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【ぐだ+ダビデとオベロン】夢を見るもの

※2部6章のネタバレがある
※「夢のおわり」についての自己解釈・妄想を含む
※ダビデの生前に関する自己解釈・妄想を含む

「いやあーっ、よく寝た!」
 レイシフト先から担がれて帰って来て数分後。
 自室のベッドの上で目を覚ましたダビデが思い切り伸びをしながら上げた爽やかな第一声に、ベッド脇に立っていたエミヤはやれやれと首を横に振った。
「あのスキルを使われて目を覚ました第一声がそれとは……恐れ入った」
 ここまで自分を担いで来たエミヤの呆れと感心入り混じる言葉に、ダビデは横になったままけろりとして言った。
「え、だって実際よく寝たよ? うんうん、やるべきことを全力でやった後の眠りってやつは最高に気持ちがいいからね」
「流石は懲りる事を知らないダビデ王と言うべきか……」
 やや呆れの方が比重の高くなった声で言うエミヤだが、ダビデはどこ吹く風と言った風である。
「マスターは?」
「無論帰還しているとも。もうすぐこちらに来るはずだ」
「それじゃマスターが来るまで待つか。いい機会だからオベロン君とも話してみたかったんだけど、ここには来てくれなさそうだしなあ」
「……まあ、そうだろうな」
 ダビデの言葉にエミヤが渋い顔をしながら頷いたところで、部屋のドアが静かに開いた。
「ダビデ、もう起きたー?」
「あ、マスター君。おはよう!」
 ベッドの上に寝たままひらひら手を振るダビデに、藤丸はほっと安心したような顔を見せてベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「オベロンのスキルに後遺症が無い事は確認出来てるけど……やっぱり立ち直り早いな、ダビデ」
「うん? あのスキル、後遺症とか懸念されるような物なのかい?」
「え、それはまあ……一応レイシフト前に説明した通りで。戦闘が終わるまで目を覚ませないし、どうも起きた後の感じ方がサーヴァントよって違うみたいで」
「ふうむ……」
 ダビデは先までの戦闘を反芻するように、少し考え込む。一方でエミヤは眉間に少し皺を寄せていた。ダビデが目敏くそれに気付く。
「ああ、そうか。エミヤ君、彼のスキル……『夢のおわり』だっけ、掛かったことあるんだったね。君はどうだった?」
 やっぱり聞いてきた、とエミヤは一つ溜息をついてから、渋々と言った様子で口を開いた。
「……少なくとも私には、あまり気持のいいものではなかったな。強制的に励起される、最大出力の更にその上の状態。だがそれは一瞬のことで、後のことがどれ程気にかかっていても強制的に世界をシャットダウンされ気付けば何もかもが終わっている……ああ、寝起きもなんとも心地悪かったとも。何も感じていない、サーヴァントは夢など見ない筈なのに、特上の悪夢を見せられたような心地だった。私の他に同じような感覚を抱いたサーヴァントは何人かいるようだな」
「特上の悪夢って例えばどんな?」
「貴方は本当にデリカシーというものが無いなダビデ王。シェイクスピアの宝具を食らった時に見せられるやつと言えば伝わるか?」
「ああ、それは確かに最悪かもしれないな……ふむ、どうも個人差があるようだね」
 個人差っていうかこの人がちょっと特殊なだけでは……? 私もその通りだと思うぞマスター……こっそり念で言葉を交わし合う藤丸とエミヤだが、ダビデは意に介さず天井を見つめながら考え続ける。自分の中にある感覚の言語化を試みるかのように。
 藤丸とエミヤはしばしダビデを見守ることにする。
「夢のおわり……末期に見る夢……夢の喪失? そこからの目覚め……」
 ダビデはしばしぶつぶつと何か呟いてから、やがて、「ああそうか」とダビデはぽんと拳を打った。
「分かった。うん、これは多分、僕以外のサーヴァント達に問題があるわけじゃあ決してない。僕の方の問題だと思う」
「ダビデの……?」
「そう。まず僕……というより、生前の『ダビデ』の夢はね、退位した後に自分の牧場を持つことだった。今風に言うセカンドライフってやつを、牧場で羊や牛や馬に囲まれて、心穏やかに過ごしたかった。ところが皆が知るようにそれは叶うことなく、ダビデはソロモンの在位に向けたあらゆる準備を整えてから主の下に召されていった」
 ダビデは目を閉じて、自分の手に胸を当てた。
「さて、そんな『ダビデ』の記憶を持った僕はどうだ。驚いたことに文字通りの第二の人生を、しかも王ではなくただの羊飼いとして得たことで、生前の夢に加えてまた違う夢を持ってしまったのさ。『なんかもう王の責務とかそういうの関係ないんだし、とにかく好きなことをしたい』みたいな、ね」
「なんか、牧場経営に比べてふわっとしてない?」
「あはは、まあそんなものさ。夢というか、ちょっとした希望、みたいなレベルのものだから。ところがこの希望を叶えたくとも一つ問題があって。王の責務からは解放されたが、この僕には、主より任されてしまったことがあったからね」
「……『契約の箱』、その管理者としての責務か」
「エミヤ君、大正解。そう、かの箱の管理はとても大変なことなのさ、本来はね」
 ところが、とダビデは目を見開くと、少し大袈裟に両手を広げてみせた。
「カルデアに押し掛け……じゃない、召喚されてみればどうだ! 契約の箱を無事に安置することが出来る、何かあれば科学技術と魔術の合わせ技でアラートしてくれるから誰かが悪用したり誤って触れたりすることの無いように四六時中気を張る必要もない、つまりは『ダビデ』としては有り得ないほどの自由を手に入れてしまったのさ!」
「……なるほど……」
 その自由なダビデに若干の迷惑を被りがちなエミヤが頭痛を押し殺すような声で呟く。
 エミヤも大変だよね、と藤丸がその背中をぽんぽんと叩くが、ダビデは意に介せず話を続けていく。
「さて、そんなかつてない自由を前にした僕は、君のサーヴァントとして働くのは勿論だが、もうやりたいことをとにかくやってしまおうと思うことにした。これはきっと主が僕に与えてくださった千載一遇の機会に違いないからね! 牧場経営に銀行経営が楽しいのは勿論だけれど、このカルデアにいる限りやることが尽きるなんてことがない。美しいアビシャグ達、稀有な出会い、浪漫溢れる冒険の旅……ああ断言出来るとも、僕はとても幸せな形でマスターと縁を結んでいるとね」
 だけど、と、ダビデはベッドから体を起こして一つ伸びをした。そして、藤丸に正面から目を合わせる。
「僕は所詮『ダビデ』の影でしかない。今このカルデアにいる幸せな時間は、いわば泡沫の夢。いつかは覚めてしまうものなのさ」
「貴方にとっては、自身の認識する現実全ては夢の中だと?」
「そうかもしれないし、そういうことでもないかもしれない。夢を見ている主体がいなければ、夢とは言えないだろう? 僕はその主体を認識出来ないからね。だけどまあ、とりあえず夢なんだと思うことにしてるよ」
「……ダビデにとってはこの現実が、いつかは覚めるものだから。夢が終わっても、『そういうもの』として受け入れられてしまうってこと?」
 藤丸の分析に、「そういうことかな」とダビデは頷く。
「……随分と潔いのだな」  
「そりゃまあ、夢に固執しても仕方ないから。だけど、どうせ夢であるならば、楽しくて幸せな夢にしたい。どうせ終わるなら、悔いのない終わりにしたい。僕はそう思う」
「ダビデが悔いることがあるとしたら、それは何?」
「目の前の、己が成すべきことを成せないこと。それがマスターのためであれば、尚の事。それは夢であろうとなかろうと、変わらないよ」
 元々そういう性質だからさ、とダビデは肩をすくめながら付け加えた。
 そして、世間話をしている時と何ら変わらぬ笑顔で、けろりとしてこう言い放つ。

「うん、だからね。後先を考えなくても良い、ただ自分の全霊を出し切れば良い。そうした末期の夢が、それがマスターのため必要なら、僕は喜んでこの身を差し出すし。それでもし本物の『永遠の眠り』に……消滅したとしても、すっぱり諦めは付くさ」

 その、どこか胡散臭いにも関わらず付き合いが長ければ嫌でも伝わる誠意が十割の言葉に、藤丸とエミヤはしばし呆気に取られる。
 しばしの沈黙の後、藤丸がようやく口を開いた。
「……じゃあもしかして、本当に永遠の眠りに落ちても俺のためだから仕方がない、くらいの気持ちであのスキルに掛かってたってこと……?」
「仕方ない、なんて後ろ向きな感情じゃないよ。だって、これと定めた人のために命を使えるのは、とても幸福なことだろう?」
「前から思ってたけどダビデ、だいぶ生き方が刹那的というか……」
「……いいやマスター。あらゆる戦を勝ち残り約40年に渡り古代イスラエルを統治した王なんだ、そんじゃそこらの刹那的な輩とは格が違う。長期的な資産運用をしながらも必要と判断すれば己の保身を度外視した大博打を打ててしまう」
「ええ〜、サーヴァントなら別に普通じゃないかい?」
「それはそうだが、貴方はその『普通』が度を越えて突き抜けているのではないか? 我らがマスターがそれを望まぬことくらい、よく知っている筈だろう」
 エミヤの言葉にダビデはからからと笑った。
「まあ僕自身には主の加護があるから滅多なことは起きないし、起きたとしても後に残せるものがあるなら、ねえ。勝算のある博打くらいは打つさ」
「ダビデの言う勝算ってそれ勝ち筋しっかり見えてるやつだよな……?」
「それはもう博打とは言わんな……己の保身を度外視出来るのは変わらん分、色々な意味でたちが悪い」
「ほんとだよ……」
 ここに来て明らかになったサーヴァントとしてのダビデの人生観のようなものに、藤丸は溜息を一つ吐き出した。
「ダビデに夢のおわり掛けて本当にいいのかなあ……」
「うん? 僕はこの通り全然平気だよ?」
「本人がこう言っているんだ、目が覚めてからのメンタル不調が無いだけ適性があると思うしかあるまい……」
「そっかあ……そうなのかなあ……」
 藤丸はしばし腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げると、ダビデの肩にぽんと手を置いた。
「俺のためだからって自分を粗末にしたら怒るからな、さっきまでの話聞いてたらいつかやらかしそうで怖いから」
 ダビデはその言葉にきょとんとしてしばらく何も言わなかったが、やがてくすりと微笑んだ。
「ありがとう、マスターは優しいね。僕は大丈夫だよ」
 自分の肩の上に乗った手をそっと取って退けながら、ダビデは「ああでも」と付け加えた。
「君やオベロン君がなるべくあのスキルを使いたくないと思っているなら、濫用には要注意だ。まあ君なら大丈夫だと思うけどね」
「うん、分かってる」
「よし、それじゃあいつまでも寝てるわけにはいかない、僕はそろそろ仕事を始めるとするよ」
 ダビデは朗らかにそう言って、ひょいとベッドから下りた。
「君達もずっとここにいるわけにはいかないだろう?」
「そうだな、私は食堂に顔を出すとする。マスターは今日はもうしっかり休みたまえ」
「ありがとう、そうするよ」
 ドアの方に向かう藤丸とエミヤ。ダビデは一つ思い出したのか、「そうだマスター」と藤丸を呼び止めた。
「オベロン君に伝えておいてくれよ、今タマモキャットの協力で開発してるスイカとメロンのアイスがあるんだけど。試作品が出来たら、是非とも彼に試食に来て欲しいんだ」
「今新作開発してるんだ」
「ふむ、最近タマモキャットがアイスの作り方を勉強し直していると思ったらそういうことだったか」
「暦の上ではそろそろ夏だからね、皆美味しいアイスが食べたい頃合いだろう? まあ彼が好きなのは生のフルーツの方なのかもだけど」
「分かった、伝えておくよ。俺にも食べさせてよ!」
「あはは、勿論だとも」
 ダビデは壁のパネルで部屋のドアを開けて、藤丸とエミヤを送り出す。藤丸は手を振って、エミヤは軽く片手を上げて自分の部屋に、もしくは食堂へと向かっていった。
「……さて」
 ドアを開けたままにして藤丸とエミヤを見送ったダビデは、2人の背中が見えなくなってから部屋の隅の観葉植物に目を向ける。
「まだいるかな~? ……いるね」
 大きな葉の伸びた観葉植物の鉢に躊躇いなく両手を突っ込み、ひょい、と、葉の中に埋もれていた重さ6㎏の小さな妖精を、猫を両脇から持つようにして引っ張り出して、軽々と持ち上げた。
 白いマントに身を包んだその妖精は寝起きのようなどこかぼやぼやとした目でダビデを見詰めていた。
 一方でダビデは、先まで彼のマスターやエミヤに向けていたのと同じ人好きのする笑顔を浮かべたまま、言う。
「君、さっきの僕の話全部聞いてたろ」
「……」
 小さなオベロンは何度か瞬きをしたが、何も言わない。しばし、じっとりと大きな目をダビデに向け、やがて勢いよくその小さな足でダビデの手首を蹴り上げた。
「あ痛ァ!?」
 ダビデが手を離した隙に、オベロンは彼がブランカと呼んでいるカイコガの背に飛び乗る。そして、開いたままのドアからあっという間に飛び去ってしまった。
 オベロンとブランカが飛び去るのを見送ったダビデは手首を擦るのをやめて、既に痛みが引き始めている手首を眺めた。
「……ふむ、僕だから大丈夫だったけど。見た目より重いから蹴りの威力もなかなかだったな。ま、初手から距離を詰めすぎるのも良くないか」
 ダビデは肩をすくめてから、わざと開け放しにしていたドアをパネル操作で閉めた。
「僕としては彼のスタンス嫌いじゃないから、是非とも仲良くしたいんだけどなあ」
 呟いて、デスクに向かう。
「彼は、望まぬ役割を押し付けられてしまった者であるマスターの味方だから」
 ワークチェアに腰をおろし、整頓されたデスクの上の小さな本棚から1冊の本を引き出す。藤丸の生まれ育った文化圏で「旧約聖書」と呼ばれるその本をめくり、ある個所で指を止めた。
 サムエル記Ⅰ・16章12節。「ダビデ」が神に王として選ばれた、その一節。
(『ダビデ』だって王になりたかった訳じゃない。王に仕える竪琴弾きになったのも最初は『ダビデ』の意志じゃない。それでも『ダビデ』はその道を行くことを決めた)
 未来の王として見出され、竪琴弾きとして王に仕え、巨人を討った日を境に血に塗れた道を歩き続ける……己の霊基に刻まれた在りし日を思い浮かべながら、羊飼いは一人苦笑いを浮かべた。
(オベロン君は、マスターが自由なき戦いを無理矢理にでも終わらせたいと願ってしまえばきっと力を貸してしまう。僕はその在り方が間違っているとはとてもじゃないけど思えない。それが救いになってしまった人のことも、知っているのだから)
 自分と同じように王に見出されながらも、たった一度の過ちをきっかけにその身に呪いを受け、狂乱の果てに命を落とした先王のことを思い出して、一つだけ小さな溜息をつく。
 かの王はきっと、有り得た自分の姿。
 もしかしたら藤丸にとってのオベロンがそうであるように。
 ただ、かの王とオベロンに違いがあるとしたら、その道を歩き続ける必要が本当にあるのか、と、オベロンは藤丸に問い続けてくれる。彼と似た立場を経験した者として、彼と同じ目線で。
「……うん、やっぱりそういうサーヴァントもマスターには必要だ。僕やエミヤ君みたいな古株は、もうそんなこと言えるような立場でもないくらいには一緒に死線くぐっちゃってるから。言える者が一人くらいはいないと、多分フェアじゃない」
 一緒に戦い続けてきた者からの「もうやめよう」という言葉は、簡単に人の心を折りかねない。であれば、マスターの進む先であれば地獄の果てまでその命を共にすることが、ダビデにとってのマスターに対する誠意であった。
 例え『第二の人生』を謳歌していようと、それが泡沫の夢であろうと、大前提として自分は藤丸のサーヴァントなのだから。
 何度も目を通した手元の本を、文字はほとんど見ずにめくる。そこに綴られているのは一人の羊飼いの少年が王となり、やがて老いて死んでいくまでを語る、どこにでもある英雄譚。ダビデという英霊の基礎となる、およそ3000年に渡り語り継がれた物語。
 やがてダビデは、ページをめくる手を止めた。
「……僕は、懲りずに歩み続けるマスターの尊さを、あいつがマスターに残していったものを、信じている。だから彼のためにこの命を使う。マスターのサーヴァントとして、最後まで歩き続けた『ダビデ』の影として。結局僕がマスターにしてあげられることなんて、それくらいだ」
 列王記Ⅰ・2章10節。ソロモンに遺言を残したダビデが死ぬその一節で、ダビデの人生の物語は終わる。
 でも彼のお陰で気付いたよ、と、その一節を指でなぞりながら、少しだけ目を細める。

「……マスターやあいつの『愛と希望の物語』がいつか誰からも忘れられるかもしれないのはしんどいなって、思ってたけど。忘れられなかったとして、いずれただの物語として消費された上で忘れられるかもしれないっていうのは、確かにちょっとしんどいね」

 僕はそういうの無頓着だからなあ、と。
 3000年に渡り物語られてもなお消費し尽くされることのない羊飼いの英霊はそう呟いたのだった。

絶対にエリセをアイドルにしたいマスターvs絶対にアイドルになりたくない宇津見エリセ

※ワルツコラボのアイドル特異点ネタ。
※マスターがエリちのこと大好き(CPではない)

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「私は何回も言ってると思うけど。アイドルになる気なんてないから」
「そんなこと……そんなこと言わずに何卒……」
「だったら屋外で土下座するのをやめて欲しいんだけど……」
 とあるライブハウスの近くにある小さな児童公園。
 そのベンチに座っている一人の少女を前に、一人の青年が土下座していた。
 少女は近くのライブハウスでこの後公演を行うアイドルグループ『乙女SHOW年』のライブTシャツを着用し、その下には彼女好みの黒いレザースカートと推しメンカラーであるクリーム色のパニエを合わせていた。
 そして土下座している青年は、黒のビジネススーツを着用していた。
 少女の名は、宇都見エリセ。このアイドル特異点にて「量産型オタク」ファッションにすっかり馴染んでしまった準サーヴァントであり。
 青年の名は、藤丸立香。現在この「アイドル特異点」にて「カルデアプロダクション」のマスタープロデューサー……マスPとして粉骨砕身する、人類最後のマスターであった。
「というかおかしいよ!! ボイジャー君も紅葉さんも俺の知らない間にアイドルになってたのになんでエリちはアイドルやらないんだよ!!」
「だから言ってるでしょ、私はアイドルなんて興味ないって」
「でもボイジャー君と紅葉さんの追っかけはしてるじゃん!!」
「そ、それとこれと話は別だから」
「今日だってシャドウにちょっとゴールド入れててネイルもボイジャー君イメージにしてさあ!! めっちゃ可愛いね似合ってるよそれ!!」
「あ、ありがとう……でも君の観察眼、時々普通に気持ち悪いよ……」
 引きながらも本日の勝負服を褒められて満更でもないエリセ。藤丸はここぞと畳み掛ける。
「エリち可愛いし歌も上手そうだしアイドルになったら人気出ると思うんだよね、運動神経抜群だからダンスだって……!」
「嫌です。そろそろ入場列形成始まる時間だから終わりにしていい?」
「始まるまでまだ30分はあるよね?」
「執念怖……」
 エリセが溜息を一つついた時、「スタッフさんこちらです!」という声が公園の外から聞こえて来た。
「こっちでマスターがエリセさんに土下座を……!」
 エリセと藤丸が顔を上げて声の方を見ると、フードを被った少女がスタッフTシャツを着たヘクトールを連れてこちらに向かって来ていた。
 とうとうスタッフを呼ばれた藤丸は悔しげに拳を握る。
「くっ、俺は絶対諦めないからなエリち!!」
「早く諦めて欲しいんだけど……」
「さらば!」
 ヘクトールが公園に足を踏み入れる寸前で藤丸は素早くどこかへ跳び去って行った。
 さながら忍者のようなその動きに、呆れ果てながらエリセは呟く。
「マスターが時々なるあの変なテンション、何……?」
「チッ、逃げられたか」
 悔しそうに舌打ちしながらも、ヘクトールはエリセを見た。
「お嬢ちゃん大丈夫か?」
「まあ、実害はないので。ありがとうございます、ヘクトール。グレイさんも」
 名を呼ばれたグレイは、「いえ」と首を横に振った。
「同じグループを応援するファンとして、困った時はお互い様ですから」
 グレイもまたフード付きパーカーの下にエリセと同じライブTシャツを着ていた。パーカーにはしっかりと赤い花のリボンコサージュを着けている。
「全く、噂には聞いてたがマスターの執念も恐ろしいな……」
 ヘクトールの呟きにエリセは「なんで噂になってるかなあ……」と頭痛を堪えるような顔で呟いた。
「二人とも、一応会場までおじさんが送るよ。そろそろ列形成が始まる頃だ」
 少女二人はヘクトールの先導で、児童公園からライブハウスへと向かうことになった。
 先までの騒動のこともすっかり忘れ、二人の少女はこれから始まるライブのセットリストを予想して盛り上がっている。ヘクトールは二人より数歩先を歩きながら、さぞいい笑顔なんだろうなと想像しながらスタッフTシャツを着た肩を回した。
 客席側で何があろうと、幕は上がる。
 いっぱいの煌めきを届けようと控室でそれぞれの準備をするアイドル達、アイドル達を裏方から支える者達、その時を今か今かと待ち望むファン達、それぞれの思いを乗せて。
 それはそれとして。
「うちわヨシ! ペンラヨシ! タオルヨシ! ミス・クレーン、今日は乙女SHOW年のライブだ、楽しもうね!」
「はいっマスPさん!」
 いつの間にかライブTに着替えた藤丸とミス・クレーンがフル装備でエリセ達と同じライブハウスに向かっていたのが、それはまた別の話。

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スパロボUXで遊ぶ甲洋(BEYOND)と操(二代目)の話

※BEYONDの春日井さんと操がスパロボUXをやっている謎時空
※CPではないつもりですが生産ラインが甲操と同一です

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 海神島・喫茶「楽園」二号店。
 入口に「CLOSE」の札が掛けられた店の中で、店主の春日井甲洋はカウンターに座り3DSの画面を見詰めていた。その長い指先は器用に動いてボタンを操作している。
 やがて甲洋は3DSの画面から顔を上げるとまず店の外に視線をやり、軒先で猫達と戯れている少年を見た。そして深々と溜息を吐き出した。
「……はあ〜っ……」
 するとすぐさまその少年……来主操が顔を上げてばたばたと店内に駆け込んで来た。
「どーしたの、甲洋!」
 何も考えてなさそうな顔してるな、と思いながら甲洋は島の女性達から「儚い」「美しい」「国宝指定級」と評される淡い笑顔を浮かべた。
「いや……前の来主っていい子だったんだなって……」
「あ、甲洋スパロボやってたんだ! でしょ! 前の僕可愛いでしょ?」
「前の来主は可愛いし素直でいい子だよね、援護した時に後でプリンちょうだいとか言わなさそうだし……」
「何だよそれー! 僕だって可愛いだろ!」
 ばたばたと両手を振り回す操(二代目)に、甲洋は淡々と返す。
「君が可愛くないのはそういうところ」
「何だよ、甲洋だって昔の方が素直で可愛いじゃんか!」
「ははは、うるさいよ」
「終盤で正式参戦してからも静かだし!」
「喋れないだけだからな、そっちに関しては」
 操を適当にあしらって進行中のマップをセーブする甲洋は、中断セーブ会話をきっちり全部見てから、3DSを閉じた。一方操は「そっか」と両手を下ろした。
「あの甲洋とちゃんと喋れるの、前の僕か美羽しかいないもんね」
「そういうこと」

 ***

「来主、何をしてるんだ?」
 エルシャンクの格納庫でマークフィアーを見上げている操に、総士が声を掛ける。操はフィアーを見上げたまま答えた。
「お話してたんだよ、彼と」
「甲洋と……?」
 操につられて総士もフィアーを見上げる。ふと何かに気付いたのか、操は総士とフィアーを交互に見て、首を傾げた。
「総士は彼の声、少ししか聞こえないんだね」
「……そうだな。僕に分かるのは、甲洋の持つ意思の漠然とした形だけだ」
「そっか……総司には、少ししか聞こえないんだ」
「ここでは君だけだろうな、甲洋と会話が出来るのは」
「……彼は、これでいいって思ってるみたいだけど。でも俺は、彼にもっと沢山、みんなとお話をして欲しいんだ。なんでだろう」
「さて、どうしてだろうな」
 総士のどこか愉快そうな口ぶりに、操は頬を膨らませた。
「総士、ずるいよ。どういうことなの? 俺が彼と仲良くなりたいからって」
「いつか分かるさ」
 フィアーと操を交互に見て、総士は苦笑する。二人の間に流れる言葉の漠然とした形だけを感じながら。
「きっと甲洋も、嫌じゃないと思うぞ」

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UX買った動機の一つが初代操だったりします。

ラジオFM◯◯ 「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」 古論クリス出演パート・怪談文字起こし

ラジオFM◯◯
「たかしまみのるの怪談らじお・芸能人の実体験SP」
古論クリス出演パート・怪談文字起こし

古論「では早速ですが、お話しさせていただきます。これは、私がオフを使って沖縄の海へダイビングに行った時の出来事です。その時は確か一月でしたが、ダイビングには申し分ない海水温でした。私は地元の顔馴染みの漁師さんのボートに乗せてもらってダイビングスポットへ向かい、海に潜って、澄んだ海の中を泳ぐ魚達と共に遊泳を楽しみました。ですが、ふと気付いたのです。今日の海は何か様子がおかしい。海が賑やかすぎるのです」
た「賑やかすぎる、というのは」
古「その日は風もなく、また大きな流れのあるエリアを泳いでいたわけでもないので、海は静かなものであろうと私は予測していました。しかし、その日の海はなんだか様子が違いました。海面を通して差し込んでくる太陽光がやけに揺らいでいる上に、魚達の動きもひどく活発であるような気がしたのです。おまけに夜行性の魚までもが姿を見せて泳いでいる。まだ太陽が高く上がっている時間にですよ。私はそれ以前にも何度か冬の沖縄の海で泳いでいるのですが、これは珍しい、いや、少しおかしいのでは? と思いまして」
た「海の様子が違ったんですね、古論さんの知っている海と」
古「はい。海は季節や時間によって様々な表情を見せてくれますが、夜行性の魚が真っ昼間に泳いでいるとなると、何らかの異変を感じずにはいられません。これは私も海から上がって早々に陸に引き返した方が良いのでは、と海面に向かった時です。声が、聞こえたのです」
た「声。海の中で声、ですか」
古「はい。聞こえるはずのない声です。こう言っていました、『うたえ、うたえ』と」
た「どんな声だったのか、とかは覚えてらっしゃいます?」
古「幼い子供の声だったのですが……歳を重ねた方にしか出せない威厳、のようなものもあって。私は思わず振り返りました。すると、十メートルほど下方にある海底に……人が、いたのです」
た「人……ですか。その時ダイビングしていたのは、古論さんの他にはいらっしゃらなかったのですか?」
古「その時そのエリアで潜っていたのは、私だけです。私を運んでくれていた漁師さんもボートに乗っていましたし、潜水する前周りに他のボートは見当たりませんでした。何より異様だったのは、その外見です。十歳前後の男の子が大きな二枚貝の中に腰掛けて、私を見上げているように見えたのです。ダイビングの装備など何一つ着けずに、豪奢な服を身に纏っているように見えましたが……あいにく距離がありましたし水中なので、あまり詳しく見ることは出来ませんでした。しかし沖縄といえど冬の海、海底十メートルです。子供が装備も無しに一人でいていい場所ではありません。どうしたものかと思っていると、その子供が私を見上げました。そしてはっきりと、また聞こえました。『うたえ、うたえ』と。子供が口を動かしているのは分かりましたが、耳から入って来るというより……頭に直接響くような感覚がありました」
た「それで古論さんは、どうしたんです?」
古「海中だと歌えないので、水面に上がることにしました」
た「ほう」
古「そしてボートに上り、漁師さんの演奏する三線と一緒に私の持ち歌を歌わせていただきました」
た「そう来ましたか」
古「はい! あの方は『歌え』、と言っていました。ですからリクエストには答えて然るべきと。私はアイドルなので!」
た「その子供の正体も分からないのに素晴らしいプロ意識ですね」
古「三曲ほど歌った後、どこか楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきました。それから海風で少しボートが揺れて、それきり笑い声は聞こえなくなりました。私の歌があの方に届いたのでしょうか、そうであれば嬉しいのですが」
た「しかし、不思議な体験ですね」
古「ええ。ですが、時に海は人智を越えた顔を見せます。もしかしたら私が出会った方も、そうした不可思議な顔の一つだったのかもしれません」
た「沖縄と言えば人魚伝説が各地に残されていますよね」
古「人魚……そうですね。もしかしたら、彼は人魚だったのかもしれません。漁師さんも言っていました、この辺りの海では時々人魚を見る人がいると。しかし人魚であれそれ以外のなにかであれ、私は海で初めて出会った誰かに私の歌を届けられた、それで充分なのです」
た「なるほど、ありがとうございました。いやあ思いがけずほっこりするお話を聞かせていただきました」
古「いえ、私こそ番組の趣旨に沿っているのか不安でしたが、楽しんでいただけたなら何よりです」
た「古論さん海関係の不思議な話だとかを以前別の場所でもされてらっしゃいましたが、海のそういったものに好かれやすいんですかね」
古「さて、どうでしょう。私が海に好かれているのだとしたら、それはとても嬉しいことです」
た「あはは、本当に古論さんらしいですね」

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Letter, Light, Portrait(ゴッホとエリセ+ボイジャー)

ゴッホちゃんがそこに居ないテオに宛てて手紙を書いていたりゴッホちゃんとエリセが友達になるかもしれなかったりする話です。

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 ヴィンセント=ヴァン・ゴッホが弟のテオドルス=ヴァン・ゴッホや友人のエミール・ベルナールらと交わした書簡は、その多くが彼らによって大事に保管され、テオの妻・ヨーにより書簡集が発行され、後世に更に整理され、英語を中心として多くの言語に翻訳され、全文インターネットにも掲載されている。

 少女がそれを知ったのは、ゴッホが生きた時代の彼の友人達のことを、ゴッホが自ら命を絶った後の彼らのことを知ろうとノウム・カルデアの地下図書館を訪れた時のことだった。
 それはちょっと恥ずかしすぎて死にたい。
 少女の中にあるゴッホの記憶は切実に、とてもとても切実にそう叫んでいた。自分が同じことをされても同じことを言うだろう、少女はそう思った。何しろヴィンセントとテオが交わした手紙には、ヴィンセントがテオから貰った仕送りだとかについても事細かに書かれている。ヴィンセントがテオ無しでは生きられない体である(金銭的な意味で)ことはもう全世界の知るところとなっているのだという。そして少女はヴィンセントの記憶の激しい羞恥を己のこととして感じ入り、真っ赤になった頬に手を添えて書架の片隅に蹲るのであった。
 座はこう教えてくれる。ゴッホが生きた時代は今自分が召喚された時代の約百三十年前。大丈夫、マスターの生きる日本という国は約千年前の随筆や日記が写本によってなんだかんだ残っておまけに教科書にも載っている。
 いやでも彼女らは作家として人類史に刻まれているのだし自分ほど恥ずかしくないのでは? ゴッホの本業は画家ですよ。まあ本業と言うには全然売れなかったけど……うふ、ふふふ……まあでも、ここに召喚されている英霊の皆さんは、何らかの残る形で自分の一生が後世に伝えられているから英霊になったような方々ばかりですし、こういう目に遭っているのは私だけじゃないかも……。少女はそう自分に言い聞かせるが、それでも羞恥心はそう簡単に消えてくれるものでもない。
「……人の手紙の、何がそんなに面白いんでしょうか」
 蹲りながらもそう呟いたが、少女は知っている。
 ヴィンセント=ヴァン・ゴッホは、絵だけでなく人生もまた、今の時代を生きる者達の心を掴んでいるのだという。ゴッホの人生を題材とした映画が沢山あることはマスターに教えてもらった。
「そりゃ、他の皆と比べたらちょっと浮き沈みの激しい人生だったかもしれないですけど……でもそれを言ったらゴーギャンちゃんだって相当では……? 現地妻とかちょっと笑えない……」
 蹲ったままぶつぶつ呟きながら、少女はぎっしりと本の詰まった書架を見上げた。「美術」ジャンルの書籍が収められているこのエリアには、ゴッホと近い時代を生きた画家達の伝記や作品集が所狭しと並べられている。無論その中には、ゴッホの伝記や作品集も含まれている。
 ここ以外の書架を見れば、他の時代・地域の画家達、画家だけでなく音楽家、作家、政治家、王族、政治家、発明家、その上に神話や民話の英雄達の人生がこの図書館には詰まっている。そしてそんな彼らがこのカルデアに集まり、人理のために戦っているのだ。
 とんでもないところに来てしまった、と改めて思う。だってかのダビデ王やシバの女王に聖マルタと肩を並べて人理を守るために戦うことになるだなんて。己の内の信仰と戦いながらも求めてやまなかったゴッホの記憶が嫌でも騒ぐ。
「私自身はゴッホを雅号とするギリシャ出身の小娘みたいなものなんですけどね……でもやっぱり本物の迫力は凄かったなあ、ダビデ王はちょっとゴッホが思ってたのと違いましたけど……」
 脈絡のないことをぶつぶつ呟いて、手紙から気を逸らす。そうすれば羞恥心が紛れて、頬の火照りも治まってきた。あまりここにいては何度も同じことになる。ここを離れようと、少女は立ち上がった。
「ゴッホ、ちょっと失敗……ゴッホの友達のことを知りたければ、まず端末からライブラリに入って、絞り込んだ情報だけ入手するよう情報の集め方を変えるべき……えへへ、ゴッホの時代はそんなの無かったから、ちょっと新鮮……」
 ゴッホと同じ時代、あるいはゴッホよりも後の時代を生きた英霊もこのカルデアには何人かいるが、ゴッホと同じ地域、つまり十九世紀終盤のオランダやフランスに縁のある英霊はいない。座から得ることの出来ない情報に関しては、少女が自力で集めるしかないのであった。
 少女は地下図書館を出ることにした。あの物憂げな雰囲気をたたえた女性司書が司書デスクにいないことを遠目で確認して、小走りでそそくさと図書館の出口に向かう。
 図書館から一歩出れば、ゴッホの時代とは縁遠い無機質な白い壁と長い廊下が目の前を横切る。少女は召喚されたばかりの頃に貰った紙の地図を見ながら自分の部屋に戻るために歩き出す。カルデアのライブラリにアクセスする端末は施設内主要各各所の他、各サーヴァントの部屋に一つずつ置いてある。無論少女もその説明は受けているから端末の存在も認識しているのだが、ゴッホの記憶と感覚がまず少女を図書館に向かわせた。
 この遠回りをテオに手紙で報告したらどんな反応をするだろう。相変わらず絵に関すること意外は妙に要領の悪い、と苦笑するのだろうか。今日のネタは決まった、なんて思いながら、少女は廊下を行く。
 そう、少女は毎日のように、テオに宛てて手紙を書いていた。
 召喚されたその日にもらったささやかなお小遣いを使って購買部で買ったのは、百枚綴りの一番安い便箋と封筒、そしてペンだった。
 理解している、これを書いても読む相手がいないことくらい。この時代においてテオはとうに故人である。何せテオはゴッホが命を絶った一年後に死んでいる。そして無論、テオがこのカルデアに召喚されている訳ではない。だが少女がゴッホの記憶を抱えている以上、テオへの手紙を綴らないことなど有り得なかった。
 テオのことを思うと胸が温かくなる。自分という継ぎ接ぎの怪物に存在しない筈の家族の温もりが少女の心を温め続ける。テオの存在は経済面においてゴッホが画家としてあり続けるために必要不可欠であったが、それ以上に家族としても精神的な支柱であったのだから。これがゴッホの記憶であって自分の記憶ではないのだとしても、少女にとってテオは本物の弟も同然であった。
「テオへの手紙のネタは決まったし……部屋から一人で図書館に行くルートは覚えたし……これで好きな時に落ち着いてゆっくり本が読める……」
 自分の部屋兼アトリエに向かってるんるんと廊下を歩く。そうして白い廊下をどれほど歩いただろうか。

「ま……迷ったああああ……」

 ノウム・カルデアのどこかの廊下の壁にもたれて静かにうずくまる少女が、そこにはいた。
「来た道を戻るだけなのに迷うって……そんなことあります……?」
 歩けども歩けども、どこまでも同じような廊下ど扉が続くのみ。分かれ道があっても、地図を見て現在地が分からないので、どこに向かって歩けばいいのかも分からない。
「やっぱり私は駄目な子……来た道を来た通りに戻ることも出来ない……」
 はあああああ、と大きなため息を一つ。誰かが通りすがるのを待とう……半ば諦めと共にそう思いながら、少女は白い床を見詰めた。
 それからどれだけそこに蹲っていたか。
「あの……ゴッホさん、ですよね」
 ゴッホさん。ああ、自分のことか。少女の声に名を呼ばれて、顔を上げる。
「……はい。私は、ゴッホです」
 最初に目に入ったのは、目の覚めるような鮮やかな青。そして飛び込んできた……「Arts」の大きな文字。
「あの、こんなところでどうかしましたか……? ゴッホさんのお部屋はもっと向こうですよね」
 少女は廊下に膝を付いて、自分に視線を合わせようとしているようだった。更に顔を上げると、晴れた日の湖面のような少女の瞳と視線が交わる。凛々しくもあどけなさを残すその面立ちは、かつてゴッホが憧れてやまなかった「日本」人のものであった。
「あ、えっと……あなたは」
「宇津見エリセです。英霊というわけではないのですが……サーヴァントとして、このカルデアに身を置いています」
「……あ、ボイジャーくんとよく一緒にいる……?」
「! は、はい……覚えていてくださったなんて、光栄です」
 自分と同じくフォーリナーのサーヴァントであるボイジャーの隣にはよくこのエリセという少女がいる。それに、白い着物を羽織った恐竜のようなサーヴァントも含めて三人でいることが多いような、と少女は思い返す。だが少女が見た時のエリセの服はもう少し和装じみた服装だったように思う。少なくとも今のような、短いスカートに真っ青なTシャツというスタイルではなかった。
「あ、もしかしてこの服ですか⁉ その……この前貰って、なかなか着心地が良かったのでなんとなく普段着になりまして……」
「あ、そう言えばアビーちゃんも赤いやつを時々着てる……」
 アビゲイルに限らず、エリセの着ているTシャツに似た鮮やかな青や赤や緑のTシャツは食堂で時々見掛ける。
「その、ダビデ王に、私がここに来る前に会ったとあるサーヴァントのことを話したら大層お喜びになられて私にこのTシャツを……じゃない、今はそうじゃない。ゴッホさん、どうしてこんなところに? 体調が優れないようなら、医務室までご一緒しますが……」
「あ、いや、そんなわけじゃなくって……」
 エリセは本気でこちらを心配しているようだった。いらぬ迷惑を掛けてしまった、と焦燥と羞恥が胸の内をぐるぐる回る。
「えと……、部屋に戻りたいんですけど、道が分からなくなって……」
「だったら、私が一緒に行きましょうか」
「えっ、そんな」
「カルデアの構造は一通り頭に入ってるので」
「ひええ……すごいい……」
 しっかりしている。自分と比べてもそうだし記憶の中の生前の彼と比べてもずっとしっかりしている。その上エリセ自身はどこまでも自分に敬意を持って接していることがその態度からびしばしと伝わってくる。気圧されながらも、少女は頷いた。
「えっと……じゃあ、よろしくお願いします……」
 立てます? すみませんえへへ……だいじょぶです……。そんなやり取りをしつつ、立ち上がった少女はエリセの後を付いて歩く。
「エリセ……ちゃん、ここの構造とか覚えてるんだ……すごいね……? 広いし、複雑なのに……」
「ここに来る前はナイトウォッチ……その、警察……と言っていいかは分からないけど。そんなことをやっていたので。建物の構造とか道を覚えるのは、習慣が」
「すごいなあ……ゴッホ、そういうのは全然だから……」
「ゴッホさんは来たばかりですし、これから覚えていけば大丈夫ですよ……そうだ、カルデア内部の道案内をしてくれるナビゲーション用の礼装が購買部で売ってるんですけど、私はもう使わないのでお譲りしましょうか?」
「ひぇ……いいんですか」
「はい、私はもうここの構造はほぼ覚えたので……後でお部屋に持って行きましょうか」
「あああありがとうございますうう……」
 なんでこんなにいい子なんだ、と密かに怯えつつも少女はぺこぺこ頭を下げた。

***

親愛なるテオ

今日はゴッホの友人達の、ゴッホが死んだ後について調べようと、図書館に行きました。
そこで知ったのですが、どうやらゴッホ達の手紙はほぼ丸ごと後世に伝えられているらしいです。それも色々な言語に翻訳されて。テオに宛てた物だけではありません、ゴーギャンやベルナールに宛てた手紙もです。恥ずかしいったらありゃしません。
結局皆のことは、部屋に支給されている便利な端末……たぶれとかいうもので調べることにしました。触ってみたけどこのたぶれは凄くて、レンブラントやミレーの絵を手元で簡単に鮮やかに見ることが出来るのです。勿論本物を見た時の感動とは比べるべくもありませんが、銅版画の模写に比べたらずっとましなのでしょう。ゴッホにはあの銅版画の模写が本当に素晴らしいものに見えていたのですが、どうやら人類史の技術の進歩とは凄まじいようです。
こんな物があっては画商の仕事はあがったりなのでは、と心配もしましたが、どうやらマスター様の時代でも、画商という仕事や商品としての芸術にはそれなりの需要があるようです。これでいつテオが現界しても安心ですね。

いつになったら、私はあなたに会えるのでしょう。
私の知るテオは彼の記憶の中のテオであって、私自身はあなたを知りません。
そしてあなたも、私のことを知りません。
それでも私はあなたに会いたくて堪らない。
あなたを弟と呼びたい。
この手紙を、あなたに読んでもらいたい。
あなたから私に宛てた返事の手紙を受け取りたい。
私の願いはただそれだけなのに、きっと叶うことはないのだろうと思うと胸が張り裂けそうになります。
これはダ・ヴィンチに聞いたことなのですが、私の霊基のゴッホ成分は全体のたった5パーセントなのだそうです。
そのたったの5パーセントの縁でいつかあなたが来てくれるならばそんなに嬉しいことはないのですが、私の肉体はあくまでクリュティエのものですから、難しいのでしょうね。
それにもしあなたが現界出来たとしても、私を見たあなたはきっと、私じゃなくて私の中のほんの僅かな彼を見るでしょうに。
それでも私は、あなたに会いたいのです。
急にこんなことを書いてしまって、ごめんなさい。今日はもうここまでにします。
ここに来てからいくつか絵を描きました。それについての話は、また次の機会に。

愛を込めて
クリュティエ=ヴァン・ゴッホ

***

 あれ以来、少女とエリセは時々話すようになった。道案内用の礼装を届けに来てくれたエリセにコーヒーでも出そうとアトリエの中に招き入れた時、エリセは目を輝かせながら少女の描いた絵に見入っていた。
 ──その、私、本物をこうしてしっかり見るの、初めてで。筆使いも色合いも、こんなに激しく力強い物だって、知識としては知っていたけど、そんなの本当に無意味な物で……! ああごめんなさい、もどかしくて、言葉がうまく出なくて……。でも、あなたの描く絵が本当に素晴らしいものだってことは、はっきり分かります。
 どこか感極まったようなその言葉で、少女はすっかりエリセに気を許してしまった。ゴッホの記憶を持つ少女は、自分の絵を面と向かって褒めてくれる者にはとにかく弱かったのだ。
「エリセちゃんは、ここに来る前に色んなサーヴァントに会ったことがあるんですよね……?」
「はい。私のいたモザイク都市では、全ての市民がマスターであり、サーヴァントがいるのが当たり前だったので」
 タイミングが合えば、食堂の隅の方で二人向かい合ってコーヒーを飲む。ここのコーヒーは濃くて美味しいなあ、と少女は思う。極貧生活の中で飲んでいた安い豆の極限まで薄めたコーヒーとは大違いだ。
「……その、ゴッホの友達に会ったことは、ないですか……?」
「友達……と言うと……ゴーギャンやベルナール、ロートレック……同時代の画家達、でしょうか」
「そんなところです……」
「ごめんなさい、私は会ったことがなくて」
「そうですか……」
 そんなことをエリセに聞いてどうするのか、と心の内で己を引っ張る声は聞こえない振りをした。
 熱いコーヒーの入ったマグカップの上にストロープワッフル──いつも食堂に立っている弓兵のサーヴァントが試作品をサービスでくれた──を乗せながら、少女は呟くように言う。
「時々思うんです。このカルデアで生前のお友達に出会えている人達が、少し羨ましいなあって。だから……てわけでもないんですけど。えへへ。ゴーギャンちゃん達の友達は彼であって、私じゃないのに」
「それでも、ゴッホさんは彼らに会いたいんですよね」
「はい……」
 彼らに会ってどうしたいのかなんて、自分にも分からないけど。特にゴーギャンとは面と向かって顔を合わせたところでまともに話せる気がしない。ゴッホだって例の事件からしばらくして手紙のやり取りなら出来たけれど、結局対面はしていないのだし。
 そんな心持ちで彼らに会いたいと思っていいのかどうか、少女には分からない。
「会ってみないと分からないことは、あると思います。生前の知り合いでもサーヴァントとして召喚されたら何かの逸話が融合していて全く違う人、なんてこともあるみたいですし」
「えと……」
「例えば、サリエリとモーツァルト。彼らは史実では良き師弟関係だったそうですが、サリエリは後世の創作物の多大な影響によって無辜の怪物スキルを付与され、さらに灰色の男の伝承とも融合した結果、生前のサリエリとは異なる様相を呈しているらしいのだと、マスターから聞きました。サーヴァントになったら狂化が付与されていて生前より人の話を聞かなくなっているらしい、なんて話も聞きました。だから……」
 エリセはふと、言葉を詰まらせる。それから少しずつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「会いたいと思っているなら、そのまま思い続けていて、いいと思います。私は、ゴッホさんのその気持ちは、尊重されて然るべきだと思います」
 少女を真っ直ぐに見て告げられたその言葉は、すとんと少女の胸の中に落ちてきた。胸の中でつかえていた物を丸ごと巻き込んで落ちてきたその言葉は、少女の心を不思議な程に軽くした。
「英霊となった以上は、きっと皆さん、生前と全く同じのままではいられないんだろうって。ここに来る前にも沢山のサーヴァントを見てきて、私はそう思いました。そして、第二の生を受けた者同士で生前の関係性をそのまま続ける方々もいれば、全く異なる関係性を紡ぐ方々も。ゴッホさんがどちらを選ぶことになるとしても……私は、ゴッホさんの、ご友人達に会いたいという気持ちを、尊重したいです」
 そしてエリセは静かに口を閉じ。小さく項垂れた。
「ごめんなさい、勝手なこと言って……」
「だだだ大丈夫、ゴッホ、エリセちゃんの言葉すごく嬉しかったし……あ、ありがとう。エリセちゃんは、優しいね……」
「そ、そんなことは……!」
 少女の言葉にエリセは僅かに頬を赤くして目を泳がせた。この子も私のように褒められ慣れていないのかもしれない、と少女は思う。こんなにいい子なのに。
 この子の肖像画を描けたらどんなにいいだろう。瑞々しく凛々しい表情を、強い意志の中に憂いと情念を帯びたこの目を、戦いの中に身を置くことも傷を負うことも当たり前にしながらもその純真な透明さを内に宿し続けているその姿を、私のキャンバスに留め続けられたら。描きたい。この子を、私の筆で描きたい。心の奥底から炭酸水の泡のように小さく湧いてきたその思いはふつふつと大きくなっていった。
 気が付けば少女は、身を乗り出してエリセの手を取っていた。
「え、エリセちゃん」
「は、はい?」
「こここ今度、私の絵のモデルになってくれませんか!」
 少女の言葉に、エリセは目を見開いた。
「……え、わ、私がですか」
「はい、えへ、その、ゴッホ、本物の日本人をモデルに絵を描いたことなかった、し……、私は、貴女を描きたい! エリセちゃんを!」
 ほとんど勢いに任せた言葉だったが、勢いに任せればどんどん気が大きくなって、思うままを言葉にして伝えることが出来た。
「ゴッホは沢山の肖像画を描きました、彼は偏屈だったかもしれませんけど彼の友人達が好きでした弟家族が好きでした人間達が好きでした彼らの姿を後世にも残したいと思ってました私はそのことを確かに覚えています、だから……だからかどうかは、わかりませんし、違うかもしれませんけど。私も、私が好きになった人達の絵を描きたいんです」
「そ、それで私をモデルに、ですか」
 エリセは動揺しているのか、目が泳いでいた。
「は、はい、エリセちゃんが嫌でなければ、ですけど」
 少女は真っ直ぐにエリセを見た。現界してからかつてないほどに胸がふ高鳴っていた。基本的にあがり症気味なのですぐに心臓がバクバクいいがちなのだが、それでも。ここでこの少女を逃せば今描き得る最高の肖像画は描けないという確かな予感があった。
 エリセはしばらく視線をきょろきょろさせ、一度ぎゅっと目を閉じた。そしてゆっくり瞼を上げて少女を見詰め返した。
「……その」
「は、はい」
「私で、良ければ……」
 こうして少女は、エリセとモデル契約(合計最大十時間までのデッサン・クロッキーと油絵一枚)を結ぶこととなった。
 コーヒーの中にはいつの間にか湯気で柔らかくなったストロープワッフルが沈んでいたが、モデル契約を成立させた少女は落ち込むことも無く、沈んだワッフルをスプーンで崩してコーヒーと一緒に食べ始めた程度には浮き足立っていた。

 ***

 ザク、とストロープワッフルを一口齧ると強烈な甘味が脳を叩き起こす。少女は齧り掛けのワッフルを皿の上に置くとワッフルを噛み砕きながらパレットに青い油絵の具をたっぷりと絞り出した。筆に絵の具を取ると、まっさらなキャンバスに筆の跡を残しながら激しくも丁寧に刻み込むように被写体の形を描き出していく。
 ここ数日、少女は寝る間も惜しんでエリセの肖像画の作成に取り掛かっていた。カルデアで過ごす中でエリセをよく見て、最も彼女が彼女らしいと思える瞬間を探して、デッサンをして、それから習作として素描や水彩画を何点か描きながら最適な構図を模索し、決定したらそれを元にまた習作を作成し、納得が行ったら油絵の作成に入る。そんな生前のゴッホも行っていた制作スタイルを少女は今回取ることにした。そして今日はいよいよ油絵の作成に入るのだ。
 彼と少し違うことと言えば、この絵は誰にも売るつもりがないということくらいか。完成したらエリセに無償で譲るつもりでいたが、彼女曰く自分の部屋に自分の肖像画を飾るのはちょっと恥ずかしい、とのことだったので、しばらくの間は自分のアトリエに掛けることにした。勿論、誰かに売る気は無い。まあ、彼にも売る気のない絵くらいはあったようだが。
 少女に観察されている間のエリセは初めこそ気まずそうだったが、次第に慣れてきたのか、気が付けば少女とエリセは更に打ち解けて、食堂で三食同じテーブルで食べるようになっていた。
 ──エリセちゃん、本当にいい子だ……私なんかの友達には、勿体ない。
 ゴッホは偏屈だが調子のいい時は話好きだし友人が何人かいたのも納得出来るのだが、私は違う。卑屈でじめじめしていて人の顔色を伺ってばかり。少女は思わずため息を一つ吐き出した。だがすぐに頭を振って雑念を振り払う。
 今はこの絵と向き合わなくちゃ。だってエリセちゃんの姿をキャンバスに留めおきたいと願ったのは私なのだ。写真でもなく他の画家によってでもなく、描かなければならないのだ、私自身の筆で!
 いつの間にか止まっていた手をまた動かし始めた。最も色が鮮やかに映える配色を脳内で組み立てて、なるべく混色が起こらないよう神経を研ぎ澄ませながらキャンバスを絵の具で埋め尽くしていく。
 こんこん、と部屋のドアをノックする音が聞こえたような気がしたが無視して筆を進める。いい所なので邪魔しないで欲しい。
 そうして何時間キャンバスに向き合っていたか。
 一気に描き上げた肖像画を前に、少女は一つ息を吐き出して筆とパレットを置いた。
 改めて、描き上がった肖像画を見る。絵の具が乾くまであと数日は掛かるのでまだ完成とは言えないが、これ以上手を加える必要が無いと言えるまで描き上げることは出来た。
 縦約四十センチ、横約三十センチの縦長のキャンバスに描かれているのは、テーブルに頬杖を突いた黒髪の少女。淡く微笑んでいる少女の目線は画面左側に向かっていて、鑑賞者の方を見ていない。背景はペールブルーやウルトラマリン、白の絵の具でエリセの輪郭を囲むように塗り潰しているが、画面の中のエリセの視線の先、キャンバスの左辺にクリーム色や黄色で淡い半円が描き込まれていて……
「やあ」
「のわっ?!」
 自分の絵につい見入っていると、突如後ろから声を掛けられて驚きのあまり椅子から飛び上がる。
「ぼ、ボイジャーくん……」
 そこには、淡い燐光を内から放つ幼い少年が立っていた。否、浮いていた。床から十センチほど浮いている。
 ドアには鍵を掛けていたのに何故ここに、と思ったが、霊体化して入って来てしまえばドアなど無意味である。しかしよりによってボイジャーが来るとは。少し気恥ずかしくなり、少女は無意識に背中でキャンバスを隠しながらボイジャーを振り向いた。
「どうか、しましたか? ゴッホ今日は、オフですが……」
「あのこが、ね」
 ゆっくりと、ボイジャーは話し始めた。少女の目を見ながら、淡く微笑んでいる。
「あのこが、きみのことを、しんぱいしていたよ」
「あのこ……あの子って、エリセちゃんですか?」
「そう。エリセ。きみ、あさもひるも、ゆうも、たべにこなかったでしょう?」
「へ? あ、ああ……ああーそう言えば……」
 今朝からの製作中、部屋に常備しているコーヒーといくつかのお菓子は口に入れていたが、一歩も外には出ていないし食堂にももちろん行っていない。
「へ、エリセちゃん、私を心配、しててくれた……?」そ
 そのことに思い至って、心臓が一つ跳ねた。ボイジャーはにこりと笑いながら頷いた。
「きみは、たべることがだいすきなのに、たべなくってだいじょうぶかな、って。ゆうはんまえに、へやをたずねてみたけれど、きみはでてこなかったから」 
「…………」
 そう言えば、絵を描いている時にノックの音が聞こえてきたような。……つまり。私が無視したあのノックの主は、エリセちゃんだったということでは?
「あわわわわわわ……」
 無視してしまった。エリセちゃんが心配してくれたのに。がたがた震えている少女を気にすることもなく、ボイジャーはマイペースに続ける。
「エリセはね、きみをしんぱいしていたけれど、きみのえを、たのしみにしているよ」
「え……本当、ですか」
 ほとんど無理矢理頼み込んだようなものなのに。
「はずかしいけど、たのしみだって、いっていたよ」
「……そう、ですか」
 そんなに優しくしてくれる、私が頼み込んで描かせて貰った絵を、楽しみだと言ってくれる、そんな子の優しさを知らずのうちに無下にしてしまった私はなんて酷いやつなのか。どっと汗が吹き出てきた。死にたい。
「ねえ、きみは、さ」
 ボイジャーは俯く少女の顔を覗き込んだ。
「ひぇ、は、はい」
「エリセのこと、すき?」
「え……」
 真っ直ぐな目が少女を見つめる。この目を前に嘘を吐くことは許されない、そんな強迫観念すら抱いてしまう程に綺麗な瞳。
 少女は目を泳がせながら、水から上げられた魚のように口をパクパクさせた後、大きく息を吸い込んだ。
「好き……です。私は、エリセちゃんはとても、好ましい女の子だと……ええ、と。その、友達になれたら、なんて、思います……」
「なら、かのじょのともだちに、なってくれないかしら」
「……その、エリセちゃんが良ければ……」
 良ければ、とは言わずにすぐにでも友達と呼びたいくらいだけれど。こんな時ゴッホならすぐにエリセを友達認定してしまえるのだろうが、ゴッホの図々しさをクリュティエの卑屈さが上回って身が縮こまってしまう。
「エリセは、えいれいとともだちになるなんておそれおおい、っていうけれど。でも、きみはきっと、エリセとともだちに、なれるよ。あとはエリセのゆうきしだい、だけれど」
 ボイジャーはふわりと笑顔を浮かべて、ひらりと身を翻した……かと思うと、いつのまにか少女の脇をすり抜けて、キャンバスの絵を横から覗き込んでいた。
「あっ……」
「ぼくね、”え”は、むつかしくて、よくわからないのだけれど。これをかいたきみが、エリセをすきなことは、わかるよ」
 慌てふためく少女をよそに、ボイジャーはマイペースに話し続ける。
「ぼくね、てがみを、もってるんだ。」
「あ、ええと、……ゴールデンレコード……のことでしょうか」
 座からの知識を手繰り寄せる。太陽系の外にいるかもしれない知的生命体に向けたメッセージ、ゴールデンレコード。確かに手紙と呼んでも良いのかもしれない。
「きみも、てがみを、かいたのでしょう」
「……書きましたよ」
 今だって書いている。どこに送ればいいかも分からない手紙を、何通も。
 ボイジャーは、キャンバスにぎりぎり触れるか触れないかまで小さな手を伸ばした。肖像画の中のエリセに触れようとするかのように。
「……ぼくにてがみをたくしたひとたちのなかに、ね。この”え”のなかのエリセみたいなかおを、したひとたちが、いたよ」
「この絵の、エリセちゃんみたいな顔……」
 少女は振り向いて、改めて仕上げたばかりの肖像画を見る。
 私がこの肖像画の中で描き出そうとしたエリセちゃんの表情は、どんなものだったか。そんなの思い出す間でもない。だってこれは、私がエリセちゃんを見る中で、最も彼女らしいと思った瞬間の表情なのだから。
「……光を……星を求める、顔。ですね」
 ボイジャーを見る時のエリセは、時々そんな顔をする。叶わないかもしれないと思いながらも夜空に光る一等星に手を伸ばすことを諦められない者のような表情で、多くの時間を共に過ごしているはずのボイジャーを、見ている。
 この表情を、この目を、私は知っている。
 この目は、夜空の彼方の光を求め続けた、私の記憶の中の彼とよく似た目。そして他人事には思えない目。だって、私も。
「エリセちゃんは、出会えたんです。彼女が一番求めていた星に。でも……どうしてエリセちゃんが、隣にいる筈の君を、夜空の彼方の星を見るような目で見るのかは……私には、分かりません。だから私は、君を見ている時の彼女を描きたくなってしまったのかもしれません」
 それはエリセにとっては、余人が簡単に踏み入ってはいけない領域なのかもしれない。もしかしたら、こうして描かれることも忌避するかもしれない。それでも、少女は思うのだ。
 あなたがその星を見ている時の目に浮かんでいるのは、諦念や絶望などでは決して無い。遥かな星に手を伸ばす者が抱く希求であり、切望であり……憧憬なのだと。
「エリセちゃんはきっとその星を諦めてない……私も、諦めたくないんです。私の求めている星を……会いたい、人達を」
 こんな自分の身勝手な願いを、出会ったばかりの女の子に重ねていいのだろうかという躊躇いが無いではないけれど。
 あの時エリセに「ゴッホの友人達に会ったことはあるか」と尋ねたのは、どこかでテオの現界を諦めていたからだ。勿論、友人達には会いたい。でも、一番会いたいのはテオだ。それでもテオに会うことを半ば諦めながらも手紙を書き続けていた少女は、知ってしまった。すぐ傍の星を見つめるエリセが、彼方の星を求める者の顔をしていることに。
 ゴッホの生前の友人達に会いたいという願いを尊重すると言ってくれたエリセが、そんな顔をするというのなら。私が星を求め続けたって、罰は当たらない筈だ。
「私が一番会いたい人に会いたいと願うことを、諦めなくてもいいんだって……、エリセちゃんのお陰で、思えましたから」
 さながら星に祈るように。英霊の身となってもなお、祈ることをやめないでいいのだと。
「エリセにもね、いるよ。ここにはいない、あいたいひと。ともだち」
「そう、なんですか?」
「うん。ともだち。エリセのもとめるほし、そのなかのひとつ。エリセのいちばんたいせつな、ともだち。……ここにくるまえの、エリセの、いちばんたいせつなきおく。ほしをえがいたひとのきおくをもつきみが、エリセはあきらめていないとかんじるのなら。エリセは、あきらめていないんだね。かのじょを」
 そう言った時のボイジャーは少女の目には、とても嬉しそうに見えた。
 エリセが求める星の一つは彼女の友達……ボイジャーの言葉はきっと正解の一つなのだろう。でもそれだけではない、と少女は思った。そしてボイジャーもまた、分かっていて言わないのだろうと、不思議とそんな気がした。だがそれこそ、少女のような部外者はこれ以上踏み込んではいけない領域なのだろう。
「エリセがあきらめていないって、きみがみていること、きみもあきらめていないこと。エリセには、しってほしいから」
「……ボイジャー君はもしかして、気付いていたんですか? 私がエリセちゃんの、こんな表情を描くって」 
「みえたもの。きみが……ええと、かみに、ぺんで、エリセをかいているの」
「ひいいい……」
 ボイジャーとエリセはよく一緒にいるのだ、そんなことがあってもおかしくない、のだが。見られていたのはシンプルに恥ずかしい。
「だから、ね。ぼく、きみなら、エリセとともだちになれるって、おもったんだ」
「……ボイジャーくんも、好きなんですね。エリセちゃんのこと。」
「うん」
 ボイジャーは何の屈託もなく頷いた。きらきらと光る、星のような笑顔で。
「ぼくとかのじょも、ここでは、ともだち、だからね」

 ***

親愛なるテオ

今日は、カルデアに来てから出会った女の子……エリセちゃんの肖像画を、一点仕上げました。
せっかくなので、ゴッホが生きていた頃とは違って、絵を撮影した写真を同封してみようと思います。この時代では写真を撮るためにずっと立っていなくていいし、こんなに色を綺麗に再現出来るのだそうです。
どうでしょうか? 青を基調に、油絵なりに透明感が出せるように頑張りました。少し、印象派の影響を受けていた頃に戻ったような気分がします。
エリセちゃんにはまだこの絵を見せていません。喜んでくれるでしょうか。エリセちゃんの一番の友達のボイジャー君は、きっと喜ぶ、と言ってくれました。そうだといいのですが。

この絵のエリセちゃんを見て、ボイジャー君は、星を求める人の顔だって、すぐに見抜いてしまいました。
エリセちゃんは時々、こんな顔をします。私の記憶の中のヴィンセントにどこかよく似た、夜空の彼方の星を求める人の顔です。
その星は、カルデアにいては手が届かないかもしれない。だけどエリセちゃんは、その星を諦めていないのだと、私は思います。だから私は、彼女のこの顔を描きました。
私も諦めなくていいんだって、エリセちゃんを見ていたら思えるようになったから。
だから私は、あなたに会うことを諦めないでいようと思います。テオだけじゃない、ゴーギャンちゃんにロートレックちゃん、ベルナールちゃん……少し怖いけど、会いたい気持ちは、ずっと持っていようと思います。
勿論、会えるかなんて分かりません。でも、星を求めるのって、そういうことだと思うから。本当に掴めるかは分からないけど、それでも求めずにはいられないから手を伸ばし続けるのです。私がテオ達に会いたいと願う気持ちも、同じです。
きっとあなたは、ゴッホにとっての星の一つ。天上の彼方ではなく、手紙を交わせる距離からゴッホを見ていてくれた、地上で光る星。
今の私にとっては、あなたは天上の星のような存在になってしまったけれど。でも、心の中にはずっとあなたがいます。
あなたが見るのが、私の中のほんの僅かな彼なのだとしても構いません。むしろ当然のことだと思います。それでも私は、あなたに会いたいと願うことをやめません。
ゴッホがあなたにどんな思いを抱いていたか、あなたに伝えることくらいは出来ます。それくらいしか、私があなたに出来ることはないかもしれないけれど。あなたに会えても、この手紙を見せることは出来ないかもしれないけれど。
気味の悪い女と思ってくれても構いません。でもこれは、私が私のために書いている手紙でもあって。勿論、あなたが読んでくれて、返事をくれたら嬉しいけど、せめて今は、私のために願わせてください。

これが私の身勝手な願いでも。
いつかあなたに会える日を、私は待ち続けています。

愛をこめて
クリュティエ=ヴァン・ゴッホ

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

参考文献
圀府寺司(2009)『ファン・ゴッホ 自然と宗教の闘争』小学館
圀府寺司(2019)『ファン・ゴッホ 日本の夢に懸けた画家』小学館

「Vincent van Gogh The Letters」〈http://vangoghletters.org/vg/

イマジナリ・スクランブルクリア後に書き始めたのですが書いてる途中にリンボが実装されカルナさんはサンタになっていました。

甘味処トリオにプリチケが届く話

……という小ネタが急に降ってきたので書いたプリパラパロのSSです。
一応女装ネタなので苦手な方はご注意ください。



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プリパラに入ると何故か中学生くらいの外見になるという想定ですがプリパラなので仕方がありません。
以下、設定とかの話。

四季→ブリリアントプリンスのつもりでしたが思いっきりドレスって書いてしまいました。多分ロゼットヴィーナス着てる。
春日野→トゥインクルリボンスイート
入夏→フォーチュンパーティー

冬沢と千秋は3クール目からライバルユニットとして出てきます。
冬沢→マリオネットミュー
千秋→ココフラワー

現華はSoLaMi♡SMILEでトリコロールでノンシュガーだと思ってます。

手に入らないもの(中等部生徒会時代捏造)

非CPものですが元中等部生徒会組に男男男巨大感情の気配を察知した人間が書いています。
3期5幕放送直後に書いた幻覚です。

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「コウちゃんはこれでいいわけ?」
 冬沢が生徒会室にいないタイミングを見計らって優秀な後輩の副会長にそう尋ねると、天使のような笑顔を浮かべた少年が書類から顔を上げた。
「何がですか?」
 その笑顔の裏にある底知れない物を感じながら、千秋はテーブル越しに身を乗り出した。
「何がって……色々だよ。亮との事」
 南條は不思議そうに瞬きをした後、得心がいったかのように頷いて肩を竦めた。
「ああ、もしかしてまだ心配してくれてたんですか。千秋さんが勝手に思い込んでるほど俺はダメージとか受けてないですし、気にしなくていいですよ」
「……そう」
 千秋が思うに、目の前にいるこの後輩はあの捻くれた腐れ縁の幼馴染が珍しく目を掛けている数少ない存在だ。ただ、その目の掛け方も掛けられ方も、奇妙に屈折しているように千秋の目には映っていた。
「あんま無理すんなよ、四六時中あんな奴と一緒にいたらお前まで性格悪くなっちまう」
「ええー?千秋さんがそれ言います?」
「ノーセンス。俺は距離の取り方分かってるし、そもそも期待なんてされてないからいいんだよ」
 冬沢は南條の事を、優秀な右腕としてだけでなく役者の才を持つ者として買っている。普通科在籍の彼に高等部進学を勧める場面も何度か見た事がある。
 だが冬沢は、南條に対して心を許そうとはしていない。右腕として傍に置きながら、決して信頼してはいなかった。少なくとも、千秋にはそう見えていた。
 更に南條は恐らく、その事に早い段階から気付いていた。あるいは、冬沢本人に直接言われたのか。だとしたら相変わらず最悪なヤツだ。だがそんな私情は一旦脇に置くとして。
「別にあいつとの事に限った話じゃねえよ。信用されずに期待だけ掛けられんのもしんどいんじゃねえのって話。今は平気でもそういうちょっとしたしんどさは積もってくからな」
「大丈夫ですよ。俺こういう性格だし、鋭い人から信用されないのは慣れてるんで。ついでに言うと期待されるのも割と慣れっこです」
「あのなあー……」
 確かに付き合いの浅い千秋の目から見てもこの後輩は性格が良くはない。いい性格をしている、とは言えるかもしれない。のらりくらりとした言動の一方で、常に己を有利なポジションに置くことを第一に考えて動いている。計算高く、狡猾ですらある。
 それでもこの賢い後輩を冬沢とは違った視点で気に掛けてしまうのは長男としての習性ゆえか、近くにいる先輩としての義務感か。それとも。
「……でもお前、割と好きだったりするだろ。亮のこと」
「……」
 南條の表情が陰る。それはまるで、天使とかお人形とか彫刻とか、外野からそう評される顔立ちに僅かに温度が灯ったかのようで。
 だがそれは一瞬のことで、南條はすぐにまた天使のような笑みを浮かべた。
「頭のいい人は好きですよ」
「……そう」
 これ以上突っ込んでも相手のガードを頑なにするだけだ。千秋は話を切り上げようと、自分の前にある書類を一枚掴みながら一言、もう一度と念を押した。
「無理すんなよ」
 だが南條は涼しい顔をして肩を竦める。
「無理なんてした事ないですし、これからもしませんよ」
 だといいけどな。
 また書類に目を落とした南條を見て、俺はいったい何に首を突っ込もうとしているのやら、と千秋は内心深深と溜息をついた。

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これを書いたのは3期5幕の放送5日後なんですが5幕を何回も見ていたらだんだん中等部生徒会時代周りの見えないものが見えてきたので鉄を熱い内に打ちました。

【チャドと雨竜】優しい拳

「いいっ……加減にしろ!」
 若干上擦った怒声と共に、肩をどつかれた。
 20cm以上眼下から俺を見上げる顔は、目を釣り上げ眉間に思い切り皺を寄せ頬を上気させ、詰まる所分かりやすく怒っている。
 ついさっきまで俺を取り囲んでいた十人強の不良全員を一人で叩きのめして追い払ったとは思えないほど細身の体躯の全身に怒りを漲らせながら、石田は腕を組んだ。
「茶渡君、君自分がどれだけ他校の不良達から目を付けられてるか分かってるだろ?なのにどうしてこういつもいつも囲まれても誘い出されても無抵抗に……大ごとになったらどうする気だ!」
「いや、お前が出てくる方が大ごとになる気がするのだが……」
 夏休み中とは言え石田の現在の肩書きが「空座第一高校生徒会長」である事を思うと、多分俺だけの方が余程穏便に事を片付ける事が出来る。生徒会長が不良相手とは言え暴力沙汰になるなどとんでもない話だ。……ついでに本人の前では口が裂けても言えないが、石田に何かあった場合こいつの親父さんが間違いなく出てくる。石田の親父さんは石田の事を大事にしている分若干──いやかなり──苛烈で手段を選ばない面がある上、大病院の院長という肩書き上この町の「偉い大人」に対しても相当な影響力を持っている。そうなると一番危ないのはどう考えても石田を相手にした不良達だ。
 今までの所大ごとになっていないのは、そこらの不良レベルでは石田に太刀打ち出来ず、あまりに簡単に打ち倒された不良達が石田を恐れて寄って来なくなったからに尽きる。
「……だが、いつもすまない」
 とは言えいつも心配させているのは事実なので謝ると、少しだけ石田の表情が緩んだ。
「……分かってるならいい。今度他校の不良に呼び出されたら僕を呼ぶように」
 そうすると大学受験を控えた石田にはあまり良くないから呼ばないのだが。多分それを言うとやはり怒られる。それでも俺が不良に絡まれたのを察知すればきっと石田は飛んでくるし、一護が不良に絡まれていても積極的に首を突っ込みに行く。井上がタチの悪いナンパに絡まれて近くに有沢がいなかった時に、通りすがりを装って助け舟を出しに来た事もあるという。
 石田によれば、霊圧の揺らぎで何となくは分かるらしい。常人に過ぎない不良やナンパに絡まれた時の霊圧の揺らぎなど微々たる物……というか、そうそう揺らがないと思うのだが。石田の霊圧感知能力の高さは俺達の中でも群を抜いているとは言え、ここ最近その精度が更に高まっている。
 きっかけがあったとすれば、初夏のあの大戦なのだろう。そこで石田に大きな変化が起きた。……いや、石田自身は何も変わっていない。変わったのは石田の持つ力の部分だ。石田としては複雑な経緯を辿った結果らしいが、石田の力は確かに大戦以前より更に強く、そして鋭くなっていた。
 それでもその力は専ら俺達を助ける為に使っているのだから、素直ではないがどこまでも真っ直ぐで友達思いなやつだ、と思う。
「……何を笑ってるのかな」
「ム、すまん」
 顔に出ていたらしい。
 石田は一つ溜息を吐き出すと、くるりと踵を返した。
「もういい、さっさとここを離れよう」
「ああ」
 俺も石田の後を追う。路地裏を出た石田は、人通りの多い商店街へ向かっていた。追ってきた不良がそう易々と手を出せないようにだろう。
「僕は帰るけど、茶渡君はバイトはいいのかい」
「今日は休みだ」
「そう、それじゃ気を付けて帰りなよ。最近物騒だから」
 昼下がりの、買い物をする人で賑わう商店街を歩く石田。一歩先を行くその背中が少し小さく見えたような気がして、思わず声を掛ける。
「……石田」
「何?」
「疲れてはいないか?」
 そう聞けば、石田は「別に」と緩く首を振りながら淡々と歩を進める。
「見て見ぬ振りをする方が疲れる」
「……そうか」
 神経質な石田に、俺達の霊圧の状態が常時必要以上に伝わっている今の状態は少し酷だと思うのだが。
 それでも石田は、何ということはないのだという言うように続ける。
「心配してくれてありがとう。でももう少しで、今の状態での霊圧知覚調整に慣れそうだから。気にしないでくれ」
「なら、いいんだが……」
 そうは言われても、石田が心配された時に強がるタイプなのをこちらはよく知っている。
 外見や性格から想定出来るより遥かに図太く強い心を持つ男だから、抱え込んでしまうのだ。
「そうだ石田」
「ん?」
「昼飯はまだか?美味いラーメン屋を見付けたんだが。お礼に奢る」
「行く」
 即答。やはり奢りには弱いらしい。
「どんなラーメン屋さんなんだい?」
「豚骨ラーメンが美味い」
「豚骨ラーメンか!うん、それはいい」
 ……豚骨ラーメンを好きな理由はまさか、スープが白いからだろうか。
 俺が考えている事など露知らず、石田の足取りが少しだけ弾み始める。その事に安堵しながら、俺は少しだけ歩く速度を上げた。

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ブレソル君でチャドの乱舞キャラが実装されたので育成のため鬼のように周回していたのですが、当方のアカウントで一番強くて周回しやすいのが雨竜だったために「このチャドの育成終わったら雨竜がチャドにキレ散らかす話を書こう」と血迷いました。
ブレソル君は周回しやすいところが好きです

【一護+雨竜】「ただの友達」【最終巻まで読んだ人向け】

「……先生達、すげえ大騒ぎだったな」
「騒ぎすぎだと思うけどね」
 昨日図書館で借りたヴィトゲンシュタインのページを捲りながらそう答えると、屋上の柵に凭れて座る黒崎は「落ち着いてんなあ……」とぼやいた。
 事の始まりは、ずっと提出を催促されていた進路希望の紙を登校時に提出した時まで遡る。どうも、3年の秋になってから医大を第1志望に決めるというのはなかなかに大それた事らしかった。それから担任を発端に職員室は現高3を担当した教師を中心に大騒ぎ。あまり好ましくない事だと思うのだが。
 教師達が動揺しているのは生徒達にも伝わり、流石に心配されたので黒崎達には事情を話したら、絶句された。それが朝の出来事。
「お前が医大に行くって決めたんならいいけどさ、もう秋だぞ?流石のお前も医大対策の勉強とかしてないだろ?」
「医大対策……?赤本を解いてみたら合格圏内だったから、行けるだろうと判断しただけだ」
「うん、そうか、悪い。聞いた俺が馬鹿だった」
 黒崎がパンの袋を開ける。そこで僕が昼ご飯を持っていない事に気付いたらしかった。
「お前今日昼飯は?」
「……忘れた」
「は?珍しいな」
「いいだろ、別に」
「悪いなんて言ってねえだろ。……ほら」
 ずい、と黒崎が目の前にパンを差し出してくる。見れば、半分になったコロッケパンだった。何のつもりだ、と半目で睨むと、そんな顔すんなって、と黒崎は呆れたように言う。
「6時間目お前のクラスとうちのクラスと合同で体育だし、流石のお前でも昼飯抜きで体育はキツいだろ。なんか食っとけ」
「……分かった、ありがとう」
 本を閉じて渋々受け取ると、黒崎は自分の分をコロッケパンをほぼ一口で平らげた。
「君も購買のパンなんて珍しいな」
「昨日から遊子が校外学習でいねえんだよ」
 コロッケパンを1口齧り、無視していた空腹感をなんとか宥める。何だかんだで、黒崎の気遣いは有難かった。僕にパンを分ければ君には足りなくなるだろうに。うん、黒崎は本当に馬鹿だ。……そんな馬鹿のお陰で、僕はここにいる訳だが。 
「なあ、黒崎。君、前にここで僕に医者にならないのか聞いてきた事あっただろ」
「……ああ。あったな、そんな事」
 黒崎がもう1つパンの袋を開けながら頷く。
 パンの礼と言う訳では無いのだが、僕が自分の行く先を決めた以上、これは黒崎にだけは伝えておくべきなのだと思う。
「あの時の僕は、自分が何者になるべきなのか分からなかった。そもそも自分が何者なのかも、実はよく分かってなかった」
「……」
 黒崎は何も言わない。何か言ってくれた方がこちらの気は楽なのだが。けれど集中して聞かれるより今みたいにパンを食べながら聞いてくれるくらいで丁度いい。
「多分、よく分からないままでも良かったんだ。君達といると、それが気にならなくなるし、些細な問題に感じるから。君達は、僕が何者かなんて気にしないだろ。……実際はそうもいかなかったけど」
 自分の立っていた筈の世界の足元が揺らぐ位の事が起きて、答えを必要としていなかった筈の、自分が何者なのかという問に答えられない事が無性に不安に感じた。
 けれどあの戦いを経て、迷い続けたそれにようやく出せた答えは、あまりにシンプルな物だった。
「在り来りな答えだけど、僕は僕でしかない。何者になるのか決められるのも、僕しかいない」
 後はもう自分で片を付けるために死ぬしかない、なんて所まで追い詰められなきゃ気付けなかったんだから、大概馬鹿だけど。
「だけど、実は何者になりたいかについてはまだ全然決まってない。でも、何になるかそろそろ考えないといけないし……だから、昔なりたかった物になろうと思った。そう、昔確かに僕は医者になりたかったんだ。……生きている人も死んでいる人も、救えるようになりたかった。それが僕の出発点だったって思い出して、まだそれは僕の原動力だと思えた。それだけさ」
「……そうか」
「それに医師免許を取っておけば後々何かと潰しが効くし、就職に困る事も無い。収入も見込める」
「それで医大に受かる自信があんだからすげーよなお前……」
 黒崎は呆れ果てているようだし、朝方茶渡君や井上さんすら絶句したのは黒崎と同じような理由なのだと思う。
 僕とて、医大が狭き門だと言うのは承知している。それでも僕の学力ならばこのまま過去問で対策を進めれば合格圏内に入れるのは事実なのだし。むしろ、過去問の点数だけ見れば既に入ってはいるのだし。
 いつの間にかパンは残り一口分になっていた。
「お前の言う通り、オレはお前が何者なのかなんて気にした事ねーけどな。でもお前が自分でそう思えたんなら、良かったんじゃねーか?」
「少し時間はかかったけどね」
 僕はパンの最後の一口を口に入れ、咀嚼して、飲み込む。
「……君達がいないと気付けなかったとは思う」
 結局僕にとっては、黒崎達がただの友達でいてくれた事が、何よりの救いだったのだ。僕をただの石田雨竜として認めてくれる彼らがいてくれた事が。だから僕は僕でしかないのだと今ならはっきり自覚出来る。
 それを黒崎に面と向かって言うのは少し口惜しいので、言わないでおくが。
「……そうだ石田、今日うちで飯食ってかねえか?」
「ん?良いなら行くけど、なんで」
「遊子も夏梨もいねえから今親父が飯作ってんだけど、野菜が傷みかけてるからどうせならまとめて鍋にしようって朝なったんだよ。量がかなりあるから、チャドと井上にも声掛けようと思うんだけどよ」
「なんでそんな量の野菜を一気に駄目にしかけるんだ……」
「親父に聞いてくれよ……」
 黒崎はいつの間にか3個目のパンの袋を開けていた。
 僕はまた読み掛けのヴィトゲンシュタインを開く。今日中には読み終わりそうだ。倫理の授業で興味を持ったから何となくで読み始めたが、これからはもう少し理系分野か洋書に比重を置いた方が良いだろうか。
 しかし何となく読み進める気にはなれず、ページを開いたままぼんやりと時間だけが過ぎる。黒崎は対面にいる僕を気にすることも無くチョコがかかったパンを食べていた。僕はそのまま視線を空へと向ける。
 空は抜けるように青い。5階分下の校庭からは、昼休みに興じる生徒達の声がする。
 会話は無くとも、何となく居心地が良くて。
 ああ、これが僕が諦めようとしていた物なのだ、と急に胸が締め付けられた。
 けれど同時に、諦めていたら先行きを決めることも出来なかったけれど、今の、諦めていたら決して得られなかった当たり前の1秒1瞬が、とても愛おしく思えて。
 柔らかな風が頬を撫でる。その風の中に秋が暮れていく気配を感じて、不思議と頬が緩んだ。

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この話の対として書きました。
この二人の距離感がとても好きです。

【実写版軸一護+雨竜】「ただのクラスメイト」【映画見た人向け】

「なあ、オレとお前ってなんで知り合いになったんだ?」
「……」
まず目に入ったのは目の前に突き出された購買部のビニール袋。中身はパンと紙パックのジュース。視線を上げれば、オレンジの髪が目に入る。
詰まる所、昼休みに屋上で静かに本でも読もうと思っていたら急に黒崎に絡まれた。
僕は一つため息を吐き出す。
「またその話か……自分で思い出せって何回も言ってるだろ。それとそのパンは何だ」
「思い出せそうで思い出せないから聞いてんだ。パンは俺の奢りだ。お前、たまに昼飯食ってないだろ」
僕の返答を待たずに、ビニール袋が音を立てて僕の太腿に置かれる。今日昼食を持って来ていないのもたまにそういう日があるのも事実なのだが、黒崎に気を遣われているという点も奢りで釣ろうとしている向こうの魂胆もなんとなく癪である。
「気にすんな、俺も今日は購買で買ったからついでだ。6時間目体育だろ、食わなきゃ倒れるぞお前」
そう言いながら黒崎は僕の向かいに座り、自分の分の袋からコロッケパンを取り出した。
「……生憎、君が思ってるほど僕は虚弱じゃない」
「飯を抜くのはそれ以前の問題だろ」
本当にお節介だな、この男は。
しかしありがたいのは事実だし、突き返すのも申し訳ない気がしてしまって、僕は袋の中を見た。焼きそばパン、ジャムパン、りんごジュース。焼きそばパンとりんごジュースのパックを取り出す。
焼きそばパンを齧ると、無視していた空腹感が存在を訴え、しかし直ぐに薄れていく。
「……まあ、少しなら質問に答えてやらなくもない」
本当は、黒崎が自力で思い出すのが1番だと思うが。
黒崎は少し考え込んだ後、口を開いた。
「聞き方変える。お前さ、どうしてそんな急にオレの事気にして来るようになったわけ?」
「…………」
そう来たか。
「オレとお前は、1週間前まではただのクラスメイトだった。なのに急にお前が朝挨拶して来るようになって……てか、その1週間前までの記憶もちょっとモヤモヤしてんだよ。なあ、何があったんだよ」
黒崎が身を乗り出してくる。ここ一週間毎日のように聞いた質問だ。
「……何があったかについては、何回も言ってるけど君が自分で思い出すべき事だ」
「ああ、何回も聞いた。だから、せめて何でオレとお前がダチみたいになってるのかは知りたい」
「は?」
ダチ。友達?君と僕が?
「それは無い。君と僕はただのクラスメイトだ」
友達では、ない。断じてない。
この男の持つ力や人の良さは認めていない事も無い、だが彼が一時とはいえ死神だった以上、友達になる事は無い。例え戦場で力を貸し合う事はあってもだ。
「……そっか。違うのか。オレはなんか、お前とダチになったような気がしてたんだけどな」
黒崎はやや不満そうな顔をしながらコロッケパンの最後の一欠片を口に押し込んだ。
「…………」
ダチになったような気がしていた、って。なんだそれは。そこまで思い出していながら朽木ルキアの事は思い出せないのか。やはり馬鹿なのかこの男。
少し腹が立ってきたが、わざわざそれを言ってやる事も無い。
思い出すべき時が来たら思い出すだろうし、思い出せなければそれで終わり。これは多分、それだけの話だ。後者であれば黒崎は、ただの霊感が強い人間として生きていくのだ。死神になりさえすれば誰でも守れるようなその力を振るうことなく。
……その事を、死神を憎みながらも惜しいと思ってしまうのは、僕のエゴなのだろう。今はただの人間である黒崎が虚と戦う必要なんて、どこにもないのに。
「……一つだけ、教えてやる」
「ん?」
「僕は、君に記憶を取り戻して欲しいと思っている」
だから、これを言わないのは、酷く不誠実な気がした。
別に、黒崎が僕の言わんとする事の意味を理解する必要は何処にもないのだが。最悪一生理解しなくても良い。
ほら、現に黒崎はキョトンとした顔をしている。人の気も知らないで。
やっぱり腹が立つ。
「……なあ石田」
「何」
「お前、分かり難いだけで良い奴なのか……?」
「はあ?」
急に何を言い出すんだこいつ。
唖然とする僕を尻目に、黒崎はチョコパンの封を開ける。
「いや、お前が1番詳しいんだと思ったんだけどさ。お前がそう言うなら多分オレは自分で何とかした方が良いんだろうな。もうお前に聞くのやめるわ、自分で思い出せるようにしてみる」
そう言って、黒崎は何でもなかったかのようにパンを齧る。
何でもないような顔をしてはいるが、きっと本気で僕のことを頼りにしていたのだろう。僕は胸にちくりとした痛みを覚えながらそれに目を瞑り、残半分となった焼きそばパンに齧り付いた。

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原作軸のこの話と対にしています。
この2人は媒体が変わってもこうなんだろうなあ、と思います。

実写版すごく良かったんですけどもうこの2人が最高すぎましたね……ええ……映画その物の出来も良かったしアクションは本当にカッコよかったし何はともあれ石田の顔が良かったのが最高でした……見事なガワの実装本当にありがとうございました……