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BESIDE THE LIGHTHOUSE 1

スパロボUXの森次と山下が竜宮島に行く話。隠しキャラ完全未解放状態での世界線です。

到着前

「来月なんだけど、皆城君が玲二から直接話を聞きたいってさ。スケジュールはどうとでもなると思うけど、どうだい? 僕の代わりに竜宮島出張」
 ほんの数分前に東京に帰ってきたばかりの森次玲二専属秘書兼加藤機関八番隊隊長・桐山英治の言葉に、JUDAコーポレーション社長兼桐山重工社長兼加藤機関二番隊隊長・森次玲二は「そうか」と頷いた。
「構わんが」
「そう、それじゃ加藤司令には僕から話を通しておくから。日取りは僕の方で調整しておいていいかな?」
「ああ、お前に任せる」
 そのまま森次は手にしていた書類に視線を落とす。二十分後のミーティングの資料だ。多忙を極める森次のスケジュールは常に分刻みで動いている。
 桐山はそんな森次を見て少しだけ苦笑してから、「それじゃあ、次の五分前に迎えに来るから」と社長室を後にする。
 そして社長室のすぐ隣りにある自身の執務室に向かいながら、懐から取り出した携帯端末のメッセージアプリを立ち上げる。
 『成功』、とだけ短く記して送信すると、すぐさま既読マークが付き、続いて親指を立てているロボットのキャラクターのスタンプがトークルームに流れた。
『日取りの候補が出たらまた連絡するよ』
 執務室に着席してからそう送ると、『よろしくっす』と返って来る。
 それを見た桐山は僅かに逡巡した後、こう打ち込んだ。
『君の方は本当に大丈夫?お盆の時期になるよ』
『ぼくはどうとでもなるんで、お気になさらず』
 トーク相手――山下サトルのそんな返事に、玲二に似ちゃってるのかなあ、と桐山は思わず溜息を吐いた。

◆◆◆

「働きすぎなんだよ、玲二は」
 六月の半ば、JUDA本社からは二駅ほど離れた国道沿いの夜のファミリーレストランで桐山は溜め息とともにそう呟いた。
「それはボクも見てて思うッスけど……言ったところで止まる人じゃないからなァ……」
 ドリンクバーのアイスコーヒーを飲みながら、山下は桐山に渡されたタブレットの画面を睨んだ。
 そこには日々のスケジュールやメール送受信時刻や交通機関の利用状況その他諸々から割り出された森次の勤労状況のデータが映し出されている。
「……これ平均睡眠時間どう考えても三時間割ってますよね?UXにいた時より酷いッスよ」
「僕が寝た後もこっそり働いてるようだからね……」
「ファクターだからってそれは流石に……」
「僕も来期にはキリヤマに戻るつもりだ。ただJUDAと加藤機関だけになったところで玲二の仕事量が三分の二になるわけではないだろう、あいつの性格を考えればまた仕事を勝手に増やすだけだ。加藤機関としての仕事量は司令がコントロールしてくれているけれど……」
「JUDAのためならどんな無理でもしますよ、森次さんは。かと言ってボクや桐山さんに出来ることにも限度があるし……」
 山下は悔しげに眉間にシワを寄せる。
 森次の腹心の部下として加藤機関二番隊の任務の多くを担っている山下としては、JUDA本社経営という自分にはなかなか立ち入れない部分で森次が多大な負担を背負っていることをずっと気にしていたのだった。
 桐山はそんな山下の様子を見て、安堵と確信の滲んだ笑顔を浮かべた。
「そこで君に相談なんだけど、どうにかして玲二を無理にでも休ませる日を作りたい。再来月にでも」
 桐山の言葉に、山下は顔を上げた。
「再来月……でいいんスか?」
「ああ。お盆の期間に入れば多少は仕事量も落ち着くし、僕の方でもコントロール出来ると思う。君にも手伝って欲しい」
「フ……言われなくとも」
 閑散としたファミレスの片隅、二人はテーブル越しに固い握手を交わした。
「森次玲二のことが大好き」というその一点を共通項に結ばれた同盟であった。

◆◆◆

「というワケで今から森次さんには、竜宮島で三泊四日の強制バカンスを取得していただくッス」
「……成程」
 竜宮島に向かうチャーター機の中、森次は向かい合って座る山下の言葉に一つ溜息を吐き出した。
「お前と英治が私に隠れて何かやっていることには気付いていたが、このためか」
「誰の目から見ても森次さんは働きすぎッス。僕と桐山さんだけじゃなくて、加藤司令や竜宮島の皆さんにも協力して貰いました」
「私だけでなくお前まで竜宮島にいては二番隊はどうなる」
「桐山さんに面倒見て貰ってますが、原則動かさない方向で司令と話付いてます」
「手際がいいな……」
 呆れと感心を同時に滲ませながら、森次は山下に差し出された冊子を眺めた。その冊子には旅行ガイドの表紙を模した表紙が印刷されていた──『竜宮島の歩き方』、と。
「それ、カノン達が作ってくれたんスよ。せっかくバカンス目的で来るんならって」
「…………」
 森次は黙って冊子をめくる。竜宮島の名所を旅行ガイド風に事細かに紹介したその冊子には、よく見覚えのある子供達の写真も載っていた。
「よく出来てるっすよね〜それ。あっそうそう、皆城が森次さんから直接話聞きたいっていうのは本当らしいんで、その時間だけはお仕事っすね。せいぜい半日あればいいって言ってましたけど、一応滞在初日で押さえてるんで。あとは竜宮島でゆっくりしましょ」
 山下の説明を受けても森次はどこか釈然としない風である。するとタイミングよく森次のスーツの内ポケットの携帯端末が震えた。
 森次は端末を取り出す。画面には「加藤司令」と表示されていた。
「……こちら森次」
『やあ森次。山下にも聞こえるように頼む』
 森次は黙って通話をスピーカーに切り替え、シート備え付けの小さなテーブルに端末を置いた。
『そろそろ山下から説明は受けた頃だろう』
 スピーカー越しの声に、森次は顔色一つ変えず返す。
「ええ、それはもう丁寧に」
『私としてもお前は少し働きすぎだ、この機会に竜宮島で心身を休めて来い。向こうには今回の礼で私からちょっとしたプレゼントを贈っている、船に積ませたので到着したら皆城総士にでも渡しておくがいい。真壁司令には話を通してある』
「……了解しました」
 ちょっとした、で済むほど小さい荷物ではなかったような……と森次と山下はチャーター機に積み込まれていたコンテナを同時に思い出す。しかしやはり同時に、加藤司令基準のちょっとだしな……と気にしないことにした。
『それではな、素敵な休暇を』
 通話は一方的に切れた。森次は端末をスーツの内ポケットにしまいつつ呟く。
「私より加藤司令の方が休暇は必要だろう」
「司令はあれで自分の休息はきっちり取ってるってマサキさんから聞いてますよ。森次さんは自分の休みも取ってないじゃないスか」
「……言うようになったな」
「ボクが何年森次さんの部下やってると思ってるんですか?」
 山下はいたずらっぽく笑い、森次は目を伏せて僅かに口角を緩めた。山下も滅多に見ない、リラックスしている時の顔だ。
「ではお前達の言う通りに、本物のバカンスを堪能させてもらうとしよう」
「既にちょっと不安なんスけど……」 

滞在一日目

「お待ちしておりました森次社長、山下さん」
 竜宮島時刻、午前九時。チャーター機が降り立った剛瑠島――アルヴィスの滑走路で、皆城総士が待っていた。
「よっす、元気か?」
 チャーター機から降りた山下がひらひらと手を振ると、総士は律儀に会釈した。
「お陰様で。ところで……」
 総士はまず、森次と山下がスーツケースを持っていることを確認した。続いて、チャーター機――その実態は加藤機関保有の輸送機である――から降ろされている大型のコンテナを見た。
「あのコンテナは一体? 今回の便に輸入物資は含まれていないと聞いていますが」
「うちの司令からプレゼントだってさ。真壁司令に話は通したからとりあえず総士に渡しとけって」
「……承知しました。中身は後ほど確認させていただきます」
 総士は怪訝な顔をしつつ、二人を先導して歩き始めた。
「二度手間となってしまい申し訳ありませんが、まずはアルヴィス内部経由で本島の宿……旅館に案内します。宿といっても食事は出せないので、食事はどこかで食べていただくか適宜出前という形になりますが」
「いいよ別に、てか旅館あるんだ」
「少し前に開業しました。ほとんどの客室は現在JUDAの研究チームの方々の長期滞在に使っているので、お二人は一番広い部屋を共同で使っていただく形になります」
「聞いている、構わん」
「研究チーム……そういえば何人か派遣してましたよね」
「ああ。今は全員帰省中だと聞いているが、五人派遣している」
 三人は滑走路からアルヴィスの施設内部に降りて、入島手続きを済ませた後パーンツヴェックで本島の方へ向かう。
 宿から最も近いというその出口は、市街地から少し離れた小さな木立の中に隠れるようにして存在していた。
 地上に出ると、木と土と潮の香りが入り混じった風に鼻をくすぐられ、竜宮島に来たのだな、と病院の機械や都会のコンクリートに囲まれて育った山下は改めて実感する。
 旧特務室メンバーの多くが竜宮島を気に入っており、今回のバカンスの行き先が竜宮島と聞いた時はたいそう羨ましがられたものだ。竜宮島と日本の行き来は往時よりやりやすくなったものの、島民以外が行き来するのはまだ少しハードルが高い。
 十分ほど歩くと、宿は少し大きめの民家といった顔をして住宅エリアの高台に佇んでいた。
「入島手続き時に発行した客員証明カードがこの宿全体の鍵になります。僕はここで待っているので、客室の確認と荷物の整理をお願いします」
 そう言って、総士が玄関扉横の壁を指差した。よく見ると非接触通信リーダーのマークが描いてある。森次がカードを翳すと、小さな電子音の後引き戸が自動で開いた。
 宿に踏み入ると、受付カウンターと小さな談話スペースが目に飛び込んでくる。内装はこじんまりとした旅館といった風情だが受付は無人化されているらしく、自動チェックインマシンが置かれていた。
 二人分のカードを翳すだけのチェックインを済ませ、指定された客室へと足を運ぶ。
 畳敷きの広い客室の中心には小さなちゃぶ台が置かれ、逆さになった湯飲みや和菓子がお盆の上で客人を歓迎している。
「こうして見ると本当に普通の旅館っスね」
「……セキュリティや空調・水周りの設備は最新式のようだな」
「竜宮島らしいなァ」
 お盆の隣には宿を利用する上での注意事項が書かれたリーフレットも置いてある。曰く、布団の用意は出来ないので自分でやってほしい、浴衣はどこの棚に入っている、冷蔵庫の中の飲み物は自由に飲んでいい、ゴミは館内の所定の位置に置いておけば回収される、設備に不具合が生じた際の連絡先。
 二人で部屋の設備を軽く確認してから、森次が「少し待て」と大きなスーツケースを開いて少し皺の寄った紙袋を引っ張り出した。
 中身の菓子折りを綺麗な紙袋に入れ替えてから、二人は客室を後にする。菓子折りの包み紙は石神前社長が贔屓にしていた和菓子屋のものだった。
 宿の前では、変わらず総士が待っていた。
「待たせた」「お待たせー」
「お構いなく。それでは、改めてアルヴィスへ向かいます」

◆◆◆

 アルヴィスに戻った彼らをミーティングルームで待っていたのは、アルヴィス総司令・真壁史彦だった。
 挨拶と軽い近況報告の後、史彦が本題を切り出した。
「事前に連携させていただきました通りです。今回お話ししたいのは、ザルヴァートル・モデル、マークザイン及びマークニヒトの解体プランについても『そちら側』と協力出来ないかと」
「資料には目を通しました。技術者の追加派遣には協力させていただきますが……」
「やはり、ファフナーに対する理解がある方となると難しいですか」
「加藤機関にも籍を置いている牧かレイチェルの二択です。両方の派遣は難しいが、どちらか一人であれば現地派遣も可能と加藤司令が……」
 話し合いは史彦と森次が主導で進んで行く。話が技術的側面に及ぶと総士が参加するが、やはりアルヴィス側の主導は史彦だ。
(やっぱ皆城の目的はこの話だけじゃないな)
 出されたお茶を飲みつつ、山下は自分以外の面々の会話に耳を傾ける。
 議事録は全てAIの自動書記が取っている。山下がたまに行うことと言えば、書記の明らかなミスを手で修正するくらいである。
(この後で本題が入ってくるのは桐山さんの話的に確定だけど、それを先に言わないのは相変わらずっつーか……森次さんもそういうトコあるしなあ)
 UXに身を置いていた頃、いつだったかの道明寺の言葉を思い出す。
(『皆城と森次さんは似た者同士だから良くも悪くも波長が合ってる』って言ってたっけ……)
 勿論、お互い自覚はないだろうだが。
 一時間ほどの話し合いを経て、話がある程度固まった。
 恐らくレイチェルを派遣することになるが未成年のため、加藤機関から保護者役を兼ねて牧以外の誰かをもう一名アルヴィスに出向させる……ということになるらしい。
 それではこの後は牧・レイチェル両名の確認を取ってから……と、話がまとまったところで。
「JUDA社と森次社長には心より感謝しています。これまでも、今現在も」
 史彦がそう言って深々と頭を下げた。
「石神前社長の代で築き上げた技術、研究成果……それらが不要に散逸することなく残されたことも、あなたがそれら全てを継承し、活用可能な状態を維持し続けていることも。それがどれほど子供達のためになっているか」
「その技術を生み出したのは、私ではありません。石神社長の代の、優秀な社員達による成果です。技術の保持も、私以上に尽力した者がいます」
 森次は淡々とそう返す。どこか感謝されることを拒否しているように山下の目に映ったが、恐らく本気で己の手柄とは思っていないのだろう。
 竜宮島派遣チームに最も適した人員の選定は石神が生前に行っていた、と山下は聞いている。そして森次の依頼で彼らを関連会社から大急ぎで呼び戻したのは前社長秘書の緒川である。
 史彦もそれに気付いてか気付かずか、顔を上げると「技術だけではないのです」と首を横に振った。
「……遠見先生から聞いた話です。あなた方がいなければ、一騎の寿命はあと数年だったかもしれない。マークザインによって齎される同化現象は、それほどの物でした」
「…………」「えっ……」
 森次が言葉を失い、何も言わないつもりでいた山下は思わず声を上げた。
「あなたからUXから引き続いてJUDA・アルヴィス間の技術提携の申し出があった時、驚きました。何せ子供達が島に帰ってくる前、当然まだJUDA社の再立ち上げも済んでいないであろう時でしたから。協力チームを早々に派遣いただき、共同での同化現象治療研究をあんなに早く再開できるとは思ってもいませんでした。お陰で非常に早いペースで研究成果を子供達の治療に活かせています」
「JUDA社の次期社長としてアルヴィスに直通回線を開いてほしい、と仰った時……」
 黙って聞いていた総士が口を開いた。
「あなたがそうなるつもりであること自体、あの時は誰も知らなかったそうですね。桐山さんですらも」
 JUDAを継ぐ、と森次が言い出した時のことを山下は思い出す。
 UXの解散パーティを終えた翌日、竜宮島に帰るアルヴィスの面々を見送った直後だった。
 当時の時点で旧特務室メンバーが加藤機関に身を置くことは決まっていた。そして加藤も森次に二番隊隊長を任せるつもりでいた。
 既にキリヤマの社長を務めていた森次の仕事量が膨大になることは目に見えていたが、同時に山下だけでなく旧特務室メンバーがこう思ったのも事実なのだ。「JUDAに帰れる」、と。
 そうしてその日のうちに加藤と森次の間でほんのひと言ふた言、「本気だな?」「無論です」と言葉が交わされ、森次はJUDA新社長に就任したのだった。
「……私は、私が為すべきコトをしたにすぎません」
「であれば、あなたの為すべきことによって、一騎をはじめとした子供達の未来は、我々がアーカディアンプロジェクトを発足した時に想定していたものよりずっと早く明るいものとなっているのです」
 そう語る史彦は、アルヴィス総司令ではなく父親の顔をしていた。わが子の健康と成長を尊びその身に迫る脅威が退けられたことを喜ぶ、そんなどこにでもいる父親の顔だ。
「JUDA社を継ぐのがあなたであったことが、我々にとっての大きな救いとなった。全島民を代表して、改めて感謝申し上げます」
 史彦が改めて頭を下げる。そして、総士もそれに続いた。
「僕からもお礼を言わせてください。……尽力に、心より感謝します」

◆◆◆

 ――僕は後から向かうので、お先に『楽園』に向かっていてください。
 総士にそう言われてアルヴィスから出た二人は、海岸線沿いの道を歩いた。
「……JUDAを継ごうとは、石神社長が死んですぐに決めた。それどころでは無かったので、誰にも話していなかったが」
 海の匂いを孕む風に吹かれながら、どこか独り言のように森次は語った。
「最初に話した相手が皆城なのはタイミングだ。同化治療にはスピードが必要だからな」
「まあ、それはそうなんで、ボクらにぎりぎりまで話してくれなかったのは今更何も言いませんよ。森次さんがJUDAを継いでくれたおかげで、ボクらは帰りたい場所に帰れてるんすから」
 山下が言うと、森次は吐息のような小さな笑い声を漏らした。
「それがUXが解散して社員寮の自室に帰ってみれば、デスクの上に見覚えのないドライブが置いてある。中身を見たら、JUDA本社経営や全社システム再構築に必要なデータが一通り入っていて、その中に竜宮島派遣チームの人員候補リストが含まれていた。……まだ社長の掌で転がされているわけだ、私は」
 森次は普段より少しだけ平静を欠いているように見えた。山下は思わず立ち止まり、森次のスーツの袖を握る。
「でも、JUDAを継ごうって決めたのは森次さん自身じゃないスか」
 森次もまた、山下に袖を引かれて立ち止まる。
「そうでなきゃ真壁司令や皆城も言ってたくらいのスピードで動けないでしょ。森次さんがちゃんと自分で決めたから、一騎達の治療だって……!」
 森次は、その言葉に微かに目を見開く。そして僅かに相貌を崩し、袖を掴まれている側の手を山下の頭に乗せた。
「……そうだな。社長に自分の死後は見えていなかった」
 頭を撫でられて初めて、山下は自分が涙ぐんでいたことに気付いた。
「社長だって……そりゃ、森次さんに会社を継いでほしいとは思ってたかもしれないスけど。戦いが終わった後で森次さんが苦労しないようにとか……森次さんなら同化現象治療研究への協力を考えるだろうなとか……あったんじゃないスか、そういう親心みたいなのが……なんか……」
 言葉はどんどん尻すぼみになっていく。森次が思いのほか長いこと頭を撫でてくるのだ。幼い頃から事あるごとに頭を撫でられてきたものの、この年になってからこうも長く撫でられるのは珍しいので山下は思わず声を挙げた。
「も、森次さん」
「ん……ああ、すまない」
 森次は山下から手を離すと、すぐに視線を反らして歩き始めた。
 やはり、今日の森次は少しだけ様子がおかしい。だがその理由はなんとなく分かっているし、だからこのバカンスに自分が同行しているのだろうと山下は思いながら森次の隣を歩く。
 強制バカンスに山下の同行を求めた時の桐山の言葉を思い出す。『あいつの心を本当の意味で休ませることしか出来るのは多分君しかいない』、と。
 部下として森次に信頼されているという自負はある。そして、ただの上司と部下としてだけ付き合うには、出会った時には若すぎた、あるいは幼すぎたくらいには付き合いが長い。
 盲目的に尊敬するには欠点を知りすぎているが、それでも森次さんは世界一カッコいいと胸を張ることが出来る。
 そんな森次を支えたいと思ってずっとやってきたのだから、森次にとって自分が少しだけでも弱みを見せられる相手になれているなら、それはきっと、喜ばしいことなのだ。

◆◆◆

 森次が竜宮島本島の地図を頭に入れているお陰で、二人は迷うことなく喫茶『楽園』に到着した。
 昼時を過ぎ始めていることもあり、店内は思いの外空いている。
 森次が店のドアを開けると、「らっしゃーい!」と洒落た喫茶店に似合わぬ威勢のいい掛け声。アルヴィス戦闘部隊隊長の溝口だ。
「お、森次社長にUXの坊っちゃん。そうか今日からか」
 溝口の声に、テーブルの上の食器を片付けていた真矢が顔を上げ、カウンターの中で鍋を見ていた一騎が振り向いた。
「森次さんに山下さん!お久しぶりです」
「二人とも、お久しぶりです」
「お久しぶりです溝口隊長。真壁と遠見も、変わりないようだな」
「皆さんお久しぶり〜元気そうじゃん」
 最後に会ってから一年以上は経過しているためか、一騎も真矢も最後に会った時から少し背が伸びているように見える。
「こちらの席にどうぞー」
 真矢に案内されたのは、壁際のボックス席だった。
「二人しかいないのにここでいいの?」
「大丈夫です。これから二人に会いたいって人たちが来るので」
「……?」
「とりあえず、注文いただきます」
「あ、えーっと……」
 山下は森次にも見えるようメニューを卓上に広げる。ランチメニューのおすすめは一騎カレー、と書いてあるが……山下は森次を見た。
「森次さん、カレー苦手でしたよね」
「そうなんですか?」
「……辛みを感じないのでな。滅多に食べん」
「だったらこっちのあまあま甘口がおすすめです。辛さは全く無い、野菜をじっくり煮込んだカレーです。最初は美羽ちゃんにも食べられるように作ったんですけど、お姉ちゃんや近藤くん達にも好評だったのでメニュー化したんです」 
「ふむ……ではその一騎カレーあまあま甘口のランチセット、アイスコーヒーで」
 あまあま甘口、という可愛らしい単語が森次の口から発せられるギャップに若干くらくらしつつ、山下もメニューを指す。
「ボクは一騎カレー中辛のランチセットにアイスティーで」
「はーい。一騎カレーあまあま甘口ランチセットアイスコーヒー、一騎カレー中辛ランチセットアイスティーですね」
 真矢が森次達のテーブルの注文を書き留め一騎に伝えたところで、また『楽園』のドアが開いた。
「こんちわー。そろそろ森次さん達来るって総士に聞いたんだけど……お、いたいた」
「お久しぶりです」
 店の入口には剣司が、その隣には杖をついた咲良が立っていた。二人はそのまま空席に腰を下ろし、その後ろから続いてひょこりと芹が顔を出した。
「社長に山下さん、先月ぶりです……!」
 芹は竜宮島出身だが、現在は東京都内のシズナやイズナと同じ高校に通学しながらレイチェルの勧めでJUDAでアルバイトをしている。
 乙姫ちゃんが新しく生まれてくる時に少しでもお世話出来るようになりたいからその勉強も兼ねて、とのこと。
「おー芹。地元はどうだ?」
「お陰様で、ゆっくり過ごしてます……それとあの、森次社長」
「どうした」
「すみません、どうしても挨拶したいって言うからうちの親連れてきました……!」
「親?」
 森次と山下が同時に聞き返したその時、空いたままの入り口から二人組の男女が店に入ってきた。
「あなたが森次社長ですね!娘から話は聞いています~」「いつも娘がお世話になっているようで……」「もう、お父さんお母さん……!」
 森次は「島で見覚えのない若い男」という点であっという間に気付かれ、そしてあっという間に立上家に囲まれた。森次が立上家に捕まっている隙に、剣司と咲良の注文を取り終えた真矢が山下をつついた。
「……あの、山下さん」
「ん、何?」
 山下が真矢の方を振り返ると、真矢は身を屈めて小声でこう尋ねてきた。
「森次さん、ちょっと疲れてます?」
「え?ああうん、基本的に働き詰めだから……」
 真矢の観察力に内心舌を巻きながらも肯定すると、真矢は「そっか」と呟き、こう続けたのだった。
「……灯籠は明日から配るって里奈ちゃんが言ってたので、良かったら。鈴村神社です」
「……」
 灯篭――その意味するところに気付いた山下が何か言う前に、溝口がカレーを持ってテーブルの前に現れた。
「ほれ、一騎カレーあまあま甘口と中辛に、セットのドリンクお待ち!」
「あっほら、お父さんもお母さんも!ご飯の邪魔になるから!」
 真矢はすぐに一騎の方へと戻って行った。芹が立上夫妻を森次から引っ剥がし、森次と山下の前に大皿に乗ったカレーがドンと置かれる。
 外見はごく普通の「家庭的なカレー」のように見える。
 森次と山下は「いただきます」と手を合わせてから、スプーンでカレーを掬う。
「美味しい」
 一口、口に運んだ山下は思わず声を上げた。ルーによくしみ込んだ肉と野菜の味をスパイスが引き立てており、小さくカットされた野菜や肉といった具材も柔らかく舌の上でほどけていく。
「一騎すげえじゃん」
「ありがとうございます」
「そういや二人は一騎カレー食べたことなかったんだっけ」
 剣司が思い出したように言うと、手が空いたらしい一騎が厨房から出て来て会話の輪に加わった。
「ああ、俺がUXにいた間は厨房には立っていなかったし……未来の地球に皆が帰る時には振舞ったけど、森次さん達はいなかった」
「見送りに来てた道明寺くんはちゃっかり食べてたけどね」
「今更だけどなんか勿体ない気がするわよねえ、アスカさん達はここまで来てくれたけど、他の皆はずっと一騎といたのにこの味知らないの」
「刹那さん達なんてこれ食べないで外宇宙行っちまったしなあ」
「それは勿体ないなあ……美味しいのに」
「生きていればそのうち機会はあるさ」
 子供たちが思い出話に花を咲かせ始める中、森次は淡々と(そしてスプーンを止めることなく)あまあま甘口一騎カレーを口に運んでいた。
 一騎カレーを完食した森次と山下がデザートの一騎ケーキをセットドリンクとともに嗜み始めた頃、私服姿の総士がようやく店内に現れた。
「む……もう皆来ていたか。カノン達は……」
「カノン先輩達はお祭りの手伝いで、今日は難しいみたいです」
 芹の言葉に「そうか」と総士は頷いた後、森次と山下の席へと向かってきた。そして二人のテーブルの前に立つと、小さな紙きれを森次に手渡した。
「森次社長、あなたにお会いしたいという人がいます。すぐに終わるそうなので、食事が終わったら山下さんも連れてこのポイントにお願いします」
「……?」
 森次はメモを開くと、山下にも見せた。鉛筆で簡単な座標しか書かれていなかったが、それが以前にUXとアルヴィスが共通で使用していた座標コードであることはすぐに分かった。
「ここは確か……公園だったか」
「その通りです。とにかくここで待っているから、と」
 確かにお渡ししました、と小さく会釈してから、総士はカウンター席のほうへと行ってしまった。
「いつもので大丈夫か?」「ああ、いつもので」と一騎と総士が言葉を交わすのを聞きつつ、山下は森次を見た。
「誰なんでしょうね?」
 森次は少しだけ考えてから、口を開いた。
「……予想は出来なくもないが。会ってみないことには何も分からん」

 二人は『楽園』での食事を終えると、総士に渡されたメモに書かれていたポイントへと向かう。
 そこは森次が推測した通り、山間の小さな公園だった。ベンチにはポロシャツにジーパンを着て、顔にはサングラスを掛けた男が腰掛けている。そして男は森次達の姿を認めると、「やあ」と立ち上がった。
「『僕』ははじめましてになるから、こう挨拶させてもらうよ。はじめまして、森次隊長に山下隊員」
 男はそう言って、サングラスをずらして人の良さそうな笑みを浮かべる目をのぞかせた。
 その顔に大いに見覚えがあるので、山下は思わず「あーっ!」と声を上げた。
「推進派!」
「……この島に常駐している推進派か」
「その通り。ああ、山下隊員は僕がいるの知らないんだったっけ」
「加藤司令の方針で、加藤機関側でアナタの竜宮島常駐を知っているのは私と英治のみです」
「まあ、推進派がここにいても驚きはしないッスけど……ここ竜宮島だし」
 桐山さん教えてくれば良かったのに、と内心思う山下だが、加藤司令の方針ということならば今回のように推進派が自分からコンタクトして来ない限りは知りようがない。
「うん、その通り。僕は地球連邦とこの島のブリッジ役ってトコロだ。この島の子供達が遺伝子操作されているっていう事実はあるし、大人達は大人達でこの島から出るのは健康面で難しい。だから僕が島に常駐した方が何かと、ね。バカンスは楽しんでるかい?」
「人並みには」
「その割に浮かない顔をしているようだけど」
「……何が言いたいので?」
「皆城くんから聞いたからさ。君達が一騎くんの件を聞いたって」
「……」
 森次は何も言わない。推進派はそんな森次を見て、言葉を続けた。
「今更になって自分の輪郭が分からなくなっているから、感謝されたところでそれを受け取るべきは自分なのか分からない。違うかい?」
 推進派がそれを指摘したことに山下は驚いた。
 全く同じようなことを、出発前夜に桐山が言っていたのだ。桐山がそれを見抜くのは分かる。だが何故推進派が見抜いているのか。
「驚くようなことでもないよ」
 山下の様子を見て、推進派は笑った。
「僕はこれでも知識と記憶を、城崎天児と過去存在したあるいは今存在している推進派の人数分だけ持っているからね。君のそれはありふれた……とはちょっと言えないが、まあ事実関係からの推論くらいは出来る。伊達に黒幕やってないからね」
 恐ろしいことをさらりと言いながら、「で、」と推進派は森次を見た。
「僕はそれについてここであまり口を出す気はない。これは君が考えて、君が答えを出すべき問題だ。でも考え方のヒントを与えるくらいは出来る。加藤司令も君のコトは気にしているからね、だからここから先は僕のお節介と思って、聞き流してくれても構わない」
 そして推進派は、静かに森次に問いかけた。
「君はどうしてJUDAを継ぎたいと思ったんだい、森次玲二?君にとってJUDAとは、石神邦生とは?しっかり考えてみるといい。そうするだけの時間の余裕が、今の君には与えられている。それに――」
 推進派は今度は山下を見た。
「幸い、彼も同伴している。英治くんも分かっていて彼を同伴させているのだと思うけど」
 全て見抜かれている――山下は推進派の観察眼に内心舌を巻いた。
 何故山下が今回同伴するのか。それを桐山が山下に語ったのは、竜宮島行き前日の夜だった。

『自分の意思の所在が分からなくなることがある、って。あいつがさ』

 君には話しておいた方がいいと思って言うよ、と前置きした上で、桐山は電話越しに山下にそう伝えたのだった。
『あいつ、基本的に自分のことは二の次だろう。自分以外の誰かのために生きてる。それがあいつにとっての正義だから』
 桐山の見解は、違和感なく山下の腑に落ちた。そういった生き方をしている人だとは、長い付き合いの中でよく理解している。
『だからこそ、JUDAの社長業が少しだけ負担になって来ていると言うべきかな……自分の意思で決めてやっている筈のコトが、結局何か他の意思のようなものによって自分が動かされているだけじゃないかという感覚になるって。自分の意思で誰かのために身を尽くして生きるっていうあいつの在り方と、組織全体の最終意思決定を行うっていうポジションがあいつの中で嚙み合わなくなってしまっているんだと思う』
「えっと……」
 桐山のその推理は一見飛躍していた。
 だがこれが、そう考えている主体が森次玲二であること、そして彼のかつての上司が石神邦生前社長であるという前提を考慮すればあり得ない話ではないと山下は思う。
「森次さんは自分の意思でJUDAの社長をやっているハズなのに、JUDAそのものと石神前社長の存在が大きすぎて、それが本当に自分の意思なのか分からなくなってる、ってコトで合ってますか? それは結局自分の意思ではないんじゃないかって、思ってると」
『そういうコトになるかな』
「桐山さんは、そういう経験あるんですか?」
『あの頃の僕は父も顧みないワンマン社長だったから、言ってしまうと無いよ。だからほとんど、あいつから直接聞いた話からの推測』
 苦笑いしながらも、桐山はこう続けた。
『玲二がああ考えてるのは、自分で決めるより他人の決定に身を委ねる方が、もしくは委ねてるってコトにした方がずっと楽だからだろうね』
「……結構厳しいコト言いますね」
『必要だったらあいつにも同じように言うさ。だけどあいつは石神前社長にしろ加藤司令にしろ、盲目的に従うようなコトは無かったし、これからもきっと無いだろ。僕が言いたいのはさ、あいつは自分に厳しすぎるから、結局自分は楽な方を選んでるだけだと錯覚してるんじゃないかって』
「自分に厳しすぎるがゆえの錯覚……っスか」
『山下くんは玲二について、自己認識がちょっと曖昧なトコロがあるって思ったことないかい?』
「自己認識……」
 山下はしばし考え、
「部下に厳しいコト言う時たまに度を越えて怖いことに自覚がないってトコとか、ちょっと違うかもっスけど割れたマグカップの破片を掃除する時に手を切ったのに気付いてない時とか……?」
『ああうん、そういうの……二つ目の今もやってるんだ……』
「昔の話っスけど近いコトは今でも……」
『そっか……まあとにかく、あいつは時々自己認識が曖昧になるっていう自覚が一応あるから、自分の輪郭を確かなものにするため、必要以上に自分に厳しくしているところは正直ある。だけどその上で石神前社長への思いも強いから、自分の現状について正確に冷静に認識できずに錯覚を起こしてしまってるんだと思う』
「それで桐山さんが出した解決方法が、一度しっかり休ませる、ってコトですか」
『こういう時は一回素直に休んだ方がいいんだよ。竜宮島ならゆっくり出来るし、あいつの悩みを少しは軽く出来ると思ってる。皆城君が玲二と話したいっていうコトが、その鍵になってくれれば良いかな』
「てことは、仕事の話だけじゃないと」
『仕事の話ではあるけど、それだけじゃないね』
「へえ、皆城がねえ……」
 少し意外ではあったが、現在JUDA・キリヤマの二社がアルヴィスと技術提携している事項のうち一つに同化治療研究が含まれることを思い出し、ならそういうこともあるかもしれないと納得した。
「でも、本当に同伴はボクでいいんスか? ボク一応あの人の部下っスよ。桐山さんかいっそ一人の方がちゃんと休めるんじゃ……」
『僕は玲二がいない間の加藤機関側の穴を埋めないと。それに僕は、あいつを一人にしたくない』
 言葉尻に微かに慙愧の念を滲ませ、最後に『あとさ』と桐山はどこか諭すようにこう言ったのだった。
『あいつの心をちゃんと休ませることが出来るのは……多分、今は君だけなんだよ、山下君』

 そう、そんなことがあったのだ。
 まだ記憶も新鮮なその会話。
 推進派に全てを見透かされているような薄気味悪さを覚えながらも、森次の状態に気付いている誰もが自分に何かを託そうとしているという事実に、山下は知らず知らずシャツの裾を握っていた。
「僕に言えるのはここまでだよ。後は自分自身で考えることだ。僕はアルヴィスに戻るから、君達はバカンスを楽しんでね」
 推進派はそう言い残し、ひらひらと手を降って山奥へ消えていった。別れ際、山下に目配せしたのはきっと気の所為ではなかった。
「……山下」
 推進派の姿が見えなくなった頃、森次に名を呼ばれ、山下は背筋を伸ばして森次を見た。森次は一つ深い息を吐き出してから、言った。
「英治の意図がようやく分かった。確かに、今の私にはお前が必要だ」
 森次の言葉に喜びで思わず心臓が跳ねる。森次の部下としての自負は大いにあるが、こうして言葉で直接的に言われることは珍しかった。
「……手伝ってもらうぞ、山下」
 その言いように、思わず山下は吹き出してしまった。
「手伝う、とかじゃないですよ。これはあくまでバカンスなんスから」
 山下は、笑いながら森次の右手を取った。森次が僅かに目を見張るが、抵抗もなく、何も言ってこない。
「ボクはあくまで、ちょっと目を離したら仕事を始めてしまうあなたのお目付け役として来てます」
 自分の手よりひと回り大きい、硬い大人の手。初めて会ったばかりの頃から、不器用に頭を撫でて安心させてくれた手。この手で不安を拭おうとしてくれるこの人も不安や恐怖を覚えるのだと気付いたのは、いったいいつのことだったか。
「だから森次さんは、いつも通りに思う存分ボクを可愛がってくれていいんスよ。対話で自分の輪郭が確かになるって言うなら、いくらでも話しましょうよ。そういう時間なら、今日から明々後日までたっぷりあります。それに、これまであなたとの対話を一番長くやってきたのは……少なくとも、部下の中ではボクだと思ってますから」
 山下の言葉に、少しだけ森次の肩から力が抜けたように見えた。山下が笑うと、森次の目に宿る光はふっと柔らかくなった。
「……ああ、それは間違いないな」

◆◆◆

 それから二人は、竜宮島を歩き回りながら、ぽつぽつと話をした。
 最初はなんて事のない互いの昔話であったが、いつの間にか話題の中心は石神に移り、初めて石神に会った時のこと、特務室が正式に結成されてからのこと、特務室の人数が増えた頃のこと、特務室が解散してUXに正式に合流した時のこと、日常でされた些細ないたずら、貰ったもの、気が付けば思いつく限りの話をしていた。
 空にオレンジ色が溶け込み始めた頃、海岸沿いの道で買い物袋を提げた一騎と鉢合わせた。
「森次さん山下さん、もう用は終わったんですか?」
「おう、終わったけど……一騎、あの人のこと知ってたわけ?」
「俺達は城崎のお父さんの顔は知っていますし、あの人も時々うちの店に来るので」
 それからしばらく、家の方向へ向かう一騎と並んで世間話をしながら歩く。うちは今日ディナー営業やってないので、と夕飯に堂馬食堂を勧められた。
「そうだ。二人とも、衛や道生さんのお墓の場所知りませんよね」
 一騎の家の近くだという坂まで差し掛かったころ、一騎がふと思い出したように呟いた。
「明日の朝早くか昼過ぎなら俺が案内出来ますけど、どうしますか?時間の都合が悪かったら、剣司にでも頼めば案内してくれると思いますけど」
「……そうだな、朝で頼む。問題ないか、山下?」
「問題ないッス」
「それじゃあ、朝の七時半に『楽園』にお願いします。朝ごはんを用意しておくので、食べてから行きましょう」
 一騎と別れてから二人は堂馬食堂で夕食に味噌サバ定食を食べ――ここでも堂馬家からそれなりの歓待を受けた――、宿に戻った。
 宿備え付けの風呂に入り、布団を敷いた頃の時刻はまだ夜の八時過ぎだった。
 すっかり日は沈んで外は夜の帳が降りているが、山下からしても眠るにはまだ早い時間である。
「……そういえば、堂馬が竜宮島で放送するオリジナル番組を作ったらしいって言ってたな……」
 布団の上で大の字になっていた山下はふと、数月か前に聞いた話を思い出した。
「……堂馬が?」
 窓際の椅子に座って何か本を読んでいた森次が顔を上げた。
「あいつ早瀬軍団の集まりにたまに顔出すらしいんですけど……その時に言ってたって早瀬が……」
 山下は起き上がり、旅館備え付けのテレビを付ける。
 東京と比べるとチャンネル数は少ないが、基本的には日本で流れているものと同様のバラエティ番組やニュースが流れている。そしてあるチャンネルに切り替えた瞬間、明らかにそれまでの「テレビ局が作った」映像とは一線を画す映像が流れ始めた。
『このように軌道エレベーター及びオービタルリングは大規模な崩落から完全復旧、地球に住む我々の生活を支えるインフラとして現在も稼働し続けているわけですねえ!それでは実際どのような機能を果たしているのか……』
 オービタルリングを下から撮影した写真……というフリー素材や図表を巧みに映しながら、よく聞き覚えのあるナレーションが軌道エレベーターの役割について説明している。だがその作りはテレビ局の作るもの程洗練されているわけではなく、あえて言うならば動画サイトに上がっている個人作の解説動画が近い。
 しかし解説の精度はなかなか高いぞ、と山下は驚きながら番組を見続ける。森次も椅子から降りてテレビの前までやって来た。
『それではここで、オービタルリングにも詳しいAさんにお話を伺ってみましょう!』(やや不自然に編集でカットされたような音)『Aさん、よろしくお願いします!』
『ええと、よろしく、広登君。僕は少し前までオービタルリングに関わる仕事をしていて、現在は中東のほうで児童養護施設の運営に携わっています』
 物は言いようだ。「オービタルリングに関わる仕事」が何を指すのかを察した森次と山下は顔を見合わせた。
 オービタルリングにも詳しい人物・Aへのインタビューから、その功罪が広登なりの視点での考察を交えつつ語られていく。その視点はかなり公平なもので、山下は思わず唸りながら呟いた。
「広登のやつすげえな……ちゃんとアレルヤさんの連絡先握ってるんだ……」
「ベルジュ少尉を介した可能性はあるが……堂馬はいつからジャーナリスト志望になった?」
「うーん……歌手を諦めたとも聞いてないッスけど……」
 先の堂馬食堂で、広登は今年の夏休みは日本をしっかり見たいので帰らないと宣言された、と堂馬一家からとても残念そうに告げられたことを思い出す。
「頑張ってるんだなあ、あいつ」
 山下が呟くが、森次からの返答はない。真剣な目つきで番組を見ている。やがて番組が終わり、竜宮島のローカルニュースが流れ始める。だが森次はまだテレビから視線を外そうとはしなかった。
「……森次さん?」
 山下が声を掛けると、森次が今気づいたというように振り向いた。また少しだけ、森次の肩に力が入っているように見える。
「ああ、すまない。どうした」
「ぼーっとしてましたよ」
「そうか、すまん」
「もう寝ます?」
「……そうだな」
 森次は本をしまい、眠る前に水を一杯飲もうと冷蔵庫を開けた。
(思っていた以上の難題をボクは背負っているかもしれないぞ……)
 と、山下は水を飲む森次の背中を見て思う。
 自分の輪郭が分からない……推進派は、森次の状態をそう表現していた。そして桐山はそれを、石神の存在の大きさに加えて生まれつき痛覚がない事に起因していると考察していた。森次自身も、その自覚はある。
 だが、それがこの三泊四日――少なくともそのうちの一日は既に消化されてしまった――で本当に解決出来るのか。
(ほんっと、桐山さんもボクにとんでもないコト任せてくれちゃって)
 困った大人たちだよ、と思いながらも、不思議とそれがプレッシャーにはならなかった。
 むしろ加藤機関への正式編入時、二番隊に来てほしいと森次から直々に言われた時を思い起こさせる、頼られることが嬉しいという思いすらあった。
(たくさん……たくさん話そう。ボクにだって、森次さんと話したいコトはたくさんあるんだから)
 山下は布団に潜り込み、森次は「消すぞ」と告げてから部屋の電気を消した。
「おやすみなさい、森次さん」
「……ああ、お休み」
 付き合いは長いけどこうやって同じ部屋で寝てお休みの挨拶をするのは初めてだな。山下はそんな事を思いながら目を閉じた。

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■■■0.5mg錠 30日分(一心と竜弦)

「なあ、本当に薬効いてんのか?」
 ひと月に一度、誰にも知らせることなく通っているその町医者の言葉に、竜弦は眉をひそめた。
「ごちゃごちゃ言っている暇があるならさっさと処方箋を出せ」
「はー……」
 黒崎一心はこれ見よがしに深々とため息を吐きながら、慣れた手つきでカルテにペンを走らせる。
「一応心配してんだぞ。月イチでお前の様子見れるから診察してっけどよ」
「知ったことか。私は貴様に処方箋以外何も求めていない」
 一心のお節介も厚意も全てが鬱陶しかった。決してそれらを押し付けられている訳では無い、ただこちらの話を真面目に聞こうとしているその姿勢だけで竜弦にとっては余計なお世話であった。
 放っておいて欲しい……そう思いながらも毎月のようにこの男の病院に通って睡眠導入薬を処方されている。薬の作用で無理矢理意識を落とさなければ、眠ることすらままならない。
 本当に薬が効いているのか単なる思い込みなのか、もうそれすら分からない。
「まあ、今月も来たってことは先月と特に変わらずってことだろうから今月も出すけどよ……本当に、まだ今の薬は効いてるんだな?飲んでないと眠れないんだな?」
「……ああ」
「依存してないってはっきり言えるか?」
「そのような様になるくらいなら睡眠を捨てる」
「例の術は?無理矢理寝れるやつ」
「効果があれば貴様のところになど通わん」 
「おーそうですか……」
 強いってのは難儀だねえ、と呟きながら、一心はペンライトを手に取った。
「瞳孔一応見せろ、心音も」
「…………」
「んな顔するな!病院嫌いのガキか!」
 ここで変に抵抗しても意味がないので、言われるがまま瞳孔を見られ、聴診器を当てられる。
「雨竜君は元気か?一護と同い年ならもうすぐ四年生だろ」
「……ろくに会話していないが、霊圧を見る限り元気なのだろうな」
 眼鏡の位置を直してシャツのボタンを留めながら答えると、一心が渋い顔をしたのが視線を上げなくても分かった。
「ちゃんと話せよ、互いのためにも」
「貴様には関係ない」
「全く関係ないってこたぁねーだろ……一応お前は義理の従兄弟だしい?」
「反吐が出る」
 スーツを整えてそう言い捨てながら立ち上がり、診察室のドアに手を掛ける。
「おいこら!勝手に出てくな!」
 一心が何か言っているが、これ以上は時間の無駄と判断した竜弦は診察室を出た。そしてさっさと待合室の受付に向かい、財布から現金を出す。
 日頃受付を担当している事務はいない。この毎月の診察は休診日を利用しており、会計も全て一心手ずから行っている。
 要らぬ負担を掛けている、という自覚はある。休診日と言えど事務が出勤する可能性はある中でもこの日だけは竜弦が一心以外と顔を合わせないようにと一心が配慮している……それも無論、理解している。
 それらを何でもない顔でしてのけるこの男の決して押し付けがましくない善性は、竜弦の心をざわざわと刺激した。
 一秒でも長く同じ空間にいるだけで、己がとうに無くしたものをこの男が持っている事実を見せつけられて吐き気すら覚える。
 ドタドタと受付まで出てきた一心は慣れた手つきで会計を行っている。
「ほれ、次はいつ来る?」
「これまでと同様で」
「第三木曜日ってことは……20日な、ほれ」
 処方箋と同時に、『クロサキ医院』と書かれた診察券をカウンター越しに返された。
 自分はこの男の善意を利用しているのだ、と月に一度しかカードケースから取り出されない診察券を見て思う。
 本来であれば心療内科に通うべき所を、事情が事情なだけにそれも出来ぬからと半ば脅すような形で睡眠導入薬を処方させた。それから半年以上この「病院通い」は続いている。
 そうしなければ、自分は眠ることすらままならない。
「毎回言ってるが、薬の量減らせそうならいつでも言えよ」
 入口の扉に手をかけたところで、一心が竜弦の背中にそう声を掛けた。
 自分とは何もかもが違う男。その言動の全てが竜弦の心を逆撫で、同時に奥底に触れてくる。
 ──何故貴様ばかりがそうして余裕を持って笑っていられる。
 ──何故そんな男の言葉で、僕は弱くなってしまう。
「出来るものなら、そうしている」
 これ以上触れるな。
 言外にそう込めて一心を睨む。リアクションの確認もせず、竜弦はそのまま扉を押して外へと足を踏み出した。

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雨竜とハチワレぬい

 真夜中にふと目が覚めた時、デフォルメされたつぶらな瞳とぱっちり目が合った。
 今日誕生日なんだってな!ゲーセンで取れたから石田にあげちゃうぜっ!と、賑やかな友人がくれた、青いハチワレ模様の猫のキャラクターのぬいぐるみ。
 貰ったままベッドに置いて、一緒に眠っていたのを霞がかった意識の片隅で思い出す。
 なんでこれを僕に、と聞いてみると、だってこいつなんとなく石田っぽいから石田が持ってると似合うかなって、と答えになっていない答えが返って来たのだ。
 僕はこのぬいぐるみのような笑顔を振り撒けるような人間ではないんだけどな、とは思ったものの、プレゼントをくれた彼の気持ちは嬉しかった。
 後で他の友人が教えてくれたところによると、この猫(?)にはいつも一緒の友達がいて、そしてとても友達思いなのだそうだ。そんな昼間の出来事が、ふわふわと泡のように脳裏に浮かんでは消えていく。
 何とはなしに手を伸ばして、ぬいぐるみの頭を撫でる。短くすこし固い毛並みと綿の詰まった感触が指先を軽く押し返した。
「……君にも、大好きな友達がいるんだな」
 口から滑り出たその言葉に意識を囚われることもなく、またあっさりと意識は深くに沈んでいった。

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以前ツイッターで呟いた「石田雨竜の部屋には啓吾がくれたハチワレのぬいぐるみがある」という妄想を真面目に文字起こししました。

Moment of disappearance

※千年血戦篇アニメ11話Cパートの会話の妄想

◆◆◆

 痩せ細っている、というのが、第一印象であった。
 僅かな灯りのみが道を照らす夜闇に降りしきる雨の中、外套も羽織らずにユーグラムの生まれた頃から千年ほど下った時代の服を着たその男は、憔悴したような目で数メートル先に立つハッシュヴァルトを見ている。
「……もう一度言おう、石田雨竜。陛下はお前を必要としておられる」
 雨音の中でも確かに届くよう、言葉に術式を乗せる。
 彼が今、何を考え何を思っているのかはハッシュヴァルトが考慮するべきことではない。ただ命じられた通りに、この石田雨竜という名の男を帝国へ連れて行くことのみが現在の彼に課せられた使命であり責務であった。
「拒絶する権利はお前にはない。お前に選択肢はなく、全ては陛下がお決めになることだ」
「……何故……」
 初めて石田雨竜が口を開いた。
「何故、父ではなく僕なのですか」
「……」
 雨に打たれ下がった体温故かその声は震えていたが、確かな芯を持っていた。
 己が何者であるか、滅却師の定めとは何か。それらを何も知らされることなく、狭い箱庭の中で育てられた男。真実を知り、雨の中立ち尽くしていた男。だが、決して愚かではない。ハッシュヴァルトは、石田雨竜に対する認識を僅かに引き上げる。
「その問いへの答えを、私は持たない」
「『陛下』のみが、それに答えられると?」
「その問いに答える権利を、私は持たない」
「………」
 石田雨竜は沈黙し、ハッシュヴァルトから視線を逸らすように俯いた。
 ハッシュヴァルトもまた、黙って石田雨竜の返答を待つ。
 しばし、雨音だけが空間を包む。ハッシュヴァルトの外套が雨を吸って重くなり始めた頃、石田雨竜が顔を上げた。 
「……分かりました」
 その言葉と共にひどく静かな瞳が、真っ直ぐにハッシュヴァルトを見た。
「案内してください、陛下の下へ」
 雨音の中、何の術式にも乗せていないはずの声はやけにくっきりとハッシュヴァルトの耳に届く。
 そして一歩、石田雨竜がこちらに向けて足を踏み出した。
 その顔にはあらゆる感情もなく、声に震えはなく。ただ研ぎ澄まされた刃のような、静かで強固な意志だけがあった。
「────」
 あまりに迷いのないその姿に、ハッシュヴァルトは言葉を失いかけた。しかし己を押し殺し、頷く。
「それで良い」
 ──この男に、『陛下に従う』以外の選択肢はない。
 ──だが、本当にそうなのか?
 浮かぶ疑念に蓋をして、すぐ真正面まで近付いてきた石田雨竜を見下ろす。
「これよりお前は、その人生において築いたもの全てと訣別し、陛下の御為に身を捧げることのみが許される」
「構いません」
 用意していた言葉にも、石田雨竜は迷う素振りも見せず首肯してみせた。そして濡れそぼった前髪の向こうから、真っ直ぐにハッシュヴァルトを見る。
 その目に、胸の奥がざわめく。それでもハッシュヴァルトは己を殺す。
「……それでは、お前を『影』に迎え入れよう」
 ハッシュヴァルトは『影』を呼び出す。その刹那に解放される力をこの男の父親に気取られるのに、そう時間は掛からないだろう。だが、初めから盤の外に弾き出されている者に用はない。
 ハッシュヴァルトはこちらに近付くその霊圧を無視し、石田雨竜ごと自身を『影』で覆う。
 その霊圧には石田雨竜も気付いていたであろう。しかし彼は何も言わなかった。
 視界が『影』に鎖され、雨音もその霊圧も感覚から消える。
 この瞬間がこの男にとって、慣れ親しんだ筈の世界との永劫の別れになる──それを指摘したところで、今更この男は自分に付いて来ることをやめはしないだろう。
 奇妙ではあるが、ハッシュヴァルトはただそれだけを確信していた。

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続・竜弦が雨竜に名古屋土産でぴよりん買ってきた話

竜弦が雨竜に名古屋土産でぴよりん買ってくる話」の続きです。

◆◆◆

「わあ、ぴよりんだ!」
箱から覗くひよこ型のケーキに最初に声を上げたのは井上だった。
「本物は初めて見たな、可愛い〜……」
「可愛いな……」
その可愛らしさに井上と茶渡が夢中で写真を撮る中で黒崎は、どこかむず痒そうな顔をしながらテーブルにカトラリーとコーヒーセットを並べている石田を見た。
「……で、これ買ってきたのがお前の親父さんと」
「……そうだよ」
「………………なるほど」
「な、何だその目は!」
「ぴよりんってすぐに崩れちゃうから、持ち帰るの大変なんだって。だから凄いね、石田くんのお父さん」
「ぴよりんの持ち帰りは箱の形の都合で偶数個が適している……だから四つ買ってきたんだろう」
「井上もチャドも詳しいな……」
ならば何故「二つ」ではないのか……それは石田以外の三人が思ったことだが、あえては言わない事にした。
石田は綺麗な白い皿にぴよりんを一つずつ乗せ、四人分のカップにコーヒーを注いでいく。
「……上がっちまって良かったのか?」
石田の実家に三人が足を踏み入れるのは初めてであった。黒崎に尋ねられた石田は事も無げに答える。
「竜弦に連絡はした、その上で何も言ってこないんだから問題ないさ」
「……ならいいんだけどな」
黒崎はまだ少し気になっているようであったが、石田は全員分のぴよりんとコーヒーをテーブルに並べ終えた。
「甘そうだからコーヒーにしたんだけど……良かったかな」
「大丈夫だよー」「問題ない」「ありがとな」
石田は三人の返答に少しホッとしたような顔をしてから席につき、各々がスプーンを手に取る。
「……おいチャド、大丈夫か」
「た、食べられない……」
「本当になんでこんな可愛いもの買ってきたんだあいつ……?」
「いいじゃねーか、せっかく親父さんが買ってきてくれたんだ、食おうぜ」
躊躇する茶渡と改めて訝しむ石田を促すように黒崎は真っ先にぴよりんの背中側にスプーンを入れた。そしてそのまま口に運ぶ。
「ん、美味いぞこれ」
「……わあ、本当だ! 美味しい〜!」
織姫も幸せそうにぴよりんを口に運ぶ。
二人に後押しされるように茶渡もぴよりんに背中側からスプーンを差し、最後に石田もどこか渋々とぴよりんにスプーンを伸ばす。
まず茶渡が素直な感嘆の声を漏らす。
「厶……美味い」
「でしょ?」
それから三人は石田の方を見る。石田はぴよりんに小さくスプーンを差し入れ、それを口に運んだ。
そしてその表情がふわりと解けたのを見て、井上が素早く携帯端末を手に取った。
「石田くん、写真撮るね!」
「?!」
石田がなにか言う前に井上は素早くシャッターを切り終えていた。
「井上さん?!」
ぴよりんを飲み込んだ石田が叫ぶが、その時にはその場の全員の端末が震え、あるいは通知音を鳴らし、あるいは通知ライトを光らせていた。
「石田くん、すごくいい顔してたよ」
「だ、だからって……じゃあ君達も撮らないと不公平じゃないか?!」
そう来るか。
そう来るか……。
黒崎と茶渡は、奇しくも内心で全く同じことを呟いた。
「うんうん、だから皆で撮ろう!」
当然ながら、井上は満面の笑みでそれに応じる。
しっかりと四人全員収まるように写真を撮り、その写真もグループトークに共有される。
そうして四人はぴよりん&コーヒータイムに戻るが、雨竜だけはやや恨めしそうに井上を見た。
「……僕の写真をわざわざ上げる必要があったのかい?」
「もし石田くんが良かったらなんだけど、石田くんのお父さんに送ってあげたら喜ぶかなぁって」
「喜ぶかなあ……?」
石田は訝しむが、黒崎と茶渡は井上に同調する。
「喜ぶだろ」
「喜ぶな……」
「な、なんなんだ君達は……」
不服であることを隠そうともしない石田だが、その頬はうっすらと赤くなっていた。
それから四人はぴよりんとコーヒーを伴に常と変わらぬなんてことはない雑談をする。陽が傾き始めた頃には何とはなしに解散する流れとなった。
そうして三人を玄関で見送り、その背中が見えなくなってから石田はこめかみを押さえて呟いたのだった。
「写真送ったほうが良いのか……?」

それから凡そ一時間後。
「院長、本日のカンファについて確認が……」
空座総合病院の内科部長が院長室に足を踏み入れた時、部屋の主たる院長はじっと携帯端末の画面を凝視していた。
その様子がどこかただならぬ雰囲気であったので、内科部長は恐る恐る声を掛ける。
「……どうかしましたか、院長?」
「いや……」
院長・石田竜弦は端末をテーブルに伏せ、僅かに目を細めながら呟いた。
「生きていれば良いことがあるな、と」
「はあ……」

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◆◆◆◆◆

特に知っていてもいなくてもいい裏話:出張先で竜弦にコーヒー受けとしてぴよりんを差し出した剛の者がいたらしい。

【雨竜視点】とある夏の日

 昨晩までの雨なんて降っていなかったかのような顔をした青い空から刺すように降り注ぐ日差しとまとわりつくような熱気に、玄関から一歩足を踏み出すなり顔をしかめる。
 玄関の鍵を閉め、日傘を差して朝八時の住宅街を歩く。目的地のバス停からなるべく早くバスに乗れることを願いながら、少しだけ早足で。
 屋根のないバス停に辿り着くと、バスはすぐにやって来た。冷房の効いた車内はがらんとしていて、後部座席に座ってようやく一息つく。流れる窓の外の景色を見ながら、今年も夏がやって来たのだなと意識の上澄みで考えた。
 目的地の図書館前でバスを降りて、建物内に足を踏み入れた。開館直後の人気の少ない図書館は、エアコンがよく効いて少し寒いくらいだ。立ち並んだ書架にはひとまず目もくれず、自習スペースの方へ足を運ぶ。
 自習スペースは既に埋まりかけており、なんとか一席空いた場所を確保した。
 ノートと問題集をカバンから出し、問題集に取り組みながらふと考える。
 ──そういえば、今年の夏休みは図書館で茶渡くんと井上さんに会ってないな。
 自分と同じように涼を求めた二人の友達と図書館に自然と集まって宿題や読書をして、近くの店で一緒に食事をして……昨年はそれが「夏休み」であった。無論毎日ではなかったが、週に三回はそうしていたような気がする。
 ──二人共、進学はしない予定だと言っていたから、そうなるのか。
 同じ町に住んでいるのだから、今はまだ会おうと思えばいつでも会えるものの。
 ──今年が高校最後の夏休みと考えたら、そんな機会は今しかないのかもしれないのか。
 ──……少し、寂しいな。
 どこか上の空の心で、解いた問題を淡々と答え合わせしていく。正答率は九割、恙無い。
 腕時計を見ると、既に正午を回っている。何か食べに出ようかと荷物をまとめて図書館を出たところ、来た時と比べて日差しが弱い。空を見上げると、あんなに晴れていた空が重たい雲に覆われ始めていることに気付く。
 ──ひと雨来るのかもしれない、洗濯物が心配だから帰ろう。
 思案の結果そんな決定を下して、バス停に足を向けた時。
「よう、石田」
 慣れた霊圧、聞き慣れた声。立ち止まり、道の数メートル先を見る。夏の暑気で少しだけその姿が揺らいで見えるような気がしたが、見間違える筈もない。
 歩きながら、その男に声を掛ける。
「……やあ、黒崎」
 何故ここにいるのか、と聞く必要はない。
 得意でもない霊圧探知でこの場所を探したのだろう。
「なんでここまでわざわざ僕に会いに来たんだ? 僕は今、帰ろうとしているところなんだけど」
 歩みを止めずに問い掛けると、黒崎は当然のように付いてくる。
「午前中は多分スマホ見てないって井上に言われたんだよ、明日の夜暇か?」
 そんなに急を要する用事なのか、と僅かに身構えるが、黒崎は常と変わらず自然体で続ける。
「明日の花火大会、オマエも来るだろ?」
「……」
 ──そんな事を言いにわざわざ会いに来たのか。
「何かと思えば……君も受験生だろう」
「勉強勉強じゃ息が詰まるだろ……って啓吾がうるさいんだよ」
「浅野君は息抜きしすぎだろう……」
 受験生だというのに遊びたがる浅野も、そんな浅野に乗せられてかわざわざここまで誘いに来た黒崎にも。呆れると同時に、肩の力が抜ける。
「分かった、行くよ。どうせ今年で最後なんだ」
「それ啓吾の前で言うなよ、アイツ泣くから」
 彼なら本当に泣きそうではある、そう想像して思わず笑い出してしまいそうになると同時に。
「……僕も彼と似たようなものだよ」
 思わずこぼれたその言葉に、黒崎は「そうか」とだけ呟いた。
 いつの間にかバス停には辿り着いていて、バスが道路の向こうから姿を見せていた。
「じゃ、啓吾達には俺から伝えとく」
 バスに気付いた黒崎はひらりと手を振ると、背を向けて元来たのであろう道を歩いて引き返し始めた。
「あ……黒崎」
「ん?」
 バスが停まる前に思わず呼び止めると、黒崎が振り向いた。
「……また明日!」
 バスのドアが開く寸前で声を張り上げると、黒崎は少しだけ驚いたような顔をしてから唇の端を上げ、
「おう、明日な」
 その言葉を聞き届けて、バスのステップに足を掛ける。
 また明日と言って返ってくる声。こんな何でもないやり取りで何故だか胸の内がむず痒くなるが、それでも奇妙な晴れやかさを覚えた。
 運転手に回数券を渡し、空いている席に腰を下ろす。
 窓の外を見ると、黒崎はのんびりと歩道を歩いていた。
 君も日傘くらい差したらどうなんだと言うべきか、と思いながら窓から見えるよう小さく手を挙げると、気付いた黒崎がこちらに向けてひらりと手を振った。
 バスはすぐに黒崎を追い抜き、黒崎の姿は小さくなっていく。
 ──そう言えば黒崎に最後に会ったのは、一週間前の終業式以来だったか。
 ──明日になれば茶渡くんや井上さんにも会えるだろうか。
 ほんの一週間彼らに会わなかったというだけで寂しいと感じるだなんて、と内心で自分に苦笑しつつ、そんな自分が嫌いではないことにも気付く。
 ──楽しみだな。
 浮つき始めた心はそのままでバスに揺られながら、少しだけ頬を緩めた。
 
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【直央+クラファ】PM6:00

「ごめんね直央、お母さん今日お迎え遅くなりそうで、そっちに着くの九時過ぎになりそうなの。事務所で待てる?」
 電話の向こうの母親は、心の底から申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だよ、お母さん。心配しないで」
 直央がそう返すと、母親は何度も謝り、プロデューサーさんや大人の人たちと一緒にいてね、と言い残して電話を切った。
 きっと仕事が忙しいのだろう、と直央は納得する。母親は看護師という多忙な職に就いている、こういったことは初めてではない。
 スマートフォンの時計を見ると、夜の六時。母親は七時に迎えに来る予定だった。
 事務所のフリースペースに広げている学校の宿題を眺める。母親を待ちながらやるのが習慣になっている宿題はあと三十分もすれば終わる。今日はプロデューサーや事務員の賢が事務所にいない。突然生まれた二時間をどうしようか、それに夜ご飯は……そう考え始めた時、頭上から声が降り注いだ。
「どうした、岡村」
「あ……鋭心くん。お疲れ様です」
 顔を上げると、鋭心がコートにマフラーの出で立ちで直央が座っていたソファの横に立っていた。
「どうした、一人で。帰らないのか」
「お母さんが迎えに来るのを待っているんです。志狼くんとかのんくんは、もう帰りました」
「そうか……」
「あれ、直央じゃん。お疲れ」
「岡村くん、お疲れ様」
 鋭心の後ろから、すっかり帰り支度を整えた秀と百々人が顔を出す。
「秀くんも百々人くんも、お疲れ様です」
 直央が会釈すると、鋭心は少しだけ考えてからこう言った。
「秀、百々人。岡村はしばらく事務所で母親の迎えを待つらしい。時間的に夕飯もまだだろうし、この後の食事に岡村も誘って構わないか」
「え、そうなの? いいですよ」
「うん、僕も賛成」
「え……ええっ!」
 突然の夕飯への誘いに慌てる直央だったが、鋭心は「どうした」と首を傾げる。
「嫌か、それとももう食べたか」
「いえ、まだです……けど。いいんですか? C.FIRSTの皆さんの中にお邪魔しちゃって……」
「全然、いいに決まってるじゃん」
「一緒に食べよう」
 にこにこと頷く秀と百々人、そして「決まりだな」と頷く鋭心。
 直央は恐縮で小さくなりながらも、恐る恐る自分の宿題を指差した。
「じゃあ、その……こ、この宿題が終わったら、よろしくお願いします……」

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【一心と竜弦】院長室、一人と一人

※藍染による空座町侵攻直前の話

「よお、調子はどうだ?」
 その声は、院長室の入口のドアではなく壁際から聞こえた。
 デスクでノートパソコンと大きなサブディスプレイに向かい合っていた竜弦は、声のする方には顔を向けず指はキーボードから離さず、ただ言葉だけを返す。
「何の用だ」
「様子を見に来た」
「貴様は貴様でやることがある筈だろう、さっさと帰れ」
「つれねえなあ」
 声の主はそうぼやくが気にした風もなく、デスクの方に歩み寄ってきたかと思うと竜弦のノートパソコンとディスプレイを肩越しに覗き込んできた。
 男の体で光が遮られて視界が暗くなるが、退かせるのも面倒なので竜弦は打鍵とマウス操作をやめない。
「……入院中患者のリストか」
「万が一目を覚まされたところで私しか対応出来ん」
「……そうだな、頑張れよ」
「余計な仕事を増やしてくれたものだ……」
『この町にとある悪党の手が迫っています。
 なのでこの町を守るために丸ごと尸魂界に転送します。
 住民の皆さんにはその間眠っていただきますが、強い霊力をお持ちのアナタには全く効かないでしょうから事前にお伝えしておきます。
 アタシ以外にアナタのこと知られるとアナタも何かと面倒でしょうから、なるべく病院から出ないでおいてください☆』
 駄菓子屋店主が隠し倉庫に残して行ったあのふざけたメッセージのことを思うと頭が痛くなる。この病院にどれだけの人間が入院していると思っているのか。
「……何だか知らんが、人間を巻き込むな」
「……ああ、そうだな」
 思わず溢れた独り言に返ってきた相槌がひどく重苦しいものに聞こえたので、竜弦は初めてディスプレイから視線を外して振り向いた。
 黒い着物を身に纏ったその男は、腕組みをして竜弦の背後に立っていた。
 その表情は険しかったが、すぐに取り繕うような笑顔に変わった。
「それ、手伝うか?」
 作り笑顔がひどく癇に障るので竜弦は視線をディスプレイに戻した。
「要らん。貴様は自分の家にいろ」
「……そうかい、ありがとよ」
 礼を言われる覚えはないので無視してパソコンの操作を続ける。
「そんじゃ、俺は帰るわ」
「さっさと帰れ」
「おーおー、それじゃあな」
 男の気配が背後から離れていく。
「黒崎」
 名前を呼ぶと、壁をすり抜けてきたくせに律儀にドアから出ようとしていたらしい男……黒崎一心が振り向く。
 最初に名前を呼んだ時は驚いていた癖に、あれから一週間と経っていないにも関わらず今では驚きもしていない。
 人間的なものか年長ゆえのものか分からないが、その余裕に僅かに苛立ちを覚えながらも、竜弦は言葉を続けた。
「死ぬなよ」
 この頑丈な男が死ぬと本気では思っていない。
 ただ、必要があれば自分の命の優先度を下げることに躊躇いのない男であろうことは分かっている。なのでその言葉を投げ掛けた。大した抑止にもならないだろうが、言わないよりはマシであろうと。
 一心は竜弦の言葉に目を見開いたが、すぐにニヤリと破顔した。先の作り笑いとはまるで違う笑顔だった。
「命は賭ける予定だが死なねえよ。……お前と仲良くしてくれって、真咲に頼まれてるからな」
 思いがけず出てきた従姉妹の名、そして何故自分と『仲良く』することが一心が死なないことに繋がるのか理解できず、思わず眉をひそめる。
「……初耳だが」
「二十年近く俺の名前呼ぼうとしなかった奴にそんなこと言えるわけねえだろ……じゃあな、本当に帰るぞ。そろそろ午後の診療が始まっちまう」
 一心はひらひら手を振って、ドアをすり抜けて院長室から出て行った。
 邪魔をするだけして、一体なんだというのだ。竜弦は一つ溜息を吐いて、仕事を再開した。
 あの男が去り際に見せた無遠慮な笑顔。それを見て少なからず安心している自分に気付いたが、思いの外悪い気はしなかった。

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明らかに何かに憑かれているが全く気付かない眉見鋭心

「そういえばここのスタジオ、出るらしいですよ」
 スタイリストのその何気ない言葉に、眉見鋭心は首を傾げ……ようとしたが、今はヘアセット中であることを思い出して一つ瞬きをする。
「出る、とは?」
「幽霊ですよ。ここのスタジオ、廃病院を改装して作ったスタジオなんですけどね。その頃から出るって噂があるんだそうですよぉ」
 廃病院を改装したスタジオ、という点はどうも確証があるようだが、出るのか出ないのかいつからなのかという部分は伝聞らしい。
 鋭心は「なるほど」と首は動かさずに相槌を打つ。
「ここは元々本物の病院だったんですね。道理で建物の外観が病院のようだなと」
「そう思いました? まあリアルな病院っぽい施設で撮影出来るのがここのウリですからね」
 スタイリストは世間話をしながらもセットの手を止めない。
「と言っても今日は病院セットでの撮影じゃないですけどね……それでもやっぱり元の建物全体が病院だからどこの部屋にも出るときは出るとかなんとか……はい、出来ましたよ」
 メイクとヘアセットを終えた鋭心は椅子から立ち上がる。首筋にふわりと風が触れたような感触を覚えたが、気にも留めなかった。

【WT】荒船隊隊室にて(映画「ミスト」の話)

※「ミスト」の軽いネタバレがある
※ 荒船隊は全員見ている、「ミスト」を
※ オチはない

□□□□□□□□□□

「聞いてくれ、俺は恐ろしいもんを見ちまった」
「急」
「あったのか、何か」
「この前たまたま俺以外全員防衛任務入れない時あっただろ、その時に空き時間使って俺と王子、水上、二宮さん、三雲で『ミスト』を見たんだが」
「何すかその面子」
「王子と水上は分かるがそこに二宮さんと三雲」
「しかも何でその面子でミストを見ようと思ったの?」
「分からないな、チョイスが……」
「王子がそこの棚から最初に抜いたのがミストのDVDだったんだが俺もなんで止めなかったんだろうな……とにかく見たんだ、ミストを。俺以外は全員初見だった」
「メンバーと映画のチョイスの時点で嫌な予感しかしないのよ」
「加賀美の予感は正しいぞ。見てる間全員真顔だった」
「怖っ」
「こう言った非常事態下の措置や対処法についてずっと真顔で話し合ってたな」
「うわダル……まあでもそれくらいはボーダー隊員なら考えるでしょ」
「怪獣映画とか小さい頃みたいに素直に見れなくなったもんねー」
「それはそうだが全員真顔というところだな、一番怖いのは」
「穂刈の言う通りだ、実際映画より怖かったぞ。まあ俺も参加してたけどな」
「ですよね」「それでこそよ荒船君」
「真顔だったのか、荒船も」
「いや俺にはまず『ミスト』を真顔で見るのは無理だ。まあそれはいいんだが……ほら、途中で出てくるだろ。宗教おばさんが」
「いたな、そういえば」
「三門の駅前とかに一時期めっちゃ立ってたタイプっすよね、ああいうの」
「まさしくそれを王子が言い出して……」
「言いそう……」
「二宮さんと三雲も『言われてみれば』と同意してだな」
「真顔で?」
「真顔だ」
「怖いな」
「そしたら水上がふわっと食いついた」
「ふわっと食いつくって何?」
「それほど前のめりでもないが興味はある、みたいな……大阪でもその辺は百パー無縁ってわけじゃないらしいからな。それで俺も含めて三門市の人間達で水上に色々その……話したんだな、一時期の三門市の駅前の話とかを」
「ミストを見ながら『本物』の話をしてる状況怖すぎません?」
「現実が強すぎて霞み始めたな、ミストが……」
「それでだな……だんだんやけに水上の食いつきが良くなってきて……」
「何が触れたんだ、水上の琴線に……」
「そして王子と水上の間の話題が非常事態下の人心掌握術になっていった」
「ッス……」
「半崎くんが引いてるわよ荒船くん?!」
「俺はあった事を話してるだけだぞ?!」
「そっちの二人はともかくどうだったんだ、二宮さんと三雲の方は」
「二人はそっちの方は興味なさそうだったな、まああの状況下における民衆の動き方とかは話してたが……その辺りで思った、見る映画間違えたなと」
「遅いな、気付くのが」
「『キャビン』とか『来る』とかにしとけば良かった」
「なんでチョイスがホラーばっかりなんすか」
「でもその面子で映画鑑賞会をやった荒船君の度胸は評価に値するわ……」
「しかもその後その面子で防衛任務したんすよね……?」
「したぞ。玉狛第2と二宮隊が合流して、俺と王子と水上は三人の臨時部隊で、細井のオペでな」
「防衛任務か……あの結末を見た後に……」
「にしても犬飼くんとか呼べるなら呼べばよかったのに、二宮さんや三雲くんだって内心気まずかったかもよ」
「犬飼と空閑とあの新入りはなんかもっと怖い反応が出て来そうだし辻とちびちゃんに見せるのは普通に良心が咎めるだろうが」
「辻と雨取以外は咎めないのか、良心が……」
「二宮さんと三雲にしても普通に会話には参加してたぞ、まあ三雲は最初こそ『何故自分がここに?』みたいな顔してたがミスト見てる間は真顔だったし二宮さんとの話も弾んでたしな、出水の弟子同士ちょっと仲良くなれたんじゃないか」
「出水くんも自分の弟子がミストを真顔で見ることで仲良くなってるとは思わないと思う」
「いっそ出水にもミスト見せるか……ちょうど射手訓練用メソッドを考えてるところだしな……」
「新手の拷問か?」
「A級1位部隊の隊員にミストを見せながら考え出される射手訓練用メソッドって何よ」
「それなら二宮さんにも聞けば良かったんじゃないすか?」
「そうだよなー、真顔ミスト鑑賞に驚きすぎて忘れてたぜ……」
「……荒船の話を聞いていると見たくなってきたな、ミストを……」
「俺も話しながらちょっと見たくなってきた」
「うわダル……」
「絶対に嫌だからね」

終。

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【WT】香取葉子と隊長会議

 隊長会議。
 会議と言っても連絡事項の共有程度なことがほとんどで、週に一回のB級隊長会議と月に一回の全体隊長会議の二種類がある。
 正直、死ぬほどめんどくさい。
 これアタシが出る必要ある? と思う。
 別に連絡事項の共有とかそんなの支給端末でいいじゃん。というか太刀川さんがしょちゅう出水先輩を代理に立てて会議さぼってるのになんでアタシはダメなわけ? ……ということを華に素直に愚痴ったら、「あれは太刀川さんがA級一位部隊隊長かつ総合一位だから許されている蛮行よ」「でも総合二位の二宮さんと三位の風間さんはちゃんと会議に出ているでしょう、隊長たちに示しを付ける担当はあの人たちであって太刀川さんじゃないから」と淡々と諭された。それはそれでムカつく。なんだこの組織。
 「めんどくさいを連呼しながら毎回会議にちゃんと出てるのは葉子の良いところだと思う」とも言われたので、アタシは今日も仕方なく隊長会議に向かう。
 今日は全体会議の日だから、会議も席が階段状に並んでる一番大きい部屋を使う。あと全体会議の日は、ペットボトルのお茶が出る。B級隊長会議の時も出せっての。
 開始五分前に会議室に入ると、まだちらほら空席はあるがほとんどの人は来ているようだった。
 部屋の入口の近くだと諏訪さんの隣が空いていたので仕方なくそこに座る。諏訪さんは私が座るなり声を掛けて来た。
「おう香取、今日はずいぶん機嫌悪いな」
「は? 何藪から棒に」
「お、そこまで機嫌最悪なわけじゃなさそうだな」
「おっさんしつこ……」
「誰がおっさんだコラまだ二往復しか会話してねーだろうが」
「ふふ。カトリーヌと諏訪さん、今日も仲良しだね」
 諏訪さんを挟んで私の反対側に座っている王子先輩が、当然のように会話に入って来た。この人が急に会話に入って来るのはいつものことなのでアタシも諏訪さんも特に気にしない。
「王子先輩それマジで言ってんの?」
「僕の目にはそう見えるからね」
「おーおー、勝手に言ってろ」
「そう言えば諏訪さん、風間さんや二宮さんがまだ来ていないのが珍しいですが、何かご存じで?」
 言われてみれば、太刀川さんはともかくとして会議にはちゃんと来る人達がまだ来ていない。あと一分で会議が始まる時間なのに。
 諏訪さんはボリボリと頭を掻いて、特に気にした様子もなく答える。
「あ? あー……あいつらな。会議の前にやることあるんだ。でももうすぐ来るぞ」
 その言葉がやけに確信を伴っているものだったので、アタシだけでなく王子先輩も少し怪訝な顔になる。
「諏訪さんなんか知ってるの?」
「何してるのかくらいはな」
「そう言えば木崎さんも来ていないね。太刀川さんがいないのはいつものこととして……」
 その時、入口のドアが開く音がした。アタシ達三人がそちらを見ると入って来たのは、縄か何かでぐるぐるに縛られた太刀川さんを片腕で米俵のように担いだ木崎さんだった。その後ろから風間さんと二宮さんが入室して来る。
「……は?」
 思わず声が上がる。
 異変に気付いた他の隊長達もざわつき始めた。
 正直笑いたいけど笑っていいのかこれ、という空気が会議室内に漂い、一方で加古さん・東さん・冬島さんは事情を知っていたのか戸惑うでもなく普通に笑っている。来馬先輩は苦笑していた。
 そんな空気の中を木崎さんはのしのしと進み、一番前の席に太刀川さんを放り込んで自分はその隣にどすんと腰掛けた。木崎さんとの間に太刀川さんを挟んで風間さんが座り。そして太刀川さんの後ろの席は二宮さん。
「こんなのってねえよ……」
「こんな目に遭いたくなかったら講義に出てレポートを出して隊長会議にもちゃんと出ろ」「嵐山や柿崎にレポートを手伝ってもらおうとするな出水に隊長会議の代返をさせるな」「恥ずかしくないのか人間として」
 太刀川さんはさめざめと泣いていたが、清々しいくらい三方向からボコボコにされていた。
 ここまで同情心が湧かない多対一も無い。
 諏訪さんはニヤニヤ笑いながらペットボトルのお茶を開ける。
「お前ら、あんな大人になるなよ」
「っふふ……ふ、はい、気を付けます」
 王子先輩は必死で爆笑を堪えている風だったが、アタシは笑えなかった。
 太刀川さんのダメダメっぷりを見て思い出されるのは、まず雄太の「太刀川さんっていつもランク戦してるんだけど、いつ大学行ってるんだろうって攻撃手界隈で噂なんだ~」というのほほんとした言葉。隊室に置いてあるアタシが持ち込んだゲームのソフトとハードの数々。そしてちょっと前……いや何年か前だった気もするけど、とにかく麓郎に以前言われた、『お前このままだとただバトルが強いだけのダメ人間になるぞ!』なる言葉。
 忍田本部長が会議室に入って来て、何事もなかったかのように隊長会議が始まる。
 ……せめて隊室のゲームを、全部片付けよう。
 縄でぐるぐる巻きにされたまま最前列で晒し者にされている太刀川さんを見て、アタシはそう心に決めるのだった。

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ワートリの女子だと香取が一番好きです。

【WT】二宮と加古が防衛任務しながら来馬の話をするだけ

「二宮くん、私時々不思議に思うんだけどあなた高校の方に友達いたの?」
「は? 友人くらいいたが」
「そこで喧嘩腰に返して来るから学校に友達いなさそうって印象が真っ先に来るのよね~」
 二宮と加古の会話は暢気なものだが、二人の後ろには蜂の巣になったトリオン兵が積み重なっていた。
 ここは三門市警戒区域内。今日は高校生隊員の多くが二学期の中間試験で防衛任務に参加出来ないため、高校生ではない隊員達による臨時合同部隊が編成されている。そして二宮と加古は二人で警戒区域の南側を担当しているのだった。
 二宮と加古は担当区域を見回りながら、世間話を続ける。
「だって私、あなたが高校の休み時間とかでまともに会話をしてるの、私以外には来馬くんくらいしか見たことないわよ」
「……」
「あ、高校時代に来馬くんしか友達がいなかったっていう話は本当なのね。卒アルも二宮くんの写ってる写真は絶対来馬くんか私が一緒に写ってたものねー」
「……それがどうかしたのか。もう高校生でもあるまいし」
「いいえ~? ただ今の高校生の子達は、同じボーダー同士での友達も多くてちょっと羨ましいなって思っただけよ」
 夕暮れ時の警戒区域内は静かで、二人の話し声と風以外は何も音を立てない。加古は一つ伸びをした。
「ボーダー隊員になっちゃったら、どうしても周りと壁が出来るじゃない。皆勤賞は貰えない、クラスメイトは守る対象、学校行事だって参加は出来るけど緊急招集が掛かれば途中から不参加。その上二宮くんは二宮くんだし」
「おい、最後のはどういう意味だ」
「その点、今の子達は同じ学校に何人もボーダー隊員がいる。それって結構心強いんじゃない?」
 自分の言葉を思い切り無視されて何か言いたげな顔をしながらも、加古の言葉に二宮は渋々頷く。
「……それはあるだろうな。現高二以下は特に人数が多い」
「ま、そう考えたら入隊前からずっと二宮くんが友達認定出来てた来馬くんってやっぱりすごい子なのよね。来馬くんがボーダーに入隊するつもりだって聞いた時、ちょっと納得しちゃったもの」
 その時臨時部隊オペレーターの月見から、トリオン兵反応のアラートが送られて来た。二人は会話を続けながら、アラートの方角に意識を向ける。
「……一つ言わせろ」
「何かしら?」
 モールモッドが地面に腹を擦る音を立てながら道の向こうから迫って来る。
 二宮はメイントリガーでアステロイドを起動し、弾速に振った108分割の弾丸をモールモッドに向けて雨のように発射する。モールモッドが足を止めている隙に加古が宙に躍り出ると、右手のスコーピオンであっさりとモールモッドの首を落としてしまった。
「あの時期の来馬は、誰に対してもそうだった」
「あら。じゃあ来馬くんにとって二宮くんは友達と言えるほど仲良くもなかったってわけ?」
 山と積まれた荷物が崩れるような音を立てながら道路上に転がったモールモッドはもうピクリとも動かない。モールモッドの活動停止を確認した二人は、既にモールモッドを視界から外していた。
「そういうわけではない、中学から高校にかけて四回も同じクラスになっていればあいつにとって俺は友人扱いするに十分だ」
「それを自分で言える自信も凄いわよあなた」
 加古の呆れながらの突っ込みを意に介せず、二宮は周囲を警戒しながらも淡々と自分の話を続ける。
「そしてあの頃のあいつからすれば、あいつの視界に映る人間全てが等しく尊重すべき存在だった。友人であろうとそうでなかろうと同じように扱っていた」
「それは今でも変わってない気がするけど」
「俺にはその程度が度を越して見えたという話だ。少なくとも、ボーダーに入隊して鈴鳴第一に配属されるまではな」
 防衛任務終了まで残り十分を切ったと月見のオペレーションが入る。
 二人は基地の方角へと足を向けた。
「それじゃ二宮くんから見たら、あの頃と今の来馬くんは違うってこと?」
「他人や友人よりも隊員を優先するようになった。人間関係に明確な優先順位を付けられるようになったのは成長と言うべきだろう」
「……そう」
 加古は首を傾げ、横を歩く二宮の愛想のない顔を覗き込んだ。そしてくすくすと笑いながら肩を揺らす。
「二宮くん、来馬くんがボーダーに入るって言い出した時に来馬くんのいないところで心の底から嫌そうな顔してたっていうのにねえ」
「いつの話をしている……」
 二宮が僅かに顔をしかめたのを見て、加古は肩をすくめる。
「それでまた本人のいないところでこういう話をするじゃない。本当にそういうところよあなた」
「何がだ?」
「教えてあげない。それくらい自分で考えなさいな」
 加古はもう一度大きく伸びをした。薄暗くなり始めたかつての住宅街に、影が長く伸びる。二宮は眉間に皺を寄せたが、それ以上何も言わなかった。
 ああそうだ、と加古が声を上げる。
「二宮くん、今日の日替わり定食何か知ってる?」
「……知らん」

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□□□□□□□□□□

↓以下、会話の流れを考えて書かなかったりした諸々の補足です。ほとんど全部根拠の薄い妄想なので読んでも読まなくてもいいです。

・来馬が同じ高校出身の二宮&加古よりボーダー入隊時期がかなり遅いことを考えると、来馬の入隊は二人の影響があったのでは?という妄想

・二宮と加古の入隊時期はBBFの表から「彼らが十七歳になる年の前半」であると考えられるので高一の三学期~高二の一学期頃

・一方で来馬はボーダーに入る頃には既に大学に上がっていたのでは……?大学一年次前期頃?三門市立大学のトリガー研究室はボーダーに興味のある人をスカウトする窓口でもあるので、研究室経由で入って来た初めての大学生が来馬だったりするのでは(他の現状の大学生正隊員は全員高校以前から入隊してる)

・BBFで来馬と二宮の成績が横並びだったので中高で同じクラスになったこと何回もありそう

・小中高という若い子しかいない極小コミュニティの中で来馬のあの菩薩ぶりはあらゆる人に好かれると同時に一定の距離を置かれていてもおかしくない。その上で来馬は友人にもそうでない相手にも対等に接する。二宮はその頃の来馬のことを知っているので彼が鈴鳴第一の隊長になって隊員達を優先するようになって良かったと思っている

・加古もその時期の来馬のことは知っているが、二宮ほど深刻に捉えてはいなかった。ただ、あの二宮くんと普通に仲良くなれるのは才能なのでは?とは当時から思っていた

・二宮はあの性格なので友達は別にいてもいなくてもいいけど好きな人達のことは大事にする(ただし主な愛情表現が焼肉)人に見えるので来馬がボーダーに入りたいと言い出した時流石に渋い顔はしたんじゃなかろうか

・高校の方に、と加古が言ってるのはボーダーの同年齢組である太刀川・堤は別に普通に二宮の友達だろうと思っているため。

・関係ないけど二宮はあの自己肯定感の高さと高そうな私服と素直な向上心とまあまあ傍若無人な性格から「この人良いとこの家庭で親に可愛がられて甘やかされて育ったんだろうな」と勝手に思ってる

・なおこの話での二宮と加古の会話は全部月見さんに筒抜けだが、二人とも「まあ聞かれても良いか」と思っている