弊カルデアの召還システムでは異聞帯でも喚び出したサーヴァントの影と自由に会話できるようになっています。
二部二章の大いなるネタバレなので未クリアの方は注意。
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天竺行き途上にて(ダビデと書文先生)
天竺イベのダビデと書文先生。
ダビデの体質云々は捏造です。
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偶然触れたその手は、氷にでも触れたかと思うほど冷たかった。反射的に引っ込めると、隣に座っていたその手の主が首を傾げる。
「書文くん、どうかしたかい?」
「ああ、すまんなダ八戒。……お主の手が、あまりに冷たいものでな」
「それはすまないことをした、でもこれは僕の体質みたいな物でね、仕方ないと思って諦めてくれ」
そう言って何事もないように笑いながら、ダビデは手にした木の枝で焚き火の火をつつく。
書文はその様子を観察しつつ、その様子におかしな点が無いかどうかを確認する。一見おかしな様子は見受けられないが、しかし枝を動かす腕の動きが固いのを目に留めた書文は僅かに目を細めた。
「アビシャグといったか、老齢の期にお主の体の冷えを温めるために仕えた少女は」
「そう。彼女はとても良くしてくれた」
「アビシャグを求めるのは、今も体の冷えが重いからだと?」
「本当に冷えが重くなるのは時々だけどね。それもあるけど……まあ今の僕らは修行中の身なのだから、この手の話はやめておこう。気遣いどうも、でもこの体質は治りようがないからさ、君が気にする必要はないよ」
「……そうか。だが旅に支障が出そうであれば儂にでもマスターにでも言うのだぞ」
書文の言葉にダビデは僅かに目を見開き、次いで頬を綻ばせた。
「ありがとう、君は優しいね」
「共に旅をする仲間に何かあっては皆の負担が増えると言うもの、そうなる前に負担の軽減に務めるのが沙悟浄としての役割と見たまでよ」
「マネジメントが上手いねえ」
ふと、衣擦れの音と共に、「ウサギさ~ん……まって~」と三蔵の寝言が二人の耳に届いた。
「お師匠ってば、また布団をけ飛ばしてるよ」
ダビデは立ち上がると三蔵の寝床へ向かい、そっと布団を掛け直してやる。
足の動き、日頃のダビデと比較してややぎこちない。毛布を掴むのに指先が上手く動かず二回ほど掴むのに失敗。
「……ところで。今日の不寝番はお主ではなく儂一人だったように思うのだが」
ダビデが戻ってきたタイミングを見計らって言うと、ダビデは肩をすくめた。
「ばれてたか」
「今日は眠れぬ程に冷えが回っているということか?」
「カルデアなら湯たんぽとかあるからいいんだけどさ」
「肩から毛布でも被ると良い」
使っていない毛布を手元に引き寄せて肩から掛けてやるとダビデは嬉々として毛布で全身をすっぽり包んだ。
「いやあ、この旅の中で書文君のイメージ変わったなあ。君いつもベオウルフ君と鍛錬してるだろ、その割に随分と面倒見いいじゃないか」
「子供達の遊び相手をせがまれることもあるからな」
「なるほど」
他愛ない会話をしながら温かい茶を湧かす。いつもと違い湯呑みは二人分。
「時にダビデよ、お主は武者として非常に優れていると聞く」
「ええ~?僕に戦士としての能力を求めるのかい?」
「王として大軍を率い自らも剣を取り前線で戦い、武人になる以前にも熊や獅子の尾を掴んで叩き殺したという武勇はあまりに有名であろう」
「悪いけど僕は戦いは根本的に嫌いなんだ。それに僕の武勲全般は神の加護があったからだから、君達とは全く別物だよ」
「むう……それは残念だ。一度手合わせしたかったのだが」
「そういうのは呂布君の方が向いてると思うよ……」
湧いた茶を湯呑みに注いで渡してやると、ダビデは湯呑みを両手で包み込むように持って目を細めた。
「久し振りだなあ、こういうの」
「久し振りとは?」
「羊飼いだった頃に寝ないで羊の番をしたり、先王に追われて夜の荒野に何泊もしたりしたことがあってさ。でもこの旅の中のこの夜は、そういうのとは違う。何というか……うん、浪漫がある」
「浪漫か」
「うん。経典を集めて、試練を乗り越えて、天竺へ向かう。その旅の途上で寝ずの番をする。生前では出来なかった事だ。こんな事言ったらカルデアで心配しているであろうマシュ嬢達には怒られるかもしれないけど……僕は楽しいし終わって欲しくないとすら思うよ、この旅」
そう呟くダビデの目は、輝きの奥にどこか哀しみを湛えているように見えた。だが書文は「そうか」とだけ頷く。
「……ま、そんなの無理な話だけど。僕らは人理を修復するためにマスターに喚ばれたサーヴァントなんだから。この旅はきっといつか終わる。だったらせめて、最後まで楽しむさ」
ダビデは茶を一口啜ると、ほうと息を吐き出した。
「お茶、ありがとう。少し楽になってきたよ」
「それはよかった。まだ眠れぬなら話し相手くらいにはなれるが?」
「じゃあお願いしていいかな。僕はこの辺りの世界や時代とは縁のない英霊だから、君に色々聞きたいよ。聖杯からの知識で補えない事って色々あるだろ?」
「とはいえ儂も近代の生まれなのだがな……」
ぱちぱちと焚き火が弾け、夜の静寂に静かな話し声が吸い込まれていき。結局二人での不寝番は、呂布が一番に起き出してくるまで続いたのだった。
それはきっと初めての(再録)(※幼少期捏造)(空閑と虎石)
空閑虎石の出会い捏造。
公式から空閑虎石の出会いの話が出る前に書いたものなので公式とは何もかもが違います。
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小さい頃から愁は、人と喋るのが苦手だった。
頭の中ではいっぱい考えているのに、それを上手く言葉にして口に出すことが出来なかった。愁が何を言うべきか考えている間に、同い年の子供達は愁と会話することを諦めてどこかに行ってしまう。そんなわけで上手いコミュニケーションも取れなかったので幼稚園で友達も出来ず。小学校に上がっても、愁は授業が終わったら真っ直ぐ家に帰って両親に心配されるような生活が続いていた。
しかしそんな生活が2ヶ月ほど続いた頃。
近所に不審者の目撃情報が出た。
「愁、もう先生から聞いたと思うけど、明日からしばらく集団登校と集団下校をするんですって」
「……?」
まだ父親が帰ってきていない夕飯の席で母親にそう言われて、フォークに唐揚げを刺していた愁はきょとんと瞬きをした。
「このあたりに住んでいる子みんなで学校に行って、みんなで帰って来ましょうってこと」
「……」
「愁は明日、八時になったらはくちょう公園に集合してね。そしたら、引率の班長さんの人が待ってるからね」
「……分かった」
集団行動。コミュニケーションを苦手とする愁が特に苦手な事だった。それを学校に着く前からやらないといけない。それを思うと心が塞ぎそうだった。
「大丈夫」
そんな愁の事を一番よく分かっている母親は、それでもにっこり笑う。
「きっと愁なら、大丈夫よ」
「……うん」
きっと大丈夫。今度こそ、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、愁は大きく口を開けて唐揚げにかぶりついた。
***
「えっと……1年C組の空閑愁君?」
「……」
名前を呼ばれて、こくりと頷く。「いんそつのはんちょうさん」、と母親が言っていた人は、なんだか怖そうな雰囲気の女の人だった。愁の母親とは違って髪を染めて服装もなんだか派手だ。
「それじゃ、もう少し待っててね。後2人来たら出発だから」
「はい……」
返事をするが、喉から出たのはか細くて小さい声だった。これじゃきっと聞こえてない。
周りを見ると、ランドセルを背負った小学生が10人くらいいるものの、知らない顔ばかり。どうやらこの集団下校の班は上級生ばかりのようだった。自分以外の人達は皆楽しそうにお喋りをしている。
愁はいつもの癖で逃げるようにして集団の隅の方へ行き、ぼんやりと空を見上げた。6月の空は今にも雨が降り出しそうな鈍色をしている。
「あ! おまえC組だよな!」
「ひっ……! わ、あっ!」
いきなりすぐ近くで大声を出され、愁はびくりと肩を震わせる。思わず後ずさろうとして足がもつれ、尻もちを突いてしまう。
「こら和泉!」
「いじめたわけじゃねーよ! ごめんな、だいじょうぶか?」
「ふぇ……え?」
「はんちょうさん」の叱るような声、頭上から聞こえる自分と同じくらいの年の男の子の声。何が起きたんだろう、と考える前に影が差して目の前に手が差し出された。急に色々な事が起きて処理し切れず、混乱したまま愁は影と手の主が誰なのかを確認しようと上を見る。
自分と同じくらいの男の子だった。日に焼けた肌に短く黒い髪、大きな灰色の瞳に尻もちを突いた愁が映っている。愁の物とよく似た黒いランドセルを背負っているが、着ているTシャツの柄は愁のに比べて凄く派手だ。
「あ……えっと、」
こういう時何を言えばいいんだろう。自分は尻もちを突いてて、この男の子は自分に手を差し出してて、だったら「ありがとう」だろうか。いや、そもそもは自分が尻もちを突いたから彼は自分に手を差し出しているわけで。愁は口をパクパクさせながら必死で考え、やがて震える声を絞り出した。
「ご、ごめん……」
「? なんであやまんだよ?」
男の子の怪訝そうな表情に、自分は何か悪い事を言ったのだろうかと愁は焦った。心臓がばくばくして、頭の中が真っ白になりそうだ。何か言わなきゃ、何か言わなきゃ、焦ると余計に舌がもつれ声が震える。
「……だ、だって、」
「あやまらなくていーんだよ、だっておれが大声出したからころんだんじゃん」
「でも……」
「あーもう!」
ぐい、と手を引っ張られて無理矢理立ち上がらされる。男の子は愁の服に着いた土埃をぱたぱた払ってくれた。
「気にすんなって! お前、名前なんて言うの?」
「あ……えと、くが、しゅう……」
「そっか! おれ、B組のとらいしいずみ。よろしくな、しゅう!」
そう自分の名前を言って、その男の子はにっこり笑って手を差し出してきた。その笑顔はあまりに眩しくて、曇り空の下で彼の周りだけ陽の光が差しているかのようだった。
***
一年生は一番早く授業が終わる。授業が終わって終礼、掃除をしたらすぐに集団下校だ。愁の班の一年生は自分とあのとらいしいずみ、という男の子だけらしく、「はんちょうさん」に連れられて三人で学校から家がある住宅街まで歩いて行った。そしてようやく分かったのだが、どうやら「はんちょうさん」は彼のお母さんらしかった。
帰り道、「いずみ」と沢山お話をした。というより、一方的にまくしたてられた。名前の漢字が難しくてまだ「石」しか書けないとか、テレビのこのアイドルが可愛いとか、そんなとりとめもない事を沢山沢山、話してくれた。愁はそれを、頷きながら聞いていた。時々質問されては答えるのに難儀したのだが、「いずみ」は愁が話すまで待ってくれた。だからちゃんと会話が続いて、同い年の子とこんなに沢山お喋りをしたのは愁にとって初めてだった。
「じゃーなしゅう! 明日なー!」
「……じゃあね」
近いからと言って家まで送ってくれた「はんちょうさん」と一緒に、「いずみ」は愁の家とは反対方向へ帰って行った。愁は玄関前で控えめに手を振りながら二人を見送る。二人の姿が曲がり角で見えなくなってから、愁は思わず胸に手を当てた。心がぽかぽかして、なんだかとても良い気持ちがする。今までに感じた事のない、不思議な感覚。お父さんやお母さんと一緒にいる時のようで少し違う、そんな感覚。
今度こそ、大丈夫。だった。かもしれない。
「ただいま!」
そう言いながら玄関のドアを開ける声はなんだか弾んでいて、不思議といつもの自分の声ではないように聞こえた。
春の音(再録)(虎石と空閑)
虎石の誕生日ネタ。
二期が始まる前どころか二期発表前に書いた物なので諸々実際の設定と矛盾がありますが気にせず読んでください。
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新学期が始まって数日が経過した。
ミュージカル学科としての新しいクラス、ミュージカル学科としての新しいカリキュラム。まだ慣れてはいないし、新しい華桜会にもまだ慣れない。
とは言え、これまで一年同じチームとして過ごした仲間や小学生の時から一緒の幼馴染みもいる。これから夢に向けてまた新しい生活が始まるのだ。
……などと言えば、聞こえはいいのだが。
「流石のオレも疲れたっつの…………」
放課後、旧校舎の廊下を歩きながら虎石はぐったりと肩を落とした。
「ったく、先輩人使い荒すぎ……たまたま遭遇した学科生が俺だからって……」
本日たまたま日直だった虎石和泉は、放課後が始まってすぐの時間に先生から頼まれた雑用を手伝っていた。それも終わってさて帰ろうと教室に戻ろうとしていたら、新しい華桜会の先輩に遭遇してしまった。そしてその先輩にちょうど良かったと華桜館へ連行され、またもや雑用を手伝わされた。ようやく全部の手伝いが終わって気が付いたら窓から差し込む光はわずかに橙を帯びている。
先輩に連行される前に一緒に寮に帰ろうと思っていた幼馴染みにはメールを飛ばしたし、もうとっくに帰寮しているだろう。今日の放課後はバイトがないと言っていたから、中学ぶりに一緒に帰れるかと思ったのだが。
「そもそもなんで俺なんだよ……絶対サラブレッドの方が向いてるっつの。今度からそう言って断ってやろーかな」
ぶつぶつ呟いてもどうにもならないし月皇にはとんだとばっちりなのだが、虎石は新校舎の教室に置いた鞄を取りに行くために少しだけ足を早めた。
ふと、耳を優しい音が撫でた。
「……?」
立ち止まって耳を済ますと、ピアノの音が聞いたことのないメロディに乗せて聞こえてくる。明るく弾むようなメロディを奏でる、優しくて温かなピアノの音。聞いたことのない曲だが、このピアノを奏でている男には心当たりがある。
音楽室だろうと検討をつけ、虎石はそちらへと方向転換した。音楽室がいくつも並ぶ廊下を歩きながら、音の出所の音楽室を探す。果たしてそのメロディは、廊下の一番奥の音楽室から聞こえていた。
そっと扉を開ければ、グランドピアノの前に座って鍵盤を叩く、虎石と同じ制服を着た男が一人。
虎石は何も言わずに中に入ると部屋の隅に固めて置いてある椅子を一つ持ってピアノの前まで歩いていく。ピアノの横に椅子を置き、座り込んでピアノの奏者を見上げる。
いつもの強面とはだいぶ違う、柔らかくて穏やかで優しい表情で、幼馴染の空閑愁がピアノを弾いていた。
虎石は、空閑のピアノが好きだ。中学に上がるまで音楽なんてさっぱり分からなかったけれど、小学生の時、放課後に音楽室で空閑が弾くピアノを初めて聞いた時、その音色は特別だと感じたことは覚えている。それからずっと、どんなピアノの音を聞いても、虎石の中で空閑のピアノは一番の特別だった。
空閑が今弾いているのは虎石が初めて聞く曲だ。明るくうきうき弾む、春風に舞う桜の花びらと満開の花畑のような、まさしく今の季節にぴったりの曲だと思いながら自然と虎石はリズムに合わせて体を揺らした。
空閑は虎石に気付いているのかいないのか、ピアノから視線を上げようとしない。虎石も声を掛ける事はせず、黙ってピアノに聞き入る。視界の隅で、僅かに開いた窓から吹く温かな風でカーテンが揺れる。
それからどれくらいの時間ピアノを聞いていただろうか。
弾き終わり、ようやくピアノから顔を上げた空閑が虎石を見た。
「お疲れさん、虎石」
「どーいたしいまして」
「災難だったな、誕生日だってのに」
「全くだっつの」
「ほらよ」
体を屈めて椅子の足元から空閑が拾い上げたのは、虎石の鞄だった。
「おっ持って来てくれたの?! サンキュー愁!」
「教室に置いとくわけにもいかねえだろ……さっさと帰るぞ」
立ち上がってピアノの鍵盤にカバーをかけ、蓋をする空閑。虎石も立ち上がると、自分の椅子を片付けて開いている窓を閉める。片付けをそそくさと終えると、鞄を持って二人は音楽室を後にした。
「なあ愁、さっき弾いてた曲何?」
「あれか? 俺も詳しくは知らねえけど、アニメの曲だそうだ。うちのバイト先の常連のじいさんのお孫さんが好きな曲なんだそうだ。今度連れて来るから弾いてくれないかって頼まれた」
「へえー。元の曲知らねえけど良いアレンジだったぜ」
「それはどうも」
廊下の窓から差し込む光はいつの間にか夕陽の色になっている。玄関まで降りてしまえば、寮まですぐだ。校舎を出ると同時に目に飛び込んできたオレンジ色の空に、虎石は思わず目を細めた。
「てか愁、わざわざ俺の事待っててくれたわけ?」
「まあな」
「可愛い事してくれんじゃ~ん」
嬉しくなって思わず肩に手を回すと、「やめろ気持ち悪ぃ」と言いながらも振りほどきはしないのが愁の良い所だ、と虎石は思う。
「帰る前にどっか寄る?」
「いや、今日は直帰する」
「お?」
空閑が虎石の顔を見た。その目は少し楽しそうに、そして悪戯な子供の様に光っている。
「だから寄り道はナシだ。勿論お前もな」
「……へえ」
虎石は思わずにやりと笑みが浮かべた。胸が弾むように浮き立つのを感じる。ういや今日は終礼の後でやけに星谷や辰己達が帰るのが早かったなあ、昨年の今日はまだここじゃ愁以外俺の誕生日知らなくて愁にしか祝ってもらえなかったなあ、なんてことを思い出し。
「んじゃ、楽しみにしとこうかな」
今日の夜はデート入れなくて正解だったかもな、と思わず笑みを深める虎石だった。
Spring has come(再録)(空閑と虎石)
空閑の誕生日ネタ。
空閑父の多大な捏造をしています。
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April 2 -16 years ago-
僕は手元のビデオカメラ越しに花瓶を映しながら、ピントを調節する。
「うーん……これで大丈夫かな」
綺麗な紫をしたガラスの花瓶と、そこに生けられた白いアネモネが、画面にくっきりと映る。
正直まだ扱い慣れていないけど、今日のために買った最新式のデジタルビデオカメラだ。
「……よし」
少し緊張しているのか、出した声はちょっとだけ震えている。録画開始、赤い丸が描かれたボタンを押す。
「……2000年、4月2日、日曜日。午後9時25分」
カメラを持ち替えて、レンズをアネモネから僕の顔に向ける。
「こんばんは! いや、こんにちは、かな? おはよう、かも。まあいいや。僕の名前は……」
名前を名乗って、簡単な自己紹介をする。ちゃんと映っているのか心配だけど、僕はにっこり笑いながら、16年後にこのビデオを見ることになる男の子に向かって、喋り続ける。
「驚いた? 今日は、今の僕の家族を君に紹介したくて、このビデオを撮影しています。これを見ている君の知ってる家族と、少し違うかな。今の僕はまだまだ平社員だし、僕の奥さん……君のお母さんは君の面倒を見るので精一杯だしね。それじゃ早速だけど、僕の家族がいる部屋に行きまーす」
ビデオカメラを元の持ち方に戻して、僕は奥さんと、僕達の宝物がいるであろう部屋に向かった。
こんこん、とドアをノックすると、そっとドアが開いて僕の奥さんが顔を覗かせた。
「寝てる?」
「もう寝てる」
奥さんは僕のビデオカメラを見てふふ、と楽しそうに笑った。
「これ、この前言ってたやつ?」
「もうカメラ回ってるよ」
「やだ、お化粧しておけばよかった」
「入るよ」
「寝てるから静かにね」
足音を立てないよう静かに部屋に入る。小さな明かりだけが灯った小さな部屋には、僕と奥さんが寝るそれぞれの布団が敷かれ、その横には小さなベビーベッドが置かれている。
僕はベビーベッドまで歩いていき、その中をカメラで映す。
「はーいこちら、今日1歳になった愁君でーす」
ベッドの中で小さな手足を丸めてすやすや眠っている男の子が、そこにいる。
「起こさないでね、さっきようやく寝てくれたんだから」
「分かってる」
ベッドで眠っている愁に掛けられているのは、飛行機や車がいっぱいにちりばめられたタオルケット。枕元には、僕がオーストラリアからの出張でお土産に買ってきた大きいワニのぬいぐるみ。顔が怖いと奥さんには不評だったけど、愁はとても気に入ったらしくていつも一緒に寝ている。
その横には、今日誕生日を迎えた愁へのプレゼントの、熊のぬいぐるみが置いてある。
「最近の愁は、掴まり立ちが出来るようになって、言葉もちょっとずつ喋るようになりました」
「ご飯の好き嫌いもないの、偉いでしょ」
僕と奥さんで二人並んで、ベビーベッドの柵にそっともたれながら16年後の愁に向けて、今の愁のことを話す。
「愁が初めて話した言葉は『パパ』で、」
「何言ってるの、『ママ』でしょ」
16年の僕達は、どんな家庭を築いているんだろう。そこに、今の3人家族は揃っているのだろうか。もしかしたら、増えているのかもしれない。減っている……なんてことは考えたくないけど、もしかしたら、なんてこともある。僕みたいに海外を飛び回る仕事だと、特に。
「……な、愁」
そっと手を伸ばして、愁の頬に触れる。
「大きくなったなあ……」
持ってようか? と聞かれたので、僕は奥さんにビデオカメラを渡す。そして、ベッドからそっと愁を抱き上げる。
出張で家にいないことが多くて、出張してない時も帰りが遅くなりがちな僕が自然と身に付けてしまった、寝ている愁を起こさない抱っこ。
「……もっと君達の傍にいてあげたいんだけど、ごめんね。でもお父さんは、その……」
ビデオカメラを持った奥さんがにこにこ笑いながら僕と愁を撮っている。ああ、流石にちょっと恥ずかしい。恥ずかしいけど、きっとこれを見る16年後の愁はもっと恥ずかしい。きっと16年後の僕も、めちゃめちゃ恥ずかしくなる。だったらどうせなら、思い切り恥ずかしいことを言ってやろう。
恥ずかしいけど、今の僕にしか言えない言葉を。
「愁、君が生まれて、今日で一年が経ちました。僕もお母さんも初めての子育てで、大変です。僕は休みの日しか子育て出来なくて、お母さんにはとっても大変な思いをさせてしまっています。お仕事も大変だし、明後日からまたアメリカに出張です。また一週間、君達に会えなくなります。寂しいけど、君達の為だと思えばいくらでも元気が湧いてきます」
ゆっくりと、ゆりかごのように体を揺らす。愁はすやすやと、気持ち良さそうに眠っている。
「……僕は、君と、君のお母さんに出会うために生まれてきたのかもしれないって、最近本気で思います。一年前に君が生まれた日、君はとっても小さかった。今よりずっと軽かった。それでもしっかりした重さがあって、僕はこの命の為に生まれてきたんだって……思った」
胸の奥から愛おしさがいっぱいに溢れ出してくる。
愁にそっと頬を寄せると、その温もりを頬で感じる。
「な……愁、君は、僕達の宝物だよ……」
今の君に。そして、まだ見ぬ17の君に。
「……生まれてきてくれて、ありがとう……」
翼の生えた少年に休息を(再録)(空閑と鳳)
授業がいつもより早く終わり、同じクラスの月皇は教室の清掃当番ということで空閑は一人でteam鳳のレッスンルームに向かった。レッスンが始まる前に少しピアノに触っておこうと思ったのだが、まだ授業中の時間にも関わらず、レッスンルームには既に先客がいた。
「あれ? どうしたの空閑。授業は終わったのかい?」
床に置いた椅子に座り、長い脚を持て余すかのように組んで手にした書類を読んでいるのは、team鳳の指導者である鳳樹だった。
「いつもより授業が早く終わったので。月皇は清掃当番です」
「ああなるほど。俺も今日は六限目の授業がなくってね……あ、ピアノ弾く?」
「はい」
空閑はそそくさとジャージに着替え、舞台上のアップライトピアノの前に座った。
いつものように軽く指を温めてから、弾き始める。ショパンのノクターン第20番。アルバイト先のカフェレストランで、弾いて欲しいと店長にリクエストされた曲だ。なんでも、空閑の演奏を気に入った常連がこの曲を弾いて欲しいとリクエストしてきたのだという。
空閑にはそれほど難しい楽譜ではない。しかし少しでも加減を間違えると曲の持つ繊細さが損なわれてしまうので、打鍵の力がどうしても強くなりがちな空閑にとっては細心の注意を払って演奏する必要もある。そのため、最近ピアノを練習する時は専らこの曲だった。
一回通して弾いてから、気になった箇所をもう一度弾き直す。それをなんどか繰り返していると、黙って空閑の演奏を聞いていた鳳が「あのさ」と空閑に声を掛けた。
「空閑、昨日何時間寝た?」
突然の質問に戸惑い、ゆっくり瞬きをしながら、空閑は昨日のスケジュールを思い出しながら答える。
「四時間……だと思います」
「よく倒れないね……いや、皮肉じゃないよ。ちょっとこっち来てみて」
鳳は椅子から立ち上がり、空閑を手招きする。空閑はピアノの前から立ち上がって舞台から降り、鳳の前に立つ。
鳳は少し身を屈めて空閑の顔を覗き込んだ。
「うーん……顔色が少し良くないんじゃない? 隈も出来てるし」
「……そう、ですか」
つい昨日、幼馴染からすれ違いざまに全く同じようなことを言われたことを思い出して少しどきりとする空閑。
空閑の顔を覗き込むのをやめた鳳は顎に手を当てて少し黙り込み、「お前がバイトで忙しいのは分かってるし、止めようとは思わないけどね、」と前置きしてからこう言った。
「お前はもうちょっと休んだ方が良い。頑張るための休息を疎かにしてちゃ、頑張ることも出来ないよ」
空閑が密かに気にしていたことを、ずばり言われる。体を壊さないように、無理するな、空閑の状況を知る周りの人間からはほとんど必ず言われる言葉だ。
そんなこと空閑も分かっている。けれど頑張ることをやめるわけにはいかなかった。だから頑張り続けるしかない。心のどこかに確かにある、このままだと壊れるんじゃないか、本当にこのままで大丈夫なのかという不安と戦いながら。
「……どうして急に」
鳳は肩をすくめた。
「ピアノを聞いてなんとなく思ったってだけ。でもお前は頑張るのをやめたくはないだろう? とりあえず今だけでもちょっと寝たらどうだい。星谷達が来そうな時間まであと三十分はある」
いきなりすぎる鳳の言葉にきょとんとする空閑。鳳はウインクしながら空閑の頭を撫でた。
「いい年してって思うかもしれないけど、お昼寝はいいものだよ、ボーイ」
鳳の優しい声と共にぽんぽんと頭を撫でられるうちに、無理に忘れようとしていた眠気が少しずつ空閑の意識の片隅で主張し始めた。
無理するなと言ってくれる人がいるのだから、少しくらい甘えたって良い。いつもより少し早く終わった授業のお陰で出来た自主練の時間だ、体を休めるのもまた舞台人に必要になることだ。
そう思っただけで、急に肩の力が抜けた。
「……それでは、遠慮なく寝かせてもらいます」
欠伸を噛み殺しながら言うと、鳳は目を細めて笑った。
「タイミング見て起こすから、今はぐっすり寝なよ」
空閑はレッスンルームの壁際へ移動するとジャージの上着を脱いで丸め、枕替わりにして床に寝転んだ。レッスンルームの床は当然固いが、そんなことも気にならない程に柔らかな眠気と安心感が空閑を包み込んでいた。
「……おやすみ、ボーイ」
意識を手放す直前に聞こえた鳳の声が何故だか、ぼんやりとしか覚えてない筈の父親の声に聞こえた気がした。
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先輩にほんのり父性を感じる空閑とか良いと思います
夏色模様(再録)(空閑と虎石他)
合宿の合間のあれこれを空閑虎石中心で考えてました。
なゆかわいい。
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「お醤油が無くなりそう……」
昼食を終えて片付けをしていると、冷蔵庫の中身をチェックしていた那雪が呟いた。
「ええっ、もう?早くない?」
皿を洗っていた卯川が言うと、「毎食12人分作ってるしね……」と那雪は苦笑する。
「とりあえず、明日の朝までの分は必要かも」
「チーム柊は、今日は五時には練習を終えます。緊急で必要なら誰かに買いに行かせましょうか」
卯川と並んで皿を洗っていた申渡が提案すると、那雪は少し考え、
「その時間にはうちのチームも練習終えてるから……うん、じゃあ誰かに買いに行ってもらおうか」
***
「という訳で麓のコンビニかスーパーまで誰かに醤油を買いに行ってほしいので、じゃんけん大会をやりまーす!」
夕方五時過ぎ。稽古部屋の舞台に上がった那雪は、マイクを握ってチーム鳳・チーム柊のメンバーにこう宣言した。
「鳳先輩とじゃんけんをして、最後まで勝ち残った人にはお金を渡すので、お醤油の一リットルボトルを一本買ってきて貰いまーす!」
「はいはい那雪、しつもーん!」
「何かな星谷君?」
「醤油買った人に何かご褒美ある?!」
「明日の夕飯、好きなメニューを僕に注文出来まーす!」
「おおー!」
一斉に色めき立つ、那雪に胃袋を握られている男子高校生達。主に星谷と戌峰。
「それじゃさっさと買ってきて欲しいので、鳳先輩お願いします!」
傍らに立つ鳳にマイクを渡し、舞台から下りた那雪は星谷の横に立つ。
マイクを受け取った鳳は、壇の下の後輩達にウインクひとつ。
「オーケー那雪。それじゃボーイズ、行くよー。じゃーんけーん……」
最後まで勝ち残ったのは、若干眠そうな顔をしている空閑だった。
「空閑いいなー!」
星谷が心底羨ましそうに言うと、月皇が呆れたように「お前は小学生か……」と突っ込む。
「だって那雪に好きなご飯作って貰えるって最高だろ?」
「……まあ、それは悪くないよな」
天花寺が思わず同意の呟きを漏らす。
「それじゃ空閑君、出掛ける準備してくれる?五時二十分に玄関ホール集合ね」
那雪に言われ、空閑はこくりと頷いた。
そしてそんな空閑を心配そうに見るチーム柊メンバーが一人。
「虎石、どうかしたのかい?」
辰己に声をかけられ、虎石は「いや、別に……」と頭をかく。
「ただあいつ、方向音痴だからさ……大丈夫かなって。まあでも、流石にもう高校生なんだし大丈夫か……」
すると辰己は「そうかな」と首を傾げた。
「あんまり大丈夫じゃないんじゃない?この辺り、熊出るみたいだよ」
「それじゃ空閑君、お願いね」
練習着から外出用の私服に着替えた空閑は、玄関ホールで那雪と落ち合わせた。那雪からトートバッグと合宿時専用の財布を渡される。
「念のため、これも持っていってください。熊避けの鈴とこの辺りの地図です」
続いて、那雪の隣に立つ柊から銀色の大きな鈴と折り畳まれた紙を渡される。
「……熊防止の柵も直しましたし、麓まで出ることは殆どありませんが、念のため鞄に付けておいてください。それにここから最寄りのコンビニやスーパーまではかなり歩きますし、人通りも多くはありません。くれぐれも舗装された道から外れないように」
空閑が地図を広げると、インターネットから印刷したと思われるこの辺りの地図に、屋敷・最寄りのコンビニ・最寄りのスーパーにピンクの蛍光ペンで丸が付けてあった。
「ありがとうございます」
「それじゃ、一リットルボトルで一本、お願いね」
「分かった。それじゃ行ってくる」
空閑はトートバッグの持ち手に熊避けの鈴を付け、地図を手に踵を反そうとした。すると、
「ちょーーーーーーっと待った!!」
ドタドタと言うと足音と共に、声楽科でありミュージカル学科候補生故のよく通る声が玄関ホールまで届く。
「……」
空閑はよく聞き知った声に少し眉をひそめ、思わず足を止めた。
「?」
那雪は驚いて声のした方を見るが、柊は声のした方を見向きもせず呆れたように息を吐き出す。
「なんですか、騒がしいですよ虎石君」
「すんませんっ!」
階段を駆け下りて来たのは、今頃は他のメンバーと一緒に入浴中な筈の虎石だった。
「愁、俺も行く!」
「え?虎石君も?」
那雪が首を傾げると、虎石は勢いよく空閑を指差す。
「こいつ、方向音痴なんで!」
「え、そうなの空閑君?」
「……地図くらいなら読める」
「東と西を右と左で覚えてるようなやつが言っても説得力がねーし、だいたいそう言って昔何回道に迷ったよお前!そんで俺が何回探しに行ったと思ってんだ」
「お前が言うほど多くねえ」
「いや絶ッッッ対忘れてるだけだっつの」
那雪はきょとんとしながらも空閑と虎石の間でしばし視線を往復させ、
「空閑君、ちょっと地理弱いなって思ってたけどそっか……そうなら早く言ってくれればいいのに」
そしてにっこり笑い、虎石に向き直った。
「それじゃあ虎石君、空閑君と一緒に行ってくれる?」
「任せろ」
「そうですね、一人で行くよりは二人の方が安全です。頼みましたよ虎石君」
柊の言葉に虎石はびしっと敬礼。
「了解っす」
「勝手に来といて何言ってんだお前」
「お前には言われたくねぇよこの方向音痴。それじゃ行ってきまーす!」
「……行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
「気を付けるように」
那雪は手を振って、柊は腕を組んで、玄関から外へ出ていく空閑と虎石を見送ったのだった。
さて、屋敷から一歩外に出た幼馴染み二人。空閑は合宿初日に歩いて来た道を下りながら、虎石を横目で睨んだ。
「……お前な」
「はいはい悪かったって」
「もうガキじゃねえんだぞ」
「それ中二の時にも聞いた」
やたら細かいことを覚えている。普段甘えてきてばかりのくせに変にお節介な幼馴染みに、眉間に微かな皺を寄せる空閑。虎石はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「この辺熊も出るって話だし、二人で行くに越したことはねーだろ」
「お前のチームメイトのことか?」
「あいつは熊っつーか犬だから」
軽口を叩き合いながら歩く山道は、強い夏の日差しのほとんどが木々を通して柔らかく、空気は清涼で、心地よく澄んでいる。時折吹く風は、練習を終えたばかりで少し汗ばんでいる体を心地よくクールダウンさせてくれる。
虎石は深呼吸し、それから大きく伸びをした。
「しっかし山の空気ってうまいよなー」
「だな」
「やっぱすげーんだな、柊先輩の家。この辺すごい別荘地だし、この山全部柊家の物らしいぜ」
「山もなのか」
一歩踏み出す度にトートバッグに下がった熊避けの鈴が大きな音を鳴らす。虎石はそれも気にせず喋り続け、空閑は適度に相槌を打つ。
山を下りたところにあるコンビニまでは歩いて二十分かかる。二人は時々地図を確認しながら、装され道の脇に柵が立っている道を下って行った。
「そうだ愁、お前明日那雪に何作ってもらうか決めた?」
「決めてねえし決める気もねえ……あいつの作るもんならだいたいなんでも美味いし」
「こ、この贅沢者め……」
料理下手な母親に育てられた虎石は思わず拳を握ってぷるぷる震える。
「お前も合宿中は毎日あいつの飯食えるだろ」
「お前ら毎日あのレベルの飯食ってんだろー?食べ物の味とかまっっっっったく気にしないくせに食事には恵まれてるよなお前……」
「あ、コンビニ」
山をもうすぐ下り終えるところで、よく見慣れたコンビニチェーンの看板が木々越しに見えた。
「醤油、でかいボトルだろ?コンビニにあんのかな」
「見とくに越したことはないだろ」
「それもそうだな」
山道を下りきり、空閑は熊避けの鈴をトートバッグから外して中にしまう。
山道から出れば狭い道路と、道端に看板だけが立っている歩道が二人の前を横切るように延びている。人はほとんど歩いていないし、道路はたまにバスや車が通るくらいだ。
空閑はきょろきょろ周囲を見渡し、コンビニの看板を探す。
「あそこ」
虎石に肩を叩かれ、指差す方を見る。反対側の歩道の、ここから五分とかからないような場所にコンビニが見えた。
「行くか」
「おう」
やたらと広い駐車場併設のコンビニは、別荘地という立地と夏休みという時期ゆえか食材や調味料の品揃えが充実していた。少なくとも、綾薙学園の近くにあるコンビニよりは。
これなら醤油もあるのでは、と期待したものの。
「……ねえな。一リットルボトル」
「ねえな」
「ちっせー瓶ならあるのにな……」
売り切れているのか元々置いていないのか、那雪から頼まれたサイズの醤油は見当たらなかった。
二人はそそくさとコンビニから出ると、駐車場で一旦地図を広げた。
「スーパー行くっきゃないかー……」
「地図だと、そんなに遠くねえな」
「まだ歩くのかー」
「文句言うならついて来るな」
「冗談。お前が心配でついて来たのにお前置いて帰れるかよ」
「全く……」
歯の浮くような台詞だが、本心で言っているのだから手に負えない。
空閑はわざと溜め息を一つ吐き出した。
「さっさと帰って風呂入りてえし、行くぞ」
「おう」
コンビニからスーパーまでは、歩いて十分程度で、醤油も無事に一リットルボトルを一本買うことができた。しかし練習上がりの二人には少々堪える距離を歩いてきたことになる。買い物を終えた二人は少し休憩とばかりに、スーパーの軒下のベンチに思わず座り込んだ。
「あー、流石に疲れたな……」
「だな」
「アイス食いてえ……」
「……」
空閑はジーンズのポケットから小銭入れを出し、中身を確認した。513円。虎石も自分の財布を確認し、空閑の顔を見る。
「買うか、アイス」
至って真面目な顔の虎石に言われ、空閑は頷いた。早く帰って風呂に入りたい、という先の言葉は本心だが、少し疲れが溜まって甘いものが食べたくなっているのも本当だった。
「食いながら帰ろう」
「じゃあ俺買ってくるわ、愁は何が良い」
「安いやつ。何でも良い」
「おっけー」
とりあえず200円渡すと虎石は立ち上がり、またスーパーの店内へ向かって行った。
レジも大して混んでなかったしすぐに戻ってくるだろうと思いながら、ベンチの背もたれに体重を預けて軒下からぼんやりと空を見上げる。空には淡いオレンジ色がかかり始めており、日が沈み初めていることを示していた。
「ただいまーっ」
すぐに戻ってきた幼馴染みの声がしたので顔をそちらへ向けようとすると、
「ん……ッ?!」
ぴた、と頬に冷たい物が当てられた。びくりと肩を震わせると、虎石がニヤリと笑う。
「ほら、買ってきたぜ。あとこれ、お釣りな」
空閑は虎石を睨みながら、僅かに濡れている冷たい水色の四角い袋と小銭を受け取った。虎石は悪びれずに笑いながら、腕に引っ掛けた白いレジ袋から自分の分の袋を取り出して封を開け、水色のアイスキャンディを齧る。
「早いとこ帰ろうぜ、風呂入りたい」
空閑は袋を開けてアイスキャンディーを取り出す。棒を右手で支えながら口にくわえ、醤油のボトルが入ったトートバッグを左肩にかけ立ち上がる。
火照った体にアイスの冷たさと甘さが心地良い。虎石の提案に乗って正解だったと思わざるを得ない。
「袋捨てとくわ」
「頼む」
虎石はレジ袋を綺麗に畳んでジーンズのポケットにしまい、二人分の空になったアイスの袋は近くのゴミ箱に捨てに行って、すぐに戻ってきた。
二人はアイスを齧りながら、元来た道を戻って行く。
暑さも少し緩み始め、アイスを食べながらということもあって二人の足取りは少し軽くなる。
「愁、その醤油重くねーの?」
アイスを半分くらい食べ終えたところで虎石に聞かれ、空閑は「別に」と答える。
「米と大して変わんねえ」
「つっても練習上がりにそれ持って三十分歩くのはきつくね?」
「じゃあお前が持て」
「んー……じゃあ愁、バッグこっちに」
虎石に言われたので、愁はバッグの持ち手を肩から下ろして左手に引っ掛け、虎石に差し出す。すると虎石は自分側の持ち手だけを握り込んだ。
「半分こ」
「小学生か……」
「へへっ」
アイスを食べながら、一つのトートバッグを二人で持つ男子高校生。奇妙な光景だ、と思わざるを得ない。
しかしこういう荷物の持ち方をするのは初めてではなく。小学生の時以来だろうか。
そのままコンビニの前を通り過ぎ、また別荘がある山に戻ってきた。
「よーし!頑張って上るぞ愁!」
やたら威勢良く言いながら、虎石はアイスの最後の一欠片を口の中へ。空閑もアイスを食べきる。
トートバッグにまた熊避けの鈴を付けて山道を上り初めたところで、虎石が声をあげた。
「あっ、当たりだ」
「は?」
「ほら、当たり」
虎石にアイスの棒を目の前に差し出されたので見れば、確かに棒の先に「当たり」の文字が書かれていた。愁はなんとなく自分のアイスの棒を見てそこに何も書かれていないことを確認する。
「良かったな」
「そんな無感動な『良かったな』は初めて聞いた、流石は愁」
「お前レジ袋持ってるだろ、貸せ。棒入れて帰ったらまとめて捨てる」
「はいはい……っと。その前に愁、ちょっといいか?」
虎石が立ち止まったので、空閑も仕方なく立ち止まる。
虎石がジーンズのポケットから取り出したのは、レジ袋ではなくスマートフォンだった。
自身の右腕にトートバッグの持ち手を引っ掛けてアイスの棒を右手に持ち、左手で器用にスマートフォンを操作したかと思うと、
「はいっ愁、笑って」
「は?」
パシャリ。
ぐいと虎石がくっついて来たかと思ったら、いつの間にか虎石の自撮りに巻き込まれていた。
左手でスマートフォンを高く掲げて上手いこと空閑も自撮りに収めることに成功した虎石は、スマートフォンを振りながら「当たり記念」と笑った。
「当たりの文字映ってるのか、それ」
「何言ってんだ。俺の自撮りテクを舐めんなよ?」
「分かったからさっさとレジ袋寄越せ」
スマートフォンをまたジーンズのポケットにしまった虎石からスーパーのレジ袋を受け取り、その中に自分が食べた分のアイスの棒を放り込む。袋をトートバッグに入れるかどうか少し悩んだが、右手に持っておくことにした。
「お前のそれ、どうするんだ」
「んー、どーしよっかなー……」
二人はまた歩き始める。空閑は空の色から、陽がじわじわ傾いてきているのを感じた。山の空気もなんだか先よりひんやりしているように感じる。
「明日にでもまた皆で買い出し行くよな?」
「明日の朝まで用だからな、この醤油」
「その時にまたあのスーパー行くよな……うーんでもなあ。アイスで当たり引くの初めてだしなー。取っとこっかなー」
「……蟻湧くぞ」
「洗っとけば大丈夫だろ……って思ったけど、やっぱ交換するべきか。当たりだしな……」
空閑はぶつぶつ呟きながら考え込んでいる幼馴染みを横目で見ながら、小学生か、という喉まで出かかっている突っ込みを飲み込んだ。
別荘が見えてきたところで、虎石が「よしっ」と心を決めた。
「取っとく。記念に」
「ちゃんと洗えよ」
「分かってるって」
日中の屋敷には鍵がかかっていない。屋敷の玄関前に立った二人は、両開きの玄関扉に一緒に手をかけた。
「ただいまー!っと」
「……ただいま」
「おかえりなさぁ~~~~い♪」
真っ先に返ってきたのは、戌峰のビブラートが効いた無駄によく通る声。そして玄関ホールの階段上まで戌峰が走ってきた。
「二人ともお帰りっ☆」
「戌峰ー、台所まで醤油持ってってくれー。あと財布は柊先輩のところな。お前元気だろ、頼むわ」
虎石がトートバッグを上に掲げて言う。まだトートバッグを持ったままの持ったままの空閑の腕も一緒に上がる。戌峰は「了解っ!」と歌うように言いながら素早く階段を駆け下り、二人からトートバッグを受け取るとまた風のように玄関ホールから去って行った。
「……本当に犬みてーだな。あいつ」
「だろ。世話すんのも一苦労の大型犬って感じ。さて、とりあえず那雪に報告か?」
「そうなるな」
「あー疲れたー、さっさと風呂入りてえー」
そうは言いながらも虎石はしっかりした足取りで、空閑も今となっては、まあいい運動になったかと思う程度の疲れしか感じていなかった。
「那雪と言えばお前、明日の夕飯に何作ってもらうか決めた?」
「そういや決めてねえな……お前何か食いたいものあるか」
「え、俺が決めていいの?!」
「俺は別に何でもいいからな」
「マジでー?やったー何にしよっかなー」
余程那雪が作る食事が気に入ったのか、えらく上機嫌になった虎石。空閑はそんな幼馴染みを横目で見て、少しだけ唇の端を上げた。
方向音痴の自分を心配してわざわざ付いてきた幼馴染みだ、これくらいはしてやっても良いだろう。
そして同時に、自分はつくづくこいつに甘いな、とも思ってしまうのだった。
借りた物は返しましょう(再録)(空閑と虎石)
「あ、これ愁の消しゴムだ」
寮の机の上を片付けている時に出て来た消しゴムを見て、虎石は呟いた。幼馴染みが使っている消しゴムは、自分が普段使っている消しゴムとは違うメーカーのものなのですぐに分かる。とは言え、
「……これ借りたのいつだっけ」
新品同様の消しゴムを目の前に掲げてみるが、分かる筈もない。
そう言えば消しゴムの他にも色々借りていた気がする。そう気付いた虎石は自分の机周りやベッド周りを引っくり返した。引っくり返したところ、
「うわ……めっちゃある」
学校指定の学生鞄がいっぱいになりそうな、いや、学生鞄が閉まらなくなりそうな量の借り物がごろごろと。ペンや消しゴムを初めとした文房具から生活用品、あげく英和辞書やら抱き枕まで。
虎石は床に広げたそれを眺めて頭を抱えたが、すぐに決意した。
「返そう。よし、即刻返そう」
虎石は私物のボストンバッグを引っ張り出すと、幼馴染みから借りた物を次々と放り込んでいった。ボストンバッグはあっという間に満杯になり、持てばその重みをずっしりと手から腕にかけて感じる。
「これで終わりだよな……?」
借りた物は一応全部入れた筈だが、「何か忘れているのでは」という不安感が付きまとう。しかし今はこれを返しに行くのが先だ。そう自分に言い聞かせ、虎石は幼馴染みの寮室に向かうために部屋を出た。
階段を下ろうとすると、ちょうど階段を上がってきたチームメイト兼クラスメイトの卯川に遭遇した。
「あれー、虎石君どこか出掛けんの?そんなデカい鞄持って」
虎石の鞄を興味津々で見る卯川。虎石は肩をすくめた。
「ああ、ちょっと幼馴染みの部屋に借りたもんを返しにな」
「借りた物……え、鞄の中身?」
「そうだけど」
卯川は虎石のボストンバッグに手を伸ばし、ぽんぽんとそれを叩いた。そして、
「うわ何これぱんぱんじゃん」
「思ったより色々借りててさー」
「借りててさー、じゃないでしょ?!こんなに沢山の物借りてて返してなかったの?借りパクでしょそれ!うわ引く!」
「だから今から返しに行くんだよ……じゃあな」
長々と卯川の相手もしていられないので、虎石はひらひら手を振り卯川と別れた。
幼馴染みは同じ寮の別の部屋に住んでいる。部屋の番号は知っているが、実際に訪問したことはまだない。住んでいる階が違う上に生活サイクルもかなり違うので、寮の中で会うこともあまりない。
(えーっと……ここで合ってるよな。空閑愁と月皇海斗……っと)
幼馴染みの部屋のドアの前に立ち、ノックする。
ガチャリと鍵が開く音の後、そっとドアが開いた。
「……空閑に何か用か」
部屋から出てきたのは幼馴染みの方ではなく、月皇海斗だった。
「愁は?出掛けてる?」
「ああ」
「じゃあちょっとお願いしたいんだけどさ、これ愁に渡しといてくんね? 愁に借りてた物なんだけど」
「……?」
ボストンバッグを差し出しながらそう言うと、不思議そう――と言うより不審そうな顔をしてきた月皇。やっぱ怪しむよな、と思いつつ虎石は弁解する。
「別に怪しい物じゃねーって、消しゴムとかシャンプーとか色々入ってるだけだから」
「ますます怪しいんだが……」
「大丈夫大丈夫、愁に渡せば分かってくれるから」
すると月皇ははあ……と溜息を一つ吐き、
「……分かった。ひとまず空閑が帰って来るまで預かっておく」
「頼む。重いから気を付けろよ」
「ああ」
ボストンバッグを月皇に手渡す。月皇がボストンバッグをしっかり持ったのを確認して手を離すと、持ち手がしっかり月皇の手に握られたままどさっと音を立ててボストンバッグが床に落下した。
「?!」
月皇は身を屈めた状態でバッグの持ち手を持ったまま、予想外の重さに唖然としている。
「だから言っただろ……大丈夫か?」
「いくらなんでも重すぎるだろう?! いったい何が入っているんだ」
「だから色々だよ、色々……とりあえず愁に渡しといてくれよ、頼むぜ」
「……分かった」
月皇はなんだか釈然としていない風だったが、虎石は「それじゃ」と部屋の前から立ち去ったのだった。
「さっき虎石がお前に荷物を届けに来た。ベッドの前に置いてある」
「虎石が……?」
バイト先から帰宅するなり、勉強机に向かっていた月皇にそう言われた。空閑は不思議がりつつも二段ベッドの前を見た。なるほど、見覚えのあるボストンバッグが置かれていた。やたらと膨らんでおり、どうにかして口を閉めているといった風だ。
「借りた物を返しに来た、と言っていた」
「……ああ、成る程な」
これまで虎石に貸しては返ってこなかった物の数々を思って納得しながら、空閑はボストンバッグを開けた。興味を隠せないのか、月皇が勉強机からこちらを窺っている。
「……何が入っているんだ?」
「どれも大したものじゃない……これ、受け取っといてくれたのか」
「ああ」
「悪いな、重かっただろ」
「重すぎて呆れたよ」
ボストンバッグに入っていた一通り取り出し、床に広げる。
大きいものは抱き枕から、小さいものは消しゴムまで。シャンプーのような生活用品や携帯電話の充電器、どうして貸したのかもよく覚えていない小型のドライバーセットもある。
月皇が呆れたというのも納得の量の返却物をずらりと並べるとなかなか壮観だった。
空閑はポケットからスマートフォンを取り出すと虎石から返って来た物を真上から撮影し、その写真をそのままLINEで虎石に送り付けた。それからまたスマートフォンをしまい、返って来た物をあるべき場所に戻して行く。するとやたらすっきりしていた自分のスペーズがどんどん雑然としていく。
どうせまたすっきりしていくんだろうけどな、と心の内で呟き。
「これ、返してくる」
すっかり空になったボストンバッグを月皇に見せながら言うと、月皇は一つ頷き、また勉強机に向き直った。
虎石の部屋へ向かって階段を上っていると、階段を下りて来たチーム柊の申渡とすれ違った。
「よう」
挨拶すると、申渡は「どうも」と頭を下げながら返してきた。それから空閑が持っているバッグを一瞥。
「もしや、虎石君に何か用ですか?」
「まあな」
「……成る程。大方、虎石君がそのバッグに入れて君に大量に物を返しに来て君がその虎石君の物であるバッグを返しに行くところでしょうか」
「よく分かったな」
「忘れ物が多い上に明らかに虎石君の私物ではない物を多く所持していましたからね、彼は。忘れ物に気付くとすぐそちらのクラスへ行っていたようですし」
「慣れてる」
「そうですか……いえ、そちらが良いのなら構わないのですが。では、また」
申渡は律儀にまた一礼し、階段を下って行った。空閑は階段を上り切り、廊下を歩いて虎石の部屋へ向かおうとする。しかしあまり広くない筈のフロアで虎石の部屋がどこにあるのか分からず――部屋の番号は知っているのだが――、体感で一フロアを三周ほど。バイト上がり直後の脚に少々堪えると思い始めたところでようやく虎石の部屋を見付けた。
ドアをノックすると、「あいよー」という虎石の声での返事の後にドアが開いた。
「おっ愁!」
「返しに来た」
空のバッグを差し出すと、虎石は「ありがとな」と言いながら受け取る。
「お前忘れ物多過ぎ。少しは遠慮しろ。無理ならさっさと借りたもん返せ」
「いやほんといつもありがとな愁。今度何か奢るわ」
人好きのする笑顔を浮かべる幼馴染の悪びれない様子に、こりゃまた明日にでも同じことをするな、と密かに確信する空閑。
「そうだ愁、お前肉食いたくねえ?国道沿いにあるファミレスが食べ放題やってるらしいんだけど、今度そこ行こうぜ」
国道沿い。ファミレス。食べ放題。しばし記憶を辿り、あそこの茶色い看板の店か、と検討を付ける。信号のすぐ目の前にある店なので、店の前ののぼりや広告なんかも思い出せる。ステーキとハンバーグに、スープやサラダ、パンやライスが食べ放題と謳っていた。
「……悪くないな」
「だろ?お前のバイトも俺のデートもない日に行こうぜ」
そんな日はなかなかない気がするのだが、悪くない提案なので空閑は頷いた。
「そうしよう」
「決まりだなっ!」
「ところで虎石、お前LINE見たか」
「LINE?」
空閑の質問にきょとんとした顔をする虎石だったが、すぐにズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。そしてしばしスマートフォンを操作し、呻く。
「……愁、マジでごめんな……」
「気にするな」
「ドリンクバーも奢ってやる」
「よし」
小さい頃からこの手のやり取りは何度もやってきたとは言えあまりいじるのも可哀想なので満足げに頷くと、虎石はほっとしたような顔になった。そして頭を掻き、
「そうだ愁……こんな時に何だけどよ」
「どうした」
「明日バイク貸してほしいんだけど、お前明日バイト入ってる?」
「……鍵は明後日で良い」
幼馴染の借り癖は、高校生になってもまだまだ治りそうになかった。
終わり……?
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最初に書いた空閑と虎石です。
2015年11月には書いてました。
抱き枕借りパクの意味は未だによくわかりません。
トリック・オア・トリート!(再録)(team鳳)
「トリック・オア・トリート!」
10月31日、チーム鳳の練習に向かう道すがら。
お決まりの文句を言いながら那雪の前に飛び出してみる。那雪は「えっ?!」と目を丸くしたが、すぐに笑って、
「はい、カントリーマ○ム」
鞄の中から、個包装された季節限定のカボチャ味のクッキーを取り出して星谷の手にそっと乗せてきた。
「さっすが那雪!ありがと!」
星谷はもらったクッキーをすぐには食べず、そっとブレザーのポケットに収める。
「どういたしまして。毎年妹に言われるからね……そうだ星谷君、僕からも、トリック・オア・トリート」
「はい!」
星谷は鞄から個包装されたチョコレートクランチを出して那雪に手渡す。包装にはハロウィンらしいジャックオランタンのイラストが描かれている。
「星谷君、もしかしてハロウィン楽しみにしてた?」
「うん!練習忙しくて仮装は出来ないけど気分だけでも味わいたいし!」
「あはは、やっぱりそうだよね」
それぞれ貰ったお菓子をポケットに、二人は笑いながら練習室へと向かうのだった。
「天花寺、月皇!トリック・オア・トリート!」
「僕からも、トリック・オア・トリート!」
自分達より少し早く練習場所に来ていた天花寺と月皇に二人して手を差し出してみると、天花寺も月皇も呆気に取られた顔をした。
「いきなり何なんだ野暮助……」
天花寺がそう言った直後に、月皇が「ああ、なるほど」と呟いた。
「今日は10月31日だったな」
「そういうことか……ったく」
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」
星谷がぐいと掌を皿のようにした両手を天花寺に向かって押し付けると、「わーったよ!」と天花寺が切れ気味に叫んだ。
「仕方ねえな……ちょっと待ってろ」
天花寺は鞄の中を探り始め、月皇も「少し待っていろ」と鞄の中を探り始めた。
星谷と那雪は顔を見合わせ、にやりと笑う。
先に二人の掌にお菓子を乗せたのは天花寺だった。
「ほらよ、これで我慢しろ野暮助」
「……これ……」
「龍角散のど飴……」
渋い色合いの小さな袋に入った飴にしばし神妙な顔になる二人だったが、
「よく効くよね、龍角散のど飴!ありがとう、天花寺君!」
「そ、そうだよな!苦いけど効き目は抜群だよな!」
せっかくくれた物を無下にするわけにはいかなかった。
「ありがたく思えよ、この天花寺翔様御用達ののど飴だ」
そう言って胸を張る天花寺。それを見て何故か悔しそうな顔をしている月皇。
「どうしたんだ月皇?」
星谷が尋ねると、月皇は何故か苦々しげな顔で二人の掌にお菓子を乗せた。
月皇からのお菓子は、はちみつカリンのど飴だった。
「あはは! 月皇も天花寺ものど飴だ!」
なんだかおかしくて、星谷は思わず声をあげて笑う。那雪も口に手を当てて笑い出した。月皇は顔を赤くして腕を組んだ。
「う、うるさい!仕方ないだろう、これしか持ち合わせが……」
「ごめんごめん。はい、お返し」
那雪は笑いながら貰ったのど飴二つをポケットにしまい、クッキーを天花寺と月皇に渡した。
「俺からも!」
星谷もチョコレートクランチを二人に手渡す。
「ったく浮かれやがって野暮助……礼は言っとくぜ」
「あ、ありがとう……」
呆れながらも悪くは思っていないであろう顔の天花寺と、顔が少し嬉しそうに綻んだ月皇。
「あとは空閑だな!」
星谷がわくわくしながら練習場の扉を見ていると、やがて扉が開いて空閑が入って来た。
「空閑!」
「空閑君!」
「?」
空閑が練習場の扉を閉めて四人の方へ歩いて来たところで、
「トリック・オア・トリート!!」
星谷と那雪で声を揃えて空閑の前に手を差し出す。空閑はきょとんとしたように立ち止まった。
「……?」
「今日は10月31日、ハロウィンだ」
月皇が助け舟を出すと、空閑は納得したように頷いた。
「そうか……」
少しだけ困ったような顔になった後、空閑は鞄の中をまさぐった。
「……悪い、これしかない」
空閑が淡々とした口調ながらもどこか申し訳なさそうに差し出したのは、銀紙に包まれた板状のガムだった。
思いもよらない物が出て来て目を丸くする星谷と那雪。
「ブラックミントだ」
淡々とした口調でガムの種類を告げられ。星谷と那雪は顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。
「っははは……なんか空閑らしい!」
「ほんと、空閑君って感じだ!」
「……?」
空閑が不思議そうに二人を見る一方、天花寺と月皇も釣られて笑い出した。
「あはは、はい空閑! これ!」
「僕からも!」
星谷と那雪それぞれにお菓子を渡され、いっそう不思議そうに二人を見る空閑。それから天花寺と月皇を見て、ガムを差し出した。
「お前達もいるか?」
「ああ、いただくよ」
「ほらやるよ」
空閑と天花寺・月皇もガムとのど飴を交換し、五人全員の手の中にお菓子が行き渡る。
「そもそもハロウィンってこういう行事じゃねえだろ……」
天花寺はそう呟いたものの、どこか楽しそうだ。
「いいんだよ、楽しいから!」
星谷が満面の笑みで言ったその時、練習場の扉が勢いよく開いた。
「ボーイズ、Trick or Treat!」
扉の向こうから現れたのは、チーム鳳の指導者にして彼らの先輩である、鳳樹だった。ただし、その顔には顔の上半分を覆う白い仮面を付け、制服ではなく古風な燕尾服を身に纏い上から黒いマントを羽織っている。そしてその手にはやたらと巨大なトランクケース。
「オペラ座の怪人……ですか?」
月皇がそう尋ねると、仮装のテーマを言い当てられた鳳は嬉しそうに頷いた。
「そう。今日はせっかくのハロウィンだからね。稽古開始時刻よりまだ早いけど、ちょっとだけ準備に時間をかけていつもと少し変わったレッスンをしようじゃないか」
「変わったレッスン、ですか?」
星谷が首を傾げる。鳳は仮面の下でにやりと笑い、トランクケースを床に置いた。
「さあボーイズ、この中から好きな衣装を選んで!」
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
初めて書いた星劇二次創作。
2015年10月末に書いたものなので、放送初月中には書いたことになります、早い。
1期作中のリアル10月がハロウィンどころじゃなくなるとは思いもしませんでした
そして星は最後まで瞬く(再録)(サリエリ)
二部一章ネタバレです。
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【一心と竜弦】カウントダウンのはじまり
「九年前」の竜弦の話。一心視点。ちょっと暗い。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
一ヶ月ぶりに会ったその男は、黒崎一心の目には酷く憔悴しているように見えた。
「よう!」
でかい声で呼び掛けながら近付くとじっとりした目で睨まれた。青白い顔、こけ気味の頬、目の下の隈、スーツの下からでも分かるやせ細った体躯、そして体の重心が安定していない。不健康の権化だなこりゃ、と内心溜め息をつきながら自販機で買った温かい緑茶のペットボトルを差し出す。
「元気そうには見えねーな」
「…………」
渋々といった感じでペットボトルを受け取られる。
学会の後の懇親会……という名のパーティでこの顔馴染みの姿が見えないので探しに来てみれば、会場の複合施設の中庭のベンチでぐったりと座っていた。
人付き合いを面倒がる癖に上司に呼ばれればすぐ向かえるようにここにいるんだろう。こいつらしいな、と思いながらその隣に勝手に腰掛ける。
「講演お疲れさん、石田」
「……大したことではない」
「何言ってんだ、お前の歳で講演任されるなんて大したことだろ」
それどころじゃなかっただろうにな、と心の内で付け加える。
自分が百年以上生きている事を差し引いて人間の尺度で見ても、目の前で憔悴している石田竜弦という男はまだ若い。正式に医者になったのだってまだ三、四年前というところだ。
そしてこの男はつい半年前に妻を亡くしている。一人息子のこともあるだろうし、他にも色々と背負い込む羽目になっている。自分も似たような状況ではあるが、この顔馴染みが会う度にやつれていくのは見逃せなかった。
「随分やつれたな。ちゃんと寝てるか?」
「毎日三時間は寝ている」
「それは寝てるとは言わねえ」
「時間が足りない。そうでもしなければ……」
「その前にお前が潰れるぞ。お前が潰れたら雨竜君はどうなる? うちの長男と同い年ならまだ小学三年生だろ」
「…………」
痛いところを突かれたように竜弦は黙り込む。この男も頭では分かっているのだ。それでも焦りが彼を掻き立てている。
「体の不調があったりは?」
「生憎、体だけは昔から丈夫だ」
「そいつは良かった。だがもうそろそろ若さで無茶出来る歳じゃねえだろ」
「……それでも、私しかいない」
「……ああ、そうだな」
自分を相手にしているというのに暴言も辛辣な言葉も飛んで来ない。こりゃ相当参ってるな、と一心は判断を下す。
それでも死神の力を失っている自分に出来る事など、適度にガス抜きをさせてやることくらいなのだ。余計なお世話かもしれないが。
竜弦が受け取ったまま手に持っているだけだったペットボトルのキャップを開けようとする。余程手に力が入らないのか、少し手間取った挙げ句になんとか開封して一口だけ喉に流し込んだ。
「……お前今日車か?」
「タクシーだ」
「うっわ、金ある……」
「車がどうかしたか」
「いや、それじゃハンドル握るのも怪しいだろ」
「今日は調子が悪いだけだ」
「どうだかなあ……調子悪けりゃいつでもうち来い、診てやるよ」
「……夕べ、夢を見た」
「は?」
リアリストの極地にいるような眼の前の男が突然夢の話など始めるものだから、一心は目を丸くする。竜弦は地面のどこか一点を見つめながら独り言のような口振りで続けた。
「……雨竜を殺す夢だった」
竜弦は、言葉を失った一心を見ない。
「目が覚めて、真っ先に雨竜の霊圧を確認した。雨竜は部屋で寝ていて、朝になるときちんと起きて学校に行った。……それでも、夢で私は一度息子を殺した。この手で……」
竜弦な両手を組んで俯き、ペットボトルを強く握り込む。ペットボトルが僅かにへこむ音を立てた。絞り出すような震える声は懺悔のようだった。
「私はあいつが無事で安堵した筈だった、雨竜だけでも無事で良かったと、そう思ったはずだった。叶絵が倒れてからは毎朝雨竜に異常がないことを確認した、叶絵が死んだ後も雨竜が生きているならば叶絵の思いは無駄にならないと、何事にも関わりなく真っ当に生きて欲しいから霊力を奪おうとすら思った、それなのに……」
「なあ石田、夢の中のお前は、雨竜君を殺した後どうなった?」
一心がなんとか尋ねると、静かに答えた。
「死んだ。……自分で自分の大動脈を切って、死んだ」
「……そうか。夢の中のお前は、自分を許せなかったんだな」
「…………」
竜弦は黙りこくる。一心はひどく小さく見えるその背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「お前はちゃんと戦えてる」
「夢で息子を殺した男がか」
「夢は夢だ。その夢を見た自分をお前は許せない、今はそれでいい。後は自分でしっかり解決しろ」
「……宗弦が言っていた。雨竜はこのままだと、私に並ぶ滅却師になると。……突然変異的な天才だと」
「それが嫌なんだな、お前は」
「叶絵が倒れてから、何度も雨竜から霊力を奪おうとしたが、出来なかった。封印しようとしても効果はなかった。そうしている間にも雨竜は滅却師として確実に能力を身に付け始めている」
「……子供の成長ってのは、俺らが思ってるよりずっと早いもんだ。どう向き合うかきちんと考えた方がいい」
「……どう向き合うか、か」
あらゆる能力はひどく優秀でありながらひどく不器用なこの男のあり方を、一心は嫌いになれない。きっと「九年後」に迫ったタイムリミットまで人知れず死に物狂いで戦うつもりなのだろう。誰にも頼らず、たった一人で。だからこそ放っておけないと思うし、既に潰れかけているのを何とか支えたいと思う。
無論、死神の力を失っている自分に出来る事はひどく限られているが。
「ようし石田、パーティーフケてラーメンでも食って帰るか!」
そう高らかに宣言してベンチから立ち上がると、竜弦は深々と溜め息を吐き出してから顔を上げて冷たい目で一心を見た。
「学生か貴様は。……生憎、私はお前と違って病院の経営者一族の人間としてある程度挨拶回りや情報交換の必要がある。帰るならお前一人でさっさと帰れ」
調子が戻ってきたみてえだな、とニヤニヤ笑うと「気色が悪い」とばっさり斬られた。
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このおっさん二人の関係性が好きです。
ホームシック(再録)(ノバとガーディアンズ)
DWA時空のノバとガーディアンズの話。
DWA時空クィルの過去は映画とだいたい同じだと思ってます。他にも色々原作設定とか借りつつ捏造してます。
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再来週の水曜の夜に流星群が見れるらしいんだ。東京からでもはっきり見えるみたいだよ。
地球とは似ても似つかない色をした空の中を飛ぶ宇宙船の光の航跡に、そう言って柔らかに笑った親友の顔をふと思い出した。
「おいノバ!どこ見てやがる!」
「うお?!」
ロケット・ラクーンの叱責に、ノバは我に返った。それと同時に、ガモーラのするどい蹴りがノバの腹に食い込んだ。地球に比べると僅かな重力しかない星ゆえ、ノバはガモーラが蹴った方向へと真っ直ぐに吹き飛ばされ、近くに転がっていた大きな岩に勢いよく叩き付けられた。
「いってえ……」
思わず声を漏らすと、ガモーラの鋭い声が飛ぶ。
「注意力散漫。私が敵だったら死んでた」
「どうも……」
腹をさすりながら立ち上がると、ガモーラは呆れたように肩をすくめた。
「今日はずっとそんな感じね、ノバ。少し頭を冷やしなさい」
「はいっす……」
「準備が出来たら呼んで」
それだけ言うとガモーラは踵を返し、ミラノ号の方へと歩いて行った。
ノバは肩を落として一つ、溜息を吐く。
「おい、どうしたんだよ今日は」
「私はグルート……」
ノバとガモーラの戦闘訓練を傍で見ていたロケットとグルートが見兼ねてノバに歩み寄って来た。
「いつもの無駄に暑苦しいやる気はどうしたよ」
「私はグルート」
「うーん……」
二人にそう聞かれても、なんと答えればいいものか分からない。ノバは首を傾げた。
「なんか今日調子出ないんすよね……」
「おいおい、ヴィランどもはこっちの調子なんてお構いなしなんだぞ?寝起きのクィルじゃねえんだからもっと気合入れろ」
腰に手を当てて偉そうに言うロケットに、グルートがにこにこ笑いながら続けた。
「私はグルート」
「うるせえぞグルート!俺は別に良いんだよ!」
顔を赤くして怒り始めたロケットと、楽しそうに笑って受け流しているグルートを見て、ふとノバの脳裏に過るものがあった。
実は、来年からイギリスに留学しようかなって思ってて。ほら、天文物理学の権威のエリック・セルヴィグ博士っているでしょ……。
大学のキャンパスで親友が笑いながらそう言ったのを聞いたのは、いつのことだったか。
「先輩」
「だからあの時の話はするな!」
「私はグルート」
「お前だって寝てる時はあほみてーな面してるじゃねーか!」
「あの、ロケット先輩……」
「あ?!」
その剣幕に怯みながらも、ノバは恐る恐る言う。
「俺、スターロードと話がしたいんで、一旦失礼します」
ロケットは怪訝そうな顔をしたが、すぐにひらひら手を振った。
「おう、行って来い」
ノバは先程ガモーラが歩いて行った方へと飛んで行った。ミラノ号の乗降口から船内に入ると、スターロードの姿を探した。
ミラノ号は外から見れば小さいが、中は意外と広い。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの五人が住むには少し狭いような気もするが。果たして、スターロードは船の底の居住スペースにいた。テーブルの上に展開した銀河の地図のホログラムを見ながら、ドラックスと額を突き合せて何か話し合っている。
「スターロード」
声を掛けると、スターロードが振り返る。木・アライグマ・宇宙人・宇宙人という、地球人のノバからすれば独特の外見をしているガーディアンズの他のメンバーとは異なり、スターロードの外見は地球人である。実際は宇宙人と地球人のハーフで(これはスターロード自身もよく分かっていないようなのだが)、地球よりも宇宙で生きた年数の方が長いらしいが。
とは言えノバは、年長者として、そして宇宙をホームグラウンドとする地球人ヒーローとしてスターロードのことを尊敬していた。スターロード達は、ついさっきまでやっていた戦闘訓練のように、ノバに様々なことを教えてくれた。宇宙での戦い方、宇宙に存在するいくつもの国家、宇宙に存在する大きな脅威、そして宇宙で活躍するヒーロー達のこと。ノバはつい一年前まで、地球外に自分のようなヒーローがいるなんて知らなかった。この出会いをもたらしてくれたアベンジャーズと親友に、ノバは心から感謝していた。
「どうしたノバ。ガモーラを怒らせたのか?」
スターロードはにやにや笑っている一方でドラックスはいたって真面目な顔だ。
「ガモーラを怒らせたのか。きちんと謝ったのか?」
「謝るのはこれからっす……スターロード、話がしたいんだけど大丈夫ですか?」
「ああ、いいぜ。悪いなドラックス、続きは後でだ」
「うむ」
「二人きりで話した方が良いか?」
「出来れば」
「よし、それじゃついて来い」
スターロードはノバをミラノ号のコックピットへと案内した。ノバは何度か宇宙でガーディアンズと戦いを共にしたことはあったが、コックピットの中へ入るのは初めてだ。ノバのヘルメットとスーツは、地球人であるサム・アレキサンダーに地球外で活動する能力と宇宙船に匹敵する高い飛行能力を与えているため、わざわざ宇宙船に乗り込む必要も無いのだ。
スターロードは操縦席に、ノバは副操縦席に座り、椅子を回転させて向かい合う。
「で、珍しくしおらしい顔したヒューマンロケットが俺に何の用だ?」
スターロードに問われ、ノバは一瞬だけ迷った後こう尋ねた。
「スターロードってホームシックになったことあります?」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙がコックピットに漂う。しかしノバは大真面目に、スターロードがなんと答えるか黙って窺う。ノバの質問にスターロードはしばらく困ったような顔をした後、「あー、」と声を出しながら、記憶を手繰るように話し始めた。
「俺は小さい頃地球からラヴェジャーズって荒くれ者連中に攫われて宇宙に来た……この話はしたな?」
「聞きました」
「そんで、そのラヴェジャーズのボスのヨンドゥってやつに育てられたみたいなものなんだが……で、なんだ?ホームシック?お前俺が攫われて来た時いくつだったと思ってるんだ?9歳だぞ?いくら今の俺が伝説のアウトロー、宇宙最強のトレジャーハンター、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのリーダーとは言え9歳のガキがいきなり宇宙に連れて来られてホームシックにかからないわけがあるか?」
「そ、そっすね……」
「でもな、意外とすぐ慣れたぜ。慣れないといつラヴェジャーズの他の連中に取って食われるか分かったものじゃなかったからな。気合で慣れた」
「と、取って食われる?」
この人はなんと過酷な幼少期を送ったんだ、とノバが思う一方でスターロードは昔を懐かしむような顔をして頷いている。
「ま、要は慣れだ慣れ。どうしたノバ、地球が恋しくなったのか?」
「……そんな感じっす」
「お前は地球で生きた年数の方がまだ長いから、それは仕方ないかもな……でもなノバ」
急に、スターロードの表情が厳しくなる。ノバは思わず背筋を伸ばした。
「偉そうなこと言えた立場じゃないが、お前は何で宇宙に来ることを決めたんだ?地球と宇宙を股にかけて活動することを決めた理由を思い出してみな」
「俺が、宇宙に来ることを決めた理由……」
スターロードの言葉を反芻するノバ。
自分が宇宙に来ることを決めた理由。地球と宇宙を股にかけて活動することを決めた理由を、思い出す。
アベンジャーズと一緒に戦い、ガーディアンズと出会い、「世界」が地球に留まるものではないことを知った。そして、自分のヘルメットを見たスターロード達から、自分の力の由来を教えられた。元よりヒーローとして戦っていた身である自分は、自然と宇宙へ飛び出すことを考え、そして実行に移すことにした。せっかくドルマムゥの手から守った地球なのだ、宇宙の更なる大きな脅威に晒したく無い。そう強く思ったのだった。
それから、地球の事を思うと決まって思い出す親友の事も考えた。日本は今頃夏休みだし、流星群を観察したいとも言っていた。流星群が日本から見える時間はもうすぐなのではないだろうか。
サム、また宇宙に行くの?……そっか、気を付けてね。
故郷・アリゾナの母に勝るとも劣らない程に毎回心配そうな顔をして見送ってくれるあいつは、今も元気にしているだろうか?
「……いや待てよ?お前今回はこっち来てからまだ3日しか経ってないような気がするんだけどよ……」
スターロードが何かに気付くがお構いなしにノバは立ち上がって宣言した。
「ありがとうスターロード!俺、目が覚めた……訓練頑張ります!頑張って、宇宙最強のヒーローになってみせる!」
「お、おう……頑張れよ」
「ところでガモーラどこにいるか分かります?!」
「シャワーでも浴びてるんじゃねえか?」
「あざす!」
ノバはコックピットから飛び出し、シャワーブースまで走る。ガモーラがシャワーを浴び終えたらすぐに謝って、また訓練を付けてもらおう。強くなるために。
「よっしゃー!頑張るぞー!」
ノバを見送ったスターロードは、その威勢に気圧されてしばらく操縦席に腰かけたままだった。だが、船内の方から聞こえて来た「頑張るぞー!」の声に思わず吹き出し、そして肩を震わせて笑い出した。
「ったく……手間のかかる後輩だぜ」
それから、コックピットのウィンドウ越しに空を見る。宇宙の星には、その星ごとの空の色がある。今ガーディアンズがいる星の空は、菫色の中に白を溶かし込んだような淡い色をしている。
「地球、ね」
余所者として訪問することになった故郷の星。その空は、突き抜けるような青さだった。地球と同じような色の空をした星は無いわけではなかったが、それでも地球の空は地球だけの色だ。
地球は今の自分にとっては「第一の故郷」であっても、ノバにとっては唯一無二の故郷。しかしスターロードは、初めてノバを、正確にはノバのヘルメットを見た時の驚愕を思い出さずにはいられなかった。
コックピットから、訓練を再開するためにミラノ号の外に出たノバ、ガモーラの姿が見えた。どうやらドラックスも参加するようだ。
ノバの姿を見たロケットは、戦いの後スターロードにこう言ったのだった。俺らが見てないとやばいかもしれねえ、と。
だからこうして、時々ノバを宇宙に呼んで面倒を見ることにした。
いつかノバは、地球と宇宙の双方を揺るがす大きな脅威に直面することになるだろう。サノスにチタウリ、ギャラクタス。宇宙には、ガーディアンズがこれまで関わったこともない(出来れば関わりたくもない)ヤバいやつらがたくさんいる。
ノバはまだ未熟だ。しかし、いずれはアベンジャーズにも肩を並べるヒーローになる。スターロード達はそう確信している。
「その面倒なホームシック癖が治ればもっと早く強くなれるんだろうけどな」
肩をすくめると、操縦席から立ち上がった。
「さてと、たまには俺も訓練に付き合ってやるか……」
ミラノ号の外に出てみれば、ガモーラとドラックスを相手に必死で立ち回っているノバの姿があった。ロケットとグルートは少し離れたところからそれを見守っている。
「おい、俺も混ぜろ!」
声を掛けるとノバが「まじですか!」と嬉しそうにスターロードの方を振り向いた。しかしその直後にガモーラの回し蹴りがノバにヒットし、ノバは勢いよく吹き飛ばされて行ったのだった。
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サム……健やかに育っておくれ……