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BESIDE THE LIGHTHOUSE 1

スパロボUXの森次と山下が竜宮島に行く話。隠しキャラ完全未解放状態での世界線です。

到着前

「来月なんだけど、皆城君が玲二から直接話を聞きたいってさ。スケジュールはどうとでもなると思うけど、どうだい? 僕の代わりに竜宮島出張」
 ほんの数分前に東京に帰ってきたばかりの森次玲二専属秘書兼加藤機関八番隊隊長・桐山英治の言葉に、JUDAコーポレーション社長兼桐山重工社長兼加藤機関二番隊隊長・森次玲二は「そうか」と頷いた。
「構わんが」
「そう、それじゃ加藤司令には僕から話を通しておくから。日取りは僕の方で調整しておいていいかな?」
「ああ、お前に任せる」
 そのまま森次は手にしていた書類に視線を落とす。二十分後のミーティングの資料だ。多忙を極める森次のスケジュールは常に分刻みで動いている。
 桐山はそんな森次を見て少しだけ苦笑してから、「それじゃあ、次の五分前に迎えに来るから」と社長室を後にする。
 そして社長室のすぐ隣りにある自身の執務室に向かいながら、懐から取り出した携帯端末のメッセージアプリを立ち上げる。
 『成功』、とだけ短く記して送信すると、すぐさま既読マークが付き、続いて親指を立てているロボットのキャラクターのスタンプがトークルームに流れた。
『日取りの候補が出たらまた連絡するよ』
 執務室に着席してからそう送ると、『よろしくっす』と返って来る。
 それを見た桐山は僅かに逡巡した後、こう打ち込んだ。
『君の方は本当に大丈夫?お盆の時期になるよ』
『ぼくはどうとでもなるんで、お気になさらず』
 トーク相手――山下サトルのそんな返事に、玲二に似ちゃってるのかなあ、と桐山は思わず溜息を吐いた。

◆◆◆

「働きすぎなんだよ、玲二は」
 六月の半ば、JUDA本社からは二駅ほど離れた国道沿いの夜のファミリーレストランで桐山は溜め息とともにそう呟いた。
「それはボクも見てて思うッスけど……言ったところで止まる人じゃないからなァ……」
 ドリンクバーのアイスコーヒーを飲みながら、山下は桐山に渡されたタブレットの画面を睨んだ。
 そこには日々のスケジュールやメール送受信時刻や交通機関の利用状況その他諸々から割り出された森次の勤労状況のデータが映し出されている。
「……これ平均睡眠時間どう考えても三時間割ってますよね?UXにいた時より酷いッスよ」
「僕が寝た後もこっそり働いてるようだからね……」
「ファクターだからってそれは流石に……」
「僕も来期にはキリヤマに戻るつもりだ。ただJUDAと加藤機関だけになったところで玲二の仕事量が三分の二になるわけではないだろう、あいつの性格を考えればまた仕事を勝手に増やすだけだ。加藤機関としての仕事量は司令がコントロールしてくれているけれど……」
「JUDAのためならどんな無理でもしますよ、森次さんは。かと言ってボクや桐山さんに出来ることにも限度があるし……」
 山下は悔しげに眉間にシワを寄せる。
 森次の腹心の部下として加藤機関二番隊の任務の多くを担っている山下としては、JUDA本社経営という自分にはなかなか立ち入れない部分で森次が多大な負担を背負っていることをずっと気にしていたのだった。
 桐山はそんな山下の様子を見て、安堵と確信の滲んだ笑顔を浮かべた。
「そこで君に相談なんだけど、どうにかして玲二を無理にでも休ませる日を作りたい。再来月にでも」
 桐山の言葉に、山下は顔を上げた。
「再来月……でいいんスか?」
「ああ。お盆の期間に入れば多少は仕事量も落ち着くし、僕の方でもコントロール出来ると思う。君にも手伝って欲しい」
「フ……言われなくとも」
 閑散としたファミレスの片隅、二人はテーブル越しに固い握手を交わした。
「森次玲二のことが大好き」というその一点を共通項に結ばれた同盟であった。

◆◆◆

「というワケで今から森次さんには、竜宮島で三泊四日の強制バカンスを取得していただくッス」
「……成程」
 竜宮島に向かうチャーター機の中、森次は向かい合って座る山下の言葉に一つ溜息を吐き出した。
「お前と英治が私に隠れて何かやっていることには気付いていたが、このためか」
「誰の目から見ても森次さんは働きすぎッス。僕と桐山さんだけじゃなくて、加藤司令や竜宮島の皆さんにも協力して貰いました」
「私だけでなくお前まで竜宮島にいては二番隊はどうなる」
「桐山さんに面倒見て貰ってますが、原則動かさない方向で司令と話付いてます」
「手際がいいな……」
 呆れと感心を同時に滲ませながら、森次は山下に差し出された冊子を眺めた。その冊子には旅行ガイドの表紙を模した表紙が印刷されていた──『竜宮島の歩き方』、と。
「それ、カノン達が作ってくれたんスよ。せっかくバカンス目的で来るんならって」
「…………」
 森次は黙って冊子をめくる。竜宮島の名所を旅行ガイド風に事細かに紹介したその冊子には、よく見覚えのある子供達の写真も載っていた。
「よく出来てるっすよね〜それ。あっそうそう、皆城が森次さんから直接話聞きたいっていうのは本当らしいんで、その時間だけはお仕事っすね。せいぜい半日あればいいって言ってましたけど、一応滞在初日で押さえてるんで。あとは竜宮島でゆっくりしましょ」
 山下の説明を受けても森次はどこか釈然としない風である。するとタイミングよく森次のスーツの内ポケットの携帯端末が震えた。
 森次は端末を取り出す。画面には「加藤司令」と表示されていた。
「……こちら森次」
『やあ森次。山下にも聞こえるように頼む』
 森次は黙って通話をスピーカーに切り替え、シート備え付けの小さなテーブルに端末を置いた。
『そろそろ山下から説明は受けた頃だろう』
 スピーカー越しの声に、森次は顔色一つ変えず返す。
「ええ、それはもう丁寧に」
『私としてもお前は少し働きすぎだ、この機会に竜宮島で心身を休めて来い。向こうには今回の礼で私からちょっとしたプレゼントを贈っている、船に積ませたので到着したら皆城総士にでも渡しておくがいい。真壁司令には話を通してある』
「……了解しました」
 ちょっとした、で済むほど小さい荷物ではなかったような……と森次と山下はチャーター機に積み込まれていたコンテナを同時に思い出す。しかしやはり同時に、加藤司令基準のちょっとだしな……と気にしないことにした。
『それではな、素敵な休暇を』
 通話は一方的に切れた。森次は端末をスーツの内ポケットにしまいつつ呟く。
「私より加藤司令の方が休暇は必要だろう」
「司令はあれで自分の休息はきっちり取ってるってマサキさんから聞いてますよ。森次さんは自分の休みも取ってないじゃないスか」
「……言うようになったな」
「ボクが何年森次さんの部下やってると思ってるんですか?」
 山下はいたずらっぽく笑い、森次は目を伏せて僅かに口角を緩めた。山下も滅多に見ない、リラックスしている時の顔だ。
「ではお前達の言う通りに、本物のバカンスを堪能させてもらうとしよう」
「既にちょっと不安なんスけど……」 

滞在一日目

「お待ちしておりました森次社長、山下さん」
 竜宮島時刻、午前九時。チャーター機が降り立った剛瑠島――アルヴィスの滑走路で、皆城総士が待っていた。
「よっす、元気か?」
 チャーター機から降りた山下がひらひらと手を振ると、総士は律儀に会釈した。
「お陰様で。ところで……」
 総士はまず、森次と山下がスーツケースを持っていることを確認した。続いて、チャーター機――その実態は加藤機関保有の輸送機である――から降ろされている大型のコンテナを見た。
「あのコンテナは一体? 今回の便に輸入物資は含まれていないと聞いていますが」
「うちの司令からプレゼントだってさ。真壁司令に話は通したからとりあえず総士に渡しとけって」
「……承知しました。中身は後ほど確認させていただきます」
 総士は怪訝な顔をしつつ、二人を先導して歩き始めた。
「二度手間となってしまい申し訳ありませんが、まずはアルヴィス内部経由で本島の宿……旅館に案内します。宿といっても食事は出せないので、食事はどこかで食べていただくか適宜出前という形になりますが」
「いいよ別に、てか旅館あるんだ」
「少し前に開業しました。ほとんどの客室は現在JUDAの研究チームの方々の長期滞在に使っているので、お二人は一番広い部屋を共同で使っていただく形になります」
「聞いている、構わん」
「研究チーム……そういえば何人か派遣してましたよね」
「ああ。今は全員帰省中だと聞いているが、五人派遣している」
 三人は滑走路からアルヴィスの施設内部に降りて、入島手続きを済ませた後パーンツヴェックで本島の方へ向かう。
 宿から最も近いというその出口は、市街地から少し離れた小さな木立の中に隠れるようにして存在していた。
 地上に出ると、木と土と潮の香りが入り混じった風に鼻をくすぐられ、竜宮島に来たのだな、と病院の機械や都会のコンクリートに囲まれて育った山下は改めて実感する。
 旧特務室メンバーの多くが竜宮島を気に入っており、今回のバカンスの行き先が竜宮島と聞いた時はたいそう羨ましがられたものだ。竜宮島と日本の行き来は往時よりやりやすくなったものの、島民以外が行き来するのはまだ少しハードルが高い。
 十分ほど歩くと、宿は少し大きめの民家といった顔をして住宅エリアの高台に佇んでいた。
「入島手続き時に発行した客員証明カードがこの宿全体の鍵になります。僕はここで待っているので、客室の確認と荷物の整理をお願いします」
 そう言って、総士が玄関扉横の壁を指差した。よく見ると非接触通信リーダーのマークが描いてある。森次がカードを翳すと、小さな電子音の後引き戸が自動で開いた。
 宿に踏み入ると、受付カウンターと小さな談話スペースが目に飛び込んでくる。内装はこじんまりとした旅館といった風情だが受付は無人化されているらしく、自動チェックインマシンが置かれていた。
 二人分のカードを翳すだけのチェックインを済ませ、指定された客室へと足を運ぶ。
 畳敷きの広い客室の中心には小さなちゃぶ台が置かれ、逆さになった湯飲みや和菓子がお盆の上で客人を歓迎している。
「こうして見ると本当に普通の旅館っスね」
「……セキュリティや空調・水周りの設備は最新式のようだな」
「竜宮島らしいなァ」
 お盆の隣には宿を利用する上での注意事項が書かれたリーフレットも置いてある。曰く、布団の用意は出来ないので自分でやってほしい、浴衣はどこの棚に入っている、冷蔵庫の中の飲み物は自由に飲んでいい、ゴミは館内の所定の位置に置いておけば回収される、設備に不具合が生じた際の連絡先。
 二人で部屋の設備を軽く確認してから、森次が「少し待て」と大きなスーツケースを開いて少し皺の寄った紙袋を引っ張り出した。
 中身の菓子折りを綺麗な紙袋に入れ替えてから、二人は客室を後にする。菓子折りの包み紙は石神前社長が贔屓にしていた和菓子屋のものだった。
 宿の前では、変わらず総士が待っていた。
「待たせた」「お待たせー」
「お構いなく。それでは、改めてアルヴィスへ向かいます」

◆◆◆

 アルヴィスに戻った彼らをミーティングルームで待っていたのは、アルヴィス総司令・真壁史彦だった。
 挨拶と軽い近況報告の後、史彦が本題を切り出した。
「事前に連携させていただきました通りです。今回お話ししたいのは、ザルヴァートル・モデル、マークザイン及びマークニヒトの解体プランについても『そちら側』と協力出来ないかと」
「資料には目を通しました。技術者の追加派遣には協力させていただきますが……」
「やはり、ファフナーに対する理解がある方となると難しいですか」
「加藤機関にも籍を置いている牧かレイチェルの二択です。両方の派遣は難しいが、どちらか一人であれば現地派遣も可能と加藤司令が……」
 話し合いは史彦と森次が主導で進んで行く。話が技術的側面に及ぶと総士が参加するが、やはりアルヴィス側の主導は史彦だ。
(やっぱ皆城の目的はこの話だけじゃないな)
 出されたお茶を飲みつつ、山下は自分以外の面々の会話に耳を傾ける。
 議事録は全てAIの自動書記が取っている。山下がたまに行うことと言えば、書記の明らかなミスを手で修正するくらいである。
(この後で本題が入ってくるのは桐山さんの話的に確定だけど、それを先に言わないのは相変わらずっつーか……森次さんもそういうトコあるしなあ)
 UXに身を置いていた頃、いつだったかの道明寺の言葉を思い出す。
(『皆城と森次さんは似た者同士だから良くも悪くも波長が合ってる』って言ってたっけ……)
 勿論、お互い自覚はないだろうだが。
 一時間ほどの話し合いを経て、話がある程度固まった。
 恐らくレイチェルを派遣することになるが未成年のため、加藤機関から保護者役を兼ねて牧以外の誰かをもう一名アルヴィスに出向させる……ということになるらしい。
 それではこの後は牧・レイチェル両名の確認を取ってから……と、話がまとまったところで。
「JUDA社と森次社長には心より感謝しています。これまでも、今現在も」
 史彦がそう言って深々と頭を下げた。
「石神前社長の代で築き上げた技術、研究成果……それらが不要に散逸することなく残されたことも、あなたがそれら全てを継承し、活用可能な状態を維持し続けていることも。それがどれほど子供達のためになっているか」
「その技術を生み出したのは、私ではありません。石神社長の代の、優秀な社員達による成果です。技術の保持も、私以上に尽力した者がいます」
 森次は淡々とそう返す。どこか感謝されることを拒否しているように山下の目に映ったが、恐らく本気で己の手柄とは思っていないのだろう。
 竜宮島派遣チームに最も適した人員の選定は石神が生前に行っていた、と山下は聞いている。そして森次の依頼で彼らを関連会社から大急ぎで呼び戻したのは前社長秘書の緒川である。
 史彦もそれに気付いてか気付かずか、顔を上げると「技術だけではないのです」と首を横に振った。
「……遠見先生から聞いた話です。あなた方がいなければ、一騎の寿命はあと数年だったかもしれない。マークザインによって齎される同化現象は、それほどの物でした」
「…………」「えっ……」
 森次が言葉を失い、何も言わないつもりでいた山下は思わず声を上げた。
「あなたからUXから引き続いてJUDA・アルヴィス間の技術提携の申し出があった時、驚きました。何せ子供達が島に帰ってくる前、当然まだJUDA社の再立ち上げも済んでいないであろう時でしたから。協力チームを早々に派遣いただき、共同での同化現象治療研究をあんなに早く再開できるとは思ってもいませんでした。お陰で非常に早いペースで研究成果を子供達の治療に活かせています」
「JUDA社の次期社長としてアルヴィスに直通回線を開いてほしい、と仰った時……」
 黙って聞いていた総士が口を開いた。
「あなたがそうなるつもりであること自体、あの時は誰も知らなかったそうですね。桐山さんですらも」
 JUDAを継ぐ、と森次が言い出した時のことを山下は思い出す。
 UXの解散パーティを終えた翌日、竜宮島に帰るアルヴィスの面々を見送った直後だった。
 当時の時点で旧特務室メンバーが加藤機関に身を置くことは決まっていた。そして加藤も森次に二番隊隊長を任せるつもりでいた。
 既にキリヤマの社長を務めていた森次の仕事量が膨大になることは目に見えていたが、同時に山下だけでなく旧特務室メンバーがこう思ったのも事実なのだ。「JUDAに帰れる」、と。
 そうしてその日のうちに加藤と森次の間でほんのひと言ふた言、「本気だな?」「無論です」と言葉が交わされ、森次はJUDA新社長に就任したのだった。
「……私は、私が為すべきコトをしたにすぎません」
「であれば、あなたの為すべきことによって、一騎をはじめとした子供達の未来は、我々がアーカディアンプロジェクトを発足した時に想定していたものよりずっと早く明るいものとなっているのです」
 そう語る史彦は、アルヴィス総司令ではなく父親の顔をしていた。わが子の健康と成長を尊びその身に迫る脅威が退けられたことを喜ぶ、そんなどこにでもいる父親の顔だ。
「JUDA社を継ぐのがあなたであったことが、我々にとっての大きな救いとなった。全島民を代表して、改めて感謝申し上げます」
 史彦が改めて頭を下げる。そして、総士もそれに続いた。
「僕からもお礼を言わせてください。……尽力に、心より感謝します」

◆◆◆

 ――僕は後から向かうので、お先に『楽園』に向かっていてください。
 総士にそう言われてアルヴィスから出た二人は、海岸線沿いの道を歩いた。
「……JUDAを継ごうとは、石神社長が死んですぐに決めた。それどころでは無かったので、誰にも話していなかったが」
 海の匂いを孕む風に吹かれながら、どこか独り言のように森次は語った。
「最初に話した相手が皆城なのはタイミングだ。同化治療にはスピードが必要だからな」
「まあ、それはそうなんで、ボクらにぎりぎりまで話してくれなかったのは今更何も言いませんよ。森次さんがJUDAを継いでくれたおかげで、ボクらは帰りたい場所に帰れてるんすから」
 山下が言うと、森次は吐息のような小さな笑い声を漏らした。
「それがUXが解散して社員寮の自室に帰ってみれば、デスクの上に見覚えのないドライブが置いてある。中身を見たら、JUDA本社経営や全社システム再構築に必要なデータが一通り入っていて、その中に竜宮島派遣チームの人員候補リストが含まれていた。……まだ社長の掌で転がされているわけだ、私は」
 森次は普段より少しだけ平静を欠いているように見えた。山下は思わず立ち止まり、森次のスーツの袖を握る。
「でも、JUDAを継ごうって決めたのは森次さん自身じゃないスか」
 森次もまた、山下に袖を引かれて立ち止まる。
「そうでなきゃ真壁司令や皆城も言ってたくらいのスピードで動けないでしょ。森次さんがちゃんと自分で決めたから、一騎達の治療だって……!」
 森次は、その言葉に微かに目を見開く。そして僅かに相貌を崩し、袖を掴まれている側の手を山下の頭に乗せた。
「……そうだな。社長に自分の死後は見えていなかった」
 頭を撫でられて初めて、山下は自分が涙ぐんでいたことに気付いた。
「社長だって……そりゃ、森次さんに会社を継いでほしいとは思ってたかもしれないスけど。戦いが終わった後で森次さんが苦労しないようにとか……森次さんなら同化現象治療研究への協力を考えるだろうなとか……あったんじゃないスか、そういう親心みたいなのが……なんか……」
 言葉はどんどん尻すぼみになっていく。森次が思いのほか長いこと頭を撫でてくるのだ。幼い頃から事あるごとに頭を撫でられてきたものの、この年になってからこうも長く撫でられるのは珍しいので山下は思わず声を挙げた。
「も、森次さん」
「ん……ああ、すまない」
 森次は山下から手を離すと、すぐに視線を反らして歩き始めた。
 やはり、今日の森次は少しだけ様子がおかしい。だがその理由はなんとなく分かっているし、だからこのバカンスに自分が同行しているのだろうと山下は思いながら森次の隣を歩く。
 強制バカンスに山下の同行を求めた時の桐山の言葉を思い出す。『あいつの心を本当の意味で休ませることしか出来るのは多分君しかいない』、と。
 部下として森次に信頼されているという自負はある。そして、ただの上司と部下としてだけ付き合うには、出会った時には若すぎた、あるいは幼すぎたくらいには付き合いが長い。
 盲目的に尊敬するには欠点を知りすぎているが、それでも森次さんは世界一カッコいいと胸を張ることが出来る。
 そんな森次を支えたいと思ってずっとやってきたのだから、森次にとって自分が少しだけでも弱みを見せられる相手になれているなら、それはきっと、喜ばしいことなのだ。

◆◆◆

 森次が竜宮島本島の地図を頭に入れているお陰で、二人は迷うことなく喫茶『楽園』に到着した。
 昼時を過ぎ始めていることもあり、店内は思いの外空いている。
 森次が店のドアを開けると、「らっしゃーい!」と洒落た喫茶店に似合わぬ威勢のいい掛け声。アルヴィス戦闘部隊隊長の溝口だ。
「お、森次社長にUXの坊っちゃん。そうか今日からか」
 溝口の声に、テーブルの上の食器を片付けていた真矢が顔を上げ、カウンターの中で鍋を見ていた一騎が振り向いた。
「森次さんに山下さん!お久しぶりです」
「二人とも、お久しぶりです」
「お久しぶりです溝口隊長。真壁と遠見も、変わりないようだな」
「皆さんお久しぶり〜元気そうじゃん」
 最後に会ってから一年以上は経過しているためか、一騎も真矢も最後に会った時から少し背が伸びているように見える。
「こちらの席にどうぞー」
 真矢に案内されたのは、壁際のボックス席だった。
「二人しかいないのにここでいいの?」
「大丈夫です。これから二人に会いたいって人たちが来るので」
「……?」
「とりあえず、注文いただきます」
「あ、えーっと……」
 山下は森次にも見えるようメニューを卓上に広げる。ランチメニューのおすすめは一騎カレー、と書いてあるが……山下は森次を見た。
「森次さん、カレー苦手でしたよね」
「そうなんですか?」
「……辛みを感じないのでな。滅多に食べん」
「だったらこっちのあまあま甘口がおすすめです。辛さは全く無い、野菜をじっくり煮込んだカレーです。最初は美羽ちゃんにも食べられるように作ったんですけど、お姉ちゃんや近藤くん達にも好評だったのでメニュー化したんです」 
「ふむ……ではその一騎カレーあまあま甘口のランチセット、アイスコーヒーで」
 あまあま甘口、という可愛らしい単語が森次の口から発せられるギャップに若干くらくらしつつ、山下もメニューを指す。
「ボクは一騎カレー中辛のランチセットにアイスティーで」
「はーい。一騎カレーあまあま甘口ランチセットアイスコーヒー、一騎カレー中辛ランチセットアイスティーですね」
 真矢が森次達のテーブルの注文を書き留め一騎に伝えたところで、また『楽園』のドアが開いた。
「こんちわー。そろそろ森次さん達来るって総士に聞いたんだけど……お、いたいた」
「お久しぶりです」
 店の入口には剣司が、その隣には杖をついた咲良が立っていた。二人はそのまま空席に腰を下ろし、その後ろから続いてひょこりと芹が顔を出した。
「社長に山下さん、先月ぶりです……!」
 芹は竜宮島出身だが、現在は東京都内のシズナやイズナと同じ高校に通学しながらレイチェルの勧めでJUDAでアルバイトをしている。
 乙姫ちゃんが新しく生まれてくる時に少しでもお世話出来るようになりたいからその勉強も兼ねて、とのこと。
「おー芹。地元はどうだ?」
「お陰様で、ゆっくり過ごしてます……それとあの、森次社長」
「どうした」
「すみません、どうしても挨拶したいって言うからうちの親連れてきました……!」
「親?」
 森次と山下が同時に聞き返したその時、空いたままの入り口から二人組の男女が店に入ってきた。
「あなたが森次社長ですね!娘から話は聞いています~」「いつも娘がお世話になっているようで……」「もう、お父さんお母さん……!」
 森次は「島で見覚えのない若い男」という点であっという間に気付かれ、そしてあっという間に立上家に囲まれた。森次が立上家に捕まっている隙に、剣司と咲良の注文を取り終えた真矢が山下をつついた。
「……あの、山下さん」
「ん、何?」
 山下が真矢の方を振り返ると、真矢は身を屈めて小声でこう尋ねてきた。
「森次さん、ちょっと疲れてます?」
「え?ああうん、基本的に働き詰めだから……」
 真矢の観察力に内心舌を巻きながらも肯定すると、真矢は「そっか」と呟き、こう続けたのだった。
「……灯籠は明日から配るって里奈ちゃんが言ってたので、良かったら。鈴村神社です」
「……」
 灯篭――その意味するところに気付いた山下が何か言う前に、溝口がカレーを持ってテーブルの前に現れた。
「ほれ、一騎カレーあまあま甘口と中辛に、セットのドリンクお待ち!」
「あっほら、お父さんもお母さんも!ご飯の邪魔になるから!」
 真矢はすぐに一騎の方へと戻って行った。芹が立上夫妻を森次から引っ剥がし、森次と山下の前に大皿に乗ったカレーがドンと置かれる。
 外見はごく普通の「家庭的なカレー」のように見える。
 森次と山下は「いただきます」と手を合わせてから、スプーンでカレーを掬う。
「美味しい」
 一口、口に運んだ山下は思わず声を上げた。ルーによくしみ込んだ肉と野菜の味をスパイスが引き立てており、小さくカットされた野菜や肉といった具材も柔らかく舌の上でほどけていく。
「一騎すげえじゃん」
「ありがとうございます」
「そういや二人は一騎カレー食べたことなかったんだっけ」
 剣司が思い出したように言うと、手が空いたらしい一騎が厨房から出て来て会話の輪に加わった。
「ああ、俺がUXにいた間は厨房には立っていなかったし……未来の地球に皆が帰る時には振舞ったけど、森次さん達はいなかった」
「見送りに来てた道明寺くんはちゃっかり食べてたけどね」
「今更だけどなんか勿体ない気がするわよねえ、アスカさん達はここまで来てくれたけど、他の皆はずっと一騎といたのにこの味知らないの」
「刹那さん達なんてこれ食べないで外宇宙行っちまったしなあ」
「それは勿体ないなあ……美味しいのに」
「生きていればそのうち機会はあるさ」
 子供たちが思い出話に花を咲かせ始める中、森次は淡々と(そしてスプーンを止めることなく)あまあま甘口一騎カレーを口に運んでいた。
 一騎カレーを完食した森次と山下がデザートの一騎ケーキをセットドリンクとともに嗜み始めた頃、私服姿の総士がようやく店内に現れた。
「む……もう皆来ていたか。カノン達は……」
「カノン先輩達はお祭りの手伝いで、今日は難しいみたいです」
 芹の言葉に「そうか」と総士は頷いた後、森次と山下の席へと向かってきた。そして二人のテーブルの前に立つと、小さな紙きれを森次に手渡した。
「森次社長、あなたにお会いしたいという人がいます。すぐに終わるそうなので、食事が終わったら山下さんも連れてこのポイントにお願いします」
「……?」
 森次はメモを開くと、山下にも見せた。鉛筆で簡単な座標しか書かれていなかったが、それが以前にUXとアルヴィスが共通で使用していた座標コードであることはすぐに分かった。
「ここは確か……公園だったか」
「その通りです。とにかくここで待っているから、と」
 確かにお渡ししました、と小さく会釈してから、総士はカウンター席のほうへと行ってしまった。
「いつもので大丈夫か?」「ああ、いつもので」と一騎と総士が言葉を交わすのを聞きつつ、山下は森次を見た。
「誰なんでしょうね?」
 森次は少しだけ考えてから、口を開いた。
「……予想は出来なくもないが。会ってみないことには何も分からん」

 二人は『楽園』での食事を終えると、総士に渡されたメモに書かれていたポイントへと向かう。
 そこは森次が推測した通り、山間の小さな公園だった。ベンチにはポロシャツにジーパンを着て、顔にはサングラスを掛けた男が腰掛けている。そして男は森次達の姿を認めると、「やあ」と立ち上がった。
「『僕』ははじめましてになるから、こう挨拶させてもらうよ。はじめまして、森次隊長に山下隊員」
 男はそう言って、サングラスをずらして人の良さそうな笑みを浮かべる目をのぞかせた。
 その顔に大いに見覚えがあるので、山下は思わず「あーっ!」と声を上げた。
「推進派!」
「……この島に常駐している推進派か」
「その通り。ああ、山下隊員は僕がいるの知らないんだったっけ」
「加藤司令の方針で、加藤機関側でアナタの竜宮島常駐を知っているのは私と英治のみです」
「まあ、推進派がここにいても驚きはしないッスけど……ここ竜宮島だし」
 桐山さん教えてくれば良かったのに、と内心思う山下だが、加藤司令の方針ということならば今回のように推進派が自分からコンタクトして来ない限りは知りようがない。
「うん、その通り。僕は地球連邦とこの島のブリッジ役ってトコロだ。この島の子供達が遺伝子操作されているっていう事実はあるし、大人達は大人達でこの島から出るのは健康面で難しい。だから僕が島に常駐した方が何かと、ね。バカンスは楽しんでるかい?」
「人並みには」
「その割に浮かない顔をしているようだけど」
「……何が言いたいので?」
「皆城くんから聞いたからさ。君達が一騎くんの件を聞いたって」
「……」
 森次は何も言わない。推進派はそんな森次を見て、言葉を続けた。
「今更になって自分の輪郭が分からなくなっているから、感謝されたところでそれを受け取るべきは自分なのか分からない。違うかい?」
 推進派がそれを指摘したことに山下は驚いた。
 全く同じようなことを、出発前夜に桐山が言っていたのだ。桐山がそれを見抜くのは分かる。だが何故推進派が見抜いているのか。
「驚くようなことでもないよ」
 山下の様子を見て、推進派は笑った。
「僕はこれでも知識と記憶を、城崎天児と過去存在したあるいは今存在している推進派の人数分だけ持っているからね。君のそれはありふれた……とはちょっと言えないが、まあ事実関係からの推論くらいは出来る。伊達に黒幕やってないからね」
 恐ろしいことをさらりと言いながら、「で、」と推進派は森次を見た。
「僕はそれについてここであまり口を出す気はない。これは君が考えて、君が答えを出すべき問題だ。でも考え方のヒントを与えるくらいは出来る。加藤司令も君のコトは気にしているからね、だからここから先は僕のお節介と思って、聞き流してくれても構わない」
 そして推進派は、静かに森次に問いかけた。
「君はどうしてJUDAを継ぎたいと思ったんだい、森次玲二?君にとってJUDAとは、石神邦生とは?しっかり考えてみるといい。そうするだけの時間の余裕が、今の君には与えられている。それに――」
 推進派は今度は山下を見た。
「幸い、彼も同伴している。英治くんも分かっていて彼を同伴させているのだと思うけど」
 全て見抜かれている――山下は推進派の観察眼に内心舌を巻いた。
 何故山下が今回同伴するのか。それを桐山が山下に語ったのは、竜宮島行き前日の夜だった。

『自分の意思の所在が分からなくなることがある、って。あいつがさ』

 君には話しておいた方がいいと思って言うよ、と前置きした上で、桐山は電話越しに山下にそう伝えたのだった。
『あいつ、基本的に自分のことは二の次だろう。自分以外の誰かのために生きてる。それがあいつにとっての正義だから』
 桐山の見解は、違和感なく山下の腑に落ちた。そういった生き方をしている人だとは、長い付き合いの中でよく理解している。
『だからこそ、JUDAの社長業が少しだけ負担になって来ていると言うべきかな……自分の意思で決めてやっている筈のコトが、結局何か他の意思のようなものによって自分が動かされているだけじゃないかという感覚になるって。自分の意思で誰かのために身を尽くして生きるっていうあいつの在り方と、組織全体の最終意思決定を行うっていうポジションがあいつの中で嚙み合わなくなってしまっているんだと思う』
「えっと……」
 桐山のその推理は一見飛躍していた。
 だがこれが、そう考えている主体が森次玲二であること、そして彼のかつての上司が石神邦生前社長であるという前提を考慮すればあり得ない話ではないと山下は思う。
「森次さんは自分の意思でJUDAの社長をやっているハズなのに、JUDAそのものと石神前社長の存在が大きすぎて、それが本当に自分の意思なのか分からなくなってる、ってコトで合ってますか? それは結局自分の意思ではないんじゃないかって、思ってると」
『そういうコトになるかな』
「桐山さんは、そういう経験あるんですか?」
『あの頃の僕は父も顧みないワンマン社長だったから、言ってしまうと無いよ。だからほとんど、あいつから直接聞いた話からの推測』
 苦笑いしながらも、桐山はこう続けた。
『玲二がああ考えてるのは、自分で決めるより他人の決定に身を委ねる方が、もしくは委ねてるってコトにした方がずっと楽だからだろうね』
「……結構厳しいコト言いますね」
『必要だったらあいつにも同じように言うさ。だけどあいつは石神前社長にしろ加藤司令にしろ、盲目的に従うようなコトは無かったし、これからもきっと無いだろ。僕が言いたいのはさ、あいつは自分に厳しすぎるから、結局自分は楽な方を選んでるだけだと錯覚してるんじゃないかって』
「自分に厳しすぎるがゆえの錯覚……っスか」
『山下くんは玲二について、自己認識がちょっと曖昧なトコロがあるって思ったことないかい?』
「自己認識……」
 山下はしばし考え、
「部下に厳しいコト言う時たまに度を越えて怖いことに自覚がないってトコとか、ちょっと違うかもっスけど割れたマグカップの破片を掃除する時に手を切ったのに気付いてない時とか……?」
『ああうん、そういうの……二つ目の今もやってるんだ……』
「昔の話っスけど近いコトは今でも……」
『そっか……まあとにかく、あいつは時々自己認識が曖昧になるっていう自覚が一応あるから、自分の輪郭を確かなものにするため、必要以上に自分に厳しくしているところは正直ある。だけどその上で石神前社長への思いも強いから、自分の現状について正確に冷静に認識できずに錯覚を起こしてしまってるんだと思う』
「それで桐山さんが出した解決方法が、一度しっかり休ませる、ってコトですか」
『こういう時は一回素直に休んだ方がいいんだよ。竜宮島ならゆっくり出来るし、あいつの悩みを少しは軽く出来ると思ってる。皆城君が玲二と話したいっていうコトが、その鍵になってくれれば良いかな』
「てことは、仕事の話だけじゃないと」
『仕事の話ではあるけど、それだけじゃないね』
「へえ、皆城がねえ……」
 少し意外ではあったが、現在JUDA・キリヤマの二社がアルヴィスと技術提携している事項のうち一つに同化治療研究が含まれることを思い出し、ならそういうこともあるかもしれないと納得した。
「でも、本当に同伴はボクでいいんスか? ボク一応あの人の部下っスよ。桐山さんかいっそ一人の方がちゃんと休めるんじゃ……」
『僕は玲二がいない間の加藤機関側の穴を埋めないと。それに僕は、あいつを一人にしたくない』
 言葉尻に微かに慙愧の念を滲ませ、最後に『あとさ』と桐山はどこか諭すようにこう言ったのだった。
『あいつの心をちゃんと休ませることが出来るのは……多分、今は君だけなんだよ、山下君』

 そう、そんなことがあったのだ。
 まだ記憶も新鮮なその会話。
 推進派に全てを見透かされているような薄気味悪さを覚えながらも、森次の状態に気付いている誰もが自分に何かを託そうとしているという事実に、山下は知らず知らずシャツの裾を握っていた。
「僕に言えるのはここまでだよ。後は自分自身で考えることだ。僕はアルヴィスに戻るから、君達はバカンスを楽しんでね」
 推進派はそう言い残し、ひらひらと手を降って山奥へ消えていった。別れ際、山下に目配せしたのはきっと気の所為ではなかった。
「……山下」
 推進派の姿が見えなくなった頃、森次に名を呼ばれ、山下は背筋を伸ばして森次を見た。森次は一つ深い息を吐き出してから、言った。
「英治の意図がようやく分かった。確かに、今の私にはお前が必要だ」
 森次の言葉に喜びで思わず心臓が跳ねる。森次の部下としての自負は大いにあるが、こうして言葉で直接的に言われることは珍しかった。
「……手伝ってもらうぞ、山下」
 その言いように、思わず山下は吹き出してしまった。
「手伝う、とかじゃないですよ。これはあくまでバカンスなんスから」
 山下は、笑いながら森次の右手を取った。森次が僅かに目を見張るが、抵抗もなく、何も言ってこない。
「ボクはあくまで、ちょっと目を離したら仕事を始めてしまうあなたのお目付け役として来てます」
 自分の手よりひと回り大きい、硬い大人の手。初めて会ったばかりの頃から、不器用に頭を撫でて安心させてくれた手。この手で不安を拭おうとしてくれるこの人も不安や恐怖を覚えるのだと気付いたのは、いったいいつのことだったか。
「だから森次さんは、いつも通りに思う存分ボクを可愛がってくれていいんスよ。対話で自分の輪郭が確かになるって言うなら、いくらでも話しましょうよ。そういう時間なら、今日から明々後日までたっぷりあります。それに、これまであなたとの対話を一番長くやってきたのは……少なくとも、部下の中ではボクだと思ってますから」
 山下の言葉に、少しだけ森次の肩から力が抜けたように見えた。山下が笑うと、森次の目に宿る光はふっと柔らかくなった。
「……ああ、それは間違いないな」

◆◆◆

 それから二人は、竜宮島を歩き回りながら、ぽつぽつと話をした。
 最初はなんて事のない互いの昔話であったが、いつの間にか話題の中心は石神に移り、初めて石神に会った時のこと、特務室が正式に結成されてからのこと、特務室の人数が増えた頃のこと、特務室が解散してUXに正式に合流した時のこと、日常でされた些細ないたずら、貰ったもの、気が付けば思いつく限りの話をしていた。
 空にオレンジ色が溶け込み始めた頃、海岸沿いの道で買い物袋を提げた一騎と鉢合わせた。
「森次さん山下さん、もう用は終わったんですか?」
「おう、終わったけど……一騎、あの人のこと知ってたわけ?」
「俺達は城崎のお父さんの顔は知っていますし、あの人も時々うちの店に来るので」
 それからしばらく、家の方向へ向かう一騎と並んで世間話をしながら歩く。うちは今日ディナー営業やってないので、と夕飯に堂馬食堂を勧められた。
「そうだ。二人とも、衛や道生さんのお墓の場所知りませんよね」
 一騎の家の近くだという坂まで差し掛かったころ、一騎がふと思い出したように呟いた。
「明日の朝早くか昼過ぎなら俺が案内出来ますけど、どうしますか?時間の都合が悪かったら、剣司にでも頼めば案内してくれると思いますけど」
「……そうだな、朝で頼む。問題ないか、山下?」
「問題ないッス」
「それじゃあ、朝の七時半に『楽園』にお願いします。朝ごはんを用意しておくので、食べてから行きましょう」
 一騎と別れてから二人は堂馬食堂で夕食に味噌サバ定食を食べ――ここでも堂馬家からそれなりの歓待を受けた――、宿に戻った。
 宿備え付けの風呂に入り、布団を敷いた頃の時刻はまだ夜の八時過ぎだった。
 すっかり日は沈んで外は夜の帳が降りているが、山下からしても眠るにはまだ早い時間である。
「……そういえば、堂馬が竜宮島で放送するオリジナル番組を作ったらしいって言ってたな……」
 布団の上で大の字になっていた山下はふと、数月か前に聞いた話を思い出した。
「……堂馬が?」
 窓際の椅子に座って何か本を読んでいた森次が顔を上げた。
「あいつ早瀬軍団の集まりにたまに顔出すらしいんですけど……その時に言ってたって早瀬が……」
 山下は起き上がり、旅館備え付けのテレビを付ける。
 東京と比べるとチャンネル数は少ないが、基本的には日本で流れているものと同様のバラエティ番組やニュースが流れている。そしてあるチャンネルに切り替えた瞬間、明らかにそれまでの「テレビ局が作った」映像とは一線を画す映像が流れ始めた。
『このように軌道エレベーター及びオービタルリングは大規模な崩落から完全復旧、地球に住む我々の生活を支えるインフラとして現在も稼働し続けているわけですねえ!それでは実際どのような機能を果たしているのか……』
 オービタルリングを下から撮影した写真……というフリー素材や図表を巧みに映しながら、よく聞き覚えのあるナレーションが軌道エレベーターの役割について説明している。だがその作りはテレビ局の作るもの程洗練されているわけではなく、あえて言うならば動画サイトに上がっている個人作の解説動画が近い。
 しかし解説の精度はなかなか高いぞ、と山下は驚きながら番組を見続ける。森次も椅子から降りてテレビの前までやって来た。
『それではここで、オービタルリングにも詳しいAさんにお話を伺ってみましょう!』(やや不自然に編集でカットされたような音)『Aさん、よろしくお願いします!』
『ええと、よろしく、広登君。僕は少し前までオービタルリングに関わる仕事をしていて、現在は中東のほうで児童養護施設の運営に携わっています』
 物は言いようだ。「オービタルリングに関わる仕事」が何を指すのかを察した森次と山下は顔を見合わせた。
 オービタルリングにも詳しい人物・Aへのインタビューから、その功罪が広登なりの視点での考察を交えつつ語られていく。その視点はかなり公平なもので、山下は思わず唸りながら呟いた。
「広登のやつすげえな……ちゃんとアレルヤさんの連絡先握ってるんだ……」
「ベルジュ少尉を介した可能性はあるが……堂馬はいつからジャーナリスト志望になった?」
「うーん……歌手を諦めたとも聞いてないッスけど……」
 先の堂馬食堂で、広登は今年の夏休みは日本をしっかり見たいので帰らないと宣言された、と堂馬一家からとても残念そうに告げられたことを思い出す。
「頑張ってるんだなあ、あいつ」
 山下が呟くが、森次からの返答はない。真剣な目つきで番組を見ている。やがて番組が終わり、竜宮島のローカルニュースが流れ始める。だが森次はまだテレビから視線を外そうとはしなかった。
「……森次さん?」
 山下が声を掛けると、森次が今気づいたというように振り向いた。また少しだけ、森次の肩に力が入っているように見える。
「ああ、すまない。どうした」
「ぼーっとしてましたよ」
「そうか、すまん」
「もう寝ます?」
「……そうだな」
 森次は本をしまい、眠る前に水を一杯飲もうと冷蔵庫を開けた。
(思っていた以上の難題をボクは背負っているかもしれないぞ……)
 と、山下は水を飲む森次の背中を見て思う。
 自分の輪郭が分からない……推進派は、森次の状態をそう表現していた。そして桐山はそれを、石神の存在の大きさに加えて生まれつき痛覚がない事に起因していると考察していた。森次自身も、その自覚はある。
 だが、それがこの三泊四日――少なくともそのうちの一日は既に消化されてしまった――で本当に解決出来るのか。
(ほんっと、桐山さんもボクにとんでもないコト任せてくれちゃって)
 困った大人たちだよ、と思いながらも、不思議とそれがプレッシャーにはならなかった。
 むしろ加藤機関への正式編入時、二番隊に来てほしいと森次から直々に言われた時を思い起こさせる、頼られることが嬉しいという思いすらあった。
(たくさん……たくさん話そう。ボクにだって、森次さんと話したいコトはたくさんあるんだから)
 山下は布団に潜り込み、森次は「消すぞ」と告げてから部屋の電気を消した。
「おやすみなさい、森次さん」
「……ああ、お休み」
 付き合いは長いけどこうやって同じ部屋で寝てお休みの挨拶をするのは初めてだな。山下はそんな事を思いながら目を閉じた。

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【スパロボUX】お互い様(矢島と道明寺)

「……痛み止め効いてるか?」
 早朝。
 昨日から食事時以外は孔明先生の所に入り浸りの道明寺とアルヴィスの廊下で顔を合わせたかと思えば、いきなりこんなことを聞かれた。
 そして俺はと言えば、この男相手に隠し立ては意味が無い事をよく知っているものだから、こう返した。
「この環境じゃ効くものも効かないから飲んでない」
「お〜そっか。あんま無理すんなよ〜」
 ひらひらと手を振りながら、道明寺は俺が歩いて来た方へと歩き去って行ってしまった。お前のその観察眼と遠慮の無さには驚かされてばかりだよ、と思わず溜息を一つ。滅多に主張しない義手の付け根がずきずきと痛む。
 ボレアリオスのミールに攻撃を受けている竜宮島の不安定な環境は、島民だけでなく俺の右腕にも負担となっていた。

 その日の夕方、諸事情あって泥だらけになって戻って来た俺をアルヴィスへの入口で出迎えたのは道明寺だった。
 なんでここに、と言いかけた俺に、道明寺は「ほれ」と、左肩に小さな紙袋を押し付けてきた。
「そろそろ飲んどけ。お前の痩せ我慢もバレる頃だぞ」
 紙袋を受け取って中を見ると、痛み止めの錠剤だった。
「道明寺、お前……」
「少なくとも宗美さんにはとっくにバレてるからな〜」
「えっ」
「ほんとよくやるぜ、JUDA製の義手とナノマシンがあってもなお痛いくせに立上がフェストゥムの墓作るの手伝ってたんだろ」
「それは……放っとけないだろ」
 俺は一度死んでいる。墓に手を合わせてくれる人がいるコトが、忘れられていないコトがどんなに嬉しいか、知ってしまっている。だから立上を手伝った。
 まあ、地面に穴を掘って墓標の石を立てて土を被せて……という一連の作業は確かに腕に負担だったが。義手の付け根痛かったし。でも俺はこれで満足なのだ。
 道明寺はそんな俺を見て呆れたように笑いながら大仰に肩を竦めた。
「お前の自由だけどさ、無理すんなよ」
 いかにも余裕げにこう言うが。
 戦闘の合間に寝る間も惜しんで異なる世界の歴史を勉強してるこいつにだけは言われたくはない。だけど言ってやめるような奴でもない。
 だから俺は、溜息混じりにこう返すのだった。
「……お前もな」

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※スパロボUXの作品は一時的にファフナー系のページに置いてます

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UXの矢島と道明寺すごい良かったです。

【スパロボUX】デモンベイン系シナリオでSANチェックされてたらやばかったねって

道明寺「しっかしまだ16年しか生きてないのにあの神話の邪神と相対することになるとは。人生何が起きるか分からんもんだなあ」
山下「やっぱ道明寺的にもあーいうの珍しかったワケ?」
「珍しいも何も、拝み屋の端くれが日本で対面することはまずないし、普通対面したら正気を失うわけよ」
「いわゆるSANチェックってヤツ?」
「それ。ダゴンだってブラックロッジが制御出来るようなフォーマットで召喚されてたからまだマシだったっつーか、他の神話生物も鬼械神の形に落とし込まれててよかったっつーか……俺達でも相手出来てよかったなーってカンジ? そうじゃなかったら戦闘の度にSANチェックだぜ」
「そんなのたまったもんじゃないッスよ……発狂したら戦うどころじゃないし」
「まあ森次さんとかは素でSAN99ありそうだから、SAN減らされてもぴんぴんして邪神をボコボコにしてそうだけどな」
「やりかねない……」

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デモンベインは未履修だったのですがクトゥルフ神話が好きなのでデモンベイン系シナリオすごい楽しかったです。
それはそれとしてUXの道明寺は神話技能がえらいことになってたのでこれがクトゥルフ神話TRPGじゃなくて良かったなあと思いました。

【スパロボUX】プレイヤーが競馬に行って帰って来ない

「大変です少尉」
「どうしたんですか、サヤさん」
「プレイヤーが競馬に行ったまま帰って来ません」
「へえ、プレイヤーが競馬に。……なんて?」
「ですから、プレイヤーが競馬に行って帰って来ません。隠しキャラ加入はまだ半分しか達成していないというのに、帰って来ません」
「ちょ、ちょっと待ってくださいサヤさん。え、何、競馬?」
「はい、競馬です。正確には競走馬を美少女に擬人化した最近流行りのゲームです」
「な、なるほど……リアル競馬場に行ったわけではないんですね」
「それはともかく由々しき事態です。何しろプレイヤーは競馬に行ってゲームの進行を著しく遅くしているだけでなく『来るべき対話』のステージでずっとお金を稼いで一向に先に進もうとしません」
「全滅プレイを利用したお金稼ぎについては競馬場関係なくプレイヤーの素のプレイスタイルの問題ですよね……?」
「……プレイヤーはこの周回でアンドレイさんとパトリックさんの加入を狙っており来るべき対話をクリアしなければこの2人は加入しない筈なのですが……」
「……それは……競馬場に意識を持って行かれてるかもしれませんね……」

※アンドレイとパトリックは後日無事加入しました。

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感想というかほぼ日記ですねごめんなさい。
一応ちゃんとアニサヤ微笑ましいな……と思いながらプレイしてました。
オグリとブルボンが好きです。

【スパロボUX】右目と左目(総士)

※本編19話と20話の間
※ゲーム上ではカットされましたが原作のヴァーダントの右目修復→プリテンダー戦での再度破壊の流れがあったという前提の話

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そこに触れようとした時、手が震えた。
その理由を知りたかった──いや、知りたかったのは理由ではない。何故手が震えるのか、その意味は何か、ただその疑問を形にしたかった。

「牧部長、お伺いしたいことがあるのですが、少々お時間よろしいでしょうか」
「うん? どうしたんだい、ええと……皆城クン、だっけ」
「はい。ジークフリード・システムを担当している皆城総士です」
JUDAコーポレーション地下格納庫・通称地下神殿。
皆城総士がここに足を踏み入れたのは、二度目だった。一度目は竜宮島を離れてここに来たばかりの頃、ファフナーの一時的な格納作業に立ち会った時である。現在ファフナーはこの地下神殿には無く、エルシャンク内部の格納庫に収められている。よって今ここで眠る機体は地下神殿の本来の住人であるマキナ達のみ。そのマキナのうちの一体──先日ここに預けられたばかりであるプリテンダーと向き合っていた牧は、総士が声を掛けると手元のタブレットからすぐに顔を上げた。
「今の作業は急ぎではないし時間も少しは取れるよ」
「ありがとうございます。僕がお聞きしたいのはヴァーダントについてなのですが、可能であればヴァーダントの近くに行けませんか」
「いいよ、見ながら話そうか」
牧はプリテンダーに背を向けると、総士を先導する。他のマキナ達の前を横切って五分ほど歩くと、ヴァーダントは地下神殿の更に奥に格納されていた。
総士は改めてその威容を見上げる。どこか鎧武者を思わせるその機体は静かに地下神殿を睥睨している。今は静かだが、一度ファクターを乗せれば、乗り手の圧倒的な技量によって瞬く間に戦場を制圧してしまう。その強さはつい先日の戦いでも目の当たりにしたばかりだ。
「で、聞きたいコトって?」
「マキナについて、そちらから戦術指揮官チーム宛にお渡しされた資料には一通り目を通しました。その上で感じた疑問点があります」
「ラインバレルやディスィーブではなく、ヴァーダントについてかい?」
「はい。……もしかしたらヴァーダントではなく、森次室長に対する疑問点、なのかもしれませんが」
総士はそう前置きしてからヴァーダントから牧に視線を戻した。
「マキナはいずれの機体も自己修復能力を有している……資料にはそうありました。時間は掛かれど、ほとんどの機体は自力で損傷箇所を修復する事が可能だと。それでは何故、ヴァーダントは右目を修復しないのですか?」
「……ああ、それで森次クンに聞かないでこっちに来たってワケ」
困ったなあ、と牧は苦笑しながら頭を掻く。
「一応聞いておこうかな、何故右目を修復『出来ない』のか、ではなく『しない』のか、と聞いたのかな?」
「第一に、森次室長はファクターである故に裸眼の視力は両目共に高いことが推察出来ます。第二にマキナがファフナーのように人の手によって戦闘用ロボットとして作られている以上、ヴァーダントが隻眼として設計・デザインされたと考えるのは不自然です。第三にマキナの操作方法はファフナーと極めて近い……マキナとファクターが一体化する必要があるのであれば、マキナ搭乗時のみ視界が奪われるのは戦闘において大きなハンデとなる筈です。……そしてヴァーダントは一度修復したはずの右目を、先日のプリテンダーとの戦闘で破壊されたにも関わらず、全く修復していませんでした。意図的に修復していないのだと見るのが最も自然です」
総士の推理に、牧は肩を揺らして笑った。
「よく見てるねえ」
「……僕は部隊の指揮を任される者として、部隊に関わる疑問点をなるべく早く解消したいだけです。全力を出し得る状態にあるにも関わらず、森次室長のような人が何故それをしないのかと」
「なるほどね……」
牧は腕を組み、しばし考え込む。総士の目には、どこまで話すべきかと逡巡しているように見えた。やがて牧は肩を竦める。
「ま、理由は簡単でね。森次クン自身がヴァーダントの右目を修復しようとしないんだよ」
「……あえて、ということですか」
「あえて、というのも少し違うかもなァ。僕はここにいて長いから、森次クンがファクターになってJUDAに来たばかりの頃の様子も知ってるし、何故彼がヴァーダントの右目を積極的に修復しようとしないのか、そこに彼らなりの意味があるコトは察してる」
意味。
その言葉を聞いた時ずきりと、左目の傷跡が疼く感覚がした。
「それがどういう意味かは知らないし、仮に知ってても答えないと思うけどね。まあでも、ほら。実際彼がヴァーダントに乗るとコックピットより外を見ても右目側の視界を奪われる状態になるのはこっちでも確認済みだけど。それでも彼は十二分に強い。それは君も知ってるだろう?」
「……そうですね」
戦闘における森次の非常識なまでの強さはこれまでの戦いで思い知っている。その上で部隊指揮能力も高い。先日の事件で森次の裏切り疑惑が浮上して戦術指揮官チームで緊急のミーティングが設けられた際、本当に敵に回っていた場合の脅威度は間違いなくUXでトップクラスという見解で一致していた。
結局裏切り行為は偽装であり、戦術指揮官チームが懸念していた「ヨーロッパ組未合流の現行戦力であの人とどこまで戦えるのか?」という問題は水泡に帰してくれたわけだが。
「だからウチとしては、まあ森次クンは強すぎるくらい強いから別にいっか、って感じだし、出来れば君もそういうことにしておいてくれると助かるかなあ」
「……分かりました」
これ以上聞いても互いのためにはならない。そう結論を下す。
「僕もこれ以上の詮索はしません」
「うん、ありがとう。君の疑問解消の助けにはなったかな」
「……はい。戦術上の懸念は解消されました」
ありがとうございました、と一礼して地下神殿を後にする。
エレベーターで地上階に上がり、そのままビルの外に出て、年の暮れの人気少ないビル街の中をあてもなく歩く。
とにかく一人で考えたかった。
竜宮島にいた頃、ノートゥング・モデルの起動試験にパイロット候補生として参加した時の事を思い出す。
あの時、左目が見えている自分を受け入れることが出来なかった。故に皆城総士はファフナーに乗ることは出来ないからと、ジークフリード・システムの搭乗者となった。
改めて、先の地下神殿の中で知った事を反芻する。あの青い鎧武者が隻眼である理由を。
(戦いの中で十全に力を発揮するよりも、目に負った傷を抱え続けることを選ぶほどの、大きな意味か……)
余人であればもしかすれば、似ている境遇、と評するかもしれない。
総士はそうは思わない。比べるものだとも思わない。それぞれに抱えるものも背負うものも異なるのだから。
ただ、自分の中にある疑問を、形にしたかった。あの隻眼のマキナのことを知れば形になるかもしれないと、思った。
左目に手を伸ばす。指が傷跡に触れるか触れないかまで近付いた時、背筋に冷たいものが走り、肌が粟立った。
そしてようやく形になった疑問を、自問自答する。
──選んだ筈だ。僕は、ファフナーに乗ることよりも、この傷を選んだ筈だ。
──それなのに何故、今になって傷に触れるのが怖い……?

一騎がUXを脱走したのは、その翌日のことだった。

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次ページにこの話を書くに至ったUX本編の感想があります。ネタバレしてます。

【スパロボUX】その痛みは(操と森次)

「ねえ、君に聞きたいことがあるんだ」
加藤機関との戦いに区切りを付けたアルティメット・クロスがユニオンへと向かう、その前夜。
JUDAのレストルームで一人ノートパソコンに向き合っていた森次玲二は、自分に掛けられる声のする方にちらりと視線を向けた。相手を視認するとすぐにモニターに視線を戻して短い言葉だけを返す。
「何か?」
声を掛けた来主操も意に介せず、近くのソファに腰を下ろす。
「総士の知識で君のことを知ってから、君という存在と話したいと思ったんだ」
「……私と?」
「うん。総士の知識で、俺はここにいる人間達の事を知った。その中で君は、俺達の求める物を持っているかもしれないから、興味があるんだ」
それはまた、珍しい。操の言葉を聞いた森次は一つ息を吐き出すと、ノートパソコンのキーを何度か軽く叩いた。
「聞くだけ聞いておこう」
「君は、生まれつき痛覚がない……つまり、痛みを感じないんだよね。総士はそう認識していた」
「その通りだな」
「それなのに、どうして君は痛みを知っているの?」
「……」
一瞬、森次の手が止まる。操はそれを気に留めることもなく、言葉を重ねた。
「痛みを感じないなら、本来痛みを知る機会なんてない筈でしょ。それなのに、君は痛みを知っている。矛盾しているよ」
「……そうかもしれないな」
森次は視線はモニターに向けたまま腕を組んだ。
真壁一騎以外と対話するならば俺より早瀬の方が余程相応しいだろうに。己の体質の思いがけない難儀さに内心でそう呆れつつ、フェストゥム相手に黙っていても仕方なかろうと己の推測の正否を確かめることにする。
「お前達は世界から痛みを消そうとしている。そんなお前達から見れば、生まれた時から痛みを感じない私の体質はある種の理想型。しかし私は痛みを知っている、その理由を知りたい。そんなトコロか?」
「そう。痛覚というものが人間が痛みを感じる感覚なのだとしたら、俺達からもう一度痛みを消して全ての人間からもそれを奪えば世界から痛みが消えるのかもしれないと思った。そんな人間がいること、君を見て初めて知ったからね。でも総士は、君に痛覚が無いと分かっているのに、君は痛みを知っている人だと認識していて……よく分からなかった。だから、君と接触してみようと思ったんだ」
「……痛覚を持たない人間が痛みを知るプロセスを知りたい、と?」
「そう。俺達は総士によって痛みを教えられるまで、痛みを知らなかったのに……君はどうやって、痛みを知ったの」
「……」
森次はしばし黙り込んでから、ふとレストルームの入り口に視線をやる。見られているな、と思いながらもノートパソコンを閉じると、今度こそ操を見た。
さてどのように伝えるべきか、と思案する。
相手は少年の姿をしているとは言えフェストゥムの使者である。こちらが何を言っても本心を読み取ることが出来るのだ、昔からそうして来たように部下達の話を聞いてそれに言葉を返すのとは訳が違う……そう頭では理解しながらも、それでもそのように対話するのがきっと正しいのだろう。「皆のことよく見てるのは分かるけど表情が動かなすぎるし明らかに言葉が足りてない」、とは最近になって早瀬浩一に言われるようになったが。
少なくとも目の前の少年相手に言葉の不足を心配する必要はないだろう。
「そもそもフェストゥムと人間とでは、コミュニケーション手段だけでなく、物の感じ方、そして思考プロセスが全く異なっている。存在のあり方も。それを前提であえて言うなら……同じだ、お前達と」
「俺達と? 君は人間なのに?」
分からない、と言いたげに操は眉をひそめた。そうだ、と森次は頷く。
「皆城総士はお前達に痛みを教えた。存在を奪われることの痛みをその身に刻ませることによって。私もまた、ある人間によって痛みを教えられた。私の存在と同質の存在を奪われて、私は痛みを知った」
「君と、同質の存在を奪われて……?」
ぴんと来ていないのか、操は怪訝な顔をする。これはまだ理解出来ないか、と森次は説明に適した語彙を探す。
「その存在は『私』そのものではないが、その存在が奪われることで私は私の存在が奪われるのと同等の痛みを負った」
「君の存在が奪われるのと、同等の痛み……」
操は呟くと、じっと森次を見た。森次は臆するでも無くその視線を受け止める。操はしばし森次を見詰めたが、やがて目を逸らした。
「……君は、とても強いんだね」
「……?」
操の発言の意図を測りかねて、森次は微かに眉をひそめる。操はどこか悲しげに笑って言った。
「あの大きな火を吐く器を前にしても恐怖を感じない君にも、恐怖という感情はある、存在を奪われる恐怖を知っている……それでも君は、その恐怖からも痛みからも逃げないで戦うことを選んだんだね」
操の言葉に虚を突かれた森次は僅かに目を見開いた。だがそれは一瞬のことですぐに表情を引き締める。それでも僅かな動揺は伝わっているのだろう、と承知しながらも森次は小さく首を横に振った。
「……それは、私だけではない。UXで戦うコトを選んだ誰もが、そうして恐怖や痛みと向き合ってここにいる」
「……そうか。君達は……」
操は森次を再度じっと見て、そして項垂れた。
「誰もが、選べるんだね」
どこか噛みしめるように呟く。
──伝わりは、したのか。
森次がそれに気付くのと同時に、操は姿を消した。
森次は誰もいなくなった空間を見詰めてしばらく黙り込む。それから眼鏡を外して目を閉じるとこめかみを押さえ、長く息を吐き出した。疲れを感じることなど滅多に無いが、何ヶ月ぶりかにひどい疲れを覚えた。最後にこれほどの疲れを覚えたのは、そう、宴会場……いや、これ以上思い出すのはやめよう。
また眼鏡を掛け直しながらレストルームの入り口に視線をやり、そちらに向かって声を投げ掛ける。
「入って来たらどうだ」
ドアが開くと、ひょこりと顔を出したのは浩一、山下、そして足元に犬のショコラを連れた一騎であった。
「すみません森次さん、立ち聞きするつもりはなかったんですが……」
三人してレストルームに入って来てからとりあえずといった風に浩一が謝ると、森次は肩を竦めた。
「聞かれて困る話はしていない。……お前達はもう部屋で休んでいるものだと思っていたが」
「来主が部屋にいないようだったので、探していたんです。そしたら早瀬と山下さんに会ったので、一緒に探してもらっていました」
「もーびっくりしたッスよ、森次さんの声がすると思ったら来主と話してるし……」
「山下クンずっとそわそわしてたもんなあ」
「そわそわもするだろ!」
部下達は相変わらずのようだった。森次は口元を微かに緩めながらも、厳しい言葉を口にする。
「騒いでいる暇があったら寝ろ。明日の出発は早い」
「すいません、俺はもう少し来主を探します。部屋に戻ったとは思いますが……」
「俺は一騎を手伝います」「ボクもそのつもりッス」
一騎を手伝うと言いつつまだまだ寝るつもりのない部下二人に森次は呆れながらもそれは顔に出さず、閉じていたノートパソコンを開いた。
「……寝不足で使い物にならない、などという事態では話にならない。自己管理は怠るな」
「森次さんも早く休んでくださいよ、UXだと社長と緒川さんが見てないから寝てないんじゃないかって、さっき緒川さんが心配してたッスよ」
やはりと言うべきか、緒川さんには見透かされているものだ。半分図星で半分外れだ。ほとんど眠らない時もあるが睡眠時間が取れる日は眠るようにしている。
「森次さん寝てない日があるのボクは知ってるんスからね、ほんとに作戦前夜くらいはちゃんと寝てくださいよ」
どちらにしろ山下にはばれているわけだが。
「善処する」
「寝るつもり無いでしょそれ!」
「もぉーちゃんと休んでくださいよ!」
森次を心配しながらも一切遠慮のない浩一と山下に、聞いている一騎が小さく笑った。
「それじゃ森次さん、ボクらはこれで。お休みなさいッス♪」
「お休みなさい、ホントにちゃんと寝てくださいよ!」
「ああ、お休み」
山下と浩一はレストルームから出て行くが、一騎は足を止めたままだ。その足元ではショコラが座って一騎を見上げている。
「どうした?」
森次が声を掛けると、一騎は森次に向かって小さく頭を下げた。
「ありがとうございました、森次さん。来主と、正面から話してくれて」
「大したコトではない」
「それでも、俺以外にも多くの人と対話することで来主が得るものはあると思うんです。この前も刹那さんと対話したことで、来主の中で何か新しいものがきっと生まれた。だからまだ多くの可能性がある筈だと俺は信じたい。総士も、きっとそう信じています」
まさかその対話の相手に自分が選ばれるとは思いもしなかったが、一騎の言う事は正しいのだろう、と森次は思う。
僅かでも対話の積み重ねが人間とフェストゥムの共存に繋がる可能性を生むのなら、世界を背負って戦う我々が対話を恐れるべきではない。
「……ああいう子供の相手は初めてではない。それだけだ」
「俺の時もそうでしたよね」
「……かもしれないな」
あの時は随分厳しく当たったというのにそう認識しているとは。
「暉にも目を掛けてくれてたみたいで、ありがとうございました」
続く一騎の言葉に今度こそ呆気に取られ、森次が黙り込む。一騎はそれに気付いているのかいないのか、あっけからんとして言葉を続けた。
「お礼を言いたかったんですが、タイミングを逃していて」
「…………」
何も言わない森次に一騎は「それではお休みなさい」と一礼すると、今度こそショコラと共にレストルームを後にした。
「やっぱ一騎雰囲気変わったよなあ」「そうか?」「早瀬もちょっとは見習えよなあ」と、三人の賑やかな話し声が遠ざかっていく。
「……全く」
三人の声が聞こえなくなってから、森次はソファに深く身を預けた。
これだから素直すぎる子供は困る。早瀬のように厳しく当たって嫌われたと思えばいつの間にかこれだ、幼い頃から面倒を見ていたシズナ・イズナや山下ならばともかく……そんなことを思ううちに、ふと、操に言われた言葉を反芻する。
「……恐怖を知っている、か」
フェストゥムとは言え、出会って数日の相手に見透かされるとは……そう己を戒めるが、ファフナーに乗れない自分に読心への対策など取りようもない。恐怖を知っていることを見透かされてもなお恐怖を抱えたまま向き合う方が余程建設的である。
その恐怖の正体も、はっきりと自覚している。積極的に表に出しはしないが、それでも社長辺りには見透かされているのだろう。いや、あいつにも見透かされていたから皆を巻き込んでしまったのだったな、としばし過去の己の不甲斐なさを恥じる。
その恐怖は自覚の有無に関わらず恐らくほとんど全ての人間が持ち得る。
だが、来主操は人間ではない。
生命体の本能として己の存在を失う恐怖は知っていても……己の大切なものを失う恐怖をまだ知らない。
(お前は「綺麗な空」を失う恐怖と向き合い、抱えながら、それでも存在するコトを選び続けることが出来るのか? それを奪おうとするものと戦うことが出来るのか?)
森次はかつて、初めて知った痛みに耐えかねて己の存在を世界から消すことを望んだ。しかしそれは叶わず、その先での出会いによって己の生き方を選んだ。恐怖と向き合いながらも存在することを、そして守るために戦うことを選んだ。
故に、彼は思いを馳せる。来主操は、対話の果てに何を選ぶのだろうかと。
最終的に戦うことになるのであればそれは致し方無し。「JUDA特務室室長」として、躊躇無く戦う用意はある。
(それでも、もしこれ以上奪う痛みを与え合わずに済むのであれば)
「切実な願い」を胸の内に秘めつつ、森次はまたノートパソコンのキーを叩き始めた。
(私は、対話が実を結ぶコトを願おう)

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※スパロボUXは一時的にファフナー周りと同じページに置いています

次ページにこの話を書くに至ったUX本編の感想があります。めっちゃネタバレしてます。