カテゴリー: ジークアクス

Farfalle

「珍しい形のパスタが売っていたので買ってきました」
 パスタ売り場から合流したシャリアが掲げたそのショートパスタの袋を見て、大きなショッピングカートの持ち手を握ったままのエグザベは「はあ」とぴんと来ていないことがありありと分かる返事をした。
「ファルファッレと言うらしいです。名前の由来は『蝶』だとか」
 シャリアの言葉に、エグザベは改めて袋から見えるパスタの形をまじまじ見る。四角いハンカチの中心部だけを絞ったような形状のそのパスタは、まさしく名は体を表していた。
「ああ、虫でしたっけ。蝶ネクタイの語源の」
「そう、蝶ネクタイの語源の蝶です。可愛い形だなと思いまして」
「なるほど……?」
 やはりぴんときていないらしい。首をひねるエグザベに、シャリアはこの反応は想定内と特に気にせずとパスタソースの瓶と共にファルファッレの袋を大きなカートに入れる。
「今日の夕飯にしましょう。美味しそうなパスタソースもありましたから」
「分かりました。シャリアさんが食べたいのであれば」
 君に食べて欲しくもあるんですがねえ、とぼやきながら、シャリアは端末の画面に表示されている買い物メモを眺めつつ乳製品コーナーを探した。
 宇宙港からほど近くに建っている超大型スーパーマーケットは、過度な贅沢さえ考えなければ生活に必要な雑貨から食料まで概ね何でも揃う。しかも都心部の店より全体的に割安と来た。シャリアとエグザベの自宅からは車で三十分ほどかかるが、エグザベがこのスーパーでの買い物を好んでいることもあって月に一度か二度、二人でこのスーパーに買い物に来るのが習慣となっていた。
 買い物を終えた二人は、後部座席とトランクに大量の買い物袋を車に詰め込んで自宅へと帰る。
「そう言えば、シャリアさんがご自分からこれ食べたいって言って来たの珍しいですね」
 ハンドルを握りながら、エグザベがふと思い出したように呟いた。
「そうでしたか?」
「はい。普段は僕に食べたいものを聞いて来るので」
「それはエグザベ君への愛と言うやつですね」
「本心なのでしょうが、あなたが言うとやっぱり胡散臭いです」
「ひどいですねえ。私は悲しいです」
「過去の行いですよ」
 軽口を叩き合いながら、車は二人の自宅へと進んで行く。
「でもやっぱり、僕はシャリアさんが自分からこれが食べたいって言ってくれたのが嬉しいです」
「……そうですか」
 本人にその気のない直球の愛情表現。エグザベ君はこういったところがたちが悪い……とシャリアは思わず眉間を押さえた。
 そして買い物中に決まった通り、今日の食事当番であるシャリアは夕飯にファルファッレとブロッコリーを茹でて、瓶詰のトマトクリームソースに和えた。オレンジ色のトマトクリームソースとブロッコリーの緑で彩られたファルファッレを皿に盛り付ければ見た目も可愛らしく完成したので、シャリアはこれを食べるエグザベを想像してつい笑みを浮かべた。
 可愛い人が可愛い料理を食べている様は目の保養でしょう……と思いながらも、シャリアがエグザベのために皿に盛っている量は現役の軍人相応に可愛くない。エグザベは瘦せ型の割によく食べる。スーパーで買って来た総菜のチキンやサラダも大皿に盛り、シャリアはるんるん(自認)でダイニングテーブルに食事を並べた。
「エグザベ君、食事の用意が出来ましたよ」
 シャリアに呼ばれ、エグザベが食卓についた。二人で手を合わせてから、食事を始める。
「食感が変わって面白いですね。スパゲッティと違って平たい部分と絞った部分があって」
 ぱくぱくとパスタを食べながらのエグザベの感想。見た目が可愛いとか一切気にしない、それでこそエグザベ君……としみじみ考えながらもシャリアは頷いた。
「そうですね。私も初めて食べたのですが上手くいってよかったです」
「え、初めてだったんですか」
「はい。買った動機は君に食べさせたかったというだけなので」
「またあなたは……」
 エグザベが小さく顔をしかめるのをまた可愛く思いながら、シャリアは微笑んだ。
「だって私、君が可愛いものを食べているのを見るのが好きですから」
「そうですか……」
 呆れながらもエグザベはシャリアの手料理をぱくつく。
 そう高級でもないパスタの一種とは言えいい買い物をした──シャリアはそう満足しながら、自分も小さな蝶を口に運んだ。

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Eccentric Love(監禁されるのが攻めの方のエグシャリ)

「決めました、私の家にあなたを監禁します」
「はあ……」
 
 事の始まりは、エグザベが任務中に負った全治ひと月ほどの足指の骨折だった。
 松葉杖を突けば歩行出来るもののリハビリが完了するまではモビルスーツに乗れないし、任務にも大いに支障を来たす。
 幸いと言うべきか、シャリア・エグザベ・コモリの三人で構成されている女王直属部隊は別隊の態勢も整っていることを理由にしばらく内勤を言い渡されている。
 そしてエグザベはこの機会にリハビリ完了まで休職することになったのだが、それを決めた張本人である上官はエグザベを自宅に招いて言い放ったのだった。
 君を監禁する、と。
「正直なところ僕は松葉杖さえあれば生活出来るとは言え不自由はあるので、あなたがこの家に住まわせてくださるのは大変有難いのですが」
「それは良かった」
「申し訳ありません、もう一度言っていただけますか。僕に間借りさせると?」
「監禁します」
「ええ……」
 せっかくマシな方への修正を試みたのにわざわざ軌道を戻したぞこの人。
 素直にドン引きするエグザベに、シャリアは笑みを深めた。その目はちょっと血走っている、ように見える。
「もう我慢なりません。あなたがそうやって意味不明な無茶をして生傷をこさえて帰ってくるのを迎える羽目になる私の身にもなってください。その上とうとう骨をやりましたか。指とは言え骨は骨です。いくら言っても無駄のようなので、完治するまでは私の家にいてもらいます」
「刑事で法廷で裁かれようとしておられる?」
「解放された君がそれを望むなら結構」
 ああこれは僕がいくら言っても駄目なやつだ、とエグザベは悟る。
 どういうわけかエグザベ・オリベという部下を大事に大事にしたがるこの優しい上官には元からこういう傾向があった。
 エグザベを縛りたくないと思っているのにこれ以上危険な目に遭わせたくないから束縛しようとする、相反する二つの思いの間での綱渡り。
 どうも今回は束縛の方に振り切ることにしたらしい。
 しかしエグザベとしては「監禁」というワードが不穏に過ぎるだけで、シャリアの家に間借りできるメリットが大きいのは事実であった。どうしたって、生活における不自由に手を差し伸べてくれる人がいるのはありがたいのだ。
 まあ間借りさせてもらうのは受け入れるとして、と考えるうちに、ふと通院以外で必須の外出予定があることを思い出す。
「僕が月二で通っているカウンセリングについてはどうなさるおつもりですか?」
「車で送迎します」
「監禁って言うんですかそれ……?」
 かくして、エグザベ・オリベはシャリア・ブルの家に監禁されることと相成った。
 監禁が決まってすぐ、シャリアは車を出してエグザベが自宅の宿舎から荷物を運び出すのも手伝ってくれた。
 監禁と言ってもシャリアの自宅(公王庁舎からほど近い高級マンションの一室)の空き部屋にあっという間に運び込まれた新品のベッドにデスクに椅子に棚付きの「監禁部屋」に拘束も一切なく住まわされることになり、当然のように部屋からは出入り自由で、もはや監禁とは何なのか、とエグザベは自分の常識を一度疑うことになった。
 その晩はフードデリバリーを呼んで、シャリアおすすめリストランテのピザやパスタを堪能した。入浴を手伝ってもらうのは流石に固辞した。
 ベッドに敷かれたマットレスの寝心地は極上で、枕の高さも柔らかさも丁度いい。新品の綺麗なシーツと滑らかながら保温性能抜群の毛布に包まれ、エグザベはそれはそれはぐっすりとよく眠った。
 そして翌朝目を覚ました時、エグザベは一つシャリアを試してみることにした。試すというか、答えは分かった上で聞いてみると言うべきか。
「中佐、書店に行きたいのですが送っていただくことは可能ですか」
「ええ、構いませんよ。朝食を食べたら車を出します」
 やっぱり監禁なんて言葉ばっかりじゃないか!
 エグザベはシャリアの運転する車の後部座席に座りながら、そう突っ込みたいのを堪らえた。
 この人は一体何をもって僕を監禁していると言うつもりなのか。
 シャリアに連れて来られた大型書店で、エグザベは参考書の棚を眺めながらぼんやり考える。
 ひと月勉強すれば取れるような資格でも取ろうかと考えていたが、シャリアの行動があまりに不可解なのでどの資格が良さそうか考えようとしても脳裏にはシャリアの存在が常にちらつく。
 シャリアは別のコーナーを見に行ってしまった。
 ちゃんと聞くべきだよなあ、と、エグザベは簿記の参考書をなんとなく手に取りながら考える。
 簿記の一番簡単な級の参考書と問題集を一冊ずつ買おうと決めた時、ちょうどシャリアが迎えに来た。

 ◆◆◆
 
「あなたの身体的不自由にかこつけてその自由を縛っているのですから、それはもう監禁と同じでしょう」
 夕食を昨日と同じようにフードデリバリーで済ませた後、食後のワインを傾けながらシャリアは平然とそう言い放った。
 この上官の面倒な性格から予想できた屁理屈に、エグザベは顔を顰める。
「ニュータイプの自由を望みながら僕に対してだけは自分の手元に縛っておくことを望みますか。僕が養殖のニュータイプだからですか」
「違います。あなたがフラナガンで受けた実験はあなた自身の価値を損なうものではありません」
「つまりあなたの自傷行為に僕を突き合わせていると?」
 口からぽろりとその言葉が出たことに気付き、エグザベは慌てて口を覆った。
 しかしシャリアは「ええ」とあっさり頷いた。
「あなたがそれに気付くくらい聡くて良かった」
「……」
 エグザベは言葉を失い、まじまじとシャリアを見る。
「人として最悪と罵ってくれて結構。あなたが私の手元にいると実感する時だけ、私の心は満たされる。私以外の誰かに傷を付けられることもなく、汚い連中に利用されることもない。綺麗なままのエグザベ少尉でいてくれる」
「あんたに僕を傷付けるつもりなんておありじゃないでしょうが……」
 めんどくさい人だなあ。
 読心能力の高いシャリアにそんな心の声が聞こえるのも構うことなく、エグザベは深々と溜息を吐いた。
 エグザベはシャリアと違って読心を得意としていないので、シャリアの言葉をそのまま受け取ってやることしか出来ない。けれど、シャリアの言葉が時に裏腹の本心を幾重にも包んでいることを、あの光の奔流の中で知った。知ってしまった。
「僕は実際どう思っていたかに関係なく、自分で決めてやったことに対しては責任を取るべきだという考えです。そのつもりでキシリア様の走狗になることを選んだ責任を取るべくあんたの部隊で平和のため身を粉にして働きました。その上で言いますが、あんたが今やってることは責任を取らせるにもお粗末です。何が監禁だよ……」
「……」
「あなたはただ僕にいなくなってほしくない、エグザベ・オリベに向けた信頼を裏切られたくない……それだけなんでしょう。だから僕から中途半端に自由を奪う振りをするのか。馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
 シャリアの心に土足で踏み込んでいることも承知で、エグザベはシャリアを睨んだ。
「だったら何で僕のことが好きとか大事とか言ってくれないんだ! 好きでも大事でもない人間にこんなこと出来るほどあんたは酔狂でも無いはずだろ!」
「ッ……」
 シャリアの目が見開かれる。
 頬を濡れたものが伝い、エグザベは自分が泣いていることに気付いた。どれだけ拭っても、溢れて止まらない。それでもシャリアを真っ直ぐに見据え続ける。
「僕は……僕だってあんたのことが好きだからあんたが監禁とか変なこと言い出しても僕にも都合がいいから結局受け入れてるのに……」
「えぁ……」
 間の抜けた声がシャリアの口から漏れた。
「少尉、それは、」
「そうだよ!! なんでっ……一緒に働いてるのにジオン最強のニュータイプが気付いてくれないんですか!! コモリ少尉は気付いてるのに!! 自分に好意がない人間が大人しく監禁されてくれると思ってるならあんたは大馬鹿か僕のことを舐め腐り過ぎだ!! 頭冷やせ!!」
「……」
 シャリアは何も言わなかったが、その瞳は確かに揺れていた。
「僕はっ……友達に何も、言ってもらえなかった、し、何もしてやれなかったのに……あんたまで僕に何も言ってくれないんですか」
 そこまで言って、もう限界だった。大事なことを一人で抱えたままいなくなった友人と、全てを胸の内に抱えたまま自分を助けるために命を捨てようとしていた目の前の人が重なって、しゃくり上げるのを止められなかった。酒が入ったせいか感情の箍は緩みっぱなしで、エグザベはもう目の前の男に遠慮することもやめてただただ涙を拭いながら泣いた。仕事の後の飲み会でもこんな醜態を晒したことはない。
 ふと、背中に何かが触れた。それが人の手であることに気付き、エグザベは涙を拭うのをやめて隣を振り返った。いつの間にか立ち上がっていたシャリアが、身を屈めてエグザベの背中をさすっていた。
(ああ、この人は僕に触れてくれるのか)
 そう思うと少しだけ呼吸が楽になって、エグザベは溜めこんだ胸の詰まりを全て吐き出すように息を吐いた。
「あんたのせいですよ……僕だってこんな形で告白したくなかった」
 するとシャリアはふっとどこか苦々しく息を吐いた。
「申し訳ありませんでした。そうですね、私もこんな形で君に思いを伝えることになると思いませんでした。私が君をそうした対象として好きだなんて、墓まで持って行こうと思っていたので」
「……僕はいつか伝えるつもりでいましたよ」
「ふふ、若いですね……」
 シャリアの言葉の端にほんのりと笑いが混じっているので、エグザベは顔を上げた。シャリアの翡翠の瞳と視線が交わる。シャリアの口元は小さく緩んでいた。
「いいんですか。私、重いですよ。怪我をしたあなたを監禁したいと思う程度には」
「実際にお付き合いする前に知ることが出来たので、良しとします」
「ああ……」
 シャリアは小さく呻いてから、顔を覆った。
「その、エグザベ少尉」
「はい」
 シャリアは何か言おうとしてから口を閉ざすのを繰り返して、やがて小さな声で言った。
「……好きです。いつまでも家にいて欲しいと思っている程度には」
 いつもスマートな思い人の姿に、エグザベは思わず自分も頬が熱くなるのを感じた。それにシャリアの言葉は有難いけれど。
「ありがとうございます、僕もあなたのことが好きです。ですが、怪我が治った後については回答を保留させてください。お付き合いすることになったとしてあなたに甘え続けるのは良くないと思うので」
「くっ……そういうところなんです、悔しいですが……」
「ありがとうございます……?」
 いったい何を褒められたのかも貶されたのかも分からない。エグザベが首を傾げていると、シャリアは掌を自分の顔からどけてエグザベを睨んだ。
「君がご婦人方に対して同じ態度を取るようなら今後のために指導していたところですが、私のものになるならもうどうでもいいです。あなたはそのままでいい。あなたはこれから私のもので、私もこれからあなたのものですから」
「は、はあ……」
(なんだか急にぐいぐい来たな)
 困惑するエグザベを余所に、シャリアはエグザベの背中から後頭部に手を伸ばした。丸い頭を撫でながら、シャリアは笑みを深めた。
「申し訳ありません、ずっとこうして君の丸い頭を撫でたかったもので。叶ってしまって今大いにテンションが上がっています」
「テンションが……」
(そんなに僕の事が好きだったのか、この人。いや、好きすぎるから監禁に及んだんだろうけど)
 もうすぐ二十四になるのに、お付き合いすることになった年上の人からこうして頭を撫でられるとは。気恥ずかしさで頬の熱はどんどん上がっていくが、嫌な気はしなかったので黙ってされるがままとすることにした。
「あの、中佐……いや、シャリア、さん」
「ん、どうしました」
「そちらが満足したら次は僕の晩ですからね」
「……ふふ、構いませんよ。エグザベ君」
 シャリアは笑みを含めながらそう言って包み込むようにエグザベの頭を搔き抱き、エグザベはその体温に身を委ねて目を閉じた。
(これが夢でさえなければ、何でもいいや)
 こうして奇妙な始まりから、エグザベ・オリベとシャリア・ブルは後に生涯の伴侶となる男と心を交わした。
 いずれそうなることは(少なくともエグザベの方は)まだ考えもせず、ただ緩やかな時間を共に過ごしたのだった。

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(2026/02/24追記)
↓この話のイメソンと言うかタイトルの元ネタです。

シャリアさん!これは僕のおやつですからね!

2/8に開催されたエグシャリオンリーの無配です。

 ◆◆◆

 じ……っと、視線を感じる。
 しかし僕はあえて無視して、コモリから貰った生チョコにピックを刺して一つ口に運んだ。
(いい、エグザベ君。中佐のような困った察してちゃんのことは無視していいんだからね。というか中佐は普通にお菓子食べ過ぎだから)
 そんな言葉とともに渡された生チョコの小さな箱は、コモリ少尉が友人と出掛けた先で買ったのだという。
 一人につき限定二箱までだったからこっちをいつも頑張ってるエグザベ君に、と。
 そう、このチョコは僕が貰った僕のものだ。
 そしてこのチョコとそれを食べる僕を先から凝視している中佐は、ただ見ているだけ。見ているだけだ。それ一つくださいとも何も言ってないのだから、応える義務も無い……無いよな?
 いや、このチョコが僕のものなら一つくらいあげてもいいのでは? そう考えたところで、はたと思い出す。
『ふふ、医者に怒られました。飲酒を控えろと。私はこれから何を食べればいいのでしょう』
 定期検診を受けたシャリアさんがどこか遠い目で笑っていたのはほんのひと月前のこと。
『お酒をやめればいいのでは? あと怒られたの糖分もですよね』
 それを聞いたコモリ少尉の言葉は突き放すようだったが、シャリアさんの健康に気を遣っての言葉でもあった。
『いえ、糖分は推奨量以上を摂るのを辞めろと言う話だったので』
『三食と間食全部甘い物はどう考えても推奨量以上です』
 甘い物は完全に駄目というわけではないが、控えるに越したことはない。そういう扱いの筈だ。
 じゃあやっぱりこれは中佐にあげない方がいいな、健康のためにも。うんうん。それにしてもこのチョコレートは美味しいなあ、甘さの中にほのかなお酒の香りがあって凄く上品だ。リーフには確かラム酒と書いてあった。
「ラム酒の香り……ですか」
「勝手に読むのやめてくれますか?」
「なら何故ここで食べるんですか」
「ここはあなたの家かもしれませんが、僕の家でもあるからです」
「くっ……私が禁欲生活を強いられているというのに目の前でそのように限定チョコレートを深い感慨もなくぱくぱくと……!」
「禁欲生活はあなたがどうせことが終われば死ぬ予定だからとお酒飲みすぎ砂糖摂りすぎ生活をした結果でしょう」
「なんて酷薄な」
 よよよ、と泣き崩れる振りだけするシャリアさんに、流石に食べづらいなあ、と思いながら三個目の生チョコを口に運ぶ。これで生チョコは残り半分。一度に全部食べるのも勿体ないので箱に蓋をする。
「勝手に食べたら怒りますよ。これは僕の物なので」
「分かっています。君の物に手は出しませんよ」
 冷蔵庫に常設している付箋に僕の名前を書いて箱に貼ってから、冷蔵庫に入れる。
 理由はよく分からないが、これは僕の物です、と主張すれば、シャリアさんは服にもお菓子にも一切手を出して来ない。つまみ食い常習犯なのに。
「ほらシャリアさん、甘い物は食べられないかもしれませんが僕はもうすぐフリーになりますから。歯磨いて来ます」
「早く戻ってきてくださいね……君まで取り上げられたら私はおしまいです」
「大げさな……」
 また変なこと言ってる。でも悪い気はしないので、僕はそそくさと洗面台へ向かう。
 歯を磨いていると、鏡の中の自分と目が合った。着古したTシャツに、緩んだ目元。
 シャリアさんと一緒に生活するようになってから、家じゃ僕の心は緩みっぱなしだ。
 安心して過ごせる場所なんてここ数年どこにもなかったのに……そう思っただけで、シャリアさんを抱き締めた時の体温が恋しくなって、僕は急いで歯磨きを終わらせた。
「ほらシャリアさん、あなたのエグザベ・オリベがフリーになりましたよ」
 そう言いながらリビングに戻ると、シャリアさんが僕に抱き着いて来た。

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エグシャリとなんかちっちゃいMS(MA)のやつ

二頭身のちっちゃいギャンとキケロガ(MS・MAに巨大化変形可能)(今回は別に巨大化しない)がエグシャリと一緒に住んでいる謎時空です。
深いことは考えずにお読みください。 

 ◆◆◆

「キケロガ……あなた、太りましたね?」
 二人と二機揃って朝の日課のラジオ体操を終えた時、シャリアさんがとても静かな声でそう言った。
 ぎくり。
 そう言わんばかりに、キケロガの細い──けれど確かに少しむっちりしている気がする腕が口元(元はと言えばモビルアーマーのモビルスーツ形態なのでそんなものはない)を覆った。
「私は見逃しませんでしたよ。さっき体操のために変形する時、結構時間掛かってましたね」
 キケロガが否定するようにパタパタと腕を振る。
「そんなことはない? では今ここでミニアーマーに変形してご覧なさい」
「……! !!」
 キケロガはしばし抵抗するように(いつものようにふよふよと浮きながら)手足をジタバタ動かしていたが、シャリアさんの眼力に負けたのかやがて観念するように項垂れた。
 これは、無理なのでは。僕はそんな予感とともにキケロガを見守る。いつの間にか僕の肩によじ登って来たギャンも固唾を飲むようにキケロガを見ていた。
 キケロガは両手足をぴんと伸ばす。普段ならここで、背負うようにしてくっついているアーマーが瞬時に分離してキケロガの体を覆ってミニアーマー形態──つまりモビルアーマー形態のミニバージョンに高速変形する筈だった。
 アーマー達はキケロガのボディを覆うが、暫くぎゅむ、ぎゅむ、とボディをアーマー内部に押し込み始めた。アーマーはボディをすっぽり覆うような構造になっているはずなのに。
 十秒ほど「んしょ……んしょ……」と聞こえてきそうな奮闘をぎゅうぎゅうとした後、キケロガはどうにかミニアーマー形態に変形した。変形を終えたキケロガはえへん、と言わんばかりに胸を張っているが、シャリアさんの目は厳しい。
 ミニ形態でも健在なはずのキケロガの高速変形は、哀れキケロガが太ったことでほとんど機能しなくなっていた。
 というか、こいつらって太るんだ。
 そんなことを思いながらシャリアさんを横目で見ると、シャリアさんはニッコリと笑っていた。そして、ひと言。
「ダイエットしましょうか」
 ガーン、と。キケロガのパートナーではない僕にその言葉は分からないが、ショックを受けているのが確かに分かった。
 そして僕の肩に乗っているギャンも、何故か一緒にショックを受けていた。

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こういう人間と異種族がバディやってるタイプのホビアニが好きなんすよね……と思いながら原稿の息抜きに書きました。
このキケロガはエグザベ君の作るご飯が美味しすぎていっぱい食べたらしいです。

Exection Bullet! VR2026サークル参加のお知らせ

2026/02/08 VALENTINE ROSE FES 2026 -day2-(赤ブーブー通信社)内にて開催予定のエグシャリオンリー「Exection Bullet! VR2026」への出展情報がまとまったのでお知らせします。

スペース:南3 の-82b

新刊はお品書きの通り、エグシャリがMAVを組んで公営クラバに出る本の準備号です。準備号なので序盤だけの掲載です。
私の趣味全開の本になっています。

ページ数調整のためのおまけSSもあります。

新刊本文サンプル(pixiv)

通販リンク(とらのあな)

無配も何か置けるよう頑張っています。

当日は私一人のためお手数おかけする可能性ありますがよろしくお願いします!!

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昼も、夜も、これからも

WebイベのBDアンソロに展示した作品。
前半ソドントリオ、後半エグシャリ。

 ◆◆◆

 オフィスからほど近いドーナツショップの店頭で、ガラスケースからドーナツを選んで箱に詰めてもらう。
 たった三人の部隊で食べる分としてドーナツは全部で六つ、全て違う種類だ。
 エグザベはレシートをきちんと受け取ってから、箱を持ってそそくさとオフィスに向かう。遅刻したところで上官も同僚も何も言わないであろうとは言え、午後の勤務開始に遅刻することは避けたかった。
「ただいま戻りましたっ」
「お帰りなさい」
 エグザベの声に、オフィス内の自席に腰を下ろしていたシャリアが見ていた書類から顔を上げた。
 昼休みが終わるまでは十分ほど残っている、コモリはまだ戻っていないようだ。
 エグザベはドーナツの箱をそのまま冷蔵庫に入れると、自分のデスクに腰を下ろした。
「どうですか、今回は」
 シャリアにそう尋ねられたので、エグザベは箱の中身を思い返しながら答える。
「ドーナツを。期間限定でオレンジのシリーズが出ていたので、少し多めに選びました」
「そう」
 シャリアはエグザベの答えに目を細め、口元にかすかな笑みを湛えて頷いた。
 程なくしてコモリが戻ってきて、午後の業務が始まる。各々で外を動き回ることも多い部隊であったが、三人揃っての内勤が可能な時は互いの顔を合わせるために勤務と休憩の時間を揃えることにしていた。
 そしてそれは、間のちょっとしたおやつ休憩にも適用されていた。
「では、休憩としましょう」
 壁掛けの時計が午後三時を指すと同時に、シャリアがパンと手を叩いた。
 それを合図にエグザベとコモリは立ち上がると、エグザベは冷蔵庫からドーナツの箱を、コモリは給湯室から紙皿と紙ナプキンが詰まった紙袋を持ち出した。シャリアもまた給湯室に向かい、ポットに紅茶の準備を始める。
「それでは、準備は良いですか」
 普段はミーティング時に紙の地図を広げるテーブルの上にはオフィスから徒歩五分のディスカウントショップに売っていた安物のテーブルクロスが敷かれた。その上には三人分の紙皿と紙ナプキンの束、そして開け放たれたドーナツの箱、箱からは砂糖やチョコレートの甘い匂い。
 シャリアがマグカップに入れた紅茶を掲げると、エグザベとコモリも各々のカップを手に持った。
「エグザベ少尉の誕生日という、この素晴らしい日に」
 紅茶の入ったマグカップで乾杯。
 どこか滑稽だがいつの間にか年に三度のお楽しみになっているその習慣に従って、コモリは「エグザベ君おめでとう」と笑い、シャリアは「よい一年を」と微笑んだ。
 生誕を寿ぐそれらの言葉に、エグザベは「ありがとうございます」と嬉しそうに、そして気恥ずかしげにはにかんだ。

 ◆◆◆

「タイミングが良かった」
 エグザベの運転する車の助手席に座りながら、シャリアが呟いた。
「コモリ少尉は明日から出張ですからね」
 エグザベは相槌を打ちながら、ハンドルを切る。
「僕は昨日までギャンの調整に出ていましたし」
「美味しかったですね、あのオレンジの生地の」
「三分の一くらいはオレンジ系だったと思うのですが……」
 季節限定のシリーズがオレンジだったので、とエグザベがもごもご言うので、シャリアは特徴を付け足す。
「生地がもちもちしていたやつです」
「ああそれですか。シャリアさんそのシリーズ好きですよね、選んで良かったです」
 シャリアの率いる部隊では、隊員の誕生日になると誕生日を迎える当人が選んだスイーツを囲んでおやつタイムを設けるのが定番となっていた。費用はシャリアのポケットマネーである。発案者はコモリであるが、第一回がそのコモリの誕生日だったものだから、当人も顔を真っ赤にしながら百貨店の地下で買ったというマカロンを持って来ていた。
 その次のシャリアは、高級店のレーズンサンドを用意した。
 そして最後のエグザベは、ドーナツを。けれどその箱の中身が二種類の定番商品を三個ずつだったもので、シャリアとコモリは思わず顔を見合わせてしまったのだが。
「前回と比べれば随分上達しましたね、ドーナツを選ぶの」
「はは……あの時は良かれと思っていたんですけど。やっぱり、三人で食べるなら全部違う種類にして選んでもらったり一つを分け合った方が楽しいですね」
「今回は君自身が食べたいものをちゃんと選んできたので安心しました」
「え、ばれてましたか」
「オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー」
「わ、うわ……恥ずかしいな……確かに真っ先に取りましたけど……」
 車が二人の住む一軒家の前まで来る。ガレージが開き切るのを待ちながら、シャリアはその『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時のエグザベの目の輝きを思い出していた。
「こういう機会でもなければ甘い物は食べないでしょうからね、特に現役パイロットの君は」
「羽目を外す口実をくださることに感謝しています」
 ガレージに車を入れて、降車する。
 そして玄関ドアの鍵を回して扉を開け、
「ただいま」
 二人声を揃え、そして顔を見合わせて笑った。
「実は君のために新しく用意したボトルがあります」
 ジャケットをハンガーに掛けながら、シャリアは歌うようにエグザベに尋ねた。
「実は今日の晩はそれに合いそうなものを選んでいたのですが、どうします?」
「そう言われると、いただくしかないじゃないですか」
 時刻は夜八時過ぎ。夕食として買って来たデリをダイニングテーブルに並べて晩酌をする余裕なら充分にある。
 デリは容器の蓋を開けてそのままテーブルに並べてしまい、一緒に買ってきたバゲットは軽くトーストする。カトラリーを並べ、
食卓を整え終えた頃にシャリアが持ち出してきたのは白ワインのボトルだった。
「君の生まれ年です。いくつか候補はあったのですが、君が気に入りそうなのはこれだなと」
「わあ……ありがとうございます」
 エグザベはまた目を輝かせる。
『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時も、シャリアがエグザベのために用意したワインを見た時も。同じように心から目を輝かせて見せるエグザベの、年齢相応とも不相応とも言える純粋な幼さ。それが眩しくて、同時に彼が己の幼さを曝け出せるようになったことが改めて喜ばしく思えて、シャリアはそっと目を細めた。
「ドーナツを食べたので、ケーキはありませんが」
「そのワインで充分です」
「おや、ではプレゼントはいらないと」
「そ、そんなこと言ってません!」
 エグザベが慌てて胸の前で手を振る。
「本当に、ずっと嬉しいんです。昨年からこうやって、職場では貴方とコモリさんに、帰ってからもこうして貴方に祝っていただけることが……怖いくらいです。でもその怖さにもやっと慣れました。だから、プレゼントも喜んでいただきます」
「よろしい。これからも沢山祝われなさい」
 シャリアは頷き、白ワインをグラスに注ぐ。
 いずれ失 オフィスからほど近いドーナツショップの店頭で、ガラスケースからドーナツを選んで箱に詰めてもらう。
 たった三人の部隊で食べる分としてドーナツは全部で六つ、全て違う種類だ。
 エグザベはレシートをきちんと受け取ってから、箱を持ってそそくさとオフィスに向かう。遅刻したところで上官も同僚も何も言わないであろうとは言え、午後の勤務開始に遅刻することは避けたかった。
「ただいま戻りましたっ」
「お帰りなさい」
 エグザベの声に、オフィス内の自席に腰を下ろしていたシャリアが見ていた書類から顔を上げた。
 昼休みが終わるまでは十分ほど残っている、コモリはまだ戻っていないようだ。
 エグザベはドーナツの箱をそのまま冷蔵庫に入れると、自分のデスクに腰を下ろした。
「どうですか、今回は」
 シャリアにそう尋ねられたので、エグザベは箱の中身を思い返しながら答える。
「ドーナツを。期間限定でオレンジのシリーズが出ていたので、少し多めに選びました」
「そう」
 シャリアはエグザベの答えに目を細め、口元にかすかな笑みを湛えて頷いた。
 程なくしてコモリが戻ってきて、午後の業務が始まる。各々で外を動き回ることも多い部隊であったが、三人揃っての内勤が可能な時は互いの顔を合わせるために勤務と休憩の時間を揃えることにしていた。
 そしてそれは、間のちょっとしたおやつ休憩にも適用されていた。
「では、休憩としましょう」
 壁掛けの時計が午後三時を指すと同時に、シャリアがパンと手を叩いた。
 それを合図にエグザベとコモリは立ち上がると、エグザベは冷蔵庫からドーナツの箱を、コモリは給湯室から紙皿と紙ナプキンが詰まった紙袋を持ち出した。シャリアもまた給湯室に向かい、ポットに紅茶の準備を始める。
「それでは、準備は良いですか」
 普段はミーティング時に紙の地図を広げるテーブルの上にはオフィスから徒歩五分のディスカウントショップに売っていた安物のテーブルクロスが敷かれた。その上には三人分の紙皿と紙ナプキンの束、そして開け放たれたドーナツの箱、箱からは砂糖やチョコレートの甘い匂い。
 シャリアがマグカップに入れた紅茶を掲げると、エグザベとコモリも各々のカップを手に持った。
「エグザベ少尉の誕生日という、この素晴らしい日に」
 紅茶の入ったマグカップで乾杯。
 どこか滑稽だがいつの間にか年に三度のお楽しみになっているその習慣に従って、コモリは「エグザベ君おめでとう」と笑い、シャリアは「よい一年を」と微笑んだ。
 生誕を寿ぐそれらの言葉に、エグザベは「ありがとうございます」と嬉しそうに、そして気恥ずかしげにはにかんだ。

 ◆◆◆

「タイミングが良かった」
 エグザベの運転する車の助手席に座りながら、シャリアが呟いた。
「コモリ少尉は明日から出張ですからね」
 エグザベは相槌を打ちながら、ハンドルを切る。
「僕は昨日までギャンの調整に出ていましたし」
「美味しかったですね、あのオレンジの生地の」
「三分の一くらいはオレンジ系だったと思うのですが……」
 季節限定のシリーズがオレンジだったので、とエグザベがもごもご言うので、シャリアは特徴を付け足す。
「生地がもちもちしていたやつです」
「ああそれですか。シャリアさんそのシリーズ好きですよね、選んで良かったです」
 シャリアの率いる部隊では、隊員の誕生日になると誕生日を迎える当人が選んだスイーツを囲んでおやつタイムを設けるのが定番となっていた。費用はシャリアのポケットマネーである。発案者はコモリであるが、第一回がそのコモリの誕生日だったものだから、当人も顔を真っ赤にしながら百貨店の地下で買ったというマカロンを持って来ていた。
 その次のシャリアは、高級店のレーズンサンドを用意した。
 そして最後のエグザベは、ドーナツを。けれどその箱の中身が二種類の定番商品を三個ずつだったもので、シャリアとコモリは思わず顔を見合わせてしまったのだが。
「前回と比べれば随分上達しましたね、ドーナツを選ぶの」
「はは……あの時は良かれと思っていたんですけど。やっぱり、三人で食べるなら全部違う種類にして選んでもらったり一つを分け合った方が楽しいですね」
「今回は君自身が食べたいものをちゃんと選んできたので安心しました」
「え、ばれてましたか」
「オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー」
「わ、うわ……恥ずかしいな……確かに真っ先に取りましたけど……」
 車が二人の住む一軒家の前まで来る。ガレージが開き切るのを待ちながら、シャリアはその『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時のエグザベの目の輝きを思い出していた。
「こういう機会でもなければ甘い物は食べないでしょうからね、特に現役パイロットの君は」
「羽目を外す口実をくださることに感謝しています」
 ガレージに車を入れて、降車する。
 そして玄関ドアの鍵を回して扉を開け、
「ただいま」
 二人声を揃え、そして顔を見合わせて笑った。
「実は君のために新しく用意したボトルがあります」
 ジャケットをハンガーに掛けながら、シャリアは歌うようにエグザベに尋ねた。
「実は今日の晩はそれに合いそうなものを選んでいたのですが、どうします?」
「そう言われると、いただくしかないじゃないですか」
 時刻は夜八時過ぎ。夕食として買って来たデリをダイニングテーブルに並べて晩酌をする余裕なら充分にある。
 デリは容器の蓋を開けてそのままテーブルに並べてしまい、一緒に買ってきたバゲットは軽くトーストする。カトラリーを並べ、
食卓を整え終えた頃にシャリアが持ち出してきたのは白ワインのボトルだった。
「君の生まれ年です。いくつか候補はあったのですが、君が気に入りそうなのはこれだなと」
「わあ……ありがとうございます」
 エグザベはまた目を輝かせる。
『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時も、シャリアがエグザベのために用意したワインを見た時も。同じように心から目を輝かせて見せるエグザベの、年齢相応とも不相応とも言える純粋な幼さ。それが眩しくて、同時に彼が己の幼さを曝け出せるようになったことが改めて喜ばしく思えて、シャリアはそっと目を細めた。
「ドーナツを食べたので、ケーキはありませんが」
「そのワインで充分です」
「おや、ではプレゼントはいらないと」
「そ、そんなこと言ってません!」
 エグザベが慌てて胸の前で手を振る。
「本当に、ずっと嬉しいんです。昨年からこうやって、職場では貴方とコモリさんに、帰ってからもこうして貴方に祝っていただけることが……怖いくらいです。でもその怖さにもやっと慣れました。だから、プレゼントも喜んでいただきます」
「よろしい。これからも沢山祝われなさい」
 シャリアは頷き、白ワインをグラスに注ぐ。
 いずれ失われるかもしれないからと、充足に対し覚える忌避感に似た恐怖。人知れず抱え続けていたそれをエグザベが飼い馴らしつつあることは、シャリアにとってとても喜ばしいことであった。
「……僕にも、これからも沢山貴方の誕生日を祝わせてください」
 ワインの注がれたグラスを手に、エグザベが微笑んだ。
「大事な人からの祝われ方が分かったので、きっと祝い方ももっと上手くなると思います。貴方やコモリさんが言うには、僕はたいへん優秀らしいので」
 その言葉が、心の虚ろを優しく撫ぜる。大した価値の無い自分の命でも、この青年のためになっているのだとひどく安心する。
 そんなことを言ったら、きっと彼は怒るけれど。
「ええ、楽しみにしています」
 二人は向かい合って座り、グラスを掲げる。
 そして、各々の未来に向けて声を合わせた。
「君の誕生日に」
「僕と、これから来る貴方の誕生日に」
われるかもしれないからと、充足に対し覚える忌避感に似た恐怖。人知れず抱え続けていたそれをエグザベが飼い馴らしつつあることは、シャリアにとってとても喜ばしいことであった。
「……僕にも、これからも沢山貴方の誕生日を祝わせてください」
 ワインの注がれたグラスを手に、エグザベが微笑んだ。
「大事な人からの祝われ方が分かったので、きっと祝い方ももっと上手くなると思います。貴方やコモリさんが言うには、僕はたいへん優秀らしいので」
 その言葉が、心の虚ろを優しく撫ぜる。大した価値の無い自分の命でも、この青年のためになっているのだとひどく安心する。
 そんなことを言ったら、きっと彼は怒るけれど。
「ええ、楽しみにしています」
 二人は向かい合って座り、グラスを掲げる。
 そして、各々の未来に向けて声を合わせた。
「君の誕生日に」
「僕と、これから来る貴方の誕生日に」

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枕元に幽霊ふたり

※ミゲルが幽霊になってザベに憑いている話。ミゲル→ザベはあくまで友人。

 ◆◆◆

 シャリア・ブルには幽霊が見えている。
 
 これはシャリア・ブルという男に霊感があるだとかそういう話ではない。
 単なる事実として、幽霊としか言いようのない存在が、数日前からシャリアには見えていた。
『だからさあ、俺はずっと意味が分からないんだよ。なんでお前の乗機がサイコミュ未搭載のギャンなんだよ』
 ソドンの格納庫で自分専用のギャンの装甲を長柄モップで楽しそうに拭いているエグザベ。その肩越しにギャンを見上げながら不平を言う尉官服の男の足が地に付いていない……のは、無重力空間なので特に不思議なことではない。しかしその体は僅かに透けていて、予備機として艦載されているゲルググがその向こうに透けていた。
 格納庫に顔を出した際にその姿を認め、シャリアは頭痛を堪えるように眉を顰めた。
『そりゃお前の操縦テクがイカれてるのは認めるけど。だからってサイコミュ未搭載ってのは宝の持ち腐れだろ。操縦系にくらい積んどけよ』
 ぶつくさ言うその男の声は、エグザベには届いていない。エグザベはその男がそこにいることを認識していないし、他者から指摘されたこともない。
 そもそもこの男の存在を認識しているのはシャリアただ一人で、そして読心を大の苦手とするエグザベ相手にシャリアがこの男の存在を秘匿するのはそう難しいことではない。
「ミゲル・セルベート」。それがこの男の名前である。エグザベのフラナガン・スクール時代の同期生で、階級は少尉。イオマグヌッソでの「事故」の少し前に死亡している。その頃のキシリア派閥内で相次いだ行方不明者の一覧の中にその名があった。
「なんで俺がエグザベに憑いてるかって……気が付いたらここにいたんですよ」
 シャリアがミゲルと会話するのは専らエグザベが眠っている間である。
 シャリアと同じベッドですやすやと気持ちよさそうに眠るエグザベの寝顔を、ミゲルはどこか寂しそうに見ていた。
「未練があって成仏出来てない、ってやつなんですかね。そういう話を聞いたことがあります。俺は無宗教ですけど」
「……私としては、死者は早々に生者の世界から引き払うことをお勧めしたいのですが」
「冷たいですね」
 ミゲルはシャリアをジロリと睨んだが、すぐに肩を落とした。
「でもあなたの言わんとすることは分かるんですよ。死者にいちいち立ち止まってたら生きてる人間はどこにも行けなくなっちまうから死者はさっさと退場するべきだ。それなのに……」
 ぐい、とミゲルの透けた手が強く握り込まれる。そしてエグザベを指しながら前のめりに叫んだ。
「こいつ!! 友達の死を引きずらなさすぎじゃないですか!? 他の友達二人殺した奴をですよ!? 流石に堪えるんですが!?」
「……そう言われると、そうですねとしか言えませんねえ……」
「分かってますよ忘れられてるわけじゃないってことくらい! でもなんか……もうちょっとこう……さぁ! 年単位で引きずるくらいは!」
 ミゲルの言い分がよく分かってしまい、シャリアは頭を抱えそうになった。代わりに一つ溜息。
 エグザベは全てにおいて心の切り替えが早い。一つの物事に拘泥せず常に前を向いている、それは彼の長所でもあるのだが、一方であらゆる物事への拘りが薄いという短所とも裏表であった。
 それは例えばここ一年以内で発生した筈の友人達の死、部下達の死、仕えた主の死。全て彼の中ではもう「過ぎたこと」として処理されてしまっている。
 決してそれらの出来事を忘れているわけではない、きっと折を見ては花を手向けに行くのだろうとシャリアは思う。ただエグザベが日頃からそれに拘泥していないというだけのこと──少なくとも、人前では。
「引きずってないとは言いますが、エグザベ君のたまの不眠はあなたのような諸々の積み重ねですよね」
「うぐ……そういう健康に直接の悪影響が出るやつは、求めてない……!」
 君も大概お人好しだ、とシャリアは頭を抱えたミゲルを見る。
 月に一度か二度、エグザベは不眠で眠れていない時がある。薬を飲ませて効果が出るまでの間、シャリアは黙ってエグザベに寄り添うことにしていた。エグザベは何も言わないが、彼のこれまでの人生で積もり積もった澱のようなものが本人すら自覚しない内に心の大きな負担になっているのだろうとシャリアは見ている。
 眠れない夜、エグザベの心はそうした物たちに相対しながら「空虚であれ」と自身に命じるかのように動き続けている。空虚であれ、全てを受け流せ、そんなことより生きることを考えろ、と。
 それはきっとエグザベ自身も自覚していない防衛機制の暴走であり、同時に正気のまま生き残る為に身に付けた術だ。彼にそんな負担を強いたのはこの世界で、社会である。
 交際を続けるうちにそれに気付いたシャリアは自身が通い始めたクリニックにエグザベを引きずって行き、エグザベはそのまま月に一度クリニックとカウンセリングに通っているのだった。
 忘れないで欲しいがそれで病院通いまでして欲しいわけではない、というミゲルの言い分は分からないでもない。とは言えこっちはとっくに病院通いの身だから気にするなと当のエグザベ本人が言いそうなのがまた頭の痛いところである。
「では言い方を変えましょう。エグザベ君が今そういう状態なのは100%君のせいというわけではありません。元を正せば社会構造と戦争のせいですし、君だってその被害者です。君ばかりが思い悩む必要もありません。私だって彼がこうなる一因を担っている加害者です」
「……あんたの認識がそうだとしても、幾億と存在する加害者の中の一人であるあんたをいつまでも加害者として責めるほどこいつは馬鹿じゃありませんよ。誰を憎めばいいか分からないから誰も憎まない。誰かを憎むエネルギーがあるなら生きるために費やす。こいつはそういう奴です」
「君は彼に責められたいのですか」
「……そうですよ。でも誰も憎まないことを選んでる奴に向かってそんな事言える立場にないでしょう」
 それからミゲルは口をつぐみ、しばしエグザベの寝顔を眺めた。
 加害者として責め苛んでくれれば、などと望むのは所詮加害者側の自己憐憫。責められれば許されたような気になれるから。彼はそれくらい分かっているのかもしれないとシャリアは思った。彼も元を正せば友達思いの普通の青年だったのだろう。
 ミゲル・セルベート。自分が掬い上げることの出来なかった若きニュータイプ。もし今が彼の心を救済するチャンスなのだとしたら。
「……分かりました。気が済むまでいてくれて構いません」
 シャリアが溜息とともに吐き出したその言葉に、ミゲルは「言われなくてもそのつもりですよ」と肩をすくめてみせた。

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【ドルPパロ】アイドル

※アイドル×プロデューサーパロ
※ちょっとだけモブ(ファン)がいる

 ◆◆◆

 その白い光を、覚えている。
 真昼間のアーケード街で、何よりも鮮烈に、善を為そうと駆けて行ったその目映い姿がいつまでも、強烈に瞼の裏に焼き付いて離れない。
 気が付けば、ひったくり犯を駆け付けた警察官に引き渡して鞄を奪われたのであろう女性に鞄を渡してその場を立ち去ろうとしていた彼の背中に声を掛けていた。
 そうして私は、エグザベ君という光と出会った。

 ◆◆◆

 ステージの上には、アイドルが一人。
 白地に金糸が煌めくアイドル衣装を身に纏った青年が、スポットライトを一身に浴びて伸びやかに歌い踊っている。
 私ははそれを、ロープで囲われた客席エリアに立って見つめていた。
 ステージの上に立つエグザベ君は、私がプロデュースしている新人アイドルだ。今時珍しくグループに属さず、ソロアイドルとしてついひと月前にデビューした。配信番組と楽曲配信でファンを獲得し、今日はとある巨大ショッピングモールの通称「噴水広場」でのデビューイベント開催となる。
 エグザベ君がぴたりとキメのポーズを決め、曲が終わる。ぱらぱらと周辺から拍手が聞こえた。ちらりと客席エリアの外を見ると、ロープのすぐ際に何人かの女性が立っている。男性アイドルのファン層に多い傾向の彼女らの服装や持っている団扇を見るに、既にエグザベ君に付いているファンと見て良さそうだ。
 またステージ上に視線を戻すと、エグザベ君は肩を上下させながらも「ありがとうございました!」と一礼した。
「……うん。いいですね」
 リハーサルの手応えも上々。緊張しているようでまだ少し動きが硬かったが、それでもこのステージを楽しんでいるのが伝わって来た。
 私は音響・ライト共に問題ないことを横に立つスタッフに伝えてからステージの前に進み、スタッフ用マイクを受け取ってステージに上がった。
 この噴水広場は三百六十度上から見下ろされる形となり、音響設備も用意されていることから多くのアイドルやアーティストがイベントに利用する。私もかつてのデビュー直後にこの景色を見た。
 ちらりとエグザベ君に目線を送り、頷いて見せる。君のステージは素晴らしかった、と。エグザベの表情が明るくなったので、私はステージの外に視線を向けた。
「リハーサルは以上です。ご希望の方にはあちらで入場整理券をお渡ししていますので、この後の17時から始まるデビューイベントにもお越しいただければ幸いです」
 私のアナウンスにまた拍手が上がる。元アイドルとして、こうした時に顔出しするプロデューサーの立場を取ったのは正解だったなと思いながら隣のエグザベ君に挨拶を促す。
「皆さんリハーサルからありがとうございました! この後のイベントも絶対……いや、無理なく! 来てくださいね!」
 絶対じゃないのか、と彼の素朴さを微笑まえしく思っていると「行くよー!」とファンから黄色い声が上がる。そのレスにエグザベ君はパッと顔を輝かせた。
「あ、わあ! ありがとうございます!」
「エグザベ君、そろそろ」
 マイクを通さず耳打ちすると、エグザベ君は「それではまた後で!」と深々一礼してステージから捌けていく。私も一礼してから、彼と同じルートでステージから降りる。
 ステージのすぐ脇にあるドアから関係者専用通路を通って控室に入ると、エグザベ君の肩から力がどっと抜けた。
「き、緊張しました……」
 パイプ椅子の上に崩れ落ちるように座る彼からジャケットを脱がしてハンガーに掛けてやってから、キャップを開けた水のボトルを差し出す。
「お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございます……」
 エグザベ君は受け取ったボトルから水をひと息に半分ほど飲んでから、不安げに私を見上げた。
「あの、本当に大丈夫でしたか?」
「ええ、素晴らしいパフォーマンスでした。初ステージにしては上出来でしたよ、この調子なら本番も大丈夫」
 するとエグザベ君の目が潤み、頬も緩んでどこか締まらない笑みとなる。
「シャリアさんにそう言っていただけると安心します……」
 ああ、その凛々しい顔立ちから繰り出される小犬のような表情が私はじめ数多の人間をこれから虜にしてしまうのだろう。
 そのギャップにくらくらしながらも、私は頼れる敏腕プロデューサーとしての笑みを浮かべてみせるのだった。

 ◆◆◆
 
 一方その頃、噴水広場近くのコーヒーショップの一角。エグザベとシャリアは聞き得ない、二人の女性による会話。
「は~やば……生ザベ君ガチでビジュ良すぎ」
「ね、シャリア・ブル目当てで見始めたけど全然ザベ君も推せる」
「てかさ」
「うん」
「……あの二人、さあ」『(スマホ画面に入力)付き合ってて欲しすぎる』
「……ッ! ッッッッッ!!」(「わかる」のスタンプ連打)

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絵画における補色の効果について

 シャリア・ブルは芸術をとんと解さぬ男である。
 物体の美醜を自意識でもって漠然と判断する事は出来る。資産家の間で絵画や彫刻が資産あるいは一種の投機商品として扱われていることも知っている。
 しかしそれらの実際の価値だとか歴史だとかそういったところは門外漢であり、きっとデザインさえ似たようなものであれば北宋の壺もディスカウントショップの棚に並ぶ花瓶も同じように見える。自分はそういう男である、と。それがシャリア・ブルの自認であった。
 だがそんな男にも響く芸術は存在するのだという意見には賛同しても良いかもしれない、と、シャリアは一枚の絵を見ながら考えるのだった。
「『夕暮れ時の刈り込まれた柳』フィンセント・ファン・ゴッホ……旧19世紀の作品とは、マ・クベ中将のコレクションの中でも比較的新しい方ですね」
 隣に立ったエグザベが、額縁の側に添えてあるキャプションを読み上げる。シャリアは「そうですね」と頷いた。
「中将がこうした絵も好むとは、少し驚きました」
 マ・クベのコレクションだというそのゴッホの絵には、夕日の強い光を浴びる柳の木々が描かれていた。背の高い草に囲まれた柳はいずれも葉が刈り取られていて、何処か物悲しく見える。後景の水面と柳の木の青が、夕日と草原の黄色の中でいっそう際立って見え……逆もまた然り。その強い夕日が画面のすべてを色鮮やかな風景に見せていた。
 シャリアとエグザベ、そして別室に控えているコモリは、グラナダに新たに開かれる美術館のプレオープンに招待されていた。
 この美術館は現ジオン公国中将マ・クベのコレクションを公開展示し、グラナダ市民が気軽に芸術に触れられるようにと建設された。
 建設計画自体は現政権となる以前よりキシリア・ザビの認可を受ける形で進んでいたらしい。「イオマグヌッソ暴走事故」に端を発する政変によりしばらく計画は凍結されていたが、実現すれば観光資源として大いに有用であると目を付けたアルテイシア現公王の計らいによって計画が再開され、こうして無事開館と相成ったのだ。その成立には旧・現両体制の思惑が大いに絡んでいるものの、あくまでマ・クベ個人のコレクションを展示する私設の美術館という建付けとなっている。
 そうした経緯ゆえに厳密にはマ・クベ個人から招待されたのはエグザベ一人で、シャリアとコモリは任務として潜り込むために「招待状を発行してもらった」形になる。
 その任務とは、このプレオープンと翌日の開館式典に集う要人警護の裏からの支援。
 その要人とは、地球連邦を含めたジオン国内外の政財界の大物。その中でも特に要警護と目されている者が二人。
 まず当然ながら、この美術館の創設者であり旧体制時はキシリア・ザビの忠臣としてその名を知られたマ・クベ中将。
 そして開館式典に合わせてのグラナダ入りを予定している、ギレン・キシリア両名の国葬以来およそ二年ぶりに公の場に姿を見せる、ガルマ・ザビである。
「マ・クベ中将個人がお好きなのは陶芸や彫刻ですが、地球に赴任していた頃は散逸・消失の危機状態にある芸術品を可能な限り保護していた方です。それを金持ちの道楽と嘲られたこともあると仰っていましたが、芸術こそ世に必要であると信じていると……だからこの美術館にも、その中から幅広い年代の作品が集められている」
 エグザベは、ジオンに拾われてから少しの間マ・クベに衣食住を世話になっていたのだという。キシリア亡き現在でもマ・クベはエグザベを多少なりとも気にかけている。
 マ・クベはキシリアがギレンに対するクーデターを謀っていたことは承知の上であったが、イオマグヌッソを用いて地球人類抹殺を目論んでいたことは全く知らされていなかった。それが幸か不幸なのかは、シャリアにもエグザベにも分からない。とにかくそうしてマ・クベは現在でも中将の座に就いていた。
 キシリアの死とイオマグヌッソの真相を知り、その諸々の衝撃から辞任して地球の別宅に引き篭もろうとしていたところをランバ・ラル将軍が必死で引き止め説き伏せた、とシャリアは聞いている。
「地球に置いていてはむしろ危険だと、マ・クベ中将個人を信頼して所有者から預けられた個人蔵作品も含まれていると伺いました」
 エグザベはそう言いつつ、手元の収蔵品リストに目を落とす振りをしながら周囲に目を配った。
 今のところ怪しい気配は無し──エグザベがそう口にする前にシャリアは「なるほど」と頷いた。
 ──我々が泳げば何か釣れるかとも思いましたが。
「少尉はどう思いますか、この絵」
 ──もう少しだけ泳いでみましょう。
「え、僕ですか」
 ──もう少しって……。
 言外に呆れているエグザベに、シャリアは仮面越しに目配せした。
 ──私の勘です。
「そうだな……この盛り上がってるの、絵の具ですよね。筆致に、この絵を描いた時の手遣いが感じられるような気がしました」
「なるほど、筆致ですか」
 面白いところに目を付ける、と改めてゴッホの絵を注視すれば成程。一色に見えた部分は絵の具で引かれた線の積み重ねだ。
「少尉は絵を見る心得が?」
「いえ、全く。中将にお世話になっていた頃にいくつか見せていただいた程度です。高貴な方にお仕えするのだから本物を見て見る目を養えとのことでしたが、正直あまり」
「ふふ、あの方らしい」
 こうしたところがマ・クベは能力が高いが根本的に軍人向きではない、とランバ・ラル辺りから評されている理由なのだろうとシャリアは思うが話が反れるので黙っておく。それ故に共和制への移行を前提としている現政権でも優秀な政府の歯車として重用されているのだが、そんな彼に擦り寄ろうとするザビ派残党のなんと多いことか。キシリア亡き今、マ・クベはそうしたザビ派残党に一切の興味を失っているというのに……とシャリアが密かにマ・クベに思いを馳せていると、耳に仕込んだ通信機から微少な着信音が聞こえた。別室でシステムやカメラを監視しているコモリからの定時通信だ。
 シャリアとエグザベにしか聞こえない、無線に乗ったコモリの声が二人に状況を伝える。
『こちらコモリ。今のところ館内外に大きな異常は見えません。ガルマ様の到着が予定より早まるとウラガン少佐より連絡がありましたのでそろそろご準備を』
 エグザベがシャリアを横目で見る。シャリアは注視しなければ分からないほどに小さく頷いた。
 二人はゴッホの絵に背を向け、周りの客に悟られぬよう展示室を後にした。あくまで招待客として、ゆったりとした足取りで。数メートル後方にぴったり付いて来る気配には気付いていないふりをしながら。
「そう言えば中佐は、どうしてあのゴッホの絵が気になったんですか?」
 世間話のようにエグザベに尋ねられたので、シャリアは「ふむ」と顎に手を当てた。
「色遣いに目を引かれた……のだと思います」
「色遣い、ですか?」
 エグザベがスーツの襟を直す振りをしながら、襟元に仕込んだ発信機でコモリに信号を送る。
「確かにゴッホの絵は他の収蔵品と比べればとても色鮮やかですよね……僕はてっきり、中佐ならもっと落ち着いた色彩と風景の絵を好むのかと」
「おや、面白い偏見ですね」
「偏見というわけでは……」
 エグザベが信号を送って程なくして後方から「お客様──」と警備員の声がする。その隙に二人はそそくさと展示ルートを逸れ、スタッフ通用口を通って、今回の拠点である小さな控室へ足を踏み入れる。
 その控室は設計段階から館内に組み込まれていた「第二のセキュリティルーム」であった。館内の監視カメラの映像や館内見取図が投影されているモニターが壁一面に敷き詰められ、いざという時は館内セキュリティシステムの権限を全てこの部屋に移譲可能であるという。
 室内には、椅子に座ってモニターを眺める者が一人。
「美術鑑賞はどうでした?」
 シャリアとエグザベから声を掛ける前に、私もそっちに行きたかった、と言外に拗ねながらコモリがモニターから振り向いた。
「なかなか有意義な時間でしたよ。次はコモリ少尉も是非」
「いつ来れることやら」
 コモリは小さな溜息とともにタブレットとキーボードを手に椅子から立ち上がり、それらをそそくさとケースに詰める。
「さっきみたいにちらほら怪しい者はいますが、いずれも警備には報告済。大きな動きはありませんね」
「まだ会場に中将もガルマ様もいらしていませんからね。ここで騒ぎを起こすメリットがあるとも思えません」
「魚の餌になろうとしてる人がそれを言わないでもらえます? 中佐もエグザベ君もザビ派からしたら格好の的になるからって」
「もっと言ってやってくれ、僕だけならともかく」
「エグザベ君だけならいいって話でもないの!」
 本当にこの二人は、と呆れていることを隠しもせずに大きなため息を一つ吐いて見せてから、コモリはテーブルの上に置かれた菓子缶を掲げた。個包装のクッキーやチョコレートが詰まっている缶の蓋は既に空いていて、コモリが食べたのか隙間がある。
「このお菓子、差し入れで頂きましたので移動しながら食べましょう」
「あ、それ前にマ・クベ中将からいただいて美味かったやつだ」
「グラナダ最高級ホテルの限定缶。中将って差し入れにセンスあるよね」
 そそくさと荷物をまとめ、三人連れ立って地下の職員用駐車場へ向かい、三人の部隊用の小型バンの定位置にそれぞれ滑り込む。シャリアは助手席、エグザベは運転席、そしてコモリは小型サーバーやエンジン停止中も動く電源なんかが満載のトランクルームをぶち抜いた後部座席。
「はい、発車前に好きなのどうぞ」
 コモリが前の席に向けて缶を差し出すと、エグザベはホワイトチョコレートとミルクチョコレートを一つずつ、シャリアはブラックのチョコレートを一粒取った。
 チョコレートを口に放り込んだエグザベがバンを発進させ、後部座席のコモリがタブレットを開いた。シャリアもつまんだチョコレートを口に入れる。ほろ苦さと爽やかな香りが強張っていた神経をほどよくリラックスさせてくれた。
「お伝えした通りガルマ様の乗ったシャトルの到着予定時間が一時間早まりました、あと二時間で宇宙港に到着します。その後のスケジュールはガルマ様のホテル滞在時間が一時間長くなる以外は変更ありません」
「到着時刻が早まった原因は?」
「医療用民間シャトルとの発着場の兼ね合いとのことです。ガルマ様のチャーター便が出発を早めればグリーン・ノア発カリフォルニア着医療用シャトルが最速で着陸出来るからと。この便の存在はこちらでも確認していますが、裏も無さそうでした」
「よろしい。この後の配置は大きく変更しなくても良さそうですね」
 美術館からグラナダ宇宙港までは車で三十分ほど。互いの報告や軽い確認も終われば自然会話は途切れるか雑談へとシフトする。今日のシャリアは雑談をしたい気分だった。
「時にエグザベ少尉、私がゴッホのあの絵より落ち着いた色合いの絵が好きそうという先の偏見について伺いたいのですが」
「ちょっ、なんでその話続くんですか」
「ああ、聞こえてましたよその話。エグザベ君なかなか失礼じゃない?」
「う……それはそうかもしれないが……」
 エグザベは気まずそうに言葉を詰まらせてから、視線は前に向けたまま考え考え口を開いた。
「あの美術館は、もっと古い時代の、落ち着いた色合いの絵画も多かったでしょう。ええと例えば……そうだ、ラファエロやレンブラントのような。中佐が普段お召しになっている服や私物は上品で落ち着きのある色合いなもので……なんとなく、絵もそういった落ち着いたものが好きなのかなと。偏見と仰るならばその通りです、すみません」
「別に気にしていませんよ、面白い視点だと思っただけで」
 エグザベの言う落ち着いた色合いの服や私物については、ハイブランドのアパレルや小物はそうした色合いの物が多く、そうした物を身に着けていれば箔が付くというある種の打算から始まっている。
 深いこだわりがあると自分で意識したことはなかったが、エグザベの目にそう見えているのであれば、それは自分で意識していない真実の一端ではあるのかもしれない。
「中佐はあの絵のどんなところが気に入ったんですか?」
 コモリがシャリアに尋ねた。
 バイパスを通過して、周りの車両にトラックが増え始める。車が少しずつ宇宙港に近付いているのだ。
「そうですね、先ほどエグザベ少尉にも言いましたが色遣いが気に入りました」
 隣でハンドルを握るエグザベ、そして後部座席に座るコモリをそれぞれにちらりと見る。
「世界を照らす光の鮮やかさと、寂しい色をしているはずなのに不思議とそうは見えない柳……世界をこれほど鮮やかに描けるのかと、感心したのです」
 私はきっとあの柳だ。己の感じたものを語りながら、ふとシャリアはそう気付いた。
 あの時、自分はやるべきことはやり尽くした出涸らしの身になると思い込んでいたが、そう成ることをエグザベが許さなかった。何はどうあろうと生きていて欲しいのだとコモリが訴えた。今の私を生かしているのは彼らだと、どういうわけかあの絵を見て思ったのだ。
 若い部下達に私は支えられている、いつもその光で照らされている。胸の芯の空洞にすら届く、眩しく美しい光で。
「枯れていないなら、また葉も茂って来るでしょうからね」
 ふと、何気ない風にコモリが呟いた。
「──」
 思い掛けない言葉に虚を突かれたシャリアは黙り込むが、短い沈黙をエグザベの呑気な声が破った。
「そう言えばお二人、本物の柳って見たことあります? 僕はありません」
「私も多分ないかなあ。宇宙に持ち込まれる木でもないよね。旧世紀からのお伽話によく出てくる木ってイメージしかないかも。中佐はどうですか?」
 枯れかけの男の感傷を意に介せず転がっていく部下達の世間話。思考の腰を折られた筈のシャリアは何か爽快感に似たものを覚えながら、首を横に振った。
「私も恐らく見たことはありません。地球の、それも地上に降りた回数はそう多くありませんから」
「写真が発明されていない時代は、ああやって見たものを人々に伝えていたんですね」
「うーん……ゴッホの時代はもう写真発明されてるかも」
「えっ、そうなのか」
「発明されていたとしても写真で色を捉えるまでは出来なかった頃です。伝達手段としての絵画の役割は残っている頃でしょう」
「ああ、そっか。でもゴッホのあの絵で伝わるのって、『何が在ったか』よりは『ゴッホが世界をどう捉えたか』じゃないですか?」
「だとしたら、もっと凄いな」
「何が?」
 宇宙港にほど近い交差点で赤信号でに引っ掛かる。エグザベはブレーキを掛けて信号が変わるのを待ちながら、ホワイトチョコレートの包みを開けて口に放り込んだ。
「主観なんてニュータイプだろうと他者にそう易易と伝えられる物でもないし、伝わったところで長く残るものでもないのに。ゴッホが捉えた世界は死後から今に至るまでちゃんと残っている。それは、途方もなく凄いことだよ」
 信号が青に切り替わり、エグザベがアクセルを踏み込んだ。車は少しずつ宇宙港のターミナルへと近付いていく。
「だからマ・クベ中将は、芸術が好きなのかな。今日三人で話してやっとそう思いました」
「……やっぱりマ・クベ中将って、軍人っぽくないよねえ。エグザベ君越しに話を聞いてると、結構繊細な人なのかなって。軍人にしては差し入れにもセンスがありすぎだし」
「あはは……」
 コモリの言外の「軍人らしくセンスのない差し入れ」を思い出したのか、エグザベの笑いが若干引き攣る。
 ジオン軍内も彼らのような若い世代が多くを占めるようになり軍人も意識のアップデートを求められる時代と言うことなのだろうが、はて私はどうなのだろう……とシャリアが己を顧みたところでコモリがすかさず声を上げた。
「中佐も差し入れにはめちゃめちゃセンスあるので、そこは自信持ってください」
「おや、ありがとうございます」
 車は、所定の機器を積んで車体登録をしていなければUターンを促される「関係者専用レーン」へ。自然と雑談も終わり、車内の空気が引き締まる。この後の流れを再度確認しながら地下駐車場に車を入れ、各々シートベルトを外す。コモリは差し入れのお菓子缶をちゃっかり小型冷蔵庫に入れた。ここからはコモリも含めた三人での行動となる。シャリアは少しずれたバイザーの位置を直す。
「それではお二人、行きましょうか」
「了解っ」「過度な無茶はしないでくださいよ、二人とも」
 バンを降りてエグザベとコモリが先を行き、シャリアはその後ろを歩く。
 二人の部下の背中が心なしか大きく見えて、シャリアはバイザーの下で目を細めた。

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貴方と友達になりたい

「お友達なら構いませんが」
「えっ」

 花壇が美しい休日の公園に呼び出した上でのエグザベ・オリベの決死の覚悟の愛の告白を、シャリア・ブルは不発に終わらせた。
 しかしその告白が不発に終わったとはエグザベには思えなかったらしい。何故ならそう告げたシャリアの白い頬はシャリア自身にも熱という形で分かるほどに紅潮していて……
「お友達になっていいんですか!?」
 エグザベが飛び上がりながらシャリアの顔を覗き込むと、シャリアは小さく咳払いしながらついと目を逸らした。
「んんッ……まあ、君なら、いいです」
「嬉しいです、中佐とお友達になれるなんて……!」
 ぱあ、とエグザベの笑顔が輝く。そしてそれを見たシャリアは喉の奥からうめき声を溢しながら、休日用サングラスのブリッジの位置をそっと直した。
「私、今君の告白を振ったのですが」
「え、でもお友達にはなってくださるんですよね?」
「それは……そうなんですが……」
 通じているのか通じていないのか。
 シャリアは思わず頭上を仰いだ。人工の青空の向こうにうっすらと対岸の街並みが見える。あちらにも人の営みがあるのだと思うとなんだか気が滅入るようでまた視線を戻すと、きらきら輝くエグザベの瞳。何故こんな事に、とシャリアはただ困惑する。
(少尉の希望は、私と恋人関係になりたいというものだったはずだ)
 しかしその望みを素直に叶えるには、シャリア・ブルという男は地位が高すぎて、彼より年嵩で、更に言えば木星行き以降性愛に興味を失っていた。
 その告白に頬を赤くしてしまうほどに嬉しくて、その思いをどれほど好意的に受け止めていようと。
 十一も年下で将来性溢れるエグザベ少尉の人生を私のような男で無為に浪費させるわけにはいかない──それがシャリアの思いだった。
 ゆえに、お友達からと。そう答えたのだが、どういうわけかエグザベはシャリアの返答をいたく喜んでいる。希望が全く叶っていないのにも関わらず。
「……貴方、あれですか。お友達から始められれば恋人になるチャンスがあると思っているクチですか」
「そうですね、失礼ながらそう思っていないことも無いです。しかしそれよりも、中佐が僕とお友達になっていいと思ってくださっていることが嬉しいです。僕は中佐と、恋人にも友達にもなりたかったんだと思います」
「……」
 呆れるやら嘘偽り無い言葉に気圧されるやら、眩しい笑顔に灼かれてしまいそうになるやら。シャリアはまた目を逸らした。なんなのだこの真っ直ぐすぎる青年は。ますます私の人生に付き合わせていい子ではないだろう。
「貴方は、私の友人にもなりたかったと」
「はい。僕はあんたのことを沢山知りたいと思っているのですが……上官相手に友達になりたいと言うのは、どうにも気が引けてしまって」
「恋人も十二分に気が引けるはずでは……!?」
 あまりに大胆なエグザベの思考に思わずそう突っ込んでしまう。しかしエグザベはきょとんとしている。
「でも地位の高いお方が若い男を侍らすのは不自然なことではありませんよね、なら友人より恋人の方が自然では」
「やめなさい」
 思わずピシャリと言葉を遮る。
「嬉々として若き燕を侍らす高官など大概がろくでもない人間です。私はそんなものになる気はありませんので覚えておくように」
「か、かしこまりました……貶めるような発言をして申し訳ありません……」
 エグザベが肩を落として俯く。彼がソドンに乗る前にいた環境に少々「偏り」があったことを思えば悪気が無いであろうなど分かりきっている、少し強く言い過ぎたかとシャリアは慌てるのを押し隠しつつ「まあまあ」とエグザベの肩に手を置いた。
「そこは少しずつ学んでいきましょう、私の友人として」
「はい……」
 エグザベはまだ落ち込んでいる。この素直さを可愛いと思ってしまう自分はもうどうしようもないのでは……と、シャリアは己の内から湧き上がる何かに必死で蓋をするのだった。
 そうして、シャリアは十一も歳下の部下と友人になった。
 果たしてこれで良いのか、と一抹の不安はありつつ、シャリアは一先ず己の中の気まずさを誤魔化そうと近くに停まっているフードトラックを指差した。
「ところで、お腹空いてませんか」
 そうして友人になって最初にしたことは、フードトラックで買ったそれぞれのホットドッグと一ボックス分のフライドポテトによるランチであった。
「中佐は子供時代や学生時代、どのような交友関係をお持ちだったのですか」
 シェアするために買ったポテトをつまみながらエグザベがそう尋ねてきたので、シャリアは努めて淡々と答える。
「人並みだと思いますよ。私の不精のせいでもうほとんど連絡も取れませんが」
「軍人になってからは?」
「友人と呼んでよいか定かではありませんが、あちらのお陰で定期的に連絡を取り合う仲が続いている方はいますね、ドレン少佐のことですが。お会いしたことあるでしょう」
 裏を返せば、あの艦に乗っていた尉官以上の人間で健在かつ遠慮なく連絡を取れる人間がドレンしかいないわけだが。
 エグザベは「そうかあ」と呟いてから、ホットドッグの最後の一欠片を口に放り込む。咀嚼・嚥下ののち、「それでは」と口を開いた。
「仮に異動や昇進で距離が出来たとしても僕は中佐に沢山連絡し続けますね。絶対縁が切れないように」
 ホットドッグの最後の一欠片を口に放り込みつつ、シャリアは横目でエグザベを見る。
 エグザベは何か特別なことを言った自覚もない風に、ポテトにケチャップソースをディップしていた。
「大人をやっていると難しいですよ、それ」
「そうかもしれませんが、やってみないと分からないと思います。何しろ僕も安否が分かっているお友達が中佐くらいしかいないもので、まだやったことがないんですよ」
 平然としているエグザベに、シャリアは内心舌を巻きながらカゴに手を伸ばした。
 どのような形の関係であれ、この青年は自分から手を離すつもりがないらしい。
「……頑張ってください」
「何言ってんですか、あんたの協力がなければ関係維持は出来ませんよ。僕はあんたがどれほど連絡不精でもめげないつもりですが、それにそちらが甘えすぎるのも良くないと思います」
「ぐむ……善処します」
 耳が痛いが、それにしては先よりエグザベから向けられる感情が妙に甘ったるく思えてポテトの塩気がありがたい。
 友人から向けられる感情とは果たして、こんなに甘ったるいものなのか。
「……蒸し返すようで恐縮ですが貴方、私のこと好きなんですよね。恋愛対象として」
「え? ああはい、そうもなります」
「本当に良いのですか。そちらには応えられない男と、恋人になる代わりに友人になって」
「いいか悪いかは、きっとそのうち分かります。もしかしたらずっと分からないのかもしれませんが……少なくとも、今の僕は良いと思っている。だから、今はこれで良い。僕の恋愛感情は僕だけの都合で、それであんたを傷付けたいわけじゃない。ただ友達としていられるなら、ただの友達であり続けます」
 人間そこまで利口になれるものだろうか、とシャリアは思う。一方で、この青年なら見事に割り切れてしまうのだろうとも。
「あんたこそ、本当に良いんですか。そちらから提案しておいて何度も僕に確認を取ろうとして。それは本当に僕のためなんですか?」
 エグザベの言葉が突き刺さり、シャリアはまた口をつぐんだ。エグザベは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「あんたのことだから、僕には他の友人や恋人を他所に作ってもらっていずれ離れてもらおうとか考えていそうですけど。僕は絶っ対に、あんたから目を離すつもりはないぞ」
「…………」
 近いことは考えていたのでシャリアは無言で目を逸らしたが、エグザベが明らかに肩を落としたので慌ててエグザベに視線を戻してしまった。
「……中佐は、本当に僕と友達になりたいんですか」
 どこか所在なさげなエグザベの声。釣られるように、シャリアの声も落ち込んでいく。
「話しているうちに、自信がなくなってきました。恋人になってあげることは出来なくても友人ならば……と思いましたが。想像していたより貴方の本気の純度が高く……私のような男が貴方の友人で良いのかと」
「いいに決まってるだろ、そんなの……」
 エグザベの声が不貞腐れてたものだったので、シャリアは目を丸くした後に笑いが込み上げるのを抑えられなかった。
「ああ、君もそんな風に不貞腐れることがあるのですね」
「そーですよ、悪いですか」
「いいえ、むしろ喜ばしい。君の知らない一面を知ることが出来たのだから」
 笑っているうちに、先聞いたエグザベの言葉を思い出す。『僕はあんたのことを沢山知りたいと思っている』……そうか、友人同士であれば彼のこのような一面も知ることが出来るのか。
「ねえ、エグザベ君」
「え……あ、はい!」
 エグザベが目を丸くしているのを愉快に思いながら、シャリアは手についた油を紙ナプキンで拭った。二人で食べていたポテトのボックスはもう空になっていた。
「今、君のことをもっと知りたいと思いました。つまらない男ですが、やはり今後は君の友人でいさせていただきたいです」
 エグザベに向けて手を差し出す。
 もう一つの思いには応えてあげられない。感情云々以上に理性がそれを許さない。それでも、ただの友人として在ることは出来る。友人になりたいと言ってくれたこの青年の好意を無碍にしたくなかった。
 この思いは薄々勘付かれているのだろう、それでもどうか見て見ぬ振りをして欲しい。私だって君のことを知りたいのだから。それはシャリアの献身であると同時にエゴだった。
「今後とも、よろしくお願いします」
 シャリアの手にエグザベはおずおずと手を伸ばし、そっと握る。合わさった温かな掌から伝わるのは戸惑い、そして喜び。
 
 どのような形であれ、自分は個人としてこの人の傍にいることを許されたのだ。

 その思いが掌と共に重なって、シャリアは胸の奥の空洞が小さく締め付けられるような心地を覚えた。

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普遍にして不変

 本国では白磁の騎士とも讃えられるそのモビルスーツが基地の格納庫に戻って来た頃には、純白の美しい装甲はすっかり泥に塗れていた。特に脚部は搬送中に乾燥した泥がこびりついてしまっている。
 そしてこの機体の専属パイロットであるエグザベは、コックピットから降りて機体を見上げ思わず「わあ」と間の抜けた声を上げた。
「地球で戦闘するとこんなになるんですね」
「あんた地球での戦闘は初めてだったのか」
 基地の技術尉官が呆れたようにエグザベを出迎えながら、タオルと水のボトルを差し出した。
「それであの戦果なら大したもんだよ、あんたの上官達はたいそうお冠だがね」
「はは、やっぱり……」
 エグザベがタオルで額の汗を拭うと、じりりと額が痛んだ。驚いてタオルを見ると、白かった筈のタオルに赤い点が飛んでいる。
「医務室に行ってきな、地球での怪我を放置すると洒落にならんぞ」
 そう促されたエグザベは、技術尉官にギャンを任せて格納庫を出た。ほとんど勢いで飛び出してきたのでパイロットスーツは着ていない、士官服のままだ。激しい戦闘で体に伝わった衝撃は当然緩和されず、あちこちに痣が出来ている可能性があった。
 上官達がお冠……という言葉には、嫌と言うほど心当たりがあった。この基地に奇襲を仕掛けようとしていたテロリストのモビルスーツ制圧という戦果を挙げたとは言え、正式な命が下る前に単騎で無断出撃したのだ。日頃温厚な彼らが目くじらを立てるのも当然のことだ。
 医務室より先に中佐のところへ……と医務室の反対側に足を向けようとした時、カツン、と前方からヒールで床を打ち鳴らす音がした。
「エグザベ少尉」
 決して冷たくはない、しかし怒気を孕んだ声であった。エグザベは思わず立ち止まる。
 腕組みをしたコモリ少尉が、額に青筋を立てながら廊下のほんの五メートル先に立っていた。
「今、怪我の手当てより先に中佐への報告を優先させようとしていますね?」
「は、はい」
 この時エグザベの目には、コモリが立ちはだかる壁のように見えた。ここを越えて行くことは出来ない……本能がエグザベにそう囁いた。
「貴方の独断専行に中佐は大変お怒りです。その上で手当てを後回しにした場合処罰が更に重くなる可能性があります。今すぐ医務室へ向かいなさい」
「ええと、処罰が重くなるのは報告を後回しにした場合なのでは」
「ごちゃごちゃ言わない! 回れ右!」
「りょ、了解致しました!」
 エグザベは慌ててくるりと方向転換し、医務室へ走った。戻って来たらしばく──背中から伝わるコモリの怒気が、雄弁にそう物語っていた。
 そうしてエグザベは医務室へ向かい、軍医によって容赦なく士官服を剥かれて肌の下に内出血が滲む痣にぺたぺたと湿布を貼られた。擦りむいた額にはガーゼを当てられ医務室用パジャマを着せられベッドの上に座らされ、いずれあなたの上官が来るのでそこで待機しているようにと言いつけられたのだった。
 士官服はランドリールームに持って行かれ待機命令も出てしまったものだからとにかくここに座って中佐が来るのを待っている事しか出来ない。
 自分の行動に後悔はない。あのモビルスーツの武装やエグザベの後続で出た特殊部隊からの通信を鑑みるに、対処が遅れていれば被害が出ていた可能性が高い。守るべき人達を守ることが出来た。
 それはそれとして軍人の身でありながら上官の命令も待たずに無断出撃をしたことは事実だ。
 沙汰を待つ心持ちで、エグザベは壁掛けの時計を見つめながらシャリアが来るのを待った。
 やがて時計の長針が反対まで動いた頃、医務室に控えめなノックの音が響いた。
 開いてるよ、と軍医が声を上げると静かにドアが開く。そして、エグザベの上官であるシャリア・ブル中佐が医務室に足を踏み入れた。手には畳まれた服を持っているが士官服ではない。整備作業時に着用するツナギだ。
 エグザベが跳ねるように立ち上がって敬礼すると、「ああ、楽にするように」とだけ言われた。バイザーを掛けた表情は伺い知れないが、纏う空気は静かで怒気は感じられない。
 だがこの人が自分の無茶を怒っていないわけがないのだ、とエグザベは過去の経験を思い出しながら心を引き締めた。
「動いても問題ないようなら、ひとまずこれを着てください。着替えが終わったら我々の部屋へ」
 それだけ言い残し、シャリアはエグザベにツナギを渡して医務室を出て行ってしまった。
 普段なら即お説教の流れなのだが、とやや拍子抜けしながらエグザベはそそくさとツナギに着替えて医務室を出た。
 我々の部屋、とシャリアが言ったのはシャリア・コモリ・エグザベの部隊が地球滞在中に拠点として間借りしている会議室だ。基地のやや奥まった場所にあるが、医務室からは五分も歩けば辿り着ける。
 扉をノックすると、「どうぞ」と返って来たので鍵の掛かっていない扉を開ける。
 窓に背を向けるようにしてコの字型に配置されたデスクの一番奥、窓を背にしてシャリアが座っていた。
 部屋の中にコモリはいない。どこに行ったのか、とエグザベが考えるより先に「コモリ少尉は陛下への定時報告で通信室にいます」とシャリアが言う。その声はやはりひどく静かだ。
「座ってください、軽傷とは言えまだ痛むでしょう」
 エグザベの定位置をシャリアが指し示しながらそう言うので、エグザベはおずおずと腰を降ろした。
「貴方の独断専行を理由に何か処罰を与えるつもりはありません。テロリストによる基地襲撃を防いだ貴方の戦果は無視できないもので、まあ相殺して問題なかろうという、貴方の直属の上官である私の判断です」
 それでは戦闘報告を聞きましょう、と、シャリアは手元のレコーダーを起動した。
 エグザベは淡々と報告を上げた。テロリスト側のモビルスーツの武装の特徴、対峙して分かったパイロットの技量。
 一通りの報告を受けてから、シャリアは小さく溜息を吐いてからバイザーを外した。ようやく見えたその目は静かで、けれど疲れ切っているように見える。
「……何故、あのテロリスト達に気付いたのですか。貴方が出た時、兆候は何も無かったでしょう」
「気付いたと言うより、予感がしました。この場所に向けた敵意のようなものを感じ、僕がすぐに行かなければここが燃える、敵意の方へ向かえば間違いないと。結果論ですが、事実連中はこの基地を標的としたテロリストでした」
「────」
 シャリアは口を引き結び、黙りこくる。エグザベは黙ってシャリアの言葉を待った。
 やがてシャリアは一つ、溜息を吐き出した。
「後出しじゃんけんは好かないのですが……ミーティング中だったでしょう、同じ場にいた我々に話そうとは思わなかったのですか」
「話している余裕はないと感じました」
「そのために君一人が負担を負って傷付いたとしても?」
「この基地を、貴方達を守ることが出来たので、意義はあると考えています」
「…………」
 シャリアはしばし黙り込んでから、レコーダーを止める。それからちょいちょいと手の動きだけでエグザベを呼んだ。
 エグザベが不思議に思いながら立ち上がってシャリアに近付くと、シャリアも立ち上がる。かたん、と椅子の脚が床にぶつかる音が静かな部屋に響き、次いで衣擦れの音がエグザベの耳を覆った。
 いつの間にか、エグザベはシャリアの体温と白檀の仄かな香りに包まれていた。白檀──シャリアが好んでいる香水の香り。抱き締められていることに気付いて、エグザベは身動ぎしながらシャリアを見上げる。
「中佐……?」
「ここから先は上官としてではなく、恋人としての言葉だと思って聞いてください」
「はあ……」
 戸惑うエグザベには素知らぬ振りで、シャリアは恋人としての言葉を続ける。
「君は軍人に向いていないと思うことがあります。君は軍人であるにはあまりにも真っ直ぐで、その身を顧みない……私の存在が君を軍に縛る限り、私は既に君のその人格と能力を戦いに利用する悍ましい存在へと成り果てているのではないかとすら思う」
「────」
 独白に似たシャリアの言葉に、エグザベはなんと返したものかとしばし迷う。
 あまり僕を侮るなよ、と叱りつけてやるのが一番手っ取り早かったしそう言ってやりたくもあったが、叱るには今のシャリアはあまりにしおらしかった。
「確かにあんたは僕に無茶振りばかりしますが、それは僕が必ず成し遂げると信じてのことでしょう。ちょっとムカつくことはありますけど」
 なんとか口を開いたエグザベは、頭をフル回転させながら言葉を選ぶ。
「僕がこの身を賭けるのは、僕にとって、あんたやコモリ少尉がそうするに充分なくらい大事な人達だからです」
 それに、上官だろうと恋人だろうとあんたは僕を大虐殺の尖兵にだなんてしないでしょう?
 口から出かかったその言葉はすんでのところで飲み込んだ。しかしシャリアには伝わってしまったようで、エグザベを抱き締める腕に力が籠もった。
「……ごめんなさい、シャリアさん。僕には、どうしてあんたがそんなに心を痛めているのか分かりません。僕はずっと、僕の意思で行動しているだけです」
 僕なんかと貴方のような高潔で美しい心を持つ人が傷を負うのとはわけが違うだろう。僕は貴方のためならいくら傷をこさえても痛くない、貴方が傷付くよりずっと良いから。
 そう言ってしまえばシャリアはもっと傷付くのだろう、と理由も分からぬままエグザベは思う。機序は分からぬのに、結果だけはうっすらと見えてしまう。そんな自分がなんだか恨めしかった。
 シャリアが傷付く理由を理解できなければ、きっと意味がないのに。
「君をずっと私の腕の中に閉じ込めていられたらと。考えてはいけないことを考えてしまいます……そうすれば君が傷を負うこともない……」
 エグザベの耳元で囁くようにこぼれたシャリアのその声が泣き言に似ていたので、エグザベはシャリアの背中に腕を回した。
「そうしたいのであれば僕を監禁しても構いませんが、それで一番後悔するのはあんたでしょう? 僕はあんたの自傷の道具になりたいわけじゃありませんよ」
「……意地悪ですね、貴方は」
「意地悪で結構です。でも、あんたが僕のために心を痛めるのは……」
 これを口に出していいものか、と迷う。けれど、正直に言わなければこの人と対等とは言えないだろうと、エグザベは言葉を続けた。
「嬉しいと、思ってしまいました」
 気を引くことができて嬉しい、とそれはまるで幼い子供の思考。二十代半ばにもなる男が考えて良いことではない。それでも自分を愛してくれる人が弱い部分を曝け出している以上、エグザベもまたそうする。
「だから、あんたがそうして心を痛める理由の理解に努めようと思います。ごめんなさい、分からなくて」
 シャリアの手がそわりと動く。もっと強く抱き締めたいのだろうが、エグザベの体を慮って我慢しているのだろう。代わりにその大きな手がエグザベの背を撫でた。
「……いいんです。これから、分かっていけば良いことです。私は……私だけではない、コモリ少尉も、君を大切に思っています。独りで傷付いて欲しくないと、思っています。どうかそれだけは覚えていてください」
「────」
 傷付く時は、いつだって独り。それは難民になってからエグザベの人生において当たり前のことだった。それなのにこの人は、独りで傷付いてくれるなと言う。イズマの軍警に殴られた時は絆創膏を差し出し、殺し合いまで演じたのに今こうして抱き締めてくれる。
 エグザベが戦果を挙げることよりも、傷を負っていることをこの人は気にする。
(ああ、そうか)
 擦り剥いた膝小僧。傷口を洗って、パッドを貼ってくれた大きな手。膝のひりひりとした痛みに涙を堪えていると、パッドを貼り終えた手が頭に伸びてきた。
 セピア色になってしまったそれらの光景がぱちんと脳裏に閃いて。
 目尻がじわりと熱くなり、頬をなにか液体のようなものが伝った。
(どうして、忘れていたんだろう)
 エグザベには確かに、愛し慈しまれた記憶がある。エグザベが傷を負うと、自分事のように悲しむ人がいた。そうやって、シャリアはただ当たり前にエグザベを愛していただけなのだ。エグザベがシャリアにして欲しくないことを、シャリアもまたエグザベにして欲しくないだけなのだ。
 気付いてしまえば、堰を切ったように涙が溢れてくる。
 自分ではどうにも止められなくて、エグザベはシャリアの首筋に額を押し付けたまま声を上げずにただ無言で涙を流した。
 シャリアもまた何も言わず、シャリアのスーツの肩がしとどに濡れるまで、二人の抱擁は続いた。

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sweetie bite

 ぷつり、と鋭い牙が肌を貫通するその感覚はいつも甘い痛みをエグザベの全身に走らす。
 エグザベの腕に牙を立てるシャリアが喉を鳴らす度に牙が僅かに擦れて、その甘い痛みが断続的にエグザベを苛み甘美な陶酔をもたらす。
 陶酔の中、エグザベはシャリアを見下ろす。
 シャリアさん。
 僕の血が大好きなシャリアさん。
 そんなに夢中で吸い付いて、僕よりもずっと歳上なのにあまりに可愛らしい。
「そんなに僕の血って美味しいんですか?」
 シャリアの頬を撫でながら尋ねるとシャリアは小さく喉を鳴らし、上目遣いでエグザベを見上げた。
 その様が情事を思い起こさせ、エグザベの心臓がどきりと跳ねる。そんなエグザベの様子に、シャリアが目を細めながらそっと腕から牙を離す。
 ちくり、と牙が抜ける痛みにエグザベが小さく震えると、シャリアは赤い口元を見せ付けるようにうっとりと口角を上げた。
「──ええ、美味しいですよ、とても」
 赤い舌が、ねっとりと口周りの血を拭う。
「一滴残らず飲み干して、君を全部私のものにしたいくらいに」
 艶めいたその言葉に、エグザベの背筋をぞくぞくと興奮が走った。体の奥底から衝動が湧き上がる。
 この美しい人にもっとめちゃめちゃにされたい。
 この美しい人をもっとめちゃめちゃにしたい。
 この美しい人と一緒に、めちゃめちゃになりたい。
「……シャリアさん」
 体がひどく熱かったが、シャリアに吸血されたあとはいつもこうなので、今更気にならなかった。
 熱に突き動かされるようにしてシャリアの肩に手を掛けると、シャリアが「どうぞ、君の好きなように」と耳元で囁いた。

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