タグ: ダンシュン

それは平穏で平凡で特別な(ダンシュン)

 風邪を引いたから今日明日いっぱい連絡して来るな、とメールが来たので堪らず片道三時間掛けて母に持たされた果物籠を手に幼馴染の自宅を訪れると、布団から体を起こした幼馴染に思い切り睨まれた。マスクをしている為に顔の半分が隠れているがダンには分かる、これは絶対に怒っている。
「……来るな、と言った筈だが?」
「お見舞いに来るな、とは言ってないだろ、ほら」
 蜜柑に苺に葡萄と、洗えばすぐ食べられる果物の詰まった籠をぐいと見せると、シュンは大きな溜息を吐きながら氷嚢を手に布団に横たわった。
「……起こさないでくれ」
「分かってるって」
 目を閉じたシュンはすぐに寝入ったらしく、呼気は少し荒いながら眠れない程体調が悪い訳でも無いようだった。シュンが風邪なんて珍しい、と思いながらダンは果物籠以外に母から持たされた荷物を静かに解いた。
 全て味の違うレトルト粥5食分、パウチのゼリー5食分、そして母直筆のメモ。
(やっぱこういう時は母さんが一番頼りになるよなあ)
 シュン君のお祖父さんもお歳なんだしあんた料理なんて出来ないんだからこれ持って行きなさい、と出発間際の自分にこれらを持たせた母の顔をしみじみと思い出す。ついでに、シュンの祖父宛の手土産も持たされた。
 シュンの部屋に入る前に挨拶したシュンの祖父は、ダン君が傍にいればすぐ治るじゃろうから、と見舞いを快諾してくれた。
 けほけほ、と乾いた咳と共にシュンが寝返りを打ってダンに背を向けた。
「だいじょぶか?」
 背中をさすってやると、ひとしきり咳込んでから大きく深呼吸した後また寝息が聞こえてきた。自分に向けたままの背が何故だか小さく見えて、胸がきゅうと締め付けられた。
 それこそ何時から一緒なのか分からないくらいに長い付き合いだが、ダンの記憶の限りシュンが風邪を引いた事はほとんど無い。だから、飛び出して家まで来てしまったのかもしれない。風邪とは全くイメージが結び付かない程度には健康そのもので野山を駆け回っているような幼馴染が風邪を引いたと聞いて、いても経っても居られなかった。
 それに、来るな、ではなく連絡して来るな、とわざわざこちらにメールを寄越す時点で自分が弱っている所を見せたくない強がりが見え見えである。
 世話のかかる奴だ、とダンは常日頃の自分を棚に上げて一人頷いた。
 眠っているシュンを見守る内、持って来た果物を冷蔵庫に入れて来ようと思い出す。みかんは常温でも大丈夫だろうが、苺と葡萄は冷えていた方が美味しい。
 果物籠を手に立ち上がろうとすると、ぐっ、と右足に抵抗を感じた。足元を見ると、布団から伸びた指先がズボンの裾を摘んでいた。
 頭から布団を被っているせいでシュンの表情は見えない。ダンは驚いて立ち止まるが、すぐににやりと笑った。
「しょーがねえなあ」
 また畳の上に腰を下ろすと、指の力が緩くなった。自分に向かって伸びる手をぐいぐいと布団の中に戻してやると、布団の上からぽんぽんと軽く叩く。
「ほら、手冷えるだろ……氷変える時くらいは立たせろよな」
 返答はないが、丸まった布団が少しだけ動いた。
 一泊分の荷物持って来て正解だったな、オレが昔遊びに来た時使ってた布団まだあるかな、と、シュンが聞けばまた怒り出すであろう事を考えながら、ダンは暫しその寝姿を見守るのであった。

bkgn作品一覧ページへ戻る
作品一覧ページへ戻る

となり(再録)(ダンシュン)

 自室の畳の上に布団を敷いていると、後頭部に自分をじろじろ見る視線を感じた。視線が来る方向に目を向けてみれば、座ってこちらを見上げているダンと目が合った。出された布団を敷きもせず畳の上に直に座っている。シュンは思わず小さく溜息を吐く。
「……布団も敷かずに何をやっている?」
「えっ、ああ、シュンの髪伸びたよなって思って」
「……そうか。いいからさっさと布団を敷け」
「おう」
 ダンはそそくさと立ち上がり、布団を敷き始めた。
「髪長いお前って何か懐かしいな。昔ばっさり切ってさ……」
 シュンがダンから視線を外してまた布団を敷き始めると、ダンは楽しそうに昔のことを話し始める。
「あの時オレ達がすっげえびっくりしたの覚えてるか?」
「ああ……」
 何故急に昔の話を始めるのか。何も考えていないようで何か考えているのか、それとも何か考えているようで本当は何も考えていないのか。このところシュンには、幼馴染の行動がさっぱり読めない。
「でもさ、今回は切らねーの?」
「切る必要を感じない」
「暑くねえの……って聞いても無駄か」
「忍びたるもの、」
「常に忍耐、だろ」
「……まあな」
 布団を敷き終わったのでダンを見れば、楽しそうに笑っている。まるで、話すことが楽しくて堪らないとでも言うように。その表情を見ていると、昔の――幼い頃のダンを思い出さずにはいられない。
「シュン、昔よくからかわれてたよな。女みたいだって」
「そんなこともあったな」
「でもさ、喧嘩吹っかけられてもお前全部かわしちゃうんだもんな!」
 ダンはいつの間にか布団を敷く手が止まっている。昔から相も変わらず喋りながら何かをすることが苦手のようだ。
「全く……もういい、俺がやる」
 見るに見かねてダンの手から布団を取り上げれば、
「えっ、いいのか?サンキュー!」
 と悪びれずに礼を言われる。
「いいからそこを退け。普段なら俺はもう寝てる時間なんだ……」
「……オレが泊まりに来てるから『普段』じゃねえだろ、今」
「どこでそんな屁理屈を覚えたんだ……」
 ダンが横に退いたので、ダンの布団を敷く。シーツをぴんと張ると、「すげえ」と感嘆の声を上げられた。
「何でそんな綺麗にシーツ張れるんだよお前……」
「お前とは家事をやる頻度が違う」
「くっ……なんか悔しいぜ……」
「ほら、出来たぞ」
自分の布団から少し間隔を空けた場所にダンの分の敷布団を敷いてシーツを張り、掛布団をその上に乗せ枕を配置すれば、二人分の寝床の完成である。
「サンキュっ」
「俺はもう寝たいんだが……」
「俺はまだ眠くないんだけどなあー」
「ごちゃごちゃ言うな、うるさい」
「むう……」
 ダンが口を尖らせるのもお構いなしにシュンは部屋の隅にある電気のスイッチを切ろうと立ち上がる。ダンはまだ眠くない様だが、シュンはそろそろ眠気を覚え始めていた。壁にかかった時計を見れば夜の十時を過ぎている。普段ならもう部屋の電気を消して眠りにつく時間なのだが、ダンが泊まりに来るとそうもいかない。
「なあシュン」
「何だ」
「髪触っていいか?」
「……」
 何を言い出すんだこいつは。
 そう思いながらダンを見ると、急に慌てたように「ばっ、そんな変な意味じゃねーよ!」と顔を赤くしながら手を振った。
「ただお前の髪って昔からさらさらだしさ……ほら、好奇心っていうか?!」
「男の髪を触りたいと」
「そういうわけじゃなくてー!いやそうなんだけどさー!」
「全く……」
 あまりに唐突過ぎたが、特に断る理由も無いと判断する。
 シュンはダンの目の前に腰を下ろしてあぐらをかく。
「ほら、好きにしろ」
「お、おう……いいのか?」
 ダンは何故か顔が赤い。そのことに何故か苛立ちを覚える。
「触るなら早くしろ」
 早く寝たい、そう言外に込める。
「そ、それじゃあ……」
 ダンが身を乗り出し、おずおずと手を伸ばしてきた。耳にかかる髪に触れたその手は以外にも優しい。
「うわ、ほんとにサラッサラだな……ルノたちが羨ましがるわけだぜ……」
「そうなのか?」
「気付いてなかったのかよお前……」
 髪を一房取ってはさらさらと手の内から逃がし、それを何度も繰り返すダン。その手が耳を掠めて少しこそばゆい。
「聞いて来いってルノに頼まれたんだけどさ、シャンプーとリンス何使ってんだ?」
「お前が風呂場で使ったものだ」
「あっそ……」
 ルノに何て言えばいいんだよ、と言いつつもダンはシュンの髪を撫でる手を止めない。ふと、シュンは気付いた。半袖のTシャツから伸びるダンの腕が、自分の記憶の中のそれと比べて筋肉質になりつつある。
「お前、随分鍛えたな」
「ん、そう見えるか?てか今それを言うのかよ」
「気付かなかった」
 もしかしたら俺の腕より太いんじゃないか、とシュンは自分の腕をそっと上げてダンのそれと見比べる。
「あんまムキムキになりたいってわけじゃないんだけどさ……ま、鍛えとくに越したことはないしな?」
「そうか……」
 昔からシュンの方が痩せていたものの、身長では常に優っていた。これでは並んで立った時に自分の方が小さく見えるのではないか、とシュンは密かに危機感を募らせた。
 それからどれくらいそのままでいたことか。
 ダンは何かに魅入られたようにシュンの髪を撫で続け、シュンはしばらくされるがままにされていた。髪を触らせてほしいと言われた時は流石に驚いたが、幼い頃からの仲なので、特に不快感も無い。気の済むまで触らせてやろうと、シュンは途中から体の力を抜いた。
「なあシュン」
「何だ」
「……やっぱ、お前の髪、綺麗だな」
 いつになく真面目な口調のダンに面食らう。
「……どうした急に」
「……別に、何となく思っただけ」
 そんなやりとりをしている間にもダンはシュンの髪を撫で続ける。
「……なあダン」
 どうしたんだ、少し変だぞ。
 その言葉が口から出る前に、ダンがすっと手を上げた。髪からダンの手が離れる。
「ありがとなっ」
 そう言って笑うダンはいつものダンだ。
「じゃ、もう寝ようぜ。お前どうせ明日の朝も4時には起きるんだろ?」
「あ、ああ……」
 戸惑いは消えぬまま、シュンは部屋の明かりを消すために立ち上がった。壁のスイッチの前に立って首だけダンの方に向けると、ダンはもう布団に包まっている。
 パチン、と電気を消すと、部屋は暗闇に閉ざされる。光源は縁側に接した障子から僅かに透ける月の光だけだ。
 自分も布団に潜り込み、横目で見るともうダンは動かない。眠っているようだ。
 結局あれは何だったのかと思わず考え込みそうになるが、いつまでも気にしていても埒が明かない。シュンは目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えて眠りについた。

[戻る]
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

2015年に書いたもの。
二人の距離感も成長したら変わるようで案外変わらないんだと思います。
四期……四期……