カテゴリー: 星劇

大概お前のこと言えない(ちあふゆ)

「貴史、明日空いているか」
「ん?なんだよ急に」
 授業もホームルームも終え、オレがいつも通りに華桜館に向かおうとした時、同じくこれから華桜館に向かうところであろう亮がわざわざ席までやって来た。
 やや気難しそうに腕を組んではいるがこれは個人的な恥から言い出し辛い事を言おうとしている時によくやる仕草だ。
 明日……は土曜だから授業はない。
 なんかオレでなきゃ駄目な用事でもあんのか、と面倒事への忌避感より少しの胸の高鳴りが勝るのを感じながらオレは肩を竦めた。
「別に空いてるけど、どうした」
「ホラー映画を見たいんだが、俺の家まで来て一緒に見てくれないか」
「ホラー映画……?」
 ホラー映画。こいつが、ホラー映画を。
 あまりに突拍子もない用事だったので思わず聞き返す。亮は神妙な顔で頷いた。
「辰己から、ホラー映画を何本か勧められた」
「はあ」
「少し興味を持ったので、見てみようとは思ったのだが」
「見ればいいじゃねえか」
「俺はホラー映画を見た事がない」
「……あー」
 ホラーは、その気になればいくらでも映画という娯楽芸術に触れられるこの時代この国でも、見ようと思わなければなかなか見る機会のないジャンルである。映画館ではPG12やR15指定、配信やレンタルもホラー映画をわざわざ選ばなければ見る機会もない、週末にテレビ放送される映画でもそうそうやらない。
 おまけに亮は温室育ちと言えば温室育ちで人生の半分以上を舞台芸術に費やしている。ホラー映画を見た事がないと言われても、納得するしかなかった。
 つまり未知の物に一人で触るのにどうしても怖気付いてしまうから、幼馴染のオレを道連れにしようと。なるほど。四季や辰己の前でカッコ悪いとこ見せたくないもんなあお前、と意地悪な思考が脳裏を掠めるが言わないでおく。
「まあ、教養として有名所のホラー映画が必要になる事もあるしな。お前も通っていいジャンルだと思うぜ、付き合う」
「……そうか。助かる」
 助かるって。
 もしかしてそんなに一人で見たくないのかお前。
「お前はあるのか、ホラー映画を見た事が」
「まあな」
「……そうか……」
 なんでそこで若干むくれるんだよ。
 とは言えオレもそんなに沢山見ているわけじゃない。
「辰己から勧められたホラー映画って何本くらいだ?一日かけるつもりなら二本は見れるんじゃね」
「いや。五本ほど勧めてもらったんだが、最初は巨匠の撮ったものを、と言われた。まずそれを一本見ようと思う」
「分かった。じゃあ午後からお前ん家でいいな?」
「ああ。待っているよ」
 そう言って薄い笑みを浮かべた時の亮の顔は少し安心しているようにも見えて、こいつ可愛いとこあるよなとか不覚にも思ってしまった。
 ……で、それが約二十四時間前の話。
 今、映画一本見終えた亮はソファにうつ伏せになってクッションに突っ伏していた。
「おーい亮、大丈夫か」
「…………」
 答えはない。相当に弱っている。
 淹れてやった温かいジャスミン茶を注いだ湯のみをソファの前のローテーブルに置いてやると、亮がのろのろと首を回して俺を見た。
「聞いていない……血があんな大量に……」
「ああうん、そうだな、俺もちょっと驚いたけどな……」
 こいつが肉を食べないのはまず健康上の理由だ。そしてそれに合わせて、生の血と肉が、生理的に駄目だ。中学の生物の授業で教科書のカエルの解剖写真を見る時に目の焦点が合っていなかった程度には、駄目だ。
 まあホラー映画見る気を起こしたって事はいつの間にか克服したんじゃねえかなとか多少我慢出来るくらいにはなったんじゃねえかなとか気楽に捉えていたが、エンドロールが終わった瞬間にバタンとクッションに突っ伏してソファに倒れ込む程度にはまだ駄目だったという事だ。
 ……まあこいつの事だから自分が血が駄目なのは一応理解した上でそれでも大丈夫だろうと思っていたとかだろう。その辺割と見切り発車でやるからなこいつ。
 亮はのろのろと体を起こすと、湯呑みをそっと手にしてひと口啜る。ほうと息を吐き出して、湯呑みをテーブルに戻して口元に手をやった。
「演出、役者の演技、脚本はどれも素晴らしかった……名作として挙げられるのも頷ける……だが血が」
「そうだな、巨匠が撮っただけの事はあるって思ったが……お前血が駄目でホラー映画見れるのかよ。辰己に勧められたのまだあるんだろ」
 今見た映画は確かに一度に出てくる血の量は凄いのだが、オレが見た事のあるホラー映画もこれくらいの血は出ていた、気がする。それに演出としての血の雨だとか血の海だとかを使うホラー映画は割とざらだろう、多分。
 とにかく、この映画の血の量でこのザマじゃ他の映画を見るのは到底無理なのではないか。
 オレが勝手にそう考えていると、亮は「いいや」と首を横に振った。
「辰己の選んだ映画に恐らく間違いはないからなるべく見ておきたい。この映画も血以外はとても良かった」
「その血が駄目なんだろお前……」
「……そこで思ったんだが」
 亮が目を細め、鋭い目で俺を射抜いた。
 嫌な予感がする。と同時に、少し良い予感もする。どっちだよ。
「お前、二週間に一回程度でいい。一緒に見てくれ」
「……え、ええー……」
 お前それ、自分がぶっ倒れても俺がいれば面倒見てもらえるからとか、どんなに怖いのに当たってもオレを道連れに出来るからとか、そういう事だろ。お前。ちょっと横暴すぎないかそれ。
 それでも向こうから付けてくれやがった雑な口実で週末一緒にいられる事への嬉しさだとか、それならこいつのために飯を作ってやるのも悪くないななんて楽しみだとか、他の誰にも見せない弱った顔がオレだけに向けられている事へのほんの少し──いや結構あるかもしれない愉悦だとか、そういう諸々がどうしようもないくらい俺の中では大きくて。
 でもそれはどうしようもないくらい悔しいのだ。ようやく少し歩み寄れるようになったとは言えまだこいつが嫌いという思いは消えてない。それでもその嫌いより大きくなり始めている、俺はどうやらこいつの事を相当に好きらしいという自覚が。
 だから、オレはわざと深深と溜息をつく。
「……分かったよ」
 亮の顔色がぱっと明るくなる。
 ああうん、ほんと分かりやすいなお前は。
 そしてその顔を見て簡単に絆されてしまうんだから、オレも大概分かりやすい奴なのだ。

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ちなみに辰己が最初に勧めた映画は「シャイニング」です。

とある個室居酒屋にて(ちあふゆ/未来捏造)

※成人後の亮がめちゃめちゃ酒に弱いという捏造の元にお送りしております

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「お〜!千秋ちゃん久しぶりー!……と、来てくれた所悪いんだけどもう亮ちんが限界なんだよね」
「はあ?!うわマジだ寝てる……もうそんな飲んだのかよこいつ……」
「ううん、お酒はそこのウーロンハイグラス一杯。飲んだ所で『眠い』って言って寝ちゃった。一応見たけど急性アル中じゃあないと思う、ほんとに寝てるだけ」
「半分以上残ってるじゃねえか……なんかどんどん酒に弱くなってないか亮のやつ」
「千秋ちゃんの方が亮ちんとよく会ってるでしょ、千秋ちゃんと一緒の時は飲まないの?」
「出先で会う時はオレが車の事が多いからな、こいつもそれに合わせて飲まねえ」
「うーん、オレに合わせて気ぃ使わせちゃったかな」
「こいつが飲めない癖に強がってるだけだ。もう酒飲むのやめろって言うしかないかもな……おい亮、起きれるか」
「……んー……う、たかふみ……?」
「はいおはようさん。ここどこだか分かるか?」
「……いりなつと飲んでた」
「よーし覚えてるならいい」
「……すう……」
「また寝やがった……おいオレの足は枕じゃねえぞ」
「亮ちんてほんと、千秋ちゃんの前だとすごい酔い方するよねー」
「こいつがオレに甘えてるだけだ」
「甘えられてるだけ凄いんじゃん?だって亮ちん自分が酒に弱い自覚あるよ、四季ちゃんが一緒の時はグラスワイン一杯くらいしか飲まないし。今日だって千秋ちゃんが後から来るって知ってからお酒頼んでた」
「その結果がこれだけどな……はあ、来たばっかで悪いけどこいつ連れて帰るわ。亮の分も立て替えとく、いくら頼んだ?」
「ああいーよいーよ、気にしないで。オレはしばらく楽しく晩酌してるから。ここのお店残ったご飯持って帰れるし」
「金立て替えないでそれやると後から亮が気にすんだよ」
「んー、それじゃ700円だけちょーだい。そこのウーロンハイと、亮ちんがちょっとだけ手を付けたご飯代ね」
「はいよ」
「ちょうどいただきましたー。それじゃごゆっくり〜」
「ごゆっくりじゃねえ!!ほら行くぞ亮」
「む……どこに……」
「オレの家だよ!」
「大丈夫ー?駐車場まで一緒に支えてこっかー?」
「いい、一人で何とかなる。……じゃあな入夏、飲みはまた今度な」
「うん。それじゃね〜」

枯れない花を(ちあふゆ)

 昔の恩師に会いに行く予定が明日の午前に急に入ったので、手土産を買おうと学園近くにあるデパートに足を踏み入れると、最初に目に止まったのは入口近くのイベントスペース、アクセサリー売り場の卓上に並べられている桔梗の花を象ったアクセサリーの数々だった。
 近寄って見てみれば、樹脂だかプラスチックだかで作られた桔梗の花がペンダントトップやピアスに配されている。ハンドメイド作家の期間限定出店、と説明書きが卓の隅に置かれていた。
 桔梗。秋を代表する花だ。思えばもう暦は十一月も半ば。クリスマス商品が気の早い店に並び始めている頃合だが、まだ秋の気配の方が濃厚だ。そう言えば今年はなんだかんだであいつには毎年言っていた誕生日おめでとうの言葉すら言う機会も逃してしまっていた……などといった考えが脳裏をよぎり。
「……いや、待て。そうじゃない」
 冬沢は慌てて首を横に振ると、地下の専門店街へと足を向けた。
 そして三十分後。
 高級焼き菓子店の手提げバックを手に、冬沢はまたイベントスペースのアクセサリー売り場を前に佇んでいた。
 ──何をしているんだ、俺は。
 内心で自分自身に呆れ果てながらも、何気なく手近にあったヘアゴムを手に取る。
 ──そう言えば、あいつ髪を結ぶ時はいつも似たようなゴムだな……。
 当然、売り場の卓上に並べられているのはピアスやペンダント、ヘアゴムと言ったレディースのアクセサリー類である。だが桔梗の花を見るうちに思い出されるのは幼馴染の顔であり。そして今年は特にあいつに苦労をかけてしまったという後ろめたさがどうしてもあり。こういうのはあいつの柄じゃないだろう、と思いながらも、桔梗の花から目を離せなかった。
 やがて、この桔梗の花を髪に飾った幼馴染を見てみたいという欲求が頭をもたげ始める。ノーセンスと一蹴されてしまいそうだが、華やかだが気品ある桔梗の花はきっとあいつに良く似合う。
 俺はいよいよどうかしてしまったのか、と思いながらも冬沢は手に取ったヘアゴムを一度卓に戻して踵を返し、店の外に出ると上着のポケットからスマホを取り出した。
 電話帳から連絡先を呼び出し、発信。七コール。今日は出るまで少し長い。出た。
「冬沢だ」
『……南條ですけど。なんですか、急に。今日は土曜日ですよ』
 案の定、面倒臭いという南條の内心が既に言葉の端から滲んでいる。
「少し貴史の事で聞きたい事がある。聞けそうな人間が手近にお前くらいしかいないのでね」
『ええー……俺的にはもっと誰かいるだろって思いますけどね……?』
「そうかもしれないな、だがお前に聞きたい」
『冬沢さんが俺と話したがってるのはまあ別にいいんですけど、それで千秋さんダシに使うのそろそろやめません?』
 南條の言葉は何から何まで図星なのだが、冬沢は気にせず本題に切り込む事にした。
「貴史に贈りたい物があるんだが。男が男にヘアアクセサリーを贈るのは、どうだと思う」
 返って来たのは僅かな沈黙。そして、苦笑混じりの言葉。
『別にいいんじゃないですか、冬沢さんが選んでくれた物を無下にできるほど千秋さんは冷たくないし。それに冬沢さんなら変な物も選ばないでしょ……あ、もしかして自分のセンスに自信が無いとかですか』
「いや、今俺が見ている物はそう悪趣味な物ではないよ。レディース用だから男が使うには尻込みするかもしれないが純粋に作りがいい。それに貴史の顔と体型ならばワンポイントとしてレディースのアクセサリーを取り入れてもアクセントとして上手くはまるだろうと思っている。俺が気にしているのはそれを貰った時の貴史の心境の話だ」
『……あー、なるほど。はい。ご馳走様でした。つまり、冬沢さんが自信満々で選んだ物をあげてもそれで千秋さんが喜ぶとは限らないから不安だと。そういう事ですか』
 冬の気配を帯びた冷たい風が急に強く吹き付ける。屋内にいた方が良かったか、と僅かに後悔しながら冬沢は頷いた。
「そうだ」
『……冬沢さん、俺が人にプレゼントなんてほとんどあげない人間なの知ってますよね?』
「……そう言えばそうだな」
『本当になんで俺に聞いたんですか。……ま、プレゼントは気持ちが大事とは言いますけどね。冬沢さんが千秋さんの為に選んだんなら千秋さんはそれを無下にしない人だし、何をあげようと驚きはすると思いますけど……余程変な物でもなければ嬉しいんじゃないですか。さっきも言いましたけど』
 ちなみに俺的には、と南條は、あの食えない笑顔が目に浮かぶような声で続ける。
『そもそも服飾品を人にあげること自体ハードル高いって思いますけど。冬沢さんが千秋さんのために選ぶんなら別に平気でしょう』
「……そうか」
 この後輩の目にそう見えているのであれば、少しは自信を持ってもいい気がしてきた。南條の人を見る目は確かだ。
「ありがとう。今度何か奢ろう」
『ははは。余計な貸しを押し付けられそうなので遠慮しておきます』
 後輩の態度は相変わらずつれないが、相談にそれなりに真剣に乗ってくれただけ、今日は機嫌が良かったのだろう。
「では切るよ、土曜日だというのにすまなかった」
『全くですよ』
「それではまた」
 電話を切る。
 気が付けば体温は冷たい風にすっかり奪われていた。冬沢は少し早足で、また店の中へと足を踏み入れた。

***

「邪魔するよ」
「おう……どうした急に」
 月曜日の朝、執務室のドアを叩いたのは仏頂面をした幼馴染だった。いつも体温の低そうな顔が今日はいつにも増して顔色が悪く見える。
「少し話をしたい」
「別にいいけどよ」
 部屋に招き入れる。ドアを閉めると手首を掴まれた。ぐい、と強い勢いで引っ張られて驚きの声を上げる間もなく執務室のチェアに座らされる。
「お前急になに、」
「座ってろ動くな。この部屋にブラシと櫛はあるか」
 抗議の声を上げるも無視される。こうなると話聞かねえよなあ、まあ俺だけだからいいか、と千秋は諦めてデスクに備え付けのキャビネットを指さした。
「……そこの抽斗の中だ。上から二段目」
「借りるよ」
 冬沢は抽斗からブラシと櫛を取り出すと、デスクの上に綺麗に並べた。
「……何する気だ」
「すぐに分かる」
 長い指が千秋の髪に触れる。おい、と声を上げかけた時にはもうその指はするすると結んだ髪を解いていた。パサリ、と髪が無造作に肩や背中に落ちる。
 いよいよなんなんだこの状況は、と千秋が困惑するのも意に介せずに冬沢は解いた髪を手ぐしで整える。指が髪を梳く感覚がやけに心地良い。
「髪のメンテナンスは随分きちんとしているようだな」
「……そりゃな」
 手ぐしをやめて冬沢は手にブラシを持つと、丁寧に髪にブラシを掛けていく。
「……お前随分髪の手入れ上手いな」
「身嗜みを整えるためだ、役者として当然だろう」
 それはそうなのだが、自分になるのと他人にやるのとでは随分勝手が違うのではないだろうか。
 しばし、ブラシと髪の擦れる音だけが静かな執務室に響く。その静かな音に意識がゆっくり上昇していくような眠気を誘われながら、千秋はどうにか意識を保つ。いつの間にか、冬沢の手はブラシから櫛に持ち替えられていた。
「……こんなものか」
 やがて冬沢は小さく呟くと、櫛をデスクに置いた。
「貴史、少し目を閉じていてくれないか」
「なんで」
「いいから」
 まあ悪いようにはしないだろうと千秋は目を閉じた。
 冬沢の手が髪をすくい上げて一つに纏めて行く。いつもの位置に髪が集められ、結ばれる。目を閉じていても分かる冬沢の行為にますます困惑する。
「……よし、これでいいだろう。目を開けろ」
 目を開けると、髪が少しだけいつもより重い事に気付いた。それが何なのか確認する前に冬沢に手を引かれ、姿見の前に立たされる。
 自分の全身が姿見に映し出され、真っ先に目に入ったのは。
「……もしかしてこれか?お前がわざわざ来たの」
「……そうだ」
 いつもと同じ髪型のいつもと同じ結び目に、桔梗の花が二輪咲いていた。本物の桔梗の花より小ぶりだが、いつものシンプルな髪ゴムと比べれば確かな存在感がある。
「お前に似合うと思ったから買ってきたんだが。……ああ、やっぱりよく似合うな」
 冬沢は姿見と千秋本人を交互に見た後、淡い笑みを浮かべて頷いた。
「……今年は何かとお前に迷惑を掛けたからな。詫びの印と、遅い誕生日祝いだと思って受け取って欲しい」
「別に迷惑なんて思ってねーよ。……ま、詫びの印が誕生日祝いの花飾りってのは流石に驚いたけどな」
 明らかに女物の髪飾りなので驚きはしたが、ああ心底嬉しそうな顔をされては悪い気はしない。
 冬沢が気にしているのであろう事も、千秋にとっては後悔のない選択だ。それを迷惑と思う筈もない。
 ……そして千秋としては、冬沢が自分の為に選んだというそれだけで、この花飾りにひどく得難い価値があった。
「俺はこういうの自分じゃ着けないからな。こういうのもいいな」
「せっかく髪が長いんだ、少しくらい飾り気を出してもいいんじゃないか。あまり華美になられては華桜会メンバーとして自覚に欠けるようで困るが」
「はいはい。……ま、せっかくだし今日これで過ごしてみるわ。ありがとな」
 千秋が姿見の前から離れて櫛とブラシを片付けながら言うと、冬沢は渋い顔を浮かべた。
「……今日一日。ああ、いや、いいんだが」
「どうしたんだよ歯切れ悪いな」
「……。……もしかして授業も」
「別に先生もなんも言わねーだろ、これくらい。その辺の校則自体は緩いし」
 しばし、冬沢は沈思黙考した後。
「……やっぱり外せ、それ」
「はあ?!今更めんどくせぇ……!」
「矢鱈に詮索されたり勝手に変な噂が流れる方が面倒だ」
「俺がお前から貰ったって言わなければ済むだろそれくらい」
「どうせそのうち広まるんだ……南條あたりから……!」
「お前いい加減コウちゃんと仲直りしろ!!」
 ……などと言った押し問答の末、「当分の間平日はいつもの髪ゴム、桔梗を飾るのは一般生徒の少ない土日」という着地点を二人が見出すまでにおよそ十分掛かったのであった。

 冬沢が出て行った千秋の執務室。
 千秋は窓の光に桔梗を翳した。僅かに光が透けた桔梗は淡く発光しているように見えた。
 翳す角度を何度も変えながら、千秋は呟いた。
「冬の花……なんか調べとくか」

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ちあふゆにはなんやかんやでなんとかなって欲しいなあと思いながら書きました

表層と深層(ちあふゆ)

 俺はいつか怪物になるのかもなあ、なんて漠然と思いながら今日も妹弟達の分の朝食を作るためにフライパンを振るう。
「お兄ちゃん、今日はぴこにゃんのお弁当にしてみるね」
「おうありがとな、ただそろそろキャラ弁は勘弁してくれ」
「ええー、可愛いからいいでしょ」
 軽く火を通したアスパラガスとベーコンの上から人数分の卵を割り落とす。じゅうじゅうと油のはねる音を聞きながら夕べのうちに切っておいた林檎や柿を大皿に並べ、食卓へ持って行く。
 四季の首を切り落とす真似を亮の目の前でやってもなお、それとは一切関係なく長男としての俺の日常は回る。
 俺は家族全員分の朝食を作らねばならないし、妹が作る弁当は昨日も今日も可愛いらしいキャラ弁だ。
 俺は亮がどれほど四季からの視線を望んでいるのか知っている。それをずっと間近で見ていた。亮が四季から一人のライバルとして見て欲しい事を熱望してもそれが叶わず人知れず苦しみ、それが華桜会として選ばれた事で表に出たから今回の事態に発展したという事も。それを知っているからギロチンの刃を落とした。明らかに暴走している亮ではなく、四季に向けて。
 それであいつの何かが変わると、変わるきっかけになればいいと、亮の意思すら無視した曖昧な理由で。そして、亮の中に俺を刻み込んでしまえればいいと、極めて利己的な理由で。例えそのギロチンの刃が亮に刺さっていたとしても、その傷が俺が亮を見ていた証明になるのならばと。
「お兄ちゃん、卵焦げてるよ」
「おっと」
 コンロの火を止め、ベーコンエッグとアスパラガスを皿によそったら茶碗にご飯をついでいく。
 自分の事は自分が一番理解している。遅かれ早かれ俺はいずれ爆発していた。俺を見ろといくら声無き声で叫んでも届かなかった声を押し殺し続けて心の奥底で膿んで蓄積し続けたそれが、今回の件できっかけを与えられて爆発したのだ。
 だがそれは不思議なほど清々しくて、その清々しさを自覚した時、俺はもう駄目かもな、とも思った。
 自分にまともに見ようとしない幼馴染の視線を自分に向けさせる為に四季を人身御供にした事に清々しさを感じてしまう人間の何が真っ当なのか。亮なんかより俺の方が余程修正不可能だ。
 ああ、だがそれがなんだって言うんだ。
 俺はとっくに自分がいるべき場所を決めてしまった後なのだから。それを邪魔するのであれば俺は恐らく誰であろうと手に掛けてしまえる。
 後ろめたさなど、己がこれから見ようとしている物と比べれば些細な物に過ぎなかった。
 今の俺が見たいのは、見るべきなのは、あいつの行く先であって、それは今でなければ見られない物なのだから。
「お兄ちゃん、お弁当出来たよー」
「おう。こっちも朝メシ出来たからあいつら起こしてくるわ」
「うん」
 まだ寝ているであろう弟達を起こしに、台所を出て階段を上がり、ミュージカルで鍛えた声を張り上げる。
「お前ら起きろー!遅刻しても知らねえからな!」
 長男としての日常を生きていてもなお、思考の内は苦しいほどに亮の事で満たされている。温かな筈の日常と、酷く冷たく暗い心の内の温度差に度々気が狂いそうになる。
 だがそれでも、そのせいで俺が怪物に変わるのであればそれでもいいじゃないか。俺は俺の選択をもう後悔出来ない所まで来ているのだから。後悔などする資格もない。であれば後悔する意味も理由もない。亮のためを騙って己の為に他を蹂躙してやろう。それであいつが少しでも変われるのであれば。またあの頃のように踊れるようになるのなら。それは充分、安い買い物だ。

 ……それでもお前が止まれないのなら。
 俺は今度こそ、お前と一緒に死んでやる。

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作業中BGM
『signal』Kalafina
『red moon』Kalafina
『ジョバイロ』ポルノグラフィティ

この幻覚を十二幕放送までに書かなかったら永遠に書けなくなる恐れがある事に気付いたので書きました(十一幕放送翌日)

秘め事(ちあふゆ/幼少期捏造)

  ──ここなら誰にも見付からないよ!
 通学路から少し外れた、住宅地の片隅にひっそりとあった公園。道路との境界に放置された植木が生い茂っていたそこは、あの時のオレ達にとっての秘密基地だった。
 背の低い小学生2人がしゃがめば、植木に邪魔されてその姿が全く見えなくなる。そんな死角をオレ達は見つけて、下校時度々2人きりのお喋りや秘密の遊びに興じた。学校への持ち込みが禁止されている駄菓子や漫画を家からこっそり持ってきて、放課後そこに持ち寄ったり。夏休みや冬休みになっても、時々2人で集まって。
 他の友達にも内緒で、たった2人きりで。その秘密の共有自体が、多分あの頃のオレ達にとって1番の遊びだった。

「……工事中、ね」
 ふと、そんな昔のことを思い出したものだから。近くに来たので何とはなしに寄ってみれば、全身に纒わり付くうだるような夏の暑さの中で工事用の重機が公園の地面を掘り返して植木はすっかり片付けられていた。今日は日曜日だからか現場に人はおらず、ただセミの合唱だけが辺りに響いていた。
 長いこと放置され続けていた公園がとうとう整備される事になったらしい。流石に一縷の寂しさを覚えながら、あいつに教えとくか、とバッグの中のスマホに手を伸ばす。
 ──内緒、だからね。
 容赦なく日差し照り付ける暑さ。セミの大合唱。頬を伝う汗。ふと、あいつの声が聞こえた気がした。
 ──うん、誰にも内緒。
 セミの声にかき消されそうな程に小さな声で言葉を交わすと、普段は白いその頬を真っ赤に染めたあいつの顔が近付いてきて。
 ふわり、と柔らかなそれが唇に触れた。時間にして一瞬だったと思う、それでも体が重力を忘れて天に昇るような心地は、永遠に続くかに思えた。
 オレから顔を離した時のあいつは今にも泣き出すんじゃないかと言うくらい目を潤ませ、さっきより顔を真っ赤にしていて。オレが思わず吹き出すと、なんで笑うんだよ!とぽかぽかオレの肩を叩きながらあいつもいつの間にか笑い出していた。何故だか無性に幸せで、暑さもいつの間にか忘れていた。
 たったそれだけの事を、思い出し。
「ああ、くそ」
 小さく毒づいて、カバンの中に伸ばしかけていた手でぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。急に激しい喉の渇きを覚え、全身から滝のような汗が吹き出してきた。鳩尾の辺りがきつく締め付けられるような心地がして、オレは公園から背を向けた。早足で、元の道に戻る。
 もう一度カバンの中に手を伸ばし、ペットボトルの水を引っ張り出す。500mlボトルの半分ほど残っていた中身を全て飲み干してもなお、心臓が激しく鳴っている。
 思い出すくらいなら寄らなきゃ良かった。
 そう思いながらも、唇が重なった一瞬の感覚が何度もフラッシュバックして視界の隅が明滅する。
 道路脇のコンビニに駆け込むと、電子音の入店メロディーと共に無機質な冷たい空気が全身に覆い被さった。
 呼吸器の奥から引き攣るような痛みと共に、うっすら鉄の味がする息が何度も何度もせり上がってくる。覚束無い足取りで向かったドリンクコーナーでスポーツドリンクを手に取ると、手のひらに当たるひどく冷えたボトルの感触で、ようやく体が落ち着きを取り戻そうとし始める。
 早々に会計を済ませ、店内のイートインスペース で腰を下ろしてスポーツドリンクを数口飲んだ所でなんとか呼吸が整い始めた。体の熱が引いていくと共に汗で肌着が服に張り付く感触ばかりが残って気持ち悪い。
 落ち着いた所で今度は今のあいつの冷たい目ばかりを思い出す。
 なんであいつの事ばかり、と思えどそうなる理由など自分でもとうの昔に分かり切っている。胸の奥底にへばりついた血の味に似たそれを見て見ぬふりしてやり過ごしているのは自分なのだから。
 だから苦しくともいつものように、今日込み上げてきた物にも蓋をする。
 何度か深呼吸をした後、スポーツドリンクと共に胸の奥底にそれを飲み下して流し込む。いつものように。
 いつの間にか、買ったばかりの筈のペットボトルは全て空になっていた。
 立ち上がって店を出ると、またむわっとした熱気が体を覆う。
 店の外に置いてあるゴミ箱にペットボトルを放り込んで、歩き出す。ボトル同士がぶつかる軽い乾いた音が、やけに頭の中で響いた。

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作業中BGM:Kalafina『夏の林檎』

3期8幕以降ちあふゆについて考えるとSAN値が減る一方だったんですが、10幕のたかふみでSAN値がゴリゴリに減ったのでちあふゆを書きました。幼少期捏造すれば少しSAN値取り戻せるかなと思ったんですけどもっと減っただけでした。
推しカプでSAN値が減る生活楽しいです。

(2019/10/05追記)
続き書きました

手に入らないもの(中等部生徒会時代捏造)

非CPものですが元中等部生徒会組に男男男巨大感情の気配を察知した人間が書いています。
3期5幕放送直後に書いた幻覚です。

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「コウちゃんはこれでいいわけ?」
 冬沢が生徒会室にいないタイミングを見計らって優秀な後輩の副会長にそう尋ねると、天使のような笑顔を浮かべた少年が書類から顔を上げた。
「何がですか?」
 その笑顔の裏にある底知れない物を感じながら、千秋はテーブル越しに身を乗り出した。
「何がって……色々だよ。亮との事」
 南條は不思議そうに瞬きをした後、得心がいったかのように頷いて肩を竦めた。
「ああ、もしかしてまだ心配してくれてたんですか。千秋さんが勝手に思い込んでるほど俺はダメージとか受けてないですし、気にしなくていいですよ」
「……そう」
 千秋が思うに、目の前にいるこの後輩はあの捻くれた腐れ縁の幼馴染が珍しく目を掛けている数少ない存在だ。ただ、その目の掛け方も掛けられ方も、奇妙に屈折しているように千秋の目には映っていた。
「あんま無理すんなよ、四六時中あんな奴と一緒にいたらお前まで性格悪くなっちまう」
「ええー?千秋さんがそれ言います?」
「ノーセンス。俺は距離の取り方分かってるし、そもそも期待なんてされてないからいいんだよ」
 冬沢は南條の事を、優秀な右腕としてだけでなく役者の才を持つ者として買っている。普通科在籍の彼に高等部進学を勧める場面も何度か見た事がある。
 だが冬沢は、南條に対して心を許そうとはしていない。右腕として傍に置きながら、決して信頼してはいなかった。少なくとも、千秋にはそう見えていた。
 更に南條は恐らく、その事に早い段階から気付いていた。あるいは、冬沢本人に直接言われたのか。だとしたら相変わらず最悪なヤツだ。だがそんな私情は一旦脇に置くとして。
「別にあいつとの事に限った話じゃねえよ。信用されずに期待だけ掛けられんのもしんどいんじゃねえのって話。今は平気でもそういうちょっとしたしんどさは積もってくからな」
「大丈夫ですよ。俺こういう性格だし、鋭い人から信用されないのは慣れてるんで。ついでに言うと期待されるのも割と慣れっこです」
「あのなあー……」
 確かに付き合いの浅い千秋の目から見てもこの後輩は性格が良くはない。いい性格をしている、とは言えるかもしれない。のらりくらりとした言動の一方で、常に己を有利なポジションに置くことを第一に考えて動いている。計算高く、狡猾ですらある。
 それでもこの賢い後輩を冬沢とは違った視点で気に掛けてしまうのは長男としての習性ゆえか、近くにいる先輩としての義務感か。それとも。
「……でもお前、割と好きだったりするだろ。亮のこと」
「……」
 南條の表情が陰る。それはまるで、天使とかお人形とか彫刻とか、外野からそう評される顔立ちに僅かに温度が灯ったかのようで。
 だがそれは一瞬のことで、南條はすぐにまた天使のような笑みを浮かべた。
「頭のいい人は好きですよ」
「……そう」
 これ以上突っ込んでも相手のガードを頑なにするだけだ。千秋は話を切り上げようと、自分の前にある書類を一枚掴みながら一言、もう一度と念を押した。
「無理すんなよ」
 だが南條は涼しい顔をして肩を竦める。
「無理なんてした事ないですし、これからもしませんよ」
 だといいけどな。
 また書類に目を落とした南條を見て、俺はいったい何に首を突っ込もうとしているのやら、と千秋は内心深深と溜息をついた。

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これを書いたのは3期5幕の放送5日後なんですが5幕を何回も見ていたらだんだん中等部生徒会時代周りの見えないものが見えてきたので鉄を熱い内に打ちました。

シーソーゲーム(廉聖)

 二人で体育倉庫の掃除をしていたら、廉が転んだ。そして、ぶつかって押し倒された。
 不可抗力というやつなので、廉に非は無い。そしてぶつかってきた廉を避けきれなかった自分にも非はない。非があるとすれば床に転がっていたバスケットボールを放置した生徒であって、とは言えその生徒の特定が不可能に近い以上誰に非があるのかを考えても仕方がない。
 そんなことを考えながら聖は自分の胸に顔を埋めている廉の頭を見る。あ、つむじ。可愛いなあ。なんて事を考えていると、のそりと頭が動いた。目が合う。
「いってぇ……大丈夫か?」
「勢いよくぶつかってこられた割にはねー」
「ったく、避けろよ」
「転んで避ける間もなく突っ込んできたのはそっちでしょ」
「ぐっ……。そうだな、お前は無罪だ」
 雑に言いくるめてやるだけでこの素直に悔しそうな反応。やっぱり可愛い。
「ていうか……」
 重いしさっさとどいてくれない?そう言いかけた筈が、言葉は途中で喉の奥に消えた。
 廉がじっと自分を見詰めていた。
 その顔がひどく真剣に見えて、思わず黙り込む。廉は何も言わない。吐息がかかりそうな程すぐ近くに廉の顔があり、制服越しの体温で体が密着している現状をふと意識してしまう。
 ええ、何この空気。
 胸の底から熱くなりそうなそれを、自分の中ではぐらかす事で誤魔化す。それでも鼓動は少し早くなってしまうのだからどうしようもない。
 この鼓動はなに。緊張、焦燥……それとも、期待か。
 ……期待って、何をさ。
 そうは思いながらも、とりあえず廉の反応を見守る事にする。さてどう来るのか。あ、ちょっと楽しみになってきたかも。二人きりとはいえここ体育館倉庫なんですけど。それにしても可愛い顔してるよなあこいつ。
 ふっと、廉が唇を動かした。
「……悪い、どくわ」
 自分ではない体温が離れていく。聖は思わず全身の力を抜いて大の字になる。
「ええー」
「何ッでそこでブーイングが出んだ?!」
「手くらい出して来ればよかったのに」
 体を起こして床に座り込んだままそう言ってやれば、廉は顔をカッと赤くした。
「ここ何処だと思ってんだ、その発想が有罪だろうが!」
「そりゃそうだけどさあ……廉って変なとこでヘタレじゃない?」
「はァ?事故で押し倒した相手に手出すなんざ有罪だ」
「うーん、廉のそういうところほんと好き」
 ほら立て、と差し出された手を聖は見つめる。
 粗暴な脳筋のくせに紳士なんだか初心なんだか。
 大切にされているのは分かるので悪い気はしない。聖は廉の差し出した手を掴んだ。
「……じゃあさ」
 そしてぐい、と廉の手を引く。廉はぎょっとして膝を突いた。再度視線が間近で交錯する。
「俺がわざとお前に俺を押し倒させたら、廉はどーする?」
 北原が目を見開く。やだなあ、と聖は内心で苦笑する。倉庫掃除中だっていうのに、事故で押し倒されたくらいでちょっとテンション上がってきちゃったみたいだ。
 廉は聖の手を取ったまま、固まっている。多分あと数秒もすれば何か言い出すのだろうけど。
 聖は廉の顔を見ながら、内心でニヤニヤと笑う。
 さて、俺から誘った時に廉はどう来るのかな?

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3期5幕が良すぎてどうにかなりそうです。どうにかなりました。

彦星についてのエトセトラ(廉聖)

「彦星の野郎牛車持ってんなら七夕にかこつけず自力で天の川渡ってみやがれってんだ、お前もそう思うだろ聖」
「は?」
 土曜日だからと北原の期末テストの勉強の面倒を見てやっていたら急に意味不明な事を言い出した。
 正直北原が何を言いたいのか特に理解する気もない南條は、適当に首肯する。
「うん、まあ、廉がそう思うならそれでもいいんじゃない?」
「なんだその適当な返事は、有罪だ」
「廉が勉強途中で急に意味不明な事言い出すのが悪いんですけど?」
「今日は七夕だからな、昔から思ってた事を言っただけだ」
 わし座のアルタイル。彦星──牽牛星。牛車の図案で表されるそれを見てそう思ったのだろうか、と南條は何となく当たりを付ける。しかし牛車があるなら川を自力で渡れ、というのはどんないちゃもんの付け方だろう。そもそも牛車で渡れる程度の川なら大した恋の障害にはならないのでは、とも思う。
「……ま、昔から想像力豊かなのはよろしいし、牛車なんて廉が知ってたのも驚きだけど。今は勉強しようか?廉、今度のテストの範囲やばいって言ってたよね?」
「いちいち一言多いぞ聖」
 北原は不服そうな顔をして、シャーペンを手の上でくるくると回す。そしてすぐにニヤリと笑った。
「まあ安心しろ、オレが彦星だったら天の川くらい泳いで渡ってやる。出不精なお前の分まで頑張ってお前に会いに行ってやるよ」
「……なんでこの流れで俺のこと口説こうとしてるわけ?」
「は?今のどこが口説きだ」
「うっわ……」
 無自覚とか、よっぽど有罪だと思うんですけど。
 南條は勝手に熱くなってきた顔を天井に向けた。

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北原が雑にイメージしているのは沖縄の離島などで観光資源として行われている水牛の牛車のやつです。

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本日限定(廉聖)

「ああ廉、おはよう。分かってると思うけど、バレンタインのチョコなんてそんな殊勝なこと俺はしないからね」
 やたら人気の少ない……というか人陰が一人分しかない第三寮の食堂に足を踏み入れると、ソファに座って新聞を読んでいた聖が顔を上げて急にそんなことを言ってきた。
「…………は?」
 いや聞いてねえし。
 そもそもお前から貰えるとは最初から思ってねえし。
 唖然とする俺をよそに聖は読んでいた新聞に視線を落とした。
 ちょっと顔出してに来てみたらなんで出会い頭にこんなこと言われるんだ俺は。
 そう、今日はバレンタインだ。いや、だからと言ってなんなんだこいつ。
「おい聖」
「んー?」
「なんで急にそんな意味分かんねえこと言うんだ、有罪」
「……ええー、意味分かんないとか言う?」
 聖は呆れたような溜め息をつきながら、新聞を畳んで脇に置いて脚を組む。
「なんだ、てっきり廉は期待してたのかと思った」
「ハッ、バレンタインで浮かれるほどオレはガキじゃねえしそもそもてめーはバレンタインチョコなんざくれるタマじゃねえだろうが」
「それもそうだねえ。……とか言いつつ、本当は用意してた、とか言ったら驚く?」
「は?」
 聖が座ったまま上目遣いでオレを見る。その唇は薄い笑みを浮かべていて、微かに濡れているように見えた。
 思わずごくりと生唾を呑み込むと、聖はにたりとその笑みを深めた。
「まあ本当に何も用意してないんだけどね」
「紛らわしい!」
「え~、まさか期待してた~? 廉ってほんとガキだねえ」
 けらけら笑いながら聖はまた新聞を広げた。
「ま、そんなところも可愛いよ」
「おい聖」
「んー?」
 一息に聖が座るソファに近付くと聖に顔を近付ける。聖が目を丸くしているのは気にせず、手の内に隠し持っていた小さな包みをぐいとその胸に押し付けた。
「ほらよ」
「……は?」
「今日が何の日か、忘れたとは言わせねえぞ」
「……」
 聖はきょとんとしてから、新聞を置くとオレの手からその包みを受け取る。手触りで半透明のビニールの包みの中にある物を何となく察したのか、聖は深々と溜め息をついた。
「……うーん……廉ってほんとさあ……」
 小さく唸る聖の耳が僅かに赤くなった。
「バレンタインで浮かれるほどガキじゃないってさっき言ってなかった?」
「浮かれてはいねえからな」
「うっわあ……」
「おい、なんでそこでちょっと引きやがる」
「よく恥ずかしげも無くそんなこと言えるよねえ……」
 聖の長い指が包みを剥がす。中から出て来たのは、手の内に収まる程の小箱。聖は躊躇い無くその箱も開ける。
「……惑星型のチョコ、ねえ」
 中に一つ収まっているのは、聖の目の色によく似た色をした大粒のツヤツヤしたチョコレート。オレは店員に聞くまで分からなかったのだが、聖は一目見ただけでそのチョコレートのモチーフに気付いたようだった。
「また廉らしいベッタベタなセレクトで。大方、綺麗だからこれにしたんだろ?」
「うっせえ」
 悔しいが正解だった。
 聖はチョコをつまむとひょいと口に入れる。
 味見はしてないが味にもこだわりがあるメーカーらしいし多分こいつの口にも合うだろう、などと考えていると急に聖が顔を寄せてきた。
「は、」
 バサリ、と乾いた紙の音と共に視界が影に覆われたかと思うとするりと腰に手が回され、口いっぱいに甘酸っぱい味が広がった。
 引き倒された体の下に聖の体温を感じてようやく何をされているのか理解する。キスをしたまま聖の目を見ると、とろけ始めた目が細められてくつくつと喉の奥で笑い出した。
 
 ──バレンタインのチョコなんて殊勝なことしない、ってお前さっき言っただろうが。

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抱き枕(再録)(和愁)

 何かを抱き締めながら眠ると、ひどく安心する。
 オレも愁もそういうタイプだから抱き枕は欠かせなかったりするわけだが、一緒に暮らして一緒のベッドで寝るようになったら、そんな抱き枕に頼る必要なんてない……とか、余裕ぶっこいてたわけだけど。
 愁は力が強い。知ってた。
 体格もちょっとだけオレより良い。ほんとにちょっとだけどな。
 ただ、寝てる時すらこんなに強く抱き締めてくるなんて思ってもいなかった。
 
 率直に言おう。
 オレは今、爆睡中の恋人に抱き締め殺されかけている。
 
 ぎりぎりと万力のようにオレを締め付ける両腕はしっかりオレの体に巻き付いていて、脱出なんて到底不可能だ。オレの腰には愁の脚が絡まっていたりするから体を動かすこともほぼできない。肝心の愁は両目を閉じてすやすや寝息を立てている。そう、長い睫や形のいい唇が目の前にある。
 無駄に可愛い寝顔しやがって。オレは今おまえのせいで命の危機なんだけど。
 しかも一度眠りについたら愁はなかなか起きない。
 締め付けられている体が軽い痛みを訴え始めている。ヤバいんじゃねーかなこれ。
 恋人同士一つ屋根の下ってもうちょっと甘いものだと思ってた。まさか初日の夜に命の危機を感じることになるとは思ってなかった。
 ああ、早く朝になんねーかなあ……。
 ……まあでも、こんなに必死で愁がしがみついてくるのは悪くねえかもな。全身に愁の体温を感じて、いい気分になれるし。
「虎石……」
 名前を呼ばれて心臓が跳ねる。寝言だと分かっていてもドキドキするな、こういうの。愁の夢の中にもオレがいる。最高。
 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
 締め付ける力が一段と強くなって内臓が悲鳴を上げ始めた。
 
「待った! 待て愁! おい起きろ! このままだと死ぬ! オレが!」
 
 早く朝になんねえかなあ……。

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海に行こうよ(再録)(和愁)

虎石の片思い系和愁。

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 海行きてえ、土曜の夜に部屋まで押し掛けてきた虎石は急にそう言い始めた。
 
「は?」
「海だよ海。明日晴れるみたいだしちょうどよくね?」
「はあ」
 ちょっと愁借りるぜ、そう月皇に言い残して寮の外まで連れ出されるのはいつものこと。そして、急に遊びに行きたいと言い始めるのもよくあることだったりする。
「で、愁は明日空いてる?」
「……空いてる」
 だが、その虎石の急な思い付きに俺が付き合えることはなかなかない。
 それを思うと、良い予感に心がざわめいた。虎石はそんな俺の内心を知ってか知らずかニヤリと笑った。
「っしゃ! んじゃ明日行こうぜ、電車使って」
「バイクじゃなくてか」
「いーじゃんたまには。あんま遠くないとこにすっから」
「ったく……」
 バイクの方が楽だろうが。
 そう言いたい俺の内心を理解しながらウインクしてくるこの幼なじみにつくづく弱い自分を自覚しながら、俺は一つ溜め息を吐き出した。
 
*** 
 
「うわーっすげえ、意外と綺麗な海じゃん」
 虎石に連れて来られたのは、海に面した大型のショッピングモールだった。
 海と言うからてっきりどこかの海岸かと思えば。
 海に面した広場は公園のようになっており、芝生が植わった斜面には海に向かって白い石のベンチがいくつも並んでいる。今日のように晴れた日には日向ぼっこに丁度いいのかもしれない。
「ほら愁、ここここ」
 二つ並んだ一人一つ分の大きさのベンチが空いているのを上手く見つけ、虎石は俺をベンチに座らせた。ベンチはベッドのように寝転がることも出来るよう作られている。ベンチに横になると、雲一つない空の蒼が目に刺さるようだった。
「愁、そこで待ってろよ。なんか買ってくるわ」
「おう」
 虎石が行ってしまったので、俺はぼんやりと海を眺めた。海と広場の境界に立つ白い柵越しの海は、虎石が言ったように確かに思ったよりも綺麗な青をしていた。時々白いカモメが視界を横切り、柵に止まってはすぐに飛んでいく。風に乗った潮の香りが鼻をくすぐるので深呼吸してみると、ふわふわとした眠気が忍び寄ってくる。すると強い日差しと程よい気温の高さが急に心地よく感じられて、俺はそのまま眠気に逆らわずに目を閉じた。
 
「お待たせ~……って」
 オレが両手にプラスチックのカップに入ったアイスコーヒーを持って戻って来ると、愁はベンチで横になって目を閉じ、すやすやと夢の中だった。
「不用心だぞ……ったく」
 愁の隣のベンチに座り、ドリンクはベンチの肘置きに置く。自分の分のアイスコーヒーを飲みながら愁の寝顔を見ると、あまりに気持ち良さそうな寝顔に起こす気も起きなくなる。
 せっかくの二人きりで出掛けられるチャンスなんだけどなあ。愁は一人で夢の中。んなこと愁は気にしてないんだろーけど。気にしてんのオレだけかよ。
「……ま、バイトで疲れてるだろーしな」
 バイトが休みの日はなるべく自主練か寝るかしていたい愁がこうやってオレの思い付きに付き合ってくれるだけラッキーだ。
 起きたらたっぷり振り回してやるから、それまでゆっくり寝てろよお姫様。
 なんて気取ったことを内心で呟いてから、こいつ別にお姫様なんてガラじゃねーよなあ……と思い直しながら、顔にかかっていた愁の前髪をどかしてやる。
 ほんと、姫なんてガラではないけどきれーな顔してやがる。
 髪を指でくしけずると、愁の寝顔が気持ちよさそうに少しだけ緩んだような気がした。
 それを見て僅かに指先の温度が上がったような気がした。でもオレはそれに気付かないフリをしていたくて、黙って愁の顔から手を離したのだった。

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ヒント:豊洲駅すぐ側

glossed charm(再録)(和愁)

 愁と喋ってると、あ、キスしてえな、と思うことがたまにある。こいつが子猫ちゃんだったら唇キレイだねってソッコー口説いちゃうんだけどな、って。
 そういう時はだいたい前触れもなく、急に愁の唇に目が引き寄せられるのがきっかけだったりする。
 実際愁の唇の形は綺麗で、悔しいけど愁の顔の作りが綺麗なのもあって余計にそう見える。その癖自分の顔には無頓着だから唇がよくガサガサになってる。ミュージカル俳優になるんだったら唇のケアくらいしとけよ、って言いながら、少し高めだけど薬局でも買えるようなリップクリームをプレゼント用の包装もせずそのままあげた。その日は愁の16の誕生日で、入学式前だからちょうど良かったし、愁の家にいつもみたいに押し掛けて渡した。そしたら、愁にしては珍しく、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
 そう言えば誕生日プレゼントなんてあげたこともないし貰ったこともない。男同士でそんなのむず痒いし。だから愁はこんなリアクションなんだろうな、と思うと同時に、一気に体中がむず痒くなった。
 別にそういう意味じゃねーからな?!って言いでもしたら余計に変な顔されそうだから、とりあえず、お前は自分の顔に無頓着すぎなんだよ、と言ってみた。そしたら愁は合点が言ったように頷くと、それもそうか、と呟いた。
 役者にとっては顔も商売道具だしな。
 そうだけどそうじゃねえ。
 なんでそうじゃねえと思ったのかは、自分にも分からない。ただ、オレがあげたリップクリームはオレも気に入って使ってるやつだったし、これを付けた愁を見たいと思ったことは否定できない。
 愁はリップクリームの箱を開けて、物珍しそうにリップクリームの筒を眺めていた。ふたを開けて、底を回すとリップクリームが出てくることを発見し、なるほど……と呟いてから、オレを見た。
 これを、塗るのか?そうだけど。……唇に、そのまま?もういいオレがやってやるから。分かんねえから頼む。
 ぐい、と押し付けられて、しょうがねえな……と思いながらリップクリームをちょうど良い分だけ出してから少し愁と距離を詰めた。
動くなよー、と言いながらリップクリームの先を愁の唇に当てた。
 ゆっくりと、上唇からクリームを塗っていく。上唇を塗ったところで何かに気付いたのか、愁が唇を少し突き出してきた。僅かに細められた目も併せたその表情に、急に心臓が跳ねる。それを押し隠しながら下唇も塗り終わると、愁は不思議そうに口をぱくぱく動かし、唇に触れた。
 なんか、全然ちげーな。
 言いたいことは分かる。すげえだろ?って言いながらリップクリームの蓋を閉めて愁に渡すと、愁はこくりと頷いた。
 これ、どこに売ってる?
 僅かに艶を帯びた唇が動いた。急に目が離せなくなって、頭の中でドクドク脈打つ音がする。
 薬局の、男用化粧品コーナー。平静を装ってそう答えると、男用化粧品コーナーなんてあんのか、と驚かれた。
 その言葉に少しだけ冷静さが戻った。
 肌のケアくらいはちゃんとしろよな、俳優になんだぞ。
 そう言って愁の頬に手を伸ばしてむにむに動かしてやると、それもそうだな、とされるがままなくせに納得して頷く愁。
 オレの手に愁の頬が引っ張られ、一緒に唇の形が歪む。その様にまた何故か心臓が跳ねたような心地になり、オレは慌てて手を離した。
 愁はそんなオレの様子に気付くこともなく、リップクリームのケースを眺めている。気付かれないで良かった、今日のオレは多分、少し情緒が安定してない。
 愁の唇を見て綺麗な唇してるなって思うのは初めてじゃない。キスしたいって思ってもそれはこいつが男じゃなかったらって話だ。そのハズだ。おかしいだろ、愁の綺麗な唇が歪むのを見て興奮しかけるなんて。
 そっと深呼吸して、どうにか呼吸を整える。
 そうだ、メシ行こうぜ。
 まだ心臓が鳴っている自分を誤魔化すように言うと、そうだな、と愁が僅かに唇を上げて笑った。
 その唇はまだ艶めいていて、それを見るとやっぱり、心臓は勝手にうるさくなってしまうのだった。

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