カテゴリー: 星劇

幸せの唄(再録)(和愁)

和愁未来捏造。
一人でブロードウェーを目指し渡米した空閑を虎石が訪ねる話。

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 するり、と腕の中の温もりが動いたのを感じて、夢うつつの中を漂いながら思わずぎゅっと抱き締める。すると腕の中の虎石がもぞもぞと寝返りを打ってきた。うっすら目を開けると、日が登り始めているのか、部屋に差し込み始める光が目に沁みた。目が慣れるに連れ、にやにや笑いながら俺の顔を覗き込む虎石の顔が見えてきた。
「なーに愁ちゃん、おねむ? それとも甘えた期?」
 何か下らないことを言っているが、耳から脳へと響くその声が心地好くて、虎石を抱き寄せながら俺は目を閉じた。頭を撫でられる感触がふわふわした眠気を誘い、俺は躊躇わずにその眠気に身を任せることにした。だが虎石はお構いなしに話しかけてくる。
「なあ愁」
「……」
「愁、こっち来てからずっとここに一人で暮らしてるんだよな?」
「……」
「寂しくねえの?」
 答えるのも面倒なので、俺は返事の代わりに腕に力を込めた。すると虎石の心底嬉しそうな笑い声が、ぼんやりした意識の中でぱちぱちと弾ける。
「……そっか」
 ぎゅう、と強い力に抱き寄せられるので、俺はその温かさに黙って身を委ねることにした。どうせ俺しか住まないのだからと適当に買ったパイプのシングルベッドは二人で並んで寝るには狭くて、でも抱き合って眠るのにはちょうどいい広さということを、今日初めて知った。

 NY・ブルックリン、AM7:12。
 半年ぶりの恋人同士の夜に朝が訪れるまで、あと数分。

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something there(再録)(和愁)

中学時代の和愁。

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 左の二の腕がじりじりと焼け付くように痛む。頭の中はもやがかかったようで、座っている地面がゆっくり揺れているような気がする。
 小さな公園の木陰にもたれかかり、傷跡を右手で押さえながら空閑は長く息を吐き出した。
 陽は沈みかけで、頬を撫でる風は少し冷たい。
 事の始まりは、中学から家路についていたら不良に取り囲まれたこと。どうして絡まれたのかは知らない。5人程度の不良で、それくらいの人数、普段なら返り討ちにするのも容易い。しかしその内の1人が刃物を持っていたのがまずかった。返り討ちには出来たものの、左腕に当たった一閃がやや深く肉を切ってしまったようだ。
 家に帰って手当をすれば何とかなるだろうと思ったが、家に辿り着く前に立ちくらみに襲われた。そして公園で一休みしようと思ったら、立てなくなってしまったというわけだ。これはちょっとまずいんじゃないか、とぼんやり考える。ここでこうしていたらいずれパトロール中の警察官に見つかるかもしれないが、それだと今日は遅くまで仕事の母親に迷惑が掛かる。それは嫌だな、どうするか。血がそんなに出ているわけでもないのに、困った。
「愁!!」
 ぼんやりした意識を引き上げるような声に、はっと空閑は顔を上げた。
「何やってんだよこんなとこで!」
 怒ったような顔で見下ろしてくるのは、幼馴染の虎石和泉。
「……虎石」
「探したんだぞ、家行ってもいねえし……誰にやられたんだよ」
「やられてねえ。全員返り討ちにした」
「あーもう、いいから帰んぞ!」
「ん……」
 空閑の鞄を引っ掴んだ虎石が右の脇の下から支えるようにして空閑を立たせるので、空閑は虎石に体を預けながら立ち上がった。
 そのまま、半ば引きずるようにして家まで連れて帰られた。勝手知ったるもので、虎石は救急箱や清潔なタオルをてきぱきと用意してから空閑の学ランとワイシャツを脱がす。空閑はタンクトップ一枚で、虎石にさせるがまま手当てを受けた。
「制服、切れてんじゃねーか」
「……後で縫う」
 虎石はまず左腕の傷口を濡れタオルで拭い、消毒してオロナインを塗るとしっかりと包帯を巻いてくれた。
「こんくらいなら病院で縫わなくても大丈夫じゃね。血もそんなに出てないし……つか、なんでそんなふらふらなんだよお前」
 虎石の指が、俺の顔に伸びる。ぴり、とした痛みが走ったので、そこも傷が付いていたことに気付く。
「……誰にやられたんだよ」
「顔見てねえ」
「はあ?」
 虎石の顔がぐいと近付いてきた。ぬるりとなにか熱く柔らかいものが頬を這い、背筋が震える。傷口を舐められたと気付き、目を見開く。
「虎石っ……」
「何それ。お前の顔に傷付けた奴等の顔見てねえの?」
 べろり、ともう一舐めされ、息が詰まる。
「おい、」
 右手で体を支えているので左腕で押し退けようとするが、左腕に走る痛みで動きが止まってしまう。
「っつ……」
「なー愁」
 虎石の目が真っ直ぐに空閑を覗き込んだ。その目に宿る怒りと独占欲に貫かれて動けなくなる。とん、と右肩を軽く押されて床に押し倒された。
「おい虎石!」
 声を荒げる空閑に虎石は跨がり、右手首を床に押さえ付けた。
「……誰にやられたんだよ」
 その声はひどく平坦だ。これはいけないスイッチが入ったな、と思いながら、空閑はとにかく虎石を落ち着かせようとした。
「だから顔見てねえって……」
「……愁さ、無防備すぎ」
「は……?」
 思いがけない言葉に呆気に取られていると、ぎゅ、と右手首に強い力が掛かる。軋むような痛みに顔をしかめると、虎石の顔が近付いて来た。何か柔らかいものが唇に触れる。それが虎石の唇だと気付くのに、少し時間がかかった。驚きで何も出来ずに固まる空閑。その唇の感触を味わうように、虎石は触れるだけの啄むようなキスを何度もした。
 男友達からそんなことをされている、という事実はどこか現実離れしていて、まだ少しふわふわした意識の中で空閑は虎石の唇を受け止めていた。不思議と嫌悪感はなかった。ただ少しだけ、心臓の鼓動が早くなった。
 名残惜しそうに唇が離れ、虎石は空閑を至近距離から見つめながら呟く。
「……ほら、俺にこういうことされても、愁は抵抗しねえだろ」
「何言って……」
「愁さ、もっと自分のこと大事にしろよな」
 虎石は体を起こすと、空閑に跨がったまま頬の傷の手当てをした。傷口に消毒液が沁みるのでくぐもった声を漏らしながら身動ぎすると、虎石はそれをじっと見た。少し気まずくて目を反らすと、
「……悪い」
 そう呟いて、虎石は絆創膏を貼ると空閑の上からどいて立ち上がった。空閑はぼーっと床に横になったまま、救急セットを片付ける虎石を見ていた。
 今日の虎石はなんだかおかしい。けれど、それをただ受け止めているだけの自分もなんだかおかしいようだ。唇をなぞると、先の虎石にされたキスを思い出してまたどくりと鼓動が早まる。
 とにかく落ち着きたくて、大きく息を吸い、そして吐き出す。するとぐうと腹の虫が騒いだ。
 そこでようやく気付く。
「虎石、腹減った」
「は?」
「冷蔵庫に夕飯ある筈だから暖めてくれ。腹減って動けねえ」
「はあ?! あんだけ人を心配させといて腹減ったって……おっ、お前なあ」
 心配させやがって、と怒ったような声で言う虎石。照れ隠しだな、と思いながら、空閑は台所へ向かう虎石を見送った。
「一口くらい寄越せよ!」
「それくらいならやる」
 台所から筑前煮の食欲をそそる匂いがしてきたので、空閑は目を閉じてそのにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。

 これは、二人の間で何かが変わりつつあった、そんな初秋のとある夕方の話。

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死神の夢(再録)(和愁)(※パロ)

公式ツイッター2016年ハロウィン企画の空閑が命を刈り取りそうだったので書きました。

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 その時空から、不思議な光が降りてきたのです。

「……? なんだ……?」
 夜六時過ぎ。学園と寮の間の短い道を歩いている途中だった虎石は、思わず足を止めて空を見上げた。
 濃紺の空を白い何かが不自然に強い光を放ちながら、否、不自然に強く白い光が地面に向かってゆっくりと降りてきているように見えたのだ。しかもそれはなんだか、こちらに向かってきているようで。
 現実離れした現象が唐突に目の前で起こっていることに唖然とするしかない虎石。
 やがてその光は地面に降り立ち、パッと眩い光を四方八方に放った。
 光の中から現れたそれは、

「……俺だ」
「って愁かよっ?!」
 光の中から現れたのは、空閑だった。小中高と同じ学校に通い、腐れ縁でもある親友の顔を見て思わずほっとし、異常な登場であったことも忘れて虎石は空閑に近付く。
「びっくりさせんなよな~……ってか、なんだよその変なカッコ」
 空閑は、虎石には見覚えのない格好をしていた。やけに裾がボロボロな黒い着物を着て血のように赤い頭巾をかぶり、頭には髑髏のような仮面を着けていた。おまけにその手には、禍々しく光る刃も鋭い大きな鎌。そう、その姿はまるで……
「死神……のコスプレか?」
 漫画に出てくる死神を思い出しながらそう言うと、愁は「何言ってんだお前」と怪訝な顔をした。
「コスプレじゃねえ。俺は死神だろ」
「……は?」
「今更どうしたんだ、二年前からそうだっただろ」
「え、いや、はぁ? 何言ってんだよ愁?」
 空閑の突飛な発言に思わず聞き返すと、空閑は呆れたように溜め息を吐いた。
「二年前、俺は人間でありながら死神を始めた。親父が死神だったからな、その力を受け継いでだ……お前だけには話しただろ、忘れたのか」
「全っ然覚えがねえんだけど……」
 夢でも見てるのか、と虎石は思い始めた。どっきりにしては大掛かりすぎるし、目の前の空閑の顔は嘘を言っているようには見えない。
 夢なら夢で良いか、と開き直り、虎石は空閑の格好をまじまじと見た。
「えっなに愁、マジで死神なわけ?」
「そうだ。本当何も覚えてねえんだな……」
「死神って、何すんの?」
「死んだ人の魂を、安全に天に送り届けたり、たまに地獄に落としたりする。まあ、交通整理みたいなもんだな」
「へえ、じゃ、オレが死んだら愁が天国まで送ってくれるわけ?」
「……そう、なるな」
 急に歯切れが悪くなる愁に違和感を感じる。なあ愁、とその肩に手を伸ばした瞬間、目の前が真っ白になった。

「……し。おい、虎石」
「……ん?」
 目の前にあるのは、よく見慣れた空閑の顔。妙に背筋が痛いと思ったら、どうやら机に突っ伏して眠っていたらしい。がばりと体を起こすと、夕暮れのオレンジの光に染まった教室が目に飛び込んできた。
「……教科書返すから、っつってわざわざ教室まで呼び出しておいて居眠りか?」
 空閑が着ているのは、ブレザーにスラックスの綾薙学園の冬制服。胸ポケットにはスター枠のエンブレム。手にしているのは鎌などではなく、通学鞄。
 さっきまで見ていたのは夢だったらしい、と虎石が気付くのにそう時間はかからなかった。
「悪い……オレ寝てた?」
「ああ」
「えーっと教科書……だよな? あったあった、ほら」
 机の中に入れていた空閑の教科書を渡すと、「いい加減忘れ物癖治せよ」とちくり。
「なあ愁、オレ変な夢見たんだけどさ」
「ん?」
「愁が死神やってて、オレのところに来る夢」
「なんだそりゃ」
「変な夢だよなあ」
 でもなんか、愁ならいいかって。だって、オレが死んで天国に行く前に、最後に絶対愁に会えるんだろ。
 そう、喉まで出掛かった言葉は、そっと奥にしまう。こんなことを言われて喜ぶ空閑ではないことくらい、虎石には分かっていた。
「ま、夢のことなんかどうでもいいからさ。帰ろうぜ」
 立ち上がりながら言うと、空閑は悪い、と前置きした上で、
「俺はバイトだ」
 と素っ気ない一言。その素っ気なさが、どういうわけか胸に刺さる。
「なんだバイトかよ~、せっかく一緒に帰れるかと思ったのになぁ~」
 大袈裟に肩を落とすと、「また今度な」と空閑は呆れながらも言ってくれた。その優しさがなんだか痛くなる。
 せめて玄関口までは一緒に、と、虎石は通学鞄を掴むと空閑の肩にじゃれるようにして手を掛けた。
 空閑がその手を振り払わなかったことに僅かに安堵しながら、虎石は空閑と共に玄関口を目指したのだった。

 廊下の窓から橙から紺に変わりつつある空を見て、ふと虎石は考える。なんであんな夢見たんだろう、と。なんで愁が死神だったんだろう、と。

 虎石は預かり知らぬ事だが、実は別の世界にちゃんと、死神をやっている空閑が存在していたりするのだが。
 それはまた、別の話。

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小さな吸血鬼(再録)(和愁)(※パロ)

小学生和愁の吸血鬼パロです。

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 俺は吸血鬼なんだ。
 淡々とそう言われたのは、つるむようになってから一年くらい経った頃。愁の家で、一緒に宿題を終えた時だった。
 別に毎日人を襲って血を吸ってるわけじゃねえ。鉄分の多い食事を心がけて月一回輸血パック買って飲むくらいだな。あと日光とにんにくが苦手ってのは迷信だし、十字架が苦手ってのもキリスト教社会じゃない日本産の吸血鬼にとっちゃほぼ迷信だ。それから吸血鬼でもそこそこ年は取る。いつか成長は止まるらしいけどな。牙は出したりしまったりできる。だから俺が吸血鬼な理由は牙くらいしかお前に見せられねえ。でも俺は吸血鬼だ。
 そうマシンガンのような怒濤の勢いのカミングアウトをされ、オレはただ目を白黒させるしかなかった。
 他のダチなら冗談だろ、で笑って済ますところだが、愁の目は真剣そのもので、とても冗談を言っている風には見えなかった。
 牙、あるのか?なんて、聞いた気がする。見るか?と愁はオレの方に身を乗り出した。とっくに見慣れたはずのやたらと綺麗な顔が近付いてきて、何故だかどきりと心臓が高鳴った。愁がそっと開いた小さな口の中、犬歯にあたる部分には、普通の歯よりも長く、鋭い牙が確かに生えていた。
 なんで、オレに打ち明けたわけ。
 ふと、その牙がオレの首筋に噛み付き、体内の血を吸出す様を想像して背筋が震えた。でもそれは恐怖ではない別の何か。
 お前には、隠したくねえって思ったから。
 そう、長い睫毛を伏せて呟く愁に、どくどくと全身を血が巡るような心地がした。血は下半身に集まっていき、下半身がずんと重くなる。
 言ったぞ、俺は吸血鬼だって。嫌だって思ったら帰りたきゃ帰ればいいし、別に俺とつるむのやめたっていい。
 そう言いながら離れていく愁を、惜しいと感じてしまった。もっと近くで見ていたい、触りたい。そんな欲はぐるぐると体の中を巡る。
 オレ、愁になら血吸われてもいいぜ。
 そんな言葉が、突然に口をついて出た。愁はオレの言葉に目を見開き、すぐに呆れたように溜め息を吐いた。
 俺がお前の血を吸ったら、お前も吸血鬼になるぞ。吸血鬼の寿命は普通の人間よりずっとなげえし……。
 悪くねえかも。愁も一緒だし。
 ……ったく。絶対吸わねえからな。第一、最近の吸血鬼は人から直に血を吸ったりしねえし俺もやったことねえ。
 そう釘を刺すように言いながら、でも愁の瞳が揺れていたのを、オレは見逃さなかった。

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Always(再録)(和愁)

「愁~、バイク貸して」
 珍しくバイトが休みになった日曜の午後。
 語尾に音符だかハートマークだかが付きそうなくらいに甘ったるい声を出しながら、俺の幼馴染は今日も寮の部屋まで押しかけて甘えて来た。
「ったく……明日の朝には返せよ」
 そして俺は、いつものように形ばかりの呆れた声と共に、ポケットからバイクのキーを取り出して虎石に渡す。
「さんきゅっ」
何も考えてい無さそうで多分実際何も考えていない、いつものような笑顔を浮かべる虎石。
「刺されても助けてやんねーからな」
「怖いこと言うなよ~」
いつもと同じような他愛ないやり取り。
「じゃな、愁」
「ああ」
 これから女と遊びに行くのであろう虎石はひらりと手を振ると、いつものように俺の前からいなくなる。その背中を見送り、俺は一つ溜息を吐き出した。
 今、部屋に月皇はいない。俺は部屋のドアを閉めると自分のベッドで或る二段ベッドの下段に寝転がった。錘が積まれ押さえつけられているかのような胸苦しさに襲われ、どうにかそれを振り払おうと大きく深呼吸する。それでも胸が軽くなることは無かった。
 苦しい。どうしてこんなに苦しいのかなんて、考える必要もない。もう何度も何度も自問自答して、とっくに答えは出ている。だからその分苦しくて苦しくて、どうしようもない。

 俺は虎石和泉が好きだ。
 友人としてではなく、恋愛対象として。

 そのことに最初に気付いたその瞬間、この恋は決してかなわないんだろうと思った。あいつが好きなのは女で、俺は男だ。それはどうしたって、変わることのない事実。この思いを一生黙って抱えていくことしか、俺には選べない。
 あいつが俺の事を好きなのは、とっくに分かっている。ただそれは友人としてであり、俺の感情とは全く異なるそれだ。友情と恋情の間にある溝が、埋まるはずがない。相手が虎石ならば、尚の事。
 俺は掛け布団を頭からかぶるときつく目を閉じた。この胸の苦しさを全て忘れて眠ってしまいたかった。
 睡眠は好きだ。眠っていれば苦しいことを感じなくて済むし、夢を見ていれば束の間の幻に浸れる。甘い夢に騙されていれば、現実の胸の痛みを忘れられる。明日もまたお前といつものように話せる。女と遊びに行くお前を、いつものように見送ることが出来る。
 だから、なあ、虎石。せめて夢の中では、俺を抱き締めていてくれないか。

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それはきっと初めての(再録)(※幼少期捏造)(空閑と虎石)

空閑虎石の出会い捏造。
公式から空閑虎石の出会いの話が出る前に書いたものなので公式とは何もかもが違います。

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 小さい頃から愁は、人と喋るのが苦手だった。
 頭の中ではいっぱい考えているのに、それを上手く言葉にして口に出すことが出来なかった。愁が何を言うべきか考えている間に、同い年の子供達は愁と会話することを諦めてどこかに行ってしまう。そんなわけで上手いコミュニケーションも取れなかったので幼稚園で友達も出来ず。小学校に上がっても、愁は授業が終わったら真っ直ぐ家に帰って両親に心配されるような生活が続いていた。
 しかしそんな生活が2ヶ月ほど続いた頃。
 近所に不審者の目撃情報が出た。

「愁、もう先生から聞いたと思うけど、明日からしばらく集団登校と集団下校をするんですって」
「……?」

 まだ父親が帰ってきていない夕飯の席で母親にそう言われて、フォークに唐揚げを刺していた愁はきょとんと瞬きをした。
「このあたりに住んでいる子みんなで学校に行って、みんなで帰って来ましょうってこと」
「……」
「愁は明日、八時になったらはくちょう公園に集合してね。そしたら、引率の班長さんの人が待ってるからね」
「……分かった」
集団行動。コミュニケーションを苦手とする愁が特に苦手な事だった。それを学校に着く前からやらないといけない。それを思うと心が塞ぎそうだった。
「大丈夫」
 そんな愁の事を一番よく分かっている母親は、それでもにっこり笑う。
「きっと愁なら、大丈夫よ」
「……うん」
 きっと大丈夫。今度こそ、きっと大丈夫。
 そう自分に言い聞かせて、愁は大きく口を開けて唐揚げにかぶりついた。

***

「えっと……1年C組の空閑愁君?」
「……」
 名前を呼ばれて、こくりと頷く。「いんそつのはんちょうさん」、と母親が言っていた人は、なんだか怖そうな雰囲気の女の人だった。愁の母親とは違って髪を染めて服装もなんだか派手だ。
「それじゃ、もう少し待っててね。後2人来たら出発だから」
「はい……」
 返事をするが、喉から出たのはか細くて小さい声だった。これじゃきっと聞こえてない。
 周りを見ると、ランドセルを背負った小学生が10人くらいいるものの、知らない顔ばかり。どうやらこの集団下校の班は上級生ばかりのようだった。自分以外の人達は皆楽しそうにお喋りをしている。
 愁はいつもの癖で逃げるようにして集団の隅の方へ行き、ぼんやりと空を見上げた。6月の空は今にも雨が降り出しそうな鈍色をしている。
「あ! おまえC組だよな!」
「ひっ……! わ、あっ!」
 いきなりすぐ近くで大声を出され、愁はびくりと肩を震わせる。思わず後ずさろうとして足がもつれ、尻もちを突いてしまう。
「こら和泉!」
「いじめたわけじゃねーよ! ごめんな、だいじょうぶか?」
「ふぇ……え?」
 「はんちょうさん」の叱るような声、頭上から聞こえる自分と同じくらいの年の男の子の声。何が起きたんだろう、と考える前に影が差して目の前に手が差し出された。急に色々な事が起きて処理し切れず、混乱したまま愁は影と手の主が誰なのかを確認しようと上を見る。
 自分と同じくらいの男の子だった。日に焼けた肌に短く黒い髪、大きな灰色の瞳に尻もちを突いた愁が映っている。愁の物とよく似た黒いランドセルを背負っているが、着ているTシャツの柄は愁のに比べて凄く派手だ。
「あ……えっと、」
 こういう時何を言えばいいんだろう。自分は尻もちを突いてて、この男の子は自分に手を差し出してて、だったら「ありがとう」だろうか。いや、そもそもは自分が尻もちを突いたから彼は自分に手を差し出しているわけで。愁は口をパクパクさせながら必死で考え、やがて震える声を絞り出した。
「ご、ごめん……」
「? なんであやまんだよ?」
 男の子の怪訝そうな表情に、自分は何か悪い事を言ったのだろうかと愁は焦った。心臓がばくばくして、頭の中が真っ白になりそうだ。何か言わなきゃ、何か言わなきゃ、焦ると余計に舌がもつれ声が震える。
「……だ、だって、」
「あやまらなくていーんだよ、だっておれが大声出したからころんだんじゃん」
「でも……」
「あーもう!」
 ぐい、と手を引っ張られて無理矢理立ち上がらされる。男の子は愁の服に着いた土埃をぱたぱた払ってくれた。
「気にすんなって! お前、名前なんて言うの?」
「あ……えと、くが、しゅう……」
「そっか! おれ、B組のとらいしいずみ。よろしくな、しゅう!」
 そう自分の名前を言って、その男の子はにっこり笑って手を差し出してきた。その笑顔はあまりに眩しくて、曇り空の下で彼の周りだけ陽の光が差しているかのようだった。

***

 一年生は一番早く授業が終わる。授業が終わって終礼、掃除をしたらすぐに集団下校だ。愁の班の一年生は自分とあのとらいしいずみ、という男の子だけらしく、「はんちょうさん」に連れられて三人で学校から家がある住宅街まで歩いて行った。そしてようやく分かったのだが、どうやら「はんちょうさん」は彼のお母さんらしかった。
 帰り道、「いずみ」と沢山お話をした。というより、一方的にまくしたてられた。名前の漢字が難しくてまだ「石」しか書けないとか、テレビのこのアイドルが可愛いとか、そんなとりとめもない事を沢山沢山、話してくれた。愁はそれを、頷きながら聞いていた。時々質問されては答えるのに難儀したのだが、「いずみ」は愁が話すまで待ってくれた。だからちゃんと会話が続いて、同い年の子とこんなに沢山お喋りをしたのは愁にとって初めてだった。
「じゃーなしゅう! 明日なー!」
「……じゃあね」
 近いからと言って家まで送ってくれた「はんちょうさん」と一緒に、「いずみ」は愁の家とは反対方向へ帰って行った。愁は玄関前で控えめに手を振りながら二人を見送る。二人の姿が曲がり角で見えなくなってから、愁は思わず胸に手を当てた。心がぽかぽかして、なんだかとても良い気持ちがする。今までに感じた事のない、不思議な感覚。お父さんやお母さんと一緒にいる時のようで少し違う、そんな感覚。
 今度こそ、大丈夫。だった。かもしれない。
「ただいま!」
 そう言いながら玄関のドアを開ける声はなんだか弾んでいて、不思議といつもの自分の声ではないように聞こえた。

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Shall we dance?(再録)(辰申辰)

 今日は実家に泊まるという戌峰を残し、辰己と申渡は戌峰の実家の高級中華料理店「ワンワン軒」を後にした。
「今日はなかなか楽しかったね。虎石と卯川が逃亡した時はどうなるかと思ったけど、星谷達が来てくれてよかった」
「そうですね」
 中華街を抜け、そのまま駅に直行して寮に帰るのも勿体無い気がして、二人は海沿いの公園にまで歩いて来た。
 夜闇が街灯やイルミネーション、海沿いの施設のライトアップと暗い海面に鏡のように映し出されたそれらに彩られ、夜の横浜はどこか異国的なムードすら漂っている。海沿いということもあり、秋も深まる夜の空気はじわじわと服の内にも忍び寄るようだ。
 申渡がちらりと周囲に目を向けると、あちらにもこちらにも、男女の二人組が寄り添っている。辰己もそのことには気付いている様子だ。
「夜の横浜は綺麗だね、栄吾」
「そうですね」
しかし辰己は、そんなことを気にするような性格ではなかった。申渡も然り。二人は夜景を楽しみながら、あてもなく海沿いを歩く。
海風に辰己が身を震わせると、申渡は「寒いでしょう、着ますか?」とジャケットを脱ごうとする。
「別に平気だよ」
 辰己は苦笑して立ち止まり、ジャケットに手をかけている申渡の手の上に自身の手を重ねた。
「そんなことしたら栄吾が風邪ひくだろ」
「ですが、辰己が寒そうです」
「心配してくれてありがとう。でも寒いのは本当だしね。うーんそうだな……」
 辰己は少し考えた後、「そうだ」と手を合わせた。
「ちょっと体を動かそうか?」
「体を動かす、とは」
「踊ろう」
「えっ」
 申渡が困惑している隙に辰己は白く柳のような指で申渡の手を取った。ひどく冷たいその指にはっとするのも束の間、申渡は辰己に右手を引かれ、くるりと爪先で一回転。よろけたその背中は辰己の右腕で受け止められた。
「ねっ?」
 暗い中でもよく見える、プリズムのような輝きを映したミントグリーンの澄んだ、けれどいたずらな微笑みを宿した瞳に見下ろされ、申渡は頷くしかなかった。
 辰己はにこりと笑い、申渡を抱き起した。
「栄吾、中二の学祭の劇でやったワルツ覚えてる?」
「ええ……覚えてますよ」
 向かい合って指を絡め、どちらからともなくワルツのステップを踏み、踊り始める。
 二人の間に言葉はない。けれど二人の間に流れるのは、二人だけにしか聞こえない音楽。重なる呼吸と、ダンスパートナーと溶け合い一つになったかのような感覚に、甘い歓びすら覚える。
 街灯と海沿いの夜景だけが二人を照らす非日常の空間に酔いしれ、ここがどこかも忘れ、二人は二人の為だけのステージで手を取り、身を寄せ合い、三拍子を踏む。
 互いの事は誰よりもよく知っている。幼い頃から手を繋ぎ、一緒に遊び、キスだってした。けれど、こうして二人で踊り、二人で一つのステージに立つ瞬間が彼らにとっては何よりの至福だった。
 中学生の頃演じた劇で踊ったワルツを、あの時演じた「姫」と「ナイト」という役をもう一度演じながら遊ぶ。二人にしか聞こえない音楽に身を委ね、二人きりのステージで見つめ合いながら。
 やがて申渡はそっと身を屈め、辰己の手を口元に引き寄せてその指先に唇を落とした。辰己は申渡の頬を撫で、顔を上げた申渡とそっと優しく触れるだけの口付けを交わした。プリズムの光が散るミントグリーンにパートナーだけを映し、辰己は微笑む。
「帰ろうか」
「そうですね」
 繋がれた手を解き、二人は海に背を向けた。駅へ向かいながら、「ねえ栄吾」と辰己が歌うように言う。
「やっぱりあの時とは身長差が逆転しちゃったから不思議な感じだったね。今度踊る時は僕が男役で踊ってみようか」
「ええ、構いませんよ」
「……栄吾」
「なんですか、辰己」
「やっぱりちょっと寒いや」
「……どうぞ」
 申渡が辰己の肩を抱き寄せて身を寄せ合うと、辰己は「ふふっ」と楽しそうに笑って頭を傾け、申渡の頭にこつんとのせる。
「栄吾はあったかいね」
「ありがとうございます」
 二人は寄り添いながら、夜の公園を明るい方へと歩いて行った。

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夜の山下公園はやばい

雪の日(再録)(和愁)

和愁の小学生時代捏造。

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 その日は朝から雪が降っていた。
 正確には、愁が眠っていた深夜にもう降り始めていたらしい。目が覚めてカーテンを開けると窓から見える住宅街の景色は、雪化粧を施されていつもと全く違う顔を見せていた。向かいのアパートの屋根に積もる雪や白い道路を見て、子供心に雪だるま作れるかな、とか考えてしまい。
 ……しかし実際のところ、雪化粧、なんて言えるほど可愛いものではなかったようで。

「愁、今学校から連絡網が回って来たんだけど学校お休みだって」
「そっか……」
「ごめんね、お昼用意してる時間無いから、冷蔵庫にある昨日の残り物食べて」
「うん、分かった。大丈夫」
「外に出る時は転んだりしないよう気を付けて、鍵もちゃんとかけてね。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 いつもならば学校へ行く自分を見送ってくってから仕事に出る母親を、玄関で見送る。
 休校になって、同級生たちなら喜ぶのだろう。もしかしたら、雪遊びに外へ出る小学生が今頃近所の公園にでも走っているかもしれない。しかし愁は、家にいても母親は仕事でいないし、学校も無いなら外に出るのも億劫だし、ついでに寒いので、家にこもることを選択した。
 しかし宿題はとっくに全部終わっている。学校の図書館から借りて来た本も読み終って今日返そうと思っていたものばかりだ。ゲームの類など一人で遊ぶものも持っていない。
 そう、愁にはやることがなかった。しかしそれを自覚すると、急にふわふわとした眠気が込み上げて来て。
「……寝よう」
 愁はそう呟いて自分の部屋に引っ込み、目覚まし時計をきちんと12時にセットしてから、また自分の布団に潜り込んだのだった。
 暖かくて柔らかな布団に包まれると、あっと言う間に眠気は愁の全身を包み込み、愁は重くなる瞼に逆らわずに目を閉じた。

 誰かに名前を呼ばれた気がして、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。目覚まし時計を見ると、十一時四十五分を指している。
 ぴんぽーん、と、まだどこか浮遊ぎみの意識の中で玄関のチャイムが鳴る音がした。
 眠い目をごしごしこすりながら、布団から抜け出す。玄関へ向かい、ドアスコープから外を覗くと、黒髪に覆われた頭だけが見えた。しかしそれが誰なのかは、考えずとも分かった。
「……何の用だ、虎石」
「学校休みだから遊びに来た!」
 ドアを開ければ、そこに立っているのは愁と大して変わらない身長の小学生の男の子。愁の幼馴染で、同級生の虎石和泉だった。ダウンジャケットに毛糸のマフラーに帽子、手袋をして温かそうな格好をしている。しかしやはり寒かったのだろう、その顔は真っ赤だ。手には近所のスーパーマーケットのビニール袋を提げていた。
「お菓子あるし、スーパーでコロッケと唐揚げも買って来た!」
「うちで飯食う気満々じゃねーか」
「エビフライもある」
「全部揚げ物……とりあえず寒いからさっさと入れ」
「お邪魔しまーす!」
 ご飯とか二人分残ってるかな、と考えながらとりあえず和泉を家に上げる。残り物はあまり長く残していても仕方がない、自分と母親以外に食べる人がいてそれが尚の事幼馴染なら愁は別に構わなかった。
「う~、寒かった~」
 リビングのテーブルの上にビニール袋を置き、リュックを下ろして防寒具一式を脱いでリュックの上に置くと勝手知ったる様子でソファに座る和泉。空閑が冷蔵庫の中を確認すると、何人分かの冷やご飯と筑前煮があった。
「ご飯と煮物があるけど、もう飯食うのか?」
「愁の母ちゃんの煮物!食いたい!」
「食うなら手伝え」
「はーい」
 愁がご飯や筑前煮を温めている間に、ソファから立ち上がった和泉はてきぱきと食器を準備していく。ものの10分で、リビングの食卓には二人分の昼食が並んだ。大きな皿に唐揚げ・エビフライ・コロッケ、もう一枚の大きな皿に筑前煮を盛り付けて食卓の中心に置き、愁と和泉それぞれの前にはご飯が盛られた茶碗。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
 愁が食卓に着きながらテレビを付けると、丁度お昼のバラエティ番組が始まっているところだった。黒いサングラスにスーツの司会者から視線を逸らし、自分の向かいで美味しそうに筑前煮の筍を食べている和泉を見る。
「……で、お前何で来たんだ」
「なんでって、遊びにだけど」
「雪積もってるだろ」
「その程度でなんで外出るの諦めなくちゃいけねーんだよ。つーかお前、俺が来るまで寝てただろ、さっきすげえ眠そうだったし」
「……」
「せいかーい」
 図星を突かれ、ふいと視線を逸らす愁。和泉がにやにや笑っているのが見なくても分かる。
「だからさ、ご飯食べたら外で遊ぼうぜ!明日までは雪も溶けないって天気予報で言ってたし!」
「じゃあ明日でいいだろ……」
「明日学校あるからあんま遊べねーじゃん!なあお前どうせ暇だろー?」
「……」
 和泉に視線を戻せば、手を合わせ懇願するような目でこっちを見ていた。この目で見られて、お願い!と言われれば学校の女子ならすぐにお願いを聞いてしまいそうな、そんな目だ。しかし愁は和泉のお願いをあっさり聞いてやるほど和泉に甘くは無かった。
「寒いから嫌だ」
「遊べばあったかくなるって!」
「他の奴誘え」
「えーやだー、愁とが良い。愁と遊びてえんだよオレは」
 そう言ってむくれる和泉。そして愁は、
「っ……」
和泉の「愁が良い」という言葉には弱かった。
「……食べて、片付け終わったらな」
「やりぃ!」
 小さい頃から事あるごとに頼みごとをされ、一度は断っても結局は弱点を突かれて聞き入れる羽目になって。それを何度繰り返してきたことか。しかし、目の前の和泉の嬉しそうな顔を見るのは決して嫌ではなく、朝起きた時に感じた雪へのわくわくもぶり返してきて。
 嬉しそうに筑前煮の里芋を頬張る和泉。その笑顔を見ると無性に悔しくなって、愁は唐揚げを一つ頬張ったのだった。

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新年最初の(再録、タイトル変更)(和愁)

一期の円盤6巻ドラマCDネタ。
直帰の空閑と年末年始くらい直帰しろ虎石。

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 陽が沈んでから寮を出発したものの、どうにか雪が積もる前に実家に到着することが出来た。帰宅するなり湧いている風呂に入るように言われたから肩まで浸かって、母さんと一緒に年越しそばを食べて、大晦日の歌番組を少しだけ見て、歌番組が終わるとカウントダウンコンサートにチャンネルを合わせた。
 正直すでにかなり眠かったが、どうにかカウントダウンが始まるまで起きていることに成功した。年が変わると同時に母さんと「あけましておめでとう」を言い合って。で、いい加減眠気が限界だったので、母さんの「もう寝たら?」という言葉に甘えさせてもらい、さっさと寝ることにした。
 さて寝るか、と布団に潜り込もうとしたところで、机の上に置いたスマホが通話着信を示すアラーム音を鳴らした。誰だこんな時間に、と思ったが、こんな時間にわざわざ電話を掛けて来るような奴の心当たりは一人しかいない。
 電話を取る。
『よォ~~~~愁~~~~!あけおめ~~~~!』
 途端に耳に飛び込んできた、ひどく浮かれた声。後ろからは人のざわめき声となにやらしゃかしゃかと音楽のようなものが鳴っている。どこにいるんだこいつは、と思いながらも「ああ、あけましておめでとう」と返す。
 すると「えへへ~」と、締まらない笑顔が容易に想像できる笑い声の後、「な~愁~、初詣行かねえ~?」というこれまたひどく締まらない声でそう言って来た。
「それは寮で聞いた」
『そ~だっけ?』
「つか今どこにいるんだお前」
『オネエサンのお友達っつーか、女友達の家でパーリーしてんの』
 どこから突っ込めばいいのか分からないが、割といつものことだからまあいい。酒が入っている……というわけでもなさそうだ。こいつはたまに素面でこういう異常に締まらない声を出す。
「寝ようとした時に電話してくんな」
『えっマジ~?悪い悪い』
「あといい加減女遊びも大概にしろ」
『なんだよソレ~、新年早々説教かよ~。あ、明日昼過ぎにお前ん家に迎えに行くから。じゃな!』
 言うだけ言って、ブツリ、と電話が切れる。
 明日じゃなくて、もう今日だろ。
 そう思ったがすぐに抗えない眠気が体の奥底から襲って来る。布団を敷いておいてよかった。
 そういや、年が明けて最初に声を聴いたのが虎石ってことになるのか。
 何故だか、それを思って頬が緩んだ。

新・ポッ●ーの日(再録)(和愁)

 11月11日。虎石はオンナノコとのデート後に空閑のバイト帰りを偶然を装って待ち伏せ、珍しく二人連れ立って寮へ帰ることに成功していた。
 学園のすぐ近くのコンビニの前で、バイクを押していた空閑が急に足を止めた。
「そうだ虎石、朝からずっと気になってたことがある」
「何だよ急に」
 空閑は、コンビニの店内を見ているようだった。
 空閑の視線の先にあるのは、コンビニの店内、レジ前に高く積まれたポッキーやプリッツといったプレッツェル菓子の箱である。
 今日は11月11日。巷ではポッキーの日、などと言う。まさか今日がそうだと愁が知ってるわけ、いやでもそういえばこいつコンビニでバイトしてるし、てかポッキーって言ったらあれじゃね? ポッキーですることってそれくらいしかなくね? などと勝手にドキドキ鼓動がはやり始め、虎石は思わずコンビニの店内と愁の間を何度も視線を往復させた。
「ぽ、ポッキーがどうかしたのかよ、愁?」
 声が上擦る。
 空閑は虎石の様子がおかしいことなどお構いなしに、静かにこう言ったのだった。
「ポッキーって……三本くらい一気に食ったらどうなると思う?」
 どうもこうもねーよ!! 三本一気に食ってもポッキーはポッキーだっつの!!
 などと全力で突っ込みたい衝動をぐっと堪え。
「……そ~~~~いや、今日はポッキーの日だっけな~……」
「は? なんだそりゃ」
「なんだよ愁~ポッキーの日知らねえのか? じゃ、ポッキー食うか」
「?」
 虎石はその場に空閑を残すと、コンビニの中に入っていった。
 五分後、店内から出て来た虎石の手にはポッキーの箱があった。
「よし愁、帰りながらポッキー食おうぜ」
「飯の前だ」
「かてーコト言うなって、どうせ全部食うだろお前。ほら」
 箱と内の袋を開け、ぐいと空閑に差し出すと、空閑はキョトンとした後、すぐに頬を緩めた。
「ありがとな」
「べっつに。今日がたまたまポッキーの日だったから……」
「ああ、そうだな」
 鷹揚に頷きなから、空閑は器用に袋からポッキーを三本引き抜いた。
 ポッキーの日知らなかったくせに、この余裕ありげな笑顔がムカつく。
 俺の気も知らないで、と勝手に拗ねながら、虎石もポッキーを一本袋から引き抜いて食べ始めた。
 店の前に立ち止まったまま、二人向き合ってポッキーを食べる。
 ちらりと空閑を見ると、予想通り、三本一気にぼりぼりと食べていた。三本まとめて口に入れているからポッキーが太く見えて、もうポッキーじゃない別の菓子を食べているように見えてくる。
「……どーだ、愁」
 全てが空閑の口の中に消えていったのを見てから声を掛けてみると、空閑はなんだか満足そうに呟いた。
「……いつものポッキーより贅沢な感じがする」
「そうか~良かったなあ。よし帰ろう」
 また連れ立って、寮までの道を歩く。虎石が歩きながらポッキーを食べていると、空閑が両手でバイクを押しながらぼそりと、
「……虎石、ポッキーくれ」
「ん? バイク俺が押すか?」
「バカかお前。そんなことする必要ねえだろ」
「なんで今馬鹿にした?」
「お前が俺に直にポッキー食わせりゃいい話だろ」
「……はあ?!」
 またとんでもないことを言い出した、と思うと同時に、虎石は気付く。
 これはいわゆる「あーん」の催促なのでは?
 すると急にそわそわしてしまう虎石。
「えっ……あー、ポッキー? ポッキー俺がお前にあげればいいわけ?」
「なんでそわそわしてんだお前」
 お前のせいだけど?!
 と言うのも気恥ずかしく、虎石は若干震える手で袋からポッキーを一本引き抜いた。
「えっと……そんじゃ愁、気持ちこっち見て……前は見ろよ、……口開けて」
 口を開ける空閑。虎石はひどいこそばゆさを感じながら、目はなるべく前に向けつつポッキーの先を空閑の口元に近付けた。
「……ん」
 ぱくり、と空閑がポッキーの先に食い付いた。そのままむしゃむしゃと、歯と舌を駆使しながら器用に口だけで食べていく。ポッキーをゆっくり空閑の口の中に押し込んでいると、なんだか餌付けしているような気分になる虎石。
 全てのポッキーが空閑の口の中に収まった。こくりと喉を上下させて嚥下してから唇に僅かに付いたチョコを舌で舐め取る仕草がやけに色っぽく感じて、虎石は思わず遠くを見て咳払いをした。
「ありがとな。もう一本くれ」
「っ?! っっっっっ……お前なあ~~~~!」
「?」
 自覚が無いのが怖い。早く寮に着いてほしい。
 ポッキーをもう一本出しながら、そう強く念じずにはいられない和泉なのだった。

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こちらと違って2016年に書いたバージョンです。

春の音(再録)(虎石と空閑)

虎石の誕生日ネタ。
二期が始まる前どころか二期発表前に書いた物なので諸々実際の設定と矛盾がありますが気にせず読んでください。

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 新学期が始まって数日が経過した。
 ミュージカル学科としての新しいクラス、ミュージカル学科としての新しいカリキュラム。まだ慣れてはいないし、新しい華桜会にもまだ慣れない。
 とは言え、これまで一年同じチームとして過ごした仲間や小学生の時から一緒の幼馴染みもいる。これから夢に向けてまた新しい生活が始まるのだ。
 ……などと言えば、聞こえはいいのだが。
「流石のオレも疲れたっつの…………」
 放課後、旧校舎の廊下を歩きながら虎石はぐったりと肩を落とした。
「ったく、先輩人使い荒すぎ……たまたま遭遇した学科生が俺だからって……」
 本日たまたま日直だった虎石和泉は、放課後が始まってすぐの時間に先生から頼まれた雑用を手伝っていた。それも終わってさて帰ろうと教室に戻ろうとしていたら、新しい華桜会の先輩に遭遇してしまった。そしてその先輩にちょうど良かったと華桜館へ連行され、またもや雑用を手伝わされた。ようやく全部の手伝いが終わって気が付いたら窓から差し込む光はわずかに橙を帯びている。
 先輩に連行される前に一緒に寮に帰ろうと思っていた幼馴染みにはメールを飛ばしたし、もうとっくに帰寮しているだろう。今日の放課後はバイトがないと言っていたから、中学ぶりに一緒に帰れるかと思ったのだが。
「そもそもなんで俺なんだよ……絶対サラブレッドの方が向いてるっつの。今度からそう言って断ってやろーかな」
 ぶつぶつ呟いてもどうにもならないし月皇にはとんだとばっちりなのだが、虎石は新校舎の教室に置いた鞄を取りに行くために少しだけ足を早めた。
 ふと、耳を優しい音が撫でた。
「……?」
 立ち止まって耳を済ますと、ピアノの音が聞いたことのないメロディに乗せて聞こえてくる。明るく弾むようなメロディを奏でる、優しくて温かなピアノの音。聞いたことのない曲だが、このピアノを奏でている男には心当たりがある。
 音楽室だろうと検討をつけ、虎石はそちらへと方向転換した。音楽室がいくつも並ぶ廊下を歩きながら、音の出所の音楽室を探す。果たしてそのメロディは、廊下の一番奥の音楽室から聞こえていた。
 そっと扉を開ければ、グランドピアノの前に座って鍵盤を叩く、虎石と同じ制服を着た男が一人。
 虎石は何も言わずに中に入ると部屋の隅に固めて置いてある椅子を一つ持ってピアノの前まで歩いていく。ピアノの横に椅子を置き、座り込んでピアノの奏者を見上げる。
 いつもの強面とはだいぶ違う、柔らかくて穏やかで優しい表情で、幼馴染の空閑愁がピアノを弾いていた。
 虎石は、空閑のピアノが好きだ。中学に上がるまで音楽なんてさっぱり分からなかったけれど、小学生の時、放課後に音楽室で空閑が弾くピアノを初めて聞いた時、その音色は特別だと感じたことは覚えている。それからずっと、どんなピアノの音を聞いても、虎石の中で空閑のピアノは一番の特別だった。
 空閑が今弾いているのは虎石が初めて聞く曲だ。明るくうきうき弾む、春風に舞う桜の花びらと満開の花畑のような、まさしく今の季節にぴったりの曲だと思いながら自然と虎石はリズムに合わせて体を揺らした。
 空閑は虎石に気付いているのかいないのか、ピアノから視線を上げようとしない。虎石も声を掛ける事はせず、黙ってピアノに聞き入る。視界の隅で、僅かに開いた窓から吹く温かな風でカーテンが揺れる。
 それからどれくらいの時間ピアノを聞いていただろうか。
 弾き終わり、ようやくピアノから顔を上げた空閑が虎石を見た。
「お疲れさん、虎石」
「どーいたしいまして」
「災難だったな、誕生日だってのに」
「全くだっつの」
「ほらよ」
 体を屈めて椅子の足元から空閑が拾い上げたのは、虎石の鞄だった。
「おっ持って来てくれたの?! サンキュー愁!」
「教室に置いとくわけにもいかねえだろ……さっさと帰るぞ」
 立ち上がってピアノの鍵盤にカバーをかけ、蓋をする空閑。虎石も立ち上がると、自分の椅子を片付けて開いている窓を閉める。片付けをそそくさと終えると、鞄を持って二人は音楽室を後にした。
「なあ愁、さっき弾いてた曲何?」
「あれか? 俺も詳しくは知らねえけど、アニメの曲だそうだ。うちのバイト先の常連のじいさんのお孫さんが好きな曲なんだそうだ。今度連れて来るから弾いてくれないかって頼まれた」
「へえー。元の曲知らねえけど良いアレンジだったぜ」
「それはどうも」
 廊下の窓から差し込む光はいつの間にか夕陽の色になっている。玄関まで降りてしまえば、寮まですぐだ。校舎を出ると同時に目に飛び込んできたオレンジ色の空に、虎石は思わず目を細めた。
「てか愁、わざわざ俺の事待っててくれたわけ?」
「まあな」
「可愛い事してくれんじゃ~ん」
 嬉しくなって思わず肩に手を回すと、「やめろ気持ち悪ぃ」と言いながらも振りほどきはしないのが愁の良い所だ、と虎石は思う。
「帰る前にどっか寄る?」
「いや、今日は直帰する」
「お?」
 空閑が虎石の顔を見た。その目は少し楽しそうに、そして悪戯な子供の様に光っている。
「だから寄り道はナシだ。勿論お前もな」
「……へえ」
 虎石は思わずにやりと笑みが浮かべた。胸が弾むように浮き立つのを感じる。ういや今日は終礼の後でやけに星谷や辰己達が帰るのが早かったなあ、昨年の今日はまだここじゃ愁以外俺の誕生日知らなくて愁にしか祝ってもらえなかったなあ、なんてことを思い出し。
「んじゃ、楽しみにしとこうかな」
 今日の夜はデート入れなくて正解だったかもな、と思わず笑みを深める虎石だった。

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Spring has come(再録)(空閑と虎石)

空閑の誕生日ネタ。
空閑父の多大な捏造をしています。

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April 2 -16 years ago-

 僕は手元のビデオカメラ越しに花瓶を映しながら、ピントを調節する。
「うーん……これで大丈夫かな」
 綺麗な紫をしたガラスの花瓶と、そこに生けられた白いアネモネが、画面にくっきりと映る。
 正直まだ扱い慣れていないけど、今日のために買った最新式のデジタルビデオカメラだ。
「……よし」
 少し緊張しているのか、出した声はちょっとだけ震えている。録画開始、赤い丸が描かれたボタンを押す。
「……2000年、4月2日、日曜日。午後9時25分」
 カメラを持ち替えて、レンズをアネモネから僕の顔に向ける。
「こんばんは! いや、こんにちは、かな? おはよう、かも。まあいいや。僕の名前は……」
 名前を名乗って、簡単な自己紹介をする。ちゃんと映っているのか心配だけど、僕はにっこり笑いながら、16年後にこのビデオを見ることになる男の子に向かって、喋り続ける。
「驚いた? 今日は、今の僕の家族を君に紹介したくて、このビデオを撮影しています。これを見ている君の知ってる家族と、少し違うかな。今の僕はまだまだ平社員だし、僕の奥さん……君のお母さんは君の面倒を見るので精一杯だしね。それじゃ早速だけど、僕の家族がいる部屋に行きまーす」
 ビデオカメラを元の持ち方に戻して、僕は奥さんと、僕達の宝物がいるであろう部屋に向かった。
 こんこん、とドアをノックすると、そっとドアが開いて僕の奥さんが顔を覗かせた。
「寝てる?」
「もう寝てる」
 奥さんは僕のビデオカメラを見てふふ、と楽しそうに笑った。
「これ、この前言ってたやつ?」
「もうカメラ回ってるよ」
「やだ、お化粧しておけばよかった」
「入るよ」 
「寝てるから静かにね」
 足音を立てないよう静かに部屋に入る。小さな明かりだけが灯った小さな部屋には、僕と奥さんが寝るそれぞれの布団が敷かれ、その横には小さなベビーベッドが置かれている。
 僕はベビーベッドまで歩いていき、その中をカメラで映す。
「はーいこちら、今日1歳になった愁君でーす」
 ベッドの中で小さな手足を丸めてすやすや眠っている男の子が、そこにいる。
「起こさないでね、さっきようやく寝てくれたんだから」
「分かってる」
 ベッドで眠っている愁に掛けられているのは、飛行機や車がいっぱいにちりばめられたタオルケット。枕元には、僕がオーストラリアからの出張でお土産に買ってきた大きいワニのぬいぐるみ。顔が怖いと奥さんには不評だったけど、愁はとても気に入ったらしくていつも一緒に寝ている。
 その横には、今日誕生日を迎えた愁へのプレゼントの、熊のぬいぐるみが置いてある。
「最近の愁は、掴まり立ちが出来るようになって、言葉もちょっとずつ喋るようになりました」
「ご飯の好き嫌いもないの、偉いでしょ」
 僕と奥さんで二人並んで、ベビーベッドの柵にそっともたれながら16年後の愁に向けて、今の愁のことを話す。
「愁が初めて話した言葉は『パパ』で、」
「何言ってるの、『ママ』でしょ」
 16年の僕達は、どんな家庭を築いているんだろう。そこに、今の3人家族は揃っているのだろうか。もしかしたら、増えているのかもしれない。減っている……なんてことは考えたくないけど、もしかしたら、なんてこともある。僕みたいに海外を飛び回る仕事だと、特に。
「……な、愁」
 そっと手を伸ばして、愁の頬に触れる。
「大きくなったなあ……」
 持ってようか? と聞かれたので、僕は奥さんにビデオカメラを渡す。そして、ベッドからそっと愁を抱き上げる。
 出張で家にいないことが多くて、出張してない時も帰りが遅くなりがちな僕が自然と身に付けてしまった、寝ている愁を起こさない抱っこ。
「……もっと君達の傍にいてあげたいんだけど、ごめんね。でもお父さんは、その……」
 ビデオカメラを持った奥さんがにこにこ笑いながら僕と愁を撮っている。ああ、流石にちょっと恥ずかしい。恥ずかしいけど、きっとこれを見る16年後の愁はもっと恥ずかしい。きっと16年後の僕も、めちゃめちゃ恥ずかしくなる。だったらどうせなら、思い切り恥ずかしいことを言ってやろう。
 恥ずかしいけど、今の僕にしか言えない言葉を。
「愁、君が生まれて、今日で一年が経ちました。僕もお母さんも初めての子育てで、大変です。僕は休みの日しか子育て出来なくて、お母さんにはとっても大変な思いをさせてしまっています。お仕事も大変だし、明後日からまたアメリカに出張です。また一週間、君達に会えなくなります。寂しいけど、君達の為だと思えばいくらでも元気が湧いてきます」
 ゆっくりと、ゆりかごのように体を揺らす。愁はすやすやと、気持ち良さそうに眠っている。
「……僕は、君と、君のお母さんに出会うために生まれてきたのかもしれないって、最近本気で思います。一年前に君が生まれた日、君はとっても小さかった。今よりずっと軽かった。それでもしっかりした重さがあって、僕はこの命の為に生まれてきたんだって……思った」
 胸の奥から愛おしさがいっぱいに溢れ出してくる。
 愁にそっと頬を寄せると、その温もりを頬で感じる。
「な……愁、君は、僕達の宝物だよ……」
 今の君に。そして、まだ見ぬ17の君に。
「……生まれてきてくれて、ありがとう……」