋ねられたので、シャリアは「ふむ」と顎に手を当てた。
「色遣いに目を引かれた……のだと思います」
「色遣い、ですか?」
 エグザベがスーツの襟を直す振りをしながら、襟元に仕込んだ発信機でコモリに信号を送る。
「確かにゴッホの絵は他の収蔵品と比べればとても色鮮やかですよね……僕はてっきり、中佐ならもっと落ち着いた色彩と風景の絵を好むのかと」
「おや、面白い偏見ですね」
「偏見というわけでは……」
 エグザベが信号を送って程なくして後方から「お客様──」と警備員の声がする。その隙に二人はそそくさと展示ルートを逸れ、スタッフ通用口を通って、今回の拠点である小さな控室へ足を踏み入れる。
 その控室は設計段階から館内に組み込まれていた「第二のセキュリティルーム」であった。館内の監視カメラの映像や館内見取図が投影されているモニターが壁一面に敷き詰められ、いざという時は館内セキュリティシステムの権限を全てこの部屋に移譲可能であるという。
 室内には、椅子に座ってモニターを眺める者が一人。
「美術鑑賞はどうでした?」
 シャリアとエグザベから声を掛ける前に、私もそっちに行きたかった、と言外に拗ねながらコモリがモニターから振り向いた。
「なかなか有意義な時間でしたよ。次はコモリ少尉も是非」
「いつ来れることやら」
 コモリは小さな溜息とともにタブレットとキーボードを手に椅子から立ち上がり、それらをそそくさとケースに詰める。
「さっきみたいにちらほら怪しい者はいますが、いずれも警備には報告済。大きな動きはありませんね」
「まだ会場に中将もガルマ様もいらしていませんからね。ここで騒ぎを起こすメリットがあるとも思えません」
「魚の餌になろうとしてる人がそれを言わないでもらえます? 中佐もエグザベ君もザビ派からしたら格好の的になるからって」
「もっと言ってやってくれ、僕だけならともかく」
「エグザベ君だけならいいって話でもないの!」
 本当にこの二人は、と呆れていることを隠しもせずに大きなため息を一つ吐いて見せてから、コモリはテーブルの上に置かれた菓子缶を掲げた。個包装のクッキーやチョコレートが詰まっている缶の蓋は既に空いていて、コモリが食べたのか隙間がある。
「このお菓子、差し入れで頂きましたので移動しながら食べましょう」
「あ、それ前にマ・クベ中将からいただいて美味かったやつだ」
「グラナダ最高級ホテルの限定缶。中将って差し入れにセンスあるよね」
 そそくさと荷物をまとめ、三人連れ立って地下の職員用駐車場へ向かい、三人の部隊用の小型バンの定位置にそれぞれ滑り込む。シャリアは助手席、エグザベは運転席、そしてコモリは小型サーバーやエンジン停止中も動く電源なんかが満載のトランクルームをぶち抜いた後部座席。
「はい、発車前に好きなのどうぞ」
 コモリが前の席に向けて缶を差し出すと、エグザベはホワイトチョコレートとミルクチョコレートを一つずつ、シャリアはブラックのチョコレートを一粒取った。
 チョコレートを口に放り込んだエグザベがバンを発進させ、後部座席のコモリがタブレットを開いた。シャリアもつまんだチョコレートを口に入れる。ほろ苦さと爽やかな香りが強張っていた神経をほどよくリラックスさせてくれた。
「お伝えした通りガルマ様の乗ったシャトルの到着予定時間が一時間早まりました、あと二時間で宇宙港に到着します。その後のスケジュールはガルマ様のホテル滞在時間が一時間長くなる以外は変更ありません」
「到着時刻が早まった原因は?」
「医療用民間シャトルとの発着場の兼ね合いとのことです。ガルマ様のチャーター便が出発を早めればグリーン・ノア発カリフォルニア着医療用シャトルが最速で着陸出来るからと。この便の存在はこちらでも確認していますが、裏も無さそうでした」
「よろしい。この後の配置は大きく変更しなくても良さそうですね」
 美術館からグラナダ宇宙港までは車で三十分ほど。互いの報告や軽い確認も終われば自然会話は途切れるか雑談へとシフトする。今日のシャリアは雑談をしたい気分だった。
「時にエグザベ少尉、私がゴッホのあの絵より落ち着いた色合いの絵が好きそうという先の偏見について伺いたいのですが」
「ちょっ、なんでその話続くんですか」
「ああ、聞こえてましたよその話。エグザベ君なかなか失礼じゃない?」
「う……それはそうかもしれないが……」
 エグザベは気まずそうに言葉を詰まらせてから、視線は前に向けたまま考え考え口を開いた。
「あの美術館は、もっと古い時代の、落ち着いた色合いの絵画も多かったでしょう。ええと例えば……そうだ、ラファエロやレンブラントのような。中佐が普段お召しになっている服や私物は上品で落ち着きのある色合いなもので……なんとなく、絵もそういった落ち着いたものが好きなのかなと。偏見と仰るならばその通りです、すみません」
「別に気にしていませんよ、面白い視点だと思っただけで」
 エグザベの言う落ち着いた色合いの服や私物については、ハイブランドのアパレルや小物はそうした色合いの物が多く、そうした物を身に着けていれば箔が付くというある種の打算から始まっている。
 深いこだわりがあると自分で意識したことはなかったが、エグザベの目にそう見えているのであれば、それは自分で意識していない真実の一端ではあるのかもしれない。
「中佐はあの絵のどんなところが気に入ったんですか?」
 コモリがシャリアに尋ねた。
 バイパスを通過して、周りの車両にトラックが増え始める。車が少しずつ宇宙港に近付いているのだ。
「そうですね、先ほどエグザベ少尉にも言いましたが色遣いが気に入りました」
 隣でハンドルを握るエグザベ、そして後部座席に座るコモリをそれぞれにちらりと見る。
「世界を照らす光の鮮やかさと、寂しい色をしているはずなのに不思議とそうは見えない柳……世界をこれほど鮮やかに描けるのかと、感心したのです」
 私はきっとあの柳だ。己の感じたものを語りながら、ふとシャリアはそう気付いた。
 あの時、自分はやるべきことはやり尽くした出涸らしの身になると思い込んでいたが、そう成ることをエグザベが許さなかった。何はどうあろうと生きていて欲しいのだとコモリが訴えた。今の私を生かしているのは彼らだと、どういうわけかあの絵を見て思ったのだ。
 若い部下達に私は支えられている、いつもその光で照らされている。胸の芯の空洞にすら届く、眩しく美しい光で。
「枯れていないなら、また葉も茂って来るでしょうからね」
 ふと、何気ない風にコモリが呟いた。
「──」
 思い掛けない言葉に虚を突かれたシャリアは黙り込むが、短い沈黙をエグザベの呑気な声が破った。
「そう言えばお二人、本物の柳って見たことあります? 僕はありません」
「私も多分ないかなあ。宇宙に持ち込まれる木でもないよね。旧世紀からのお伽話によく出てくる木ってイメージしかないかも。中佐はどうですか?」
 枯れかけの男の感傷を意に介せず転がっていく部下達の世間話。思考の腰を折られた筈のシャリアは何か爽快感に似たものを覚えながら、首を横に振った。
「私も恐らく見たことはありません。地球の、それも地上に降りた回数はそう多くありませんから」
「写真が発明されていない時代は、ああやって見たものを人々に伝えていたんですね」
「うーん……ゴッホの時代はもう写真発明されてるかも」
「えっ、そうなのか」
「発明されていたとしても写真で色を捉えるまでは出来なかった頃です。伝達手段としての絵画の役割は残っている頃でしょう」
「ああ、そっか。でもゴッホのあの絵で伝わるのって、『何が在ったか』よりは『ゴッホが世界をどう捉えたか』じゃないですか?」
「だとしたら、もっと凄いな」
「何が?」
 宇宙港にほど近い交差点で赤信号でに引っ掛かる。エグザベはブレーキを掛けて信号が変わるのを待ちながら、ホワイトチョコレートの包みを開けて口に放り込んだ。
「主観なんてニュータイプだろうと他者にそう易易と伝えられる物でもないし、伝わったところで長く残るものでもないのに。ゴッホが捉えた世界は死後から今に至るまでちゃんと残っている。それは、途方もなく凄いことだよ」
 信号が青に切り替わり、エグザベがアクセルを踏み込んだ。車は少しずつ宇宙港のターミナルへと近付いていく。
「だからマ・クベ中将は、芸術が好きなのかな。今日三人で話してやっとそう思いました」
「……やっぱりマ・クベ中将って、軍人っぽくないよねえ。エグザベ君越しに話を聞いてると、結構繊細な人なのかなって。軍人にしては差し入れにもセンスがありすぎだし」
「あはは……」
 コモリの言外の「軍人らしくセンスのない差し入れ」を思い出したのか、エグザベの笑いが若干引き攣る。
 ジオン軍内も彼らのような若い世代が多くを占めるようになり軍人も意識のアップデートを求められる時代と言うことなのだろうが、はて私はどうなのだろう……とシャリアが己を顧みたところでコモリがすかさず声を上げた。
「中佐も差し入れにはめちゃめちゃセンスあるので、そこは自信持ってください」
「おや、ありがとうございます」
 車は、所定の機器を積んで車体登録をしていなければUターンを促される「関係者専用レーン」へ。自然と雑談も終わり、車内の空気が引き締まる。この後の流れを再度確認しながら地下駐車場に車を入れ、各々シートベルトを外す。コモリは差し入れのお菓子缶をちゃっかり小型冷蔵庫に入れた。ここからはコモリも含めた三人での行動となる。シャリアは少しずれたバイザーの位置を直す。
「それではお二人、行きましょうか」
「了解っ」「過度な無茶はしないでくださいよ、二人とも」
 バンを降りてエグザベとコモリが先を行き、シャリアはその後ろを歩く。
 二人の部下の背中が心なしか大きく見えて、シャリアはバイザーの下で目を細めた。

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貴方と友達になりたい

「お友達なら構いませんが」
「えっ」

 花壇が美しい休日の公園に呼び出した上でのエグザベ・オリベの決死の覚悟の愛の告白を、シャリア・ブルは不発に終わらせた。
 しかしその告白が不発に終わったとはエグザベには思えなかったらしい。何故ならそう告げたシャリアの白い頬はシャリア自身にも熱という形で分かるほどに紅潮していて……
「お友達になっていいんですか!?」
 エグザベが飛び上がりながらシャリアの顔を覗き込むと、シャリアは小さく咳払いしながらついと目を逸らした。
「んんッ……まあ、君なら、いいです」
「嬉しいです、中佐とお友達になれるなんて……!」
 ぱあ、とエグザベの笑顔が輝く。そしてそれを見たシャリアは喉の奥からうめき声を溢しながら、休日用サングラスのブリッジの位置をそっと直した。
「私、今君の告白を振ったのですが」
「え、でもお友達にはなってくださるんですよね?」
「それは……そうなんですが……」
 通じているのか通じていないのか。
 シャリアは思わず頭上を仰いだ。人工の青空の向こうにうっすらと対岸の街並みが見える。あちらにも人の営みがあるのだと思うとなんだか気が滅入るようでまた視線を戻すと、きらきら輝くエグザベの瞳。何故こんな事に、とシャリアはただ困惑する。
(少尉の希望は、私と恋人関係になりたいというものだったはずだ)
 しかしその望みを素直に叶えるには、シャリア・ブルという男は地位が高すぎて、彼より年嵩で、更に言えば木星行き以降性愛に興味を失っていた。
 その告白に頬を赤くしてしまうほどに嬉しくて、その思いをどれほど好意的に受け止めていようと。
 十一も年下で将来性溢れるエグザベ少尉の人生を私のような男で無為に浪費させるわけにはいかない──それがシャリアの思いだった。
 ゆえに、お友達からと。そう答えたのだが、どういうわけかエグザベはシャリアの返答をいたく喜んでいる。希望が全く叶っていないのにも関わらず。
「……貴方、あれですか。お友達から始められれば恋人になるチャンスがあると思っているクチですか」
「そうですね、失礼ながらそう思っていないことも無いです。しかしそれよりも、中佐が僕とお友達になっていいと思ってくださっていることが嬉しいです。僕は中佐と、恋人にも友達にもなりたかったんだと思います」
「……」
 呆れるやら嘘偽り無い言葉に気圧されるやら、眩しい笑顔に灼かれてしまいそうになるやら。シャリアはまた目を逸らした。なんなのだこの真っ直ぐすぎる青年は。ますます私の人生に付き合わせていい子ではないだろう。
「貴方は、私の友人にもなりたかったと」
「はい。僕はあんたのことを沢山知りたいと思っているのですが……上官相手に友達になりたいと言うのは、どうにも気が引けてしまって」
「恋人も十二分に気が引けるはずでは……!?」
 あまりに大胆なエグザベの思考に思わずそう突っ込んでしまう。しかしエグザベはきょとんとしている。
「でも地位の高いお方が若い男を侍らすのは不自然なことではありませんよね、なら友人より恋人の方が自然では」
「やめなさい」
 思わずピシャリと言葉を遮る。
「嬉々として若き燕を侍らす高官など大概がろくでもない人間です。私はそんなものになる気はありませんので覚えておくように」
「か、かしこまりました……貶めるような発言をして申し訳ありません……」
 エグザベが肩を落として俯く。彼がソドンに乗る前にいた環境に少々「偏り」があったことを思えば悪気が無いであろうなど分かりきっている、少し強く言い過ぎたかとシャリアは慌てるのを押し隠しつつ「まあまあ」とエグザベの肩に手を置いた。
「そこは少しずつ学んでいきましょう、私の友人として」
「はい……」
 エグザベはまだ落ち込んでいる。この素直さを可愛いと思ってしまう自分はもうどうしようもないのでは……と、シャリアは己の内から湧き上がる何かに必死で蓋をするのだった。
 そうして、シャリアは十一も歳下の部下と友人になった。
 果たしてこれで良いのか、と一抹の不安はありつつ、シャリアは一先ず己の中の気まずさを誤魔化そうと近くに停まっているフードトラックを指差した。
「ところで、お腹空いてませんか」
 そうして友人になって最初にしたことは、フードトラックで買ったそれぞれのホットドッグと一ボックス分のフライドポテトによるランチであった。
「中佐は子供時代や学生時代、どのような交友関係をお持ちだったのですか」
 シェアするために買ったポテトをつまみながらエグザベがそう尋ねてきたので、シャリアは努めて淡々と答える。
「人並みだと思いますよ。私の不精のせいでもうほとんど連絡も取れませんが」
「軍人になってからは?」
「友人と呼んでよいか定かではありませんが、あちらのお陰で定期的に連絡を取り合う仲が続いている方はいますね、ドレン少佐のことですが。お会いしたことあるでしょう」
 裏を返せば、あの艦に乗っていた尉官以上の人間で健在かつ遠慮なく連絡を取れる人間がドレンしかいないわけだが。
 エグザベは「そうかあ」と呟いてから、ホットドッグの最後の一欠片を口に放り込む。咀嚼・嚥下ののち、「それでは」と口を開いた。
「仮に異動や昇進で距離が出来たとしても僕は中佐に沢山連絡し続けますね。絶対縁が切れないように」
 ホットドッグの最後の一欠片を口に放り込みつつ、シャリアは横目でエグザベを見る。
 エグザベは何か特別なことを言った自覚もない風に、ポテトにケチャップソースをディップしていた。
「大人をやっていると難しいですよ、それ」
「そうかもしれませんが、やってみないと分からないと思います。何しろ僕も安否が分かっているお友達が中佐くらいしかいないもので、まだやったことがないんですよ」
 平然としているエグザベに、シャリアは内心舌を巻きながらカゴに手を伸ばした。
 どのような形の関係であれ、この青年は自分から手を離すつもりがないらしい。
「……頑張ってください」
「何言ってんですか、あんたの協力がなければ関係維持は出来ませんよ。僕はあんたがどれほど連絡不精でもめげないつもりですが、それにそちらが甘えすぎるのも良くないと思います」
「ぐむ……善処します」
 耳が痛いが、それにしては先よりエグザベから向けられる感情が妙に甘ったるく思えてポテトの塩気がありがたい。
 友人から向けられる感情とは果たして、こんなに甘ったるいものなのか。
「……蒸し返すようで恐縮ですが貴方、私のこと好きなんですよね。恋愛対象として」
「え? ああはい、そうもなります」
「本当に良いのですか。そちらには応えられない男と、恋人になる代わりに友人になって」
「いいか悪いかは、きっとそのうち分かります。もしかしたらずっと分からないのかもしれませんが……少なくとも、今の僕は良いと思っている。だから、今はこれで良い。僕の恋愛感情は僕だけの都合で、それであんたを傷付けたいわけじゃない。ただ友達としていられるなら、ただの友達であり続けます」
 人間そこまで利口になれるものだろうか、とシャリアは思う。一方で、この青年なら見事に割り切れてしまうのだろうとも。
「あんたこそ、本当に良いんですか。そちらから提案しておいて何度も僕に確認を取ろうとして。それは本当に僕のためなんですか?」
 エグザベの言葉が突き刺さり、シャリアはまた口をつぐんだ。エグザベは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「あんたのことだから、僕には他の友人や恋人を他所に作ってもらっていずれ離れてもらおうとか考えていそうですけど。僕は絶っ対に、あんたから目を離すつもりはないぞ」
「…………」
 近いことは考えていたのでシャリアは無言で目を逸らしたが、エグザベが明らかに肩を落としたので慌ててエグザベに視線を戻してしまった。
「……中佐は、本当に僕と友達になりたいんですか」
 どこか所在なさげなエグザベの声。釣られるように、シャリアの声も落ち込んでいく。
「話しているうちに、自信がなくなってきました。恋人になってあげることは出来なくても友人ならば……と思いましたが。想像していたより貴方の本気の純度が高く……私のような男が貴方の友人で良いのかと」
「いいに決まってるだろ、そんなの……」
 エグザベの声が不貞腐れてたものだったので、シャリアは目を丸くした後に笑いが込み上げるのを抑えられなかった。
「ああ、君もそんな風に不貞腐れることがあるのですね」
「そーですよ、悪いですか」
「いいえ、むしろ喜ばしい。君の知らない一面を知ることが出来たのだから」
 笑っているうちに、先聞いたエグザベの言葉を思い出す。『僕はあんたのことを沢山知りたいと思っている』……そうか、友人同士であれば彼のこのような一面も知ることが出来るのか。
「ねえ、エグザベ君」
「え……あ、はい!」
 エグザベが目を丸くしているのを愉快に思いながら、シャリアは手についた油を紙ナプキンで拭った。二人で食べていたポテトのボックスはもう空になっていた。
「今、君のことをもっと知りたいと思いました。つまらない男ですが、やはり今後は君の友人でいさせていただきたいです」
 エグザベに向けて手を差し出す。
 もう一つの思いには応えてあげられない。感情云々以上に理性がそれを許さない。それでも、ただの友人として在ることは出来る。友人になりたいと言ってくれたこの青年の好意を無碍にしたくなかった。
 この思いは薄々勘付かれているのだろう、それでもどうか見て見ぬ振りをして欲しい。私だって君のことを知りたいのだから。それはシャリアの献身であると同時にエゴだった。
「今後とも、よろしくお願いします」
 シャリアの手にエグザベはおずおずと手を伸ばし、そっと握る。合わさった温かな掌から伝わるのは戸惑い、そして喜び。
 
 どのような形であれ、自分は個人としてこの人の傍にいることを許されたのだ。

 その思いが掌と共に重なって、シャリアは胸の奥の空洞が小さく締め付けられるような心地を覚えた。

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普遍にして不変

 本国では白磁の騎士とも讃えられるそのモビルスーツが基地の格納庫に戻って来た頃には、純白の美しい装甲はすっかり泥に塗れていた。特に脚部は搬送中に乾燥した泥がこびりついてしまっている。
 そしてこの機体の専属パイロットであるエグザベは、コックピットから降りて機体を見上げ思わず「わあ」と間の抜けた声を上げた。
「地球で戦闘するとこんなになるんですね」
「あんた地球での戦闘は初めてだったのか」
 基地の技術尉官が呆れたようにエグザベを出迎えながら、タオルと水のボトルを差し出した。
「それであの戦果なら大したもんだよ、あんたの上官達はたいそうお冠だがね」
「はは、やっぱり……」
 エグザベがタオルで額の汗を拭うと、じりりと額が痛んだ。驚いてタオルを見ると、白かった筈のタオルに赤い点が飛んでいる。
「医務室に行ってきな、地球での怪我を放置すると洒落にならんぞ」
 そう促されたエグザベは、技術尉官にギャンを任せて格納庫を出た。ほとんど勢いで飛び出してきたのでパイロットスーツは着ていない、士官服のままだ。激しい戦闘で体に伝わった衝撃は当然緩和されず、あちこちに痣が出来ている可能性があった。
 上官達がお冠……という言葉には、嫌と言うほど心当たりがあった。この基地に奇襲を仕掛けようとしていたテロリストのモビルスーツ制圧という戦果を挙げたとは言え、正式な命が下る前に単騎で無断出撃したのだ。日頃温厚な彼らが目くじらを立てるのも当然のことだ。
 医務室より先に中佐のところへ……と医務室の反対側に足を向けようとした時、カツン、と前方からヒールで床を打ち鳴らす音がした。
「エグザベ少尉」
 決して冷たくはない、しかし怒気を孕んだ声であった。エグザベは思わず立ち止まる。
 腕組みをしたコモリ少尉が、額に青筋を立てながら廊下のほんの五メートル先に立っていた。
「今、怪我の手当てより先に中佐への報告を優先させようとしていますね?」
「は、はい」
 この時エグザベの目には、コモリが立ちはだかる壁のように見えた。ここを越えて行くことは出来ない……本能がエグザベにそう囁いた。
「貴方の独断専行に中佐は大変お怒りです。その上で手当てを後回しにした場合処罰が更に重くなる可能性があります。今すぐ医務室へ向かいなさい」
「ええと、処罰が重くなるのは報告を後回しにした場合なのでは」
「ごちゃごちゃ言わない! 回れ右!」
「りょ、了解致しました!」
 エグザベは慌ててくるりと方向転換し、医務室へ走った。戻って来たらしばく──背中から伝わるコモリの怒気が、雄弁にそう物語っていた。
 そうしてエグザベは医務室へ向かい、軍医によって容赦なく士官服を剥かれて肌の下に内出血が滲む痣にぺたぺたと湿布を貼られた。擦りむいた額にはガーゼを当てられ医務室用パジャマを着せられベッドの上に座らされ、いずれあなたの上官が来るのでそこで待機しているようにと言いつけられたのだった。
 士官服はランドリールームに持って行かれ待機命令も出てしまったものだからとにかくここに座って中佐が来るのを待っている事しか出来ない。
 自分の行動に後悔はない。あのモビルスーツの武装やエグザベの後続で出た特殊部隊からの通信を鑑みるに、対処が遅れていれば被害が出ていた可能性が高い。守るべき人達を守ることが出来た。
 それはそれとして軍人の身でありながら上官の命令も待たずに無断出撃をしたことは事実だ。
 沙汰を待つ心持ちで、エグザベは壁掛けの時計を見つめながらシャリアが来るのを待った。
 やがて時計の長針が反対まで動いた頃、医務室に控えめなノックの音が響いた。
 開いてるよ、と軍医が声を上げると静かにドアが開く。そして、エグザベの上官であるシャリア・ブル中佐が医務室に足を踏み入れた。手には畳まれた服を持っているが士官服ではない。整備作業時に着用するツナギだ。
 エグザベが跳ねるように立ち上がって敬礼すると、「ああ、楽にするように」とだけ言われた。バイザーを掛けた表情は伺い知れないが、纏う空気は静かで怒気は感じられない。
 だがこの人が自分の無茶を怒っていないわけがないのだ、とエグザベは過去の経験を思い出しながら心を引き締めた。
「動いても問題ないようなら、ひとまずこれを着てください。着替えが終わったら我々の部屋へ」
 それだけ言い残し、シャリアはエグザベにツナギを渡して医務室を出て行ってしまった。
 普段なら即お説教の流れなのだが、とやや拍子抜けしながらエグザベはそそくさとツナギに着替えて医務室を出た。
 我々の部屋、とシャリアが言ったのはシャリア・コモリ・エグザベの部隊が地球滞在中に拠点として間借りしている会議室だ。基地のやや奥まった場所にあるが、医務室からは五分も歩けば辿り着ける。
 扉をノックすると、「どうぞ」と返って来たので鍵の掛かっていない扉を開ける。
 窓に背を向けるようにしてコの字型に配置されたデスクの一番奥、窓を背にしてシャリアが座っていた。
 部屋の中にコモリはいない。どこに行ったのか、とエグザベが考えるより先に「コモリ少尉は陛下への定時報告で通信室にいます」とシャリアが言う。その声はやはりひどく静かだ。
「座ってください、軽傷とは言えまだ痛むでしょう」
 エグザベの定位置をシャリアが指し示しながらそう言うので、エグザベはおずおずと腰を降ろした。
「貴方の独断専行を理由に何か処罰を与えるつもりはありません。テロリストによる基地襲撃を防いだ貴方の戦果は無視できないもので、まあ相殺して問題なかろうという、貴方の直属の上官である私の判断です」
 それでは戦闘報告を聞きましょう、と、シャリアは手元のレコーダーを起動した。
 エグザベは淡々と報告を上げた。テロリスト側のモビルスーツの武装の特徴、対峙して分かったパイロットの技量。
 一通りの報告を受けてから、シャリアは小さく溜息を吐いてからバイザーを外した。ようやく見えたその目は静かで、けれど疲れ切っているように見える。
「……何故、あのテロリスト達に気付いたのですか。貴方が出た時、兆候は何も無かったでしょう」
「気付いたと言うより、予感がしました。この場所に向けた敵意のようなものを感じ、僕がすぐに行かなければここが燃える、敵意の方へ向かえば間違いないと。結果論ですが、事実連中はこの基地を標的としたテロリストでした」
「────」
 シャリアは口を引き結び、黙りこくる。エグザベは黙ってシャリアの言葉を待った。
 やがてシャリアは一つ、溜息を吐き出した。
「後出しじゃんけんは好かないのですが……ミーティング中だったでしょう、同じ場にいた我々に話そうとは思わなかったのですか」
「話している余裕はないと感じました」
「そのために君一人が負担を負って傷付いたとしても?」
「この基地を、貴方達を守ることが出来たので、意義はあると考えています」
「…………」
 シャリアはしばし黙り込んでから、レコーダーを止める。それからちょいちょいと手の動きだけでエグザベを呼んだ。
 エグザベが不思議に思いながら立ち上がってシャリアに近付くと、シャリアも立ち上がる。かたん、と椅子の脚が床にぶつかる音が静かな部屋に響き、次いで衣擦れの音がエグザベの耳を覆った。
 いつの間にか、エグザベはシャリアの体温と白檀の仄かな香りに包まれていた。白檀──シャリアが好んでいる香水の香り。抱き締められていることに気付いて、エグザベは身動ぎしながらシャリアを見上げる。
「中佐……?」
「ここから先は上官としてではなく、恋人としての言葉だと思って聞いてください」
「はあ……」
 戸惑うエグザベには素知らぬ振りで、シャリアは恋人としての言葉を続ける。
「君は軍人に向いていないと思うことがあります。君は軍人であるにはあまりにも真っ直ぐで、その身を顧みない……私の存在が君を軍に縛る限り、私は既に君のその人格と能力を戦いに利用する悍ましい存在へと成り果てているのではないかとすら思う」
「────」
 独白に似たシャリアの言葉に、エグザベはなんと返したものかとしばし迷う。
 あまり僕を侮るなよ、と叱りつけてやるのが一番手っ取り早かったしそう言ってやりたくもあったが、叱るには今のシャリアはあまりにしおらしかった。
「確かにあんたは僕に無茶振りばかりしますが、それは僕が必ず成し遂げると信じてのことでしょう。ちょっとムカつくことはありますけど」
 なんとか口を開いたエグザベは、頭をフル回転させながら言葉を選ぶ。
「僕がこの身を賭けるのは、僕にとって、あんたやコモリ少尉がそうするに充分なくらい大事な人達だからです」
 それに、上官だろうと恋人だろうとあんたは僕を大虐殺の尖兵にだなんてしないでしょう?
 口から出かかったその言葉はすんでのところで飲み込んだ。しかしシャリアには伝わってしまったようで、エグザベを抱き締める腕に力が籠もった。
「……ごめんなさい、シャリアさん。僕には、どうしてあんたがそんなに心を痛めているのか分かりません。僕はずっと、僕の意思で行動しているだけです」
 僕なんかと貴方のような高潔で美しい心を持つ人が傷を負うのとはわけが違うだろう。僕は貴方のためならいくら傷をこさえても痛くない、貴方が傷付くよりずっと良いから。
 そう言ってしまえばシャリアはもっと傷付くのだろう、と理由も分からぬままエグザベは思う。機序は分からぬのに、結果だけはうっすらと見えてしまう。そんな自分がなんだか恨めしかった。
 シャリアが傷付く理由を理解できなければ、きっと意味がないのに。
「君をずっと私の腕の中に閉じ込めていられたらと。考えてはいけないことを考えてしまいます……そうすれば君が傷を負うこともない……」
 エグザベの耳元で囁くようにこぼれたシャリアのその声が泣き言に似ていたので、エグザベはシャリアの背中に腕を回した。
「そうしたいのであれば僕を監禁しても構いませんが、それで一番後悔するのはあんたでしょう? 僕はあんたの自傷の道具になりたいわけじゃありませんよ」
「……意地悪ですね、貴方は」
「意地悪で結構です。でも、あんたが僕のために心を痛めるのは……」
 これを口に出していいものか、と迷う。けれど、正直に言わなければこの人と対等とは言えないだろうと、エグザベは言葉を続けた。
「嬉しいと、思ってしまいました」
 気を引くことができて嬉しい、とそれはまるで幼い子供の思考。二十代半ばにもなる男が考えて良いことではない。それでも自分を愛してくれる人が弱い部分を曝け出している以上、エグザベもまたそうする。
「だから、あんたがそうして心を痛める理由の理解に努めようと思います。ごめんなさい、分からなくて」
 シャリアの手がそわりと動く。もっと強く抱き締めたいのだろうが、エグザベの体を慮って我慢しているのだろう。代わりにその大きな手がエグザベの背を撫でた。
「……いいんです。これから、分かっていけば良いことです。私は……私だけではない、コモリ少尉も、君を大切に思っています。独りで傷付いて欲しくないと、思っています。どうかそれだけは覚えていてください」
「────」
 傷付く時は、いつだって独り。それは難民になってからエグザベの人生において当たり前のことだった。それなのにこの人は、独りで傷付いてくれるなと言う。イズマの軍警に殴られた時は絆創膏を差し出し、殺し合いまで演じたのに今こうして抱き締めてくれる。
 エグザベが戦果を挙げることよりも、傷を負っていることをこの人は気にする。
(ああ、そうか)
 擦り剥いた膝小僧。傷口を洗って、パッドを貼ってくれた大きな手。膝のひりひりとした痛みに涙を堪えていると、パッドを貼り終えた手が頭に伸びてきた。
 セピア色になってしまったそれらの光景がぱちんと脳裏に閃いて。
 目尻がじわりと熱くなり、頬をなにか液体のようなものが伝った。
(どうして、忘れていたんだろう)
 エグザベには確かに、愛し慈しまれた記憶がある。エグザベが傷を負うと、自分事のように悲しむ人がいた。そうやって、シャリアはただ当たり前にエグザベを愛していただけなのだ。エグザベがシャリアにして欲しくないことを、シャリアもまたエグザベにして欲しくないだけなのだ。
 気付いてしまえば、堰を切ったように涙が溢れてくる。
 自分ではどうにも止められなくて、エグザベはシャリアの首筋に額を押し付けたまま声を上げずにただ無言で涙を流した。
 シャリアもまた何も言わず、シャリアのスーツの肩がしとどに濡れるまで、二人の抱擁は続いた。

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sweetie bite

 ぷつり、と鋭い牙が肌を貫通するその感覚はいつも甘い痛みをエグザベの全身に走らす。
 エグザベの腕に牙を立てるシャリアが喉を鳴らす度に牙が僅かに擦れて、その甘い痛みが断続的にエグザベを苛み甘美な陶酔をもたらす。
 陶酔の中、エグザベはシャリアを見下ろす。
 シャリアさん。
 僕の血が大好きなシャリアさん。
 そんなに夢中で吸い付いて、僕よりもずっと歳上なのにあまりに可愛らしい。
「そんなに僕の血って美味しいんですか?」
 シャリアの頬を撫でながら尋ねるとシャリアは小さく喉を鳴らし、上目遣いでエグザベを見上げた。
 その様が情事を思い起こさせ、エグザベの心臓がどきりと跳ねる。そんなエグザベの様子に、シャリアが目を細めながらそっと腕から牙を離す。
 ちくり、と牙が抜ける痛みにエグザベが小さく震えると、シャリアは赤い口元を見せ付けるようにうっとりと口角を上げた。
「──ええ、美味しいですよ、とても」
 赤い舌が、ねっとりと口周りの血を拭う。
「一滴残らず飲み干して、君を全部私のものにしたいくらいに」
 艶めいたその言葉に、エグザベの背筋をぞくぞくと興奮が走った。体の奥底から衝動が湧き上がる。
 この美しい人にもっとめちゃめちゃにされたい。
 この美しい人をもっとめちゃめちゃにしたい。
 この美しい人と一緒に、めちゃめちゃになりたい。
「……シャリアさん」
 体がひどく熱かったが、シャリアに吸血されたあとはいつもこうなので、今更気にならなかった。
 熱に突き動かされるようにしてシャリアの肩に手を掛けると、シャリアが「どうぞ、君の好きなように」と耳元で囁いた。

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【学パロ】古典的なおまじない

※学パロ(生徒18×司書29)
※学校司書エアプなので細かいところは見逃してください

 ◆◆◆

「そろそろ閉めますよ」
「あ、すみません」
 図書室の一角、自習スペースで最後まで居残っていた生徒に、図書室司書のシャリア・ブルはそう声を掛けた。
 熱心に問題集に向かっていた生徒ははっとして顔を上げ、慌ててノートや参考書を畳み始める。図書館の常連であるその生徒に、多くの生徒からは「なんか暗い」という印象を持たれているシャリアはふっと微笑んだ。
「今日も君が最後でしたね、エグザベ君」
「あはは、すみません……ここが一番集中できるので」
 エグザベが困ったように笑う。三年生であり受験が近いエグザベは、毎日のように閉門時刻ぎりぎりまで図書室の自習スペースで勉強していた。他の多くの生徒のように予備校に通っているわけではないが、彼がいつも持っている赤本はそれなりの難関とされている大学だ。そんな彼が勉学に励む姿を、シャリアは好ましく思っている。
「閉門時刻も近いですから急ぎなさい」
「はい、いつもありがとうございます」
 ばたばたと片付けを終えたエグザベは、きっと教科書や参考書でいっぱいなのであろう鞄を抱えて立ち上がると図書室の出口へ向かった。
「さようなら、シャリア先生!」
「はい、さようなら」
 がばり、と勢いよく礼をするエグザベ。先生と呼ばれてはいるが教師ではないシャリアはそれをむず痒く思いながら、エグザベに手を振る。
 たたた、とエグザベが小走りで薄暗い廊下を去る足音が聞こえなくなるまでシャリアは手を振っていた。図書委員の生徒達は既に帰した後で、残っている生徒がエグザベだけなのは確認した。再度図書室をぐるりと見て回って忘れ物が無いかどうかを確認して、ちょっとした締めの業務を終えたら図書室を施錠して、自分も帰宅するだけだ。
「……おや」
 そして忘れ物はたいてい、日につき一つか二つは見付かるものだが、エグザベが先まで座っていた机の上に長方形の紙が一枚残されてあった。サイズ感を見るに栞だろうか。忘れ物は回収したら忘れ物ボックスに入れておいて、生徒が問い合わせしてきたら確認して渡す決まりになっている。シャリアは何気なくその栞を手に取り、そこに文字が書いてあることに気付いた。
 そして悲しいかなシャリアの特技は速読であり、視界に入った瞬間意識するより先にその文字の内容が頭の中に飛び込んできた。
『合格したらシャリアさんに告白する!!!!』
 力強い文字で書かれたその言葉。
 その意味を認識した瞬間に、頭が真っ白になった。
(これを、エグザベ君が。告白? 私に?)
 彼から見たらずっと年上であろう暗い男に、なぜ彼のような若さ溢れる学生が懸想をするのか……と思いを馳せかけたが、いや待て。
(迂闊すぎるのでは?)
 告白しようとしている相手が働いている場所に毎日遅くまで居座る。
 それはまあ、いい。大人だって恋に狂えば似たようなことをすることもあろう。まして彼は十八の若い盛りだ。
 だが、そこにこの栞を持ち込んで挙句忘れて行くのは、ちょっと迂闊すぎるだろう。
「……っふふ」
 エグザベのそんな過ちがあまりに可愛らしくて、シャリアは栞を手に思わず肩を揺らして笑ってしまった。栞は使っていない透明クリアファイルに挟んで、忘れ物ボックスにそっと入れておく。彼の思いはきっと純粋で、大人が粗雑に扱っていいものではないだろうと思えた。
 そして翌日、一時限目と二時限目の合間の休み時間に図書室が開いてすぐ。
 エグザベが、ひどく焦った様子で図書室に駆け込んできた。
「ああああの、昨日、僕忘れ物を」
「ああ、届いていますよ。これでしょう」
 忘れ物ボックスから取り出した栞をクリアファイルごとエグザベに渡す。真っ青だったエグザベの顔に安堵で血色が戻る。クリアファイルごと栞を受け取ってほっと安堵した様子であったのもつかの間、またさあっとエグザベの顔から血の気が引いた。
「あ、あああの、見ました、か」
 わざわざ聞かなくてもいいことを聞いてしまうエグザベに、この子は社会に出てから苦労するのではと心配になる。
「何の話ですか?」
 素知らぬふりをしてやると、エグザベはぱちぱちと目を瞬かせた。
 こういう時は見て見ぬ振りをしてやるのが大人のルールというものだが、彼にはまだ早かったのかもしれない……と。シャリアは、周りに生徒が誰もいないことを確認してカウンターから立ち上がると、そっとエグザベの耳元で囁いた。
「君が卒業したら、聞きますから。頑張ってくださいね」
「ッッ!!!!」
 びくり、と勢いよくエグザベの肩が跳ねた。
 さっと顔を離してまたカウンターに腰を降ろしてエグザベの顔を見れば、その顔は案の定耳まで真っ赤になっていた。
(ああ、なんて可愛らしいのか)
 教育機関に関わる人間として言語道断の、生徒に対して抱くにはあまりに邪な感情。シャリアはそれにそっと蓋をして、いつものようにうっすらと笑う。
「もうすぐ二時間目が始まる時間でしょう、そろそろ戻りなさい」
 だから待っていますよ、君が卒業するまで。

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ウィッシュ・ベア

※エグザベの過去捏造がある

 ◆◆◆

「あ、こいつ……」
 サイド7での極秘任務の合間、買い出しの体を取った僅かな非番中。ショッピングモールの一角で、エグザベが足を止めた。
 隣を歩いていたエグザベが足を止めたので自然置いて行く形になってしまい、シャリアはすぐに足を止めて振り向いた。エグザベは、雑貨屋の店頭で足を止めてディスプレイをじっと見ている。
「どうかしましたか、エグザベ君」
「すみません、懐かしいものを見付けて……」
「懐かしい?」
 シャリアがエグザベの視線の先を追うと、店頭に可愛らしくデフォルメされたクマのぬいぐるみのマスコットが並べられていた。色鮮やかなクマたちは皆ポシェットを提げている。
「これ、僕が子供の頃に故郷で流行ってたんです。サイド7にも展開してるんだなあ……」
 エグザベは懐かしむように目を細める。
「故郷ですか」
「ほら、皆ポシェットを提げてるじゃないですか。このポシェットに願い事を書いた紙を入れて誰にも見せずに持ち歩くと願いが叶う、っていう噂がまことしやかに流行って……皆それを信じていたかどうかはもう定かではありませんが、流行ってるからとか、可愛いからとかで。僕くらいの歳だと持ってるやつが多かったんです」
「……君は、持っていたんですか?」
「僕は持ってませんでした。妹に誕生日プレゼントであげたことはあったんですけど」
 懐かしいなあ、と。そう言って笑うエグザベの目尻が微かに潤んだ。この誠実で真っ直ぐな青年の心の柔らかな部分を丸ごと明け渡された心地になり、シャリアは狼狽えそうになるのをぐっと堪えた。
 シャリアはエグザベに恋情を寄せているが、その思いは墓場まで持って行くつもりでいる。しかしそんなシャリアの思いを知ってか知らずか、エグザベは時折こうしてシャリアの心を揺らす。この青年のために何かしてやりたい、とシャリアは常々思っていた。
「折角です、買って行きますか」
「え、あ……」
 シャリアの提案に、エグザベの瞳が揺れる。しかしすぐにその頬がぱっと綻んだ。
「あの、折角ならちゅ……シャリアさんとコモリさんの分も!」
「おや、まるでティーンのようですね」
「お嫌ですか……?」
 シャリアが軽くからかったものだからエグザベがしょぼんと肩を落とす。濡れた小犬のようなその寂しげな佇まいにシャリアはこれまた動揺を堪えながら、ゆったりと微笑んだ。
「まさか、嬉しいくらいですよ」
 そうしてエグザベは手ずから三人分のマスコットを選んだ。エグザベの分はオレンジ、シャリアの分は緑、コモリには青。欲しいのは僕だから絶対に自分が払うと言って聞かなかったので、シャリアは財布になるのを諦めざるを得なかった。
 マスコットを三つ持って、エグザベは店内のレジに向かう。シャリアが雑貨店の外で待っていると、程なくして小さなショッパーを手にしたエグザベが戻って来た。
「あの、今キャンペーンやってるみたいでこれ貰いました」
 エグザベが、シャリアの分の緑のクマと共に小さなカードを差し出した。ハートに型抜かれたそのカードはよく見ればクマの提げているポシェットに収まる大きさをしている。
「ポシェットの中に入れる、願い事を書くカードだそうです」
 そのカードは字を書くには小さすぎるような気がしたが、兎も角そうしてシャリアの手の中には、可愛らしいクマのマスコットとハートのカード。
「そいつのこと、大事にしてくださると嬉しいです」
 エグザベが輝かんばかりの笑顔でそう言うものだから、シャリアは「ええ、勿論」と頷いた。あまりに何気なく贈られたエグザベからのプレゼントが手の中にはあって、目の前には喜色満面のエグザベがいる。
 この状況で浮かれてしまう私が一番ティーンじみているのではないか……シャリアがそんなことを思ってしまうのも致し方ないのだった。
 その夜、サイド7で拠点としているモーテルの一室で、シャリアは同室のエグザベがシャワーを浴びている隙にデスクに向かった。持っている中で一番細いペン先のペンを手に取って、あの小さなハートのカードに、小さな文字で。

『エグザベ・オリベの生涯が幸福なものでありますように』

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エグシャリ(?)のプリパラパロ

Twitterでボソボソ呟いた、プリパラパロのまとめ。エグシャリと言うよりそれぞれ単体の方が多い。多分まだ増える。

 ◆◆◆

私が今見たいパロはエグザベくんとシャアが男プリに行ったらエグザベくんは15歳くらいの姿の「おりべくん」 に、シャアは10歳前後の姿の「きゃすばるくん」になったのでマネージャーのシャリ(たぬき)が「なるほど…………………………………………」みたいな顔してるやつです
おりべくんときゃすばるくんはなんやかんやを経てユニットを結成します

 プリパラ、それは夢の世界。
 なりたい自分になれる場所。
 み~んなトモダチ、み~んなアイドル!
「……とまあ、こう言ったコンセプトのメタバースの試作開発が弊社では進んでおりまして」
「はあ……」
 イオマグヌッソでの「事故」後に退役して民間企業に就職したシムスから協力してほしいことがあると言われたので何かと思えば、待ち合わせたカフェでやけにキラキラと派手な装丁のパンフレットを渡されそのようなことを熱弁された。
 軍人時代からそうであったように低体温のまま、淡々とそのメタバース「プリパラ」とやらを熱弁するシムス。
 何に携わっているかは一度置いておいて元気そうで良かった、とシャリアはサングラス越しにシムスとパンフレットの中身を交互に見ながら思う。
「私は主にハード面を担当しているのですが現在、様々な年齢・性別・職業・国籍のモニターを募っている最中なのです」
「ふむ……それで私にモニターになれと」
「ああいえ、私がお願いしたいのは中佐ではなく」
「おや」
「エグザベ少尉、今は確かあなたの部下ですよね?」
(書こうとして途中で我に返ったプリパラパロ。シムス大尉の中の人がプリマジスタなのはこれ書いてから一か月後くらいに知りました)

エグザベ・オリベ、性格はトゥインクルリボンなのに適性がブリリアントプリンスの男

シャリア・ブルって絶対クール系ブランドなんだけど(似合うけどセレブ系ではない)ホリックトリックかホリックトリッククラシックかは議論の余地があると思うんですよ
ザベはなんか性格がセレブじゃなさすぎるのにセレブ系ブランドが妙に似合うから着せられてる

メルティーリリーのシャリア・ブル、 多分29がプリパラチェンジしたら34になって現実世界に戻った29が我に返って「は?」ってなってるやつ

めが姉ぇ「今日のコーデはエレガンスギャンコーデね! 純白のドレススーツに金色の刺繍が映える、まさに白磁の騎士! 踊る度に揺れる腰のスカーフが華やかなアクセントになっているわ! 優雅で凛々しい騎士のコーデで、みんなを魅了して♪」
ザベ「エレガンスギャン、ハクジコーデ!」

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エグシャリのトップをねらえパロ(ツイまとめ)

Twitterでボソボソ呟いた、エグシャリのトップをねらえ!パロとかのまとめ。元ネタは基本無印。トップをねらえ!はいいぞ

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スタジオおよび監督・シリーズ構成コンビの好きな女女およびおねショタの傾向を23歳男性軍人と34歳ヒゲ男性軍人に当てはめたのがエグシャリであるという可能性を否定できないまま放送日になってしまった

真面目(?)な話、お姉様に対する後輩/妹分とか女子高生/謎の女に対する男子小学生といった勾配で風下に来る存在が攻めをやってるみたいなそういうのがずっと好きだなこの人達みたいなところがある一方でgqxのサンコイチは全員17歳で さて彼らと別勢力にしっかりいますね年齢差のある上官と部下が

でも行くところまで行くって行ったの監督だし……その監督の代表作はおねショタと擬似姉妹シスターフッドだし……

↑ジークアクステレビ放送開始日のツイート。フリクリとトップ2のおかげでエグシャリを確信したみたいなところがありますね、なんでだよ

↓ここから放送終了後のツイート

攻め受け平等先天性女体化エグシャリのこと考えてたけどやっぱりトップをねらえ!すぎるな エグシャリって監督達の好きなシスターフッド男体化なんじゃないのか

エグシャリでトップをねらえ無印6話パロが見たすぎるんですよね
宇宙軍の学校で教官をしていたシャリ(40−50代)が宇宙怪獣の大量出現に伴って戦列に復帰するため昔の相棒のザベに10年以上ぶりに再会するんだけどずっと宇宙にいたザベ(実年齢30代見た目は20代のまま)はウラシマ効果でシャリとは体感せいぜい半年ぶりの再会のやつ

ザベはシャリアとの温度感の違いに戸惑いながらシャリアさんはやっぱり綺麗だなぁ……って思っていて欲しいし戦闘になれば違和感も帳消しになるくらいあの頃と同じで安心して欲しいし二人きりで地球を救って一万年後の地球に辿り着いて欲しい

この場合地球には「パパがパパの友達と会えますように」と七夕の短冊に書いているミゲルの息子がいます、あのシーン大好き

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エグザベ・オリベのプリズムアフレコ(小ネタまとめ)

Twitterでボソボソ言ってた小ネタ(キンプリ(アニメ)パロ)のまとめ+αです。

◆◆◆

キシリア派に指導されていた時は心が何かに縛られているような気がしてせいぜい二連続までしか跳べなくて才能あるのに鳴かず跳ばずだったエグザベ君がシャリアに一時的に預けられたところ四連続跳べるようになるやつをですね。ジャンプと言ってもプリズムジャンプの話なんですが……

エグザベ・オリベのプリズムアフレコ、相手役がどう見てもザベより体格いい男だし髭も生えてる

♡(M)「デートの終わりにエグザベ君の部屋に招待された」
エ「あっあの、シャリアさん!」
♡「な、なんでしょう」
エ「僕、幸せです。これで本当の意味で貴方と二人きりになれた」
♡「エグザベ少尉……はっ!」
エグザベ、♡に抱き付く。
エ「今だけは、世界の全てからあんたを独り占めさせてください」
♡「きゅ〜ん!」

エグザベ君って絶対王道アカデミー系のショーをやりますよね

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公国最強NTは可愛い部下に絶対脱がせたくない

※最終回後、ブロマンスのシャアとシャリア
※多分一応エグシャリ(ややコモエグ)

 ◆◆◆

「エグザベ少尉に脱がせないために私と一緒に脱いでください」
「なんだって?」

 カレンダーの撮影に協力して欲しい──ジオン公国はアルテイシア公王のシークレットサービスよりそう書かれた書簡が地球に滞在中のシャア・アズナブルの下に届いたのは、シャアが日雇い労働の土木作業に勤しんでいる最中のことであった。
「シャアさん何かやらかしたの?」
 書簡を届けに来たアマテ・ユズリハ及びニャアンのじっとりとした視線に、シャアはさてと首を傾げた。
「心当たりはないな」
「ホントにぃ?」
「本当だとも」
 その書簡はこの時代に珍しく直筆の手書きで、その筆跡には見覚えがあった。かつての部下であり、MAVであり、そしてシャアをジオンから放り出した張本人──シャリア・ブルのものだ。
「まあいい、随分回りくどいことをする男だ。あんな口を叩いておいて私の力が必要になったということであれば馳せ参じてやろうじゃないか」
「ヒゲマンに拳骨されそう」「懲りてないのかも」
 マチュとニャアンが何やらこそこそ言っているが、シャアはどこ吹く風であった。
 端的に言ってこの時シャアはちょっと浮かれていた。あのような別れ方をしたとは言え、友人である男にこうして頼られる己に酔っていたと言い換えることも出来る。
 それゆえ、元軍人として思ってしまったのだ。カレンダーの撮影とやらは何かの隠語であろうと。
 それが字義通りの依頼である可能性など何一つ考慮せず、シャアは数年ぶりにサイド3に「シロウズ」という偽名で渡り、書簡に指定されたビルへ足を踏み入れ、エントランスで来客として案内されたフロアに通され、そうして冒頭のやり取りに至った。
 そこにあったのはスクリーンバック、カメラ、レフ板。そして慌ただしく動くスタッフ達、そして黒を基調としたシックな服に身を包んだシャリア・ブルが、そこにいた。
「まずこちら、ジオンの財政状況をまとめた書類です」
 楽屋でシャアはシャリアと二人向かい合っていた。シャリアはシャアにタブレットを見せる。タブレットには表やグラフの載せられた画面が映っている。
「現在のジオンは非常に懐が苦しい状況にあります。ザビ家による旧体制下における軍備増強、中でもビグ・ザムなどという金食い虫が量産されおまけにイオマグヌッソなどという愚か千万の巨大兵器が建造されたことが大きな原因として挙げられます。イオマグヌッソに至っては先の『事故』に伴い各国への賠償金支払いも発生しまして、ええ、率直に申し上げて火の車です。現在アルテイシア様が財政立て直しに尽力なさっておりますが、それでもまだまだ厳しくはあります」
「な、なるほど」
 シャリア・ブルの目は据わっていた。今だけではない、今日初めて顔を合わせた時から、その目は何か凄まじい覚悟を決めいてるかのようであった。
「そこでアルテイシア様が考案なされました。『ジオン軍人カレンダー』を作って売ろうと」
「なんだって?」
「連邦でもそのような物があるそうで。軍人の中でも特に顔や体格の良い者を集め、脱がせ、あるいは美しい格好で着飾らせた写真でカレンダーを作る。当然売り上げは国の物になります」
「ふむ、それで財政の一助にしようというわけか」
 我が妹ながらなかなか思い切りのよいことを考えるものだ……と感心するが、そこではたと気付く。そのカレンダーの撮影現場に自分が呼ばれているということは、自分はそのカレンダーの被写体に選ばれているという事ではないのか。
「そして、アルテイシア様からの伝言です。『兄さんがイオマグヌッソに搭載した予算度外視びっくりどっきり変形機構でイオマグヌッソの建設費は当初の三倍に膨れ上がったことが調査で判明しました。職業体験ついでに多少なりとも体で支払ってこれまでの所業を反省してください』。伝言は以上です。貴方をこの企画に呼ぶことを提案したのはアルテイシア様です」
 シャアは絶句した。
 最初に自分を脱がせようとしたのは妹だった。
「アルテイシア様は貴方のことを心配しておられる。なので見張るついでに定期的に様子を見ろと私に仰りますが、それも貴方がソロモンをグラナダに落とそうとしていた件は未だに許しておられないゆえです。多少なりとも償う意思をここで見せておくのが得策と存じますね。でないとアルテイシア様が貴方を殺してしまう」
「……それが、軍人カレンダーだと。素顔で」
 何故。何重かの意味で。
「亡命中のガルマ様は貴方のご友人、ミネバ様はザビではなくお母方の姓を名乗っておられる。ダイクン家に敵対するザビ家は事実上消滅しています、貴方の素顔を見られたところで困ることもないでしょう。困ることになれば我々が動きますし」
「……そう、だな」
 言われてしまえば、その通りであった。長年の習慣として常にサングラスを掛けているが、それ本当に要りますか? とララァ・スンには何か見透かしたような笑顔と共にいつも言われている。
「とは言え貴方は公王庁関係者の一般モデルとして参加することになっていますし、顔が完全に出ないような形での撮影も可能と聞いていますから、そこの選択は貴方にお任せします」
「……まあ、私に多少選択の自由があるのなら良いだろう」
 強引なようで妙に気配りされているのを感じ、それが有難い一方で気に食わないような心地でシャアは鼻を鳴らした。
「で、なんだ。アルテイシアではなく貴様が私を脱がせようとする理由をもう少し詳しく聞かせろ。可愛い部下のためだと?」
「はい」
 シャリアは頷くとタブレットを引っ込め、手元で軽く画面を叩いた。
「お察しの通り、彼もこの企画に呼ばれていましてね。私は上官権限で断るつもりだったのですが、どうしてもと企画部に土下座までされてしまい、エグザベ少尉本人が折れて参加する形になりました」
 シャアはエグザベ・オリベと直接の面識はないが、コモリという少尉共々シャリアが随分可愛がっている部下らしい、ということはマチュとニャアン越しに聞いている。
 シャリアが再度差し出したタブレットには、少尉の制服を着た若い男の写真が表示されていた。休憩中の瞬間なのかソファに座って菓子を手にしているが、どうにも笑顔が硬い。
「こちらが彼の写真です。見ての通り写真は苦手なのですが、とても大衆受けする顔をしていましてね。企画部は彼を脱がせる気満々でした。しかし私及びコモリ少尉は、彼に軽々に脱いで欲しくないのですよ。我々が彼を可愛がっているというのもありますが、彼の情緒はまだカウンセリング通いが必要なレベルなもので」
「……なるほど」
 話が見えて来た。エグザベ少尉を脱がせたい企画部、そして脱がせたくないシャリア・ブル。その間でどのようなやり取りがあったのか、考えても無駄だろうとシャアは思った。
 この強情な男が企画部相手に弁論で切った張ったした結果が自分そして「公王庁関係者の一般モデル」の半裸なのだろう。
「そういうわけなので大佐。エグザベ少尉とアルテイシア様のため、向こう一年だけ私と一緒に人身御供になってください」
 これから挑むのが軍人半裸カレンダーでなければ最高に心ときめく殺し文句と言えたかもしれない……とシャアは自分の目が遠くなるのを感じた。私のMAVはあまりにも逞しすぎるな……としみじみしたところで、ふと閃いた。
「……『灰色の幽霊』相手にその条件で飲んだ企画部も一体何者だ?」
「前線を退いた独立戦争従軍者揃いです」
「尚の事何者なんだ」
 自分に逃げ場がないことを悟ったシャアは深々と溜息を吐き出した。しかしそれは思いの外嫌ではなく、アルテイシアやシャリアが自分を案じた結果でもあることを思うと愉快ですらある。
 顔を出す出さないは好きにしろと言われたが、仮面を脱いだ素顔を世間に晒すのは心に未だ巣食う『赤い彗星』という呪縛からの解放であり、己は最早何者でもないという自由の表明のように思えた。それはなんと清々しいことか。
「……いいだろう。貴様の提案を飲んでやる、シャリア・ブル」
 知らず知らずに笑みを浮かべながら、シャアは正面のシャリアを睨む。そしてシャリアもまた、口角を上げる。
「ご協力感謝します」
 こうしてジオン独立戦争の二人の英雄は、少なくともシャアはそうと知られることなくジオン軍人カレンダーでその鍛え上げられた、あるいはしなやかなその肉体を被写体としてカメラの前に晒すことになった。
 軍人カレンダー発売後、しなやかに筋肉の付いた裸身を晒す美しい顔の半分を長い前髪で隠した物憂げな金髪の男(正体不明)の登場に、ジオンのSNSは大いに湧いた。
 そしてシャアの撮影現場を見ていたシャリアは、カメラマンの要望に片っ端から応え何なら少し調子に乗ってすらいたシャアを見て、何事も体験だからとやらせてはみたがこの人に芸能関係の仕事をやらせると大衆の偶像が形成されてしまう恐れがあるな……とひっそり学んだのだった。
 
 さて、一方企画部肝入りとして、エグザベ少尉は全身かっちりとした白い燕尾服に身を包んで教会を背景に撮影を行い、こちらの写真は「軍人カレンダーの脱いでない方バージョン」の六月に使用された。
 これはこれでシャリア・ブルとコモリ・ハーコートが大騒ぎすることとなり、そんなシャリアにシャアは呆れ果てることになったのだが、それはまた別の話。

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